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2020年8月28日 (金)

半分ソーシャルだった安倍政権

本日突然安倍首相が辞意を表明しました。政治学者や政治評論家や政治部記者のような話をする気はありませんが、労働政策という観点からすれば、14-13年前の第一次安倍政権も含めて、「半分ソーシャル」な自民党政権だったと言えるように思います。半分ソーシャルの反対は全面リベラルで、第一次安倍政権の直前の小泉政権がその典型です。(本ブログは特殊アメリカ方言ではなくヨーロッパの普遍的な用語法に従っているので、違和感のある人は「リベラル」を「ネオリベ」と読み替えてください)

安倍政権は間違いなくその小泉・竹中路線を忠実に受け継ぐ側面があり、労働市場の規制緩和を一貫して進めてきたことは確かなので、その意味では間違いなく半分リベラルなのですが、それと同時に、一般的には社会党とか労働党と呼ばれる政党が好み、労働組合が支持するような類の政策も、かなり積極的に行おうとする傾向があります。そこをとらえて「半分ソーシャル」というわけです。今年はさすがに新型コロナでブレーキを掛けましたが、第1次安倍政権時から昨年までずっと最低賃金の引き上げを進めてきたことや、ある時期経営団体や労働組合すらも踏み越えて賃上げの旗を振ったりしていたのは、自民党政権としては異例なほどの「ソーシャル」ぶりだったといえましょう。

第二次政権の後半期を彩る「一億総活躍」や「働き方改革」も、その中にちらりとリベラルな芽も含まれていながら、相対的にはやはりかなり異例なほどに「ソーシャル」な政策志向でした。その意味では、社労党ではないにしても、社労族ではあったのは確かでしょう。もっとも、司令塔が経産省出身の官邸官僚だったため、総体としては「ソーシャル」な政策の中にちらちらと変な声が混じったりもしてましたが。

一方で極めてナショナリズム的な志向が強烈にあるために、複数の軸を同時に考えることができない短絡的な脳みそでもって、ややもすると中身を吟味することなくレッテル張りがされる傾向もありますが、職を退いたことでより客観的にその政策を分析することができるようになれば望ましいと思われます。

それにしても、「働き方改革」の柱の一つが「病気の治療と仕事の両立」であり、そのためにわざわざ生稲晃子さんを引っ張り出したりしていたのに、ご本人が潰瘍性大腸炎という難病と内閣総理大臣という職責の両立を断念して辞任するに至ったというのは、やはり仕事のサイズの大きさによってはその両立はそうたやすくはないということなのでしょうか。これもいろいろと考える素材になりそうです。

ちなみに、「半分ソーシャル」といえば、安倍首相がことあるごとに「悪夢のような」と形容していた民主党政権も同じように(いや違う側面でですが)やはり「半分ソーシャル」でした。労働組合が最大の支持勢力であるはずなのに、なぜかふわふわした「リベラル」な空気に乗って、構造改革を競ってみたり、仕分けと称してやたらに切り刻んでみたり、挙句の果ては間違いなく選挙の時に一番一生懸命動いていたであろう組合員の首を平然と斬ったりしていましたね。まあ、それでも下駄の雪よろしくついていく組合も組合ですが。

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コメント

> 「安倍さんとは価値観が同じ」と発言した松任谷由実さんに対し「顔も見たくもないし声も聞きたくないPCに入っていた音楽(CD24枚分)みんな消去した」
https://twitter.com/fukazume_taro/status/1300384495556845570
 
宗教と芸術を分かつのは、人格、人物に注目するか、技術、作品に注目するか、だと思うのですが、メンバーシップ型とジョブ型に相似をしているような気がします

> 宗教と芸術
> メンバーシップ型とジョブ型
 
京都精華というのは、芸術よりのとこみたいですけど、
実際には、その理念では食えないので、メンバーシップ
型に食い込むべく学生には教育(?)をしなければなら
ない、という事情も背景にはあるのかもしれませんね。
当該教員の発言にしても、大学側理事の反応にしても。

>職を退いたことでより客観的にその政策を分析することができるようになれば望ましいと思われます。

安倍政権の政策は定量的に半分かどうかは分かりませんが、リベラルな政策とソーシャルな政策が混在していたと思います。しかし安倍政権の金看板であるアベノミクスの3本目の矢である ”規制緩和” は純リベラル的政策だと思います (1本目の ”規制緩和” と2本目の ”財政出動” は、中立的な政策だと思います) またアベノミクスによって、株価は上がり企業の利益は増えましたが、非正規の労働者が増え労働者の取り分も減ったので、定量的に見ればリベラルな政策のほうが強かったと思います。


>それにしても、「働き方改革」の柱の一つが「病気の治療と仕事の両立」であり、

安倍総理は自身が腸の難病を患っているので、「病気の治療と仕事の両立」を重視されたのでしょうか?
もし安倍総理が母子家庭の出身で母親が非正規雇用で雇止め等で苦労していれば、「子育て支援」を重視されたのでしょうか?


>仕分けと称してやたらに切り刻んでみたり、

民主党政権での仕訳は、児童手当等のソーシャルな政策の財源を確保するために行ったので、ソーシャルな政策と言えなくもないと思います。


>挙句の果ては間違いなく選挙の時に一番一生懸命動いていたであろう組合員の首を平然と斬ったりしていましたね。

申し訳ありません。民主党政権で労働者を解雇した事例が思い出せないのですが、どの様な事例でしょうか?


>労働組合が最大の支持勢力であるはずなのに、なぜかふわふわした「リベラル」な空気に乗って、構造改革を競ってみたり、

自党の支持勢力が反対しても一般人(無党派層)が支持する政策であれば、その政策を採用して支持率を上げたのは、小泉政権です。小泉首相の、”(自民党の支持団体であっても)抵抗勢力は排除する!” という発言で小泉政権の支持率が上がりました。当時の”構造改革”というのは、(支持団体であっても)一部の団体だけが潤う構造を改革して国民全体の利益になる構造にする、という政策でした(小泉氏はその様に主張し多くの国民もその様に理解して支持したと思います)。その様な政策であればソーシャルともリベラルとも言えないように思います。
民主党はマニフェスト等で改革を主張して政権を取れたのは、当時はまだ小泉政権の構造改革路線が国民に支持されていたからだと思います(小泉政権以降の自民党政権の人気がなくなったのは、構造改革路線の人気がなくなったからではなく、構造改革路線に反していると思われたからだと思います)。
自党の支持勢力の支持よりも一般人(無党派層)の支持を優先するという考え方は現在でもある程度有効だと思います。昨年の参議院選挙で立憲民主党と国民民主党はどちらも全国区に組合の候補者を5人立て、立憲民主党は全員当選しましたが国民民主党は2人落選しました。しかし立憲民主党の組合候補の中で最多得票の候補も国民民主党から立候補していれば落選していました。これは立憲民主党には組合候補以外の得票(政党名の得票等)が多かったためです。国民民主党の全国区の得票のうち半分以上は5人の組合候補の得票でした。

https://twitter.com/kurokawashigeru/status/1299516557974884352

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