先日も日経の記事に苦言を呈したばかりですが、
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-a51574.html(なんで「ジョブ型」がこうねじれるんだろう?)
今朝も一面トップでどどーんとやってくれました。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO60599430Q0A620C2MM8000/(「ジョブ型」に労働規制の壁、コロナ下の改革機運に水)
企業が職務内容を明確にして成果で社員を処遇する「ジョブ型雇用」の導入を加速している。新型コロナウイルスの影響を受けた在宅勤務の拡大で、時間にとらわれない働き方へのニーズが一段と強まっているからだ。だが成果より働いた時間に重点を置く日本ならではの規制が変化の壁になりかねない。・・・・
いかに流行語になっているからといって(それにしては、流行語大賞の声はかかってこないなあ)、なんでもかんでもジョブ型って言えばいいわけじゃない。
こういうのを見ていると、この日経記者さんは、日米欧の過去100年以上にわたる労働の歴史なんていうものには何の関心もなく、そういう中で生み出されてきた「ジョブ型」システムというものの社会的存在態様なんかまったく知る気もなく、ただただ目の前の成果主義ということにしか関心がなく、それに都合よく使えそうならば(実は全然使えるものではないのだが)今受けてるらしい「ジョブ型」という言葉をやたらにちりばめれば、もっともらしい記事の一丁上がり、としか思っていないのでしょう。
最近のときならぬ「ジョブ型」の流行で、ちゃんとした労働関係の本なんかまったく読まずにこの言葉を口ずさんでいる多くの人々に、とにかく一番いい清涼剤を処方しておくと、
「ジョブ型」の典型は、アメリカ自動車産業のラインで働くブルーカラー労働者である
これ一つ頭に入れておくと、今朝の日経記事をはじめとするインチキ系の情報にあまり惑わされなくなります。
世界の労働者の働き方の態様は実に千差万別です。その中で、アメリカ自動車産業のラインで働くブルーカラー労働者は、そのあまりにも事細かに細分化された「ジョブ」の硬直性により有名です。
間違えないでください。「ジョブ型」とはまずなによりもその硬直性によって特徴づけられるのです。
だってそうでしょ。厳格なジョブ・ディスクリプションによってこれは俺の仕事、それはあんたの仕事と明確に線引きされることがジョブ型のジョブ型たるゆえんなんですから。
数か月後に刊行される『働き方の思想史講義』(仮題、ちくま新書)の中でも引用していますが、監督者がごみを拾ったといって組合が文句をつけてくるのが本場のジョブ型なんですよ。
そういうジョブの線引きの発想はホワイトカラーにも適用され、雇用契約というのは契約の定めるジョブの範囲内でのみ義務を負い、権利を有するという発想が一般化したわけです。それがジョブ型労働社会の成立。おおむね20世紀半ばごろまでに確立したと言われています。
一方、賃金支払い原理としての成果主義か時間給かというのは、一応別の話。
一応といったのは、むしろジョブ型が確立することで、それまで一般的だった出来高給が影を潜め、時間給が一般化していったからです。
これも、不勉強な日経記者をはじめ、圧倒的に多くの日本人が逆向きに勘違いしているようですが、ジョブ型の賃金制度とは、ジョブそのものに値札が付いているのであり、ということは、人によって値段が違うということはそもそもあり得ないのです。
そもそもジョブ型ではなく、人に値札が付くのがあまりにも当たり前に思っている日本人には意外に思えるかもしれませんが、日本以外の諸国では、ブルーカラーはもとより、ホワイトカラーでもクラーク的な職務であれば、成果による差というのは原則的になく、まさにジョブにつけられた値札がそのまま賃金として支払われます。
ホワイトカラーの上の方になると、そのジョブディスクリプション自体が複雑で難しいものになりますから、その成果実績でもって差がつくのが当たり前になりますが、それは労働者全体の中ではむしろ少数派です。末端のヒラのペイペイまで査定されるなんてのは、人に値札が付くのを不思議に思わない日本人くらいだと思った方がいいくらいです。まあ、日本の「査定」ってのは大体、成果なんかよりもむしろ「情意考課」で、「一生懸命頑張ってる」てのを評価するわけですが、そういうのは日本以外ではないって考えた方がいい。やったら差別だと言われますよ。
で、欧米のジョブ型でも上の方は成果主義で差が付きます。はい、日本の最近のにわか「ジョブ型」論者は、なぜかそこだけ切り出してきて、それよりはるかの多くの労働者を(頑張りで査定している)疑似成果主義の日本を、あたかも純粋時間給の社会であるかのように描き出して、ジョブ型にして成果主義にしようといい募るんですね。いや純粋時間給は欧米の一般労働者の方ですから。
そうじゃないのがいわゆるエグゼンプトとかカードルで、彼らは初めからそういう高い地位で就職します。そういうハイエンドのジョブ型は、日本みたいに頑張りで情意評価なんてのはなくて業績で厳しく査定されますから、多分そこだけ見れば日本が甘くて欧米が厳しいみたいな感想が出てくるのでしょう。
はい、ここまでで、一つ目の話。
もう一つ片づけておかなければならないのは、テレワークの労働時間規制の話です。
・・・IT企業に勤める40代女性は、テレワークで時間管理が厳しくなり仕事の効率が落ちた。パソコンやスマートフォンの操作履歴を会社に把握され、午後5時の就業後にメール1本送れなくなった。「自分の都合に合わせて働けると思ったが、無駄な時間が増えただけ」と窮屈さにため息をつく。・・・
これもちょうど、『労基旬報』にエッセイを書いたところですが、
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-f59241.html(テレワークの推進が問い直すもの@『労基旬報』2020年6月25日号)
かつては、つまり情報通信技術が未発達で、いったん社外に出たらコントロールのしようがない時代というのがあったわけで、そうするとそもそも労働時間規制なんてやりようがないので、事業場外労働のみなし労働時間制でもって全部やっていたわけです。
これって、いってみれば社外裁量制みたいなもんですね。社内にいてもいちいち指示せずに自由にやらせるのが裁量制なら、社外にいて指示のしようがないから自由にやらせるしかないのが事業場外みなし制。
で、実は在宅勤務もかつては原則この事業場外労働でやっていたんですが、なまじ情報通信技術が発達しすぎて、一挙手一投足までいちいちコントロールしようと思えばできるようになってしまったため、むしろ通常の労働時間規制を適用するのが原則になってきてしまったんです。今の事業場外勤務のガイドラインはそうなっているんですが、私はそれには疑問を持っていて、せっかく会社から離れて自由に仕事を進められる可能性があるんだから、(やろうとおもったらできることをあえてやらずに)いちいちコントロールしないことをルール化した方がいいのではないかと思っています。
実をいうと、現在のガイドラインでも、そういうやり方は可能なはずです。
https://www.mhlw.go.jp/content/000545678.pdf(情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン)
テレワークにより、労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、使用者の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間を算定することが困難なときは、労働基準法第 38 条の2で規定する事業場外労働のみなし労働時間制(以下「事業場外みなし労働時間制」という。)が適用される。
テレワークにおいて、使用者の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間を算定することが困難であるというためには、以下の要件をいずれも満たす必要がある。
① 情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと
「情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと」とは、情報通信機器を通じた使用者の指示に即応する義務がない状態であることを指す。なお、この使用者の指示には黙示の指示を含む。
また、「使用者の指示に即応する義務がない状態」とは、使用者が労働者に対して情報通信機器を用いて随時具体的指示を行うことが可能であり、かつ、使用者からの具体的な指示に備えて待機しつつ実作業を行っている状態又は手待ち状態で待機している状態にはないことを指す。例えば、回線が接続されているだけで、労働者が自由に情報通信機器から離れることや通信可能な状態を切断することが認められている場合、会社支給の携帯電話等を所持していても、労働者の即応の義務が課されていないことが明らかである場合等は「使用者の指示に即応する義務がない」場合に当たる。
したがって、サテライトオフィス勤務等で、常時回線が接続されており、その間労働者が自由に情報通信機器から離れたり通信可能な状態を切断したりすることが認められず、また使用者の指示に対し労働者が即応する義務が課されている場合には、「情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこと」とされていると考えられる。
なお、この場合の「情報通信機器」とは、使用者が支給したものか、労働者個人が所有するものか等を問わず、労働者が使用者と通信するために使用するパソコンやスマートフォン・携帯電話端末等を指す。
② 随時使用者の具体的な指示に基づいて業務を行っていないこと「具体的な指示」には、例えば、当該業務の目的、目標、期限等の基本的事項を指示することや、これら基本的事項について所要の変更の指示をすることは含まれない。
ただ、これはあくまでも例外で、テレワークでも通常の労働時間制度の適用が原則とされており、かつ日本の企業はどうしても一挙手一投足を管理したがる傾向にあるので、むしろテレワークは即応義務を課さずにみなし労働制でやるのを原則にした方がいいのではないかと思っているのです。
で、それは上で述べた「ジョブ型」云々という話とはほとんど関係がありません。
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