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« ヒジャブ禁止は宗教差別にあらず@EU司法裁 | トップページ | タニタの件について(再掲の再掲) »

2021年7月21日 (水)

いや、倫理課はあったほうがいい

最近日本でも妙に人気があるらしいマルクス・ガブリエルという人が、企業には倫理課、政府には倫理省を置けと主張してプチ炎上しているようですが、

https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000222581.html(天才哲学者マルクス・ガブリエルが語る未来と倫理)

Marx 「コロナ禍において、これまでの価値観では判断できない事象が増えた」と語るガブリエル教授。だからこそ、企業では『倫理課』、政府には『倫理省』など、専門組織を持つことで経済成長し続けられるといいます。

たぶん、ここでガブリエル氏が言っている趣旨自体は全くナンセンスで、企業に倫理課なんか置いたところでその倫理水準は1ミリも上昇しはしないし、政府に倫理省なんか置いたらいくつかのコメントにあるようにそれこそジョージ・オーウェルの世界かも知れません。

でもね、昨今の世情をつらつら鑑みるに、やっぱり企業には倫理課、あるいはむしろトップ直属の倫理室みたいなのをおいた方がいいという気がしてきました。

もちろん、そんなものを置いたところで、企業自体の倫理水準に1ミリも寄与しないでしょう。でもね、倫理面のリスクマネジメントとしてはたぶん役に立つはず。

取引先というか委託先の倫理水準の問題がいかに大きなリスク要因であるかという見事な実例を、今我々は国民的レベルで目の当たりにしているわけです。

少なくとも、今回は東京五輪組織委員会に倫理課を置いて、身体検査を徹底的にやっておけばとほぞをかんでいる人は結構いるのではないでしょうか。

元記事のガブリエル氏の議論とはほとんど縁のないレベルの話ではありますが、やっぱり企業は真面目に倫理課を置くことを考えた方がいいような気がします。

 

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コメント

「世論の炎上(度合?)」を予め予見する、という訳ですが。
政治家と広告代理店が失敗してる訳ですけど、倫理課だったら上手くやるんですかね。

「マイナーな人を使わざるを得なくなった」ことから発生したリスクの
ように思うんですが。

メジャーな人であれば過去の不祥事は既に世間に知られている一方で、
マイナーな人だと過去の不祥事を初めて知る人がほとんどになるので。
例えば、野田さんというボーカルの方は色々、炎上をしてますが、彼を
起用した場合は、そういった過去の言動が取り沙汰されて炎上するとは
思いますけれど、「炎上でキャンセルになるようなことはなかった」と
いうことが過去の事例として、既に確立している訳です。

今までのよりも、でかい不祥事が来たら、中々、難しいでしょうけど、
それは、身体検査で回避するのは困難でしょう。

炎上リスク問題ですが

BtoC企業がCMでタレントを起用する場合とかは
倫理面の調査は既にルーチン化してる、と思いますよ

今回は、ちょっと特殊な事例でルーチン化されている
範囲からはみ出していた、ということだと思いますね

人選については、そんな感じでしょうが、変なCМを
打って、逆宣伝になってるケースが偶にありますけど
ああいうのって、当該商品の顧客層(ターゲット)を
そもそも明確化できていないんだろうな、と思います

> 顧客に変な偏った会社だと思われたくないから、ヒジャブみたいなのはダメだと労働者に命じることは、EU指令の禁止する差別には(必ずしも)当たらない
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/07/post-34b4ef.html

これって、倫理面でのリスク回避のための(合理的な)差別、ってことですよね。

> 企業自体の倫理水準に1ミリも寄与しないでしょう。

確かに、そのようです。

えっ、中身の問題なの?
外形的に「倫理課の判断ですので」って説明すればいいので、社員の精神的な負担を減らせる、という位置づけではないの?

https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2107/19/news158_2.html
小山田圭吾炎上騒動に学ぶ、企業担当者が「ブラック著名人」とのコラボを避ける方法
によると、部署を作るだけでなく、他の部署との関係(権限)が大事だそうです。
この記事の中の以下の記述が印象に残っています。

>「危機に弱い組織」は、往々にして広報や総務といった管理部門が弱いケースが多い。逆に、社長直轄の広報や秘書が危機管理を担うような組織は、不測の事態にも対応できる。

>組織委員会が前者であることは言うまでもない。「多様性と調和」という「五輪の魂」とも言うべき重要な要素をチェックする部署、責任者は本来ならば、武藤事務総長の真横にあってもおかしくない。しかし、総務局人事部という、取ってつけたと勘違いされてもおかしくないようなポジションに冷遇されている。

>こんな論理破綻した組織で、「多様性と調和」「差別禁止」が実現できると考えるのは虫が良すぎる。

>不祥事が多発するのは、組織が何を大切にすべきか、優先すべきかを見失っているからだ。では、なぜ見失ってしまうのかというと、組織の体制がそうなっていないからだ。組織が最も優先しなくてはいけないことを担当する人々に「権限」を与えていないのである。つまり、危機管理の本質とは、「組織づくり」なのだ。

>組織委員会はそれに失敗した。本来の目的であるはずの「多様性と調和」を総務預かりにして軽んじたことによって、イベントの商業的成功を目的として著名人を起用したり、ムードを盛り上げる仕掛けを考案したりというセクションが主導権・決定権を握って、そのような面ばかりがゴリ押しされる。

あるのとないのとで何が違うのか、考えて見たんですが、結局、あると、

   このようなリスクが懸念されますが、どうしましょう

みたいな「懸念事項が経営層の耳に入りやすくなる」くらいでしょうね。
(倫理課というよりも、より広く)リスク管理課「意思決定ではなくて、
懸念事項を洗い出す専門部署」というのはあった方が良いかもですけど。

> ジョブ型ってのは、何か問題を発見したらそれをきちんと報告せよというのが、その当該者に与えられたタスクである限り、それこそが「持ち場でやれと言われていることだけ」なのであり、そういうジョブにはめ込まれた人がそれをわざとやらないことは、それがばれたらそれこそどういう処分を受けても文句をいえない。
> そういうタスクを課されていない人は、そもそも自分の職責にもないことで「あえて声を上げる」などという他人の仕事を奪うような真似をする理由などない。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/06/post-a7954d.html

イジメ記事の存在については、本当に耳に入っていなかったのか、とか、
入っていなかったとして、もし入っていたのなら、本当に人選が変わった
のか、とか、ちょっと良く分からないですけれど。

> 物事をただただひたすらマクロ経済政策という特定の視角からのみ見ることが絶対的正義
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/07/post-59e30d.html

参加選手であれば「ただひたすらに、アスリートとしての能力」という観点でほぼ近似して良いのでしょうが、(芸術イベントではないオリンピックの)開閉会式の演出となると芸術性のみならず、政治的観点もまた、ある程度には重要なのでしょう

> 北野武が、極悪非道な悪者で、倫理観も歪んでて、出版社襲撃しちゃうようなヤツって事は、日本中どころか世界中が知ってる
https://twitter.com/YA_DA/status/1417870249672642562

北野武にはあって、小山田になかったものは、何か?、ですが、それは政治的観点を些末なものとするに足るだけの、芸術性における社会的な評価でしょう

オリンピックはアスリートが主役のスポーツの祭典ということで

> 多様性が叫ばれている世の中で、例えばインタビューが苦手だったり、人の目にさらされるのが苦手だという方がいるのも間違いない
> インタビューを義務化している形というのは変えていく必要がある
> インタビューをすること、報道することが悪ではなくて、それは必要なことで。スポーツをビジネスにしていくためには、誰かがその責任を担う
> 罰金という形ではなくて、そういう責務を担った人に関しては、全体的な賞金を抑えてそこに多少のプラスのサラリーを設ける
https://hochi.news/articles/20210601-OHT1T51025.html

職務の限定と多様性というのは、例えば、こういうことだろう、と思います

差別発言を(大会が用意したインタヴューなどではなくて)プライベートで公然とやっているような選手は(あまり良いスパンサー契約が付かないなどの形で商業的に不利益を蒙ればいいのであって)大会から排除することのどこが多様性の確保なのでしょう。キャンセルな人達の頭は一体、全体、どうなっているのでしょうか?

何となく、

 ああ言うイベントの顔としては、全く相応しくなかったけれど
 (有名)ミュージシャンである分には別に、どうでもよくね?

みたいなオチになりそうですけど、聖職者(及び、エア聖職者)の
みなさんはどうしますかね。

小山田圭吾「いじめ自慢」は〝キャラ変〟失敗の産物
TBS連ドラオファー拒否していた!
https://www.tokyo-sports.co.jp/entame/news/3642028/

> 不逞の輩は懲戒解雇しても良いと最高裁がお墨付きを出しています。
> ケシカラン奴の解雇が堂々とまかり通るのが、メンバーシップ型社会の一つの特徴でもあるのです。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/07/post-c6384e.html

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