フォト
2024年10月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ

« 公立学校非常勤講師に対する労働基準法適用(再掲の再掲) | トップページ | これからのテレワークでの働き方に関する検討会で諸外国のテレワーク法制について報告 »

2020年11月16日 (月)

ジョブ型は能力主義の正反対

Profile_8a7bf201f456704014db653007502d2a 何回同じことを言っても、「ジョブ型」をメンバーシップ型全開の特殊日本的能力主義としか理解できない人々があまりにも多い昨今、言いたいことをやや極端な事例でよく示している文章を見つけました。佐々木俊尚さんの「日本でDXが進まないのは、普通の日本人が「優秀すぎる」から?」という文章です。

https://comemo.nikkei.com/n/n22fac2321376

佐々木さんは、日本でデジタル化が進まない理由の一つは「普通の日本人が「勤勉で優秀すぎる」からではないかと言い、その根拠として、やや特殊な事例ですが、伊藤祐靖さんの『邦人奪還 自衛隊特殊部隊が動くとき』(新潮社)を引っ張ってきます。そこで描かれるアメリカ特殊部隊の兵士たちはとても低レベルなのですが、それが米軍最強の秘密だというのです。

・・・米軍の特徴は、兵員の業務を分割し、個人の負担を小さくして、それをシステマティックに動かすことで、強大な力を作りだす仕組みにある。それは、個人の能力に頼っていないので、交代要員を幾らでも量産できるシステムでもある。(中略)これが、米軍が最強でありえる大きな理由だ。要は、そこらにいるゴロツキ連中をかき集めてきて、短期間に少しだけ教育し、簡易な業務を確実に実施させて組織として力を発揮するのである。

いやあ、まさにこれがアメリカ的な「ジョブ型」の神髄ですね。大事なのは、「人の能力に頼っていない」というところです。「交代要員を幾らでも量産できる」というところです。それこそがアメリカ自動車産業のブルーカラー労働者を最も典型例とするところの「ジョブ型」なんですがね。百万回いっても日本人が理解できないのはここでしょう。ジョブ型は特殊日本的な『能力主義』の正反対なんですよ。

始めに『ジョブ』ありき。そこに人をはめ込む。それがジョブ型です。

ジョブ型を論じている文章の中に妙に日本的な「能力」という言葉が出てきた瞬間に、そいつを直ちにゴミ箱に放り込むべきである理由はここにあります。

 

« 公立学校非常勤講師に対する労働基準法適用(再掲の再掲) | トップページ | これからのテレワークでの働き方に関する検討会で諸外国のテレワーク法制について報告 »

コメント

> 交代要員を幾らでも量産できる
 
そうは言っても、例えば、「ある程度」の体力が要る、といったように、
適性も必要です。誰でもОKではないとは言え、その程度の適性のある
奴はいくらでもいる、ということでしょう
 
一方、日本型システムでは、例えば、ある人が定年でいなくなることが
想定される場合、「仕事の回し方そのもの」をどうするのか?、事前に
議論したりします

ジョブにぶち込む人を学歴や職歴といった能力の傍証に基づいてセレクションしている時点で、ジョブ型も能力主義である。ただばくぜんとした仕事をやらせてみて能力がありそうだとみなされた人がセレクションされる方式と違うだけで。そしてさらに重要なことは、世の中の企業の人事は100%ジョブ型・100%メンバーシップ型に分かれたりなんてしているということが無いことはいくつかの業種や国で働いたことがある者なら身に沁みて知っていることであろうが、その大して役に立たない区分けで何でも説明しようとしても、空虚な手遊びになってしまう点。

いえいえ、大多数の日本人労働者はジョブ型企業で働いた経験は全くないでしょうから、現状のメディアやネットの混迷ぶりを見るに、いまだにジョブ型が実際にどのようなものなのか多くの日本人には十分に理解されてないと思います、残念ながら…。相手の姿が理解できないということは、翻って自分自身の特徴も欠点もまだよく理解できてないということ。実際のところメンバーシップ型とジョブ型とでは(共通点もあるにせよ)重要な人事管理上の手法(例えば、人材の採用や職務のアサインなど)において決定的ギャップがありますから、理論上も実務上もこれらを同じもの(程度の差)として一緒くたにする訳にはいかないでしょう。ところで、上述の定年退職者が退社する前に「仕事の回し方そのものを見直す」というご指摘は興味深いですね。これがジョブ型人事の文脈だと「退職者リプレースで外部から新規採用(新卒という意味ではありません)を行うにあたり、改めて当該職務のJDの見直しを行う」というような言い回しになるかと。

非常に分かりやすいご説明ですね!
今まで見た事もイメージした事も無い「ジョブ型」という海外では普通に運用されている仕組みが、よく分かっていない人達が先導する事によって、より大きな混乱を招いている様な気も致します。また、任意雇用(クビにできる)の中でのジョブ型と、終身雇用(クビにできない)の中でのジョブ型も少し異なる形になると思うのですが、そういった「働き方の仕組み」を体系的に知っていなければ、なかなか難しいのかもしれませんね。

Employment at will 〜任意雇用の原則…。

僕の知る限りアメリカを筆頭にイギリス、シンガポール、オーストラリアの雇用法制は、雇用主に大変有利なこの原則が当てはまるかと。一方で、ドイツやフランスなどの欧州大陸国はそれが当てはまらず、北アジア各国(中日韓)同様、集団的労使関係制度が充実し労働者(組合員)に大変有利な…。

他方で、メンバーシップ型がスタンダードな国は(世界で)日本と韓国だけ、というのが僕の知るところですね。

成果主義と能力主義がごっちゃに使われてて、
ジョブ型=能力主義だと言っている人は、成果主義と取り違えているのでは。
確かに何でもやるという総合職や大卒ホワイトカラーでは成果を測るのが困難だが、仕事内容が完全に限定されていればある種の業務によってはフルコミッションすら可能。

Hamachan先生がこの文脈で言うところの「能力(主義)」は、いわゆるカギ括弧付きの『能力』ですよね。バーサタイルな柔軟性とも言い換えられる、日本のメンバーシップ型組織の総合職社員に真に求められる「社内適応力」のことかと...。他方、ジョブ型組織の欠点は、ややもすればサイロで硬直化して他部門どころか隣人のジョブにも無関心になってしまう傾向があること。今コロナ禍で日系外資系/好不況業種問わず、世界中で組織のスリム化(デジョブ)が同時多発的に進行しつつありますが、その結果、組織内のジョブの数と中身がシビアに見直されています。実はこの時に真に社員に必要な力は先の「柔軟性」〜JDを超えて組織に貢献出来る能力〜とも言える訳で、物事はかなり入り組んでますね。

特に中小企業の実態からみたら、社員が自費で外部研修にいこうとすると露骨に嫌な顔をする経営者。部下について、これこれこういう仕事をもっとやらせると他社で通じるスキルが身に付きますと言うと、逆にそれをやらせないような人事をする上司とか山のようにいる現状がある。パープル企業が話題になっているが、日本の場合、育てて他社に行かれたら困るという意識が大きい。
日本の経済の足かせの1つの要因ともいえるのではないか。
だから某製薬メーカーのように研修で自己否定を繰り返しさせて一種の洗脳教育のようなことをするとかも根っこは同じ。
要するになんちゃってジョブ型にせよなんにせよ、その意識が大きいゆえの課題が重要ではある。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 公立学校非常勤講師に対する労働基準法適用(再掲の再掲) | トップページ | これからのテレワークでの働き方に関する検討会で諸外国のテレワーク法制について報告 »