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2021年2月18日 (木)

解雇の金銭救済制度はなぜねじれにねじれるのか?@『労基旬報』2021年2月25日号

『労基旬報』2021年2月25日号に「解雇の金銭救済制度はなぜねじれにねじれるのか?」を寄稿しました。

 過去20年間、労働時間法制や非正規労働法制など大きく変わってきた分野に対比して、議論ばかりが繰り返されながらほとんど何も進展がなかった分野が解雇法制、とりわけその金銭解決(補償/救済)制度です。2003年の労働基準法改正時には国会提出直前に蹉跌し、2007年の労働契約法制定時にはもとになった研究会報告でかなり詳細な制度設計をしながらも労政審の審議でいつの間にか消滅しました。その後「日本再興戦略」を受けて、2015年10月から「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」で議論され、2017年5月に一旦その報告書が出されたものの、2018年6月からさらに「解雇無効時の金銭救済制度に係る法技術的論点に関する検討会」を設置して、前記報告書が提起した金銭解決制度の法技術的論点の検討を続けています。2020年に入ってからは1年近く動きがありませんでしたが、ようやく2020年11月に再開し、その議論の整理では、これまでの形成権構成に加え、新たに形成判決構成が並列されています。この両者を対比させてざっと見ておきましょう。
 形成権構成では、無効な解雇等により金銭救済請求権(形成権)が発生し、その行使として訴えの提起等がなされ、これにより解消金債権が発生し、その金額が判決確定によって判明するとともに、訴えの提起により解消金支払いの条件付き労働契約の終了という効果が発生し、解消金支払という条件成就に伴い労働契約が終了します。
 これに対し形成判決構成では、無効な解雇等は形成原因の発生に過ぎず、解消金債権の発生と解消金支払い条件付き労働契約の終了の判決を求める訴えを提起し、認容判決が確定することにより解消金債権が発生するとともに、解消金支払条件付き労働契約の終了という効果が発生し、解消金支払という条件成就により労働契約が終了します。
 形成権構成では原則的には裁判外でも公使可能ですが、制度創設時には訴えの提起又は労働審判の申立てに限り、裁判外での権利行使の可否については制度創設後の状況等を踏まえて検討します。形成判決構成では訴えの提起又は労働審判の申立てによりますが、労働審判で実現することが可能かという問題があります。
 また、解消金の構成と支払の効果については、労働契約解消金の支払のみによって労働契約が終了するという構成と、バックペイの履行確保の観点から、労働契約解消金に加えて(併合提起した)バックペイも支払ったときに労働契約が終了するという構成を示しています。後者には、バックペイを先に充当する旨の特則を労働契約法に規定し、バックペイ弁済後解消金の支払により労働契約が終了する案、バックペイを労働契約解消金に含める案があります。
 解消金で補償すべき範囲は現在の地位に反映された解雇前の就労実績の喪失と契約終了後の将来得べかりし賃金等の経済的損失であり、その考慮要素としては勤続年数、給与額、企業規模、年齢が挙げられていますが、年齢については低いほど今後就労する期間が長く経済的損失が大きいという評価と、年齢が高いほど再就職が困難となり経済的損失の補償の必要性が高いという相反する評価が示されています。
 算定方法については、客観的な考慮要素のみで算定式を構成して基準額を算定した上で、一定の評価を要する考慮要素によって等が基準額を増減する方法と、基礎的な部分について一部の定型的な考慮要素のみで算出し、それに加わる部分については上限を決めるのみで、その他の個別的な要素を考慮して算定する方法が示されています。
 このように、一見法技術的な議論が煮詰まってきているように見えますが、そもそも現実の労働社会において膨大な数に上っている解雇の法社会学的実態から考えた時、上述のような法技術的な議論のどれほどが多くの労働者にとって意味のあるものであるのか、大変疑わしいという感を免れないものがあります。本紙でも何回も書いてきたように、日本では労働紛争が裁判所に到達するのは極めてわずかな数でしかありません。ヨーロッパ諸国のように労働裁判所で年間数十万件の事案を処理しているような国とは違うのです。筆者は裁判所まで行かない主として中小零細企業における個別労働紛争とその解決の実態を探るため、都道府県労働局におけるあっせん事案の内容を分析し、『日本の雇用終了』や『日本の雇用紛争』(労働政策研究・研修機構)として公刊しましたが、そこでは解決する事案ですら平均して10万円台の解決金で解決しており、むしろ解決しないものの方が多いのが実態です。世の中の実態としては、日本も解雇は金銭解決されている国なのです。なのに、それを法律に書こうとすると、法技術的な難問がぞろぞろ出てきてなかなか収拾がつかないという訳の分からない事態になってしまうのです。ごくごく上澄みの判例法理だけで細かな議論を積み重ねれば重ねるほど、圧倒的に多くの労働者とは縁遠い空虚な制度設計になっていくだけではないでしょうか。
 それにしても解雇の金銭救済という問題はなぜここまで込み入った話になってしまったのでしょうか。解雇自由が原則のアメリカを除けば、ヨーロッパ諸国にはいずれも何らかの解雇規制がありますが、その救済制度としては金銭解決が一般的です。それがなぜ日本ではこんなに難しいのでしょうか。
 その最大の理由は、権利濫用法理というもともと例外的な状況に対してのみ最後の手段として取り出してくるべき法理を、よほどのことがない限り適用されるべき原則的な法理として確立してきてしまったことにあると思われます。いわずもがなですが、権利濫用とは、民法1条3項に規定される超一般原則です。普通はそれぞれの法律におけるそれぞれの規定に従って動いているけれども、それでは社会正義に反することになってしまう、しかしそれにうまく当てはまる法規定が見つからないという絶体絶命の状況で、突然神様が天から降りてきて、「この紋所が目に入らぬか!」とひっくり返してしまう万能の武器が権利濫用法理なのです。民法の授業では、信玄公旗掛松事件とか宇奈月温泉事件が必ず教えられますね。
 ところが労働法の世界にくると、権利濫用と言いながら解雇に正当事由がなければ権利濫用になってしまうという、原則と例外が完全に逆転した法理になってしまいます。もちろん、もともとの民法では解雇自由が原則だったので、それに対して労働法の世界が丸ごと例外なのだといえばそうなのですが、その膨大な、もはや原則の存在する余地のないくらいの例外が、依然として例外としての法的規定のまま存在し続けていることが、今日解雇の金銭救済をめぐって法技術的論点に頭を悩ませなければならない大きな原因になっているのだと思われます。
 解雇はもともと自由に行使することのできる権利でした。それを前提に、しかしこの事案ではあまりにひどいから、権利濫用法理を使って特別に例外的に解雇を無効にしてやろう、と、最初は考えたのでしょう。そして、そういう例外的処理が山のように積み重なっていきました。しかし、どんなに積み重なっても例外的処理は例外的処理です。絶体絶命の状況で天から降りてくる葵の御紋です。一般原則として、この解雇はこれほどに不当だから無効にしてやろう、この解雇はこの程度しか不当でないから無効にはせず、金銭の支払いで許してやろうとか、そういう全体的な目配りができるような仕組みにはならなかったのです。
 大変皮肉ですが、ヨーロッパ諸国のように早い段階で法律上に解雇規制を書き込むという法政策が採られていれば、そういうこともできたかもしれませんが、残念ながらそういう機会を逸してしまい、2003年に労働基準法改正によって初めて解雇権濫用法理がそのまま法律上に規定されることになりました。
 とはいえ、あらためて考えてみると、この2003年改正時にもう少し落ち着いて法政策の在り方を深く考える余地はあったようにも思われます。この時、それまでの判例法理をそのまま立法化するという触れ込みだったのですが、よくよく考えれば、それまでの判例はいかに膨大な数に上るとはいえ、すべて個別事案に対する個別判断の積み重ねに過ぎません。その当該解雇事案については、正当な理由がないから無効だと判断してきただけであって、およそ正当な理由がない解雇はすべて無効だというような一般原則を定立したわけではありません。この事案はひどいから無効だけれども、別の事案はそこまでいかないから金銭を払えば有効にしてもいい、というような判断がありうることを否定していたわけではありません。
 その意味では、今日解雇の金銭救済制度で、例外的な状況だから無効という大前提の上に、金銭救済制度を考案しなければならないという「無理ゲー」をしなければならなくなった原因は、あまり深く考えずに判例法理を「そのまま」実定法に書き込んでしまった2003年改正にあったのかもしれません。

 

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