渋沢栄一と労働問題(再掲)
いよいよ大河ドラマが始まり、新一万円札に内定している渋沢栄一が(なぜか徳川家康とともに)出てきたので、
一万円札が話題になったときに本ブログで彼を取り上げたエントリ2題を再度再掲しておきます。二部構成になっていますので、最後までちゃんと読むこと。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/04/post-7677.html (渋沢栄一の工場法反対論)
なにやら、お札の顔が変わるという話があるようで、1万円札の福沢諭吉の次は大隈重信・・・とはならないで、渋沢栄一という名前が挙がっているようです。
渋沢栄一who?
概略はWikiを見ればわかりますが、そこに書かれていない労働法関連のエピソードを一つ。
拙著『日本の労働法政策』414ページにも一部引用してありますが、彼は明治29年(1896年)の第1回農商工高等会議の席で、「職工ノ取締及保護ニ関スル件」の諮問に対し、次のような反対意見を述べています。
・・・夜業ハイカヌト云フコトハ、如何様人間トシテ鼠トハ性質ガ違ヒマスカラ、昼ハ働ライテ夜ハ寝ルノガ当リ前デアル、学問上カラ云フトサウデゴザイマセウガ、併シナガラ一方カラ云フト、成ルベク間断ナク機械ヲ使ツテ行ク方ガ得デアル、之ヲ間断ナク使フニハ夜業ト云フ事ガ経済的ニ適ツテヰル・・・唯一偏ノ道理ニ拠ツテ欧州ノ丸写シノヤウナモノヲ設ケラルルト云フコトハ絶対ニ反対ヲ申シ上ゲタイ
いやあ、実に爽快なまでの経済合理性優先の労働者保護反対論をぶち上げています。人間は鼠じゃないといいながら、鼠みたいに使いたいという本音が優先しています。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/04/post-9402.html (渋沢栄一の工場法賛成論)
昨日のエントリを見て、渋沢栄一ってのはとんでもねぇ野郎だと思ったあなた。いやいや話はそう単純じゃありません。
明治29年(1896年)の第1回農商工高等会議の席では、「唯一偏ノ道理ニ拠ツテ欧州ノ丸写シノヤウナモノヲ設ケラルルト云フコトハ絶対ニ反対ヲ申シ上ゲタイ」と、猛反発していた渋沢ですが、その後工場法による職工保護の必要性を認めるようになり、明治40年(1906年)の第1回社会政策学会には来賓として呼ばれてこういう挨拶をしているんです。
・・・それから工場法に付て一言申し上げますが、・・・私共は尚早論者を以て始終目せられたのであります。・・・
・・・そこで我々が其工場法に対して気遣ひましたのは、唯々単に衛生とか、教育とか云ふ海外の有様だけに比較して、其法を設けるのは、独り工場の事業を妨げるのみならず、職工其者に寧ろ迷惑を与へはせぬか、其辺は余程講究あれかしと云ふのが、最も私共の反対した点であつた。・・・
・・・併し其時分の紡績工場の有様と今日は大分様子が変つて来て居る、試に一例を言へば、其時分に夜業廃止と云ふことは、紡績業者は困る、どうしても夜業を廃されると云ふと、営業は出来ないとまで極論したものでありますが、今日は夜業と云ふものを廃めても差支へないと紡績業が言はうと思うので、世の中の進歩と云ふか、工業者の智慧が進んだのか、若は職工の有様が左様になつたのか、それは総ての因があるであらうと想像されます。又時間も其時分よりは必ず節約し得るやうに、語を換へて言へば、時を詰め得るやうになるだらうと思ひます。故に今日に於て工場法が尚ほ早いか、或は最早宜いかと云ふ問題におきましては、私はもう今日は尚ほ早いとは申さぬで宜からうと思ふのであります。・・・
・・・左様に長い歴史はありますが、今日が尚ほ早しとは申さぬのでありますけれども、願くは実際の模様を紡績業に就て、或は他の鉄工場、其他の業に就て、之を定めるには斯ることが実地に大なる衝突を生じはせぬかと云ふことだけは努めて御講究あれかしと申すのであります。学者の御論中には英吉利、独逸、亜米利加等の比較上の御講究が大層な討論と思召さるるが、それは言はば、同じ色の闘ひであつて、所謂他山の石でないから、其事の御講究に就て十分御注意あらむことを希望いたすのであります。
11年後の渋沢は、もう工場法には反対しないと言っています。ただ、最後のあたりで、社会政策学会の学者連中に対して「先進国の出羽の守ばかりやりやがって、日本の現実を知らねぇんじゃねぇか」(大意)といわんばかりの台詞を噴いている辺りは、「唯一偏ノ道理ニ拠ツテ欧州ノ丸写シノヤウナモノヲ設ケラルル」云々の気持ちは少しは残っているようではありますね。
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コメント
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渋沢栄一も日本古来からの美風として労使間における主従の情誼を強調し、工場法などで法的規制を行うべきではないとして反対していたのだと思っていました。ただ露骨に経済合理主義の立場から反対していたのですね。
投稿: 希流 | 2021年3月12日 (金) 07時29分
渋沢栄一については、今『週刊エコノミスト』に連載が始まっていて、そのうち私の番も回ってくる予定です。
投稿: hamachan | 2021年3月12日 (金) 17時02分