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2021年7月

2021年7月30日 (金)

コロナ禍で労働争議はちょびっと増えたが

令和2年労働争議統計調査が公表されましたが、

https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/14-r02-08.pdf

労働争議件数、争議行為を伴う争議件数とも、2019年よりちょびっとだけ増えています。前者は268件から303件、後者は49件から57件。とはいえ、その中身はものすごく希薄化しています。リンク先の表を見ていただければ分かるように、参加人数が激減しているんです。そして労働損失日数はほぼ一桁下がっています。コロナ禍で微細な争議は増えたけれども、社会的な影響力は極小化している感じです。

 

 

 

ちっぽけでかわいそうな私の国症候群

358231873e15868453049901600x900 クーリエ・ジャポンにトマ・ピケティのインタビューが載ってて、

https://courrier.jp/news/archives/254975/(ピケティさん、「奴隷制」に関心を持ったのは何がきっかけですか?)

話のメインストリームではないんですが、思わず目を惹き付けられたのはこの台詞でした。

・・・私は1971年生まれですが、その頃の子供たちが抱くフランスという国のイメージは、アステリクスとオベリクス(フランスの有名なコミックシリーズの登場人物)の国でした。要するに、強大な帝国(ローマ帝国やドイツの第三帝国、あるいは冷戦の二大国など)につねに脅かされてきた小国というイメージです。 

どこの国も侵略したことがなく、どこの国も支配したことがない国という印象がありました。私自身がそうだったのですが、学校の勉強をしているだけでは、フランスの植民地帝国の歴史について、その横を素通りしてしまうところがあります。・・・ 

おいおい、イギリスと並ぶ近代帝国主義の二大双璧の国が何を言ってんだよ、という感じですが、でもフランス国民自身はそういう自己認識なんですね。

この落差って、実は結構いろんなところに見られるような気がします。先の習近平の演説に見られるように、今の中国の自己認識も、欧米やその尻馬に乗る日本などのいじめっ子にいじめられているちっぽけなでかわいそうな国なんでしょうね。

そして、思うに日本のネトウヨ諸氏の日本という国に対する自己認識もわりとそれに近いのではないかという気がします。客観的には図体もでかくて力も強い国がちっぽけでかわいそうな私の国症候群に陥ると、主観的には弱者の必死の反撃のつもりで、客観的には強者の傲岸不遜な暴走になる。

 

 

 

2021年7月29日 (木)

桝本純さんの二つの顔

希流さんが本ブログでも紹介した桝本純さんのオーラルヒストリーを読んだようで、

https://twitter.com/kiryuno/status/1419073067905474560

桝本純のオーラルヒストリー、労働運動に関心のある人にとっては非常に参考になる。連合はナショナルセンターにあらず、単なる圧力団体だ、というのも一理ある話。その原因を全民労協、政策推進労組会議などJC系の運動に見る視点も妥当だろう。ここが労線統一の主流となったことが決定的だったわけで。

https://twitter.com/kiryuno/status/1419074422988709891

これだけ面白い人がルネサンス研究所に来ていたのだが、話を聞く機会がなかった。本人がどうでも良いことばかり話していたし、周囲も無関心だった。僕も、同盟書記?まあどうでも良いか、と思ってしまっていた。

https://twitter.com/kiryuno/status/1419075321303748609

ルネ研に来る人たちは基本的に思弁的なおしゃべりをしたい人たちなので労働運動には関心がないし、ましてその組織運営の実態などは全くどうでも良いことで興味などまるでなかった。当然桝本さんに話を聞こうということにもならなかった。何を聞いたら良いのかもわからないのだから当然ですが。

こういうのを見ると、交わることにない二つの世界の両方に桝本さんは顔を向けていたんだなあ、と。

私は、桝本さんが若いころブントの活動家でペンネームでいろいろ書いていたということは、何となく風の噂で知ってはいたけれど、でもけっこうちょくちょく会って長々と話をしていた割に、そういう話題に触れることは全然ありませんでしたね。もちろん、そういうことに触れなくても彼の話はどれもこれもとても面白いのですが、でもそっち系のことには触れることはなかったな。

逆に、昔の新左翼系の人々の世界からは、労働運動界隈の話はそんなに関心がなかったというのもやや意外ですが、そんなものかもしれませんね。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/02/post-570d52.html(桝本卯平@ILO第1回総会のその後)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/04/post-6e841b.html(桝本純さんのこと)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/02/post-ba9276.html(総同盟的なるものと民同的なるもの@桝本純オーラル・ヒストリー)

 

 

 

 

 

 

 

会社のトイレ

昨日の労政審安全衛生分科会にかけられた事務所衛生基準規則の改正案は、照度とか更衣室とか休憩室とかと並んで、トイレの規制が主なものです。排泄行為が生き物である人間にとって付きものの生理現象である以上、これはとても重要なものなんですが、今回の改正の主な点は、

https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/000812629.pdf

(1)基本方針
男性用と女性用に区別して設けることが原則であること。
(2)少人数の事務所における例外
同時に就業する労働者が常時十人以内である場合は、現行で求めている、便所を男性用と女性用に区別することの例外として、独立個室型の便所を設けることで足りることとすること。
(3)男性用と女性用に区別した便所を各々設置した上で付加的に設ける便所の取扱い
男性用と女性用に区別した便所を設置した上で、独立個室型の便所を設置する場合は、男性用大便所の便房、男性用小便所及び女性用便所の便房をそれぞれ一定程度設置したもの※として取り扱うことができるものとする。

というもので、一見するとこれまで男女別を要求していたのを男女別でなくてもよいと緩和するように見えます。

この改正の元になった事務所衛生基準のあり方に関する検討会報告書では、

https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/000812643.pdf

ウ 少人数の事務所における便所の男女別の取扱い
 少人数の事務所においては、建物の構造上1つの便所しか設けられていないことがあり、便所を男性用と女性用に区別して設置することが困難な場合もある。
 少人数の事務所に設けられた便所のうち、独立個室型の便房からなるものについては、男性用及び女性用の便所の機能を兼ねるものとみなす等の柔軟な運用を行うことは、プライバシーが確保されるという前提の下、例外的に認められ得る。

と述べており、現実には男女別になっていない会社トイレがかなりあることがこの背景にあります。

Toilet その現実というのは、実は昨年JILPTが公表した調査結果に示されているもので、

https://www.jil.go.jp/institute/research/2020/205.html

2.トイレ

男女別トイレの整備状況を全数に尋ねた結果、「男女別」が78.4%、「男女共用」が21.6%となった。全体の2割程が勤務先のトイレが「男女共用」と回答している。

これを事業所規模別にみると、「男女共用」と回答した割合は、「29人以下」(39.5%)が4割程と高くなっている。男女共用トイレは小規模事業所に多いことがわかった。

一方、トイレが「男女共用」と回答した者(n=1,514)に対して、男女別トイレの必要性を尋ねた結果、「そう思う」が37.6%、「やや思う」が23.9%で、「思う・計」は61.5%となる。勤務先のトイレが「男女共用」と回答した者の6割超が、男女別トイレの設置を求めていることがわかった(図表2)

これを性別にみると、男性と比べて女性のほうが、男女別トイレの必要性の「思う・計」の回答割合が高くなっている(男性56.8%、女性64.9%)。性年齢別にみると、「思う・計」の回答割合は、女性20代以下、女性30代で7割程と高くなっている(それぞれ72.1%、72.3%)。

この実態を踏まえた上で、男女共用であってもできるだけ(特に女性の)プライバシーを守れるようにするにはということで、考えた末の案なのでしょう。

 

 

 

 

典型的にメンバーシップ型の「退職処分」

Img_top_business03 数日前からネット上で騒ぎになっていたようですが、『ホビージャパン』という雑誌の編集者がSNSで転売について書き込んだことが炎上したため、「退職処分」とやらになったようです。

http://hobbyjapan.co.jp/news_release/detail.html?id=6

 お客様ならびに関係者各位
平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
表題の件につきまして、弊社社内規定に基づき下記の通り処分致します。
           記
当該社員
月刊ホビージャパン編集部 編集担当  退職処分
管理監督者
常務取締役編集制作局長        譴責の上取締役に降格
月刊ホビージャパン編集部 編集長   譴責の上副編集長に降格
月刊ホビージャパン編集部 副編集長  譴責の上デスクに降格

「退職処分」というのは意味不明ですが、「処分」というのは相手方の意思の如何を問わない一方的行為を指す言葉ですから、少なくとも本人の一方的意思に基づく辞職でもなければ、双方の意思の合致に基づく合意退職でもなく、会社側の一方的意思に基づく雇用終了である解雇であることは間違いなく、かつ「弊社社員のSNS等での不適切発言に関する社内処分」として、他の解雇以外の懲戒処分と並んでいることからも、(退職金の支給の如何といった非本質的なことに一切関わらず)これは懲戒解雇であることは明らかです。

そして、こういう会社外部での個人の言動が(他のいかなる根拠にもまして)懲戒解雇のもっともな対象になるということに、ジョブ型ではないメンバーシップ型の日本の姿が良く現われていると言えましょう。

最近の間違いだらけのジョブ型論でも、メンバーシップ型では解雇がきわめて困難で、ジョブ型になったら解雇し放題であるかのようなおかしな議論が横行していますが、こういう事例を見ても、そういう単純なものではないことがよく分かると思います。

ジョブがはじめにあり、そのジョブに人をはめ込むジョブ型社会では、そのジョブがなくなるという整理解雇が最も正当な解雇ですが、ジョブがちゃんと存在し、かつそのジョブをそれなりにこなしていいる人を好き放題に解雇できるなんてのは、アメリカ以外にはありません。

ジョブ型社会の解雇規制とは、ジョブを前提とし、ジョブがある限りヒトに着目した不当な解雇を制限しようとするものだからです。

それに対して、ヒトがはじめにあり、そのヒトに仕事をあてがうメンバーシップ型社会では、仕事がなければ、あるいは仕事ができなければ、何か見繕ってできる仕事をあてがうのは会社の責任なので、その面では解雇がより制限されますが、逆に会社の一員たるにふさわしくないと会社側が判断するような行為をしたら、たとえば残業を拒否するとか、転勤を拒否するというような不逞の輩は懲戒解雇しても良いと最高裁がお墨付きを出しています。

解雇規制のあるジョブ型社会の人が見たらびっくりして、日本は解雇自由の国なのかと思ってしまうような、ケシカラン奴の解雇が堂々とまかり通るのが、メンバーシップ型社会の一つの特徴でもあるのです。

報道によると、この編集者は

https://news.yahoo.co.jp/articles/b260356e1c40bb7a425ffa04e9a64335a57eee9f

「転売を憎んでいる人たちは、買えなかった欲しいキットが高く売られているのが面白くないだけ」「頑張って買ったひとからマージン払って買うのって、普通なのでは」などと転売ヤーの存在を肯定的に書き込んでいた

のだそうですが、そんなことで懲戒解雇だというのもまた、解雇規制のあるジョブ型社会の人に見せたらびっくりするような一事例であることは間違いないと思われます。

ちなみに、この問題は、9月に刊行予定の『ジョブ型雇用社会とは何か-正社員体制の矛盾と転機』(岩波新書)でも詳しく突っ込んで取り上げておりますので、その節は是非ご一読いただけますと幸いです。

第2章 入口と出口
四 解雇をめぐる誤解
1 ジョブ型社会で最も正当な整理解雇
2 誤解だらけの「能力」不足解雇
3 現実社会の解雇の姿
4 移る権利・移らない権利 

 

2021年7月28日 (水)

同一労働同一賃金は正義か@日経新聞の大機小機

昨年来、(間違いだらけの)ジョブ型の旗を振り続けてきた日経新聞の昨日の大機小機に「同一労働同一賃金は正義か」という、ものごとをよく分かっていないことは同様ながら、日本的に(自分流に)理解した「じょぶがた」に対して、これはもういかにも日本的な(自分流の)批判を繰り広げていまして、なんだかなあ、という気分にさせられます。

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO74199590W1A720C2EN8000/

ジョブ型雇用の世界では、同一労働同一賃金の原則が貫かれることが多い。

労働の質を考えれば、労働が同一かどうかを判断するのは難しい。同じ職務を遂行しても、労働の質には違いがある。人によって勤労意欲や能力に違いがあるからである。・・・

・・・にもかかわらず、同一労働同一賃金の原則がいわれるのは、弱い労働者を保護するためである。・・・

このいかにも典型的な誤解。この「猪突」さんは、同一労働同一賃金ということばを、ジョブ型の本来の趣旨通りに「異なる労働には異なる賃金」という意味ではなく、「異なる労働にも同じ賃金」というとんでもない平等主義だと理解してしまっているようです。

いや確かに、メンバーシップ型社会では同じ雇用区分で同じ年次である限り「異なる労働にもほぼ同じ賃金」という原則が貫かれ、格差は雇用区分が違うとか年功が違うということでしか正当化されないので、そういうジョブ型では通用しない観念を無意識裡に持ち込んで、自分流の「じょぶがた」を妄想してしまうのでしょう。

ジョブ型社会とは、いうまでもなく、ジョブが違うということが(それだけが)格差を正当化する社会です。職務評価に基づく高給のジョブと低給のジョブの格差が大きい社会です。だからこそ、社会的に高いと評価されているジョブが実はクソだぜという「ブルシット・ジョブ」論が、そうだそうだと受けるのです。

これほどまでにジョブ型を完璧に誤解している「猪突」氏ですが、最後のところでメンバーシップ型のメリットを説くところは、(価値判断はともかく)少なくとも事実認識としては正しい。

・・・定められた職務を超えて追加報酬なしで遂行する仕事の範囲を無差別圏と呼ぶ。この無差別圏の広さが賃金水準を決める。無差別圏が広い方が会社にとっては使い勝手が良いので、給料が高いというのが合理的になる。

例えば、残業を命じた際、積極的に受ける人の方が自分の都合を優先したい人より給料が高くて良いという考え方につながる。無差別圏の概念は、ジョブ型雇用の単純な原則にとらわれるのを防いでくれる。

ものすごくカチンと来る人が多いでしょうが、この言説自体は事実認識としてはまさに正しいし、30年前までは日本の競争力の高さを説明する原理として世界中でもてはやされていた議論です。

職務、時間、空間の限定のない無限定正社員がなぜ給料が高いのかを経済学的に説明するとまさにこうなります。これまた誤解している人がやたらに多いですが、メンバーシップ型というのは、経済学的には合理的なんですよ。

ただ、女性活躍だのワークライフバランスだのという言葉の飛び交う2021年の今日、この議論がそのまま(価値判断としても)通じると思っているとすると、いささかアナクロニズムの感は免れませんが。

 

 

 

 

 

Labor-management Relations in Japan Part III: Systems for Resolving Individual Labor Disputes@『Japan Labor Issues』Vol.5 No.33

Jli33JILPTの英文誌『Japan Labor Issues』Vol.5 No.33がアップされました。

https://www.jil.go.jp/english/jli/documents/2021/033-00.pdf

Trends
Key topic: The MHLW Study Group Proposes the Direction of Employment Policy for Post-COVID-19
Key topic: The Fifth Basic Plan for Gender Equality “Toward a Reiwa Society Where All Women and Girls Can Thrive and Achieve Their Full Potential”

Column: Accommodation and Food Services Workers amid the COVID-19 Crisis in Japan TAKAHASHI Koji

Research Article: Working from Home and Work-life Balance during COVID-19: The Latest Changes and Challenges in Japan TAKAMI Tomohiro 

Judgments and Orders
Judgment Declaring Fixed Overtime Pay Illegal and Upholding a Worker’s Claim for a Solatium for Excessive Overtime Work despite No Resulting Health Damage The Karino Japan Case Nagasaki District Court, Omura branch (Sept. 26, 2019) 1217 Rodo Hanrei 56 HOSOKAWA Ryo

Japan’s Employment System and Public Policy 2017–2022 Labor-management Relations in Japan Part III: Systems for Resolving Individual Labor Disputes HAMAGUCHI Keiichiro

というわけで、コロナ関連の論文は例によって高橋康二さんと高見具広さんというツートップです。どちらも大変読み応えがあります。

判例評釈は細川良さんによる狩野ジャパン事件。ちなみに、この会社、「かりのじゃぱん」と読むんですね。今まで勝手に「かのうじゃぱん」と読んでいましたが、間違いだったようです。

私の日本の労使関係は最終回で、個別労使紛争を取り上げました。淡々と解説しているだけですが、実は最終校正段階で2020年(度)の数字を差し込んだので、この表とグラフは現時点で最新のものです。

 

2021年7月27日 (火)

岩波新書9月の新刊

岩波新書9月の新刊がフライング公開されています。

https://twitter.com/nekonoizumi/status/1419653975524085766

Mypictr_280x305_400x400 @岩波新書9月。
濱口桂一郎『ジョブ型雇用社会とは何か 正社員体制の矛盾と転機』
芝健介『ヒトラー 虚像の独裁者』
立石博高『スペイン史10講』
黒木登志夫『知的文章術入門』

 

 

同一労働同一賃金のジョブ型理解と非ジョブ型理解

587880 『労働法律旬報』の7月下旬号(1988号)に、遠藤公嗣さんの「正規・非正規の「同一労働同一賃金」と職務評価について」という講演録が載っています。

https://www.junposha.com/book/b587880.html

中身は、遠藤さんがこれまで繰り返し説き続けてきたことではありますが、その中に、ややトリビア的ですが労働法政策史の観点からコメントしておきたいこともあります。

一つは、日本政府、特に労働省が設置当時から正確な理解をしていたという点です。それ自体はその通りだと思いますが、それを初代婦人少年局長山川菊栄という個人のゆえというのは、間違っていないとしてもややずれているように思います。むしろ、1970年代以降の日本型雇用礼賛時代よりも前の時代には、政府も経営側も素直にジョブ型の枠組みでものごとを考えていたことの現われと見た方がいいのではないでしょうか。

1967年にILO第100号条約を批准するときの国会審議録は、私も何回か引用したことがありますが、まさに素直にジョブ型の枠組みで語っていて、その後のスタンスとはきわめて対照的です。

この時代に、労働運動の国際連帯の都合上、口先では同一労働同一賃金を謳いながら、実際には職務給絶対反対を叫んでいたのが労働運動でありとりわけ総評でした。

その配置状況が、1970年代以降はがらりと、でもなく、ずるりとねじれて一見不可解な対立しているようで実は対立していない訳の分からない対立図式にシフトしていくのです。政労使みんな実は職能給で一致している中で、ハイエンドの成果主義とかローエンドの均等待遇といった局部的なところでだけごちゃごちゃ言っているという世界です。

遠藤さんが批判的に引いている労働法研究者や労働運動研究者の理解というのも、結局はそういう全体の枠組みの中での話なので、それだけを取り出して論じてみてもあまり意味がないように思われます。

今回の働き方改革におけるいわゆる「同一労働同一賃金」も、紆余曲折の結果そういう枠組みの中に相当程度回収されてしまいました。この辺については、再来月刊行予定の『ジョブ型雇用社会とは何か?-正社員体制の矛盾と転機』(岩波新書)でやや詳しく論じる予定です。

 

 

2021年7月26日 (月)

ビジネスと人権@『ビジネス・レーバー・トレンド』8/9月号

202108_09 『ビジネス・レーバー・トレンド』8/9月号は、今注目を集めつつあるビジネスと人権が特集です。

https://www.jil.go.jp/kokunai/blt/index.html

諸外国の動向 ビジネスと人権――アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスの取り組みの状況

アメリカ「責任ある企業行動」を支援

イギリス 他国に先がけ2013年に国別行動計画、2015年に現代奴隷法を制定

ドイツ「サプライチェーン・デューデリジェンス法」連邦議会で可決

フランス人権 デューデリジェンス法制化のパイオニア――企業による行動計画の策定とNGOによる告発・提訴

国内の動向 政労使の人権尊重に向けた取り組み

日本政府が2020年10月に行動計画を策定――サプライチェーンでの人権デュー・ディリジェンスなど盛り込む

食品・日用品の流通・製造企業がコロナ禍の従業員健康確保措置を紹介――CHLジャパンレポート「ウィズコロナ時代の食品・日用品のサプライチェーン」

加盟組合の企業の3割以上で取引先への要請で効果あり――7年目に入ったJAMの公正取引慣行に向けた取り組み 

この問題、ウイグル綿だけの話でもありませんよ。世界的にサプライチェーンのデューディリジェンスが重要な問題になってきているのです。

今号の特集は、各国の動向がよくまとまっていて、とても有用だと思います。

あと、今号では、海外労働事情の

ILO100カ国1万2,000人のデータを分析――デジタル労働プラットフォームの成長と課題

に目を通しておく必要があります。

このILOの『世界雇用社会見通し2021』自体は、ここに全文ありますが

https://www.ilo.org/global/research/global-reports/weso/2021/WCMS_771749/lang--en/index.htm

Wcms_771678 World Employment and Social Outlook 2021
The role of digital labour platforms in transforming the world of work [Full report]
This ILO flagship report explores how the contemporary platform economy is transforming the way work is organized, and analyses the impact of digital labour platforms on enterprises, workers and society as a whole. 

280ページを超える分厚いレポートなので、とりあえずこちらでざっと概観しておくといいです。

 

 

 

 

 

 

 

解雇の金銭解決 実は定着@日経新聞

本日の日経新聞16面に「解雇の金銭解決 実は定着」というかなり大きな記事が出ています。

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO74090030R20C21A7TCJ000/

Https___imgixproxyn8sjp_dsxzqo0794015006 労働者の不当解雇が確定しても、労働者本人が同意していれば金銭で労働契約が解消される「解雇の金銭解決」の導入を巡る研究が、厚生労働省の検討会で進んでいる。だが実は労働審判などで年間4500件もの金銭解決が実質的に行われている。法制化を待たない「知られざる定着」は、潜在需要の高さを示す。正式な制度になれば、企業負担が膨張する可能性もある。・・・

厚労省の田村課長から始まって、労働側の田村優介、経営側の峰隆之弁護士が登場したかと思ったら、「労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎氏らの調査によれば」云々というデータが出てきて、いやこれ取材を受けた記憶はないんですが、まあ報告書は世間に出ているので、使われるのは自由なんですけど。

内容は現在までの状況を手際よくまとめたものです。最後の方に川口・大内の「完全補償ルール」が出てきますが、いやこれは現実性はないと思うんですが。

 

2021年7月25日 (日)

数合わせがやりやすいメンバーシップ型社会

4e569bf754dca6eed0dd75c3aae6b044e1601556 『労働新聞』にこんな記事が出ていて、思わず昔書いたエントリを思い出さざるを得ませんでした。

https://www.rodo.co.jp/news/109115/(女性限定で副部長職新設 兼務含め23人を任命 三井住友海上)

 三井住友海上火災保険㈱(東京都千代田区、舩曵真一郎取締役社長)は今年7月、女性副支店長・副部長のポストを新設し、計23人を任命した。兼務のかたちも含めて既存の部長職をサポートする役割を任せ、業務経験を積むことでライン部長への登用を促す。2025年度までの時限的な措置とし、26年度以降は性別を問わず運用する予定。課長以上の女性管理職比率が16.5%まで高まってきているなか、課題となっていたライン長比率、役員比率の向上につなげる。・・・

女性活躍ということで管理職比率を上げるために、ジョブ型社会では考えられないようなやり方が、メンバーシップ型社会では可能になるという話です。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/10/post-0c48.html(メンバーシップ型社会では数合わせがやりやすい)

 ここらで少し、本質的なことも言っておきましょうか。
そもそも欧米で一般的なジョブ型社会では、募集採用も昇進も同じことであり、あるジョブディスクリプションのポストが空席になったときに、それに応募してきた男女から適格な人を選び出すということですから、そのジョブディスクリプションに適合しているにもかかわらず差別的に排除したりすることが差別なのであって、それが出発点です。
次に、応募者の複数名がいずれも当該ジョブに相応しいときに、アンダーリプリゼンテッドな性(普通は女性)を優先的にそのポストにつけようというのが、ポジティブアクションとかアファーマティブアクションとか言われるものですね。欧米の裁判例なんか見るとよく出てきます。
どっちも昇進する資格があるけれども、オレの方が優秀なのに何であの女を昇進させるんだ、みたいな話ですね。
で、数値目標というのも、このジョブ型ルールを大前提にした上のことであって、ある病院で医者が男性ばかりだから看護師から女性を昇進させて数合わせしようなんてことはあり得ないわけです。
そういうジョブセグレゲーションを解消するためには、まずは女子が医学部にどんどん進学して資格のある女性をたくさん作らないといけない。日本も医療界はジョブ型ですからそういうことになります。
ところが、そういうジョブ型ルールで動いていない社会では、話がまったく違う様相を呈します。
そもそも同じ職業資格を持っているのに差別される云々というところがそんなもので採用しているわけじゃないので、はなはだ一般的な人間力になってしまい、差別を差別と立証しにくいという面が間違いなくあります。
その一方で、とにかく数合わせさえすればいいという無茶な要求でも、そもそもそのジョブに相応しいとか何とかいう基準で採用したり昇進させたりしてきていないので、何でもありでやれてしまう面があります。
実際には暗黙のルールとして年次昇進があり、いやいやまだまだ女性が育っていませんので・・・というのが言い訳になっていたわけですが、そもそも論としてはそれでなければならない絶対的な理由はない。ジョブ型社会で当該ジョブに応募できるだけの資格がないというのとは話が違います。
それに、ジョブ型にするという意図もないまま、年功制解消とかもてはやしている人や新聞もあることだし、そういう流行に素直に乗ってしまうと、女性活躍のためという大義名分で数合わせがやりやすいのです。
そう、かつては何回当選で大臣というそれなりにルールがあった閣僚ポストも、いまや何でもありでしょう。そこに女性登用という至上命題が来ると・・・。
ジョブディスクリプションなきメンバーシップ型社会は、ジョブ型からすれば不当な差別を差別と言いにくい社会であると同時に、ジョブ型からすれば信じられないような数合わせだってやれちゃう社会でもあるのです。
その辺のリスクをわかっているのかな・・・と。

 

 

 

 

 

深夜の子ども出演と労働基準法

一昨日の夜、ちょうどアメリカのテレビ放映に合わせるように深夜のオリンピックの開会式が開催されたようで、その中身についていろいろと議論もあるようですが、ここではやはり『女性自身』が報じているこの問題を。

https://jisin.jp/domestic/2003569/<(五輪開会式 深夜の子ども出演が波紋…橋本聖子が4日前に任命)

7月23日夜に国立競技場で行われた東京オリンピックの開会式。ネット上では、“ある演出”に賛否の声が上がっている。
23時過ぎに行われた聖火リレーでは、宮城・福島・岩手の東北3県の中高生たち6人が最終ランナーの大坂なおみ(23)に聖火を繋いだ。
この演出にネットでは《被災地の子供たちの聖火リレーは胸熱だった》《感動しました》と賞賛の声があがる一方、深夜の子ども出演に批判の声も上がっているのだ。
《この遅い時間に子供が開会式でてるけどええの???》
《子供があんな深夜まで拘束されるのが違和感しかなかったな》
《子供達出すなら時間考えて開会式設定しなきゃ》
そもそも労働基準法では、原則として児童を午後8時及び午前5時の時間帯に働かせてはならないとしている。またボランティアだったとしても、やはり深夜帯での出演には制限がある。 ・・・

本誌は東京2020組織委員会に「労働だったのかボランティアだったのか」など出演経緯について問い合わせたが、「言及できない」とのことだった。

「言及できない」ってのは、そんなどうでもいいことなんも考えてなかったよ、ということなんでしょうか。

本ブログでも何回か取り上げてきたテーマではありますが、改めてこの年少者の深夜業制限の問題について、復習しておきましょう。

まずは、ほぼ10年前の「芦田愛菜ちゃんの労働者性」から。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-d5d3.html

20110920_ashidamana_02さて、とげとげしい話題はしばし横においておいて(笑)、芸能人の労働者性シリーズです。

いや、今のところ、芦田愛菜ちゃんの労働者性に疑問を呈している人がいるというわけではありませんよ。

http://www.officiallyjd.com/archives/56569/

>意外なところでは”天才子役”芦田愛菜(7歳)を不審がる声も。

>年内だけでドラマ・映画の出演本数が10本を超えてしまうほどの芦田愛菜の露出は、「週刊誌の報道で『目の下のクマをメークで隠して』仕事をしているといわれるだけに、朝から晩までずっと仕事漬けの日々。

今年小学校に入学した彼女ですが、週刊誌が”ランドセル姿”を撮影しようと取材を進めるも、学校に行っている形跡がまったくない」(芸能レポーター)と凄まじい働きぶりのようだ。

人気者の宿命なのかもしれないが、裏にはこんな”大人の事情”も。「芸能界の実力者までもが愛菜ちゃんのバックに付いていると言われ、現在では誰も批判できない状態に。また両親も子育て本を出版するなど”愛菜ちゃん利権”にあずかろうと必死。あの屈託のない笑顔には癒されますが、その裏に大人の思惑がうごめいてていて切ない気持ちになります」(芸能レポーター)

>若いうちの苦労は……というけれど、これではあまりに愛菜ちゃんがかわいそうになってきてしまう。出る杭は打たれるという言葉があるが、いろいろ言われているうちが華だと思いこれからも彼女ならではの活動を展開してもらいたい。

この記者には問題意識がないようですが、これは労働基準法上大きな問題であり得ますよ。

>(最低年齢)
第56条 使用者は、児童が満15歳に達した日以後の最初の3月31日が終了するまで、これを使用してはならない。
2 前項の規定にかかわらず、別表第1第1号から第5号までに掲げる事業以外の事業に係る職業で、児童の健康及び福祉に有害でなく、かつその労働が軽易なものについては、行政官庁の許可を受けて、満13歳以上の児童をその者の修学時間外に使用することができる。映画の製作又は演劇の事業については、満13歳に満たない児童についても、同様とする。

(労働時間及び休日)
第60条 
2 第56条第2項の規定によつて使用する児童についての第32条の規定の適用については、同条第1項中「1週間について40時間」とあるのは「、修学時間を通算して1週間について40時間」と、同条第2項中「1日について8時間」とあるのは「、修学時間を通算して1日について7時間」とする。

(深夜業)
第61条 使用者は、満18歳に満たない者を午後10時から午前5時までの間において使用してはならない。ただし、交替制によつて使用する満16歳以上の男性については、この限りでない。
2 厚生労働大臣は、必要であると認める場合においては、前項の時刻を、地域又は期間を限つて、午後11時及び午前6時とすることができる。
5 第1項及び第2項の時刻は、第56条第2項の規定によつて使用する児童については、第1項の時刻は、
午後8時及び午前5時とし、第2項の時刻は、午後9時及び午前6時とする。

実際、今年の紅白歌合戦に関して、こういう話も。

http://entameblog.seesaa.net/article/223680247.html

>某テレビ情報誌編集者が語るのは、今年の紅白を前にして喧々諤々だというNHKの内情。現段階で視聴率的な切り札といえるのは人気子役・芦田愛菜ちゃんが歌う『マル・マル・モリ・モリ』。鈴木福くんとのデュエットだが、すでに赤組としての出場が決まっており、和田アキ子からAKBまで女性歌手オールスターズに加え、特別ゲストのなでしこジャパンまでステージにあげての一大エンターテイメントに仕立てあげる予定だという。

「ただ労働基準法の縛りがあって、愛菜ちゃんは7時台にしか出演できない。本当に数字が欲しいのは9時からなので、関係者は頭を抱えているんですよ。なりふり構わないプランも出ていて『海外からの中継なら、向こうは昼だからセーフ』なんてことを大マジメに論議しているそうです」(前出・テレビ情報誌編集者)

芦田愛菜ちゃんが労働基準法上の労働者であることには何の疑いもないからこそ、上の労基法61条5項をすり抜けようとして、こういう話になるわけですね。

そして、そうであれば、そもそもの労働時間規制が「修学時間を通算して1週間について40時間」「修学時間を通算して1日について7時間」であり、かつ小学校は義務教育ですから、その時間は自動的に差し引かれなければなりませんから、上の「朝から晩までずっと仕事漬けの日々」というのは、どう考えても労働基準法違反の可能性が高いと言わざるを得ないように思われます。

まあ、みんな分かっているけれども、それを言ったら大変なことになるからと、敢えて言わないでいるという状況なのでしょうか。

ところで、それにしても、芦田愛菜ちゃんのやっていることも、ゆうこりんのやっていることも、タカラジェンヌたちのやっていることも、本質的には変わりがないとすれば(私は変わりはないと思いますが)、どうして愛菜ちゃんについては労働基準法の年少者保護規定の適用される労働者であることを疑わず、ゆうこりんやタカラジェンヌについては請負の自営業者だと平気で言えるのか、いささか不思議な気もします。

ゆうこりんやタカラジェンヌが労働者ではないのであれば、愛菜ちゃんも労働者じゃなくて、自営業者だと強弁する人が出てきても不思議ではないような気もしますが。

(追記)

まあ、ちょうど幼い千姫の涙とシンクロしたというのもあるのでしょうけど、タカラジェンヌやゆうこりんの話を書いたときより、ぶっちぎりの人気記事になったようです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-ae19.html(演劇子役労働規制の国際比較)

ということで、皆さまの関心が高まったあたりで、お役に立つ情報源を。

労働政策研究・研修機構(JILPT)が2006年に公表した労働政策研究報告書『諸外国における年少労働者の深夜業の実態についての研究― 演劇子役等に従事する児童の労働の実態 ―』は、英米独仏4カ国における児童労働、とりわけ芦田愛菜ちゃんのような演劇子役の労働規制について詳細な比較研究を行っています。

http://www.jil.go.jp/institute/reports/2006/062.htm

>当機構では厚生労働省の要請を受け、演劇子役の健康、福祉等へ影響について諸外国の実態調査を行いました。特に演劇、オペラ、ミュージカル、テレビ番組製作、映画製作、モデル撮影などメディア・文化の領域で子役として就労している児童の労働保護規制のあり方、法規の運用、就労実態及び健康、教育、財産管理などへの影響を調査しています。調査対象国は、年少労働者保護に関するEU指令の影響を色濃く有するドイツとフランス、EU加盟国でありながら両国とは異なった法的原理が支配するイギリス、娯楽産業が最も発達し演劇子役等に関して独自の法制を展開するアメリカとしました。

本書はこの研究の成果をとりまとめたもので、各国の「年少者・児童の労働保護法制の枠組み」と「演劇子役等の就労の実態、教育、家庭生活への影響」に分けて報告しています。各国の法制面の特徴について詳細な比較表も掲載しました

本体はこちらのPDFファイルです。388ページという膨大なものです。

http:www.jil.go.jp/institute/reports/2006/documents/062.pdf

まえがき
総論調査研究の目的と成果1
比較表諸外国における年少者・演劇子役等の就業可能時間に係る法制の概要34
1. 年少者(満18歳未満) 34
2. 演劇子役等(満15歳未満) 54
第1部諸外国における年少者・児童の労働保護法制69
第1章アメリカにおける年少者・児童の労働保護法制71
第1節連邦法上の規制71
第2節カリフォルニア州82
第3節ニューヨーク州109
第2章イギリスにおける年少者・児童の労働保護法制154
第1節イギリスにおける児童・年少者に係る原則的規制155
第2節イギリスにおける児童・年少者の興行における雇用に係る規制168
第3章ドイツにおける年少者・児童の労働保護法制186
第1節ドイツにおける年少労働者保護法186
第2節ドイツにおける満15歳未満の演劇子役等の労働保護に係る法制205
第4章フランスにおける年少者・児童の労働保護法制220
第1節フランスにおける演劇子役等の就労における問題の所在220
第2節フランスにおける年少者保護規制222
第3節フランスにおける演劇子役等に対する規制232
第2部諸外国における演劇子役等の就労の実態と教育・家庭生活への影響269
第1章アメリカにおける演劇子役等の就労の実態と教育・家庭生活への影響271
―カリフォルニア州とニューヨーク州を中心に―
第1節演劇子役等の労働時間規制を規定する州法と実態の関係271
第2節演劇子役等と教育、学習について277
第3節演劇子役等の家庭生活284
第2章イギリスにおける演劇子役等の就労の実態と教育・家庭生活への影響291
第1節実演産業の状況291
第2節実演児童の就業に関する制度と運用293
第3節教育と健康・家庭生活306
第3章ドイツにおける演劇子役等の就労の実態と教育・家庭生活への影響314
第1節演劇子役等の就労の実態317
第2節演劇子役等の教育と学習328
第3節演劇子役等の健康・家庭生活333
第4章フランスにおける演劇子役等の就労の実態と教育・家庭生活への影響341
第1節演劇子役等の就労に関する実態―パリ現地調査の結果から― 342
第2節演劇子役等の教育に関する実態359
第3節演劇子役等と家庭生活に関する実態371
参考資料ヒアリング項目375

あと、深夜業規制ではありませんが、労働基準法の年少者規定を取り上げたエントリを並べておきます。時ならぬ4連休の読み物代わりにどうぞ。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-97de.html(年少者の不当雇用慣行実態調査報告@婦人少年局)

旧労働省の婦人少年局というところは、むかしは非常に熱心に女性や子どもたちの労働実態の調査をやっていたのです。とりわけ、今ではほとんど忘れ去られているでしょうが、年少者の不当雇用慣行について、1950年代の半ばごろにその実態を暴いた報告書は、東北地方、九州地方、近畿地方、関東甲信越地方の4分冊として、刊行されています。

おそらく今では役所の中でも誰も知らないであろうこの報告書を、ちょっと紹介してみましょう。今ではみんながうるわしく描き出す「三丁目の夕日」のちょっと前の時期の、日本社会の凄絶な実態をちょっとの間だけでも思い出すために。・・・・・

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/akb-f93b.html(AKB握手会は年少者にふさわしい業務か?)

こういうネタはPOSSEの坂倉さんに任せた方が良いのかもしれませんが、世の中にはこういう行為に出て、こういう訴訟を起こす人もいる、ということを考えると、そもそもこの握手会なるイベント自体、年少者にとって有害業務になり得るものなのではないかという疑問も湧いてきます。

この裁判の原告本人のブログに、当該裁判の判決文が全文掲載されているので、裁判所の判断部分を(固有名詞を除き)そのまま載せておきますが、以前のいきなり刃物を振り回すという物理的攻撃リスクもさることながら、こういう性的言動にさらされるリスクも、年少者保護という観点から改めて考える必要がありそうです。

この裁判がこういう行為をした側が自らのサービス購入者としての権利を主張する形で、言い換えればAKB48側が当該サービスを提供すべき債務を負っていると主張する形で提起されているということ自体が、この握手会そのものが年少者労働基準規則第8条に言うところの「特殊の遊興的接客業における業務」に類するものであることを問わず語りに示しているようにも思われないではありません。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-b2de.html(女子高生クラブは労働基準法違反)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-0d4c.html(JKリフレは労働基準法違反)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_5710.html(中学生を違法派遣)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2015/08/post-7e91.html(「トルコ娘」の労働者性)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年7月23日 (金)

香港言語療法士労組の絵本

朝日の記事によると、香港の言語療法士労組の絵本が弾圧されたそうです。

https://www.asahi.com/articles/ASP7Q7GW4P7QUHBI01X.html(香港、絵本発行で5人逮捕 「子供に反政府的な意識」)

Hongkong01 香港警察は22日、香港政府の対応を風刺して子供を扇動する絵本を発行したとして、発行団体の男女5人を刑事罪行条例違反の疑いで逮捕した。警察幹部は会見で「絵本が対象にする4~7歳は道徳心を養う重要な年齢で、政府に批判的な意識が植え付けられる」と摘発理由を語った。
 逮捕されたのは、言語障害などがある子供に訓練や指導を行う「香港言語治療師総工会」の主席や副主席ら25~28歳の男女。同会は民主派支持を鮮明にしており、政府を風刺する絵本などの読書会を開いていた。
 問題となった絵本は3冊。「羊村十二勇士」という絵本では、平和に暮らしていた羊の村の12匹が、悪役のオオカミの支配から村を守ろうと団結する。12匹はオオカミが羊を殺すことを決めたことを察知して船に乗って逃亡を図るが、動きを監視していたオオカミに海上で捕まって投獄されてしまう。村に残された羊たちが仲間の12匹を支援する内容だ。 

「総工会」とは中国語で労働組合のことです。とはいえ、中華人民共和国の総工会とは御用組合ですらなく共産党の下部組織に過ぎませんが、台湾や香港の総工会はITUCにも加盟しているまともな労働組合です。そういうまともな労働組合の子供向け絵本ですら我慢できないのは、もちろん「人権を守るためには、まず国権を守らなければならない。その点で、国権は人権に優越する」という理屈なんでしょう。まことにもっともでありますなあ。そういうことを言う人には、最低限の知的誠実性を担保するために、ぜひともこの日本の国でもネトウヨと声をそろえて大きな声で「国権は人権に優越する」と叫んでいただきたいものです。

さて、こういう記事を見るとその原典に当たりたくなります。探してみるとこの労組のサイトがありました。

https://www.guhkst.org/(香港言語治療師總工會)

34ab4a_1026635f83bf4f34b8793eec054fb3e7_ 今回摘発された「羊村十二勇士」の前に、労組の活動そのものを絵本にした「羊村清道夫」というのもあるようです。表紙にでかでかと「罷工救羊」とありますな。

https://www.guhkst.org/?lightbox=dataItem-kmm0rn34

 大灰狼喺羊村嘅圍欄度開咗一個窿,自此每日都有好多隻狼由狼村入去羊村。 狼成日都亂拋垃圾,搞到羊村越嚟越污糟,危害到羊咩咩嘅健康。 羊小清同其他清道夫唯有透過罷工,期望可以令大灰狼改變心意,閂返個圍欄, 佢哋會唔會成功呢? 文:香港言語治療師總工會 圖:熱奶茶

 

 

インターンシップ抜きにいきなり大臣でOJT

Nabetsune

昨晩、NHKのBSで渡辺恒雄インタビューの第2弾、平成編が放送されました。世間では裏番組のサッカーを見ている人の方が圧倒的に多かったでしょうが、こちらも大変面白い番組になっていました。

https://www.nhk.jp/p/bs1sp/ts/YMKV7LM62W/episode/te/Q7Y5K7NZ24/

70年にわたり日本政治を見続けた読売新聞グループのトップ・渡辺恒雄氏への独占インタビュー。後編の「平成編」は、渡辺氏の証言から平成という時代の実像に迫る。

読売新聞グループのトップ、渡辺恒雄氏への独占インタビュー番組の第二弾。「平成編」となる今回は、読売新聞社長、巨人軍オーナーとして、平成の日本社会に深く関わった渡辺氏が、その舞台裏を赤裸々に証言。自自連立、大連立など自ら深く関わった政局、巨人軍オーナーとしての発言の真相、自身の戦争体験に根ざした歴史認識。渡辺氏の独占告白から、平成という時代、そして今後の日本の姿を展望する。インタビュアー・大越健介

人によって興味のありかはさまざまでしょうが、私には、福田康夫首相と当時の小沢一郎民主党代表の間の大連立構想を取り持った話が面白かったです。というのも、小沢氏が出てきて、大連立で民主党の議員たちも行政省庁に入って勉強できるというような趣旨のことを言っていたからです。もし本当に彼らにそういう機会があればなんとよかったことかと思います。

その後政権交代で、そういう勉強の機会を持てなかった議員たちがいきなり大臣だの政務官などといった権力をふるえる立場になってしまい、しかしながら頭の中は依然として政府のあれこれ問題点をやたらに追求していきり倒してなんぼという野党時代の感覚が抜けておらず、はっきり言って政府の体をなさないような事態になってしまったからです。

とはいえ、それは主として民主党政権初期の鳩山内閣時代であって、その後の菅内閣や野田内閣時代には、政権初期のOJTの効果が出て、下手な自民党の大臣よりもまっとうな方も結構おられたりしたのですが、その辺は割とすぐに忘れられてしまい、政権初期の悪印象ばかりが残っているように思われます。

改めて考えてみれば、大連立でジュニアパートナーとして行政官庁の中に入って政策を実施する立場としての訓練をする機会があれば、その後民主党主導の政権になっても、もっとまともな政権運営ができたのではないかと思います。実際、菅内閣以降の民主党政権はまさに鳩山内閣時代のおぼつかないOJTの成果が出てきていたわけなので、それを前にずらせていれば、ああいう無駄なことをせずに済んだし、今になっても依然として悪夢のような云々といわれることもなかったでしょう。

その意味では、あの大連立が失敗したのは、実は民主党にとってこそ最も致命的なミスであったのはないかと思われてなりません。

ジュニアパートナーとしてインターンシップをすることなしに、野党根性のまま大臣などの要職にいきなりついてやらかしてしまったことが、その後の民主党やその後継政党にいかにスティグマを与え続けているか、民主党政権中期から後期にかけてのまっとうな政治運営がすぐに忘れられてしまったことを考えると、本当に残念なことであったと思われるのです。

 

 

 

2021年7月22日 (木)

ちなみに、全体主義といえばやはりこの本

ちなみに、そもそも「左右の全体主義」という言い方をすると、一応「左の全体主義」と「右の全体主義」は似ているけれども別物という前提になりますが、今の中国の姿を見ていると、そもそもそれが区別できるのかすら疑わしくなってきます。

その点を深く突っ込んで考えるのに最適なのが、先日紹介した張博樹『新全体主義の思想史』です。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/05/post-37905d.html(中国の左翼は日本の右翼または張博樹『新全体主義の思想史』)

452526 アメリカがバイデン政権になって、米中対立が本格的に専制対民主の対立になりつつある今、前から気になっていながらそのままになっていた張博樹『新全体主義の思想史』を通読しました。

https://www.hakusuisha.co.jp/book/b452526.html

習近平体制を「新全体主義」ととらえ、六四以後の現代中国を壮大なスケールで描く知識社会学の記念碑的著作。天安門事件30年を悼む

著者の張博樹さんは、中国社会科学研究院を解雇され、コロンビア大学で現代中国を講じている言葉の正確な意味でのリベラル派中国知識人ですが、そのリベラル派から新左派、毛左派、紅二代、ネオナショナリズムに至るまで、現代中国の9大思潮を、時にはそのインチキなロジックを赤裸々に分析しながら描き出した大著です。

著者を含むリベラル派については、訳者の石井知章、及川淳子さんらによる紹介がされていますし、妙にポストモダンめいたレトリックを駆使して中国共産党政権を擁護する汪暉ら新左派についても、なぜか日本にファンが多いようで、やはり結構翻訳されていますが、それ以外の種々様々な思想ないし思想まがいについては、これだけ包括的に描き出したものはちょっとないでしょう。そして、本書に描かれた時に精緻めかした、時にやたらに粗雑な「左派」という名のロジックの数かずを読み進んでいくと、なんだか似たようなロジックを日本語でも読んだ記憶があるなという感想が浮かんできます。

それは、意外に思われるかもしれませんが、『正論』とか『WILL』とか『hanada』といったいわゆる右翼系オピニオン雑誌によく出てくるものとよく似ていて、そうか、中国の左翼というのは日本の右翼の鏡像みたいなものなんだな、ということがよくわかります。

まあ、それは不思議ではなく、普遍的な近代的価値観を目の敵にするという点では、日本の右翼と中国の左翼は全く同じであって、ただどちらもそれがストレートではなくねじれている。

日本の右翼は、本音ではアメリカ占領軍に押しつけられた憲法をはじめとする近代的価値観が大嫌いなのだが、(ほんとはよく似た)中国共産党と対決するために、アメリカの子分になって、アメリカ的価値観に従っているようなふりをしなければならない。

中国の左翼は、本音は中華ナショナリズム全開で、欧米の思想なんて大嫌いなのだが、肝心の中国共産党が欧米由来のマルクス主義をご本尊として崇め奉っているので、論理めちゃくちゃなマルクス神学のお経みたいな議論をやっている。

というのは、もちろん著者の意図とはかけ離れた、日本の一読者の斜め下からの感想に過ぎませんけど。

この、中国共産党政権とマルクス主義の微妙極まる関係についても、本ブログで折に触れ何回も言及しています。せっかくなのでお蔵出ししておきます。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/09/post-855b.html(中国共産党はマルクス主義がお嫌い?)

フィナンシャルタイムズに「北京大学がマルクス主義研究会の閉鎖を恫喝」(Peking University threatens to close down Marxism society)という興味深い記事を載せています。

https://www.ft.com/content/ccab09aa-bdc2-11e8-8274-55b72926558f?desktop=true&segmentId=7c8f09b9-9b61-4fbb-9430-9208a9e233c8

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副題に「学生たちは労働組合権を巡る争議を支援し続ける」(Students continue to back workers in dispute over trade union rights)とあるように、これは、マルクス主義をまじめに研究する学生たちが、元祖のマルクス先生の思想に忠実に、弾圧される労働者たちの労働組合運動を支援するのが、そのマルクス主義を掲げていることになっている中国共産党の幹部諸氏の逆鱗に触れてしまったということのようです。

China’s most prestigious university has threatened to shut down its student Marxist society amid a continuing police crackdown on students who support workers in a dispute over trade union organisation.

中国の最も権威ある大学が、労働組合組織を巡る争議において労働者を支援した学生たちに対する警察の続けられている弾圧のさなかで、その学生のマルクス主義研究会を閉鎖すると恫喝している。

Under China’s Communist party, Marxism has been part of the compulsory university curriculum for decades. But universities are now under pressure to embrace “Xi Jinping thought” as the president strengthens his ideological control over the nation. The government is also inspecting primary and secondary school textbooks to remove foreign content.

中国共産党の下で、マルクス主義は何十年にもわたって大学の義務的カリキュラムの一部であった。しかし、諸大学は今や、習近平主席が国民に対する彼のイデオロギー的支配を強化するにつれて、「習近平思想」を奉ずるようにとの圧力の下にある。政府はまた、小学校や中等学校の教科書から外国の内容を取り除くよう監督している。

いやいや、確かに、マルクス主義は厭うべき外国思想の典型なのかもしれませんね。

いまさら皮肉なことに、というのも愚かな感もありますが、一方でわざわざドイツのトリーアに出かけて行って、マルクスの銅像をぶっ立てたりしているのを見ると、なかなか言葉を失う感もあったりします。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/05/200-994a.html (マルクス200年で中国が銅像っていう話)

・・・やしかし、かつての毛沢東時代の(まあ、それもマルクスの思想とは似ても似つかぬものだという批判が妥当だとは思いますが)少なくともやっている当人たちの主観的意識においてはマルクスとレーニンの思想にのっとって共産主義を実現すべく一生懸命頑張っていた時代の中国ならいざ知らず、日本よりもアメリよりも、言うまでもなくマルクスの祖国ドイツよりもはるかに純粋に近い(言い換えればむき出しの、社会的規制の乏しい)資本主義社会をやらかしておいて、それを円滑にやるための労働運動や消費者運動を押さえつけるために共産党独裁体制をうまく使っている、ある意味でシカゴ学派の経済学者が心の底から賛辞をささげたくなるような、そんな資本主義の権化みたいな中国が、その資本主義を憎んでいたマルクスの銅像を故郷に送るというのは、19世紀、20世紀、21世紀を貫く最高のブラックユーモアというしかないようにも思われます。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/11/post-0e60.html(中国共産党はマルクス主義がご禁制?)

9月にこういうニュースがあったんですけど、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/09/post-855b.html (中国共産党はマルクス主義がお嫌い?)

いやいや、確かに、マルクス主義は厭うべき外国思想の典型なのかもしれませんね。

いまさら皮肉なことに、というのも愚かな感もありますが、一方でわざわざドイツのトリーアに出かけて行って、マルクスの銅像をぶっ立てたりしているのを見ると、なかなか言葉を失う感もあったりします。

1541230011_2564それから1か月あまりして、もう少し深刻なニュースが、香港の蘋果新聞に載っていました。

https://hk.news.appledaily.com/china/realtime/article/20181103/58870841 (【習權時代】南京大學生禁研究馬克思 要求解釋卻遭暴力驅散)

「馬克思列寧主義」明列在中共黨章中,但江蘇省南京大學一群學生,近日向校方申請舉辦、註冊成立「馬克思主義閱讀研究會」,校方一直無故拖延,學生前日要求校方解釋,竟遭暴力驅散。

マルクス・レーニン主義は中国共産党の憲章の中に明記されているが、江蘇省南京大学の一群の学生が最近大学当局にマルクス主義読書研究会を設立したいと申請したところ、理由なく遅延され、理由を問うたところ暴力的に追い散らされた。

建議成立馬克思主義閱讀研究會的學生之一、南京大學學生胡弘菲表示,他們自行組統的研究會,50日前便向校方申請註冊,但申請一直被南京大學哲學系和共青團南京大學委員會推來推去。他更稱,提議成立研究的同學最近一個月被便衣人員跟蹤、拍攝;前日多名同學到學校行政樓,要求與南京大學校黨委書記胡金波見面,突然出現一群身份不明的人士向他們施襲,多人受傷,他們準備的傳單、橫額全被破壞。・・・

マルクス主義読書研究会の設立を求めた学生の一人である南京大学学生の胡弘菲によれば、50日前に大学に登録を申請したが、南京大学の哲学部と共産主義青年団の南京大学委員会によって推薦された。ところが、最近1か月間申請した学生たちは平服の連中に後をつけられ、前日学生たちが大学当局の本部に行き、南京大学党委員会の胡金波書記に面会を求めたところ、突然一群の身分不明の者たちが現れ、彼らを襲撃し、多くの者が負傷した。準備したチラシとバナーはすべて破壊された。。・・・

いやいや、もはや現在の中国共産党にとっては、マルクス主義などという不逞の思想はご禁制あつかいなのかもしれません。

(追記)というわけで、この記事のソースであった香港のリンゴ新聞も消え失せました。こういうホントのことを平然と報じるようなメディアは邪魔なんでしょう。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/12/post-ba65.html(中国にとってのマルクス主義-必修だけど禁制)

本ブログでも何回か紹介した川端望さんが昔のエントリを新ブログにお蔵出ししていて、最近も約5年前の「中国の必修科目としての「政治経済学=マルクス経済学」に隠された深遠な陰謀」を再アップされています。

https://riversidehopearchive.blogspot.com/2018/11/20131012.html

中国ではマルクス主義は国定思想なので、大学でも関係するいくつかの科目が必修科目になっている。そこにはマルクス経済学の基礎に相当する「政治経済学」も含まれる。

 この授業について、私の知る限り、中国の大学生から「つまらない。忘れました」という以外の感想を聞いたことがない。「ほんっとーに、つまらないです!!」「I hate it!」という表現さえ聞かれる。私自身が学生・院生時代に、当時すでに少数派となっていたマルクス経済学ベースの勉強をしていて、その問題点も多少はわかっているつもりなのだが、そういう学問的な問題ではないようだし、思想を押し付けられるのが嫌いというだけでもないらしい。

 ヒアリングと、北京や上海の書店で「政治経済学」の教科書らしきものもめくってみた限りでの情報をまとめると、以下のような事情らしい。

 政治経済学の授業のスタイルは、マルクス経済学の超要約版の教科書を使い、図式化して、丸暗記を強要するものである。内容のどこが現実の社会とどう関わっているのかといったことは一切やらない丸暗記らしい。つまり、「寿限無寿限無五劫の擦り切れ」を暗記するのとほぼ同じ要領で「社会的存在が社会的意識を規定する」と覚えるのだ。学生は試験のために暗記して試験終了とともに忘却し、ただ「つまらなかった」という感覚だけを心に残す。日本でも科目を問わずこういう授業は存在するが、教科書も教え方もそのもっとも悪いバージョンになっているようだ。

 もう少し詳しく言うと、資本主義経済については『資本論』の超要約版教科書を叩き込むのだが、社会主義計画経済の原理とそれが行き詰まった理由、中国の「改革・開放」を含む市場経済化の経済学的根拠については、ほとんど教えない。中国の経済学の授業なのに「改革・開放とはどういう原理でなされているのか」は語られないという不思議なことになる。よってますます現実と関係なくなり、学生が関心を持つべくもない。

なぜこんな、わざとつまらなく、わざと興味を待たせないような代物にしているのか?

共産党という名の政権党が支配する国の時代を担う若者たちに、その根本哲学を教えるという最も大事なはずの授業が、それをできるだけ教えたくないという気持ちがにじみ出るようなものであるのはなぜなのか?

川端さんはこう絵解きをしていきます。

いま、マルクス経済学が正しいか、まちがっているかはは脇に置こう。とにかく中国の各大学が、丁寧に、現実の社会とのかかわりを解きほぐしながら国定思想たるマルクス経済学の授業をして、ある割合の学生がそれも一理あるなと思ったとしよう。マルクス経済学が一理あると思うというのは、つまり

「資本主義って、一見対等平等に取引しているようで、必然的に格差を生むしくみになっているんだな」とか、

「技術進歩の果実はほとんど資本家のものになってしまうんだな」とか、

「資本主義発展とともに農村から都市に移動した人口が過剰扱いされて、失業者と都市問題を生むんだな」とか、

「貧困って自己責任じゃなくても社会の問題なんだ」とか、

「信用機構や株式会社ってひとつまちがえると詐欺の温床になるんだな」とかいう風に思うことである。

 さらにすすむと、

「これはみんなわが国で起こっている問題だよね」とか、

「考えてみると中国の社会主義市場経済って、ほぼ資本主義だよね」とか思うだろう。

場合によっては、

「なるほど、労働者が立ち上がって資本主義に反抗するのは歴史の必然なのか」と思いかねない。

 そう、国定思想を丁寧に教えると、現在の体制に対する疑問を惹起してしまうのである。中国政府はこの矛盾に気づいているがために、わざと極端につまらない「政治経済学」を必修化し、学生をマルクス経済学嫌いにしているのではないだろうか。

本気で興味を持たせてしまうと、現在の他の資本主義国のどれよりも市場原理に制約が希薄な「社会主義市場経済」に対する批判的精神を醸成してしまうかもしれないから、わざとつまらなくつまらなく、だれもまじめにマルクス主義なんかに取り組もうと思わないようにしているんだろう、と。

5年前のこの川端さんの推測はおそらく正しいと思いますが、それだけの配慮をしていてもなお、そのこの上なくつまらないマルクス主義の授業にもかかわらず、本気でマルクス主義を勉強しようなどという不届きなことを考える不逞の輩が出てきて、共産党という名の資本家階級に搾取されているかわいそうな労働者を助けようなどという反革命的なことを考えるとんでもない若者が出てきてしまったりするから、世の中は権力者が思うように動くだけではないということなんでしょうか。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/09/post-855b.html (中国共産党はマルクス主義がお嫌い?)

副題に「学生たちは労働組合権を巡る争議を支援し続ける」(Students continue to back workers in dispute over trade union rights)とあるように、これは、マルクス主義をまじめに研究する学生たちが、元祖のマルクス先生の思想に忠実に、弾圧される労働者たちの労働組合運動を支援するのが、そのマルクス主義を掲げていることになっている中国共産党の幹部諸氏の逆鱗に触れてしまったということのようです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/11/post-0e60.html (中国共産党はマルクス主義がご禁制?)

いやいや、もはや現在の中国共産党にとっては、マルクス主義などという不逞の思想はご禁制あつかいなのかもしれません。

ご禁制にしたいほどの嫌な思想なのに、それを体制のもっとも根本的なイデオロギーとして奉っているふりをしなければならないのですから、中国共産党の思想担当者ほど心労の多い仕事はないように思われます。いまでもマルクス経済学は学生たちに必修科目として毎日教えられ続けているはずです。できるだけつまらなく、興味をこれっぽっちも惹かないように細心の注意を払いながら、一見まじめに伝えるべきことを伝えようとしているかのように教えなければならない。少なくとも私にはとても務まらないですね。

(追記)

ちなみに、中国ではおそらく存在を許されない本当のマルクス主義者が香港にはまだ何とか存在し得ていて、中国資本主義を批判するこういう本を書いているということも、かつて本ブログで紹介しましたね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/post-16fd.html (區龍宇『台頭する中国 その強靭性と脆弱性』)

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・・・著者は香港のマルクス主義者です。中国に何千万人といる共産党員の中に誰一人いないと思われるマルクス主義者が、イギリスの植民地だったおかげで未だに何とか(よろよろしながらも)一国二制で守られている思想信条の自由の砦の中で生き延びていられるマルクス主義者ですね。

だからこそ、中国共産党という建前上マルクス主義を奉じているはずの組織のメンバーが誰一人語ることができない「王様は裸だ」を、マルクス主義の理論通りにちゃんと分析して本にできているのですから、ありがたいことではあります。

それにしても、資本家が労働者を抑圧するのに一番良い方法は、資本家自身が労働者の代表になってしまうことだというのは、マルクス様でも思いつかないあっと驚く見事な解法でありました。・・・

日本にはいまだにマルクス経済学者という看板を掲げている人々が結構な数いるはずですけど、だれも文句をつけてきそうにないマルクスの原典の研究とかじゃなくて、區龍宇さんのように現代中国資本主義のこういう問題に切り込もうという勇気のある方がどれくらいいるのか、不勉強なためよく知りません。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/01/post-855d.html(中国左翼青年の台頭と官憲の弾圧)

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梶谷懐さんのツイートでリンクされていたBBC中国語版の記事が面白いです。

https://twitter.com/kaikaji/status/1081583027640139783

https://www.bbc.com/zhongwen/simp/chinese-news-46616052 (中国左翼青年的崛起和官方的打压)

今まで何回か本ブログでも取り上げてきた(下記参照)話題ですが、ここまでまとまったものはあまり見当たらないので、中国語の理解力が乏しいのを顧みず少し紹介したいと思います。

北京大学毕业生岳昕是今年中国网络上最著名的左翼青年之一,但她已从公共视野中消失了四个月。作为一名坚定的马克思主义者,今年夏天她放弃了去美国读研的机会,投入到深圳佳士工人维权活动。2018年8月24日,中国警方在广东惠州带走包括她在内的数十名左翼维权者后,公众再也没有她的消息。

过去几十年,国家主导的市场经济令一部分中国人先富起来。而曾经被中国共产党宣称为社会主义国家领导阶级的工人,在国企转制、下岗、出口型经济转型和城市化建设中,日益被边缘化,权利无保障,有的工人群体甚至被列入“低端人口”。

在中国社会空间不断紧缩之下,一批关注社会底层、信仰马克思主义的左翼年轻人在网络和街头集结,对他们所不满的劳工权利无保障、贫富差距加大等社会现实问题发起挑战,形成一股不可小觑的政治行动力量。他们家庭背景各不相同,但大多就读于中国一流大学、喜欢读马克思著作、拥护社会主义,在学校就积极参加社团、为校内工人的权益奔走。在深圳佳士工人维权行动中,他们身穿写有“团结就是力量”的白色T恤、举手握拳冲在最前线,成为最引人注目的抗议者,也因此遭到中国当局的严厉打压。

北京大学卒業生の岳昕は今年(=2018年)の有名な左翼青年の一人だが、彼女が公衆の面前から姿を消して4か月になる。堅固なマルクス主義者として、彼女は今年の夏アメリカの研究会に行くのをやめて深圳の佳士の労働者権利擁護活動に没入した。2018年8月24日、中国の警察が広東省の恵州で彼女を含む左翼の権利擁護者を何十人も連れ去った後、公衆はもはや彼女の消息を聞いていない。

過去数十年間、国家主導の市場経済により、一部の中国人が最初に金持ちになった。かつて中国共産党によって社会主義国家を指導する階級と宣言された労働者は、国有企業の制度転換、解雇、輸出志向型経済および都市化の中で、日々ますます縁辺化され、権利は保障されることなく、ある種の労働者集団に至っては「底辺人口」にカウントされている。

中国社会空間が不断の緊縮下にある中で、社会の底辺に関心を持ち、マルクス主義を信仰する左翼青年たちがネット上と街角に集結し、労働者の無権利状態と貧富の格差の拡大といった現実社会の問題に挑戦し始め、軽視しえない政治的行動能力を形成した。彼らの家庭背景はさまざまであるが、その多くは中国の一流大学に学び、マルクスの著作を喜んで読み、社会主義を擁護し、学内で積極的に団体に参加し、学内の労働者の権利のために奔走した。深圳の佳士の労働者権利擁護活動では、彼らは「団結は力なり」と書かれたTシャツをまとい、こぶしを最前線に突き上げ、最も注目を浴びる抗議者となり、ついに中国当局の過酷な弾圧に遭遇することとなった。

・・・・・

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・・・・

悲惨な労働者のために立ち上がる左翼青年たち・・・とくると、当然思い出される歴史があります。

中国近代史上最有名的学生运动是1919年的五四运动,当时中国在一战后的巴黎和会遭受不公平对待,引发了学生们的怒火。而1989年“六四”中国政府对学生开枪后,学生几乎绝迹于政治运动和社会群体事件。许多中国名牌大学的学生更是被广泛批评为“精致的利己主义者”,“冷漠自私”,他们审时度势,不惹事,不问政治,不多说话,只关心自己的前途。此次佳士工人维权事件,一帮左翼青年却成为最有力的推动者。

从初中高中的思想政治课,到大学的马克思主义哲学课,在1949年之后的社会主义中国成长并受过教育的年轻人,或多或少都学习过马克思主义理论。在这样的教育下,出现左翼青年顺理成章。只是如今,他们习得的知识理念与现实起了冲突。

“这些孩子在受教育的过程中,就是这样被教育的,要相信马克思主义,但是共产党的执政背离马克思主义理论,共产党当年共同富裕的承诺也没有实现,”历史学者章立凡分析,“他们在现实中感到,原来教他们的东西跟现实是相反的,所以他们认为这个社会不公正,他们要求按照他们所受的马克思主义教育来重新建立一个公正的社会秩序。”

左翼青年近年来已经多次引发舆论的关注。去年,数名左翼青年因为参与了一场广州读书会被警方拘捕。据香港《明报》报道,北京大学毕业生张云帆2017年11月15日在广州工业大学举办读书会时因谈及六四,遭警方拘捕,被以“聚众扰乱社会秩序”罪名刑事拘留和监视居住,12月29日取保候审。张云帆自称是“马克思主义者”和“毛左”。同起事件中,至少还有3人被捕后获保释,4人被通缉。

近代中国史上最も有名な学生運動は1919年5月4日の運動であり、、第一次世界大戦後のパリ講和会議で中国が不当な扱いを受けたことが学生の怒りを引き起こした。 1989年に「6月4日」の中国政府が学生を弾圧した後、学生は政治運動や社会集団活動からほとんど姿を消した。中国の有名大学の学生の多くは、「精妙な利己主義者」とか「冷然たる自己中心」と評され、時勢を判断し、問題を起こさず、政治に関わらず、物事を論じないで、自分の将来にしか関心がない。しかし今回の佳士の労働者の権利擁護事件では、左翼青年グループが最も有力な推進者となっている。

中学高校のイデオロギー・政治学課から大学のマルクス主義哲学課に至るまで、1949年以降に社会主義中国で成長し教育を受けた青年たちは、多かれ少なかれマルクス主義理論を学習している。そのような教育の下で、左翼青年の出現は理にかなっている。ただし今日においては、彼らが学んだ知識と理念は現実と矛盾するのだ。

「この子らは教育課程でこのような教育を受けた。彼らはマルクス主義を信じなければならないが、共産党の執政はマルクス主義理論から逸脱している。ともに豊かになるというかつての共産党の約束は実現されていない」と歴史学者の章立凡は分析する。「彼らが現実の中で感じ取ったことは、もともと彼らに教えられてきたこととは全く逆である。それゆえ彼らはこの社会は不公平であると考え、彼らは彼らが受けてきたマルクス主義教育に従って公正な社会秩序を再確立することを要求するのだ」。

左翼青年は近年何度も世間の注目を集めている。昨年、左翼青年が広州の読書会に参加したために警察に逮捕された。香港の「明報」の報道によると、北京大学卒業生の張雲帆は、2017年11月15日に広州工業大学で開かれた読書会で「6月4日」に言及したため警察に逮捕され、「衆を集めて社会秩序を擾乱した」という罪名で刑事拘留され、監視下にあり、12月29日、なお保釈は保留中だ。張雲帆は自らを「マルクス主義者」であり「毛沢東左派」であると主張している。同じ事件で、少なくとも3人が保釈され、4人が指名手配された。

https://twitter.com/2b0bKXcWuXpoNbb/status/1032133860446724096

进入11月,更多的左翼青年和活动人士在各地失踪。9日晚,张圣业在北大校园内被不明身份的男子直接掳走。根据声援团12月16日公布的消息,目前,仍然有29位声援团成员、学生和社会人士因涉及此次工人维权事件失去自由。
寒冬来到,左翼青年的抗争仍在继续。他们给公安部部长赵克志写信、发起寻找失联成员的行动,不断在推特、佳士声援团网站上发布文章、纪念视频,讲述事件的来龙去脉。他们的抗争也引发了国际关注和声援。11月底,包括美国著名左翼学者诺姆•乔姆斯基(Noam Chomsky)在内的30多名国外学者呼吁抵制在中国举行的世界马克思主义大会,以抗议中国政府打压维权学生。
这些左翼青年似乎并不畏怯官方可能对他们采取行动。BBC中文记者采访张圣业时,曾问他有没有担心过自己的安全。
张圣业在通讯软件上回复:“我不知道您有没有听过这一句话,真正的马克思主义者是无所畏惧的。”

11月には、さらに多くの左翼青年や活動家が各地で失踪した。 9日の晩、張聖業は北京大学のキャンパスで正体不明の男に直接連行された。 支援グループが12月16日に発表したニュースによると、現在、なお29人の支援グループのメンバー、学生および社会人が、労働者の権利擁護事件のために自由を奪われている。

寒い冬が来ても、左翼青年の闘争は続いている。彼らは公安部長の趙克志に手紙を書き、行方不明のメンバーの捜索を始め、絶えずツイッターと佳士支援グループのホームページ上に記事とビデオを掲載し、事件の経緯を語り続けている。彼らの闘争は国際的な注目と支援を引き起こした。 11月末、アメリカの有名な左翼学者であるノーム・チョムスキーを含む30人以上の外国人学者が、中国政府が開催する世界マルクス主義大会のボイコットを呼びかけ、もって中国政府による権利擁護学生の弾圧に抗議した。

これら左翼青年は官憲が彼らに対して取りうる行動を恐れていないかの如くである。BBCの中国語記者が張聖業を取材した時、自らの安全について心配していたかどうか尋ねた。

張聖業は通信ソフトウェア上で回答した。「あなたがこの言葉を聞いたことがあるかどうか知らないが、真のマルクス主義者に恐れるものは何もない。」

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(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/09/post-855b.html (中国共産党はマルクス主義がお嫌い?)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/11/post-0e60.html (中国共産党はマルクス主義がご禁制?)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/12/post-ba65.html (中国にとってのマルクス主義-必修だけど禁制)

(追記)

そういう中国共産党が、わざわざ日本語から翻訳して読ませたがるのが内田樹氏の本だという笑劇。

https://twitter.com/levinassien/status/1082458518177763328

「若者よマルクスを読もう」の第3巻に翻訳オファーが来ました。またまた中国からです。たしかに「マルクスとアメリカ」というテーマで書かれた本、中国にはなさそうですものね。中国におけるマルクス研究のレフェランスに日本人の書いた本が加わるって、面白い話ですよね。

https://twitter.com/levinassien/status/1082461472708423680

僕の本、韓国語と中国語訳は20冊くらい出ているんですけれど、欧米語の翻訳書はゼロです(論文はいくつか訳されますけれど)。この非対称性は何を意味するのでしょう。東アジア限定的に共感度が高いテクストがありうるのでしょうか。あるとしたら、どういう条件を満たしたら、そうなるのか。うむむ。

そりゃ、いうまでもないでしょ。

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「共産党員および領導幹部への推薦図書」の帯をつけて平積みにされているのですから、よっぽど中国共産党のお気に入りなんですね。読んでも上に出てくるまじめな左翼青年のような社会への疑問を持つことはないと、太鼓判を押してもらっているわけです。よかったね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/09/post-f2ea3d.html(資本主義批判はご法度@中国)

Merlin_176411571_e9f7257a15374b4ca06b1d1 ピケティといえば、本ブログでは例の「バラモン左翼」というバズワードで有名ですが、もちろん世間一般では山のようなコバンザメ本にまとわりつかれた世界的ベストセラー『21世紀の資本』で有名なロックスター・エコノミストです。

この表現、ニューヨークタイムスのこの記事にあったんですが、

https://www.nytimes.com/2020/08/31/world/europe/thomas-piketty-china.html?smtyp=cur&smid=tw-nytimes

With his in-depth critique of Western capitalism, detailed in a 700-page book that enjoyed record sales in 2014, France’s rock-star economist Thomas Piketty was well regarded by Chinese leaders.
That was until he turned his attention to China. 

マルクス主義を掲げている中国政府としては、資本主義批判の本は大変結構。ただしそれが中国以外の資本主義を批判している限りで。

彼の近著『資本とイデオロギー』は、そこを踏み越えてしまったようです

Mr. Piketty said Monday that his follow-up book, “Capital and Ideology,” which broadens his study of the rise of economic inequality to non-Western countries such as China and India, is unlikely to be published in mainland China because he refused requests from Chinese publishers to cut parts of it. 

そりゃ、いまやGDP世界第2位の共産一党独裁の資本主義国家を批判の対象にしないような資本主義論(をもてあそぶ寝ぼけたマルクス経済学者も日本には山のようにいますけど、それはともかく)なんか存在価値がないと私も思いますが、そこはやはり虎の尾を踏んづけてしまったようです。

“For the time being, there will be no book in China,” said Mr. Piketty, one of the most high-profile academics to stand up to China, calling the requests “ridiculous” and equating them with censorship. 

この記事にこういう反応をしている人もいたりしますが、

https://twitter.com/aucklandzwitsch/status/1300739512364982272

The Chinese Communist Party rushes to defend capitalism. ??????? 

中国共産党にとってマルクス主義は断固擁護すべき金科玉条でありつつ、同時に絶対に本気で信奉されたりしてはならないタブーでもあるという二律背反の板挟みを、これほどよく示している事態もないのかもしれません。

中国以外の(特にアメリカの)資本主義を口を極めて批判するのは大いに歓迎するけれども、こと中国の資本主義については一切の批判は許されないわけです。

こうしてみると、本心ではご禁制にしたいほど毛嫌いしている革命的なマルクスの思想を、共産党政権の正統性の根源たるご本尊として拝む屁理屈を作らなければならない党イデオロギー官僚のみなさんほど、脳みそを絞りに絞ってへとへとになる商売はこの世に外にはほとんどないように思われます。

まあ、時々、わざわざその中華ナショナリズムを断固として擁護してくれる奇特な日本人がいてくれるのがせめてもの慰めなのかもしれません。

(追記)

なんだか、ピケティが本気で社会主義の再興を提言しているから中国の気に入るかもと思ったけれど、とか呟いている人がいるみたいだけど、看板に掲げているだけのものを本気にされて現実との落差を指摘されることほど腹立たしいことはないのにね。割と単純な人なんだな。

https://twitter.com/hiyori13/status/1301847887819632641

(ついでに)

ついでに余計なことを言っておくと、ピケティがその資本主義批判の本の出版を断念した中国で、自分のマルクス礼賛本の翻訳が出たと自慢たらたらな、自分では反知性主義の反対だと思い込んでいるらしいおっさんがこちら。よっぽど、中国資本主義にとって無害な代物だと思われたんですね。それをまた恥じるどことか自慢してるんだから始末に負えない。ピケティの爪の垢を呑む気などはなからなさそうです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/01/post-855d.html

(中国左翼青年の台頭と官憲の弾圧)

そういう中国共産党が、わざわざ日本語から翻訳して読ませたがるのが内田樹氏の本だという笑劇。

「共産党員および領導幹部への推薦図書」の帯をつけて平積みにされているのですから、よっぽど中国共産党のお気に入りなんですね。読んでも上に出てくるまじめな左翼青年のような社会への疑問を持つことはないと、太鼓判を押してもらっているわけです。よかったね。

というわけで、労働者の権利を主張する左翼青年を断固弾圧し、資本主義を柔らかく批判するピケティすら我慢できない中国共産党は、左の全体主義なのか、右の全体主義なのか、頭を悩ませるところです。

 

 

 

 

 

 

 

イベントいくつか

これからのイベントをいくつか告知しておきます。

https://www.kpcnet.or.jp/seminar/index.php?mode=show&seq=2055&s_category=

https://www.kpcnet.or.jp/seminar/index.php/%E3%80%8C%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%96%E5%9E%8B%E9%9B%87%E7%94%A8%E5%BE%B9%E5%BA%95%E8%A8%8E%E8%AB%96%E3%80%8D%E6%A1%88%E5%86%85%E7%8A%B6.pdf?mode=download&seq=2055

Kpc

https://peatix.com/event/1990729

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https://www.sanken.keio.ac.jp/behaviour/HRM/

Sanken

Keio

 

 

 

 

 

 

自業自得りふれはの国際的炎上(再掲)

開会式を前日に控えて、ついにユダヤ人虐殺ネタでサイモン・ヴィーゼンタールまで招き入れる展開になってしまっているようです。

こういうのを見るにつけ、倫理的という言葉をリスクマネジメントとしてとらえる感覚がいかに希薄なのかを改めて痛感します。

いや、あんたが倫理的であるかどうかなんてどうでもいい、知ったこっちゃない。

倫理の時間に学ぶべきことはそんな倫理学者がのたまうような話じゃない。

そんなことを口走れば、そんなことを口走るようなやつを使えば、どういうおそるべき事態がそのあとにやってくるかということについての、最低限のセンスを身につけること、これに尽きる。

ここはいまから倫理です。

はい、復習。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/post.html(自業自得りふれはの国際的炎上)

昨日のエントリで取り上げた日銀審議委員の原田泰氏の発言が、ついにサイモン・ウィーゼンタール・センターの目にとまり、謝罪声明を出すに至ったようです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/post-5ae3.html (「りふれは」の自業自得的オトモダチ効果)

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170701-85661668-bloom_st-bus_all (ヒトラーの経済政策「正しい」発言に国際的な非難-日銀が謝罪声明)


・・・原田委員は自身の発言について、日銀広報を通じ、「一部に誤解を招くような表現があったことについては、心よりおわび申し上げたい」とコメントした。日銀も「審議委員の発言に誤解を招くような表現があったことについては遺憾に思っており、こうしたことがないよう、今後とも注意してまいりたい」との声明を発表した。

まあ、話の中身については昨日のエントリに付け加えるべき事はそれほどあるわけではありません。

ナチスに先立つワイマール時代の政権、とりわけ労働者の利益を代表するはずの社会民主党が、時代の必要性からも彼らの立場からも当然取るべきであったケインジアン的経済政策を拒否し、それまでの「オーソドックス」な経済政策に固執したことが、致命的な失政であったことを嘆き悲しむのであれば、それは(池田信夫のような人々からは批難されるかも知れませんが)多くの進歩的な人々から共感を呼ぶ発言であったでしょう。

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それが、本ブログで繰り返し紹介してきたシュトゥルムタールの『ヨーロッパ労働運動の悲劇』で力説されていることでもあります。

しかし、原田氏がやらかしたのは、権力を掌握したナチスが諸々の極悪非道、悪逆無道とともに遂行したある種の軍事ケインズ主義を賞賛(しているかのように受け取られる恐れのある発言をあえて)するという事態であったわけです。そしてその国際的帰結が上記国際ユダヤ組織による抗議と、日銀という組織自体による謝罪であったわけですね。

私自身がリフレ派やその中の「りふれは」に妙な言いがかりをつけられたりした経験から思うに、この事態には、リフレ派諸氏に共通するある種の心の構えの歪みが露呈していると思われます。

それは、物事をただただひたすらマクロ経済政策という特定の視角からのみ見ることが絶対的正義であり、それ以外の観点を混入させることは天地ともに許されざる悪行であるかのごときものの言い方をする傾向が、程度の差はあれ、なにがしか観察されるということでした。

物事をただひたすらマクロ経済政策の観点からのみ見るならば、今回の原田発言とシュトゥルムタールの『ヨーロッパ労働運動の悲劇』はほぼ同値と評することができるでしょう。実際、昨日のエントリで私自身、


ここで言われていることの歴史学的ないし社会科学的意味自体で言えば、その言説は殆ど正しい。というか、それは本ブログで繰り返し紹介してきたシュトゥルムタールの『ヨーロッパ労働運動の悲劇』の認識と殆ど変わらない。

と述べたとおりです。この点に関する限り、原田氏はシュトゥルムタールと同じ側におり、居丈高に彼を批難する池田信夫氏の反対側にいる。

しかし、もちろん(リフレ派諸氏の認識とは異なり)世の中で大事なのはマクロ経済政策『だけ』ではないわけです。

本ブログの過去ログを見ると、マクロ経済政策以外のこと、例えば社会政策的な観点を少しでも論じようとすることに対して信じられないくらい居丈高に批難しまくるりふれはの異常な姿がこれでもかこれでもかと浮かび上がってきます。とりわけある種の「りふれは」は、ただひたすら金融緩和政策のみをあがめ奉ればよいので、それ以外のことに少しでも言及すると異教徒に対するような猛爆撃が降り注いできたものですが、そういう物事に対する心の構え方が、今回の事態の背景にあったのではないかと、これはりふれはの誹謗中傷に晒されたことのある身としては心から思います。

物事をただただひたすらマクロ経済政策という特定の視角からのみ見ることが絶対的正義であり、それ以外の観点を混入させることは天地ともに許されざる悪行であるならば、たしかに社会民主党の失政を嘆くこととナチスの善政を褒めちぎることとは同値であり、


原田発言のどこが問題なのか全くわからない。因縁つけてるやつはみんなバカか悪意があるかどっちか。

ということになるのでしょう。

残念ながら、世の中ではそれ以外のことも、とりわけナチスに関してはそれ以外のことの方が遥かに重要なのです。

そういう常識を、自らの自発的マクロ経済への視野狭窄によって見えなくしてしまったことの一つの帰結が今回の事件であったと言えましょう。

(上記リンク先エントリ)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/post-5ae3.html(「りふれは」の自業自得的オトモダチ効果)

Harada

稲葉氏がこう言っていますが、

https://twitter.com/shinichiroinaba/status/880636848271392768

原田発言のどこが問題なのか全くわからない。因縁つけてるやつはみんなバカか悪意があるかどっちか。

本当に心の底からそう思っているならば、稲葉氏も病膏肓に入ったとしか言いようがない。

http://jp.reuters.com/article/haraada-germany-polcy-idJPKBN19K1JT (原田日銀委員、ヒトラーが「正しい財政・金融政策」 悲劇起きた)

日銀の原田泰審議委員は29日、都内での講演で、ナチス・ドイツ総統だったヒトラーが「正しい財政・金融政策をしてしまったことで、かえって世界が悪くなった」と述べた。

原田審議委員は、1929年の世界大恐慌後の欧米の財政・金融政策に言及。「ケインズは財政・金融両面の政策が必要と言った。1930年代からそう述べていたが、景気刺激策が実際、取られたのは遅かった」と述べた。・・・

そのうえで「ヒトラーが正しい財政・金融政策をやらなければ、一時的に政権を取ったかもしれないが、国民はヒトラーの言うことをそれ以上、聞かなかっただろう。彼が正しい財政・金融政策をしてしまったことによって、なおさら悲劇が起きた。ヒトラーより前の人が、正しい政策を取るべきだった」と語った。

原田審議委員は、合わせてナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺と第2次世界大戦によって、数千万人の人々が死んだとも述べた。

Thal

ここで言われていることの歴史学的ないし社会科学的意味自体で言えば、その言説は殆ど正しい。というか、それは本ブログで繰り返し紹介してきたシュトゥルムタールの『ヨーロッパ労働運動の悲劇』の認識と殆ど変わらない。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-7008.html (『ヨーロッパ労働運動の悲劇』を復刊して欲しい)

・・・経済学の専門家であるヒルファーディングは、高度に発展した資本主義経済の複雑なメカニズムに強い印象を受けたので、彼はそれに対するほとんど全ての干渉を危険なものと考えるに至った。すなわち彼は、マンチェスター派の自由主義者に接近していった。彼は、イギリスでスノーデンが演じたと同じ役割を演じ、恐慌中に提案された繁栄の回復を早めるための多くの計画を拒絶した。そのような努力は、よくいってさらに悪い経済的破局の道を用意するに過ぎないと確信してであった。・・・

・・・社会民主党は、異常な強度と持続性を持つ恐慌を洞察しなかった。経済的暴風が全勢力をもって吹き荒れていた1931年になってすら、彼らは、危機自体の緩和にはあまり役立たず、ただ労働階級の直接的苦悩を軽減することを主眼とした政策を固執した。多くの社会民主党と労働組合の指導者たちは、オーソドックスの理論に執着していた。それは、国家の干渉は目先の救済をもたらしはするが、それはただその代償として危機を一層長期にわたらしめ、さらに性質において一層厳しいこともあり得るような別の恐慌を準備するに過ぎないという理論である。従って社会民主党と労働組合は、政府のデフレイション政策を変えさせる努力は全然行わず、ただそれが賃金と失業手当を脅かす限りにおいてそれに反対したのである。・・・

・・・しかし彼らは失業の根源を攻撃しなかったのである。彼らはデフレイションを拒否した。しかし彼らはまた、どのようなものであれ平価切り下げを含むところのインフレイション的措置にも反対した。「反インフレイション、反デフレイション」、公式の政策声明にはこう述べられていた。どのようなものであれ、通貨の操作は公式に拒否されたのである。

・・・このようにして、ドイツ社会民主党は、ブリューニングの賃金切り下げには反対したにもかかわらず、それに代わるべき現実的な代案を何一つ提示することができなかったのであった。・・・

社会民主党と労働組合は賃金切り下げに反対した。しかし彼らの反対も、彼らの政策が、ナチの参加する政府を作り出しそうな政治的危機に対する恐怖によって主として動かされていたゆえに、有効なものとはなりえなかった。・・・

しかし、同じことをその政策をとるべきであったのにとらなかった社会民主主義の側から論ずるか、その政策とともに悪逆無道の行為を行ったナチスの側から論ずるかで、その与える印象がいかに変わってくるかは、極めて高いレベルの公職に就いているものが常に心得ていてしかるべきことではありましょう。

ただし、それはあくまで一般論。

原田氏は自他共に認める「リフレ派」であり、その強固なお仲間意識で知られるこの思想集団の中には、シュトルムタールとともに社会民主党の失政を悔やむどころか、むしろナチスによる善政を喜ぶ心性の持ち主ではないかと疑われるような言動をあちらこちらで行っている人々がおり、そしてここが重要なのだが、そういう人も同じリフレ派だからと言ってやたらに親友づきあいしていると誤解されますよという心からの忠告に対して、あたかもリフレーション政策に対する誹謗中傷を聞かされたかのごとく逆上してみせる多くの「りふれは」が、これは極めて多数存在することも、これまた多くの傍観者が目の当たりにしてきたことでもあります。

断固としてお仲間意識に基づき、あいつらは少なくともその一部はナチスにシンパシーを感じている連中なんじゃないかという疑念を抱かせる、或いは少なくともその疑念を積極的に払拭しようと懸命に試みてこなかったという意味において、今回の騒ぎは、確かにその歴史学的ないし社会科学的なコアの部分だけでは誤解ないし曲解と評すべき点があるのは確かですが、いままでの「リフレ派」諸氏の諸々の言動を踏まえて考えれば、ある程度までは「自業自得」と評されてもやむを得ない面があることは確かだろうと思われます。

まあ、そう言われて心得違いをすぐ直すような人々ならこんなことにはならないわけですが。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-6f0b.html (シュトゥルムタール『ヨーロッパ労働運動の悲劇』を直ちに再刊せよ?)

訳書を刊行した岩波書店編集部は、稲葉氏を犯罪者に陥れないために、直ちにシュトゥルムタール『ヨーロッパ労働運動の悲劇』(Ⅰ・Ⅱ)を再刊するように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年7月21日 (水)

タニタの件について(再掲の再掲)

またぞろ、タニタの社長さんが業務委託化を謳っていますが、

https://www.bengo4.com/c_5/n_13312/(「正社員」は本当に会社のコアなのか 「業務委託化」を促す「タニタ」社長に聞く)

いや、別に特殊日本的なメンバーシップ型正社員だけが労働者像ではないんだけど・・・。

たぶん、この社長さんの頭の中には日本型正社員とフリーランスの二択しかないのでしょう。

一昨年本ブログでその著書に対して述べたことに何一つ付け加えるべきことはないように思われますので、そのまま再掲します。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/10/post-9d74ab.html(『タニタの働き方革命』雑感)

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51ae66rlz0l 最近話題になっているタニタの「社員のフリーランス化」について、社長自ら編著の本が出ていることを知り、読んでみました。

https://www.nikkeibook.com/item-detail/32282

◎タニタの「日本活性化プロジェクト」とは?
希望社員を雇用から契約ベース(フリーランス)に転換、主体性を発揮できるようにしながら、本人の努力に報酬面でも報いる社内制度。
経営者感覚を持って、自らの仕事内容や働き方をデザインでき、働く人がやりがいを持って心身ともに健やかに働ける「健康経営」の新手法。 

昨今の雇用類似の働き方をめぐる諸情勢等に鑑みると、絶賛と罵倒の応酬になりそうなこのテーマなんですが、実のところ読んでみた感想は、「これって、メンバーシップ型雇用からの脱却という話をオーバーランしているだけなんじゃないか」というものでした。

というのも、本文中にもジョブ型雇用、メンバーシップ型雇用という言葉が出てくるのですが、フリーランス(非雇用)と立派な雇用であるジョブ型雇用がどうもいささか脳内でごっちゃになっている感がするのです。

・・・個人事業主になると、その直前まで社員として取り組んでいた基本的な業務以外に、他の部署から新たに仕事を頼まれるケースもあります。従って、業務内容は「基本業務」と「追加業務」に分け、「追加業務」を請け負う場合は、その分の報酬を「成果報酬」として上積みするすることとしました。

 また「基本業務」でも、想定以上の成果を上げれば、その分は成果報酬に反映させます。頑張りがきちんと報酬面でも報われるようにすることで、モチベーションアップにもつながるでしょう。

 従来のメンバーシップ型企業では、業務内容が曖昧であるがゆえに、「同じ給与なのに、次々に新たな業務が付け加えられる」といった事態が起こり、働く側も不公平感や不満を持ちやすい面がありました。それを、個人事業主への移行を機に業務内容を「基本業務」と「追加業務」とにしっかりと分け、一つ一つの仕事にきちんと「値付け」するという発想です。

 付け加えていえば、会社の中で「この仕事はいくら」という相場観が形成されていく効果にも期待しています。これまでは社員に「悪いけどちょっとこれもお願い」と気軽に頼んでいたことも、「仕事」として発注することになると、頼む側も金額を意識するようになるでしょう。・・・

いや、ある意味、気持ちは凄く良く伝わってくるのですが、それって要するにジョブ型雇用に徹底するぞといっているのと何が違うのだろうか、と。ジョブ型「雇用」とは、つまり人ではなく仕事に値札がついているということなのですから。

あるいは、これも現在の日本の状況下では言っていることはよくわかるのですが、

・・・個人事業主として独立するのですから、基本的に働く時間の制約もなくなるのは当然です。24時間をどう使うかは、すべて当人次第。法律上でも、業務委託契約においては、発注者である会社が、出退勤や勤務時間の管理を行うことは禁じられています。・・・

 自己裁量ですから、業務委託契約書に書かれている業務をきちんと遂行できるのであれば、週休3日、4日でもかまいません。極端なことを言えば、ある期間は週末も含めて集中的に働き、その後1か月のまとまった休みを取って旅行することも可能なのです。・・・

いやいや、業務委託契約で労働時間管理をしてはいけませんが、雇用契約で時間管理をしなければならないわけではありません。まさにそういう(雇用の枠内で)裁量的に働く人のために裁量労働制というしくみもあるし、やたらに狭くなってしまいましたが高度プロフェッショナル制度というのも出来ました。少なくとも理屈の上では、時間管理を外すが為に雇用契約から飛び出なければならないというわけではないのです。

現在の日本では、雇用契約である以上時間管理あるべしという発想が強く、裁量労働制やいわゆるホワイトカラーエグゼンプションなど雇用契約の範囲内での労働時間規制の緩和に反対する人が多いために、こういう風に却って個人請負いに追い散らす傾向もあるのは否定できないのですが、少なくとも理屈の上では、ジョブディスクリプションに書かれている職務をきちんと遂行できるのであれば、週休3日でも4日でもずっと休みでもかまわないという雇用契約は十分可能です。それを目の敵にする必要は全くないと私は思います。

あるいは、

・・・個人事業主になると、時間だけでなくどこで働くかも当然、自由になります。自宅やカフェでの作業の法が効率的であれば、毎日会社に来る必要もありません。子育てや介護のために、自宅をベースにした方が良い人には好都合でしょう。・・・

いやだから、テレワークとか、リモートワークとかいろいろとやっているんですけど。

それ以外にも、「個人事業主になると、これまで以上に社外の人と接する機会が増え、知識や人脈が広がる可能性が高い」とか、いやいや社員にそういう機会を与えてなかったのかよ、とか。

この本全体からは確かにある種の「善意」が感じられます。これまでのメンバーシップ型雇用にがんがらじめになっている社員に、もっと自由で裁量性のある働き方を認めてあげようという善意は感じられます。でも、それはフリーランスにしければ絶対出来ないような話ではないのです(社会保険等の制度的な面は別として)。

「メンバーシップ型雇用からの脱却という話をオーバーランしているだけなんじゃないか」という感想のよってきたる所以です。

 

いや、倫理課はあったほうがいい

最近日本でも妙に人気があるらしいマルクス・ガブリエルという人が、企業には倫理課、政府には倫理省を置けと主張してプチ炎上しているようですが、

https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000222581.html(天才哲学者マルクス・ガブリエルが語る未来と倫理)

Marx 「コロナ禍において、これまでの価値観では判断できない事象が増えた」と語るガブリエル教授。だからこそ、企業では『倫理課』、政府には『倫理省』など、専門組織を持つことで経済成長し続けられるといいます。

たぶん、ここでガブリエル氏が言っている趣旨自体は全くナンセンスで、企業に倫理課なんか置いたところでその倫理水準は1ミリも上昇しはしないし、政府に倫理省なんか置いたらいくつかのコメントにあるようにそれこそジョージ・オーウェルの世界かも知れません。

でもね、昨今の世情をつらつら鑑みるに、やっぱり企業には倫理課、あるいはむしろトップ直属の倫理室みたいなのをおいた方がいいという気がしてきました。

もちろん、そんなものを置いたところで、企業自体の倫理水準に1ミリも寄与しないでしょう。でもね、倫理面のリスクマネジメントとしてはたぶん役に立つはず。

取引先というか委託先の倫理水準の問題がいかに大きなリスク要因であるかという見事な実例を、今我々は国民的レベルで目の当たりにしているわけです。

少なくとも、今回は東京五輪組織委員会に倫理課を置いて、身体検査を徹底的にやっておけばとほぞをかんでいる人は結構いるのではないでしょうか。

元記事のガブリエル氏の議論とはほとんど縁のないレベルの話ではありますが、やっぱり企業は真面目に倫理課を置くことを考えた方がいいような気がします。

 

2021年7月20日 (火)

ヒジャブ禁止は宗教差別にあらず@EU司法裁

これもまた社会問題を超えて政治問題に発展する予感がします。EU司法裁判所が先週7月15日、またも労働者にヒジャブみたいなものを身につけるなという会社の方針はEUの一般均等指令に反しないと判示したようで、さっそくトルコ政府が反発しているようです。

https://curia.europa.eu/juris/document/document.jsf?text=&docid=244180&pageIndex=0&doclang=en&mode=lst&dir=&occ=first&part=1&cid=258120

 Article 1 and Article 2(2)(a) of Council Directive 2000/78/EC of 27 November 2000 establishing a general framework for equal treatment in employment and occupation must be interpreted as meaning that an internal rule of an undertaking, prohibiting workers from wearing any visible sign of political, philosophical or religious beliefs in the workplace, does not constitute, with regard to workers who observe certain clothing rules based on religious precepts, direct discrimination on the grounds of religion or belief, for the purpose of that directive, provided that that rule is applied in a general and undifferentiated way.

一般均等指令第1条と第2条第2項第a号は、労働者に職場においていかなる政治的、哲学的又は宗教的信念の目に見えるサインを着用することを禁じる企業の内部規則は、当該規則が一般的かつ非差別的な方法で適用される限り、宗教的戒律に基づく特定の衣服規則を遵守する労働者に関して、指令の目的のために宗教又は信条に基づく直接差別を構成しない。

Article 2(2)(b) of Directive 2000/78 must be interpreted as meaning that a difference of treatment indirectly based on religion or belief, arising from an internal rule of an undertaking prohibiting workers from wearing any visible sign of political, philosophical or religious beliefs in the workplace, may be justified by the employer’s desire to pursue a policy of political, philosophical and religious neutrality with regard to its customers or users, provided, first, that that policy meets a genuine need on the part of that employer, which it is for that employer to demonstrate, taking into consideration, inter alia, the legitimate wishes of those customers or users and the adverse consequences that that employer would suffer in the absence of that policy, given the nature of its activities and the context in which they are carried out; secondly, that that difference of treatment is appropriate for the purpose of ensuring that the employer’s policy of neutrality is properly applied, which entails that that policy is pursued in a consistent and systematic manner; and, thirdly, that the prohibition in question is limited to what is strictly necessary having regard to the actual scale and severity of the adverse consequences that the employer is seeking to avoid by adopting that prohibition. 

指令第2条第2項第b号は、労働者に職場においていかなる政治的、哲学的又は宗教的信念の目に見えるサインを着用することを禁じる企業の内部規則から生ずる宗教又は信条に間接的に基づく取扱いの相違は、当該政策がとりわけ顧客やユーザーの合法的な要望や係る政策がなければ使用者が被るであろう有害な帰結、それが遂行される文脈において使用者の側の純粋の必要に見合うものであり、取扱いの相違が使用者の中立政策を確保する上で適切であって、整合的かつ体系的な方法で追求され、問題の禁止が使用者が係る禁止によって避けようとする有害な帰結の実際の規模と深刻さに関して厳格に必要である限り、顧客やユーザーとの関係で政治的、哲学的及び宗教的中立性の政策を追及したいという使用者の要望によって正当化しうる。

いろいろごちゃごちゃと条件をつけてはいますが、要するに、顧客に変な偏った会社だと思われたくないから、ヒジャブみたいなのはダメだと労働者に命じることは、EU指令の禁止する差別には(必ずしも)当たらない、というわけです。

 

左右の全体主義その2

先日、連合と立憲民主党、国民民主党との間の政策協定に出てきた「左右の全体主義」という言葉は、71年前に総評が結成されたときの基本綱領に出てくるものですよ、と述べたんですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/07/post-cb2833.html

・・・以上の諸原則を通じて推進される自由にして民主的な労働組合の諸活動は、保守反動勢力を封殺し、左右両極からの全体主義の抬頭を防ぎ、民主々義革命を達成するための最大要素である。この故にわれわれは、如何なる意味においても、労働者個有の権利であり労働組合存立の基礎である労働者の言論思想結社の自由の制限に反対する。

この「左」の全体主義とは何かを、その総評の結成大会における大会宣言が明確に指し示しています。

Sohyo  今や内外の情勢は極めて重大なる段階に直面し、われわれ労働階級の力強き団結と奮起を要請してやまない。南北朝鮮の戦火は直に第三次大戦に発展すると即断し得ないが、之を転機として米、ソを中心とする国際的対立は新たな様相を呈し、大戦の危機が一段と深刻化していることは否定し得ない事実である。
 かかる国際情勢の激化に便乗した吉田内閣は民主々義の基本原則たる言論集会の自由を弾圧し、労働者の団体交渉権までも剥奪するなど、その反動的性格を露骨にあらわして来た。更に又政府の強行するデフレ政策は低賃金、首切り、重税等労働者に対する一方的犠牲を強要し、その生活を窮乏のドン底に追い込みつつある。加うるに労働委員会、人事院、裁判所の公的機関の権威を蹂りんして新憲法の精神を無視し反動攻勢を熾烈に展開して来た。
 この秋に当ってわれわれは日本共産党の組合支配と暴力革命的方針を排除し、労働階級の永き要望に応え、自由にして民主的なる労働組合に依って労働戦線統一の巨大なる礎をすえたのである。
 しかしながら総評議会の任務の限りなく重大であることと、この任務達成の道の容易ならざるを知る。しかしてこの困難なる闘いを通じてのみ日本の民族的再建と労働階級の解放がなされることを確信し、総評議会に参集した四百万労働者の同志的結集を固め、より広汎なる統一をはかり、国際自由労連に連なる全世界の労働者と提携し、民族の平和と独立のためにあらゆる妨害を排除して、自由にして民主的なる労働組合の闘いを堂々と進めんとするものである。 

少なくとも、71年前の段階では、総評という左派の労働運動が、保守反動の吉田内閣をこれだけ口を極めて罵っているのと並べて、「日本共産党の組合支配と暴力革命的方針を排除」するんだと言っていたわけです。

これは日本労働運動史の歴史的事実であって、総評なんか保守反動のクズであると主唱するのであれば一貫しますが(そういう立場は十分あり得るとおもいます)、右派の同盟だけ叩いておけば話が済むわけではありません。

ちなみに、個人的には今の日本共産党は70年前の日本共産党とはがらりと変わっていると感じていますが、肝心の日本共産党自身が、戦前から終戦直後から今日まで一貫して正しいと主張してしまっているので、そっちの理屈に頼るわけにはいかないわけです。

 

 

 

 

 

2021年7月19日 (月)

グローバルな進歩派へ@ミラノヴィッチ

Brankomilanovic 最近『資本主義だけが残った』も話題のブランコ・ミラノヴィッチが、おなじみのソーシャル・ヨーロッパで、「Towards global progressiveness」というエッセイを書いています。グローバルな進歩派に向けて、といったところでしょうか。

https://socialeurope.eu/towards-global-progressiveness

その冒頭近くで、そもそもその「プログレッシブ」ってどういう意味なんだ?という問いに対して、こう答えているんですが、

‘Progressive’ is meant to include all those who identify with broad left-wing movements, from Marxists to social democrats even up to the fringes of liberals (in the American sense of the term). ‘Global’ is supposed to cover issues that can, at least in principle, be acted upon or actively pursued at the global, as opposed to national, level.

「プログレッシブ」とは広範な左翼運動にアイデンティファイするすべての人々を含む。マルクス主義者から社会民主主義者まで、さらにリベラルのはじっこに至るまで・・・

え?リベラルのはじっこ?そう、わざわざカッコ書きで「この言葉のアメリカ的な意味において」と注釈を入れています。

これがまっとうなヨーロッパ型左翼の言語感覚ですね。本来、リベラルってのは自由市場主義の右翼なんだが、アメリカでは言葉遣いがひっくり返っているものだから、リベラルのはじっこも進歩派の一翼に入れようというわけです。

もう百万回本ブログで言っているけれども、全然世の中に伝わらない話です。

 

 

 

シングルマザーの労働法政策@『労基旬報』2021年7月25日号

『労基旬報』2021年7月25日号に「シングルマザーの労働法政策」を寄稿しました。

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 昨年例のコロナ禍に対してはさまざまな雇用労働政策がなされてきていますが、その中で特に困難な状況にあるシングルマザーなどのひとり親世帯に対して、繰り返し給付金の支給がされています。シングルマザーは、日本型雇用システムにおいて正社員たる成人男性の被扶養者と位置付けられてきた母親が、家計維持者として子どもの養育費用をも稼がなければならないという矛盾した位置付けに置かれてきた存在であり、それゆえ以前から一定の対策が講じられてきましたが、今なおその困難な状況にあまり変わりがないことが、今回のコロナ禍で改めて露呈しました。
 もっとも拙著『日本の労働法政策』に「母子家庭の母」という言葉は出てきません。政策が存在しないわけではなく、労働施策総合推進法に基づく職業転換給付金の中の訓練手当と、雇用保険法に基づく特定求職者雇用開発助成金の助成対象の中に、母子家庭の母というのが出てきます。とはいえ、わざわざ項目を立てるほどの政策ではありません。しかしながら、同じ厚生労働省の子ども家庭局が所管する母子家庭の母に対する福祉政策の中には、雇用就業の促進政策も位置付けられています。今回はその流れをざっと概観してみましょう。
 「母子」を対象とした政策の出発点は戦時体制下の1937年に制定された母子保護法で、「十三歳以下ノ子ヲ擁スル母貧困ノ為生活スルコト能ハズ又ハ其ノ子ヲ養育スルコト能ハザルトキ」に生活扶助、生業扶助等を行うものでした。戦後生活保護法に統合されましたが、母子家庭の生活困難は厳しく、1949年に母子対策要綱が閣議了解され、より手厚い施策が講じられました。その後も未亡人団体等から陳情がなされ、1952年には議員立法により母子福祉資金の貸付等に関する法律が制定されました。これにより、20歳未満の児童を扶養する母子家庭の経済的自立を助成するために、(事業開始時の)生業資金、(就職時の)支度資金、技能習得資金、(技能習得中の)生活資金、事業継続資金、(扶養児童のための)就学資金及び就業資金といった必要な資金を貸し付けるほか、公共施設内の売店設置、たばこ(専売品)販売の許可などが規定されました。なおこれは母子家庭の子の方ですが、1955年には厚生省児童局と労働省職業安定局の連名で「両親又は片親を欠く児童の就職援護について」が通達されました。
 1959年の国民年金法により拠出制母子年金のほかに死別母子世帯向けに母子福祉年金が設けられましたが、離婚による生別母子世帯にも所得保障すべきとの議論が起き、1961年に児童扶養手当法が制定されました。1964年には母子福祉法が制定され、その第4条は「母子家庭の母は、みずからすすんでその自立を図り、家庭生活の安定と向上に努めなければならない」と自立を前面に打ち出しました。もっとも、施策としては母子福祉資金の貸付等に関する法律のものとあまり変わらず、雇用に関しては次の規定があるだけでした。
(母子家庭の母及び児童の雇用に関する協力)
第十九条 母子相談員その他母子家庭の福祉に関する機関及び公共職業安定所は、就職を希望する母子家庭の母及び児童の雇用の促進を図るため、相互に協力しなければならない。
 さて子が成人すると母子福祉法の対象ではなくなりますが、「長年の子育てに疲れ果てた老いたる母」も対象に含めるべきとの声を受けて、1981年に母子及び寡婦福祉法に改正されましたが、併せて第19条に次の項が設けられました(上記規定は第2項に)。
(雇用の促進)
第十九条 国及び地方公共団体は、就職を希望する母子家庭の母及び児童の雇用の促進を図るため、職業訓練の実施、就職のあつせん等必要な措置を講ずるように努めるものとする。
 この時、国会では雇用対策の充実を求める附帯決議がつけられています。
一、母子家庭の母等の雇用を促進するため、職業相談員の増員等職業紹介体制の整備、職業訓練の機動的な実施について積極的な推進を図ること。
二、母子家庭等の生活の安定を図るため、雇用対策法及び雇用保険法に基づく雇用援護措置の積極的な活用に努めること。
三、事業内託児施設その他の福祉施設の設置又は利用の促進に努めること。
 これに先だって、1974年の雇用保険法に基づき、母子家庭の母を対象とした雇用助成金が設けられていました。まず雇用改善事業として寡婦等雇用奨励金が作られ、1979年には特定求職者雇用奨励金の一部となり、1981年には給付金の整理統合により雇用安定事業の特定求職者雇用開発助成金の一部となって、以後今日までほぼ変わっていません。また、1977年には雇用対策法の職業転換給付金の中の訓練手当の支給対象にも追加されています。しかし、雇用対策としてはせいぜいこれくらいしかなかったとも言えます。
 もっともこの時期、1977年には野党(社会党、公明党、共産党等)から母子家庭の母等である勤労婦人の雇用の促進に関する特別措置法案が提出されていました。これは、障害者雇用対策に倣って母子家庭の母等について雇用率を設定し、国、地方公共団体等に雇用義務を課すとともに、一般事業主にも努力義務を課し、必要に応じて雇入れ計画の作成を命令できるという法案ですが、政府は否定的でした。
 一方、1985年に男女雇用機会均等法(努力義務法)が制定され、1997年にはこれが差別禁止規定に強化されます。もともと母子家庭の母を特に保護の対象とすること自体、父親が家計維持責任を負い、母親が子供の世話をするという性別役割分業を前提とする政策でした。主たる稼ぎ手であるべき父親が不在であることが、母親への保護を正当化していたのですが、その前提が徐々に崩れていくことになります。とはいえ、現実社会は依然として性別役割分業が強く残ったままで、専業主婦やパート主婦を抱えた男性正社員の無制限な働き方に変わりはなく、子供を抱えたシングルマザーには同様の働き方は困難で、その間の矛盾が以後の政策のジグザグをもたらしていきます。
 時代が下がって2002年には母子家庭等自立支援対策大綱が策定され、自立の支援という名の下に、就労促進と福祉の厳格化を組み合わせた欧米のワークフェア政策を母子家庭の母に適用されていくことになります。これを受けて同年には児童扶養手当法と母子及び寡婦福祉法の改正が行われました。前者では就労を拒否した場合の支給停止が規定されるとともに、児童扶養手当の受給期間が5年を超えると減額されることとしました。これと対応する形で、後者ではいくつもの就労による自立支援策が設けられました。上記第19条は第29条となり、国の責務が強められました。
(雇用の促進)
第二十九条 国及び地方公共団体は、就職を希望する母子家庭の母及び児童の雇用の促進を図るため、事業主その他国民一般の理解を高めるとともに、職業訓練の実施、就職のあつせん、公共的施設における雇入れの促進等必要な措置を講ずるように努めるものとする。
2 公共職業安定所は、母子家庭の母の雇用の促進を図るため、求人に関する情報の収集及び提供、母子家庭の母を雇用する事業主に対する援助その他必要な措置を講ずるように努めるものとする。
3 母子自立支援員その他母子家庭の福祉に関する機関並びに児童福祉法第四十四条の二に規定する児童家庭支援センター、同法第三十八条に規定する母子生活支援施設及び母子福祉団体並びに公共職業安定所は、就職を希望する母子家庭の母及び児童の雇用の促進を図るため、相互に協力しなければならない。
 これを受けて、第30条が国と都道府県の事業を規定していますが、重要なのは第2項の母子家庭就業支援事業です(第35条には寡婦就業支援事業)。
第三十条 (第1項略)
2 都道府県は、就職を希望する母子家庭の母及び児童の雇用の促進を図るため、母子福祉団体と緊密な連携を図りつつ、次に掲げる業務を総合的かつ一体的に行うことができる。
一 母子家庭の母及び児童に対し、就職に関する相談に応じること。
二 母子家庭の母及び児童に対し、職業能力の向上のために必要な措置を講ずること。
三 母子家庭の母及び児童並びに事業主に対し、雇用情報の提供その他母子家庭の母及び児童の就職に関し必要な支援を行うこと。
 さらに雇用促進と能力開発のための給付金が規定されました。
(母子家庭自立支援給付金)
第三十一条 都道府県等は、配偶者のない女子で現に児童を扶養しているものの雇用の安定及び就職の促進を図るため、政令で定めるところにより、配偶者のない女子で現に児童を扶養しているもの又は事業主に対し、次に掲げる給付金(以下「母子家庭自立支援給付金」という。)を支給することができる。
一 配偶者のない女子で現に児童を扶養しているものの求職活動の促進とその職業生活の安定とを図るための給付金
二 配偶者のない女子で現に児童を扶養しているものの知識及び技能の習得を容易にするための給付金
三 前二号に掲げる給付金以外の給付金であつて、政令で定めるもの
 これに基づく具体的な給付金は、まず第1号のものとして常用雇用転換奨励金があります。これは、非常勤職員等で雇用された母子家庭の母に対し必要な研修・訓練を実施した後、常用雇用に移行し、一定期間経過した場合には、事業主に対し奨励金(母子家庭の母1人当たり30万円)を支給するものですが、2007年に廃止されました。
 第2号の給付金は二つあり、自立支援教育訓練給付金は雇用保険の教育訓練給付の受給資格を有していない母子家庭の母が教育訓練講座を受講し、修了した場合、当該母子家庭の母に対し経費の40%(20万円を上限)を支給するもので、対象となる教育訓練講座は、①雇用保険制度の教育訓練給付の指定教育訓練講座、②(財)21世紀職業財団の再就職希望登録者支援事業の指定教育訓練講座、③別に定める就業に結びつく可能性の高い講座、④その他上記に準じ都道府県等の長が地域の実情に応じて国に協議して対象とする講座です。
 さらに、介護福祉士、保育士などの資格は、母子家庭の母の就職の促進に効果が高く、取得促進が求められていますが、他方、これらの資格の取得を目的とする養成機関においては、一定期間、昼間に授業を受けることが多いため、生計の担い手でありその収入が途絶えると生活を維持することが難しくなる母子家庭の母にとっては受講が難しい状況にあることから、母子家庭の母の受講期間中の生活の不安を解消し、安定した修業環境を提供するために高等技能訓練促進費が設けられました。これは、保育士等の養成機関で2年以上修業する場合に一定期間(修業期間の最後の3分の1の期間(12か月を上限))月額10万3千円)を支給するものです。なお支給期間は2009年から徐々に延長され、2012年からは全修業期間(3年を上限)が対象となっています。
 これらいずれも実施主体は地方公共団体(都道府県、市及び福祉事務所設置町村)であり、費用負担は国が4分の3、地方公共団体が4分の1です。
 その翌年の2003年には、議員立法として母子家庭の母の就業の支援に関する特別措置法が5年間の時限立法として制定されています。その内容は、母子及び寡婦福祉法に基づく基本方針及び自立促進計画について就業支援に特別の配慮をすること、母子福祉資金貸付金の貸付けについて就業が促進されるように特別の配慮をすること、国が民間事業者に対して母子家庭の母の就業の促進を図るために必要な協力を求めるよう努めることといったことにとどまりますが、政府に毎年就業支援策とその実施状況の報告を義務づけており、これにより2004年度以降毎年報告書が作成されています。
 同法が2008年に失効した後、2012年には再び議員立法として母子家庭の母及び父子家庭の父の就業の支援に関する特別措置法が制定されましたが、今回は時限法ではなく恒久法です。内容は似たようなものですが、就業促進措置に当たってIT技術の活用が特記されている点が目を引きます。
第三条 国及び地方公共団体は、母子家庭の母及び父子家庭の父の就業の促進を図るための措置を講ずるに当たっては、情報通信技術等に関する職業能力の開発及び向上並びに情報通信ネットワークを利用した在宅就業等多様な就業の機会の確保並びにこれらに関する業務に従事する人材の養成及び資質の向上に留意しなければならない。
 なおこれに先立ち、2010年には児童扶養手当法が改正され、父子家庭の父も支給対象となりました。さらに2014年には、次世代育成支援対策推進法の改正に併せて母子及び寡婦福祉法が改正されて母子及び父子並びに寡婦福祉法となり、父子家庭に対する支援が拡充されました。また、母子家庭自立支援給付金と父子家庭自立支援給付金の規定が明確化されるとともに、公課の禁止や受給権の保護も規定されました。
(母子家庭自立支援給付金)
第三十一条 都道府県等は、配偶者のない女子で現に児童を扶養しているものの雇用の安定及び就職の促進を図るため、政令で定めるところにより、配偶者のない女子で現に児童を扶養しているもの又は事業主に対し、次に掲げる給付金(以下「母子家庭自立支援給付金」という。)を支給することができる。
一 配偶者のない女子で現に児童を扶養しているものが、厚生労働省令で定める教育訓練を受け、当該教育訓練を修了した場合に、その者に支給する給付金(以下「母子家庭自立支援教育訓練給付金」という。)
二 配偶者のない女子で現に児童を扶養しているものが、安定した職業に就くことを容易にするため必要な資格として厚生労働省令で定めるものを取得するため養成機関において修業する場合に、その修業と生活との両立を支援するためその者に支給する給付金(以下「母子家庭高等職業訓練促進給付金」という。)
三 前二号に掲げる給付金以外の給付金であつて、政令で定めるもの
 こうした動きの背景には、2010年頃から子どもの貧困問題が政策課題としてクローズアップされ、2013年には議員立法として子どもの貧困対策の推進に関する法律が成立したことがあります。その中には、教育の支援、生活の支援等と並んで、保護者に対する就労の支援も含まれています。父子家庭の父も、貧困な子どもの保護者として就労支援の対象となるのです。
(保護者に対する就労の支援)
第十二条 国及び地方公共団体は、貧困の状況にある子どもの保護者に対する職業訓練の実施及び就職のあっせんその他の貧困の状況にある子どもの保護者の自立を図るための就労の支援に関し必要な施策を講ずるものとする。
 2020年初からのコロナ禍の中で、子育てと仕事を一人で担う低所得のひとり親世帯には子育て負担の増加や収入の減少などにより特に大きな困難が心身等に生じていることから、令和2年度補正予算により、同年12月にはひとり親世帯臨時特別給付金として1回5万円が支給されることとされました。さらに翌2021年4月には、低所得の子育て世帯に対する子育て世帯生活支援特別給付金(ひとり親世帯分)として児童1人あたり5万円が支給されることとなりました。もっとも5月にはひとり親世帯以外の低所得の子育て世帯分も追加され、貧困子育て世帯対策となっています。

 

インクルーシブ教育の落とし穴

今炎上している一件自体にはコメントは差し控えておきますが、これが突き付けているのはやはり、インクルーシブ教育という崇高な名目で、その崇高な理念を共有する大人たちがこしらえあげたご立派な枠組みの中に、しかしながら(表面上の模範的な受け答えはともかく)なんらそのような崇高な理念を共有していないお子様たちを放り込んで、さあ、健常者も障がい者も共生するスバラ式インクルーシブな世界だ、とばかりやろうとすると、ガキどもの自治によって生み出されるのは、小松左京の「お召し」のごとき可憐に麗しき世界などではなく、最大限よく言って『蠅の王』になってしまうということなんでしょうね。

 

2021年7月18日 (日)

広田照幸『陸軍将校の教育社会史』(上)(下)

9784480510532 広田照幸さんの『陸軍将校の教育社会史─立身出世と天皇制』(上)(下)(ちくま学芸文庫)をお送りいただきました。ありがとうございます。

https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480510532/

戦時体制を支えた精神構造は、「滅私奉公」ではなく「活私奉公」だった。第19回サントリー学芸賞を受賞した教育社会史の傑作が、待望の文庫化!

9784480510549 本書は1997年に世織書房から出された学術書の文庫版です。

https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480510549/

陸軍将校とは、いったいいかなる人びとだったのか。前提とされていた「内面化」の図式を覆し、「教育社会史」という研究領域を切り開いた傑作。 

文庫版まえがきによると、サントリー学芸賞受賞後某有名出版社から新書のオファーがあったのを断ったのを悔やんでいたそうです。

新書のメリットは、ごく普通の読書人の目に触れるようなレベルの駅前書店にも、少なくとも次の本が来るまでは置いてもらえることで、本書原著のような零細出版社の学術書になると、よほどの都心の大書店でないとそもそもおかれることがなく、よほどその分野に関心のある人以外には存在自体がなかなか知られないんですね。

こういう現代の名著をしっかりと収録するという点において、ちくま学芸文庫のこころざしは高いというべきでしょう。

本書の中身については、改めて別の場所で論じたいと思います。

 

左右の全体主義

正直言って、政治方面は労働運動にとって始末に負えない難物だなあ、という感想しか出てこないのですが、いろいろあったあげく、去る7月15日に、連合は立憲民党と国民民主党とのあいだにそれぞれ、固有名詞以外は全く同文の衆議院選挙に向けた政策協定を締結したようです。

https://www.jtuc-rengo.or.jp/news/news_detail.php?id=1760

 1.新型感染症の拡大という世界規模の課題に直面する今、わが国の最大の課題は、コロナ危機の克服であり、命とくらしを守ることをあらゆる政策の起点とする。
2.コロナ危機で明らかとなった日本社会の脆弱性、すなわち、医療資源の偏り、不安定雇用の拡大、デジタル基盤の遅れ等、あらゆる歪みを改め、誰一人取り残さない包摂社会を構築する。
3.あらゆる政策資源の積極投入により、誰もが希望する働き方・くらし方を選択できる安心社会に向けた、雇用のセーフティネットを実現する。
4.新しい資本主義を志向する世界の潮流と呼応しつつ、税財政の構造改革を通じ、持続可能な日本社会を将来世代に引き継いでいく。
5.左右の全体主義を排し、主権者意識の涵養を軸とした健全な民主主義の再興を力強く推進する。

で、この最後の「左右の全体主義」という言葉が右翼的だという批判があるようですが、歴史的に言うと、この種の台詞が最初に入ったのは、1950年に結成された総評の基本綱領なんですね。

もともと総評は、左派の産別会議に対する日本共産党の引き回しに反発した産別民主化同盟(いわゆる民同)と右派の総同盟(の一部)が合体する形でできたものなので、この台詞自体は左右両派の共通するスローガンであったことは確かです。

日本労働組合総評議会基本綱領

 日本労働組合総評議会は、日本のあらゆる自由にして民主的な労働組合の結集された力によつて、労働者の労働条件を維持改善し、その経済的政治的社会的地位の向上を図り、日本の民主々義革命を推進するとともに、社会主義社会の建設を期し、経済の興隆と民族の自主独立を達成して、自由と平等と平和の保障される人類社会の建設に貢献せんとするものである。この基本理念を推進するに際してわれわれは次の諸原則を確認し宣言する。
一、労働組合は、労働者が自からの経済的社会的共通の利益を維持増進するため自主的に組織した団体であって、政治権力の獲得を直接の目的とし特定の政治理念を基軸として結成される政党とは、その機能と性格を全く異にするものである。この故に労働組合は政府企業経営者等外部からの如何なる支配干渉をも絶対に排すると同時に政党からも完全に独立し自由でなければならない。
しかしながら、資本家階級が支配的地位を擁している状況下においては、労働運動のすべて経済的分野のみに留り得るものではなく、必然的にその活動は政治的分野にも及ぶものであるが政党と労働組合との性格と立場を混同し、労働組合をもつて政治権力獲得の行動部隊の如くみみなす理念とは、明らかに相容れないものである。
二、労働組合の経済諸活動は、すべて建設的に行われなければならない。労働者の生活安定は生産復興の根底であり経済安定の基礎的条件である。これを無視し、資本の保全と企業の維持を労働者の一方的犠牲にのみ求め、労働さく取と大衆収奪の上に経済の資本家的安定を計画するが如き反動的企図に対しては、これを粉砕するために、団結権罷業権その他労働組合が有する一切の斗争力を発揮してあくまで斗わなければならない。
 しかしながら、この斗争をおし進めるに当つては、労働者の諸要求は国民経済力との正しい関連のもとに打立てられ、且つ労働者自からの建設的計画の上に推進さるべきであつて、この建設的努力に逆い経済の安定と社会の繁栄を故意に阻害せんとするが如き破壊的極左労働運動は、絶対に容認さるべきではない。
三、労働階級の利害は、基本的に資本家階級と相対立するものであつて、この原則は、公私の如何にかかわらず階級的さく取を伴う雇用関係の存在する限り、歴史を通じて確認されるところである。特定の条件のもとにおいては、労資協同の行動が存在するが、勿論これは労働運動の一般的原則ではない。また労働者相互間の利益は基本的に一致すべきものであつて、特に生ずる利害相反するが如き現象は、卑近の事象にのみとらわれた偏狭な利己心乃至は特定のイデオロギーによつて偏向された運動のもたらすものである。この故に労働組合は、その利害の本質は同一であるとの原則により信義と友愛を基調として協力提携し、相互に緊密な援助を行わなければならない。
四、労働階級解放のためには、政治権力を労働階級の手中に確保することが極めて重要である。しかしながら、その間の政権の獲得はあくまで立憲的手段によつて図られなければならない。この故に労働組合は、労働者が憲法と法令の秩序を通し且つそれらの内容のより民主的な前進を斗いとりながらこの最終目的に達するため、労働者の政治的関心と意恣の高揚に不断の努力を払いつつ独自の政治活動を展開するとともに、平和的民主的手段によつて社会主義社会を実現せんとする政党と積極的に協力提携して斗はなければならない。また組合と政党とのこの協力関係は、相異する機能の明確な認識と相互の自主性尊重の上に置かれるべきであつて、その間に両者の立場が混同されるようなことがあつてはならない。
五、恒久的世界平和のためには、人民の大多数を占める働く大衆の自由と経済的福祉の増進を基調とする民主々義が諸国に確立され、あらゆる民族と国家の自主と独立が、相互の理解と信頼と友愛の上に尊重され保障されなければならない。この世界平和への途を開くものは、自由にして民主的な労働組合による国際的団結の力である。この故にわれわれは、如何なる外部の支配からも独立し、全世界の働く人民の自由と福祉の増進を図り、相互信頼を打ち立てるために有効にして強力な活動を展開する国際労働組織の拡大強化に進んで参画し、志を同じくする全世界の労働者と緊密に提携しなければならない。
 以上の諸原則を通じて推進される自由にして民主的な労働組合の諸活動は、保守反動勢力を封殺し、左右両極からの全体主義の抬頭を防ぎ、民主々義革命を達成するための最大要素である。この故にわれわれは、如何なる意味においても、労働者個有の権利であり労働組合存立の基礎である労働者の言論思想結社の自由の制限に反対する。

(続き)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/07/post-53d54d.html(左右の全体主義その2)

 

 

2021年7月17日 (土)

最低賃金論の根っこにあるサービスの生産性論

12875_ext_01_0_20210717222401 先日、『週刊東洋経済』7月17日号に掲載された最低賃金に関するインタビュー記事について、わかる人には十分わかると思うのですが、そうでない人にはいささか舌っ足らずかなという気もしてきました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/07/post-c58cff.html(菅政権が目指す「早期に1000円」の現実味 最低賃金の大幅引き上げ、是か非か@『週刊東洋経済』7月17日号)

もちろん、ここで述べていることは、本ブログでもう十数年前から繰り返し述べている「価値生産性とは値段が高いこと、労働生産性とは賃金が高いこと」という恒等式的同義反復の繰り返しに過ぎないのですが、なぜかそこが全然世の中で伝わっていないので、もういい加減いやになるくらいですが、再三再四お蔵出ししておきます。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-2546.html(サービスの生産性ってなあに?)

>とまさんという方から上のコメントで紹介のあったリンク先の生産性をめぐる「論争」(みたいなもの)を読むと、皆さん生産性という概念をどのように理解しているのかなあ?という疑問が湧きます。労働実務家の立場からすると、生産性って言葉にはいろんな意味があって、一番ポピュラーで多分このリンク先の論争でも意識されているであろう労働生産性にしたって、物的生産性を議論しているのか、価値生産性を議論しているのかで、全然違ってくるわけです。ていうか、多分皆さん、ケーザイ学の教科書的に、貨幣ヴェール説で、どっちでも同じだと思っているのかも知れないけれど。

もともと製造業をモデルに物的生産性で考えていたわけだけど、ロットで計ってたんでは自動車と電機の比較もできないし、技術進歩でたくさん作れるようになったというだけじゃなくて性能が上がったというのも計りたいから、結局値段で計ることになったわけですね。価値生産性という奴です。

価値生産性というのは値段で計るわけだから、値段が上がれば生産性が上がったことになるわけです。売れなきゃいつまでも高い値段を付けていられないから、まあ生産性を計るのにおおむね間違いではない、と製造業であればいえるでしょう。だけど、サービス業というのは労働供給即商品で加工過程はないわけだから、床屋さんでもメイドさんでもいいけど、労働市場で調達可能な給料を賄うためにサービス価格が上がれば生産性が上がったことになるわけですよ。日本国内で生身でサービスを提供する労働者の限界生産性は、途上国で同じサービスを提供する人のそれより高いということになるわけです。

どうもここんところが誤解されているような気がします。日本と途上国で同じ水準のサービスをしているんであれば、同じ生産性だという物的生産性概念で議論しているから混乱しているんではないのでしょうか。

>ていうか、そもそもサービス業の物的生産性って何で計るの?という大問題があるわけですよ。
価値生産性で考えればそこはスルーできるけど、逆に高い金出して買う客がいる限り生産性は高いと言わざるを得ない。
生身のカラダが必要なサービス業である限り、そもそも場所的なサービス提供者調達可能性抜きに生産性を議論できないはずです。
ここが、例えばインドのソフトウェア技術者にネットで仕事をやらせるというようなアタマの中味だけ持ってくれば済むサービス業と違うところでしょう。それはむしろ製造業に近いと思います。
そういうサービス業については生産性向上という議論は意味があると思うけれども、生身のカラダのサービス業にどれくらい意味があるかってことです(もっとも、技術進歩で、生身のカラダを持って行かなくてもそういうサービスが可能になることがないとは言えませんけど)。

>いやいや、製造業だろうが何だろうが、労働は生身の人間がやってるわけです。しかし、労働の結果はモノとして労働力とは切り離して売買されるから、単一のマーケットでついた値段で価値生産性を計れば、それが物的生産性の大体の指標になりうるわけでしょう。インドのソフトウェアサービスもそうですね。
しかし、生身のカラダ抜きにやれないサービスの場合、生身のサービス提供者がいるところでついた値段しか拠り所がないでしょうということを言いたいわけで。カラダをおいといてサービスの結果だけ持っていけないでしょう。
いくらフィクションといったって、フィリピン人の看護婦がフィリピンにいるままで日本の患者の面倒を見られない以上、場所の入れ替えに意味があるとは思えません。ただ、サービス業がより知的精神的なものになればなるほど、こういう場所的制約は薄れては行くでしょうね。医者の診断なんてのは、そうなっていく可能性はあるかも知れません。そのことは否定していませんよ。

>フィリピン人のウェイトレスさんを日本に連れてきてサービスして貰うためには、(合法的な外国人労働としてという前提での話ですが)日本の家に住み、日本の食事を食べ、日本の生活費をかけて労働力を再生産しなければならないのですから、フィリピンでかかる費用ではすまないですよ。パスポートを取り上げてタコ部屋に押し込めて働かせることを前提にしてはいけません。
もちろん、際限なくフィリピンの若い女性が悉く日本にやってくるまで行けば、長期的にはウェイトレスのサービス価格がフィリピンと同じまで行くかも知れないけれど、それはウェイトレスの価値生産性が下がったというしかないわけです。以前と同じことをしていてもね。しかしそれはあまりに非現実的な想定でしょう。

要するに、生産性という概念は比較活用できる概念としては価値生産性、つまり最終的についた値段で判断するしかないでしょう、ということであって。

、労働生産性としての物的生産性の話なのですから、労働者(正確には組織体としての労働者集団ですが)の生産性ですよ。企業の資本生産性の話ではなかったはず。
製造業やそれに類する産業の場合、労務サービスと生産された商品は切り離されて取引されますから、国際的にその品質に応じて値段が付いて、それに基づいて価値生産性を測れば、それが物的生産性の指標になるわけでしょう。
ところが、労務サービス即商品である場合、当該労務サービスを提供する人とそれを消費する人が同じ空間にいなければならないので、当該労務サービスを消費できる人が物的生産性の高い人やその関係者であってサービスに高い値段を付けられるならば、当該労務サービスの価値生産性は高くなり、当該労務サービスを消費できる人が物的生産性の低い人やその関係者であってサービスに高い価格をつけられないならば、当該労務サービスの価値生産性は低くなると言うことです。
そして、労務サービスの場合、この価値生産性以外に、ナマの(貨幣価値を抜きにした)物的生産性をあれこれ論ずる意味はないのです。おなじ行為をしているじゃないかというのは、その行為を消費する人が同じである可能性がない限り意味がない。
そういう話を不用意な設定で議論しようとするから、某開発経済実務家の方も、某テレビ局出身情報経済専門家の方も、へんちくりんな方向に迷走していくんだと思うのですよ。

>まあ、製造業の高い物的生産性が国内で提供されるサービスにも均霑して高い価値生産性を示すという点は正しいわけですから。
問題は、それを、誰がどうやって計ればいいのか分からない、単位も不明なサービスの物的生産性という「本質」をまず設定して、それは本当は低いんだけれども、製造業の高い物的生産性と「平均」されて、本当の水準よりも高く「現象」するんだというような説明をしなければならない理由が明らかでないということですから。
それに、サービスの価値生産性が高いのは、製造業の物的生産性が高い国だけじゃなくって、石油がドバドバ噴き出て、寝そべっていてもカネが流れ込んでくる国もそうなわけで、その場合、原油が噴き出すという「高い生産性」と平均されるという説明になるのでしょうかね。
いずれにしても、サービスの生産性を高めるのはそれがどの国で提供されるかということであって、誰が提供するかではありません。フィリピン人メイドがフィリピンで提供するサービスは生産性が低く、ヨーロッパやアラブ産油国で提供するサービスは生産性が高いわけです。そこも、何となく誤解されている点のような気がします。

>大体、もともと「生産性」という言葉は、工場の中で生産性向上運動というような極めてミクロなレベルで使われていた言葉です。そういうミクロなレベルでは大変有意味な言葉ではあった。
だけど、それをマクロな国民経済に不用意に持ち込むと、今回の山形さんや池田さんのようなお馬鹿な騒ぎを引き起こす原因になる。マクロ経済において意味を持つ「生産性」とは値段で計った価値生産性以外にはあり得ない。
とすれば、その価値生産性とは財やサービスを売って得られた所得水準そのものなので、ほとんどトートロジーの世界になるわけです。というか、トートロジーとしてのみ意味がある。そこに個々のサービスの(値段とは切り離された本質的な)物的生産性が高いだの低いだのという無意味な議論を持ち込むと、見ての通りの空騒ぎしか残らない。

>いや、実質所得に意味があるのは、モノで考えているからでしょう。モノであれば、時間空間を超えて流通しますから、特定の時空間における値段のむこうに実質価値を想定しうるし、それとの比較で単なる値段の上昇という概念も意味がある。
逆に言えば、サービスの値段が上がったときに、それが「サービスの物的生産性が向上したからそれにともなって値段が上がった」と考えるのか、「サービス自体はなんら変わっていないのに、ただ値段が上昇した」と考えるのか、最終的な決め手はないのではないでしょうか。
このあたり、例の生産性上昇率格差インフレの議論の根っこにある議論ですよね。

ちなみに、この「価値生産性とは値段が高いこと」というのは、今回の最低賃金引き上げに猛然と反発している日本商工会議所の三村会頭も全く同様に主張していることです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/07/post-5bb7b7.html(生産性の向上には・・・適切な価格設定だ)

三村さんのインタビューの最後のあたりは、最低賃金引上げ反対というそのスタンスにもかかわらず、実は賃金を上げろという議論と同じ構造になっています。

--生産性の向上には何が必要ですか

「適切な価格設定だ。中小企業の労働生産性はバブル崩壊後に低下した。大企業に協力し、中小は納品価格を下げた。リーマンショック時も同様だった。景気が回復しても是正されていない。サプライチェーン全体で費用を分担する必要がある。」

このロジックには全面的に賛成です。生産性が低いというのは、要するに買い叩いているからだ、と。

ですが、このロジックは、主語だけを入れ替えれば、まったく同じ構造でこうもいえます。中小企業を労働者という労務提供者に、大企業を労働者が労務を納品する相手方たる経営者に置き換えれば、

--生産性の向上には何が必要ですか

「適切な労務価格設定だ。労働者の労働生産性はバブル崩壊後に低下した。経営者に協力し、労働者は労務の納品価格を下げた。リーマンショック時も同様だった。景気が回復しても是正されていない。労務のサプライチェーン全体で費用を分担する必要がある。」

ほとんどなんの違和感もないですね。

いやもちろん、大企業が中小企業を買い叩いているのに、中小企業がそこで働く労働者の納品価格だけを引き上げたら、

・・・廃業する中小企業が相当出てくる。・・・

と言いたいわけで、そこは筋は通っています。 

 

 

税は社会政策の原資であって、減税が社会政策ではない

私の先日の

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/07/post-7b1e5a.html(賃上げ与党に減税野党という構図でいいのかね?日経版)

に対して、ありすさんが、

https://twitter.com/alicewonder113/status/1416232362640175111

税は取ってもいいんですよね。ただ、借金返済のためにやるのには大反対。しっかり公共サービスするならいい。野党共々、根っこの思想が、金返すために増税、だから批判してる 

と呟いていて、これって、まさに何回もお見せしている表ですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/01/post-02b2.html(バカとアホが喧嘩するとワルが得する)

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の、バカ軍団に引っ張られて、アホ軍団に突っ込んでしまうという悲劇ですね。

さらに言えば、税金を社会政策の原資ととらえる視角が欠如し、ただひたすら取られるもの、なければないほどいいものという発想が根っこにあるために、たとえば最近話題の「生理の貧困」問題に対しても、たとえば税金を原資にした生理用品のための給付をどう作るかという発想ではなく、

https://nordot.app/788699197368598528?c=39546741839462401(生理用品に軽減税率の適用を)

Seiri 生理を巡る環境改善を目指す任意団体「#みんなの生理」は16日、厚生労働省で記者会見し、生理用品への軽減税率の適用を求める署名への賛同者が、15日時点で7万2809人に達したと発表した。生理用品の生涯負担額は50万円以上に上るといい、経済的事情などで買えない「生理の貧困」も問題となっている。近く要望書と署名を政党や関係機関に提出する。
 署名は、インターネットを通じて2019年12月から実施。生理は個人の尊厳に関わる問題であり、収入の低い女性ほど経済的な負担感が大きくなるとして、購入時の消費税を10%から少なくとも8%に引き下げるよう要求している。 

消費税を2%下げるみたいな話に回収されてしまうわけです。

税は社会政策の原資なんかではなく、なければないほどいいものだから、減税のみが唯一の社会政策であるかのごとき、この逆向きの「税金信仰」をどう説得してやったらいいものやら途方にくれます。

 

北欧の労働組合はEU最低賃金指令を断固拒否するぞ!その2

ここ日本では、政府主導で最低賃金の大幅引き上げ方針が決まり、経営団体が猛然と反発の声を上げていますが、世界中どこでもそういう構図というわけではありません。

昨年も紹介しましたが、現在EUではフォン・デア・ライエン委員長のイニシアティブで最低賃金指令案の審議が進められていますが、それに一番猛烈に反発しているのは、実はスウェーデンはじめ北欧諸国の労働組合なんです。

北欧諸国はどこも組合の組織率が極めて高く、自分たちで団体交渉して高い賃金を獲得するという誇りを持っているので、国家権力に最低賃金を守ってもらうなどという恥ずかしいことは断固拒否してきたのですが、ほかのEU諸国の組合の力が弱いものだから、政府主導で最低賃金指令を作るなどという恥ずかしい話が進んでしまい、それをやめさせるべく一生懸命動いているんですね。

その一環として、この「ソーシャル・ヨーロッパ」でも何回か記事が出ており、昨年も紹介したところですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/10/post-cb45c0.html(北欧の労働組合はEU最低賃金指令を断固拒否するぞ!)

 われわれは欧州委員会が労使団体への2段階協議を終えて最低賃金に関する立法提案を提出しようと計画していることを深く憂慮し懸念する。それは、条約の制約を尊重せず、健全な多数使用者との団体交渉の上に構築された社会的ヨーロッパに対して反生産的である。
 われわれは高賃金と良好に機能する労働市場の必要性を理解している。しかし、ヨーロッパに必要なのは、もっと多くの団体交渉ともっと強い労使団体なのであって、労使対話と賃金決定に対する拘束衣じゃない。それはスカンジナビア諸国の労働市場を損なうだけではなく、他の加盟国の労使対話にも悪影響を与える危険性がある。

その後実際に指令案が提案され、現在欧州議会と理事会で審議中である現在、改めて根本から批判する記事をアップしています。

https://socialeurope.eu/a-minimum-wage-directive-could-undermine-the-nordic-model(最低賃金指令は北欧モデルを掘り崩す)

スウェーデンと言えども組織率は100%ではなく、民間企業の15%は労働協約の適用外なので、EU最低賃金指令ができると法定最低賃金を設定しなければならなくなってしまう。その水準は平均賃金の60%といわれているので、これでは賃金の基準が二重化してしまい、賃金格差の固定化につながるというのが批判の第一点です。

Social A minimum wage sanctioned by the EU and the Swedish parliament might be viewed as legitimate for employers aiming to lower their labour costs. This would not only lead to increased wage inequality but also distort competition between companies applying collectively bargained and statutory minimum wages. In public procurement, for example, the lowest price usually wins.

There is also a risk that more companies than today would consider not signing substitute agreements or joining an employer association. Such a development might deal a fatal blow to the Swedish industrial-relations model, being based on high affiliation among unions and employers.

曰く、EUとスウェーデン議会によって制裁される最低賃金は、労働コストを引き下げたい使用者にとって正当なものとみなされよう。これは賃金格差の拡大をもたらすのみならず、団体交渉による賃金を適用する会社と法定最低賃金を適用する会社の間の競争をゆがめるものでもある。たとえば公共部門では、いつでも一番安い価格が勝つのだ。

今日よりも多くの会社が代替的協約に署名したり使用者団体に加盟したりしなくなるリスクもある。そんなことになれば、労働組合と使用者団体の間の高い協調に立脚するスウェーデンの労使関係モデルに致命的な打撃を与えることになろう。

組合の力が弱いために、国家権力による最低賃金の引き上げを声高に求める国とは全く異なる様相が、スウェーデンなど北欧諸国にはあるのだということっは、もっと世の中に知られてもよいことだと思います。

 

 

 

 

 

 

2021年7月15日 (木)

最低賃金は全都道府県28円引上げで決着

既に昨日からマスメディアで報じられているんですが、現時点ではまだ厚生労働省のホームページには載っていないようですね。まあ、バタバタ駆け回っていて、ホームページに載っける暇がないのでしょうが、原則としてできるだけ原資料にリンクを張るという本ブログの方針からするとなかなかやりにくい。

なので、次善の策として、連合の事務局長談話にリンクを張っておきます。

https://www.jtuc-rengo.or.jp/news/article_detail.php?id=1157

 中央最低賃金審議会「目安に関する小委員会」(委員長:藤村博之 法政大学大学院教授)は7月14日、A~D全ランク同額28円とする2021年度地域別最低賃金額改定の目安を取りまとめた。
 使用者側が昨年同様、コロナ禍による緊急事態の継続と雇用への影響を理由に「有額の目安を示すことは困難」と主張する中で有額の目安が示されたことは、コロナ禍においても最低賃金を引き上げていくことの必要性が受け入れられたものと受け止める。

なお、今回の引上げについて、大内伸哉さんが

http://lavoroeamore.cocolog-nifty.com/amoristaumorista/2021/07/post-ba0e2b.html

「感染症下でも最低賃金を引き上げてきた諸外国の取組」というのが,私は勉強不足でよく知らないので,報告書には,諸外国の国名と引上げ額を書いておいてもらえれば有り難かったです

と苦言を呈しておられるのですが、そのデータはJILPTが調べて最賃審に提供するとともにホームページでも公開しています。

https://www.jil.go.jp/institute/siryo/2021/documents/239.pdf(資料シリーズNo.239『コロナ禍における諸外国の最低賃金引き上げ状況に関する調査―イギリス、フランス、ドイツ、アメリカ、韓国―』)

このうち、一覧表の部分だけはこちらにあります。

https://www.jil.go.jp/foreign/labor_system/2021/document/focus2021_covid-19.pdf

Minimum

 

 

 

 

 

 

2021年7月14日 (水)

『2021年版日本の労働経済事情』

1932_2021labereconomicsinjapanthumb1647x 経団連出版の輪島忍さんより『2021年版日本の労働経済事情』をお送りいただきました。

https://www.keidanren-jigyoservice.or.jp/pub/cat2/a12ccb8e76c932d6f922cd529236cafb09d9747e.html

本書は、人事・労務全般に関する基本的な事項や、重要な労働法制の概要と改正の動向、わが国の労働市場の動向などについて、1テーマ・1頁を基本に、図表を用いてわかりやすく簡潔に解説しています。
2021年版では、2022年度より施行される育児・介護休業制度等に関する重要な法改正のほか、副業・兼業とテレワークに関する改正ガイドラインの内容と実務上の留意点、リカレント教育の現状等、最新の動向も紹介しています。
人事・労務部門の初任担当者がはじめに学習する際に役立つことはもちろん、新任管理職など、業務等を通じて人事・労務に関心を持たれた方が基本的な事項を理解・確認する手引きとしてもご活用いただけます。

中身は例年同様こういうものですが、

1 労働市場の動向・雇用情勢・労働時間と賃金の概況
失業率・求人倍率、雇用形態別労働者、労働時間、労働生産性 等
2 労働法制
働き方改革関連法の全体像、労働基準法(時間外労働の上限規制 等)、労働安全衛生法、労働契約法、労働者派遣法(同一労働同一賃金 等)、高年齢者雇用安定法、労働施策総合推進法(パワーハラスメント防止対策、中途採用比率公開 等)等
3 人事・労務管理
人事・労務管理における重要テーマ(エンゲージメントの向上、副業・兼業、有事における企業のBCP対応、雇用型テレワークガイドライン 等)、人材育成、人事評価制度 等
4 労使関係
日本の労使関係の変遷、春季労使交渉 等
5 労働・社会保険
医療保険制度、介護保険制度、年金制度の体系、雇用保険制度(雇用調整助成金等)等
6 国際労働関係
グローバル化の進展、ILO(国際労働機関)等

最後の国際労働関係の一番最後には、「労働分野のビジネスと人権」という、今注目を集めてきているトピックが載っています。

・・・「ビジネスと人権に関する指導原則」は、①人権を保護する国家の義務、②人権を尊重する企業の責任、③救済へのアクセスの3つの柱で校正される。企業に対しては、②に基づき、人権への負の影響(人権リスク)を「特定し」「防止し」「軽減し」「対処する」というPDCAプロセスを回すことを求めている(人権デューディリジェンス)。欧州を中心に企業の人権尊重責任に関する取り組みを義務化する法整備も進んでおり、EU指令により、デューディリジェンスの実施が域内企業に義務化される予定となっている。

 

 

 

 

 

 

2021年7月12日 (月)

荻野登『平成期の労働運動』

Image_20210712163001 荻野登さんより『平成期の労働運動』(生産性労働情報センター)をいただきました。荻野さんは言わずと知れた旧日本労働協会以来の組合運動通のエキスパートですが、2001年から2019年までの毎年の動向にその前後の概況も加えて、このタイトルで刊行したというわけです。

https://bookstore.jpc-net.jp/detail/books/goods004023.html

平成の30年間、労使は内外からの大きな景気変動や経済危機を乗り越え、雇用の維持安定に努めつつ、処遇・労働条件の改善にも腐心してきた。
労働運動に焦点を当てると、平成の初めは労働界が連合の結成を機に再編され、政治・経済にも大きなインパクトを与えたが、その後の30年間は様々な変化に対応すべく自己変革を試みたものの、組織率の継続的な低下とともに、影響力を低下させてきたともいえる。
様々な困難に直面した平成という時代の中で、労働運動がどのような歩みを経てきたかを振り返る一冊。

客観的な記述の合間に、ちらりと皮肉なまなざしが垣間見えるところもご愛嬌です。

・・・一方、歴史の皮肉とも言えるのが、2017年の民進党の分裂だろう。連合は政治的に野党再編の触媒役となることを目指し、2009年には民主党中心の政権交代を支えた。しかし、30年経ってみると、連合結成直前の社会党、民社党のような格好で、立憲民主党と国民民主党の分立状態に陥っている。・・・

 

 

 

 

2021年7月11日 (日)

菅政権が目指す「早期に1000円」の現実味 最低賃金の大幅引き上げ、是か非か@『週刊東洋経済』7月17日号

12875_ext_01_0 明日発売の『週刊東洋経済』7月17日号に、先日東洋経済オンラインで先行公開されていた「菅政権が目指す「早期に1000円」の現実味 最低賃金の大幅引き上げ、是か非か」が載るようです。

https://str.toyokeizai.net/magazine/toyo/20210712/

新連載 異見百見
菅政権が目指す「早期に1000円」の現実味 最低賃金の大幅引き上げ、是か非か
吉岡鞠子/濱口桂一郎/柳 恵美子 

オンラインのインタビュー記事については、そのときに紹介しております。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/06/post-f89293.html(「最賃が上がると雇用が減る」は本当か@東洋経済オンラインインタビュー)

日本は2000年代半ばから最低賃金の引き上げに一貫して取り組んでいます。「脱デフレ」を掲げた第2次安倍政権は(最低賃金の)引き上げ幅を拡大させましたが、引き上げの動き自体はそれ以前からあって、与党が自民党でも民主党でも変わりはなかった。・・・・・・ 

(追記)

 

エッセンシャルワーカーへのいやがらせ

7月9日、JILPTが「新型コロナウイルス感染症の感染拡大下における労働者の働き方の実態に関する調査」という記者発表をしていますが、これはいわゆるエッセンシャルワーカーに関わる労働問題の調査結果です。

https://www.jil.go.jp/press/documents/20210709.pdf

―新型コロナ感染拡大下で「業務の継続を求められている分野の労働者(いわゆる、エッセンシャルワーカー)」において、職場で感染リスクを感じた労働者は、「医療業」で 8割弱、「社会保険・社会福祉・介護事業」で 7 割強、「生活関連サービス業」で 7 割弱―
―いやがらせ、誹謗中傷などの迷惑行為を受けた労働者は、「医療業」「生活関連サービス業」でともに 7.4%、「社会保険・社会福祉・介護事業」で 5.4%と相対的に高い-  

いろいろと興味深い結果が出ていますが、ここではやはりいやがらせ・誹謗中傷などの迷惑行為の状況について:

 <企業調査、労働者調査:新型コロナ下において、迷惑行為を受けた労働者は、「医療業」「生活関連サービス業」でともに 7.4%、「社会保険・社会福祉・介護事業」で 5.4%と相対的に高い>

企業調査では、「緊急事態宣言下(2020 年4月~5月)」において、事業所に対していやがらせ、誹謗中傷などの迷惑行為を受けた経験がある企業割合は 3.4%となっている。業種別にみると、「宿泊・飲食サービス業」が9.7%と最も高く、次いで、「生活関連サービス業」(7.8%)、「医療業」(5.2%)、「社会保険・社会福祉・介護事業」(3.2%)などが続いている(p5、図表 1-4)。迷惑行為を受けた相手としては、「事業所のある地域の住民」が 45.9%と最も高く、次いで、「事業所の利用者」(36.8%)、「従業員の関係者」(15.7%)などとなっている(p6、図表 1-5)。一方、労働者調査では、「自身が迷惑行為を受けた経験がある」とする労働者の割合は 4.2%となっている。業種別では、「医療業」(7.4%)、「生活関連サービス業」(7.4%)、「社会保険・社会福祉・介護事業」(5.4%)で相対的に高い(p6、図表 1-6)。迷惑行為を受けた相手については、「顧客や利用者」(46.3%)が半数弱を占め、次いで、「勤め先の地域住民」(31.9%)、「自宅の地域住民」20.1%などとなっている(p7、図表 1-7)。

感染リスクにさらされながら、精神的・身体的負担いずれも高い中で働くエッセンシャルワーカーに対して、これだけの数のいやがらせ行為がされていたというのは、もっと注目され論じられていいことだと思われます。

 

フリーターとフリーランスは骨太方針でも思わずごっちゃにしそうな風に並列されている件について

菅首相がフリーターとフリーランスをごっちゃにしているんじゃないかと朝日新聞が報じていますが、

https://www.asahi.com/articles/ASP7B4DNFP78ULFA035.html(首相のフリーター支援、動きなし フリーランスと混同?)

エンターテインメント業界で働く「フリーター」の支援を表明した菅義偉首相の発言が波紋を広げている。フリーターは雇用契約を結んだアルバイトで生計を立てる人を指すことが多いが、発言から1週間近くたっても、政府が首相発言に沿った施策を検討している気配はない。このため、首相が雇用契約を結ばない個人事業主を指す「フリーランス」と取り違えたという見方が広がっている。・・・ 

恐らくそういうことだと思われるのですが、そうなった一つの理由として、先月取りまとめられた骨太方針においても、この両者をほとんど同一視するかの如き記述が盛り込まれていたことがあるように思われます。

https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/2021/2021_basicpolicies_ja.pdf

(4)セーフティネット強化、孤独・孤立対策等
(求職者支援制度等のセーフティネットの強化)
今般の感染症の影響を踏まえ特例措置を講じた、第2のセーフティネットである求職者支援制度や、高等職業訓練促進給付金について、更なる拡充も見据え、その成果や課題を検証した上で、財源の在り方も含めて見直す。就労経験のない職業に就くことを希望する方をトライアル雇用で受け入れた企業への支援について、進捗管理を適切に行いながら引き続き効果的に実施し、活用状況や課題の検証を踏まえ、必要な改善を検討する。非正規雇用労働者等やフリーランスといった経済・雇用情勢の影響を特に受けやすい方へのセーフティネットについて、生活困窮者自立支援制度や空き家等を活用した住宅支援の強化等による住まいのセーフティネットの強化を含めその在り方を検討するとともに、被用者保険の更なる適用拡大及び労災保険の特別加入の拡大を着実に推進する。社会福祉法人の「社会福祉充実財産」を地域公益事業に積極的に振り向ける方策を講ずる。

恐らくコロナ感染者が急増する中でオリンピックをどうするかで気が気でなかったであろう菅首相にとって、骨太方針の中のごく小さな一節のなかで、専門家が細かく読めば確かに非正規労働者とフリーランスを並列するという形で書き分けているとは言いながら、全部まとめてセーフティネットの強化という中に放り込まれているものが、頭の中でごっちゃになってしまったのは、やややむを得ない面もあったのかもしれません。

もちろん、社会政策の観点からすれば、本来雇用労働者としての保護があるべきなのにそれが奪われている非正規労働者と、本来は自営業者としてその保護がないのだけれど実態からして見直すべきというフリーランスの話は、いずれもとても重要であり、ごっちゃにするべきものではないのですが、世の多くの人にとっては必ずしもきちんと区別されているわけでもなく、実のところごっちゃになっている人が多いようにも思われます。

この骨太の記述ぶりも、もちろん、厳密に読めばきちんと書き分けているとは言いながら、漫然と読めばついついごっちゃになってしまうような、そういう書きぶりになっていますし。

2021年7月 7日 (水)

石田眞「フリーランスの保護をめぐる労働法と競争法」@『労働法律旬報』No.1987(7月上旬号)

586885 『労働法律旬報』No.1987(7月上旬号)の巻頭言に、石田眞さんの「フリーランスの保護をめぐる労働法と競争法」が載っています。見開き2頁の決して長くないエッセイですが、わたしが『季刊労働法』272号に書いた「フリーランスと団体交渉」と同じ思いを示していて、うれしくなりました。

https://www.junposha.com/book/b586885.html

・・・労働法上の労働者に該当するフリーランスを含め、フリーランス全般に対し競争法が適用されるとする『ガイドライン』の基本的な考え方は、労働組合法の歴史が競争法(独禁法や「営業制限の法理」)との血みどろの闘いであったことを想起するとき、歴史を逆転させかねない危険性を孕んでいる。『ガイドライン』を前提とすると、「独占禁止法は右手に『不当な取引制限』、左手に『優越的地位の濫用』という武器を持っている」とする濱口桂一郎氏の指摘は、『ガイドライン』における労働法と競争法の関係の危うさを端的に示している。・・・

・・・もし、独禁法の「左手にある『優越的地位の濫用』という武器」がフリーランスの保護に十分な役割を果たせず、「右手にある『不当な取引制限』という武器」のみが残ったとしたら、フリーランスの運命はいったいどうなるのであろうか。

この問題に、あまり発言する方が見当たらないのは、正直不思議です。

Dio3661_20210707140501 私の見た限りでは、藤木貴史さんが連合総研の『DIO』5月号に書かれた「 「クラウドソーシング」をめぐる労働法の課題−集団的労働法による対応に向けて−」が、

・・・・しかし、少なくとも労働法の歴史において、「労働組合は本質的に競争法の敵25」であった。同ガイドラインが、PFワーカーの保護に負の影響を与えないか、真剣に考える必要がある。

と触れていた程度です。

https://www.rengo-soken.or.jp/dio/dio366.pdf

 

2021年7月 6日 (火)

アジャイル型システム開発は偽装請負か?@WEB労政時報

WEB労政時報に「アジャイル型システム開発は偽装請負か?」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers/login.php

 労働者派遣法を巡っては、最近看護師の派遣に関する問題が炎上した程度で、あまり本質的な議論はなされない状態が続いていますが、実はその裏で派遣と請負の区分基準を巡る深刻な議論を提起するような問題が浮かび上がりつつあります。それは「アジャイル型と呼ばれるソフトウェアの開発スタイルが偽装請負に当たるのではないか」という問題です。といっても、多くの読者はそれが何であるかよく分からないでしょう**1
 
 アジャイル型開発とは、・・・・・

 

2021年7月 2日 (金)

賃上げ与党に減税野党という構図でいいのかね?日経版

先日、「賃上げ与党に減税野党という構図でいいのかね?」というエントリを書いたところですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/06/post-cc06c4.html

本ブログでも何回も取り上げてきたし、最近は論壇でも頻繁に論じられるように、欧米の左派が労働や貧困といったソーシャルイッシューから人種や性別、LGBTといったアイデンティティポリティクスに傾斜し、その結果右派ポピュリズムの興隆を招いたというのは、日本でも似たような状況が展開してきたのは事実。で、そこんところに着目して「リベサヨ」というペジョラティブな用語を使う向きもある。というか、私自身も時に使ったりもする。ただまあ、いまでは偉大なピケティの作り出した「バラモン左翼」という用語法が普遍的になりつつあるようだが。

でも、そういう先進国共通の「リベサヨ」現象とはかなり異なる、それよりもだいぶ前から私が、日本の「りべらる」と自称する左派の傾向として指摘してきた「リベサヨ」現象は、そういう90度に直交する軸の話ではなくて、むしろ欧米であれば端的に右派の主張である減税を、それこそが左派の命であると思い込むかのごとく熱烈に主張する奇妙な傾向のことだ。

このままいくと、賃上げ与党対減税野党という奇妙きてれつな構図になっていくんだけど、それでいいのかね。ま、いいんだろうね。こういう長い歴史があるわけだし。

ほぼ同じ問題意識なんだろうなという記事が、こともあろうに日経新聞に出ています。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA25F8P0V20C21A6000000/(「保守・リベラル」混在 与野党の経済政策のなぜ)

加藤淳子さんの台詞ですが、

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO73492800S1A700C2EAC000/

Kato 欧州の右派と左派、米国は保守とリベラルというように、政党の政策は一直線の位置で区別されることが多い。「大きな政府」が左派やリベラルで「小さな政府」が右派、保守となる。

日本は1993年までこうした構図が成り立たなかった。長期保守政権の自民党が増税し、野党は批判した。課税を増やし公共支出をズークズルか否かは政策対立軸にならなかった。・・・

立憲民主党は時限的な消費税減税を唱える。支出による再分配が可能であれば、それは中道左派としてはあり得ない政策になる。旧民主党以前の野党の姿に戻れば、政権は遠のくばかりとなる。

世界における日本の立ち位置を見定め、内向きにならずに政策を考えることが今、日本のすべての政党に求められている。

この絵で描かれているねじれはまさに「賃上げ与党に減税野党という構図でいいのかね?」とういうことでしょう。

Iiii

井手英策さんを呼んでAll for Allとか言ってたのはもしかして百万年前のことだったかしら。

(追記)

https://twitter.com/bot_jinno/status/1412882431263354893

Orekwlb1_400x400 租税は国民を不幸にする邪悪な存在だという呪いから、そろそろ日本国民も解き放たれたほうがよい。

呪われ続けている人がまだまだいっぱいいるようです。

 

 

 

 

 

 

 

田中淳子『事例で学ぶOJT』

1931ojtthumb1166x1654432 経団連出版の輪島忍さんより、田中淳子『事例で学ぶOJT 先輩トレーナーが実践する効果的な育て方』(経団連出版)をお送りいただきました。

https://www.keidanren-jigyoservice.or.jp/pub/cat6/731f3b9964f77e61ee119a3b7da03af943d243fd.html

OJTトレーナー制度は、新入社員の早期育成を目的とする仕組みですが、新人を育てる過程でその育成に携わるOJTトレーナーの能力開発にも効果があることから、多くの企業が取り入れています。
また、新人に関わる多くの人が「育てる」ことに関心を持ち、やがてその職場では、「人が育つ」環境が整えられていくことも意図していると言うこともできます。
つまり、「新入社員の育成」「OJTトレーナーの成長」「人を育てる文化の醸成」を目指す仕組みが、OJTトレーナー制度です。
本書は、OJTトレーナー研修に長年、携わってきた著者が、部下を育てるマネージャやリーダー、新入社員自身、そしてOJTトレーナーから見聞きした様々な育成事例を一書にまとめたものです。
自社だけではなかなか得られない具体的で多様な事例を収録するとともに、多くの事例を通じて育成の現場が抱える問題などもイメージできることから、業界や企業を超えてご活用いただけます。
後輩指導の手引き、実務書としておすすめします。 

OJTといえば日本的な人材育成の代表格ですが、現場が忙しくてなかなかじっくりとOJTに手間をかけられなくなってきたことを反映してか、人事部が主導して先輩社員をOJTトレーナーとしてアサインし、取り組む傾向が出てきたようです。

そうしたOJTトレーナー向けに、とても細かいところまであれこれと助言してあげようという本ですね。

第Ⅰ章 OJTトレーナーの役割
OJTトレーナーにふさわしい年齢は?/自分の指導に自信がもてない/OJTトレーナーも成長目標を設定する

第Ⅱ章 周囲を巻き込み、みんなで育てる
周囲の協力を上手に得るには?/OJT未経験の職場でも大丈夫/ちょっとした仕事を用意しておく/残業させるかなどの方針も決めておく

第Ⅲ章 新入社員と信頼関係を築く
新人配属初日の注意事項/新入社員がうれしいこと、戸惑うこと/信頼されるOJTトレーナーになるには?/「一癖ある人」の情報は伝えるべきか?

第Ⅳ章 業務の教え方と質問対応
仕事を「教える」ポイントは?/説明上手になりたい/質問にどのように対応すればよいか?/同じことを何度も聞いてくる

第Ⅴ章 社会人としての基本を学ばせる
コミュニケーション力をつけさせるには?/「報連相」を教える/価値観や「マインド」を伝えたい/気働きを教えたい

第Ⅵ章 経験学習を生かす
仕事の厳しさを実感してもらいたい/当事者意識が育つ経験/失敗経験から学ばせたい/希望する仕事を経験させてみる/仕事にやりがいを感じてほしい

第Ⅶ章 仕事の取り組み方を教える
仕事の目的を意識してほしい/優先順位をつけた段取りができない/言われたことしかやらない

第Ⅷ章 新入社員との1on1ミーティング
配属先に不満を漏らす/同期と比べて焦っている時は?/成長を自覚させたい

第Ⅸ章 フィードバックと振り返り
上手に褒める/「褒める」と「だめ出し」どちらが効果的?/注意をすると笑ってごまかす人には?/OJT成果を共有する「成果報告会」

この最後の第9章は、下手をするとパワハラといわれかねないけどきちんと伝えるべきことを伝えるにはどうしたらいいのかという先輩社員の悩みに寄添ったような項が一杯あります。

64 叱るポイント、注意するコツ

65 注意をすると笑ってごまかす人には?

66 すぐ、ふて腐れる人には?

なかなか大変です。

 

 

 

 

 

 

人道に対する罪

人道に対する罪といえば、ナチスを裁いたニュルンベルグの国際軍事裁判所を思い出しますが、なんと中国ビジネスで財を築いたユニクロがそれに問われるという事態になってきたようです。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210702/k10013114801000.html仏司法当局 ユニクロなど4社捜査 人道に対する罪の隠匿の疑い

フランスの司法当局は、人道に対する罪の隠匿の疑いで、ユニクロのフランス法人など4社の捜査を始めたことを明らかにしました。
これらの会社をめぐっては、フランスのNGOなどが、中国の新疆ウイグル自治区の人たちの強制労働で作られた材料を使っている疑いがあるなどとして、ことし4月に告発していました。
フランスの司法当局は、NGOなどの告発を受けて、人道に対する罪の隠匿の疑いで捜査を始めたことを、1日、明らかにしました。

いわゆる人権問題をめぐるデューディリジェンスの問題の急展開は目まぐるしく、私も先日遅まきながらEUにおける動きを紹介したばかりなんですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/05/post-982cd4.html(EUのデューディリジェンス指令案への動き@『労基旬報』2021年5月25日号)

というわけで、例のユニクロのウイグル製シャツがアメリカで輸入禁止になったというニュースの醒めやらぬ中ですが、「EUのデューディリジェンス指令案への動き」というのを寄稿していた『労基旬報』5月25日号が届いたので、どういう話になっているのかごく簡単に紹介しておきましょう。・・・

111 一方習近平氏の方は、「偉そうな説教を絶対に受け付けない」、「いかなる外部勢力が私たちをいじめ、圧迫することも決して許さない」という調子でますます対決姿勢を濃厚にしていますから、旗幟不鮮明でなんとかしのごうというのも困難になるばかりでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パワハラといじめ・嫌がらせは違うがその違い方が違う件について

72df808bb33aa842a65e885b59ab975d_400x400 何のことやら訳の分からないタイトルですが、直接的には社労士講師の大河内さんのこのツイートについてです。

https://twitter.com/tomofullmoon/status/1410673709585616898

なぜ「パワハラ」と「いじめ・嫌がらせ」を分けているのかというと、職場におけるパワーハラスメント対策措置がすでに令和2年6月1日から大企業では義務となっていますが、中小企業においては令和4年4月1日から義務となるため(それまでは努力義務)、ということらしいです。

やや複雑なんですが、このツイートはその直前の、個別労働紛争解決法の施行状況についてのこれを受けたものです。

https://twitter.com/tomofullmoon/status/1410666874820456449

>※5 令和2年6月、労働施策総合推進法が施行され、大企業の職場におけるパワーハラスメントに関する個別労働紛争は同法に基づき対応することとなったため、同法施行以降の大企業の当該紛争に関するものはいじめ・嫌がらせに計上していない。
⇒なるほど、そういうことか。

紛争処理制度の上では、これまですべて個紛法のいじめ・嫌がらせだったものが、昨年6月に改正労働施策総合推進法が施行され、大企業についてはパワハラの措置義務が発効し、それゆえ大企業については個紛法の対象たるいじめ・嫌がらせから労推法の対象たるパワハラに移行したのですが、中小企業はまだ努力義務で、来年4月から義務化されるので、それまでの間は両方に分かれる形となっているということですね。

ところが、初めのツイートがリファーしているのは、精神障害の労災認定状況についてのもので、

https://twitter.com/tomofullmoon/status/1407740483200196608

>20年度に労災認定された精神障害の原因は、パワハラ(99人)、事故や災害の体験・目撃(83人)、いじめ・いやがらせ(71人)と続いた
⇒今年の社労士試験の法改正でパワハラ関係のものがありますね
/精神障害で労災認定、最多の608人 トップはパワハラ:朝日新聞デジタル

こちらでパワハラといじめ・嫌がらせが別建てになっているのは、別に大企業と中小企業の施行時期がずれているからではなく、そもそも認定基準において両者が別建てになっているからなんですね。

https://www.mhlw.go.jp/content/000661301.pdf(心理的負荷による精神障害の認定基準について)

29 ⑤パワーハラスメント  上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた

30 ⑥対人関係  同僚等から、暴行又は(ひどい)いじめ・嫌がらせを受けた

これについては、先日私も言及したところですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/06/post-9246e8.html(パワハラといじめ・嫌がらせは違うのか?)

・・・上司等からのパワハラと、同僚等からのいじめ・嫌がらせが別々の項目に入っているのですが、もともといじめ・嫌がらせと呼んでいたものを、円卓会議に出ていたクオレ・シーキューブの人の影響でパワハラと呼ぶようになった、と理解していたので、この使い分けには違和感があります。

しかも、パワハラは上司からだけだと誤解されるという懸念に対して、いやいや同僚や部下であっても優越的な立場にあればパワハラに含まれると説明していたはずですが、それではやはりそこから零れ落ちるいじめ・嫌がらせがあるということでこういう整理にせざるを得なかったのでしょうけど、そうすると、この労災補償でパワハラに当たらないいじめ・嫌がらせと分類されたような代物については、昨年施行された労働施策総合推進法に基づく措置義務はかからないということになるのでしょうか。

どうも概念設計を根っこのところで間違えてしまった感がぬぐえません。

円卓会議の時、それまでいじめ・嫌がらせと呼んでいたものをやや浅薄にマスコミ受けするパワハラと呼び変えてしまったことのツケなのかもしれません。

このように、労災補償と個別紛争の両者において、パワハラといじめ・嫌がらせは違う概念になっていますが、その違い方の所以が両者で全然違っているという点が、いかにも奇妙なところです。

(追記)

念のため、昨年精神障害の認定基準が改正される際の専門検討会の報告書(5月)の該当部分を引用しておきます。

https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/000630780.pdf

3 業務による心理的負荷評価表に係る具体的出来事等への追加

(1)具体的出来事等へのパワーハラスメントの追加

 パワーハラスメントを受けたことによる心理的負荷の強度等については、現行では、対人関係の類型の一つである、「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」の具体的出来事に当てはめて評価しているが、今般、職場におけるパワーハラスメントの定義が法律上規定されたことを踏まえ、心理的負荷評価表の具体的出来事として、「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」を追加することが適当である。

ここでのパワーハラスメントとは、労働施策総合推進法及び「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」の定義(※)を踏まえ、「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、その雇用する労働者の就業環境が害される」ことをいう。

なお、パワーハラスメントは、職場における対人関係の中で生ずるものであり「対人関係」の類型に置くことも考えられるが、優越的な関係を背景とする上司等による一方的な被害であり、「対人関係」という類型から想定される、対人関係の相互性の中で生ずるものに限らない特異性があること、また、過去の支給決定事例をみると、当事者の立場や加害行為の態様には多様性があることから、「対人関係」の類型から独立させ、「パワーハラスメント」を新たな類型として設定することが妥当である。

その際には、心理的負荷評価表の中で「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」の具体例と、「対人関係」に分類されている各項目の具体例との対比が容易となるよう、パワーハラスメントの類型は対人関係の類型の前に位置付けるのが適当で ある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年7月 1日 (木)

労働図書館企画展示「渋沢栄一と「労働」~関連所蔵資料より~」

本日よりJILPTの労働図書館において、「渋沢栄一と「労働」~関連所蔵資料より~」という企画展示が行われています。


Jillib


 


 

エリック・ポズナー&グレン・ワイル『ラディカル・マーケット 脱・私有財産の世紀』@『労働新聞』

71wsrkihpjl280x400 例によってピョンヤンじゃない『労働新聞』の「Go To 書店!わたしの一冊」に、エリック・ポズナー&グレン・ワイル『ラディカル・マーケット 脱・私有財産の世紀』を紹介しました。

https://www.rodo.co.jp/column/108042/

世間の一次元的な思想測定器では、左右のどこに位置付けたら良いのか頭を抱えるだろう一冊だ。ある面では本書はすべてを市場メカニズムに委ねるべきと主張する過激な市場原理主義の書である。しかし、ある面では私有財産を悪しき独占とみなし、それを共有化しようとする最も過激な平等主義の書でもある。絶対に混じり合いそうもない両者を一体化させているのがオークションという秘伝の妙薬なのだ。その結果、どこからみてもラディカルな主張が生み出される。

 本書の第1章のタイトルは「財産は独占である」という過激なスローガンである。ならばその独占を打破するためにどうしようというのか。彼らの処方箋は、世の中のすべての財産を共有化して、使用権をオークションに掛けるというものだ。具体的には、自分の財産評価を自己申告制にして税金を支払い、より高い財産評価をする人が現れたらその人に所有権が移転する。これは実はかつて孫文がヘンリー・ジョージの影響を受けて三民主義のなかで唱えたものなのだが、市場メカニズムの基底をなしている私有財産権自体をオークションという市場メカニズムによって突き崩してしまうというあっと驚くアイデアである。

 そのほかにも、1人1票の代わりに、投票しないで貯めておいた票をここぞという大事なときにまとめて投票できる二次投票システムとか、左右どっちからみても過激な、言葉の正確な意味でラディカルな提案が並ぶ。

 そのなかでも、労働の観点から興味をそそられるのは第3章の「移民労働力の市場を創造する」だ。ここで提唱されるのは、移民のビザをオークションに掛け、政府ではなく個人と共同体が移民の受入れを判断する仕組みである。これにより、「自国民と移民が個人的にコンタクトし、移住を成功させる責任は自国民が負」い、両者間に「建設的な関係が築かれる」だろうというのだ。

 第5章の「労働としてのデータ」では、今はやりのAI議論に一石を投ずる。現在グーグルやフェイスブックなどの巨大IT企業は、利用者からタダで得た膨大なデータ(ビッグデータ)を使い、人工知能の機械学習によって作成されたサービスによって巨万の富を得ている。これはかつてマルクスが描いた搾取の構図そのものではないか。この不払い労働の正当な対価を取り返すために、「万国のデータ労働者が団結」し、テクノロジー封建主義を打倒せよと著者らはいう。

 データ労働組合がデータに対する報酬を引き上げることを主張して多数を結集し、フェイスブックやグーグルにストライキを決行すると通告する。データ労働者はサービスの消費者でもあるので、ストライキはボイコットでもあるのだ。

 「ラディカル」という言葉には、「過激な、急進的な」という意味と、「根本的な、徹底的な」という意味がある。本書結論のタイトルどおり、まさに「問題を根底まで突き詰め」た結果としての過激・急進的な提案の数々は、我われの脳みそを引っ掻き回すのに十分な素材であろう。

 

 

 

 

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