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2021年4月18日 (日)

麒麟も老いては・・・

Itotakashi 文春オンラインに伊藤隆氏のインタビュー(インタビュワー:辻田 真佐憲)が載っていて、あの(!)伊藤隆がこんなそこらのネトウヨじじいみたいなことばかり口走るようになったのか、といささか感慨深いものがありました。

https://bunshun.jp/articles/-/44645

というのも、彼の出世作ともいうべき伊藤隆『大正期「革新」派の成立』(塙書房、1978年)は、私にとっては近代日本史を理解する基本枠組みを与えてくれた本であり、実を言えば私の『日本の労働法政策』第1章で示している歴史観は、少なくともその戦前から戦中、戦争直後にかけての時代認識は、この本によるインスピレーションを元に、ミクロな一つ一つの事実を積み上げて作り上げたものだからです。

おそらく今の若い人にとって伊藤隆という名前は「つくる会」の右翼じいさんというくらいの印象しかないかもしれませんが、それこそ本当の意味で平板な思考停止型の左翼史観、戦前は暗黒で戦後民主化して万歳・・・みたいな脳みそ付いとんのかワレと言いたくなるような、ベタな左翼史観が全盛だった頃に、それを根っこからひっくり返すような歴史認識、「戦前の自由主義の時代に、それを乗り越えるべく右や左の「革新派」が登場し、それが社会主義的な戦時体制を作っていく」という歴史認識を提起したときには、ものすごいインパクトがあったのです。

そのインパクトは、実に半世紀近い後の今でも、私の近代日本労働法政策史の基本構造をなしています。労働政策の細かい一つ一つの事実を拾い上げれば挙げるほど、その認識が正鵠を得ていること、上っ面の表層的なイデオロギー的決めつけが何の意味もない戯言であることが、ますます浮かび上がってくるほどの、それほどの深みと射程を持った本なのですよ。

今の若い人にとっては、そういう歴史観はむしろ先日亡くなった坂野潤治さんの本を通じてなじみのあるものかもしれません。でも、伊藤氏が大正期革新派の本を書いた頃は、坂野さんは明治初期のことしかやってなくて、伊藤氏の本は隔絶していました。当時私はまだ教養学部の学生に過ぎなかったけれど、でも、そのときに受けたパラダイム転換が今日までずっと影響を及ぼしているのだと、改めて思ったのです。

その伊藤隆氏が、こういうことを垂れ流してしまうまでになったのか、というのは、もちろん専門分野が全く異なり、勝手に私淑していただけの私なんぞよりも、このインタビューで(それこそ耄碌した親が立派に成長した子供の悪口を言い立てるがごとく言われている)その近くにいた方々の方がよっぽど感じているのだろうなあ、と思うことしきりではありました。

 

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