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2021年6月 4日 (金)

公衆衛生と健康の間

昨年来のコロナ禍で、医療分野の素人としてつらつら思ったこととして、世の中の風潮やそれに合わせた政策の流れが、かつて社会問題として深刻であり、国家の重要課題として取り組んでいた感染症対策などの公衆衛生という政策観点が薄れてきて、生活習慣病などの個人の健康管理に重点を置くようになってきたことが、今回のコロナ禍にこれほどの混乱を生じさせている一つの要因ではないのだろうかということです。

一部の市民団体がワクチン接種を目の仇にしてそれをマスコミが煽ったとか、一部の政治家が保健所をやたらに統廃合しただとか、エピソード的なことがいろいろと語られますが、それら表面に現われた諸現象を奥底で駆動していたのは、公衆衛生なんていう古くさい政策思想はさっさと脱ぎ捨てて、健康増進こそが21世紀の目指すべき姿だ、というような大きなうねりだったのではないのでしょうか。

それを象徴するように、かつて厚生省には医務局と並んで公衆衛生局というのがありましたが、今の厚生労働省で医政局と並ぶのは健康局という名前です。

こういうことを考える一つのきっかけとして、このシフトのミニチュア版としての、労働の場における衛生=健康対策のシフトがあります。こちらはなお組織名称は労働衛生課という昔ながらの名前ですが、やはりかつては職業病対策中心だったものが、21世紀になるころから職場の健康管理なんてことが重視されるようになってきました。これは、労災補償で過労死や過労自殺といった厚生サイドでは生活習慣病やメンタルヘルスといわれるような事柄が焦点になってくるという社会風潮のシフトを反映していたのですが、さらにマクロ社会的な公衆衛生から健康管理へというシフトをも反映していたように思います。こっちもときたま、アスベストのような古典的タイプの職業病(これはまさに塵肺の一種)が飛び出してきて、釘を刺すわけですが。

人口の高齢化や生活水準の高度化などで、古典的な公衆衛生の課題が切実さを感じられなくなり、人員や予算もあまり付かなくなり、代わって個人の健康増進が政策の目玉として打ち出されるようになるというのは、それ自体としてはやむを得ないというか、なかなかどうしようもないうねりなのだと思いますが、ときどき感染症が蔓延して釘を刺してくれないと、なかなか向きが変わらないのかも知れません。

 

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コメント

> 感染症が蔓延して釘を刺してくれないと

ウィズコロナは「自由と民主の矛盾」(実際には調停されるしかない)を露わにするんで、それが都合が悪い人たち(昨今のJリベ?)はゼロコロナに収束をしているみたいですね。

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