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« 出口治明・上野千鶴子『あなたの会社、その働き方は幸せですか?』 | トップページ | 『ジュリスト』2021年1月号(No.1553) »

2020年12月23日 (水)

hamachanブログ2020年ランキング発表

今年も年末が近づいてきたので、恒例のhamachanブログ今年のエントリPVランキングの発表を行います。

ランキングに入る前に、今年は全国的に「ジョブ型」祭りだったことから、本ブログでも「ジョブ型」がらみのエントリが大変多くなりました。1位から10位までに「ジョブ型」ネタが6つもあります。

さて、その中でも1位はやはり「ジョブ型」です。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/10/post-ca0715.html(間違いだらけの「ジョブ型」議論、成果主義ではない…第一人者・濱口桂一郎氏が喝!@産経新聞)ページビュー数: 5422

私は見ていなかったのですが、何やらNHKがトンデモをやらかしたようで、それを批判するつぶやきの中に私の名前も出てきているので、

https://twitter.com/StarMoonCrystal/status/1320337339839725570

NHKでKDDIの成果主義雇用制度を欧米式ジョブ型と紹介していて、まーたhamachan先生がブチ切れるだろうなぁと

せっかくなので産経新聞に掲載されたわたくしのインタビュー記事を全文載せておきます。それほど長くない記事ですが、まあこれだけわきまえておけば、今回のNHKみたいなトンデモをしなくて済む程度のことは盛り込まれているはずです。 

今年は、日経新聞をはじめとしたおかしな「ジョブ型」論を一生懸命正しに回る1年でしたが、やはり紙媒体の新聞は日ごろ私の書くものを読まないような人にも伝わるという意味で、それなりに意味があります。

そういうインタビューを載せようとした新聞が、朝日新聞と産経新聞という、ある意味で対照的な論調でありながら、ある意味でよく似ている新聞であったこともいろんな意味で面白いことでした。

第2位も「ジョブ型」がらみですが、これはネット界の雄佐々木俊尚さんの文章にかこつけて、「ジョブ型」に対する誤解をほぐそうとしたものです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/11/post-c68858.html(ジョブ型は能力主義の正反対)ページビュー数: 5263

・・・いやあ、まさにこれがアメリカ的な「ジョブ型」の神髄ですね。大事なのは、「人の能力に頼っていない」というところです。「交代要員を幾らでも量産できる」というところです。それこそがアメリカ自動車産業のブルーカラー労働者を最も典型例とするところの「ジョブ型」なんですがね。百万回いっても日本人が理解できないのはここでしょう。ジョブ型は特殊日本的な『能力主義』の正反対なんですよ。

始めに『ジョブ』ありき。そこに人をはめ込む。それがジョブ型です。

ジョブ型を論じている文章の中に妙に日本的な「能力」という言葉が出てきた瞬間に、そいつを直ちにゴミ箱に放り込むべきである理由はここにあります。

第3位は、これはやや労働法の玄人向けですが、労働組合の資格がないと労働委員会にダメ出しをされた自称「労働組合」の話です。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/08/post-50e58d.html(首都圏青年ユニオン連合会はまっとうな労働組合に非ず@東京都労委)ページビュー数: 3985

・・・労働組合の資格審査なんて、労働法の教科書ではどちらかというとあんまり力が入っていない部分ですよね。だいたい、不当労働行為事件で労働組合の適合性が問題になっても、「ここをちゃんと直してね」と親切に勧告して、規約を直してくればそれでOKというのが一般的なパタンなので、ここまではっきりと労組法第2条の要件を欠くから駄目じゃ!と蹴飛ばしたのはほとんど例がないと思います。

一体、そこまで駄目出しされた「組合」とはいかなるものなのか、有名な「首都圏青年ユニオン」じゃなくって、こちらの「首都圏青年ユニオン連合会」で検索してみると、・・・・・・・・

ここまではいかにも今年のホッテントリらしいのですが、第4位にはなぜか9年前のこんなエントリが入っています。竹中平蔵氏のツイートにケチをつけているんですが、これが何で今頃になってよく読まれたのかよくわかりません。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-ee4d.html(総理大臣のリコール制度はありますが・・・)ページビュー数: 3376

これは法学部卒業生だけの知識ではないはずですが、

http://twitter.com/#!/HeizoTakenaka/status/88597074291073026

>今日も国会で菅総理が「刃折れ矢尽きるまでやる」と述べた。こういう姿を見ていると、総理(および国会議員)にリコールの制度がないのは制度的不備に思える。国益を考えたら、リコール制度は必要ではないか。

日本国憲法第69条:

>内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、または信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。

国益を考えてリコールの制度がちゃんとあります。使い方を失敗した方々がおられたようですが。

ついでに国会議員については、まさに衆議院の解散がリコールでしょう。ただし、竹中氏自身が属していた参議院議員にリコールがないのは議論の余地があるかも知れません。

まあしかし、そんなことよりも、こういう憲法の初歩的常識の欠如した方が、日本国の総務大臣をされていたということに、某ドラゴン大臣以上にもろもろの感想を抱かざるを得ませんが。 

ちなみに、これは9年前のツイートですので、その中の「菅総理」はもちろん「かんそうり」です。

次の第5位も、今年ではなく2年前のエントリです。

eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/11/post-dd55.html(勝谷誠彦氏死去で島田紳助暴行事件を思い出すなど)ページビュー数: 3176

というか、このエントリ自体は勝谷勝彦氏の訃報に接して上げたものですが、その実質的中身は6年前の2014年に東大の労働判例研究会で報告したある事件の判決の評釈であり、さらに言えば、そこで問題となった事件は今から12年前の2008年に起きた事件なので、そういう意味では大変古い話ということもできますね。

勝谷誠彦氏が死去したというニュースを見て、

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181128-00000060-spnannex-ent(勝谷誠彦氏 28日未明に死去 57歳 公式サイトが発表)

吉本興業で勝谷氏担当のマネージャーだった女性が島田紳助に暴行された事件の評釈をしたことがあったのを思い出しました。

これは、東大の労働判例研究会で報告はしたんですが、まあネタがネタでもあり、『ジュリスト』には載せなかったものです。

せっかくなので、追悼の気持ちを込めてお蔵出ししておきます。 

そして第6位も過年度エントリです。2016年の船員労働法関係のもの。なぜこういうニッチな玄人向けのエントリが長年にわたって人気なのか、書いた私にも謎です。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/11472-bfad.html(1日14時間、週72時間の「上限」@船員法)ページビュー数:3048

 先日都内某所である方にお話ししたネタですが、どうもあんまり知られていなさそうなのでこちらでも書いておきます。といっても、六法全書を開ければ誰でも目に付く規定なんですが。

ここでようやく今年のネタに戻りますが、そうすると7位から10位まですべて「ジョブ型」がらみになります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-a51574.html(なんで「ジョブ型」がこうねじれるんだろう?)ページビュー数:2821

この第7位のエントリが、日経新聞のあまりにもいい加減な「ジョブ型」記事に業を煮やして、ブログ上でかなりまとまった形で批判をした最初のものになります。これは全文再掲しておきましょう。

 もう毎日どこかで「ジョブ型」「メンバーシップ型」という字を目にしない日はなく、それこそ金子良事さんあたりから再三

http://ryojikaneko.blog78.fc2.com/blog-entry-340.html

今の労働問題をどう考えるのか、という風に聞かれるときに、メンバーシップ型とジョブ型という考え方が今やもう、かなりデフォルトになって来たなというのが私の実感である。おそるべきhamachanの影響力。

とからかわれそうですが、「リベサヨ」ほどではないにしても、世間での使われ方が妙な方にねじれていくのは、一応この言葉をこねくりあげたことになっている人間からすると、どうも居心地の悪さが半端ないところがあります。

今朝も日経新聞が一面トップでどどーんと、

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO60084930X00C20A6MM8000/(雇用制度、在宅前提に 「ジョブ型」や在宅専門の採用)

という記事を出し、そこにご丁寧に「ジョブ型」を解説しているんですが、

▼ジョブ型 職務内容を明確にした上で最適な人材を宛てる欧米型の雇用形態。終身雇用を前提に社員が様々なポストに就く日本のメンバーシップ型と異なり、ポストに必要な能力を記載した「職務定義書」(ジョブディスクリプション)を示し、労働時間ではなく成果で評価する。職務遂行能力が足りないと判断されれば欧米では解雇もあり得る。

まあ、前半はやや難はあるとはいえあまり間違ってはいませんが、後半がひどい。

まずなによりも、「職務遂行能力が足りないと判断されれば欧米では解雇もあり得る」ってなんだよ。

あのさ、「職務遂行能力」ってのは、日本的『能力主義管理』の中核概念であり、具体的な「職務(ジョブ)」から切り離された特殊日本的概念であり、それゆえに、企業を離れたら通用性のない企業内の格付にしか使えない「あいつはなんでもできる」でしかない概念だということは、拙著をちらりとでも読んでいたらわかっているはずのことですが、それをこうも見事に逆向きに使ってしまえる、ってことは、日経新聞のいうところの「ジョブ型」ってのは、実のところそういうものなのか、とため息を漏れさせるに十分です。

解雇自由なアメリカを除けば、ほかの諸国はなにがしか解雇に規制がありますが、解雇を正当化する理由が「ジョブ」の消失、あるいは当該具体的なジョブに係る能力不足であるのが「ジョブ型」であって、なんだかよくわからない「職務遂行能力」がでてくるのが「メンバーシップ型」なんですよ。

日本の解雇裁判の記録を見ると、「いやあ、こいつはどうしようもない奴で、社内のどの部局もこいつだけは引き取りたくないっていっているんです」という会社側の主張がいっぱい出てきますが、それくらい「ジョブ」が希薄で、その分「職務遂行能力」が大事なのが「メンバーシップ型」の日本なんですが、それが日経の解説ではかくも見事にひっくり返るのですから、正直なんと言っていいのか・・・。

も一つ、これも近頃やたらにこういうのが多いけど、「労働時間ではなく成果で評価する」ってのは、ジョブ型かメンバーシップ型かとは関係ないからね。

ジョブ型社会でも、上の方の経営管理的なジョブであればあるほど成果で評価されるし、下の方のクラーク的なジョブであれば決められたことをきちんとやることがジョブディスクリプションなのだから、時間で給料が決まるのは当たり前。

これは、雇用システム全般にわたる「ジョブ型」概念を、25年前の『新時代の日本的経営』の「高度専門能力活用型」の言い換えだと心得ているひとが犯しがちな間違いだけど、世界中どこでも、上の方になれば成果主義になるのは当たり前。

問題は、その「成果」ってなあに?ってところで、「ジョブ」が曖昧な日本では、その成果も曖昧にならざるを得ないので、わけのわからない「職務遂行能力」に基づく実のところは「人間力」評価を「成果」の「査定」にしちゃっているだけなわけで、それをどうにかしたいといっている舌の根も乾かないうちに、「職務遂行能力が足りないと判断されれば欧米では解雇もあり得る」だから、呆れて涙が出てくる。

第8位も「ジョブ型」なんですが、中身はちょっとひねっていて、「公務員を減らして公共サービスを増やせ」という、現代日本でやたらに多く見かける議論が、いかにメンバーシップ感覚にどっぷり漬かったものであるかを、わかりやすく説明したものです。これもせっかくなので全文再掲しておきましょう。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/05/post-978e1a.html (ジョブなき社会の公務員減らしの帰結)ページビュー数:2817

これを読んで、

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72275 (コロナでわかった、やっぱり日本は公務員を「減らしすぎ」だ)

・・・たとえば、新型コロナウィルスに関して、なくてはならない働きをしている保健所や公的医療機関。感染者の把握や感染拡大防止で後手に回ったとして批判を受けているが、もともと「平時」を基準に体制が構築されており、緊急時においては明らかに人手不足であることが今回わかった。
国の各省庁の職員も、時々刻々と状況が変化する中で、国会議員の動きに振り回されるなど、普段の激務に輪をかけた混乱状況に忙殺されている。
・・・・いま挙げた例はあくまでごく一部にすぎないが、なぜ行政の現場はこれほど疲弊してしまっているのか。
主な理由は、ここ20年以上にわたり、国も地方自治体も、行財政改革により職員を軒並み削減してきたこと、その一方で行政が対処しなければいけない仕事は減っておらず、むしろ増えていることにある。・・・・

言われていることはそのとおりなれど、なぜ日本が今のような状態になってしまうのかを理解するためには、やはり公務員法制はじめとする制度設計は万国共通のジョブ型でできているにもかかわらず、それを実際に運用する側は日本独特のメンバーシップ型でなんとかかんとかやりくりしてしまうという、もう何万回も繰り返してきたこの宿痾から説き起こす必要があるように思います。

公務員を減らせ減らせという議論自体は世界共通にどの国にもあります。いわゆるネオリベ系の論者は多かれ少なかれそういう主張をします。

でも、日本以外のジョブ型社会のネオリベ論者は、公務員減らしとは即ち公務員が従事するジョブ減らしであり、すなわち公共サービス減らしであるということをちゃんとわかって、というか、それを大前提として主張しているのです。彼らの主張は極めて明快であって、そんな公共サービスは要らないんだ、民間でやればいいんだ、だから当該サービスを行うジョブは要らないんだ、だから当該ジョブに充てられる公務員は要らないんだ、というまことに筋の通った議論であって、それゆえ、それに賛成する人も反対する人も、当該公共サービスの必要性という本丸の議論を戦わすことができます。まずジョブがあり、そのジョブを遂行するために人が雇い入れられるという点では、民間企業も公共部門も何の違いもないのですから当然です。

そういうまっとうな議論があらかじめ不可能となっているのが民間企業も公共部門もメンバーシップ型で運営されてしまっている日本です。

日本では、公務員減らしを主張する人が、少なくとも筋金入りの一部の立派な欧米風のネオリベを除けば、それによって当該公務員の遂行するジョブが減るのであり、即ちあんたが享受しえた公共サービスがその分だけ減らされるのだよという、ジョブ型社会であればあまりにも当たり前の事実が脳みそから完全に消え失せてしまって、その極限まで減らされた公務員が、なぜかもっといっぱいいた時と同じくらいの、あるいはむしろそれ以上のサービスを提供してくれるのが当たり前だと、悪意などこれっぽっちもなく、ほんとに素直に、それのどこがおかしいの?と稚気愛すべきほど無邪気に、思い込んでいるんですね。

それはもちろん、かれら特殊日本的いんちきネオリベが、自分では欧米のネオリベと同じことを言っているつもりで、その実は冥王星ほどかけ離れた発想で、日本的なメンバーシップ感覚にずぶずぶに漬かり切った発想で、人を減らすことはいかなる意味でもジョブの減少を意味せず、むしろサービスの拡大ですらあり得るという感覚に対して、これっぽっちも疑いを抱いてみることもないからなのでしょう。まず人が雇い入れられ、それからおもむろにその人にジョブがあてがわれるわけですから、ジョブの総量が少なければ暇になり、ジョブの総量が多ければ少ない人数のみんなでそれを必死でこなすのが当たり前。もちろん日本だけの当り前ですが。

そういう社会では、素直にメンバーシップ感覚にどっぷり漬かった善良な国民諸氏が、政治家やマスコミがはやし立てる公務員減らしに「それいけ、やれいけ」と調子に乗って騒ぎ立てても、それがいざというときに自分が享受できる公共サービスを減らすことだなどということは、ほんとにかけらすらも考えていないというのは、あまりにも当たり前のことなのかもしれません。

本ブログで何回も繰り返してきた気がしますが、わたしは、筋の通ったネオリベは好きです。筋の通ったというのは、公務員減らせということは、自分が享受できる公共サービスをその分減らせと言っているということをきちんと理解して言っているということです。そういう人は尊敬します。

しかし、残念ながらこの日本では、論壇で活躍する評論家にしても、居丈高な政治家にしても、みんなずぶずぶメンバーシップ型のいんちきネオリベでしかないのです。居丈高に公務員を減らしておいた上で、いざというときに公共サービスが足りないと、赤ん坊のようにわめきたてるのです。いや、それお前のやったことだろ。

(追記)

ちなみに、最近やたらに「ジョブ型」がはやり言葉になって、猫も杓子もみんなうわごとのようにジョブジョブ言ってますが、そいつらが本当に口に出している「ジョブ」なる概念が分かって言っているのか、それとも全然分かりもしないでただ世間で流行っているからもっともらしくくっちゃべっているだけなのかを、即座にかつ的確に判定するのに一番有用なのが、本ブログで書いた「公務員を減らして公共サービスを増やせ」という(ジョブ型社会からすれば)奇天烈な議論を、ちゃんとおかしな議論だと言えるのか、それともそっちも世間で流行っているからとそうやそうやそうやったれ!と平気で言えるのか、という判定道具でしょうね。 

この手の、自分では欧米風のネオリベラリズムを唱えているつもりで、実はとんでもなく特殊日本的なメンバーシップ感覚にどっぷり漬かっているガラパゴスであるにもかかわらず、そのことに全然気が付いていない手合いがやたらに多いのも、頭が痛い原因です。

第9位は、これも日経新聞の記事に対する苦言ですが、ちょっとさかのぼって、「ジョブ型」という概念はもともといかなる学問分野から発生したものであるのかを説明したエントリ。

eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-389a48.html(「ジョブ型」の典型は、アメリカ自動車産業のラインで働くブルーカラー労働者である)ページビュー数:2685

・・・いかに流行語になっているからといって(それにしては、流行語大賞の声はかかってこないなあ)、なんでもかんでもジョブ型って言えばいいわけじゃない。

こういうのを見ていると、この日経記者さんは、日米欧の過去100年以上にわたる労働の歴史なんていうものには何の関心もなく、そういう中で生み出されてきた「ジョブ型」システムというものの社会的存在態様なんかまったく知る気もなく、ただただ目の前の成果主義ということにしか関心がなく、それに都合よく使えそうならば(実は全然使えるものではないのだが)今受けてるらしい「ジョブ型」という言葉をやたらにちりばめれば、もっともらしい記事の一丁上がり、としか思っていないのでしょう。

最近のときならぬ「ジョブ型」の流行で、ちゃんとした労働関係の本なんかまったく読まずにこの言葉を口ずさんでいる多くの人々に、とにかく一番いい清涼剤を処方しておくと、

「ジョブ型」の典型は、アメリカ自動車産業のラインで働くブルーカラー労働者である

これ一つ頭に入れておくと、今朝の日経記事をはじめとするインチキ系の情報にあまり惑わされなくなります。

世界の労働者の働き方の態様は実に千差万別です。その中で、アメリカ自動車産業のラインで働くブルーカラー労働者は、そのあまりにも事細かに細分化された「ジョブ」の硬直性により有名です。

間違えないでください。「ジョブ型」とはまずなによりもその硬直性によって特徴づけられるのです。

だってそうでしょ。厳格なジョブ・ディスクリプションによってこれは俺の仕事、それはあんたの仕事と明確に線引きされることがジョブ型のジョブ型たるゆえんなんですから。

数か月後に刊行される『働き方の思想史講義』(仮題、ちくま新書)の中でも引用していますが、監督者がごみを拾ったといって組合が文句をつけてくるのが本場のジョブ型なんですよ。

そういうジョブの線引きの発想はホワイトカラーにも適用され、雇用契約というのは契約の定めるジョブの範囲内でのみ義務を負い、権利を有するという発想が一般化したわけです。それがジョブ型労働社会の成立。おおむね20世紀半ばごろまでに確立したと言われています。

一方、賃金支払い原理としての成果主義か時間給かというのは、一応別の話。

一応といったのは、むしろジョブ型が確立することで、それまで一般的だった出来高給が影を潜め、時間給が一般化していったからです。

これも、不勉強な日経記者をはじめ、圧倒的に多くの日本人が逆向きに勘違いしているようですが、ジョブ型の賃金制度とは、ジョブそのものに値札が付いているのであり、ということは、人によって値段が違うということはそもそもあり得ないのです。

そもそもジョブ型ではなく、人に値札が付くのがあまりにも当たり前に思っている日本人には意外に思えるかもしれませんが、日本以外の諸国では、ブルーカラーはもとより、ホワイトカラーでもクラーク的な職務であれば、成果による差というのは原則的になく、まさにジョブにつけられた値札がそのまま賃金として支払われます。

ホワイトカラーの上の方になると、そのジョブディスクリプション自体が複雑で難しいものになりますから、その成果実績でもって差がつくのが当たり前になりますが、それは労働者全体の中ではむしろ少数派です。末端のヒラのペイペイまで査定されるなんてのは、人に値札が付くのを不思議に思わない日本人くらいだと思った方がいいくらいです。まあ、日本の「査定」ってのは大体、成果なんかよりもむしろ「情意考課」で、「一生懸命頑張ってる」てのを評価するわけですが、そういうのは日本以外ではないって考えた方がいい。やったら差別だと言われますよ。

で、欧米のジョブ型でも上の方は成果主義で差が付きます。はい、日本の最近のにわか「ジョブ型」論者は、なぜかそこだけ切り出してきて、それよりはるかの多くの労働者を(頑張りで査定している)疑似成果主義の日本を、あたかも純粋時間給の社会であるかのように描き出して、ジョブ型にして成果主義にしようといい募るんですね。いや純粋時間給は欧米の一般労働者の方ですから。

そうじゃないのがいわゆるエグゼンプトとかカードルで、彼らは初めからそういう高い地位で就職します。そういうハイエンドのジョブ型は、日本みたいに頑張りで情意評価なんてのはなくて業績で厳しく査定されますから、多分そこだけ見れば日本が甘くて欧米が厳しいみたいな感想が出てくるのでしょう。 

そして、第10位に、あまりのひどい記事のオンパレードに業を煮やした私が、都内某所で講演したときに使ったパワポ資料を、そのままのっけたエントリです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/09/post-152f79.html(誤解だらけの「ジョブ型」論)ページビュー数:2578

これがその後使いまわししているうちにだんだん膨れ上がっていて、明後日発売される『ジュリスト』2021年1月号の座談会でも使いました。

というわけで、1位から10位までのうち、6つが「ジョブ型」がらみで、残り4つのうち3つまでが過年度エントリという妙なことになっています。うーん、今年は「ジョブ型」以外に話題はなかったんかい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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