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2021年5月21日 (金)

サイエンスは科学か学術か

Monka 青木栄一『文部科学省』(中公新書)はいろいろ知りたいこともあって買って読んだのですが、いや確かに政策研究の観点からするとあれこれと大変面白い本だったんですが、ややトリビアながら「あぁそうだったんだ!」という発見があったので。

それは、文部科学省の英語名「Ministry of Education、Culture、Sports、Science and Technology」(略してMEXT)という、総務省といい勝負のやたらごちゃごちゃと長たらしい名前のうち、前半の「Education、Culture、Sports」が旧文部省からで、後半の「Science and Technology」が旧科学技術庁からだと思い込んでいたのですが、実はそうではなかったのですね。

旧文部省の英語名は「Ministry of Education, Science and Culture」。なんと文部省にもサイエンスがあったんです。サイエンスは文部省と科学技術庁の両方にあったのです。

ただし、この旧文部省のサイエンスは「科学」じゃないんですね。

科学じゃなければ何なのか。それは「学術」。

旧文部省時代は「学術国際局」というのがあり、統合後は旧科技庁系と合体して「科学技術・学術政策局」となっています。

ちなみに、こうやってわざわざ日本語では科学と学術にナカポツまで間に挟んで両者を厳格に概念を区別しているくせに、英語になると「Science and Technology Policy Bureau」というまことに自然な用語法になっているというのも奇々怪々というべきでしょうか。

この同じサイエンスを文部省系の「学術」と科学技術庁系の「科学」で綱引きをしているというあたりが、文部科学省という合体官庁の本質をよく示しているのでしょう。

そして、実はこれを読んでおもわず「なるほど」と思ったのですが、そのすぐ後(26頁)にこういう記述がさりげなく置かれていて、

・・・ただし、文科省スタート時点で埋め込まれたこの「仕掛け」が本格的に動き出すのはそれから20年ほど後のことである。2020年、菅義偉内閣の発足直後に日本学術会議会員の任命をめぐる問題が生じたが、これも学術と科学技術の綱引きとしてみるべきである。

改めて日本学術会議の英語名を確認してみると、「Science Council of Japan」。なんとサイエンスだったんですね。てっきりヒューマニエンスかと思っていましたが。

(追記)

この本のこの部分を読んで思い出したのが、拙著『日本の労働法政策』p734で取り上げた労働契約法第18条の有期契約5年で無期転換ルールの例外を定める研究開発システムの改革の推進等による研究開発能力の強化及び研究開発等の効率的推進等に関する法律第15条の2です。

(労働契約法の特例)
 第十五条の二 次の各号に掲げる者の当該各号の労働契約に係る労働契約法(平成十九年法律第百二十八号)第十八条第一項の規定の適用については、同項中「五年」とあるのは、「十年」とする。
一 科学技術に関する研究者又は技術者(科学技術に関する試験若しくは研究又は科学技術に関する開発の補助を行う人材を含む。第三号において同じ。)であって研究開発法人又は大学等を設置する者との間で期間の定めのある労働契約(以下この条において「有期労働契約」という。)を締結したもの
二 科学技術に関する試験若しくは研究若しくは科学技術に関する開発又はそれらの成果の普及若しくは実用化に係る企画立案、資金の確保並びに知的財産権の取得及び活用その他の科学技術に関する試験若しくは研究若しくは科学技術に関する開発又はそれらの成果の普及若しくは実用化に係る運営及び管理に係る業務(専門的な知識及び能力を必要とするものに限る。)に従事する者であって研究開発法人又は大学等を設置する者との間で有期労働契約を締結したもの
三 試験研究機関等、研究開発法人及び大学等以外の者が試験研究機関等、研究開発法人又は大学等との協定その他の契約によりこれらと共同して行う科学技術に関する試験若しくは研究若しくは科学技術に関する開発又はそれらの成果の普及若しくは実用化(次号において「共同研究開発等」という。)の業務に専ら従事する科学技術に関する研究者又は技術者であって当該試験研究機関等、研究開発法人及び大学等以外の者との間で有期労働契約を締結したもの
四 共同研究開発等に係る企画立案、資金の確保並びに知的財産権の取得及び活用その他の共同研究開発等に係る運営及び管理に係る業務(専門的な知識及び能力を必要とするものに限る。)に専ら従事する者であって当該共同研究開発等を行う試験研究機関等、研究開発法人及び大学等以外の者との間で有期労働契約を締結したもの
2 前項第一号及び第二号に掲げる者(大学の学生である者を除く。)のうち大学に在学している間に研究開発法人又は大学等を設置する者との間で有期労働契約(当該有期労働契約の期間のうちに大学に在学している期間を含むものに限る。)を締結していた者の同項第一号及び第二号の労働契約に係る労働契約法第十八条第一項の規定の適用については、当該大学に在学している期間は、同項に規定する通算契約期間に算入しない。

 この改正が奇妙なのは、元の研究開発システムの改革の推進等による研究開発能力の強化及び研究開発等の効率的推進等に関する法律では「科学技術」についてわざわざ「人文科学のみに係るものを除く」としていたのに、この無期転換の特例だけはあえて「第十五条の二第一項を除き」と付け加えていることです。ここでいう人文科学には社会科学も含まれます。人文科学の研究者は、強化も推進もされないのに、無期転換だけは自然科学研究者と同じく10年にされたわけですが、その理由もどこにも書かれていません。

 ところがその後、同法は2020年に科学技術基本法等とともに改正され、全規定にわたって人文科学も対象に含まれることになりました。なので、その限りでは奇妙な規定ではなくなりました。もともと科学技術に人文科学を含めていなかったのは科学技術基本法の建付けだったのですが、それが科学技術・イノベーション基本法となり、人文社会科学もイノベーションに役立つと位置付けられるようになったわけです。

このあたりの動きを労働契約法の例外規定という細い隙間から横目で見ながら、何が起こっておるんだろうと思っていたのですが、本書を読むことで、これまで科学技術には含まれない純粋学術部分として存在しぇていた人文社会科学が、いよいよ科学技術の一部として吞み込まれていくつつあるんだということがわかりました。

サイエンスの訳語一つから、これだけの文部科学省の中の暗闘が垣間見えるのですから、面白いものです。

 

 

 

 

 

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コメント

たしかに「学術」と「科学技術」の不毛な綱引きに経産省あたりの外野が介入してしっちゃかめっちゃかになった結果が現在の高等教育と研究の惨状でしょうね。

Scienceという概念に対抗する二つの訳語が価値的に対立してしまうというのは、根本的には前近代の学問的伝統を近代化で失い、かつ戦前においてまがりなりにも形成されたヨーロッパ由来の「学術」の伝統が、戦後入ってきたアメリカ的な「科学技術」とうまく接続できなかったということに淵源があるだろう。

近年の大学改革、科学政策はアメリカ的なものの全面的な導入を企図して無残な失敗に終わった。まあこれは一連の改革のバカ騒ぎ全般に当てはまるが。しかし、いまだにアメリカの猿真似に固執する人間が跋扈しているのはあきれるばかりだ(この本の著者すらアメリカに引きずられている面がある)。

もう、アメリカのことは忘れたほうが良い。アメリカ以外の国はアメリカにはなれない。

そもそもアメリカの制度が優れているというのは大いなる誤解であろう。大学や研究に限らずアメリカの諸制度はむしろプリミティブなものである(それゆえに真似しやすくみえるだろうが)。そのプリミティブな制度を膨大な資金と世界中からかき集めた人材で無理やり回してパフォーマンスを発揮しているのが実態であろう。その根幹にはアメリカが基軸通貨国であり、世界一の軍事力を保有するという事実がある。

このようなことを日本が再現できるはずがない。もっと地に足をついて、日本に可能な現実的な方向性を模索すべきであろう。

科学技術の根幹は学術である。科学技術の発展を急ぐあまり学術の基盤を破壊したために科学技術の発展もおぼつかなくなったという現実を直視しなければならない。


まさに、高等教育局が旧文部系と旧科技系の「汽水域」になっているという見立てのようです。

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