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« 文科省のジョブ型インターンシップって、要は雇用契約を結ぶってことね | トップページ | ジョブ型「技人国」在留資格とメンバーシップ型正社員の矛盾@WEB労政時報 »

2021年5月 8日 (土)

ジョブ型の基礎の基礎復習(産経新聞と朝日新聞のインタビュー)

コロナ禍で緊急事態宣言が延長される今日この頃ですが、変なジョブ型論がまかり通っているという点では昨年と相変わらずの状況で、本人もいい加減にしたいのですが、やはり昨年産経新聞と朝日新聞というある面では対極的なメディアで、全く同じような趣旨のインタビュー記事に登場したのを、再三お蔵出ししないといけないようですね。

https://www.sankei.com/premium/news/201014/prm2010140001-n1.html(間違いだらけの「ジョブ型」議論、成果主義ではない…第一人者・濱口桂一郎氏が喝!)

Lif2010140001p1 新型コロナウイルス禍でのテレワーク拡大で社員の評価が難しくなっていることを受け、日本企業の雇用システムを欧米流の「ジョブ型」に切り替えるべきだとする議論が新聞や雑誌で盛んになっている。だが、ジョブ型の名付け親で、労働問題の第一人者として知られる濱口桂一郎労働政策研究・研修機構労働政策研究所長は「ジョブ型を成果主義と結び付ける誤解が多く、おかしな議論が横行している」と警鐘を鳴らす。   
(文化部 磨井慎吾)
 
 「就職」と「入社」
 ジョブ型とは、採用時から職務をはじめ勤務地や労働時間などを明確化した雇用契約を結び、その範囲内でのみ仕事を行うという欧米をはじめ世界中で標準の雇用システムを指す。典型的な例が米国の自動車産業の工場労働者で、細分化された具体的な職(ジョブ)に就くという、文字通りの意味での「就職」だ。
 これに対し、「入社」という言葉や新卒一括採用制度に象徴されるように、職務を限定せずにまず企業共同体のメンバーとして迎え入れ、担当する仕事は会社の命令次第という日本独特の正社員雇用は「メンバーシップ型」と呼ばれる。職種や勤務地、時間外労働などに関し使用者に強い命令権を認める代わりに、命じられた仕事がなくなった場合でも会社が別の業務に配置転換させる義務を負うなど、共同体の一員として簡単には整理解雇されない。
 この2類型は濱口所長が平成21年の著書『新しい労働社会』(岩波新書)などで命名し、現在では労働問題に関する議論で広く定着した用語となっている。
 そして、その根本的な違いは、職務が限定されているか否かという部分にある。「だからテレワークが増えて成果の評価が難しくなったのでジョブ型に移行すべきだ、というのは本末転倒な話なんです。ジョブ型雇用では、たとえば会社都合の人事異動など、今の日本企業なら当たり前のことの多くができなくなる。そうした大転換だということを全く分かっていない議論が多い」。濱口所長は、そう嘆く。
 
ジョブ型=成果主義?
 特に顕著なのが、「ジョブ型=成果主義」とする勘違いだという。
 「そもそもジョブ型では一部の上層を除けば、中から下の人についてはいちいち成果を評価しません。なぜかといえば、そのジョブに就ける人間かという評価はすでに採用時に済んでいるから。後はジョブ・ディスクリプション(職務記述書)に書かれた内容をちゃんとやっているかだけです」
 対して、人に注目するメンバーシップ型では末端に至るまで正社員全員を評価の対象にする。だが業績の評価といっても、ジョブの明確な切り分けのない日本企業で、しかも決定権や責任のない一般社員個々人に対して適切に行うのは困難であるため、社員の「頑張り」を見て評価する疑似成果主義になりがちだ。
 濱口所長は「日本で重視されるのはもっぱら潜在能力の評価と情意考課。従来は大部屋のオフィスで一緒に仕事して、あいつは頑張っている、などと評価していたのが、テレワークだと見えなくなってやりにくいという話で、それは単に評価制度の問題」とした上で、「ジョブ型への転換は評価制度に留まらず、企業の根本の仕組みを変え、入口である教育制度と出口である社会保障とも連動するなど、社会の仕組みの根幹にも関わってくる。ジョブ型導入論者が、そこまで考えた上で言っているのかは疑問だ」と指摘する。
 
「いいとこどり」は不可能
 「私が一番言いたいのは、みんなジョブ型を新しいと思って売り込もうとしているけど、まったく新商品ではないよ、むしろ古くさいものだよ、ということです」
 産業革命後の欧米社会で長い時間をかけて形成された雇用モデルであるジョブ型に対し、高度成長期の日本で定着したのがメンバーシップ型だ。1980年代までは硬直的な欧米のジョブ型と比べ、柔軟で労働者の主体性を引き出す優れた仕組みだと称賛もされてきたが、90年代以降は「正社員」枠の縮小に伴う非正規労働者の増加、無限定な働かせ方に起因するブラック企業化など、各種の問題が噴出するようになった。そこで引き合いに出されるようになったのがジョブ型だが、現在の経済メディアなどでの議論では、そうした歴史的経緯はすっかり忘却されている。
 濱口所長は「2つの型のどちらも、色々なものが組み合わさった複雑なシステム。当然メリットもデメリットもあるし、全部ひっくるめて一つのシステムなので、いいとこどりなんてできるはずがない」と力を込め、メンバーシップ型の発想にどっぷり漬かった頭でジョブ型を理想化し、簡単に導入できるかのように説く議論を戒めている。

https://www.asahi.com/articles/ASNCN3D9KNCHULFA00F.html(誤解だらけのジョブ型雇用 名付け親が語る本当の意味)

Asahi_20210508190501  「ジョブ型」と称した人事制度を採り入れる企業が増えています。日立製作所や資生堂などの大手も導入し、年功序列などの日本型雇用は、本格的に崩れるとの見方もあります。しかし、「ジョブ型」の名付け親として知られる労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎所長を訪ねると開口一番、「ジョブ型は『成果主義』の代替用語ではない」。一体、どういうことなのでしょうか。(聞き手・榊原謙)

――「ジョブ型」の人事制度を打ち出す企業が相次いでいます。
 「『ジョブ型雇用』は私が10年ほど前に言い出した言葉だが、今年に入って、字面は同じ『ジョブ型』でも、9割がた違う意味で使う企業が次々に出てきた。『人材を、労働時間ではなく成果で評価することがジョブ型』などというミスリーディングな言説もメディアをにぎわせている。議論の前提がグジャグジャになっており、さすがに捨ててはおけないという感じだ」
 ――ジョブ型とは本来、どのようなものなのですか。
 「会社と、そこで働く人をつなげる方法は2種類ある。一つは、会社を『ジョブ(職務)の束』と考えて、ジョブごとに、それが出来る人を当てはめるやり方だ。それぞれのジョブには、職務内容や責任範囲を明確にしたジョブ・ディスクリプション(JD・職務記述書)が定められ、必要なスキルも明らかになっている。これがジョブ型雇用で、欧米では主流の雇用システムだ」
 「もう一つは、会社を『人の集まり』とみなし、ジョブとは関係なくまず人を雇って、その会社が行っているもろもろの仕事をやらせる『メンバーシップ型』の雇用だ。ジョブをこなすスキルではなく、潜在能力に期待してまっさらな若い人を新卒一括採用し、上司や先輩がビシバシ鍛える日本企業に典型的だ」
 ――ジョブ型もメンバーシップ型も、それぞれの社会に長く根付いた仕組みですね。
 「そうだ。ジョブ型が本当の意味での『就職』だとすれば、メンバーシップ型は『就社』のイメージに近いだろう。雇用システムを、こうした概念で整理することは決して目新しいことではない」

リベンジで飛びついた企業
 ――今年に入って、「ジョブ型」を打ち出す企業が増えているのはなぜでしょうか。
 「一部の企業を除き、多くは単に成果主義の賃金・人事制度を『ジョブ型』と称しているに過ぎない。20年前に失敗した成果主義導入のリベンジ(雪辱)を果たしたい企業が、看板を掛け替えたり新しいスローガンを掲げたりしようとする中で、欧米風で格好良く映る『ジョブ型』という言葉に飛びついたのだろう」
 ――「リベンジ」とは、どういうことですか。
 「日本企業は2000年前後、年功序列型の賃金制度からの転換を狙い、従来のメンバーシップ型の雇用の仕組みにどっぷりつかったまま、成果主義型の評価制度を続々と導入した。だが、その内実は多くが理不尽なもので、過大な営業目標などを上から下ろし、『この目標を達成したのか、していないのか』と迫ることで社員を評価しようとした。こうした成果主義の多くは結局、うまくいかなかった」
 「そのリベンジを狙う企業は、今度は、目標のかわりにJDを物差しにして社員を評価しようとしているのだろう。だが、そもそも誤解がある。ジョブ型は、一部の例外を除いて、労働者を評価なんてしない仕組みだからだ」
――え、そうなのですか。
 「ジョブ型は『ジョブありき』なので、そのジョブができる人を、そこに当てはめる。だから、その人がその仕事をできるかどうかは、ジョブに当てはめる前に評価する。やらせると決めた後は評価しない。あとは、その人がJDに書かれたことをやればJDに書かれた給料が支払われ続け、できなければ能力不足で解雇になる可能性があるだけで、評価や査定という話にはならない」
 「一方、メンバーシップ型は、管理職から平社員まで全員を評価するのが特徴だ。実態は、社員のスキルではなく、『やる気』や『姿勢』などを評価しているに過ぎないのがほとんどだが。社員の評価を、するかしないか。それがジョブ型とメンバーシップ型の最大の違いと言える」

「成果で評価」は9割方誤り

 ――でも、「ジョブ型にして、社員を成果で評価する」といった説明も聞きます。
 「非常にミスリーディングな言い方だ。確かにジョブ型でも、エグゼンプト(米国のマネジメント層や高度な専門職など)のような働き方をする人たちは、会社の目的や業績にどういう貢献をしたか、まさに成果で厳しく評価される。マネジメント職など、ポジションが上にいけばいくほど、JDも俯瞰(ふ・かん)的・包括的になってしまうからだ」
 「だが、こうした人たちはジョブ型社会の『上澄み』で、全体からみれば一部であり、例外だ。この部分だけを取り出して『ジョブ型は成果で評価する』と言うのは、論理的には100%ウソだとは言えないが、ジョブ型雇用の構造を考えれば、8~9割方、誤っている。メンバーシップ型を前提にした単なる成果主義を、ジョブ型という言葉で代替しているに過ぎない」

「解雇しやすくなる」も誤解
 ――ジョブ型にすると「解雇しやすくなる」と言う人もいます。
 「これも誤解がある。問題なくJDの内容をこなせており、そのジョブ自体がなくならなければ、簡単に解雇を言い渡されるようなことはない。ジョブ型=解雇自由のようなイメージがあるが、それは経営者が労働者を自由に解雇できる米国の話。世界では、米国は例外的な存在だ」
 ――それでは、欧州などのジョブ型社会で、解雇が正当になるのはどのような場合ですか。
 「典型例は、そのジョブ自体がなくなるケースだ。たとえば、会社がある部門の廃止を決めてジョブが失われれば、そのジョブに就いていた人は仕事がなくなるので、整理解雇され得る。『ジョブありき』のジョブ型社会の論理的帰結だ。フランスやドイツなど欧州の多くの国では、社内の別のポジションに応募したり、再就職の支援を受けたりできるように労使協議することが義務づけられている」
――欧米は、日本よりも労働者が会社を移りやすい社会と言われます。
 「日本でも、例外的にジョブ型に近い医療分野を考えてみると分かりやすい。企業のように社内で数年ごとに仕事が変わるようなことはなく、同じ病院の中でも医師は医師、看護師は看護師、技師は技師として働き、それぞれの職種のまま別の病院に移っていく。これは、職種が明確で、かつ職種ごとに病院を移れる社会的な枠組みがあるからだ」
 「欧米では、これと同じことが産業ごとに実現している。職種と、それにひもづく賃金が企業を超えて明確になっている。企業の枠を超えたJDがあるということだ。仕事がなくなった時に、社内の別の仕事にジョブ・チェンジするよりも、今までと同じ仕事を他社で続けたいと考える人が欧米に多いのも、労働移動をしても同じジョブを継続できるだろうという安心感があるからだ」

配置転換など「許されなくなる」

――日本企業は、社命による人事異動や全国転勤、単身赴任などが当たり前ですが、本当のジョブ型ならそうしたことも難しくなるのですね。
 「日本の雇用制度は硬直的で、ジョブ型はフレキシブルだと思われているが、大変な勘違いだ。実際は、メンバーシップ型ほど、会社が社員に何をやらせてもアウトにならない仕組みはない。ジョブ型にすれば、会社が人事権を使って社員をどんどん配置転換するなんてことは許されなくなる。経営者にとっては、恐ろしいほど硬直的な世界になる。どれだけの企業が、そこまで分かった上で、ジョブ型という言葉を使っているのだろうか」
 ――配達員が会社と雇用契約を結ばず、個人事業主としてネット経由で仕事を請け負う「ウーバーイーツ」などの飲食宅配の仕事は、もはや「ジョブ」ですらないという指摘もあります。
 「会社はジョブの束だと言ったが、それぞれのジョブは、多くの『タスク』の束だ。会社としては、一つひとつのタスクまで働き手に手取り足取り指揮命令していたら大変なので、タスクをまとめたジョブを、きちんと雇った労働者に任せ、その様子を監督することで、取引コストを低減してきた」

ジョブどころか「タスク化」の時代に
 「ところが、情報通信技術や人工知能(AI)の進展で、プログラムさえ組んでおけば、大半は事が足りるようになり、人間が指揮監督しなくても個々のタスクをコントロールするメカニズムが可能になったじゃないと出来ないことは、わずかなタスクでしかなくなってしまった。その代表例が、個々の運搬作業『運ぶこと』だけを任されているウーバーイーツなどの宅配や運輸の分野だろう」
 「この仕組みが、宅配などの世界から、もっと高度な仕事にまで入ってきたらどうなるのか。ジョブ型どころか、仕事はタスクにばらけ、人々は単発のタスクを請け負う『デジタル日雇い』として働く世界が来るかもしれない。欧米では、『雇用の時代』が終わり『請負の時代』が始まるという議論も起きている」
――ジョブ型で騒いでいる日本は、周回遅れなのかもしれませんね。
 「どんな雇用システムの国でも、社会保障の仕組みなどは、ある程度の期間は一つの仕事に就いて働くことを前提に作られている。『ジョブ』は社会の安定装置でもあり、その解体は、社会の成り立ちを根底から覆しかねない。仕事のタスク化は日本でも始まっており、決して人ごとではない深刻な問題だ」 

 

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