フォト
2021年1月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ

« 八代尚宏『日本的雇用・セーフティーネットの規制改革』 | トップページ | EU離脱寸前のイギリスで、ギグワーカーはEU安全衛生指令上の労働者だという判決 »

2020年12月22日 (火)

フリーランスと独占禁止法@『労基旬報』2021年1月5日号

『労基旬報』2021年1月5日号に「フリーランスと独占禁止法」を寄稿しました。

 2020年7月17日に閣議決定された「成長戦略実行計画」では、「第2章 新しい働き方の定着」の中に「2 フリーランスの環境整備」の項が設けられ、「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するため、政府として一体的に、・・・保護ルールの整備を行う」と書かれた上で、真っ先に「(1)実効性のあるガイドラインの策定」が出てきています。これまで2017年から2019年にかけて、厚生労働省において、「柔軟な働き方に関する検討会」→「雇用類似の働き方に関する検討会」→「労働政策審議会労働政策基本部会」→「雇用類似の働き方に係る論点整理等に関する検討会」と順次進められてきた政策検討を見てきた立場からは、当然このガイドラインはその延長線上に策定されるものであろうと予想していたところでしたが、そうではなかったのです。
 そこでは「独占禁止法は、取引の発注者が事業者であれば、相手方が個人の場合でも適用されることから、事業者とフリーランス全般との取引に適用される。また、下請代金支払遅延等防止法は、取引の発注者が資本金1,000万円超の法人の事業者であれば、相手方が個人の場合でも適用されることから、一定の事業者とフリーランス全般との取引に適用される。このように、事業者とフリーランス全般との取引には独占禁止法や下請代金支払遅延等防止法を広く適用することが可能である。他方で、これまでは、働き方に関して、特に独占禁止法については、その適用には慎重であった。この点、公正取引委員会がこのような従来の姿勢を変更していることも踏まえ、フリーランスとの取引について、独占禁止法や下請代金支払遅延等防止法の適用に関する考え方を整理し、ガイドライン等により明確にする必要がある」と書かれ、もっぱら競争法の活用によるフリーランス保護が目指されています。労働法に関わる記述は、「フリーランスとして業務を行っていても、実質的に発注事業者の指揮命令を受けて仕事に従事していると判断される場合など、現行法上「雇用」に該当する場合には、労働関係法令が適用される」という「労働者性」に係る部分と、労災保険の特別加入制度の拡大に限られます。これらも重要な論点ですが、「雇用類似」に着目して労働法類似の保護を目指していた方向性は完全に脱落しているのです。
 競争法を活用したフリーランス保護は、過去数年来公正取引委員会が熱心に取り組んできた政策であり、2018年2月の「人材と競争政策に関する検討会」報告書において明確に打ち出されていたものです。こうした政策方向に対しては、労働弁護団所属の弁護士も大変好意的に受け止めており、「労働者が『独占禁止法』という新たな武器を手に入れたものと評価できる」という手放しの評価までされています*1。しかし、労働法の古い歴史と、近年の欧州での動向を踏まえて考えれば、そのような評価には大変危ういものが感じられます。周知のように労働法、少なくとも集団的労使関係法の黎明期は、競争法による抑圧からいかに脱却するかという闘いで彩られています。そして雇用労働者がその抑圧から脱却した後も、労働者ならざる者-今日言うところのフリーランス-は依然としてその抑圧下にあり続けています。それが今日、世界的な自営的就労の拡大の中で、再び労働法と競争法をまたぐ大きな論争点として燃え上がりつつあるのです。
9784480073310_600_20201222132201  昨年9月に刊行した濱口桂一郎・海老原嗣生『働き方改革の世界史』(ちくま新書)は、ウェッブ夫妻から藤林敬三まで英米独仏日の労使関係の名著12冊をわかりやすく解説した一般書ですが、その第2講で取り上げたのは『サミュエル・ゴンパーズ自伝 七十年の生涯と労働運動』でした。ゴンパーズはアメリカ労働総同盟(AFL)の議長として活躍しましたが、その後半生はシャーマン反トラスト法との闘いに明け暮れました。あまり日本人の常識にはなっていないように見えるこのアメリカ労働法前史を概観するところから始めましょう。
 アメリカでは経済政策の重要な柱である反トラスト政策との抵触が労働組合活動に対する主たる障害となってきました。1890年に制定されたシャーマン反トラスト法の制定時、ゴンパーズは「ただし、この法律は、労働時間の短縮若しくは賃金増加を目的とする労働者間のいかなる申合せ、協定若しくは団結にも・・・適用されるものと解釈されてはならない」という条項を挿入するよう求めましたが、実現しませんでした。彼は、その時からこの法律が企業のトラストではなく労働者の団結に適用されるだろうと予想していたといいます。「当局が法律の適用を怠ることを人々に気付かせないために、弱い方の集団に対して度を超えた情熱を発揮する恐れが多分にあることはこれまでの経験から明らかであった。賃金労働者の生活と労働条件を向上させようとする労働組合は、トラストとは基本的に違ったものであるが、私には、トラスト抑制ができない司法部がその代わりに目をつけるのが私たちの分野だろうという予感がした」と。
 実際、裁判所は次々に労働組合による「取引を抑制する共謀」を槍玉に挙げ、1908年のダンベリー帽子工事件で連邦最高裁もこれを認めたのです。ゴンパーズは、かくして不本意な立法闘争に引きずり込まれていきます。「政治的なものと経済的なものとを明確に区別することが、幾多の難問を決定する時私を導いた羅針盤だった。経済界は本質的に科学的であり、政治は相争う力の場である。私は労働運動を力の場から救い出すために、労働紛争における禁止命令の発動の規制と制限を求め、労働組合を反トラスト法の適用範囲から除外すべきことを主張し」ました。しかし、「われわれの活躍のかいもなく、法案は一つとして議会を通らなかった」のです。
 ようやくゴンパーズが切望した法案が成立したのは、ウィルソン大統領時代の1914年、クレイトン法によってでした。この法案の審議の際、ゴンパーズは底流をなす基本原則を織り込めば、労働組合を反トラスト法の適用範囲からはっきり除外する条項がずっと強化されるだろうと説き、「人間の労働は商品ではない」と書き入れたらどうだろうと提案し、これが盛り込まれました。
Dscf20521_20201222132401  ゴンパーズはこの法律を「労働の大憲章」と呼び、絶賛しましたが、連邦最高裁はその期待を裏切り、1921年のデュプレックス事件判決では、同社の顧客に対して商品不買の圧力をかけた第二次ボイコット活動に対し、クレイトン法第6条の「適法な行為」に当たらないと判断しました。さらに、クレイトン法第16条は私人(使用者)にも反トラスト違反の差止命令を求める権利を認めたため、むしろ労働差止命令(レイバー・インジャンクション)が乱発されることになったのです。これを食い止めるための立法は、1932年のノリス・ラガーディア法を待たなければなりませんでした。この思想を団結保護の方向に進めたのが1935年のワグナー法であることは周知の通りですが、むしろそのほんの数年前まで労働運動が競争法によって抑圧されていたという歴史的事実こそが重要です。
 一方、EU運営条約という憲法レベルで競争法の基本原則が明記されているEUにおいては近年、労働者性の議論とも絡み合いながら、非労働者の団体交渉権、労働協約締結権をめぐる議論が沸騰しています。労働者ではないとされたとたんに団体交渉が談合として否定されるような法の在り方自体に疑問が呈されているのです。そこで共有されている問題意識とは、「労働者でないからといって、フリーランスに競争法を適用するな!」というものです。その出発点となったのは、本紙2015年6月25日号で紹介したEU司法裁判所のFNV事件判決(C-413/13)です。
 この事案はオランダの競争法と労働法の交錯がそのままEUレベルに持ち込まれたものといえます。というのも、オランダの競争法はEU運営条約の規定に沿って、「オランダ市場又はその一部における競争を妨害し、制限し又は歪曲する目的を有し又は効果をもたらす事業者間の協定、事業者団体の決定及び協調行為は禁止される」とした上で、「労働協約法第1条第1項の規定による労働協約」を適用除外としているのですが、その労働協約法は第1条第2項によって、労働者ではない者にも労働協約法を「準用」という形で拡大適用しているのです。競争法の側では、カルテル規制の適用除外の範囲はあくまでも労働協約法第1条第1項、すなわち労働者に限定していて、それが準用される非労働者の(準)労働協約は適用除外には含まれていないのです。
 労働協約法の規定に基づいて、雇用されるオーケストラ楽団員とフリーランスの代替要員の双方を組織するオランダの情報メディア労組(FNV)は、当然のごとく代替要員であるフリーランスの演奏家の最低報酬についても使用者側との間で労働協約を締結していたのですが、これに対してオランダ競争庁は2007年12月、自営代替要員の最低報酬を定める労働協約は競争法の適用除外ではないという文書を発出し、これを受けて使用者側(及びもう一つの組合)は労働協約を終了させ、新たな協約の締結を拒否しました。これに対しFNVはハーグ地裁に提訴し、これが棄却されるとハーグ高裁に控訴しましたが、ハーグ高裁はこの事案をEU司法裁判所に付託したのです。EU司法裁判所は2014年12月の判決で、たとえ雇用労働者と全く同じ労務(本件でいえば楽器の演奏)を提供しているのであっても、サービス提供者は原則として同条同項にいうところの「事業者」にあたると判示しました。労働者を代表する団体がその会員である自営業者のためにその名で交渉しているとしても、それは労働組合としての行為ではなく、事業者団体としての行為に当たるというのです。ただし、もしその自営業者が偽装自営業者であるなら、労働者と分類することを妨げるものではないというのです。
 これは、個別労働関係法の適用をめぐる問題であれば特に問題はないでしょう。契約上は雇用契約ではなく請負契約等であったとしても、事後的にそれを雇用契約だと訴えるというのはごく普通のことです。しかし、集団的労働関係ではそうはいきません。FNV事件でも、労働組合はフリーランスの代替要員が労働者ではなく自営業者であることを前提としたうえで、彼らについても労働者に準ずる者として団体交渉をし、労働協約を締結しているのです。もし、フリーランスの代替要員は偽装自営業者だからフルに労働者として扱えと言い出したら、そもそもそれを受け入れない使用者側と団体交渉もできないし、労働協約も締結できないでしょう。中身の話に入る前に、労働者性をめぐる論争が延々と続き、結局フリーランスの報酬の議論にはたどり着きません。事後的な個別労働問題を扱う法律家からは自然な偽装自営業者論は、これから団体交渉を申し入れようとする労働組合の立場からすれば、ほとんどナンセンスな議論なのです。
 こうして、ここ数年来、EUでは自営業者の団体交渉権をめぐる議論が沸騰しています。これについても本紙2020年7月25日号でやや詳しく紹介しました。同年6月30日、EUの競争総局は、自営業者の団体交渉問題に取組むプロセスを開始したと発表しました。記者発表資料は、「EU競争法は団体交渉を必要とする者の道に立ちふさがらない。このイニシアティブは、労働協約を通じて労働条件を改善することが被用者だけではなく保護を要する自営業者にも確保されることを目指す」と述べ、既に始まっているデジタルサービス法の一般協議の、「自営個人とプラットフォーム」の項に意見を出すように求めています。これと並行して労働組合や経営団体とも協議を行うと述べています。
 競争政策担当のマルグレーテ・ヴェステアー副委員長の言葉が、その問題意識を明瞭に示しています。曰く、「欧州委員会は、プラットフォーム労働者の労働条件の改善にコミットしている。それゆえ、団体交渉が必要な者がEU競争法に違反する恐れなくそれに参加できるようにするプロセスを開始したのだ。競争法は労働者が組合を結成するのを止めないが、近年の労働市場では「労働者」概念と「自営業者」概念は境界が曖昧になっている。多くの個人が自営業としての契約を受入れざるを得なくなりつつある。我々はそれゆえ、労働条件の改善のために団体交渉する必要のある人々に明確さを与える必要がある」と。
 ここで共有されている問題意識とは、「労働者でないからといって、フリーランスに安易に競争法を適用するな!」というものです。競争法は集団的労使関係の敵であるという「常識」の上で議論が行われている欧州から見ると、労働側弁護士が競争法の適用を諸手を挙げて歓迎している日本の姿はいささか奇妙に見えます。
*1菅俊治「独禁法を使った労働運動の可能性」(『労働法律旬報』1913号)。 

 

« 八代尚宏『日本的雇用・セーフティーネットの規制改革』 | トップページ | EU離脱寸前のイギリスで、ギグワーカーはEU安全衛生指令上の労働者だという判決 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 八代尚宏『日本的雇用・セーフティーネットの規制改革』 | トップページ | EU離脱寸前のイギリスで、ギグワーカーはEU安全衛生指令上の労働者だという判決 »