東京新聞に「「休業手当6割以上」なのに実際は4割 70年前の政府通達が影響も」という記事が載っていて、
https://www.tokyo-np.co.jp/article/57079
新型コロナウイルスの感染で飲食店の休業が長期化する中、休業手当の金額が少ないとの声が相次いでいる。一般に給料の「6割以上」として知られるが実際は4割程度にとどまり、生活保障の役割を果たせていないからだ。70年以上前の政府通達に基づいた計算方法が原因で、不合理だとの批判が強い。(渥美龍太)
記事を読んでいくと、指宿昭一弁護士やPOSSEの今野晴貴さんや日本総研の山田久さんまで出てきて論評していますが、肝心のなぜそうなっているのかについては、
1949年に出た政府通達で「休日は休業手当を支給する義務はない」とされた。70年余りたった今、長期の休業が続出する前例ない事態が起き、制度の盲点が浮かび上がった。厚生労働省の担当者は「法定の水準はあくまで最低水準。金額は労使で話し合って決めて」と言うにとどまる。
というにとどまっていて、なぜ70年以上も前の通達でそんなことになっているのかというメカニズムが読者にはわからない記事になっています。これ、実は労働基準法の規定ぶり、制定時には想定していなかったある意味では規定ミスに淵源する結構根深い問題なのです。
この問題、本ブログで先月にかなり詳しく説明していて、おそらく法理論的にこれ以上きちんと説明しているのはほかにないのではないかと思われますので、1か月後ですが、そのまま再掲しておきたいと思います。この問題を論ずるのであれば、せめてこれくらいは頭に入れてから論じていただきたいところです。
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http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/08/post-1631c4.html(休業手当が給与の半額以下になる理由)
今回のコロナ禍で、雇用調整助成金や直接給付と絡んで、労働基準法上の休業手当にも注目が集まりました。その中には、法律の文言上は給与の60%と書いてあるのに、実際はそれより低くて半額以下になるという批判もありました。たとえば、POSSEの今野晴貴さんのこの記事には、
https://news.yahoo.co.jp/byline/konnoharuki/20200503-00176665/(休業手当は給与の「半額以下」 額を引き上げるための「実践的」な知識とは?)
実は、労基法が定める「平均賃金の100分の60」は、それまでもらえていた月収の6割という意味ではない。実際には月収の6割すらもらえないのだ。どういうことか説明していこう。
1日当たりの休業手当の額は「平均賃金×休業手当支払率(60~100%)」で算出される。
平均賃金の原則的な算定方法は、「休業日の直近の賃金締切日以前3ヶ月間の賃金の総額をその間の総日数で除す」というものだ。
勤務日数ではなく暦日数で割るため、算定される平均賃金の額は低くなる。単純な話でいえば、月に20日働いて30万円の収入を得ていた場合、平均の賃金は15,000円になりそうだが、そうではなく10,000円程度になってしまうということである。
とありますし、毎日新聞もこう報じています。
https://mainichi.jp/articles/20200603/k00/00m/040/170000c(休業手当、規定は「平均賃金の6割」なのに…? 支給は「給与の4割」のなぞ)
新型コロナウイルスの影響で、緊急事態宣言の解除以降も、一部の業種では休業が続く。気になるのが休業中の手当だ。労働基準法では、休業手当の支払いを定めているが、現実には支払われないケースや極めて低額のケースもある。金額は「平均賃金の6割以上」と規定されているが、実際に算出すると「月収の4割ほど」にしかならないとの嘆きが聞こえてくる。一体、どういうことなのか。
これ、まず法律の文言を確認すると、第26条の休業手当は、
(休業手当)
第二十六条 使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。
とあり、その平均賃金を規定する第12条は、
第十二条 この法律で平均賃金とは、これを算定すべき事由の発生した日以前三箇月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額をいう。ただし、その金額は、次の各号の一によつて計算した金額を下つてはならない。
一 賃金が、労働した日若しくは時間によつて算定され、又は出来高払制その他の請負制によつて定められた場合においては、賃金の総額をその期間中に労働した日数で除した金額の百分の六十
二 賃金の一部が、月、週その他一定の期間によつて定められた場合においては、その部分の総額をその期間の総日数で除した金額と前号の金額の合算額
大事なのは「賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額」というところです。1月30日のうち出勤日が20日、休日が10日だったら、月給ウン十万円を20日で割るんじゃなくて30日で割っちゃうので、賃金日額が3分の2になってしまいますね。
なんでこんなやり方をしているのかと疑問に思う人もいるかも知れません。日本の労働法政策の密林に分け入って見ましょう。
この平均賃金というのは、労働基準法の特定の部分でしか使われていません。今回の休業手当以外で使われているのは、解雇予告手当と(労災の)休業補償です。
(解雇の予告)
第二十条 使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない。但し、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合又は労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合においては、この限りでない。
2 前項の予告の日数は、一日について平均賃金を支払つた場合においては、その日数を短縮することができる。
3 前条第二項の規定は、第一項但書の場合にこれを準用する。
解雇予告手当というのは、もちろん、解雇予告期間30日の代わりに支払うものです。解雇予告期間というのは、もちろん、出勤日であろうが休日であろうが全部含めて暦日で30日ですね。その暦日30日のすべてについて、賃金日額を支払わせたら、休日分余計に払うことになってしまいますね。だから、暦日で計算する解雇予告期間に対応する解雇予告手当の1日あたりの金額は、分母を総日数として割った1日あたりの賃金額にしなければなりません。はい、これはよくわかりました。
次に労災の休業補償です。
(休業補償)
第七十六条 労働者が前条の規定による療養のため、労働することができないために賃金を受けない場合においては、使用者は、労働者の療養中平均賃金の百分の六十の休業補償を行わなければならない。
こちらも、労災で療養している期間ですから、やはり出勤日だろうが休日だろうが休業補償を払わなければなりません。なので、やはり1日あたりの賃金額は、分母を総日数として割った金額、即ち平均賃金となるわけです。これもわかりました。
そこでおもむろに、今回問題となっている休業手当です。もういっぺん条文を確認してみます。
(休業手当)
第二十六条 使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。
「休業期間中」とありますね。解雇予告手当や休業補償の規定を見てきた目で見ると、これは、出勤日だけではなく、休日も含めた暦日計算としての「休業期間中」であるように見えます。
しかし、労働基準法施行後の極めて早い時期に、労働省労働基準局はこれを休日を除いた日数であるという通達を出しています。これは、地方局からの質問に対して回答したもの(昭和24年3月22日基収4077号)で、質問はむしろ暦日計算するのではないかと聞いており、本省がそれを否定するという形になっています。
問 使用者が法第26条によって休業手当を支払わなければならないのは、使用者の責に帰すべき事由によって休業した日から休業した最終の日までであり、その期間における法第35条の休日及び就業規則又は労働協約によって定められた法第35条によらざる休日を含むものと解せられるが如何。
答 法第26条の休業手当は、民法第536条第2項によって全額請求し得る賃金の中、平均賃金の100分の60以上を保障せんとする趣旨のものであるから、労働協約、就業規則又は労働契約により休日と定められている日については、休業手当を支給する義務は生じない。
この通達が出る以前には、これについて明確に論じたものは見当たりません。寺本広作『労働基準法解説』にも、松本岩吉資料にも、特に記述はありません。とはいえ、総日数で割る平均賃金を使う場所が、解雇予告手当や休業補償のように休日も含めた総日数を対象とする制度であることからすると、それらと同様に休日も含めて休業手当を支払う制度として想定していたのではないかと推測することも不可能ではありません。
ところが、終戦後のどたばたで労働基準法を作って動かしてみると、いろいろと想定外のことが発生してきます。恐らくその一つがこの休業手当で、使用者側から「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合」というけど、そもそも休日は始めから休みなんであって、別に「使用者の責に帰すべき事由による休業」じゃねえだろう、と文句がついたのでしょう。
これはまったくその通りであって、この条文の書き方からすれば、休日はどうひっくり返っても「使用者の責に帰すべき事由による休業」ではないのですね。
ところがその結果、おそらくは解雇予告手当や休業補償と同様に休日も含めた期間全日数を想定して平均賃金を使うことにしていた休業手当について、分母には休日も含めた平均賃金を使いながら、休日は除いた正味の「使用者の責に帰すべき事由による休業」日数分だけを支払わせるという、なんだか変な制度が出来上がってしまったというわけでしょう。
平時であればトリビアに類するような細かな労働法知識ですが、今回のコロナ禍で突然多くの人が注目する土俵の上にのぼってしまったようです。
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(追記)
じゃあ、どうしたらいいのか?という声があるようなので、一言だけ。
上述のように、休日はどうひっくり返っても「使用者の責に帰すべき事由による休業」ではない以上、
問題を指摘してきた指宿昭一弁護士は「今の計算方式は明らかに不合理で生活保障にならない。通達を変更すべきだ」と提言する。
という解決方法は不可能です。
つまり、休日が入らない使用者の責めに帰すべき休業期間にふさわしい休業手当の額にするためには、総日数で割る平均賃金ではなくて、勤務日数で割る標準報酬日額か、あるいは同じ労基法でより多く使われている割増賃金算定基礎の規則25条の日額にするしかありません。
と言うことは、これは不可避的に労基法26条の改正が必要だと言うことになります。
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