深夜の子ども出演と労働基準法
一昨日の夜、ちょうどアメリカのテレビ放映に合わせるように深夜のオリンピックの開会式が開催されたようで、その中身についていろいろと議論もあるようですが、ここではやはり『女性自身』が報じているこの問題を。
https://jisin.jp/domestic/2003569/<(五輪開会式 深夜の子ども出演が波紋…橋本聖子が4日前に任命)
7月23日夜に国立競技場で行われた東京オリンピックの開会式。ネット上では、“ある演出”に賛否の声が上がっている。
23時過ぎに行われた聖火リレーでは、宮城・福島・岩手の東北3県の中高生たち6人が最終ランナーの大坂なおみ(23)に聖火を繋いだ。
この演出にネットでは《被災地の子供たちの聖火リレーは胸熱だった》《感動しました》と賞賛の声があがる一方、深夜の子ども出演に批判の声も上がっているのだ。
《この遅い時間に子供が開会式でてるけどええの???》
《子供があんな深夜まで拘束されるのが違和感しかなかったな》
《子供達出すなら時間考えて開会式設定しなきゃ》
そもそも労働基準法では、原則として児童を午後8時及び午前5時の時間帯に働かせてはならないとしている。またボランティアだったとしても、やはり深夜帯での出演には制限がある。 ・・・本誌は東京2020組織委員会に「労働だったのかボランティアだったのか」など出演経緯について問い合わせたが、「言及できない」とのことだった。
「言及できない」ってのは、そんなどうでもいいことなんも考えてなかったよ、ということなんでしょうか。
本ブログでも何回か取り上げてきたテーマではありますが、改めてこの年少者の深夜業制限の問題について、復習しておきましょう。
まずは、ほぼ10年前の「芦田愛菜ちゃんの労働者性」から。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-d5d3.html
さて、とげとげしい話題はしばし横においておいて(笑)、芸能人の労働者性シリーズです。
いや、今のところ、芦田愛菜ちゃんの労働者性に疑問を呈している人がいるというわけではありませんよ。
http://www.officiallyjd.com/archives/56569/
>意外なところでは”天才子役”芦田愛菜(7歳)を不審がる声も。
>年内だけでドラマ・映画の出演本数が10本を超えてしまうほどの芦田愛菜の露出は、「週刊誌の報道で『目の下のクマをメークで隠して』仕事をしているといわれるだけに、朝から晩までずっと仕事漬けの日々。
今年小学校に入学した彼女ですが、週刊誌が”ランドセル姿”を撮影しようと取材を進めるも、学校に行っている形跡がまったくない」(芸能レポーター)と凄まじい働きぶりのようだ。
人気者の宿命なのかもしれないが、裏にはこんな”大人の事情”も。「芸能界の実力者までもが愛菜ちゃんのバックに付いていると言われ、現在では誰も批判できない状態に。また両親も子育て本を出版するなど”愛菜ちゃん利権”にあずかろうと必死。あの屈託のない笑顔には癒されますが、その裏に大人の思惑がうごめいてていて切ない気持ちになります」(芸能レポーター)
>若いうちの苦労は……というけれど、これではあまりに愛菜ちゃんがかわいそうになってきてしまう。出る杭は打たれるという言葉があるが、いろいろ言われているうちが華だと思いこれからも彼女ならではの活動を展開してもらいたい。
この記者には問題意識がないようですが、これは労働基準法上大きな問題であり得ますよ。
>(最低年齢)
第56条 使用者は、児童が満15歳に達した日以後の最初の3月31日が終了するまで、これを使用してはならない。
2 前項の規定にかかわらず、別表第1第1号から第5号までに掲げる事業以外の事業に係る職業で、児童の健康及び福祉に有害でなく、かつその労働が軽易なものについては、行政官庁の許可を受けて、満13歳以上の児童をその者の修学時間外に使用することができる。映画の製作又は演劇の事業については、満13歳に満たない児童についても、同様とする。
(労働時間及び休日)
第60条
2 第56条第2項の規定によつて使用する児童についての第32条の規定の適用については、同条第1項中「1週間について40時間」とあるのは「、修学時間を通算して1週間について40時間」と、同条第2項中「1日について8時間」とあるのは「、修学時間を通算して1日について7時間」とする。
(深夜業)
第61条 使用者は、満18歳に満たない者を午後10時から午前5時までの間において使用してはならない。ただし、交替制によつて使用する満16歳以上の男性については、この限りでない。
2 厚生労働大臣は、必要であると認める場合においては、前項の時刻を、地域又は期間を限つて、午後11時及び午前6時とすることができる。
5 第1項及び第2項の時刻は、第56条第2項の規定によつて使用する児童については、第1項の時刻は、午後8時及び午前5時とし、第2項の時刻は、午後9時及び午前6時とする。
実際、今年の紅白歌合戦に関して、こういう話も。
http://entameblog.seesaa.net/article/223680247.html
>某テレビ情報誌編集者が語るのは、今年の紅白を前にして喧々諤々だというNHKの内情。現段階で視聴率的な切り札といえるのは人気子役・芦田愛菜ちゃんが歌う『マル・マル・モリ・モリ』。鈴木福くんとのデュエットだが、すでに赤組としての出場が決まっており、和田アキ子からAKBまで女性歌手オールスターズに加え、特別ゲストのなでしこジャパンまでステージにあげての一大エンターテイメントに仕立てあげる予定だという。
「ただ労働基準法の縛りがあって、愛菜ちゃんは7時台にしか出演できない。本当に数字が欲しいのは9時からなので、関係者は頭を抱えているんですよ。なりふり構わないプランも出ていて『海外からの中継なら、向こうは昼だからセーフ』なんてことを大マジメに論議しているそうです」(前出・テレビ情報誌編集者)
芦田愛菜ちゃんが労働基準法上の労働者であることには何の疑いもないからこそ、上の労基法61条5項をすり抜けようとして、こういう話になるわけですね。
そして、そうであれば、そもそもの労働時間規制が「修学時間を通算して1週間について40時間」「修学時間を通算して1日について7時間」であり、かつ小学校は義務教育ですから、その時間は自動的に差し引かれなければなりませんから、上の「朝から晩までずっと仕事漬けの日々」というのは、どう考えても労働基準法違反の可能性が高いと言わざるを得ないように思われます。
まあ、みんな分かっているけれども、それを言ったら大変なことになるからと、敢えて言わないでいるという状況なのでしょうか。
ところで、それにしても、芦田愛菜ちゃんのやっていることも、ゆうこりんのやっていることも、タカラジェンヌたちのやっていることも、本質的には変わりがないとすれば(私は変わりはないと思いますが)、どうして愛菜ちゃんについては労働基準法の年少者保護規定の適用される労働者であることを疑わず、ゆうこりんやタカラジェンヌについては請負の自営業者だと平気で言えるのか、いささか不思議な気もします。
ゆうこりんやタカラジェンヌが労働者ではないのであれば、愛菜ちゃんも労働者じゃなくて、自営業者だと強弁する人が出てきても不思議ではないような気もしますが。
(追記)
まあ、ちょうど幼い千姫の涙とシンクロしたというのもあるのでしょうけど、タカラジェンヌやゆうこりんの話を書いたときより、ぶっちぎりの人気記事になったようです。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-ae19.html(演劇子役労働規制の国際比較)
ということで、皆さまの関心が高まったあたりで、お役に立つ情報源を。
労働政策研究・研修機構(JILPT)が2006年に公表した労働政策研究報告書『諸外国における年少労働者の深夜業の実態についての研究― 演劇子役等に従事する児童の労働の実態 ―』は、英米独仏4カ国における児童労働、とりわけ芦田愛菜ちゃんのような演劇子役の労働規制について詳細な比較研究を行っています。
http://www.jil.go.jp/institute/reports/2006/062.htm
>当機構では厚生労働省の要請を受け、演劇子役の健康、福祉等へ影響について諸外国の実態調査を行いました。特に演劇、オペラ、ミュージカル、テレビ番組製作、映画製作、モデル撮影などメディア・文化の領域で子役として就労している児童の労働保護規制のあり方、法規の運用、就労実態及び健康、教育、財産管理などへの影響を調査しています。調査対象国は、年少労働者保護に関するEU指令の影響を色濃く有するドイツとフランス、EU加盟国でありながら両国とは異なった法的原理が支配するイギリス、娯楽産業が最も発達し演劇子役等に関して独自の法制を展開するアメリカとしました。
本書はこの研究の成果をとりまとめたもので、各国の「年少者・児童の労働保護法制の枠組み」と「演劇子役等の就労の実態、教育、家庭生活への影響」に分けて報告しています。各国の法制面の特徴について詳細な比較表も掲載しました。
本体はこちらのPDFファイルです。388ページという膨大なものです。
http:www.jil.go.jp/institute/reports/2006/documents/062.pdf
まえがき
総論調査研究の目的と成果1
比較表諸外国における年少者・演劇子役等の就業可能時間に係る法制の概要34
1. 年少者(満18歳未満) 34
2. 演劇子役等(満15歳未満) 54
第1部諸外国における年少者・児童の労働保護法制69
第1章アメリカにおける年少者・児童の労働保護法制71
第1節連邦法上の規制71
第2節カリフォルニア州82
第3節ニューヨーク州109
第2章イギリスにおける年少者・児童の労働保護法制154
第1節イギリスにおける児童・年少者に係る原則的規制155
第2節イギリスにおける児童・年少者の興行における雇用に係る規制168
第3章ドイツにおける年少者・児童の労働保護法制186
第1節ドイツにおける年少労働者保護法186
第2節ドイツにおける満15歳未満の演劇子役等の労働保護に係る法制205
第4章フランスにおける年少者・児童の労働保護法制220
第1節フランスにおける演劇子役等の就労における問題の所在220
第2節フランスにおける年少者保護規制222
第3節フランスにおける演劇子役等に対する規制232
第2部諸外国における演劇子役等の就労の実態と教育・家庭生活への影響269
第1章アメリカにおける演劇子役等の就労の実態と教育・家庭生活への影響271
―カリフォルニア州とニューヨーク州を中心に―
第1節演劇子役等の労働時間規制を規定する州法と実態の関係271
第2節演劇子役等と教育、学習について277
第3節演劇子役等の家庭生活284
第2章イギリスにおける演劇子役等の就労の実態と教育・家庭生活への影響291
第1節実演産業の状況291
第2節実演児童の就業に関する制度と運用293
第3節教育と健康・家庭生活306
第3章ドイツにおける演劇子役等の就労の実態と教育・家庭生活への影響314
第1節演劇子役等の就労の実態317
第2節演劇子役等の教育と学習328
第3節演劇子役等の健康・家庭生活333
第4章フランスにおける演劇子役等の就労の実態と教育・家庭生活への影響341
第1節演劇子役等の就労に関する実態―パリ現地調査の結果から― 342
第2節演劇子役等の教育に関する実態359
第3節演劇子役等と家庭生活に関する実態371
参考資料ヒアリング項目375
あと、深夜業規制ではありませんが、労働基準法の年少者規定を取り上げたエントリを並べておきます。時ならぬ4連休の読み物代わりにどうぞ。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-97de.html(年少者の不当雇用慣行実態調査報告@婦人少年局)
旧労働省の婦人少年局というところは、むかしは非常に熱心に女性や子どもたちの労働実態の調査をやっていたのです。とりわけ、今ではほとんど忘れ去られているでしょうが、年少者の不当雇用慣行について、1950年代の半ばごろにその実態を暴いた報告書は、東北地方、九州地方、近畿地方、関東甲信越地方の4分冊として、刊行されています。
おそらく今では役所の中でも誰も知らないであろうこの報告書を、ちょっと紹介してみましょう。今ではみんながうるわしく描き出す「三丁目の夕日」のちょっと前の時期の、日本社会の凄絶な実態をちょっとの間だけでも思い出すために。・・・・・
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/akb-f93b.html(AKB握手会は年少者にふさわしい業務か?)
こういうネタはPOSSEの坂倉さんに任せた方が良いのかもしれませんが、世の中にはこういう行為に出て、こういう訴訟を起こす人もいる、ということを考えると、そもそもこの握手会なるイベント自体、年少者にとって有害業務になり得るものなのではないかという疑問も湧いてきます。
この裁判の原告本人のブログに、当該裁判の判決文が全文掲載されているので、裁判所の判断部分を(固有名詞を除き)そのまま載せておきますが、以前のいきなり刃物を振り回すという物理的攻撃リスクもさることながら、こういう性的言動にさらされるリスクも、年少者保護という観点から改めて考える必要がありそうです。
この裁判がこういう行為をした側が自らのサービス購入者としての権利を主張する形で、言い換えればAKB48側が当該サービスを提供すべき債務を負っていると主張する形で提起されているということ自体が、この握手会そのものが年少者労働基準規則第8条に言うところの「特殊の遊興的接客業における業務」に類するものであることを問わず語りに示しているようにも思われないではありません。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-b2de.html(女子高生クラブは労働基準法違反)
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-0d4c.html(JKリフレは労働基準法違反)
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_5710.html(中学生を違法派遣)
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2015/08/post-7e91.html(「トルコ娘」の労働者性)
« 香港言語療法士労組の絵本 | トップページ | 数合わせがやりやすいメンバーシップ型社会 »
> ヤングケアラーは「児童労働」と呼ぶほうが明確で、児童の人権侵害
> 児童介護労働は、深刻な問題
https://twitter.com/norinotes/status/1761781404269256809
https://twitter.com/ShinHori1/status/1761950844017369123
ヤング・ケアラーは児童労働である、と言っている方たちがいるようなのですが
使用者は被介護者である場合が多い、とこの方たちは思っているのでしょうか?
謎です。
投稿: ヤング・ケアラー | 2024年2月26日 (月) 17時31分
例えば、児童養護施設の児童(特に15歳未満)がバイトしずらいってのはどうなでしょうかね?
芦田さんのように恵まれている人ほど、親が上手く立ち回って、脱法できてお金も経験も積める。
児童労働が原則、違法っておかしくありませんか?これも年齢差別であるのは間違いないですし。
投稿: れい | 2024年3月 2日 (土) 10時18分
そう言えば、「児童に労働させるべきでない」という理屈の大きな要素は
> ゼミに来ないということは、フルタイムで就活に走り回っている
> 浮き足立ってことをなして成功するということはあまりない
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-b43f.html
と同じ(学校で学ぶことが児童、生徒の本分である)、ってことですか?
> 職業との接続状態になっていないから、こういう呪い騒ぎが起きるわけですが、そうであるからこそ、問題は表層ではなく根本に立ち返って議論されるべき
> カルチャーセンターならば、就活と天秤にかけてより有利な方を選択する「お客様」を叱る権利はない
投稿: くいくい | 2024年3月 7日 (木) 23時40分