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2020年10月22日 (木)

恒木健太郎・左近幸村編『歴史学の縁取り方』

Unnamed_20201022102401 恒木健太郎・左近幸村編『歴史学の縁取り方 フレームワークの史学史』(東京大学出版会)を、執筆者の一人である小野塚知二さんよりお送りいただきました。いつもお心に留めていただきありがとうございます。

http://www.utp.or.jp/book/b517243.html

 歴史学はいかなる知的枠組み(フレームワーク)のもと形づくられてきたのか.その時代の状況にも対応し,切りひらかれてきた歴史学は,その枠組みがときには批判されつつも,継承されてきたことを史学史的に論じる.これからの歴史学にとって必要な手がかりを示す.

さてしかし本書はサブタイトルにもあるように、史学史、歴史それ自体ではなく歴史学の歴史をあれこれ論じている本で、しかもその内容はしたの目次にあるように実に多様にわたっていて、なかなかつまみ食い的に取り上げるのは難しいのですが、お送りいただいた小野塚さん(名著『経済史』の著者)の書かれた最後の「第7章 読者に届かない歴史」は、ある意味でまことにアクチュアルなトピックを扱っていて、とても興味深いものでした。

「読者に届かない歴史」というのは、つまり専門の歴史学者が書いた歴史の本は全然売れず、本屋の歴史コーナーに平積みされているのは池上彰や佐藤優、井沢元彦、「自由主義史観」ばっかりという実情のことで、

・・・実証的で論理的なーつまりまっとうなー歴史研究の専門書で初版700部を数年内に売り切れば御の字というのが出版界の現状である。初版700部のうち著者贈呈で100部か200部が人の手に渡り、同程度の部数が全国の主に大学図書館に収蔵され、読者の意思で、支出を伴って書店(インターネット上の書店を含む)で買われるのはたかだか数百部で、残りは数年後には不良在庫として廃棄される。

もちろん、小野塚さんはそういう歴史書を書き、刊行するのが無意味だと主張するわけではありません。ただ、

・・実証性や論理性といったまっとうな基準を満たすことは、無論、いうまでもなく大切である。しかし、それは、まっとうな歴史が読者に読まれず、その代わりにそうした基準を満たさない「歴史」と「歴史教育」がまかり通る状況を座して見過ごして良いことにはつながらないだろう。そうした「歴史」に負けることを正当化しうる理屈はないからである。

といい、

・・歴史は読まれて初めて成立するのだから、読者が何をどのように読みたがっているのかを知らずに、より実証的で、論理的な歴史をただひたすら書き続けるだけでは、歴史学の社会的責任を果たしていることにはならないというのが本章の主張である。

と訴えます。

Banno こういう議論に対しては、様々な立場からいろんな意見があり得るでしょうし、歴史学者ではない私が何かコメントできるものなのかどうかも分かりませんが、私個人が興味を持ってきたある歴史領域については、まさに実証的、論理的な歴史学の本流でありながら、例外的にジャーナリズム的な意味でもよく売れる本を出し続けてきたある近代日本史家-つい先日亡くなった坂野潤治さんのことが思い浮かびました。

坂野さんの本については本ブログでも何回か取り上げてきましたが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/post-f66b.html(坂野潤治『〈階級〉の日本近代史』)

9784062585897_obi_l 本日は、大阪で労働政策フォーラムが開かれ、労使それぞれの弁護士の皆さんと一緒に、わたくしもパネリストとして、改正労働契約法について議論してきました。
帰りの電車の中で読んでいたのが、坂野潤治『〈階級〉の日本近代史』です。
近代日本史が専門の坂野さんは、とりわけ近年、現代政治の姿に大きな危機感を感じて、繰り返しメッセージ性の高い歴史書を送り続けていますが、本書もその一冊です。
本ブログでも結構繰り返し紹介してきていますので、わかっているよ、という方も多いでしょうが、やはり繰り返し語られるべきメッセージだと思います。 

目次は以下の通りです。

はじめに(左近幸村)

序 章 「事実をして語らしめる」べからず――職業としての歴史学(恒木健太郎)
     一 マックス・ヴェーバーと「歴史の物語り」論
     二 「揺るがない事実」という認識の基底
     三 社会史批判としての「柔らかな実存論」
     四 「よくできたお話をつくりあげた方が勝ち」?
     五 各章の構成
     六 「地図」から「作法」へ

第1章 戦後日本の経済史学
     ――戦後歴史学からグローバル・ヒストリーまで(恒木健太郎・左近幸村)
     一 「戦後歴史学」のフレームワーク――山田盛太郎から大塚久雄へ
     二 対抗的フレームワークからフレームワークの拒否へ?
        ――「実証」の前提を問う
     三 グローバル・ヒストリーのなかの「革新」と「保守」

[コラム1]「日本経済史」という「学統」(高嶋修一)
     一 学問領域の非自明性
     二 「日本経済史」の成立
     三 土屋喬雄と「日本経済史」
     四 縦の糸,横の糸

第2章 「転回」以降の歴史学――新実証主義と実践性の復権(長谷川貴彦)
     一 フレームワークへの問い
     二 社会史パラダイム
     三 歴史学の転回
     四 新実証主義と実践性の復権
    
[コラム2]帝国主義史研究とフレームワーク(柳沢 遊)
     一 「経済史学とフレームワーク」をめぐる私見
     二 柳沢遊の日本帝国主義史研究――在満日本人居留民社会史への視点
     三 レーニンの帝国主義論との距離について
     四 小さな「フレームワーク」設定の大切さ――結びにかえて

第3章 「封建」とは何か?――山田盛太郎がみた中国(武藤秀太郎)
     一 フレームワークとしての『日本資本主義分析』
     二 「封建」とFeudalism
     三 橘樸と佐藤大四郎
     四 山田盛太郎がみた中国
     五 新たなフレームワーク構築にむけて

[コラム3]山田盛太郎の中国観と経済史学の現在――武藤論文によせて(石井寛治)
     一 山田盛太郎による戦時期中国農村の調査
     二 満洲農村特有の血縁的紐帯の一般化の誤り
     三 専制国家体制の存続と儒教によるその相対化
     四 山田説と服部説の統一的把握への途

第4章 経済史学と憲法学――協働・忘却・想起(阪本尚文)
     一 憲法学という視角
     二 高橋史学と戦後第二世代の憲法学
     三 「営業の自由論争」の彼方
     四 比較経済史学の射程について

[コラム4]元・講座派の技術論
      ――戦時中の相川春喜における「主客の統一」の試みと科学技術の「民族性」(金山浩司)
     一 なぜ技術論か
     二 きまじめな唯物論者――唯研時代の相川
     三 転向した相川?
     四 主客の止揚
     五 科学や技術は民族的である
     六 結論――建設的であろうとしたものの……

第5章 歴史学研究における「フレームワーク」
     ――インド史研究の地平から(粟屋利江)
     一 インドにおける近代史研究
     二 インドにおける歴史研究の軌跡
     三 インドにおける近代史研究――日本との比較から
     四 「フレームワーク」とジェンダー視角
     五 再び「フレームワーク」について

[コラム5]歴史を書く人,歴史に書かれる人(井上貴子)
     一 誰のための歴史か,誰を叙述するのか
     二 人物に焦点をあてた歴史叙述
     三 サバルタン・スタディーズとグローバル・ヒストリー
     四 サバルタン・スタディーズの立場からみた日本経済史思想

第6章 「小さな歴史」としてのグローバル・ヒストリー
     ――1950年代の新潟から冷戦を考える(左近幸村)
     一 グローバル・ヒストリーから郷土史へ
     二 1950年代の日本における米軍基地拡張計画
     三 新潟飛行場拡張反対運動の盛り上がり
     四 揺れる県内世論
     五 新潟からの米軍撤退
     六 世界の中の新潟/新潟の中の世界

[コラム6]アメリカ合衆国における「近代化論」再考(高田馨里)
     一 「近代化論」というフレームワーク
     二 「近代化論」とアメリカ開発援助政策
     三 「近代化論」の再考
     四 「近代化論」をめぐる実証研究
     五 日本の開発援政策の再考へ  

第7章 読者に届かない歴史
     ――実証主義史学の陥穽と歴史の哲学的基礎(小野塚知二)
     一 歴史研究の哲学的基礎と読者の哲学的基礎
     二 「史観」――三木清『歴史哲学』を手がかりにして
     三 戦後歴史学の起点
     四 戦後歴史学と実際の戦後との乖離
     五 戦後歴史学の零落と歴史の哲学的基礎
     六 読まれる歴史への転換をめざして
  
あとがき(恒木健太郎)
 

 

 

 

 

 

 

 

 

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