【GoTo書店!!わたしの一冊】第9回:カール・B・フレイ『テクノロジーの世界経済史』
『労働新聞』で今年から始まった書評の連載、【GoTo書店!!わたしの一冊】第9回は、カール・B・フレイの『テクノロジーの世界経済史――ビル・ゲイツのパラドックス』です。
https://www.rodo.co.jp/column/102700/
2013年9月、オックスフォード大学のフレイとオズボーンは、アメリカでは今後労働力人口の47%が機械に代替されるという論文「雇用の未来」を発表し、世界中で話題を呼んだ。日本でも2017年に野村総研がJILPTの職業データを用いて、労働力人口の49%が自動化のリスクにさらされていると発表したことを覚えている人もいるだろう。近年、AIをはじめとする情報通信技術の急速な発展により雇用の行方がどうなるのか、多くの人々が熱心に論じているが、そのゴングを鳴らしたのがこの論文であった。
その執筆者の一人であるカール・B・フレイが満を持して、技術革新と雇用の関係を歴史叙述として壮大に描き出したのが、邦訳で600頁を遥かに超える分厚い本書だ。話は産業革命前の幸福な「大停滞」の時代から始まり、18~19世紀の産業革命で生産性が急上昇し、同時にそれまでの職人たちが機械に仕事を奪われ労働者階級が悲惨な状況に陥った「大分岐」の時代を描き出したのち、20世紀の大量生産体制が確立し、労働者が豊かになり中産階級化した「大平等」の時代を経て、20世紀末からの「大反転」の時代に至る。
この労働者階級の浮き沈みの歴史は、たとえばトマ・ピケティの『21世紀の資本』では、本来「資本収益率>経済成長率」ゆえに格差が拡大するのであり、20世紀は戦争と革命のお陰でそれが逆転しただけだとの説明になるのだが、フレイはこれを各時代の技術革新の性質によって説明する。「大分岐」の時代の新技術は「労働代替的」であった。つまり、新たな機械によってそれまでの熟練職人たちは仕事を追われ、無技能の女子供が雇用されたために、労働者階級は貧困に陥ったのだ。エンゲルスが『イギリスにおける労働者階級の状態』において怒りとともに描き出した世界である。ところが20世紀の自動車産業に典型的な大量生産体制における技術は「労働補完的」であった。つまり、成人男性の半熟練労働者が経済成長とともに拡大し、社会全体の所得分配も平等化したのだ。労働組合は自動化による生産性向上に協力し、その代わりに大幅賃上げを勝ち取った。マルクスの予言は嘲笑の対象となった。
それが20世紀末から、コンピュータの登場とともに再び「労働代替的」な技術革新に反転した、というのがフレイの見立てである。この数十年間進んできたのは、かつて中産階級であったブルーカラーや事務職の没落であり、増えているのは上層の「シンボリック・アナリスト」と下層の対人サービス業なのだ。トランプ現象をはじめとするポピュリズムはそれに対する怒りの(ねじけた)噴出であろう。
非常に長期的にみれば、現在の労働代替的技術による第2の大分岐の時代もやがて反転し、再び労働補完的な技術による第2の大平等の時代がやってくるのかもしれない。だがそれが何世代か先のことであるならば、今現在仕事を奪われつつある人々にとっては何の慰めにもならない。ケインズ曰く、「人は長期的にはみな死んでいる」のだから。
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コメント
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興味があってご紹介の本は”すっ飛ばしながら”年明けに読みました。
経済学で使われる「代替」をtたしか「置換」と・・・(他の書物と混同していなければ)ショックでした。
「史」ですので・・・時の時代の技術革新に都度、既得権者(生業技能者)の反乱がリフレインで長々と・・・。
ケインズの”それ”も本書では最期で印象的でしたが、covid-19に右往左往するリアル社会に本書の歴史の「置換」がシンクロすれば・・・今を喰ったもん勝ち・・・後は知らんよ、ってのが”現在地”ではないでしょうか?
医療もAIで診断技術は医師の「置換」にはじまり装置(病院)もウエラブルで日常管理する社会を選択するしかなく・・・医療分野は本書のごとく御託を並べる既得権者が反乱を起こし・・・所詮未来は何かに「置換」した医療サービスに替わると・・・鬱陶しい本でした(笑)。
進歩の代替(置換)を考えるに有益な本です・・・私の記憶が確かならば。
投稿: kohchan | 2021年3月 4日 (木) 18時29分