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2020年9月 9日 (水)

私は労務課長であり職員組合長である@『労政時報』1953年3月20日号

Image0-002 たまたま昔の資料を探していて、『労政時報』1953年3月20日号の巻末近くにこんな投書を見つけました。まだまだ管理職が労働組合に加盟してけっこう派手に活動していた頃の時代の匂いが漂ってくる文章なので、ご参考までに。

私は労務課長であり職員組合長である

わたしがあえて会社名と姓名を伏せた所以のものは、私が労務課長(部長制はなく、課長が従業員の最高役付であり職務の重要性は総務課長に次ぐ)の職にありながら職員組合(従業員三百余名で結成した組合、私が即ち労務課長が組合長であることを除けば立派な合法組合である)の組合長であるという特異な存在のためである。

私は労務課長兼職員組合長の職を次のように行う。例を賃上げにとろう。

先ず組合長として組合幹部と合議して賃上げ案を作成する。私はあくまでも、幹部の合議を尊重するとともに私も組合幹部の一員としての発言において他に引けをとらない。次に組合総会でこれが議決されれば、組合要求として会社側ー私たちの場合には社長ーに提出される。ここまでは組合責任者として自負するに足る行動をとっていると確信する。次いで、労務課長として会社幹部会に出席、組合要求について対策を協議する。この籍での私の発言は相当強力であり、労務課長の職責に恥じるところはない。今まで種々の懸案事項も数次の交渉ーすべて文書によるーにて解決し、会社側にも組合側にも不満は生じなかったし、また万一抗争に至る事態を生じても、自己の両立した二つの職務を遂行しうると思っている。

しかし私は自分の立場を省みて労使関係の衝に当たる組合幹部であり会社幹部であるところからくる何か割りきれない気持ちーいやこれは労務課長でありながら同時に組合員である労務課長の誰でもが持つ何か割りきれない気持ちが、私がその両者の先端に立ったところから激しく迫るのかもしれないが、強いジレンマを感じることがある。「労務課長でも月給はたくさん欲しいのだ」「組合員も会社は大きくなってもらいたいのだ」このような簡単な言葉をしみじみ覚えるのが今日この頃の私の心境である。

これ、終戦直後の特殊な時期の特殊な話だと思うかもしれません。いやもちろん、労務課長が同時に組合長なんてことはほとんどないでしょう。でも、メンバーシップ型正社員はみんな、なにがしか労使双方の精神をその中に抱えていて、ここに書かれたようなダブルバインドのもとにあるんですね。そこを無視した正論が悉くひっくり返ってきたのが戦後日本の労働史だという話は、また別の機会に。

 

 

 

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