上林陽治『非正規公務員のリアル』または素人万能の反ジョブ型主義の帰結
上林陽治さんの『非正規公務員のリアル 欺瞞の会計年度任用職員制度』(日本評論社)をお送りいただきました。ありがとうございます。上林さんのこのシリーズは日本評論社からだけでもこれで3冊目ですが、その舌鋒はますます鋭く、日本の公務員制度の矛盾を暴き出していきます。
https://www.nippyo.co.jp/shop/book/8481.html
本書の内容は何よりもこの目次を見れば一目瞭然です
第一部 非正規公務員のリアル
第1章 ハローワークで求職するハローワーク職員
ーー笑えないブラックジョークに支配される現場
第2章 基幹化する非正規図書館員
第3章 就学援助を受けて教壇に立つ臨時教員ーー教室を覆う格差と貧困
第4章 死んでからも非正規という災害補償上の差別
第5章 エッセンシャルワーカーとしての非正規公務員
ーーコロナ禍がさらす「市民を見殺しにする国家」の実像
第二部 自治体相談支援業務と非正規公務員
第6章 自治体相談支援業務と専門職の非正規公務員
第7章 非正規化する児童虐待相談対応ーージェネラリスト型人事の弊害
第8章 生活保護行政の非正規化がもたらすリスク
第9章 相談支援業務の専門職性に関するアナザーストーリー
第三部 欺瞞の地公法・自治法改正、失望と落胆の会計年度任用職員制度
第10章 深化する官製ワーキングプアーーとまらない非正規化、拡大する格差
第11章 隠蔽された絶望的格差ーー総務省「地方公務員の臨時・非常勤職員及び任期付職員の任用等の在り方に関する研究会」報告
第12章 欺瞞の地方公務員法・地方自治法改正
第13章 不安定雇用者による公共サービス提供の適法化
第14章 失望と落胆の会計年度任用職員制度
第四部 女性非正規公務員が置かれた状況
第15章 女性活躍推進法と女性非正規公務員が置かれた状況
第16章 女性を正規公務員で雇わない国家の末路
本書で描き出されるすべての事例で言えることであり、神林さん自身も明言していることですが、非正規公務員問題がかくも悲惨な状況になっている最大の原因は、本来終戦直後に純粋ジョブ型の制度設計で作られたはずの公務員制度が、それとは全く逆向きの、純粋メンバーシップ型でもって運営されてきてしまったことにあります。
冒頭のハローワークで、非正規相談員が一生懸命産業カウンセラーやキャリアコンサルタントの資格を取得してもあっさり切られる一方で、雇用の安定した正職員はそういう(厚生労働省自身が熱心に旗を振っている)職業資格に熱心でないというところにもその姿が見えますが、それが一番はっきりと現れているのは、次の図書館職員でしょう。
上林さん自身の小見出しをそのまま持ってくるだけで、何が起こっているのかがくっきりと浮かび上がってきます。
1 職務無限定=ジェネラリスト型人事運用の限界
2 図書館の臨時・非常勤職員、非正規労働者
3 急速に進む図書館の非正規化
4 専従職員の素人化、非正規の図書館員の基幹化
5 戦力化・基幹化する非世紀図書館員
雇用の安定した正規職員は素人で役に立たない。職場で中核的に働いている専門職はみんな不安定な非正規、というこの姿は、メンバーシップ型雇用の成れの果ての姿といってもいいでしょう。
もちろん、メンバーシップ型にはジョブ型よりもいい面があります。特に、ジョブのスキルのない若者に着目すれば、素人をとにかく正規で雇って、上司や先輩がビシバシ鍛えて一人前にしていくというモデルには大変メリットがあります。その素人が若者であり、いつまでも素人ではいけないと思って一生懸命スキルを身につけようと努力する限りにおいて。
ところが、この若者限定でメリットのある仕組みを、中高年になってもはや真面目に新しい職場の全てを勉強しようなどと思わず、次の人事異動で全然別の部署に回されるまでの間、非正規の専門家たちの上にちょこんと乗っかった素人として適当に過ごそうとしか思っていないような人々にまで適用するわけです。
ジョブ型の専門家主義の正反対としての素人万能の反ジョブ型主義が、ここにきてますます全面展開しているということなのかもしれません。
その最果てに何が待っているのか、そろそろ真面目に考えてみるべき時期が来ているのでしょう。
(参考)
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-a1a9.html(上林陽治『非正規公務員』)
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-c49f.html(上林陽治『非正規公務員という問題』)
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-afe0.html(上林陽治『非正規公務員の現在 深化する格差』)
なお、私がこの問題について論じたものとして。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-bd32.html(非正規公務員問題の原点@『地方公務員月報』12月号)
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コメント
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> ジョブ型の制度設計で作られたはずの公務員制度が、それとは全く逆向きの、純粋メンバーシップ型でもって運営されてきてしまった
何故、そんなことが可能だったのでしょうか?
「行政訴訟が行政側に有利になってる」という仕組みの効果なんでしょうかね?
そう考えると「民主主義の勝利」(し易くなってることの結果)と言えるのかもしれません。
投稿: 営業の自由論 | 2021年3月 9日 (火) 09時31分
私は、地方自治体で非常勤嘱託職員として長く勤務しながら常勤職員との雇用条件の違いに不満を抱きながら同じ仕事を続けてきました。一年採用という形式なため、毎年応募し直さなくてはならないことや10年勤務しても全く賃金が上がることもない状態でも「やりがいの搾取?」と思いながら毎年応募して採用されるという働き方をしてきました。
今年度から「同一労働・同一賃金」という掛け声の「会計年度任用職員」としての雇用に移行し、働いている者の実感としては掛け声ほどに手取りは上がらず、むしろ落胆することが多かったように思います。
今年度当初には、これまで「社会教育指導員」という名称で仕事をしていたのが、「本当はこの名称は使えない。」と言われ、「でもこれまでのように学校に出向く時に「会計年度任用職員」では何者なのかわからない。内部的には使うこととしましょう」と長い検討の後、説明され何か腑に落ちない気がしました。
また「皆さんはこれから同じ職員になりました。ボーナスもあります。フレックスも取れます」に始まりましたが、その実、フレックスは制度上取れないことが後で発覚したり制度の不備が多くあるのを実感しました。
実際、会計年度任用職員になってからの方が正職員との立場の差が明確になり、専門性がある「社会教育指導員」という立場がほぼ消失し「正職員が決定し指示し、会計年度任用職員は指示に従う」という構図が完成しているようです。
長く同じ業務に携わることから経験値の高い非常勤が、その立場の為に権限をもつ正職員と対等に意見をあげたりする場が制度の為か(?)無く、なかなか職員に意見を述べることができないのは労働環境としても不健全で残念なことではないでしょうか。
投稿: 落合美智子 | 2021年3月10日 (水) 02時37分
公務員採用試験に年齢制限があるのは個別の運用ですが、
それが許されるのは、公務員法制の特殊性ではないか?
「特定ジョブに固有の」ではなく、「公務員に原則的に
付帯」するものとして「副業の禁止、欠格事由」なども
運用なのか?というのが気になります
要するに、法制は建前上はジョブ型を謳っているのだが、
法制の実態はそうでもない、という結論にならないか?
仮にそうであれば、建前に沿うように実態を改正すると
いうことも考えられるか?
投稿: かやすが | 2021年3月18日 (木) 07時50分
https://diamond.jp/articles/-/273622
2021年6月11日
誰もが知っていながら報じられない
「労働者」以前に「人間」としてなんの権利も
認められていない非正規公務員の現実
【橘玲の日々刻々】
投稿: 【橘玲の日々刻々】 | 2021年6月12日 (土) 08時24分