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2021年2月21日 (日)

女性がなりたがらない「管理職」と男性がなりたがる「管理職」

経済同友会の代表幹事の発言をきっかけに、女性が管理職になりたがらない問題がまた話題になっているようですが、いくつもの話が輻輳しているこのテーマを、腑分けせずにぐだぐだに話するとわけわかめになりがちです。

この問題には世界共通の問題の側面があり、それはまさに管理監督する責任を負ったハードワークな機能としての「管理職」に対して、社会慣行的に家庭責任を負いがちな女性がなりたがらないという問題です。

ただし、ジョブ型社会におけるハイレベルジョブとしての「管理職」を女性が目指さないというのは、例えば医療の世界でより責任の高い「医師」になりたがらないとかの問題と同様、その根っこのところで女性の参入を促そうという政策につながりますが、メンバーシップ型社会ではそう単純ではありません。日本の企業における「管理職」はそう単純な存在ではないからです。

実際に日本の会社やいろんな組織の中で職業生活を送っている人はみんな知っているように、日本の「管理職」とは、世界共通のまさに管理監督する責任を負ったハードワークな機能としての「管理職」という側面と、実のところは管理の監督もしていない、場合によってはまともな労働すらしていなくても、平社員より相当に高い高給を得ている地位としての「管理職」という側面があり、後者は実のところ管理職になるまでの長年にわたる勤続に対する報酬という性格を持っています。

女性が管理職になりたがらないというのは、裏返して言うと男性は管理職になりたがるということですが、さてその男性がなりたがっている「管理職」というのは、本当に管理監督する責任を負った機能としての「管理職」なのか、それとも往々にして「働かないおじさん」と揶揄されることもある地位としての「管理職」なのか、よく考えて論じる必要があるそうです。

 

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コメント

> 低い処遇で裁量性の低い仕事で長時間労働をするという不条理に耐えなければ管理職に到達しないのです。
> 不条理に耐える期間が、女性にとってはまさに生物学的再生産にとって重要な時期であるということが、問題を複雑にします。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/01/post-e3bef9.html

要するに、女性が「日本型の管理職」に成りたがらないのは、当然なのだが
その事情は欧米とは異なるということになります。

なので、「日本型の管理職」のままで、欧米流の女性活躍促進策を取っても
大きな弊害が発生する危険性が高い訳です。

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