大澤真理『企業中心社会を超えて』再刊
大澤真理さんの『企業中心社会を超えて 現代日本を〈ジェンダー〉で読む』が、岩波現代文庫に収録されるんですね。本書は1993年に刊行されたほぼ一世代前の本ですが、働く女子の運命を最も的確に論じた名著として、長く読み継がれるに値する本です。文庫収録を機に、また多くの方に読まれることを願っています。
https://www.iwanami.co.jp/book/b521338.html
つうか、拙著『働く女子の運命』は、腰巻にでかでかと上野千鶴子さんの顔が載っているため、上野さんの本じゃないかという誤解すら一部に持たれたようですが、これは文春編集部の鳥嶋ななみさんが上野さんの弟子だったという縁であって、内容的にはあの縦横無尽の上野理論とはほとんど関係はなく、むしろ社会政策の観点から女性労働の問題を追及してきた大澤さんの議論に大きくインスパイアされています。
拙著でも本書をいくつか引用していますが、それよりもむしろ全体の認識枠組みとして、大澤さんの議論が基礎になっていることは、拙著をじっくり読まれた方はよくお分かりのことと思います。
長らく絶版状態で、図書館で読むしかなかった本書が文庫という形で手に取りやすくなるのは喜ばしいことです。
拙著で本書を引用していた部分を、ここで引用しておきましょう(p131)。
知的熟練論と女子の運命
知的熟練論の皮肉は分かったけれども、それが肝心の女子の運命にどういう関係があるのだ?とさっきからうずうずしているそこのあなた。それを見事に説明しているのが、1993年に出た大沢真理氏の『企業中心社会を超えて』(時事通信社)です。彼女は小池氏の知的熟練論を、女性の立場から次のように批判していきます。本書全体のテーマである女子の運命にとって、本章のトピックである賃金制度が持つ意味をクリアに抉り出した一文です。
・・・性別賃金格差の問題はここからほとんど自明のことになってしまう。女の賃金が低いのは、彼女たちに「知的熟練」がないからなのだ。・・・
当然に生じるのは、ではなぜ中小企業労働者には、そして女性では大企業労働者であっても、「知的熟練」がないのか、という疑問であろう。・・・
・・・技能が高まるから賃金があがるのではなく、査定=人事考課による個人差はあれ、ともかくも年齢につれて賃金をあげてやらなければならないからこそ、その賃金にみあう技能をつけさせようとするのだ。ただし、その労働者が男であるという条件つきで。・・・“妻子を養う”男の生活費にみあう賃金に、女をあずからせるということ自体が論外なのである。
この賃金体系を前提とするかぎり、女性正社員の勤続へのインセンティブをくじき、「若年で退社」させることは、企業にとってほとんど至上命題となる。急な年齢別賃金上昇カーブをもつ大企業ほどそうなるだろう。彼女たちを単純反復作業に釘づけするのはその手段の一つと考えられる。・・・
前章最後で見た結婚退職制や女子若年定年制の背後にあるロジックを、見事に摘出しています。
読めばわかるように、大澤さんがここで女性を題材に述べていることを裏返しにすると、『日本の雇用と中高年』で中高年男性について述べたこと(昨今のいわゆる「働かないおじさん」)になるということもお判りでしょう。そう、この27年前の本は、広範な分野における私の議論をインスパイアした原典ともいうべき本なのです。
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この本を文庫化された編集者の方が、「文庫化を企画してよかった!」と言われています。
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>今月の現代文庫、大沢真理さんの『企業中心社会を超えて』をhamachanブログで紹介していただきました。文庫化を企画してよかった!・・・
投稿: hamachan | 2020年8月 4日 (火) 20時06分