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2020年6月10日 (水)

学歴詐称の特殊日本的文脈

なんだか、某都知事の学歴詐称疑惑とやらが取りざたされているようですが、そもそもイスラム帝国が世界のスーパーパワーであった時代ならともかく、今日カイロ大学における留学生としてのディプロマが当該政治的地位の職責にいかなる職業的レリバンスがあるのかよく分かりませんが、なんにせよ、今まで本ブログで学歴詐称についてぼそぼそとつぶやいたエントリを日向干ししてみようと思います。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/09/post-3752.html(大学中退の社会的意味)

なんだか、大学中退すると言っている学生さんが話題のようですが、こういうのを見ていると、嗚呼、日本はほんとに学歴社会じゃないんだなあ、と感じます。

欧米ジョブ型社会では、基本的に学歴とは職業資格であり、その人間の職務遂行能力であると社会的に通用する数少ない指標です。なので、学歴で人を差別することがもっとも正当な差の付け方になります。

他の差の付け方がことごとく差別だと批判されるポリティカリーコレクトな世界にあって、ほとんど唯一何の疑いもなく堂々と人の扱いに差をつけられる根拠が、職業資格であり、職務遂行能力のまごうことなき指標たる学歴だからです。

みんなが多かれ少なかれ学歴そのものを直接の能力指標とは思っておらず、人間の能力ってものは学歴なんかじゃないんだよ、という言葉が半ば本音の言葉として語られ、そうはいってもメンバーとして受け入れるための足切りの道具としては使わざるを得ないねえ、と若干のやましさを感じながら呟くような、この日本社会とは全く逆です。

欧米での観点からすればあれもこれもやたらに差別的でありながらそれらに大変鈍感な日本人が、なぜか異常に差別だ差別だと数十年間批難し続けてきた学歴差別という奴が、欧米に行ってみたらこの世でもっとも正当な差の付け方であるという落差ほど、彼我の感覚の差を語るものはないでしょう。

そういう、人間力信仰社会たる日本社会のどろっとした感覚にどっぷりつかったまま、妙に新しがってかっこをつけようとすると、こういう実は日本社会の本音のある部分を局部的に取り出した歪んだ理想主義みたいな代物になり、それがそうはいってもその人間力というものをじっくりとつきあってわかるようになるために学歴という指標を使わないわけにはいかないんだよキミ、という日本社会の本音だけすっぽりと取り落としてしまうことになるわけです。

(追記)

ちなみに、よく知られていることですが、「大学中退」が、すなわち最終学歴高卒が、大卒よりも、況んや大学院卒なんかよりもずっとずっと高学歴として高く評価されている職場があります。

日本国外務省です。

日本国政府の中枢に、大学4年までちゃんと勉強してディプロマをもらった人よりも、外交官試験にさっさと合格したので大学3年で中退しためにディプロマを持たない人の方が、より優秀でより偉い人と見なされる組織が厳然として存在している(いた)ということにも、日本社会における『学歴』の意味が現れているのでしょう。

そして、それを見て、なるほど学歴なんか何の意味もないんだ、卒業するより中退した方が偉いんだと思って、自分の『能力』を証明する何もないままうかつに中退なんかすると、もちろん地獄が待ているわけですが。

一方で、日本社会の文脈ではここまで指弾される悪質な学歴詐称というのはこういうものなんですね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/11/post-0f34.html(大は高を兼ねない)

こういう大変デジャビュ感溢れる記事がありました。

https://www.asahi.com/articles/ASLCV7TT1LCVPIHB02B.html(「大卒なのを高卒」と詐称 神戸市の男性職員を懲戒免職)

大卒なのを高卒と学歴詐称し、そのまま長年勤務していたなどとして、神戸市は26日、定年後に再任用されていた経済観光局の男性事務職員(63)を懲戒免職処分とし、発表した。・・・

労働法クラスタにとっては懐かしい判例があります。拙著『日本の雇用と労働法』の101ページのコラムから。

41opqwqyq9l_sx304_bo1204203200__20200610092301 【コラム】学歴詐称
 採用に当たり学歴詐称が問題になることは洋の東西を問いません。ただし、欧米のジョブ型社会で学歴詐称といえば、低学歴者が高学歴を詐称することに決まっています。学歴とは高い資格を要するジョブに採用されるのに必要な職業能力を示すものとみなされているからです。日本でもそういう学歴詐称は少なくありません。しかしこれとは逆に、高学歴者が低学歴を詐称して採用されたことが問題になった事案というのは欧米ではあまり聞いたことがありません。
 新左翼運動で大学を中退した者が高卒と称してプレス工に応募し採用され、その後経歴詐称を理由に懲戒解雇された炭研精工事件(最一小判平3.9.19労判615-16)の原審(東京高判平3.2.20労判592-77)では、「雇用関係は労働力の給付を中核としながらも、労働者と使用者との相互の信頼関係に基礎を置く継続的な契約関係」であるから、使用者が「その労働力評価に直接関わる事項ばかりでなく、当該企業あるいは職場への適応性、貢献意欲、企業の信用の保持等企業秩序の維持に関係する事項についても必要かつ合理的な範囲で申告を求めた場合には、労働者は、信義則上、真実を告知する義務を負」い、「最終学歴は、・・・単に労働力評価に関わるだけではなく、被控訴会社の企業秩序の維持にも関係する事項」であるとして、懲戒解雇を認めています。大学中退は企業メンバーとしての資質を疑わせる重要な情報だということなのでしょう。
 これに対して中部共石油送事件(名古屋地決平5.5.20労経速1514-3)では、税理士資格や中央大学商学部卒業を詐称して採用された者の雇止めに対して、それによって「担当していた債務者の事務遂行に重大な障害を与えたことを認めるに足りる疎明資料がない」ので、「自己の経歴について虚偽を述べた事実があるとしても、それが解雇事由に該当するほど重大なものとは未だいえない」としています。低学歴を詐称することは懲戒解雇に値するが、高学歴を詐称することは雇止めにも値しないという発想は、欧米では理解しにくいでしょう。 

ちなみに、自分では日本的システムを徹底的に批判しているアメリカ流の市場原理主義の旗手のつもりの人間が、その実は上述のような日本的感覚に骨の髄までどっぷりつかっていることの見事な実例もありましたな。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/post_6879.html(解雇規制と学歴差別)

労務屋さんのブログで、ちょっと前(4月28日)の日経に載った福井秀夫氏の「厳しい解雇規制見直せ 学歴偏重を助長 所得階層固定し、格差拡大」といういささか「と」な文章を取り上げて、詳細かつ綿密に批判を加えておられます。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20060428#c

このエントリーに、ちょっとコメントをつけておきました。

言い出しっぺの福井氏自身がおそらく混乱しているんだと思いますが、「学歴差別」という言葉で、一体何を指し示しているのかというのが問題でしょう。およそ労働力という商品がかなり使ってみなければ性能がなかなかわからない特殊な商品である以上、ユーザー側がその性能を示す何らかのシグナリングを求めるのは当然です。また、労働力は、(一時的な乱暴な使用に使い潰すような場合もありますが)一般的にはじっくり使い込んで性能を上げていくのがマクロ社会的には効率的ですから、購入前に商品としての性能をじっくり検討するのは当然の行動です。
「学歴」は、一般的には労働力という商品の性能を指し示すものとして正当なものと見なされていますから、アメリカであれ、ヨーロッパであれ、性別から人種から、宗教、障害、年齢、果ては性的志向に至るまで、この差別もダメ、あの差別もけしからんと、差別が軒並み禁止されているような社会であっても、いやむしろそういう社会であればこそ、学歴をシグナリングに用いることは数少ないまことに正当な選別基準と考えられています。
その意味では、自分をアメリカ流の市場原理主義者だと思いこんでいるらしい福井氏自身が、「学歴」と「差別」というあり得ない組み合わせの言葉を何の疑いもなく振り回しているという点を見るだけで、いかに日本的な情緒の世界に生きているかがよくわかりますが、まあそれはご愛敬ですが、なぜ多くの日本人が学歴による選別に対してそういう不当感を抱くかといえば、絶対平等主義の影響というのもおそらくあるでしょうが、実は一番大きなものは、学歴として尊重されているものが、労働力商品の性能のシグナルとして尊重されるべきものとは食い違っているという感覚なのではないかと思われます。

解雇規制については、労働者の労働期間を大きく若年期、壮年期、中高年期に分ければ、相対的に労務コストが大きい若年期と中高年期が主たるターゲットになりますが、実はアメリカも組合のあるところは先任権制度によって、そうでなくても年齢差別禁止法によって中高年は保護されていますから、解雇よりも希望退職で対応することが多いので、結局若年期が大きな違いになります。この時期は企業内教育訓練の時期であるので、解雇規制をうかつな形で緩和すると、企業内訓練が減少し、採用時の職業能力を示す学歴シグナリングの意味がますます高まり、いよいよ「学歴差別」が大きくなる可能性があります。それでもおよろしければどうぞ、というところですが。

ここではやや皮肉な言い方をしていますが、そういう職業能力をダイレクトに示すような学歴「差別」をますます強化せよという考え方であれば、首尾一貫した議論として成り立ち得るでしょう。企業は訳のわからない「官能」などではなく、労働遂行に役立つ技能をどれくらい身につけているのかを示すシグナリングとしての職業教育学歴を尊重すべきである、と。本田先生のご意見などは、(御本人はどこまで意識されておられるのかはよくわかりませんが)そういう考え方だと捉えることも可能です。

私自身、企業(とりわけ大企業)のミクロな立場と社会全体のマクロな立場とでは均衡点がちがうだろうなと、つまり多くの中小企業の立場も考えると、企業入社以前にある程度初期教育訓練を行うことが合理的なシステムに持って行った方が望ましいだろうと考えています。これを言い換えれば、職業人生の最初期については、解雇規制を緩やかにしておいた方がいい面があるだろうということです。ドビルパンの失敗したCPEもそうですが、労働契約法研究会報告で提唱されている試用雇用契約は、そういう観点から検討する必要があるでしょう。 

 

 

 

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コメント

>ちなみに、よく知られていることですが、「大学中退」が、すなわち最終学歴高卒が、大卒よりも、況んや大学院卒なんかよりもずっとずっと高学歴として高く評価されている職場があります。
>日本国外務省です。
>日本国政府の中枢に、大学4年までちゃんと勉強してディプロマをもらった人よりも、外交官試験にさっさと合格したので大学3年で中退しためにディプロマを持たない人の方が、より優秀でより偉い人と見なされる組織が厳然として存在している(いた)

日本国法務省(や裁判所)という組織では、大学3年で司法試験にさっさと合格した人は(中退しなくても)そうでない人よりも、より優秀でより偉い人と見なされるのでしょうか?

>欧米ジョブ型社会では、基本的に学歴とは職業資格であり、その人間の
職務遂行能力であると社会的に通用する数少ない指標です。

あるジョブの職務遂行能力を評価する指標として学歴よりも優れたものがあれば、そちらを重視すると思います。
日本国外務省は、外務省職員としての職務遂行能力を評価する指標として学士号よりも外交官試験のほうが優れていると判断しているから、外交官試験合格後に大学を中退する人を評価するのだと思います。
ジョブ型職業である司法職では、以前は職務遂行能力は学歴ではなく司法試験によって評価されました。最終学歴が中学校卒業でも司法試験に合格すれば司法職につけたと思います。


>みんなが多かれ少なかれ学歴そのものを直接の能力指標とは思っておらず、

日本では、学歴として個々の職業の職務遂行能力である卒業歴(最終学歴)ではなく、一般的な(論理的)能力の素質(地頭, じあたま)の指標として大学の入学歴が評価されているのではないでしょうか?有名大学に入学しなかった人が有名大学の大学院を卒業して最終学歴とする事を表す学歴ロンダリングという言葉もあるそうです。
また最終学歴を職務遂行能力の指標だと思っていない人が多いので、”学位を持たない奴が研究者面するな”という発言があまり賛同されないのだと思います。


>人間の能力ってものは学歴なんかじゃないんだよ、という言葉が半ば本音の言葉として語られ、

上で申し上げたように、日本では大学の入学歴が一般的な(論理的)能力の指標として評価されているにもかかわらず、”人間の能力ってものは学歴(大学の入学歴)なんかじゃないんだよ”という実感を持って言葉が語られたのは
 (A) 能力の種類
 (B) 入学者の範囲
によると思います
(A) 日本では、"一隅を照らす" とか "ナンバー1よりオンリー1" という言葉があるように様々な能力を評価します。このため論理的能力では劣っていても他の能力が優れていれば評価されます。韓国などでは論理的能力が優れた人が評価されるため、役人や学者が評価され、それ以外の職業はあまり評価されないそうです。日本では何代も続いた老舗は評価されますが、韓国の人は”長い間そのような低い職業から抜け出せない事をなぜ自慢気に宣伝するのだろう?”と思うそうです。
(B) 日本では以前は大学に進学できるのはごく一部の恵まれた人でした。大学に進学できる能力があっても経済的な理由で進学できず低い学歴で働いた人が大勢いたと思います。その様な事例が沢山あったので、
 人間の(論理的)能力は学歴じゃない(学歴がなくても同等の能力を持つ人は大勢いる)
という事が実感できたのだと思います。


>新左翼運動で大学を中退した者が高卒と称してプレス工に応募し採用され、その後経歴詐称を理由に懲戒解雇された
>「最終学歴は、・・・単に労働力評価に関わるだけではなく、被控訴会社の企業秩序の維持にも関係する事項」であるとして、懲戒解雇を認めています。大学中退は企業メンバーとしての資質を疑わせる重要な情報だということなのでしょう。

企業メンバーとしての資質を疑わせたのは、最終学歴を詐称したからではなく新左翼運動をした事を隠していたからではないでしょうか?大学を中退した理由が新左翼運動ではなく別の理由(親が倒れて家族の生活を支える必要があった等)であれば、大学を中退した者が高卒と称して採用されても(中退した事が判明しても)、企業メンバーとしての資質には関係ないので、それを理由に懲戒解雇される事はなかった気がします。逆に採用したメンバーが新左翼運動をしていた事を隠していれば、大学中退を正直に申告したとしても(企業メンバーとしての資質に問題があるとして)別の理由で懲戒解雇されたような気がします。
ヨーロッパでジョブ型の仕事をしている労働者が、その仕事に就く前はイスラム国で(非戦闘員であっても)活動していたという事を隠していた事が判明すれば、やはり解雇されるのでしょうか?

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