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2020年11月12日 (木)

「司法より当事者間の交渉で」というけれど・・・

本日の日経に大内伸哉さんが「同一労働同一賃金どう進める 司法より当事者間の交渉で」を書いています。ここで言われていることは、昨日の休業手当の話とも共通する問題です。

https://www.nikkei.com/article/DGXKZO66084900R11C20A1KE8000/

大内さんの主張には実は相当程度賛成なのです。私もその旨を繰り返し述べてきたこともあります。

・・・法は企業に、不合理な格差を設けることを禁じているが、具体的にどうすれば法を守ったことになるかを明確に示していない。・・・

・・・こうした状況下では不合理性を軸としている限り、スムーズな労使交渉は期待できない。この問題の解決に必要なのは、企業が非正社員に対し納得できるような労働条件を提示した上で、非正社員の同意を得ている場合には、その結果を尊重する(不合理とは評価しない)という解釈を確立することだ。・・・

しかしながら最大の問題は、その非正社員の同意が個人個人ごとの同意であれば、そもそも労働の根本原則からいってそう簡単に認めるわけにはいかないということです。労働者の集団的合意こそがその帰結の合理性の担保となるというのは200年前からの大原則です。

そして、それがほとんど欠如していることこそが、この非正規問題を労使関係の基本原則に従って解決することが難しい最大の理由でもあるわけです。

昨日も言ったように、今のいい加減な過半数代表者をそのままにして、格差の合理性の判断を委ねるわけにはいかないでしょう。

そして、だからこそ、今のいい加減な過半数代表者のままではなく、ちゃんとした選挙制の従業員代表制を設けなければいけないんだ、という議論も、もうかれこれ20年以上もされていますが、なかなか話が進まないわけです。

そしてその結果、司法によるやたらに事細かなこれはヨシ、あれはダメという合理性判断の泥沼から脱却する道筋を見いだすことが難しくなっているわけですね。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/215-3eed.html(同一労働同一賃金と集団的労使関係@『労働判例』2月15日号)

Roudouhanrei_2017_02_15 ・・・・ しかしながら、正社員には年功的な職能給、非正規労働者には市場決定の職務給が適用されている日本社会で、同一労働同一賃金原則をどのように適用するのかについての具体的なイメージは未だに明確ではない。筆者は、この問題を打開する道筋は集団的労使関係システムの活用にあると考えている。賃金に格差がある場合に、賃金に格差のある両者が双方とも参加し、その意見が吸い上げられた上で、その集団的意思決定として一定の格差を合理的と判断する、あるいは不合理とし、格差是正を求める、というプロセスを踏むことが、格差を合理的とする場合のもっとも普遍的な根拠になり、また、不合理な格差是正にもつながると考えるからである。しかし、そのためには、非正規労働者がきちんと労働組合に組織化され、彼ら彼女らの声がきちんと集団的な形で集約されることが必要不可欠である。とはいえ、自発的結社である労働組合に対し、非正規労働者の組織化を法的に強制することはできるはずがない。その意味では、いよいよ正面から従業員代表制について議論をしなければならない時期が到来しつつあるのではなかろうか。

 

 

 

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コメント

只今ノロノロと「働き方改革の世界史」を序章→あとがきに代えて→第一章…ジャンプして第五章…と拝読させていただいておりますが、そのおかげか私の錯覚か?本エントリもhamachanコメントも違和感なくす~っと入ってきます。

> 外につながらない労働組合が、社内だけで労働運動を続けるという片翼飛行は、どのような帰結を見せるのか。協調、なれあい、そして組合弱化。
> 第一次関係は「元々が労使の親和、友好、協力の関係」であり、第二次関係は「賃金ならびに労働諸条件、すなわち団体交渉の中心的な事項を対象」とし、「労使は明らかにここで利害が対立している」、「この二つの関係は性格上まったく相異なる」とする。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/11/post-6ad5f5.html
https://assert.jp/archives/8607
 
「従業員代表性制」というのは、一つの会社(もしくは、職場?)ごとのものであるので、「(外につながらない)第一次関係」に属するものではないのでしょうか。
労働組合が弱体化をしている現状において、対処療法的に導入してはどうか?、という意図になりますでしょうか。

私は法律で決める派かなー
強制加入の労組とか、そこまでいかなくても労使交渉の結果に(賛成していない人まで含めて)全てが拘束されることに違和感を感じる。

経済でも思想でも自由化、自己決定、多様性が求められるなかで労働関係のみ多数派全体主義みたいになることに合理性を感じない。
仮に労働者全体でメリットがあったとしても個人で見れば権利の劣等待遇化だと理解すべき。

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