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2020年11月25日 (水)

『日本労働研究雑誌』2020年12月号

725_12 本日発行の『日本労働研究雑誌』2020年12月号は、「変化する管理職の役割と地位」が特集です。

https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2020/12/index.html

提言
管理職はどう決める? 八代充史(慶應義塾大学教授)

解題
変化する管理職の役割と地位 編集委員会

論文
管理職の役割の変化とその課題──文献レビューによる検討 坂爪洋美(法政大学教授)

日・米・中の管理職の働き方──ジョブ型雇用を目指す日本企業への示唆 久米功一(東洋大学准教授)・中村天江(リクルートワークス研究所主任研究員)

大学上級管理職の経営能力養成の現状と今後 両角亜希子(東京大学准教授)

管理職への昇進の変化──「遅い昇進」の変容とその影響 佐藤香織(国士舘大学講師)

管理職昇進をめぐる男女間不平等と国際比較──労働市場と福祉国家 竹ノ下弘久(慶應義塾大学教授)・田上皓大(慶應義塾大学大学院後期博士課程)

雇用環境の変化と管理監督者──スタッフ職の管理監督者性を中心に 沼田雅之(法政大学教授)

管理職の健康──他職種との比較,時代的変遷,今後の課題 田中宏和(エラスムス大学医療センター研究員)・小林廉毅(東京大学大学院教授) 

このうち、久米さんと中村さんの論文は、日本、アメリカ、中国の管理職の働き方を比較し、今世間でやたらに流行している「ジョブ型」の管理職というのがどういうものなのかを浮き彫りにしています。

本稿では,リクルートワークス研究所が実施した「五カ国マネジャー調査」「五カ国リレーション調査」を用いて,日本,アメリカ,中国の三カ国の管理職の働き方を比較分析した。日本では,管理職の役割は曖昧だが,業務の不確実性への対処力が高い。管理職と部下の働き方は似ており,管理職は経営よりも従業員の一員であると認識している。また,会社に対する忠誠心は低いが,離脱オプションはもっていない。ジョブ型雇用のアメリカでは,管理職の役割が明確で,突発的な仕事は少ないが,日本よりも仕事におけるリスクをとる傾向がある。ほとんどの項目で,日本とアメリカは正反対の結果であった。中国は管理職の職務は明確だが,項目により日本に近いものとアメリカに近いものがあった。また,アメリカや中国では職務内容が明確な管理職は,会社に対する忠誠心が高く,離職意向は低いのに対し,日本だけは離職意向が高かった。これらの結果から,ジョブ型雇用の導入では,職務記述書の整備はスタートでしかなく,その後にマネジメントを進化させることが不可欠といえる。その一方で,ジョブ型雇用は日本の労働市場において労働移動を活性化する可能性も示唆された。 

なかなか興味深い事実がいくつも指摘されていますが、例えば、こんな一節が・・

・・・つまり、日本では会社への忠誠心は低いにもかかわらず、辞めたいとは思わず、もしくは辞めたいとは思えず、会社に留まっているのである。かといって、会社と労働条件について交渉している割合も、日本は・・・低い。外部労働市場が発達しているアメリカや中国では、管理職と会社が相思相愛でなければ雇用契約関係が解消されるのに対して、日本では経営に不満があったとしても、転職できず、声も上げず、漫然と居続けるということが起こりうるのである。

ここで、ハーシュマンが出てきます。ハーシュマンのキーワードのこの見事な使われ方を堪能してください。

・・・しかし、日本で起きているのは、離脱できないまま忠誠心を失い、発言もしない事態である。離脱可能性の欠如により、日本ではハーシュマンが想定していた個人と組織のダイナミクスが機能していないのである。

あと、法律では沼田さんが管理監督者とスタッフ職について論じていますが、私はやはり、スタッフ職は管理監督者と並んでエグゼンプトされてしかるべき存在ではあるけれども、労基法が想定する本来の管理監督者ではなく、むしろ高度プロフェッショナルをきちんと拡充して正々堂々と対処すべきものだと思います。

なお、今号は毎年恒例の労働関係図書優秀賞の発表(といってももうすでに発表されていますが)があり、選考委員による授賞理由と受賞者による「受賞のことば」が載っています。

今年は労働経済、労働法、そして労働社会学の3分野から1冊ずつですが、

酒井正 著『日本のセーフティーネット格差──労働市場の変容と社会保険』(慶應義塾大学出版会)
土岐将仁 著『法人格を越えた労働法規制の可能性と限界──個別的労働関係法を対象とした日独米比較法研究』(有斐閣)
松永伸太朗 著 『アニメーターはどう働いているのか──集まって働くフリーランサーたちの労働社会学』(ナカニシヤ出版) 

51znbx28il_sx353_bo1204203200_ このうち注目は松永さんのアニメ労働論です。クールジャパンを支える日本アニメを支えるアニメーターたちの過酷な労働条件が議論されるようになって久しいですが、彼らの働く現場に密着して彼らの生きられた空間をここまで描き出したものはなかなかないと思います。

実は松永さんは少し前までJILPTでアシスタントフェローをされていましたが、見事に新分野を切り開いていっています。

ちょうど、7月に出た『POSSE』45号で、アニメがミニ特集になり、松永さんも登場していました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/07/post-6ea081.html

◆ミニ企画「アニメ業界を変えるために」
アニメ業界の崩壊を止めるために何をすべきか
松永伸太朗(長野大学助教)×ブラック企業ユニオン組合員
アニメ制作現場の労働問題をいかに解決していくか――東映動画労組が40年がかりで勝ち取った成果と今後
河内正行(動画労組副委員長)×沼子哲也×佐々木憲世  

 

 

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コメント

>>アメリカや中国では職務内容が明確な管理職は,会社に対する忠誠心が高く,離職意向は低い

アメリカや中国の管理職の方がある意味メンバーシップ型雇用で期待される意識を有しているというのは面白いですね。

日本の管理職は「離脱できないまま忠誠心を失い、発言もしない事態」に陥っていて、まともに会社のメンバーとして機能しなくなっているわけですが、そこで離脱可能性の欠如に要因を求めて雇用の流動化が必要だというのは頓珍漢でしょう。

むしろ問題はエリートとノンエリートの区別が社会全体で曖昧なことにあるというべきでしょう。社会全体でその区別が明確ならどこにいってもエリートはエリートとしての身分を保障されるので、個々の組織からは自由に離脱もできるが、エリートは常にエリートとして階級的・身分的な利害を同じくする経営層と一体化して機能する(ただし背景となる社会構造はアメリカと中国ではかなり異なるが)。

日本は組織に入ればみんなエリートという建前だが、組織を抜ければ何者でもなくなってしまい一挙に転落するため、抜けたくても抜けられない。

離脱可能性はエリートとノンエリートが社会全体で峻別される結果としてもたらされるものであって、原因ではない。ノンエリートもそのようなものとして社会一般で扱われるが、逆に言えばノンエリートとしての一定の身分保障がどこの組織でも確保されるので離脱可能性をもてる。日本のように会社を辞めれば何者でもなくなるということはない。ジョブ型雇用はこのような構造を前提としてはじめて機能するものでしょう。

結局のところ、戦後日本は組織内でのタテの方向の移動の可能性が大きいが組織外とのヨコの移動可能性が乏しく、欧米はその反対である。成長率の高い時期であれば多くの人間をタテ方向に上昇させることができたが、現在の日本ではそれが難しくなり、皆エリートという建前を維持できなくなった。今の管理職は梯子をはずされたようなものでモチベーションが低くなるのは当然だが、構造上必然のことではある。また現在の中国は高い成長率で回っているのでそれが低下するとどうなるかはわからない。

雇用をめぐる議論が混乱しつづけるのは、欧米における雇用の流動性はエリートとノンエリートの峻別という階級社会的構造の産物であるという問題の本質を無視したためである。特に議論をリードした経済学者が社会構造という社会学的観点に無頓着であったのが大きいが、社会全体にはびこった一億総中流幻想の影響も無視できない。

今般のコロナパニックによって、サッチャー以来見失われた「社会」が再発見されたようです。社会全体のあり方を見据えた議論が望まれます。

いくつかの小論も含め、全体的には大変興味深そうな冊子ですね…。ただ、小職からは(現時点でリンクで全文が読める)巻頭の「提言」に関してだけ、少々辛口のコメントを…。

某教授の同小論に曰く、「今月の特集は管理職なので,そもそも管理職の配置がどの様に決められるかを考えたい。管見の限りでは,管理職の決め方は,次の 3 つである。まず第 1 は,言わずもがなであるが,人事権による任用である。これは企業や官庁その他多くの組織で行われている。もちろん,人事権を行使するのは社長,人事部,ライン管理職と様々であり,その前提となるのも年齢,等級,人事考課, ネポティズムと千差万別である。第 2 点は,社内公募である。ただし人事一般であればいざ知らず,社外からの中途採用を除けば管理職を公募したという例は寡聞にして聞かない。さらに第 3 点 は,選挙による管理職の選出。例えば大学は学部長を学部専任教員の選挙によって決めている。(中略)それでは,管理職が社内公募の対象にならないのはなぜか? それは管理職が「やりたい人に任せる」のではなく「やってほしい人に任せる」 仕事、つまり組織の論理が個人の論理よりも優先される仕事だからである。勘違い君が公募で手を挙げ,成り行きで配置されてしまうと,部署の売り上げや成員の管理に多大な損失を及ぼすのは火を見るよりも明らかであり,それ故多くの人間が関与する人事権による配置が望ましい。」

うーん、だいぶ世間&時代とズレていらっしゃるかと。真面目な話、(第三の「選挙」はさておき…)第一の「任用」と第二の「社内公募」は適切な場合分け区分ではありません。あくまで管理職の候補者募集の「サーチ手段」として「公募の有無」「(公募する場合の)社内外の開放性」があるだけで「任用」はどんな場合にせよ必要、組織として省くことはまずありませんから。「勘違い君が手を挙げ、成り行きで配置されてしまうと…」のくだりは、どこか昭和のおふざけ漫画を見ているようで全くリアリティがありません。

ということで、令和時代のJILPTさんのマンスリーレポートの「提言」としてあまりにお粗末、場違いと言わざるを得ませんね。全くもってNGです、少なくとも現役企業人事屋の私の視点では。あるいはこの提言の位置付けはこのくらいの「味付け」でOKなのでしょうか… 全くそうは思いませんが。

「管理職の役割の変化とその課題──文献レビューによる検討 」

こちらの論文(要約)は小職の現在の実感値とぴったり符号しますね。すなわち、①ラインマネジャーの人事業務取り込み(採用活動やHRISの運用)、②1:1(対面ミーティング)のフル活用、③人事部によるマネジャー業務へのタイムリーかつ日常的な支援、等々(どちらの文献を渉猟されたのでしょうか…?)

さらにこれらの背景を付記すれば、現代グローバル企業のチーム組織図が国内だけでなくアジア(リージョナル)チーム図になってきたことでラインマネジメントに求められる業務の質と量が深化してきていることですね。例えば、言語、文化、規制法、ワークポリシー、業務プロセス、システム、業務時間帯〜これらの変動要因が同じチーム内で統一又は共有されずにはアジア人事チームとして共同作業が出来ません。するとグローバルでビジネスを進めるにはどうしても英語ベースでシステムもコミュニケーションも構築推進していくことになりましょう。もっとも製造現場などのローカルサイト中心のファーストラインマネジャーであれば従前通り日本語だけで業務が完結するのかもしれませんが、セカンドラインとなると国外含む複数サイトの部下がレポートする可能性大でしょうから、管理職の役割は一気に複雑性と難度が増すのです。さらには、スパンオブコントロールの変化もあるはず〜従来の組織行動学やマネジメントの教科書でよく言われていたレポート20名までという制約はグローバルIT大企業ではすでに撤廃されています。当然、部下の人数が増えれば増えるほどマネジャーの負担も増加するはずです(とはいえ、まだ多くの企業では5〜10名くらいが普通だと思いますが)。

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