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2020年5月 3日 (日)

ジョブ型とメンバーシップ型の文明史的起源

なんだかネット上には、ジョブ型だのメンバーシップ型だのという言葉が、言葉ばかりがやたらにあふれているけれど、どれもこれも、特定の側面のみしか目に入っていない「ぼくのかんがえたさいきょうの」議論になっていて、自分としてはもう少し深みのある概念として作ったつもりの私としては、あんまりコメントする気が失せる一方ではあります。

ではありますが、まあせっかくのコロナウイルス下のゴールデンウィークでもあり、世に溢れる議論には出てこないジョブ型とメンバーシップ型の文明史的起源について、かつて海老原嗣生さんの『HRmics』に寄稿した文章をお蔵出ししてみたいと思います。21号の「雇用問題は先祖返り」最終回 「労務賃貸借と奉公の間」です。まあ、こんなものを読んだところで、威勢よく論ずる人々には大して影響はないでしょうけど。

http://www.nitchmo.biz/hrmics_21/_SWF_Window.html

00top_hrmics_vol21

 9回にわたって本誌に連載してきた「雇用問題は先祖返り」も、めでたく今回で最終回を迎えることになりました。いや実を言うと、いい加減ネタが切れてきただけなんですが。今日的政策的話題にはもうめぼしいネタがないもので、今回は苦し紛れに先祖返りも大先祖返り、古代ローマから中世ゲルマン社会にさかのぼるやたら大風呂敷なお話を展開することになります。有終の美を飾ることになるのか、見苦しい最後っ屁をご披露することになるのか、それは最後までお読みいただいた上でご判断いただければ、と。
 
日本民法の源泉
 
 さて今回の話は、拙著『日本の雇用と労働法』(日経文庫)の37ページにあるコラムを膨らませたものです。この前後で私はおおむねこのように説明しています。日本型雇用システムの本質は、雇用契約が職務の限定のない企業のメンバーになるための契約(空白の石版)であることにあります。しかしながら日本国の法制度上は他の国々と同様に、雇用契約は労働と報酬の交換という債権契約と定義しています。この現実社会の姿と法律の建前との隙間を埋めてきたのが裁判所の判決で確立してきた判例法理です。
 と、大筋はこうなのですが、ややトリビア的な知識ながらこれは付け加えておかないと、と思って書いたのが次のコラムです。

労務賃貸借と「奉公」
 雇用関係を債権契約の一種とするのはローマ法の伝統です。ローマ法では、物の賃貸借(locatio conductio rei)と雇用(locatio conductio operarum)と請負(locatio conductio operaris)をすべて賃貸借という概念に一括し、これを受け継いだヨーロッパ諸国の民法では雇用を労務の賃貸借と位置づけてきました。一方、古代ゲルマン社会では主君と家臣の軍事及び宮廷における奉仕を定める身分契約としての忠勤契約(Treudienstvertrag)があり、やがて身分の上下を保ちつつ貴族だけでなく平民にも広がっていき、これが雇用契約の源流となりました。近代ドイツ法では、あくまでローマ法の発想に立って雇用契約を債権契約と位置づけつつも、ゲルマン的伝統から身分契約的性格を強調する学説が唱えられてきました。ちなみにイギリスのコモンローはローマ法の影響を受けず、雇用関係を主従関係(master and servant)と捉えていました。
 中国法でもローマ法と同様、賃貸借、雇用、請負はすべて「賃約」と呼ばれましたし、日本法の「奉公」も武家の「御恩と奉公」という主従関係から広がって、商人や職人の使用人も「奉公人」と呼ばれるようになるなど、東西で並行現象が見られます。
 日本では近代化とともに法伝統が断ち切られ、民法の最初の原案でもフランス流に「使役の賃貸」としていましたが、その後ドイツ法の発想を入れて債権契約の一種として「雇傭」を規定しました。
 労働者保護の問題意識から雇用関係の身分的性格を強調したのは日本労働法の元祖である末弘厳太郎です。戦後労働法学はその影響下で、雇用を債権契約として捉えることに対してあまり積極的ではありませんでした。これが戦後メンバーシップ型の判例法理が発達していった一つの原因かも知れません

 いろんなことを短い中に詰め込みすぎた文章なので、少しずつ解きほぐしていきましょう。まず現代日本の民法ですが、もちろん、債権の中の契約の一種として、雇用契約が規定されています。2004年に口語化される前は「雇傭」という字面でしたが、労務と報酬の交換契約という本質は何ら変わっていません。この現行民法が制定されたのは1896年(明治29年)ですが、その前に制定はされたけれども施行されなかった旧民法というのがありました。その規定上は現行民法と同じ「雇傭」でしたが、その原案を見ると「雇使の賃貸」という表現になっていました。この表現はフランス民法(ナポレオン法典)の直訳です。
 いま市ヶ谷の法政大学にはボワソナードタワーという高い塔が立っていますが、このタワーに名を残しているボワソナードというフランス人が、明治日本のお雇い外国人として民法の制定に力を尽くしたことはご存じの方も多いでしょう。旧民法の原案を見ると、ほんとにフランス民法の丸写しという感じです。フランス民法はフランス革命後の1804年に制定され「ナポレオン法典」と呼ばれています。この法典では、現在でも物の賃貸借と労務の賃貸借が同じ概念の下に規定されています。第3篇第8章「賃貸借」冒頭の第1708条はこう述べます。
賃貸借契約に2種類ある。物の賃貸借と労務の賃貸借である。
Il y a deux sortes de contrats de louage :
Celui des choses,
Et celui d'ouvrage.
 同法典にはもう一つ「家畜の賃貸借」というのもありますが、これは「物」の一種でしょう。そして労務の賃貸借をさらに役務の賃貸借(Du louage de service)、陸上水上運送、見積請負に分け、この役務の賃貸借が雇用契約に当たります。要するに、日本民法の源泉であるフランス民法は現在でも雇傭を労務サービスの賃貸借契約と位置づけているのです。
 
古代ローマ法における労務賃貸借
 
 このフランス民法の発想は、古代ローマ法の発想を受け継いだものです。上のコラムで述べたように、ローマ法では物の賃貸借(locatio conductio rei)と雇用(locatio conductio operarum)と請負(locatio conductio operaris)をすべて賃貸借(locatio conductio)という概念に一括していました。しかし、そもそもなんでローマ人は「労務の賃貸借」なんておかしなことを思いついたのでしょうか。
 それを理解するためには、古代ローマ社会でもっとも重要な労働力利用形態は奴隷制であったということを思い出す必要があります。奴隷は生物学的には人間ですが、法的には「物」であって法的人格を有しません。通常は自由人によって「所有」され、その指揮命令下で労務に服しますが、それは法的関係ではありません。ちょうど、馬や牛のような家畜を指揮命令して働かせるのと同じで、煮て食おうが焼いて食おうが勝手です。ところが、フランス民法に家畜の賃貸借というのがありましたね。それと同じ発想で、奴隷の賃貸借というのも可能です。法律的にはあくまでも物の賃貸借です。ただ、借りた物ですから煮て食おうが焼いて食おうが勝手ではありません。大事に使って傷をつけずに持ち主に返さなければなりません。
 さあ、ここがロードスです、ここで跳びましょう。奴隷を貸し出す主人と貸し出される奴隷が同じ人間だったら?主人としての人間が奴隷としての自分を賃料と引き替えに貸し出すという形になります。この人はもちろん自由人ですから、この貸し出す契約は対等の人格同士の契約です。しかし貸し出された人が実際にやる作業は、奴隷がやるのと同じような借り主の指揮命令下での作業になります。貧富の差が拡大して自由人が生活のために自分自身を貸し出すようになったことと、もう一つは解放された奴隷が引き続き同じ旧主人の下で働き続けることが多かったことから、この法形式が次第に増えていったということです。今日の雇用契約には、この古代ローマの労務賃貸借以来の二面性が脈々と受け継がれています。二面性とはすなわち、法形式上は全く対等な自由人同士の賃貸借契約であるという面と、実態的には主人が家畜や奴隷を使役するのと同じような支配従属関係の下に置かれるという面です。この二面性を矛盾なく統一しているのは、人間の労務をあたかも「物」であるかのように切り出して賃貸借契約の対象にするという法的手法であるわけです。
 ちなみに、こうしたローマ法的発想と全く同じ発想をしているのが中国です。ローマ法が「locatio conductio」と呼んでいるものを、中国では「賃約」と呼びます。「賃」と引き替えに有形無形の何かを貸す契約です。そして、日本語には中国語が一杯入ってきていますから、我々もあまり意識しないままその発想の言葉を使っています。たとえば、家を貸したら家「賃」をもらう、請負作業をしたら工「賃」をもらう、雇われ仕事をしたら労「賃」をもらう。ほら、みんな「賃」でしょ。そういえば、子供がお手伝いしたらお駄「賃」をもらいますね。
 
中世ゲルマン法における忠勤契約
 
 こういうローマ法的発想と全く異なる労働の法的とらえ方が、中世ゲルマン社会で発達した忠勤契約(Treudienstvertrag)です。これは、8~9世紀頃に出現した主君と家来との間の身分法上の契約であって、主君は家来を扶養し保護すべき義務を負うとともに家臣は主君の命令に従って働く義務を負います。その意味では「御恩」と「奉公」が交換関係にある双務契約ですが、ローマ法的な債権契約ではなく、主君と家来という身分を設定する契約であるという点が大きな違いです。主君は主君として守るべき義務があり、家来は家来として守るべき義務があり、手と口をもって厳かに行われる儀式によってかかる身分関係に入ることで双方にそういう義務が生ずるという構成です。重要なのは、主君と家来は対等ではなく身分的支配従属関係にありますが、しかしどちらも自由人であって奴隷すなわち「物」ではない、言い換えれば人間と人間の関係であるという点です。
 中世初期には主として軍事的役務に従軍することと土地を封地として与えることとの交換関係でしたが、やがて一般民衆の間にも広がっていき、主人と召使いの間の関係を規律する僕婢契約(Gesindevertrag)が生み出されていきます。召使いは主人の権力に服し、忠実に労務に従う義務を負う一方、主人は召使いに衣食住を与え、その身辺を保護する義務を負いました。こういう話を聞くと、それって日本の中世の歴史と同じじゃないかと思いませんか。中世の日本でも、主君から封地を賜り「いざ鎌倉」と軍役に従事する武士たちは「御恩」と「奉公」の身分的双務関係にありました。もともとそういう武士の間の関係を指す言葉だった「奉公」が、近世になると年季奉公など町人同士の間の労務供給関係にそのまま使われるようになったことも、ドイツの歴史と相似的です。この僕婢契約こそが雇用契約の原点であるというのが、19世紀末から20世紀初めに活躍したドイツの法学者オットー・ギールケでした。彼はナポレオン法典に代表されるローマ法的発想でドイツ民法が作られようとしていることを批判し、ゲルマン法の伝統に則った雇用契約の規定を設けるよう主張したのです。彼のような主張をする人をゲルマニストといい、その反対側の人々をロマニストといいます。この対立を戦前マルクス主義法学者の平野義太郎は『民法におけるローマ思想とゲルマン思想』(有斐閣)という本にまとめました。
 少し話がさかのぼりますが、中世後期の14~16世紀にかけて、ローマ法がドイツに盛んに取り入れられました。封建社会から市場経済に移行しつつあった当時のドイツ社会にとって、所有権と契約を基本とするローマ法が有用であったからです。そこで、かつては身分契約的色彩が色濃くあったギルドの親方と職人の間の労務契約(Arbeitsvertrag)も次第に独立性を強め、自由労務契約になっていきました。18世紀末から19世紀初めにかけてドイツ各国では民法典が続々と制定されていきますが、1794年のプロイセン、1811年のオーストリア、1865年のザクセンなど、いずれもフランス民法と同様、身分契約ではなく債権契約として雇用契約を位置づけています。ドイツ統一後のドイツ民法もそういう流れで作られようとしていたことに対する批判が、上記ギールケのものでした。
もっとも家事使用人についてはかなり後まで身分契約とされ、僕婢条例が廃止されたのは第一次大戦後の1918年です。
 このギールケの議論を日本で紹介したのが末川博です。第一次大戦後の1921年、『法学論叢』という雑誌に書いた「雇用契約発展の史的考察」という論文は、ギールケの議論を、個人主義的なローマ法思想から集団主義的なゲルマン法思想へという、いわば進歩的な考え方として紹介しました。それは、まだ労働法がほとんど発展していなかった日本としては、不思議ではない反応だったと言えましょう。戦後日本共産党のイデオローグとした活躍した平野義太郎が戦前ゲルマン法思想を褒め称えたのも、この文脈で理解できます。
 ところが、本家のドイツではその後大変皮肉な事態が展開します。権力を握ったナチス政権は、1934年の国民労働秩序法によって、雇用関係を民法の規定する労務と報酬の交換ではなく、経営共同体における指導者と従者の関係と規定したのです。注目すべきはその理屈づけに、ギールケ流の忠勤契約論が使われたことです。正確に言えば、資本主義社会に対する改良の手段として古来の忠勤契約を持ち出して、使用者の労働者に対する保護義務を説こうとしたギールケの意図とはかけ離れて、主君と家来の身分関係(のまがいもの)をグロテスクに復活させるのに使われたと言うべきでしょう。この反省もあって、戦後西ドイツではギールケ流の人格的共同体関係理論は流行らなくなります。
 
メンバーシップ型思想の復活
 
 戦時下日本にも同盟国ドイツからナチス思想が流入し、戦前進歩的労働法学を作り上げてきた末弘厳太郞も、日本主義法学というプロジェクトに参加したりしています。しかし世の中に大きな影響を与えたのは皇国勤労観という名で打ち出された賃金思想でしょう。並木製作所(現パイロット万年筆)の渡部旭は1940年、「賃金制より観たる月給制度」(東京地方産業報国聯合会)でこう述べています。
 家族生活の安定を主眼とするには、欧米流の契約賃金説や労働商品説に由来する賃金制度、まして請負制度のごとき資本主義むき出しの賃金制度は、宜しく之を海の彼方に吹き放って、日本本来の『お給金制』に立ち戻るべきである。
 お給金制とは即ち月給制度のことである。月給制度こそは安業楽土の境地に於て家族制度の美俗を長養し、事業一家、労資一体の姿に於て産業報国の実を挙げ得ると同時に、真に産業を繁栄ならしむる最善の制度なのである。大死一番賃金と能率の関係を切り離せ。
 ようやくここで、本連載の第1回「同一労働同一賃金はどいつの台詞だ?」に繋がってきました。そう、ここから戦後占領下で労働組合主導によって生活給体系が再確立し、政府やとりわけ経営側が同一労働同一賃金原則に基づく職務給への移行を主張したにもかかわらずそれが実現せず、やがて1960年代末から職能資格制度が確立していくことは、繰り返し述べてきたとおりです。
 その際それはもちろん、ナチスドイツや戦時下日本のようにむき出しの主従関係論、忠勤契約論で語られることはほとんどなく、むしろある種社会主義的な労働者保護を前面に出す形で進められたことは間違いありません。しかし、にもかかわらず、それが暗黙のうちに企業を人格共同体関係とする考え方を前提として発展していったこともまた否定することのできない事実でしょう。職務、時間、空間が無限定の就労義務を果たす代わりに、定年退職まで年功昇給により家族も含めた生活の安定を保障するというこの社会的交換は、どうみても中世の「御恩」と「奉公」の交換契約の現代版という匂いがします。
 法律自体はローマ法の伝統を引き継ぎ、労務という無形の物を賃貸借する契約として雇用を位置づけながら、現実社会は本家のドイツともかけ離れたほどに「会社」と「社員」が人格的に結合した構造が確立した戦後日本という社会を生み出したものは何なのか?古代ローマや中世ドイツを遍歴することで、そのヒントが得られるかもしれないということで、連載の最終回を締めさせていただきます。長らくのご愛読ありがとうございました。

ちなみに、ほぼ同じネタを、ヨニウム氏とイケノブ氏のそれぞれ過剰に情緒的な議論を素材にしながら論じたのがこのエントリです。こっちのほうが読みやすいかもしれません。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/post-53fc.html (ジョブとメンバーシップと奴隷制)

世の中には、ジョブ型雇用を奴隷制だと言って非難する「世に倦む日々」氏(以下「ヨニウム」氏)のような人もいれば、

https://twitter.com/yoniumuhibi/status/283122128201609216

本田由紀とか湯浅誠とか、その亜流の連中が、そもそも正規労働を日本型雇用だと言ってバッシングし、正規雇用を非正規雇用の待遇に合わせる濱口桂一郎的な悪平準化を唱導している時代だからね。左派が自ら労働基準法の権利を破壊している。雇用の改善は純経済的論理では決まらない。政治で決まる問題。

https://twitter.com/yoniumuhibi/status/290737267151077376

資本制の資本-賃労働という生産関係は、どうしても古代の奴隷制の型を引き摺っている。本田由紀らが理想視する「ジョブ型」だが。70年代後半の日本経済は、今と較べればずいぶん民主的で、個々人や小集団の創意工夫が発揮されるKaizenの世界だった。創意工夫が生かされるほど経済は発展する。

それとは正反対に、メンバーシップ型雇用を奴隷制だと言って罵倒する池田信夫氏(以下「イケノブ」氏)のような人もいます。

http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51870815.html(「正社員」という奴隷制)

非正社員を5年雇ったら正社員(無期雇用)にしなければならないという厚労省の規制は、大学の非常勤講師などに差別と混乱をもたらしているが、厚労省(の天下り)はこれを「ジョブ型正社員」と呼んで推奨している

・・・つまりフーコーが指摘したように、欧米の企業は規律=訓練で統合された擬似的な軍隊であるのに対して、日本の正社員はメンバーシップ=長期的関係という「見えない鎖」でつながれた擬似的な奴隷制なのだ。

もちろん、奴隷制とは奴隷にいかなる法的人格も認めず取引の客体でしかないシステムですから、ジョブ型雇用にしろメンバーシップ型雇用にしろ、奴隷制そのものでないのは明らかですが、とはいえ、それぞれが奴隷制という情緒的な非難語でもって形容されることには、法制史的に見て一定の理由がないわけではありません。

著書では専門的すぎてあまりきちんと論じていない基礎法学的な問題を、せっかくですから少し解説しておきましょう。

近代的雇用契約の源流は、ローマ法における労務賃貸借(ロカティオ・オペラルム)とゲルマン法における忠勤契約(トロイエディーンストフェアトラーク)にあるといわれています。

労務賃貸借とは、奴隷所有者がその奴隷を「使って下さい」と貸し出すように、自己労務所有者がそれを「使って下さい」と貸し出すという法的構成で、その意味では奴隷制と連続的な面があります。しかし、いうまでもなく最大の違いは、奴隷制においては奴隷主と奴隷は全く分離しているのに対し、労務賃貸借においては同一人物の中に存在しているという点です。つまり、労働者は労務賃貸人という立場においては労務賃借人と全く対等の法的人格であって、取引主体としては(奴隷主)と同様、自由人であるわけです。

この発想が近代民法の原点であるナポレオン法典に盛り込まれ、近代日本民法も基本的にはその流れにあることは、拙著でも述べたとおりです。

このように労務賃貸借としての雇用契約は、法的形式としては奴隷制の正反対ですが、その実態は奴隷のやることとあまりかわらないこともありうるわけですが、少なくとも近代労働法は、その集団的労使関係法制においては、取引主体としての主体性を集団的に確保することを目指してきました。「労働は商品ではない」という言葉は、アメリカにおける労働組合法制の歴史を学べばわかるように、特別な商品だと主張しているのであって、商品性そのものを否定するような含意はなかったのです。

労務賃貸借を賃金奴隷制と非難していた人々が作り出した体制が、アジア的専制国家の総体的奴隷制に近いものになったことも、示唆的です。

一方、ゲルマンの忠勤契約は日本の中世、近世の奉公契約とよく似ていて、オットー・ブルンナー言うところの「大いなる家」のメンバーとして血縁はなくても家長に忠節を尽くす奉公人の世界です。家長の命じることは、どんな時でも(時間無限定)、どんなことでも(職務無限定)やる義務がありますが、その代わり「大いなる家」の一員として守られる。

その意味ではこれもやはり、取引の客体でしかないローマ的奴隷制とは正反対であって、人間扱いしているわけですが、労務賃貸借において最も重要であるところの取引主体としての主体性が、身分法的な形で制約されている。妻や子が家長の指揮監督下にある不完全な自由人であるのと同様に、不完全な自由人であるわけです。

ドイツでも近代民法はローマ法の発想が中核として作られましたが、ゲルマン的法思想が繰り返し主張されたことも周知の通りです。ただ、ナチス時代に指導者原理という名の下に過度に変形されたゲルマン的雇用関係が強制されたこともあり、戦後ドイツでは契約原理が強調されるのが一般的なようです。

日本の場合、近世以来の「奉公」の理念もありますが、むしろ戦時中の国家総動員体制と終戦直後のマルクス主義的労働運動の影響下で、「家長」よりもむしろ「家それ自体」の対等なメンバーシップを強調する雇用システムが大企業中心に発達しました。その意味では、中小零細企業の「家長ワンマン」型とはある意味で似ていながらかなり違うものでもあります。

以上を頭に置いた上で、上記ヨニウム氏とイケノブ氏の情緒的非難を見ると、それぞれにそう言いたくなる側面があるのは確かですが、そこだけ捕まえてひたすらに主張するとなるとバランスを欠いたものとなるということが理解されるでしょう。

ただ、ローマ法、西洋法制史、日本法制史といった基礎法学の教養をすべての人に要求するのもいかがなものかという気もしますし、こうして説明できる機会を与えてくれたという意味では、一定の意味も認められないわけではありません。

ただ、ヨニウム氏にせよ、イケノブ氏にせよ、いささか不思議なのは、理屈の上では主敵であるはずのそれぞれジョブ型そのものやメンバシップ型そのものではなく、その間の「ほどほどのメンバーシップとほどほどのジョブ」(@本田由紀氏)からなる「ジョブ型正社員」に異常なまでの憎悪と敵愾心をみなぎらせているらしいことです。

そのメカニズムをあえて憶測すればこういうことでしょうか。

ヨニウム氏にとっては、(イケノブ氏が奴隷と見なす)メンバーシップ型こそが理想。

イケノブ氏にとっては、(ヨニウム氏が奴隷と見なす)ジョブ型こそが理想。

つまり、どちらも相手にとっての奴隷像こそが自分の理想像。

その理想の奴隷像を不完全化するような中途半端な「ジョブ型正社員」こそが、そのどちらにとっても最大の敵。

本田由紀さんや私が、一方からはジョブ型を理想化していると糾弾され、もう一方からはメンバーシップ型を美化していると糾弾されるのは、もちろん人の議論の理路を理解できない糾弾者のおつむの程度の指標でもありますが、それとともに理解することを受け付けようとしないイデオロギー的な認知的不協和のしからしむるところなのでもありましょう。

あらぬ流れ弾が飛んでこないように(いや、既に飛んできていますが)せいぜい気をつけましょうね。

 

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