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2020年11月18日 (水)

EU最低賃金指令案@『労基旬報』2020年11月25日号

『労基旬報』2020年11月25日号に「EU最低賃金指令案」を寄稿しました。

 去る10月28日に、欧州委員会は「EUにおける十分な最低賃金に関する指令案」(COM(2020)682)を正式に提案しました。この問題については、本紙の今年3月25日号に「EU最低賃金がやってくる?」と題して、労使への第一次協議をめぐる動向を紹介しましたが、その後第二次協議を経て早くも指令案の提案に至ったわけです。
 前回も説明したように、EU最低賃金に対して猛烈に反発しているのは、経営側よりもむしろ北欧の労働組合です。法定最低賃金や一般的拘束力制度などという国家権力の助力などなくても、自分たちの団結の力だけで、団体交渉により高水準の賃金を勝ち取っていると自負している彼らにとって、弱体な他国の労働組合と一緒くたにされて、国家権力のお情けにすがる立場に追いやられることは我慢ならないことだからです。
 実際、今回の指令案の文言を見ると、ここかしこに北欧労組の団体交渉至上主義を褒めあげつつ、それには到底及ばない諸国のためのEU最低賃金なんだよと言い訳している風情が漂っています。
 まずもって第1条の「主題」ですが、第1項第1文は本来の法の趣旨を述べていますが、残りはすべて団体交渉による賃金決定を讃え、北欧労組の懸念をなだめるための言い訳条項です。
第1条 主題
1. EUにおける労働生活条件を改善する観点で、本指令は次の枠組を確立する。
(a) 十分な最低賃金の水準を設定し、
(b) 労働協約により設定される賃金の形式によるか又はそれが存在する場合は法定最低賃金の形式による労働者の最低賃金保護へのアクセス
 本指令は労使団体の自治を全面的に尊重するとともに、その団体交渉し労働協約を締結する権利を妨げない。
2. 本指令は加盟国が法定最低賃金を設定するか又は労働協約の規定する最低賃金保護へのアクセスを促進するかの選択を妨げない。
3. 本指令のいかなる部分も、賃金決定がもっぱら労働協約を通じて行われている加盟国に対して、法定最低賃金を導入したり労働協約の一般的拘束力を付与するよう義務づけるものと解されない。
 そして、本丸である法定最低賃金に関する規定(第5条)の前に、わざわざ第4条として団体交渉による賃金決定の促進を規定しています。
第4条 賃金決定に関する団体交渉の促進
1. 団体交渉の適用範囲を拡大する目的で、加盟国は労使団体と協議して、少なくとも次の措置をとるものとする。
(a) 産業別又は産業横断レベルにおいて、賃金決定に関する団体交渉に関与する労使団体の能力の構築及び強化を促進すること
(b) 労使団体間における賃金に関する建設的、有意味で情報に基づく交渉を奨励すること
2. 団体交渉の適用率が第2条に定義する労働者の70%未満である加盟国は、これに加えて、労使団体に協議して又はその合意により、団体交渉の条件を容易にする枠組を導入し、団体交渉を促進する行動計画を策定するものとする。この行動計画は公表され、欧州委員会に通知されるものとする。
 現に労働組合が強く、法定最低賃金なんかなくても団体交渉だけでやっていけている国だけを別建てにするのでは、いかにもそちらが例外であるかのように見えるので、そうではなく、本来北欧諸国のように団体交渉だけでやれている方が望ましいモデルなのであり、いまはそうでない国であっても、団体交渉を促進してできるだけそちらに近づけるべきなのだ、という思想を表明して見せている部分です。実際のところは空疎な政治的宣言以上のものではありませんが、法定最低賃金について規定する指令案で、本題に入る前にここまでリップサービスを繰り出さなければならないというところに、北欧労組とそれ以外との間の断絶が垣間見えるところです。
 ちなみに、ここまで団体交渉の重要性を一生懸命力説する規定に満ちていることから、第3条の定義規定も、5号中3号までが団体交渉がらみの規定になっています。これまで団結型集団的労使関係システムについては慎重に避けてきたEU労働法において、法定最低賃金へのカウンターバランスという意外な意義づけによって、団体交渉が正面から堂々と入ってきた感があります。
第3条 定義
 本指令においては次の定義が適用される。
(1) 「最低賃金」とは、使用者が、所与の期間中に、時間又は成果を基礎に算定された遂行された労働に対して、労働者に支払うよう求められる最低報酬を意味する。
(2) 「法定最低賃金」とは、法律又はその他の拘束力ある法的規定によって設定された最低賃金を意味する。
(3) 「団体交渉」とは、一方において使用者、使用者の集団又は一若しくはそれ以上の使用者団体、他方において一又はそれ以上の労働者団体との間で、労働条件及び雇用条件を決定し、使用者と労働者の関係を規律し、使用者又はその団体と労働者団体との間の関係を規律するために発生するすべての交渉を意味する。
(4) 「労働協約」とは、団体交渉の結果として労使団体によって締結される労働条件及び雇用条件に関する書面によるすべての合意を意味する。
(5) 「団体交渉の適用範囲」とは、国レベルの労働者に占める労働協約が適用される者の割合を意味する。
 ここまで見ていると、ほとんど団体交渉促進法かと見まがうような規定が並んでいますが、もちろんこれらは北欧労組向けのリップサービス規定であって、直接労働者の権利や使用者の義務に関わってくるのは、その次の第5条からです。ここでは、法定最低賃金についてその十分性(第5条)、変異と控除(第6条)、労使の関与(第7条)、アクセス(第8条)と4か条にわたって規定されています。これが「最低賃金指令案」の中核です。
第5条 十分性
1. 法定最低賃金を有する加盟国は、法定最低賃金の設定および改定がまっとうな労働生活条件、社会的結束、上方への収斂を達成する目的で十分性を促進するような基準に基づくよう確保する必要な措置をとるものとする。加盟国はこれらの基準を国内法によるか権限ある機関の決定によるか又は三者合意により定めるものとする。この基準は安定的かつ明確なやり方で定められるものとする。
2. 第1項にいう国内基準は少なくとも以下の要素を含むものとする。
(a) 生活費並びに租税及び社会保険料を考慮に入れて、法定最低賃金の購買力
(b) 賃金総額の一般水準及びその分布
(c) 賃金総額の成長率
(d) 労働生産性上昇率
3. 加盟国は賃金総額の一般水準との関係で法定最低賃金の十分性の評価を導くために、国際レベルで通常用いられるような指標となる基準値を用いるものとする。
4. 加盟国は法定最低賃金の十分性を維持するため、その定期的かつ時宜に適した改定を確保する必要な措置をとるものとする。
5. 加盟国は法定最低賃金に関する問題について権限ある機関に助言する諮問機関を設置するものとする。
第6条 変異及び控除
1. 加盟国は特定の労働者集団に対して異なる法定最低賃金率を認めることができる。加盟国はこれら変異を最低限度にとどめ、いかなる変異も非差別的、比例的、可能なら限時的で、合法的な目的により客観的かつ合理的に正当化されるものであるよう確保するものとする。
2. 加盟国は法律により、法定最低賃金を下回る水準にまで労働者に支払われる賃金を減少させる控除を認めることができる。加盟国はこれら法定最低賃金からの控除が必要で、客観的に正当化され、かつ比例的であるよう確保するものとする。
第7条 法定最低賃金の設定及び改定における労使団体の関与
 加盟国は、第5条第5項にいう諮問機関への参加を通じたものを含め、主として次の各号に関わって、法定最低賃金の設定及び改正において適時かつ効果的な方法で労使団体が関与することを確保する必要な措置をとるものとする。
(a) 法定最低賃金の水準の決定のための第5条第1項、第2項及び第3項にいう基準及び指標となる基準値の選択及び適用
(b) 第5条第4項にいう法定最低賃金の改定
(c) 第6条にいう法定最低賃金の変異及び控除の確立
(d) 法定最低賃金設定機関の情報のためのデータの収集及び調査の遂行
第8条 法定最低賃金への労働者の効果的なアクセス
 加盟国は労使団体と協力して、労働者が適切に法定最低賃金保護にアクセスすることを促進する次の措置をとるものとする。
(1) 労働基準監督機関又は法定最低賃金の施行に責任を有する機関によって行われる管理及び現地監督の強化。管理及び監督は比例的で非差別的であるものとする。
(2) 施行機関が法定最低賃金を遵守しない企業に狙いを定め追及するためのガイダンスの発展
(3) 法定最低賃金に関する情報が明確で、包括的かつ容易にアクセスしうる方法で公に入手可能にすることの確保
 前回も述べたように、このEU最低賃金指令案は昨年末に欧州委員会トップに就任したウルスラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長のイニシアティブによるもので、彼女は法定最低賃金と団体交渉との複雑微妙な関係についてあまりきちんと理解していなかった可能性があります。近年新自由主義的だと批判されているEUの政策方向を、もっと労働者寄りにシフトさせようという程度の考えで提起したのではないでしょうか。最低賃金は労働問題なんだから、経営側は反対でも労働側は全面的に賛成だろうと思っていたら、あに図らんや北欧諸国の労働組合は自力で団体交渉を通じて高い賃金水準を勝ち取ってきていることを誇りに思っており、法定最低賃金などという国家権力のお情けにすがるような仕組みは断固拒否するという態度だったわけです。その結果、法定最低賃金に関するあれこれの規定に加えて、団体交渉の促進に関するリップサービス的な規定がちりばめられた、いささか奇妙な指令案が出来上がったということです。
 この指令案はこれから欧州議会と閣僚理事会の審議に移ることになりますが、その行方が注目されます。

 

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