フォト
2023年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        
無料ブログはココログ

« 鶴光太郎『AIの経済学』 | トップページ | 佐々木亮『武器としての労働法』 »

2021年4月21日 (水)

EUの賃金透明性指令案@『労基旬報』2021年4月25日号

『労基旬報』2021年4月25日号に「EUの賃金透明性指令案」を寄稿しました。

 去る3月4日、欧州委員会は「賃金透明性と施行機構を通じた男女同一価値労働原則の適用強化に関する指令案」(COM(2021)93)を提案しました。これはもちろん男女均等法制の一環ではありますが、企業に対して賃金透明性を要求するという点で賃金法制としても興味深いものがあり、もっぱら非正規労働との関係で同一労働同一賃金が論じられている日本に対しても何らかの示唆があるかもしれないという観点から、紹介しておきたいと思います。
 まず現行法の枠組ですが、EU運営条約第157条に男女同一労働/同一価値労働同一賃金原則が規定されており、これを受けて雇用及び職業における男女の機会均等及び均等待遇の原則の実施に関する指令(2006/54/EC)第4条に同一労働/同一価値労働に対する差別の禁止が規定されています。同指令の第4条第2項は「特に、賃金決定に職務評価制度が用いられている場合、男女同一の基準に基づき、性別に基づくあらゆる差別を排除するものでなければならない」と定めており、これが出発点になります。
 2014年3月には「透明性を通じた男女同一賃金原則の強化に関する欧州委員会勧告」(2014/124/EU)が発出され、次のような賃金透明性政策をとるよう促しています。すなわち、同一労働又は同一価値労働を行う被用者範疇ごとに男女別の賃金水準の情報を入手する権利、50人以上企業が定期的にこれら情報を提供する義務、250人以上企業が賃金監査(各被用者範疇の男女別割合と職務評価・分類システムの分析)を受ける義務などです。この勧告で「同一価値労働」とは、教育、職業、訓練の資格、技能、努力、責務、労務、課業の性質などの客観的な基準に基づいて評価、比較されるべきものとしています。また、ジェンダーバイアスのある賃金体系を見直し、性中立的な職務評価・分類システムを導入すべきとしています。
 こうした中で、2019年に欧州委員会の委員長に就任したフォン・デア・ライエン氏はその「政治指針」の中で、最低賃金法制やプラットフォーム労働者の労働条件と並んで、「就任100日以内に拘束力ある賃金透明性措置の導入」を約束しました。100日どころか1年以上過ぎていますが、ようやく今回指令案の提出に至ったわけです。ところで、労働社会政策についてはEUレベル労使団体への2段階協議が義務づけられているはずだが、と思った人もいるかも知れません。男女平等の立法根拠は労使協議付きの第153条だけでなく、労使協議の付いていない第157条にもあり、近年はもっぱらこちらが使われています。賃金問題である以上、労使への協議も必要なのではないかと感じるところですが、女性担当部局は労使をあまり信用していないのかもしれません。代わりに、2019年1月から4月まで一般協議が行われています。ただ、欧州労連は同年10月に賃金透明性指令に関する決議を採択しています。
 今回の指令案は、まず第4条(同一労働及び同一価値労働)で、労働の価値を評価比較するために使用者が性中立的な職務評価・分類システムを含むツールや方法論を確立するよう求めています。これらは労働者が比較可能な状況にいるかを、教育、職業、訓練の資格、技能、努力及び責務、遂行される労務並びに関わる課業の性質を含む客観的な基準に基づいて判断するもので、直接間接に性別に基づく基準を含んではなりません。男女が同一価値労働かどうかの判断は同一使用者の下で同時に働いている場合に限らず、単一の源泉に基づく場合に拡大され、また現実に比較対象者がいなくても仮想的比較対象者との比較で足ります。職務評価・分類システムは性別に基づくいかなる差別も排除して作られなければなりません。
 第5条から第11条までが本指令案本体の賃金透明性に係る規定です。まず第5条(採用前の賃金透明性)は、応募者が当該ポストに帰せられる初任給又はその範囲についての情報を得る権利を規定し、これが欠員公告等により面接以前に応募者に提供されるべきとしています。興味深いのは同条第2項が、使用者が口頭でも書面でも前職での賃金を聞いてはならないと規定している点です。それによってわざと低くすることを防ごうというわけです。
 第6条は、賃金水準とキャリア展開の決定に用いる基準を使用者が労働者に容易にアクセスできるようにせよと規定しています。
 第7条(情報入手権)では、労働者が同一労働又は同一価値労働をする労働者範疇について男女別の賃金水準について情報を入手する権利を規定し、それは1年に1回又は労働者の要求に応じて提供すべきとしています。さらに労働者は同一賃金原則実施のために自らの賃金を公表することを妨げられないとしつつ、使用者は賃金情報を入手した労働者が他の目的に使わないよう求めることができるとしています。賃金情報も個人情報なので、その調整を図っているわけです。
 第8条(男女賃金格差の報告)では、250人以上企業に対して、
・全男女労働者間の賃金格差
・全男女労働者間の補足的又は変動的部分における賃金格差
・全男女労働者の賃金の中央値の格差
・全男女労働者の補足的又は変動的部分における賃金の中央値の格差
・補足的又は変動的部分を受け取っている男女労働者の比率
・賃金四分位ごとにおける男女労働者の比率
・通常の基本給及び補足的又は変動的部分ごとに労働者範疇についての男女労働者間の賃金格差
を毎年(できれば過去4年分も)ウェブサイト上等のユーザーフレンドリーな形で公表することを義務づけるとともに、労働者とその代表、労働監督官、均等機関が追加的なデータを求めたら提供し、賃金格差が客観的かつ性中立的な要素で正当化できない場合には修正するよう求めています。
 第9条(共同賃金評価)は、250人以上企業に対して、労働者代表と協力して、共同賃金評価を行うよう求めています。これは、いずれかの労働者範疇において男女労働者の平均賃金水準の格差が5%以上であり、それを客観的かつ性中立的要素によって正当化できない場合に行われます。具体的な共同賃金評価の内容は、
・各労働者範疇における男女労働者の比率の分析
・各労働者範疇ごとの男女労働者の賃金水準及び補足的又は変動的部分の平均値に関する詳細な情報
・各労働者範疇における男女労働者間の賃金水準格差の確認
・賃金水準におけるかかる格差の理由と(もしあれば)客観的かつ性中立的な正当事由
・客観的かつ性中立的要素によって正当化できない場合は、かかる格差を是正する措置
などです。
 2014年勧告では企業外部による賃金監査が求められていましたが、企業内部の共同賃金評価に変わっています。
 ヨーロッパの労働社会は基本的にジョブ型ですから、ここで言われていることは詰まるところ、男女が異なるジョブに就いていて、そのジョブの賃金水準が異なる場合に、その違いに客観的で性中立的な正当事由が必要だということです。これは、とりわけ伝統的に産業別労働協約によって各職種の賃金決定をしてきたヨーロッパ諸国にとっては、かなりの文化衝撃になる可能性があります。今後この指令案が採択され、実施されていくと、実際の賃金決定のメカニズムがどうなっていくのか、興味深いところです。

 

« 鶴光太郎『AIの経済学』 | トップページ | 佐々木亮『武器としての労働法』 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 鶴光太郎『AIの経済学』 | トップページ | 佐々木亮『武器としての労働法』 »