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2020年5月

2020年5月29日 (金)

緊急コラム「新型コロナの労働市場インパクト」

JILPTの新型コロナ緊急コラムに、中井雅之さんの「新型コロナの労働市場インパクト─失業者は微増だが休業者は激増し、活用労働量は1割の減少─」がアップされました。

https://www.jil.go.jp/tokusyu/covid-19/column/012.html

4月に入り、失業者増はまだそれほどではないのに対し、休業者が激増しているのが注目されます。この辺は、失業者数がスカイロケットするアメリカと対照的です。

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野口雅弘『マックス・ウェーバー』

102594 野口雅弘『マックス・ウェーバー 近代と格闘した思想家』(中公新書)を、中央公論新社よりお送りいただきました。ありがとうございます。

https://www.chuko.co.jp/shinsho/2020/05/102594.html

『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』『仕事としての政治』などで知られるマックス・ウェーバー(一八六四~一九二〇)。合理性や官僚制というキーワードを元に、資本主義の発展や近代社会の特質を明らかにした。彼は政治学、経済学、社会学にとどまらず活躍し、幅広い学問分野に多大な影響を及ぼした。本書は、56年の生涯を辿りつつ、その思想を解説する。日本の知識人に与えたインパクトについても論じた入門書。

さてしかし、なんで私のような者のところにこういう本をお送りいただいたんでしょうか。実を言うと、正直よく分からないんです。

私は労働法政策と称して労働問題全般をかなり広く扱っているので、結構幅広い分野の方からいろんな本をお送りいただくことが多いのですが、でもおおむね、何らかの意味で労働問題に関わりがある本なんですね。

もちろん、マックス・ウェーバーも『工業労働調査論』(訳は日本労働協会から)という本を出していますし、そもそも有名な『プロ倫』も資本主義の精神というよりはむしろ労働倫理がメインテーマということからすれば、労働問題の思想家といって不思議はないのかも知れませんが、でも正直言って、私のやっていることとのつながりはそれほど深くはなさそうな感じもします。この辺は、お送りいただいた中公新書編集部の方にどういうおつもりだったのか伺った方がいいかもしれません。

もしかしたら、昨年岩波書店から佐藤俊樹『社会科学と因果分析』をお送りいただいて、その紹介を本ブログでしたことが理由なのかも知れません。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/02/post-8337.html(佐藤俊樹『社会科学と因果分析』)

思いだしてみると、今から40年余り前に大学に入ったころのマックス・ウェーバーという人のイメージって、(当時駒場にいた社会学者が折原浩という典型的なウェーバー考証学者だったこともあり)確かにガチ文系という感じでしたね。 

野口さんの本は、佐藤さんみたいに話をひっくり返しているわけではなく、まさに文系の新入生向け入門書として達意の文章なんですが、それこそ折原流のガチガチ聖ウェーバー学とは違い、政治学者らしく、その時代の政治社会状況の中で彼の主要著作を見事に位置付けていて、とてもいい入門書だと感じました。

 

大内伸哉『経営者のための労働組合法教室[第2版]』

51svcgsbj4l_sx350_bo1204203200_ 例によって、讃井暢子さんより大内伸哉『経営者のための労働組合法教室[第2版]』(経団連出版)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

労働組合法を遵守することは、経営者にとっての最低限の責務であり、よい経営のための要諦です。国の最高法規である憲法は、教育、勤労、納税の義務を定めていますが、経営者にはもう一つ、労働組合から申し込まれた団体交渉に応じる義務があるのです。そのため、経営者には労働組合法の基礎的な知識が欠かせません。コンプライアンスを尊重することができなければ、経営者失格です。
本書は、法によって大きなパワーが与えられている労働組合と良好な関係を保ち、よい経営をしていくための一書です。労働委員会の公益委員として数々の事件を担当した著者が、労働組合と上手につき合うための基礎的知識、労働組合をめぐる法的ルールをわかりやすく解説します。
労働組合とどうつき合っていくかに悩む実務担当者、労働組合法を基礎から学びたい組合従事者にもおすすめします。 

大内さんの本としては、大内節はあんまり前面に出ず、ものを知らない経営者に懇切に解説するという風情の本ですが、それでも最後の第19講、20講あたりはいかにも大内さんらしい記述が見られます。

 

 

2020年5月28日 (木)

JILPT緊急コラム「新型コロナ休業支援金/給付金の諸問題」

JILPT緊急コラムとして「新型コロナ休業支援金/給付金の諸問題」がアップされました。

https://www.jil.go.jp/tokusyu/covid-19/column/011.html

5月15日付の本コラム(「新型コロナ休業への公的直接給付をめぐって」)において、当時創設に向けた動きが進みつつあった新型コロナウイルス感染症に係る休業者への直接給付に関して、失業保険/雇用保険制度における災害時の見なし失業制度や一時帰休に対する失業保険の適用について簡単な解説を行った。その新たな直接給付制度の法案要綱が、5月26日の労働政策審議会職業安定審議会に諮問された。今後、法案が国会に提出され、成立すれば直ちに省令等が制定され、施行されることになる。・・・・

この制度と労働基準法上の休業手当との関係について若干論じています。

(リンクが間違っていましたので、貼り直しました)

 

2020年5月27日 (水)

『日本労働法学会誌』133号

Isbn9784589040893 『日本労働法学会誌』133号が届きました。昨年10月に立命館大学で開催された第136回大会の記録です。

https://www.hou-bun.com/cgi-bin/search/detail.cgi?c=ISBN978-4-589-04089-3

既に本ブログでも何回か述べてきたとおり、わたくしは石田眞、石井保雄両氏と一緒に「労働法学は労働法の歴史から何を学ぶか」というワークショップで報告をしました。私のタイトルは「20世紀システムと労働法政策」で、前半は拙著『日本の労働法政策』のあらすじですが、後半は戦後労働法学、とりわけプロレーバー労働法学に対する歴史的認識をちらりと述べており、その後の石井さんの「戦後労働法学の歴史(時期)区分とその特徴」と対比しながら読むと、また一層興趣が湧くのではないかと思います。

そして、本書の冒頭には、毛塚勝利さんの特別講演「戦後労働法学の批判と継承」が載っており、このテーマに大きな示唆を与えています。

 

 

 

 

2020年5月26日 (火)

今スグ使おう!雇用調整助成金@連合

連合が「今スグ使おう!雇用調整助成金」という動画をアップしています。

 

新型コロナウイルス感染症等の影響に対応するための雇用保険法の臨時特例等に関する法律案要綱

本日、オンラインで開催された労働政策審議会の雇用保険部会の資料がアップされています。

https://www.mhlw.go.jp/content/11601000/000633864.pdf

例の休業時の直接給付ですが、「新型コロナウイルス感染症等の影響に対応するための雇用保険法の臨時特例等に関する法律」という長ったらしい名前がついています。

雇用保険法の雇用安定事業として「新型コロナウイルス感染症対応休業支援金」というのを創設するということなんですが、その法律上の規定ぶりがこうです。

政府は、新型コロナウイルス感染症等の影響による労働者の失業の予防を図るため、雇用安定事業として、新型コロナウイルス感染症等の影響により事業主が休業させ、その休業させられている期間の全部又は一部について賃金の支払を受けることができなかった被保険者に対して、新型コロナウイルス感染症対応休業支援金を支給する事業を実施することができることとすること 

政府は、新型コロナウイルス感染症等の影響による労働者の失業の予防を図るため、新型コロナウイルス感染症等の影響により事業主が休業させ、その休業させられている期間の全部又は一部について賃金の支払を受けることができなかった被保険者でない労働者(厚生労働省令で定める者を除く。)について、予算の範囲内において、新型コロナウイルス感染症対応休業支援金に準じて特別の給付金を支給することができることとすること

被保険者だけでなく、被保険者でない労働者にも出しますよというのは今日の政策方向としてはいいのですが、問題は太字のところです。休業させられているけど賃金の支払いを受けられないって、労働基準法の休業手当の支給義務があるかどうかとは関係なく、というか、本当は使用者が休業手当を払わなければならない場合であっても、そんなこと言っていては生きていけないから、とにかく支援金や給付金を支給しますよというのは、給付行政としてはそれでいいのですが、ではそれで労働基準法上の休業手当支払い義務がなくなるかというとそういうわけではないはずです。

これ、職業安定行政と労働基準行政をまたいだ結構深刻な問題をもたらす可能性がありますね。この支援金や給付金の支給を受けた休業労働者が、他方で使用者に対し労基法上の休業手当の支払いを求めた場合、この支援金や給付金は別に使用者に代わって支払ったわけではないので(その点で、未払い賃金の立て替え払いとは異なります)、使用者は当該休業労働者が国から支援金ないし給付金を受け取ったことを理由としてその支払いを拒むことはできないと解されます。

しかしそうすると、休業労働者は国と使用者から二重に休業手当を受け取れることになってしまいます。ここんところ、どう整理することができるのか、この資料からだけでは何とも言えませんね。

 

 

雇用類似の働き方に関する現状と課題@『日本政策金融公庫論集』第47号

『日本政策金融公庫論集』第47号に「雇用類似の働き方に関する現状と課題」を寄稿しました。

https://www.jfc.go.jp/n/findings/pdf/ronbun2005_03.pdf

 近年、第4次産業革命と呼ばれる情報通信技術の発展により、これまで雇用契約の下で遂行されてきたさまざまな業務がプラットフォーム経済、ギグ経済、クラウド労働等々、個人請負等の自営業として行われる傾向が高まり、雇用類似の働き方に対する政策対応が試みられている。雇用類似の働き方の歴史は古く、これまでも家内労働法、労災保険の特別加入といった法政策とともに、在宅ワークガイドラインなど非法制的対応もとられてきた。とりわけ2017年3月の働き方改革実行計画以降、厚生労働省は累次の検討会を開催し、その政策対応を図っている。

 検討会に示されたJILPTの試算によれば、「発注者から仕事の委託を受け、主として個人で役務を提供し、その対償として報酬を得る者」と定義される雇用類似就業者の数は、全体で約228万人であり、このうち主に事業者を直接の相手とする者は約170万人である。

 諸外国でも雇用類似就業者に対するさまざまな政策対応が試みられているが、近年注目すべきものとして、アメリカのカリフォルニア州で2019年にギグ法といわれる法改正があり、独立請負業者として認められる要件を厳格に限定している。

 

今野浩一郎/佐藤博樹『人事管理入門(第3版)』

9784532135027_2 今野浩一郎/佐藤博樹『人事管理入門(第3版)』(日本経済新聞出版社)をお送りいただきました。ありがとうございます。佐藤先生には、本ブログにコメントしていただいたのとほぼ同時ということになります。

https://nikkeibook.nikkeibp.co.jp/item-detail/13502

人事管理をめぐり状況変化は続いています。本書は、人事管理の決定版テキストとして好評を博しているテキストの改訂版です。同一労働同一賃金については関連する章で説明し、データも全面刷新しました。新たなテーマについてはcolumnを中心として解説しています。

初版が2002年ですからもう20年近くになりますが、依然としてこの分野の基本書中の基本書ですね。

コラムの中には、トピックス編として「ジョブ型雇用(限定雇用)とメンバーシップ型雇用(無限定雇用)」というのもあり、

・・・限定雇用が欧米企業の雇用システムに該当し無限定雇用は日本企業の雇用システムに該当すると主張するなど、理念型を現実の雇用システムと同視する議論もある。しかし、2つの類型は、雇用システムの理念型であり、現実の雇用システムの特徴を理念型との異同によって把握するための分析概念である。・・・

と、ややもすれば陥りがちな議論に釘を刺しています。

 

 

 

『ビジネス・レーバー・トレンド』2020年6月号

202006 一方、『ビジネス・レーバー・トレンド』2020年6月号はJILPTの調査に基づく「日本人の就業実態の変化」が特集ですが、

https://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2020/06/index.html

JILPT調査
20 ~ 40 代では男性より女性の方が仕事を生きがいにする割合が高い――30 代女性の就業率が約7ポイント伸びるなどM字カーブは改善傾向に「第3回日本人の就業実態に関する総合調査」結果から 調査部

解説 意欲を持って仕事に生きがいを感じる働き盛り女性の姿が浮き彫りに――正規・非正規の格差解消の環境整備も 就業実態に関する総合調査から8年間のデータの変化を見る 郡司正人・調査部長 

いま現在の状況からすると、その次の

ビジネス・レーバー・モニター(産別・単組)調査 新型コロナウイルス感染症の影響が広範囲に影を落とす 調査部 

が注目でしょう。これは全文PDFファイルで読めますので、是非ざっと目を通してみて下さい。

https://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2020/06/024-027.pdf

 新型コロナウイルス感染症の影響について、調査対象労組の多くが、景況の悪化による賃金交渉への影響の懸念や、企業における働き方の変化を報告――JILPTが実施した産別・単組対象の「ビジネス・レーバー・モニター」調査の回答からは、例年の賃金交渉とは異なる状況が浮かび上がっている。調査ではモニターの産別、単組に対し、①春季労使交渉での要求の柱と、妥結・合意した賃上げ結果・労働条件改定の内容②新型コロナウイルス問題に起因する国内外の経済状況がどのように影響をおよぼしたか、またそれらが職場の働き方等にどのような変化をもたらしたか――について尋ねた。調査票は産別24組織、単組26組織に配布し、産別6組織、単組9組織から回答を得た。単組はほぼ大手企業の労組が対象。調査期間は2020年3月10日から同月24日。

海外労働事情では、ドイツの「労働社会相、「在宅勤務権」の法案構想――新型コロナウイルスを契機に」という記事が注目です。

これは残念ながらまだネット上では読めませんが、ちょっとだけチラ見せすると、

・・・フベルトゥス・ハイル労働社会相は、ウイルスの脅威が去った後も、労働者が望めば在宅で勤務できる権利(在宅勤務権)に関する法案の構想を発表した。早ければ今年の秋頃に新たな法案が出される可能性がある。・・・

・・・報道によると、フベルトゥス・ハイル労働社会相の提案は、同氏が属する社会民主党(SPD)の議員や野党議員から多くの賛同を得ている。・・・

・・・他方、ドイツ使用者団体連盟(BDA)のシュテファン・カンペテル会長は、時代遅れの政策で、このような立法は不要だとした上で、「人々が在宅で働くだけでは経済は回らない」と述べて反対している。

これ、ドイツに詳しい人による詳報が欲しいところです。

 

 

 

『日本労働研究雑誌』2020年6月号

719_06 『日本労働研究雑誌』2020年6月号は「無償労働と有償労働の間」が特集です。

https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2020/06/index.html

提言 無償労働の再定義へ 野川忍(明治大学法科大学院教授)

解題 無償労働と有償労働の間 編集委員会

論文 無償労働の経済的評価 橋本美由紀(高崎経済大学非常勤講師)
「無償」労働と賃金 皆川宏之(千葉大学教授)
介護手当と家族介護──ドイツの動向から考える 森周子(成城大学准教授)
家事と仕事をめぐる夫婦の関係 永井暁子(日本女子大学准教授)
労働の動機づけにおける金銭的報酬と非金銭的報酬の役割 村山航(レディング大学教授) 

このうち法律論は皆川さんの論文だけですが、概説的で、もう少し突っ込みがあればよかったかなという感もあります。

とりわけ、今回の高齢法改正で65歳から70歳までの就業メニューにも入ってきた有償ボランティアについては、法律論として突っ込みどころが満載で、それだけで一本論文を立てても良かったくらいだと思うので。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/07/post-92e181.html(さわやか福祉財団『いわゆる有償ボランティアのボランティア性』)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/10/post-08b743.html(有償ボランティアの労働者性@WEB労政時報)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-d8ca.html(ボランティアといえば労働じゃなくなる?)

もちろん、ボランティア活動はたいへん崇高なものではありますが、とはいえ親分が「おめえらはボランテアなんだぞ、わかってんだろうな」とじろりと一睨みして、子分がすくみ上がって「も、もちろんあっしは労働者なんぞじゃありやせん」と言えば、最低賃金も何も適用がなくなるという法制度はいかがなものか、と。 

 

 

 

 

就業形態による社会保険格差の盲点-傷病手当金@WEB労政時報

WEB労政時報に「就業形態による社会保険格差の盲点-傷病手当金」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers/login.php

新型コロナウイルス感染症に対する対策として、労働社会政策においてもさまざまな施策が打ち出されていますが、その中に日ごろあまり世間の関心を惹かないある分野が顔を出しています。それは、3月10日の「新型コロナウイルス感染症に関する緊急対応策 ―第2弾-」にあるこの一節です。・・・・ 

傷病手当金とは、健康保険等公的医療保険の被保険者が疾病または負傷により業務に就くことができない場合に、療養中の生活保障として保険者(全国健康保険協会、健康保険組合等)から行われる金銭給付です。実物給付である療養の給付と並ぶ重要な給付なのですが、社会保障に関する議論ではあまり重視されない傾向があります。・・・・ 

今回のコロナ危機は、様々な雇用形態、就業形態間の格差を露わにしましたが、その一つとして、あまり意識されない傷病手当金を取り上げてみました。

 

ホストクラブとキャバクラはメンバーシップ型とジョブ型?

Image_20200526065101 いまや、ジョブ型、メンバーシップ型という概念はほとんど何にでもつくくらいポピュラーになったんだなあ、としみじみ思うような文章がありました。

新宿、歌舞伎町の元売れっ子ホスト手塚マキさんのインタビュー記事から。 

https://www.timeout.jp/tokyo/ja/things-to-do/interview-maki-teduka

・・・ホストクラブとキャバクラの違いについて、私は「メンバーシップ型」と「ジョブ型」という言い方をよくします(濱口桂一郎著『若者と労働』より)。高度成長期の日本のように、とにかく一度雇って本人の個性や魅力を判断し、うまく成長させていくのがメンバーシップ型、女の子が入店初日から商品価値を問われるのがジョブ型です。
では、ホストクラブは?というと、思い切りメンバーシップ型です。まだ何者でもない男の子たちを、とりあえず受け入れて育てていくわけですから。しかも、ホストクラブというのは、一見さんが来ていきなり10万円を使うことはほぼありません。最初は3,000〜5,000円程度のお試し価格で入店し、顧客がホストを気に入り指名するようになって、初めて売り上げが立つのです。・・・ 

ふうむ、そうなのかぁ。

 

2020年5月25日 (月)

『Japan Labor Issues』5・6月号

Jli_20200525214301 JILPTの英文誌『Japan Labor Issues』5・6月号がアップされました。

https://www.jil.go.jp/english/jli/documents/2020/023-00.pdf

Trends Key topic: Challenges Facing Japan: Work Styles and Labor Shortages: MHLW’s White Paper on the Labor Economy 2019

Research Research notes: Realities of Restructuring Enterprise Organization in Japan: Frontlines of Industrial Relations OH, Hak-Soo

Judgments and Orders Worker Status of the Joint Enterprise Cooperative Members The Joint Enterprise Cooperative Workers’ Collective Wadachi Higashimurayama Case HAMAGUCHI Keiichiro

Japan’s Employment System and Public Policy 2017-2022 Wages in Japan Part I: Why Does Japanese Wage Curve Have a Strong Seniority Element? NISHIMURA Itaru 

呉学殊さんの企業組織再編に係る労使関係の分析、西村純さんの日本の賃金制度の分析に挟まれて、わたくしの判例評釈は企業組合ワーカーズ・コレクティブ轍・東村山事件で、テーマは企業組合メンバーの労働者性です。これは、一見周辺的なトピックのようですが、なかなか興味深い問題を提起していると思います。

 

 

2020年5月23日 (土)

菅野和夫『労働法の基軸』

L24322 菅野和夫著、岩村正彦・荒木尚志聞き手『労働法の基軸 学者五十年の思惟』(有斐閣)をお送りいただきました。菅野先生が自らの人生を弟子の岩村・荒木両氏に語った本です。

http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641243224

副題には「学者五十年」とありますが、それ以前の生い立ちから幼少時代、学生時代のこともたっぷりと語られています。冒頭、菅野先生のお父様が満州からソ連に抑留され、シベリアのチタ州の収容所で亡くなったこととか、中学校のクラスの半数以上が集団就職していったこととか、ほかの3人兄弟は商業高校に進学し、和夫先生だけが普通科に行ったこととか、1950~60年代の地方の有様が浮かび上がってきます。

学生時代は全然授業に出ず、合気道ばかりやっていて、司法試験に合格して司法修習所で修習が終わるころ、労働弁護士を目指して旬報法律事務所に就職が決まっていたのが、突然石川吉右衛門先生に「助手になれ」と言われて、一転研究者人生が始まった・・・というあたりもなかなか波乱万丈です。

その後も、この目次のように、実に幅広い活躍をしてこられているので、話の広がりが大きいです。

第1章 ふるさとから東京へ
第2章 労働法学へ
第3章 菅野労働法学
第4章 労働政策への関わり
第5章 労働委員会での労使紛争処理
第6章 国際人として
第7章 大学人として
第8章 JILPTの調査研究に参加して
第9章 研究者生活を通じて
終 章 労働法五十年の変化をみつめて 

非常に多くの方が、自分にかかわりのあるところをどこかに見出すでしょうが、私の場合、もちろん菅野先生がJILPT理事長だったころにその部下としてお仕えした時期がそれにあたります。独法改革で国際関係業務がバッサリ削られていたJILPTの国際プレゼンスを高めなければならないという大号令で始まった国際比較労働政策セミナーの第2回目で、理事長から「君が基調報告をやれ」と言われ、逃げ回っても許してくれず、おぼつかない英語でやらざるを得なかった記憶が、316ページ辺りを読んで蘇ってきました。

 

 

 

2020年5月22日 (金)

請負でも実態で労供というのは戦前から

ついでに、もひとつ労働法政策トリビアを。

下のエントリで極めて重要といった職業安定法施行規則改正第4条ですが、実は形式は請負といっていても、実態が労供なら労供と判断するってのは、戦前の1938年の改正職業紹介法に基づき労務供給事業が規制対象となって時からのものなんですね。

労務供給事業規則に関する疑義の件(昭和13年10月15日収職第514号)で、「事業請負の形式なるもその内容は主として労務の供給をなす場合」は「その形式の如何を問わず労務供給事業として労務供給事業規則の適用を受くべきもの」と回答しています。

派遣請負区分告示の一番早い時期の源流はおそらくこの通牒だと思われます。

職業安定法施行規則は1条ずつずらしていた!

はっきり言って、これは超ウルトラトリビアですので、労働法政策のトリビアに関心のない人は読まない方がいいです。

11021851_5bdc1e379a12a_20200522173401 さて、労働力需給調整システムの立法史において、1948年2月の職業安定法施行規則により挿入された第4条の労働者供給事業と請負の区分基準は、後に労働者派遣事業と請負の区分基準告示のもとになったものとして極めて重要な意味を持っています。拙著『日本の労働法政策』においても、このようにその経緯が記述されています。

・・・・ある意味では戦後職業安定法の最大の特徴は労働者供給事業のほぼ全面的な禁止にあると言うこともできる。この禁止については、法律で「何人も、第四十五条に規定する場合(=労働組合が許可を受けた場合)を除くの外、労働者供給事業を行つてはならない」(第44条)と規定しただけでは足らず、たとえ契約が請負の形式であっても労働力を主体とする作業は労働者供給事業として禁止せよとGHQの厳命が出た。これにより、GHQ指示メモの通りに1948年2月職業安定法施行規則が改正され(第4条)、たとえ契約が請負契約であっても、①作業の完成について事業主としての財政上並びに法律上の全ての責任を負うものであること、②作業に従事する労働者を指揮監督するものであること、③作業に従事する労働者に対し、使用者として法律に規定された全ての義務を負うものであること、④自ら提供する機械、設備、器材(業務上必要な簡単な工具を除く)若しくはその作業に必要な材料、資材を使用し又は専門的な企画、技術を必要とする作業を行うものであって、単に肉体的な労働力を提供するものでないこと、という4要件を全て満たさない限り、労働者供給事業と見なして禁止するというところまで行きついた(請負4要件)。・・・・ 

さて、職業安定法施行規則を改正して新たに第4条を設けた・・・とすると、改正前の第4条はどうなったんでしょうか?当然あったはずですよね。

というわけでいろいろ探してみたのですが、なにしろ、そもそも職業安定法施行規則自体ができたのが1947年12月27日で、できてすぐに改正されているんですね。その2か月足らずの間の条文というのがなかなか見つからない。

ようやく探し当てて、第4条を見たら・・・・改正後の第5条でした。第5条を見たら改正後の第6条でした。以下同文で、結局最後の第34条が改正後の第35条でした。

なんと、第3条と第4条の間に新たに1条を挿入するのに、その後ろの条文をすべて1条ずつずらすというやり方をしていたんですね。

今だったら当然、第3条の2とするところですが、終戦直後の時代にはこんな法制執務でやっていたのでしょうか。

 

 

フルプレイヤーとして働く高齢者が必要なんだが

本体ではなくしっぽの検察官の定年延長ばかりに焦点が当たって炎上した国家公務員法改正案は、当の某認証官の賭けマージャン退職に揺れる中で、本体の見直しに向かいつつあるようです。

https://news.tv-asahi.co.jp/news_politics/articles/000184528.html(国家公務員法改正案 安倍総理見直し検討の考え)

 安倍総理大臣は検察官を含む国家公務員の定年の延長を可能にする国家公務員法の改正案について、見直しを検討する考えを示しました。
 安倍総理大臣:「この法案を作った時とは状況 が違っているのではないかという(自民)党にもそういう意見があることも承知している。そうしたことを含めてしっかりと検討していく必要はあるんだろうと思っている」
 改正案について、自民党内からは新型コロナウイルスの影響で雇用情勢が悪化しているなかで「公務員だけ定年を延長してよいのか」と見直しを求める声が上がっています。安倍総理は「定年延長を含む制度改革は国民の意見に耳を傾けることが不可欠だ。国民の理解なくして前に進めることはできない」とも述べ、見直しを検討する考えを示しました。 

この自民党内の声は、あたかも定年を引き上げることが労働者(本件では公務員)の有利であることが前提になっているようですが、世界的にはむしろ、フランスの労働組合の定年引上げ反対デモに見られるように、逆の考え方も多く見られます。

基本に立ち返って考えれば、もし提供する労務とその対価として支払われる給与が釣り合っているならば、一方的に有利でも不利でもないはずですが、日本では定年引上げが労働者に有利であるように受け取られるのは、いうまでもなく高齢層(それに先立つ中高年層)において、提供する労務とその対価として支払われる給与が釣り合っていない、要するにその働きよりもたくさん給与をもらっていると思われているからであり、それは日本型雇用システムにのっとり年功的な給与体系のもとでは、多くの場合事実であるからでしょう。

いやむしろ、定年前の段階では、働きよりもたくさん給与をもらっていること大前提にして、7割に引き下げるという(同一労働同一賃金原則に正面から反する)ことを平然とやろうとしているのが今回の改正案なのですが、そっれでもなお、提供するであろう労務に比べて釣り合わない高すぎる給与だと、みんな思っているから、こういう反応が出てくるわけですね。

12日前に本ブログで書いたように、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/05/post-1cb698.html(メンバーシップ型公務員制度をそのままにした弥縫策としての改正案)

・・・でもね、国家公務員法という法律は今から70年以上も昔、純粋ジョブ型公務員制度として出発していたということを知っている人からすれば、ここまでジョブ型原理に反する年齢差別的な仕組みを持ち込まないと動きが取れないほどに、メンバーシップ型の制度になり果ててしまったんだなあ、と思い半ばに過ぎるものがあるかもしれませんね。 

結局、年齢が上がるにつれてその貢献に比べてもらいすぎになるという構造をそのままにして、年金改正に合わせた高齢者雇用を進めようとすれば、こういう矛盾が露呈することにならざるを得ないわけですが、そういう一番肝心かなめの議論をみんな回避して、枝葉末節のことばかりにかまけてきたことのツケが、今の惨状なのかもしれません。

もひとつ、今回の改正案について、しっぽじゃない本体それ自体の問題点に着目していた数少ない議論として、厚労省を退職した千正康裕さんの議論がありました。

https://note.com/yasusensho/n/n42cc6c902943(誰も指摘しない検察庁法改正法案の最大の懸念)

 改正法案で導入されるのはいわゆる役職定年と定年延長です。
平たく言うと、60歳超えると幹部にはならずに給料が7割に減るということです。
つまり、幹部ではなくスタッフになるわけですが、さすがに60歳超えた人に、24時間、土日対応は難しいと思いますし、させるべきでもありません。時間ではなく、知識や経験を活かすような形で働いてもらうしかないでしょう。
また、国家公務員は定員が法令で決められていて全体の人数は変わらないので、定年延長される人の分、60歳以下の職員の人数が減ることになります。
結果として起こることは、24時間、土日対応可能な職員の割合がますます減っていくということです。

そもそも論でいえば、今の霞が関のような常時「24時間、土日対応可能」を前提とする仕組みそのものが異常なので、それこそ真っ先に見直されるべきではありますが、そうでなくても、普通のまともなフルの働き方すらできなくなっている(いわゆる「働かないおじさん」)ということも、この問題の背景にあるでしょう。日本型雇用システムのもとでは、管理職というのはマネジメントという一個の専門職ではなく、勤続への報償的性格を有するため、マネジメント能力の足りないしろうと管理職が給与が上がるにつれて却ってプレイヤーとしての能力を減退させていき、役職を外されると、かつてはそれなりにあったはずのプレイヤーとして活躍することすら難しくなり、やることなくただ高給を食んでいるとみなされていくわけです。そうなると、7割に給与を下げたところで、もらいすぎに変わりはなく、そんな公務員に一方的に有利な改正は見直せというような意見が、もっともらしく見えてくるわけですね。

その意味では、本来必要であり進めるべき定年引上げの前提条件としては、年功的な給与体系を働きに見合ったものにどうしていくかということに加えて、そもそも(素人管理職にすることなく)フルのプレイヤーとして若年期から中高年期、そして高齢期の65歳までを一貫して働き続けるような人事管理のシステムをどう構築していくかという大きな課題があるといえるのでしょう。

で、もともと国家公務員法はそういう設計(職階制)で作られていたんだけどね、とぼそっとつぶやいてみたりするわけですが。

 

 

2020年5月21日 (木)

野川忍編著『労働法制の改革と展望』

08223_20200521150101 前に予告をしていた野川忍編著『労働法制の改革と展望』(日本評論社)が届きました。

https://www.nippyo.co.jp/shop/book/8223.html

働き方改革関連法に代表される労働法制の動きを総合的に評価し、今後実効性のある、有意義な労働法制の構想を広く展望する。 

何回か予告してきたように、わたくしも第13章の「日本の外国人労働者法政策-失われた30年」を執筆しておりますが、この目次の執筆者をみれば、大変読む価値の高い論文が並んでいることが分かると思います。

第1章 労働法制の展開ーー現状と動向………野川 忍
第2章 労働時間規制の手法ーー長時間労働規制と労働時間法制のあり方………長谷川 聡
第3章 年次有給休暇制度における付与義務構成の再評価ーー労基法上の義務としての休暇制度………奥田香子
第4章 裁量労働制の意義と課題ーー時間計算の仕組みと適用除外制度のあいだ………石田信平
第5章 派遣労働法制と均衡処遇の課題………國武英生
第6章 パートタイム・有期雇用労働法の制定と同一労働同一賃金理念………川田知子
第7章 企業変動に対応する労働法制の可能性………中井智子
第8章 労働安全衛生法の新たな機能………小畑史子
第9章 正社員の法的位置ーー合意型正社員の可能性………野川 忍
第10章 多様な労働者・就労者像の実態と法的位置づけ………岡田俊宏
第11章 労働市場活性化への法政策 大木正俊
第12章 マイノリティのための労働法制へ向けてーー立法政策のための基礎理論的考察………有田謙司
第13章 日本の外国人労働者法政策ーー失われた30年………濱口桂一郎
第14章 労働法の規律のあり方についてーー隣接企業法との交錯テーマに即して………土田道夫
第15章 労働者代表制の構築に向けて 皆川宏之
第16章 使用者側からみたハラスメント法制の現状と課題に関する一考察………町田悠生子
第17章 「働き方改革」の到達点とこれからの労働法の可能性………水町勇一郎 

ちなみに、他の論文と異なり、わたくしの第13章には注が全くついていませんが、これは全部削ったからです。最初の原稿は倍くらいあり、半分に減らせと言われてその通りにした際に、注も全部外しました。

2020年5月20日 (水)

最新の労働者協同組合法案@『労基旬報』2020年5月25日号

『労基旬報』2020年5月25日号に「最新の労働者協同組合法案」を寄稿しました。

 今年に入ってから新型コロナウイルス感染症に振り回されている日本社会ですが、その中でも新たな労働政策の動きは水面下で少しずつ進んでいます。今回は10年前の2010年に一度議員立法として国会に提出される寸前にまで行きながら、労働組合サイドからの異論などで提出されずじまいになっていた労働者協同組合法案が、再度国会提出を目前にするまでに来ていることを紹介したいと思います。
 この運動はもともと失業対策事業の就労者団体である全日本自由労働組合(全日自労)が母体です。失業対策事業への新規流入がストップされ、終焉に向けて先細りになっていく中で、1970年代以来、失業者や中高年齢者の仕事作りを目指す中高年雇用福祉事業団の運動が起こりました。しかしそれはなお失対就労者の色彩の強い公的就労事業を求める運動に過ぎませんでした。
 しかしそのような運動に将来展望があるはずはなく、1980年代半ば以降特にヨーロッパ諸国における協同組合運動との交流を深める中で、労働者協同組合の形で運動を展開してきました。通称ワーカーズ・コープという名で活動しているこの団体が、近年その法制化を求めて運動を展開しているのです。
 そして上述したように2010年の通常国会に協同労働の協同組合法案が議員立法で提出される寸前まで進みましたが、労働法の適用問題などで労働組合サイドから異論が出たこともあり、結局提出されるに至りませんでした。
 この時、同年4月に衆議院法制局が作成した協同労働の協同組合法案の概要は次の通りです。協同労働の協同組合は、組合員が協同で出資し、経営事項の決定は組合員が協同で行い、組合員は協同で決定した就労規程に従い、組合事業従事者=組合員となります。許可制ではなく準則主義によって設立され、登記によって法人格を取得します。組合員の責任は出資額を限度とする有限責任です。
 労働法的に重要な点としては、協同労働の協同組合は就労規程を作成し、就労時間、休憩、休日及び休暇に関する事項と、従事した業務に対する報酬の基準その他組合事業の従事した程度に応じてする分配に関する事項について定めなければなりません。また労働基準監督署長は、就労規程で定める組合員の就労条件が、労働者の労働条件について労働基準法が定めている基準に達しない場合、その変更を命ずることができるとしています。しかし、労働基準法上の労働者ではないという大前提に変わりはありません。
 これに対し、役員を除く組合員は労災保険及び雇用保険の適用上労働者と見なされ、組合員の安全衛生については労働安全衛生法の規定を準用し、組合員が組合事業の従事したことによって受ける所得は、所得税法の適用上給与所得とされます。また、剰余金の分配の際、一定割合を就労創出等積立金として積み立てなければならないとしています。
 結局、組合事業への従事が労働者としての労働と何ら変わらないにもかかわらず、労働者性を原則としては否定している点が、労働組合サイドからは拒否反応をもたらし、議員立法としての提出にブレーキをかけたといえます。
 明確にこの法案を批判した文書としては、日本労働弁護団が2011年5月に公表した協同労働の協同組合法案に対する意見書がありますが、そこでは次のように厳しく批判していました。
・・・法案は、協同組合の業務に従事する組合員(以下、「業務従事組合員」という。)が労働者ではないという立場に立ち、労働諸法令の適用を原則として排除するものである点で、根本的な問題を有する。業務従事組合員は、協同組合に使用されて労働し、賃金を支払われる者であるから労働者である。労働者である業務従事組合員を労働者として扱わないこの法案が成立すれば、提案者の意思に関わらず、安価な労働力(チープレイバー)を使うために悪用される危険性がある。そして、労働諸法令の適用が排除され、チープレイバーを使うことができる協同組合とそれ以外の事業の間では、公正な競争が実現できなくなり、他の事業における労働者の賃金・労働条件を引き下げる事態がもたらされるであろう。また、業務従事組合員が賃金・労働条件の改善のために労働組合を結成し、団体交渉や争議権を行使することもできないなら、組合員は労働者として最も有効な問題の解決手段までも奪われることになる。・・・
 その後、法案をさらに練り直し、2020年になっていよいよ国会に提出しようというところまで来ていたようですが、そこに新型コロナウイルスが飛び込んできたという状況のようです。しかし、そのさなかでも去る4月に協同組合振興研究議員連盟の総会が開催され、今年2月段階で衆議院法制局が作成した労働者協同組合法案が配布されています。ここではその法案内容をざっと見ていきたいと思います。
 労働者協同組合の基本原理はそれほど変わっていません。第3条第1項に、①組合員が出資すること、②その事業を行うに当たり組合員の意見が適切に反映されること、③組合員が組合の行う事業に従事すること、という3原則が示されています。また第8条には、総組合員の5分の4以上は組合の行う事業に従事しなければならず、また事業従事者の4分の3以上は組合員でなければならないという人数要件も規定されています。10年前の法案と最も違うのは、事業に従事する組合員の労働者性です。今回はこういう規定が設けられているのです。
(労働契約の締結等)
第二十条 組合は、その行う事業に従事する組合員(次に掲げる組合員を除く。)との間で、労働契約を締結しなければならない。
 一 組合の業務を執行し、又は理事の職務のみを行う組合員
 二 監事である組合員
2 第十四条又は第十五条第一項(第二号を除く。)の規定による組合員の脱退は、当該組合員と組合との間の労働契約を終了させるものと解してはならない。
(不利益取り扱いの禁止)
第二十一条 組合は組合員(組合員であったものを含む。)であって組合との間で労働契約を締結してその事業に従事するものが、議決権又は選挙権の行使、脱退その他の組合員の資格に基づく行為をしたことを理由として、解雇その他の労働関係上の不利益な取扱いをしてはならない。
 10年前に国会提出のネックとなった部分が、理事と監事以外の事業従事者は労働者協同組合と労働契約を締結する労働者という形で整理されています。そして労働契約に基づく関係は労働法の規律するところによることになるので、労働者協同組合の組合員であることと労働者協同組合に雇用される労働者であることとは一応別のこととなります。おそらく、出資者=経営者=労働者という三位一体の理想像からすると、相当の妥協を余儀なくされたのであろうと思われますが、逆に言えばそうしなければ今回再び国会提出目前の状態にまで持ってくることができなかったということなのでしょう。
 労働法上の労働者である以上、就業規則や労使協定、労働協約もそのまま適用されるので、この法案の総会に係る規定には、理事の総会への報告事項として次のようなものが並んでいます。
(総会への報告)
第六十六条・・・
2 理事は、次の各号に掲げる事由が生じたときは、当該各号に掲げる事項を、その事由が生じた日後最初に招集される総会に報告しなければならない。
 一 就業規則の作成 当該就業規則の内容
 二 就業規則の変更 当該変更の内容
 三 労働協約の締結 当該労働協約の内容
 四 労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第四章に規定する協定の締結又は委員会の決議 当該協定又は当該決議の内容
 この第66条第2項第3号は、同じ労働者協同組合の組合員同士であっても、労働者である組合員がそれとは別の労働組合を結成し、労働者ではない理事側と団体交渉をして労働協約を締結することが前提されていることを明示しています。そうなると、労働者協同組合の組合員であるということは、普通の会社の「社員」であるというのと、少なくとも法制的にはそれほど違わないものになっているとみることもできましょう。
 この法案がこれからどうなっていくのか、新型コロナウイルス感染症にとりつかれた状態の現在は全く予想することはできませんが、世の中がある程度落ち着いてくれば国会提出という運びになる可能性は今回はかなり高いように思われます。法案の附則では、現在中小企業等協同組合法に定める企業組合や特定非営利活動促進法に基づくNPO法人として活動している事実上の労働者協同組合が、本法に基づく労働者協同組合に組織変更する手続きも詳細に定めており、かなり現実性がありそうです。
  

 

 

 

2020年5月19日 (火)

浅倉むつ子・島田陽一・盛誠吾『労働法 第6版』

L22158 浅倉むつ子・島田陽一・盛誠吾『労働法 第6版』をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641221581?top_bookshelfspine

労働をとりまく諸条件の変化とともにダイナミックに変化する労働法の現在を反映したスタンダードテキスト。第5版刊行以降に行われた労働基準法や労働契約法などの重要改正や新しい制度への対応をはじめ,各所をアップデートした最新版。

さてこのスタンダードテキストの著者も、いまやお二人は名誉教授となり、残るお一人も超大御所ですが、時代に合わせた改訂の意欲は衰えておらず、目次は以下のようになっています。

1 労働法の魅力
 1労働法を学ぶ
 2労働法のアウトライン
2 労働法のダイナミックス
 3労働法の新たな地平
 4差別とハラスメント
 5労使紛争への新たな対応
3 労働のステージ
 6労働契約と労働契約法
 7労働契約の成立
 8就業形態の多様化と非正規雇用
 9労働条件の決定と変更
 10賃 金
 11労働契約の展開と人事制度
 12労働契約の終了
4 私生活と労働生活のデザイン
 13労働時間
 14弾力的労働時間制度
 15ワーキングライフとプライベートライフ
 16安全・健康に働く権利
5 集団的労使関係システム
 17集団的労使関係と労働組合
 18不当労働行為と労使関係ルール
 19団体交渉と労働協約
 20団体行動と集団的労使紛争処理
6 変容する労働市場と法
 21労働市場政策と法
 22就業者の多様化と雇用問題
 23職業能力開発とキャリアデザイン

あちこちにはめ込まれたコラムも今日的なものに一新されており、たとえば、144頁には「限定(JOB型)正社員制度の普及」なんていうコラムもあります。

2020年5月18日 (月)

1985年以前は公務員に定年はなかった件について

人はみんな自分の生きてきた時代、より正確に言うと社会人となってそれなりのことが分かるようになってからのことしか本気では覚えていないということのいい実例が、今やや異なるトピックが原因で話題となっている国家公務員の定年引上げに係る法案をめぐってもよく現れているように思われます。どういうことか?みんな、民間企業と全く同様に、公務員にも定年制があるのがあまりにも当たり前だと思っているんですが、実は国家公務員法に定年制が導入されたのは1981年改正によってであり、それが施行されたのは1985年3月末からなんです。それまでは、公務員には定年制はなかったんですよ。

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/houritsu/09419810611077.htm

法律第七十七号(昭五六・六・一一)
  ◎国家公務員法の一部を改正する法律
 国家公務員法(昭和二十二年法律第百二十号)の一部を次のように改正する。 

第三章第六節第一款に次の一目を加える。
      第二目 定年
 (定年による退職)
第八十一条の二 職員は、法律に別段の定めのある場合を除き、定年に達したときは、定年に達した日以後における最初の三月三十一日又は第五十五条第一項に規定する任命権者若しくは法律で別に定められた任命権者があらかじめ指定する日のいずれか早い日(以下「定年退職日」という。)に退職する。
 前項の定年は、年齢六十年とする。ただし、次の各号に掲げる職員の定年は、当該各号に定める年齢とする。
 一 病院、療養所、診療所等で人事院規則で定めるものに勤務する医師及び歯科医師 年齢六十五年
 二 庁舎の監視その他の庁務及びこれに準ずる業務に従事する職員で人事院規則で定めるもの 年齢六十三年
 三 前二号に掲げる職員のほか、その職務と責任に特殊性があること又は欠員の補充が困難であることにより定年を年齢六十年とすることが著しく不適当と認められる官職を占める職員で人事院規則で定めるもの 六十年を超え、六十五年を超えない範囲内で人事院規則で定める年齢
  前二項の規定は、臨時的職員その他の法律により任期を定めて任用される職員及び常時勤務を要しない官職を占める職員には適用しない。
 (定年による退職の特例)
第八十一条の三 任命権者は、定年に達した職員が前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において、その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは、同項の規定にかかわらず、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を定め、その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる。
  任命権者は、前項の期限又はこの項の規定により延長された期限が到来する場合において、前項の事由が引き続き存すると認められる十分な理由があるときは、人事院の承認を得て、一年を超えない範囲内で期限を延長することができる。ただし、その期限は、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して三年を超えることができない。
 (定年退職者の再任用)
第八十一条の四 任命権者は、第八十一条の二第一項の規定により退職した者又は前条の規定により勤務した後退職した者について、その者の能力及び経験を考慮し、公務の能率的運営を確保するため特に必要があると認めるときは、人事院規則の定めるところにより、一年を超えない範囲内で任期を定め、その者を常時勤務を要する官職に採用することができる。
  前項の任期又はこの項の規定により更新された任期は、人事院規則の定めるところにより、一年を超えない範囲内で更新することができる。
  前二項の規定による任期については、その末日は、その者に係る定年退職日の翌日から起算して三年を超えることができない。 
附 則
 (施行期日)
第一条 この法律は、昭和六十年三月三十一日から施行する。ただし、次条の規定は、公布の日から施行する。

 

http://www.shugiin.go.jp/Internet/itdb_housei.nsf/html/houritsu/09519811120092.htm

法律第九十二号(昭五六・一一・二〇)
  ◎地方公務員法の一部を改正する法律
 地方公務員法(昭和二十五年法律第二百六十一号)の一部を次のように改正する。
第二十八条の見出しを「(降任、免職、休職等)」に改め、同条の次に次の三条を加える。
 (定年による退職)
第二十八条の二 職員は、定年に達したときは、定年に達した日以後における最初の三月三十一日までの間において、条例で定める日に退職する。
2 前項の定年は、国の職員につき定められている定年を基準として条例で定めるものとする。
3 前項の場合において、地方公共団体における当該職員に関しその職務と責任に特殊性があること又は欠員の補充が困難であることにより国の職員につき定められている定年を基準として定めることが実情に即さないと認められるときは、当該職員の定年については、条例で別の定めをすることができる。この場合においては、国及び他の地方公共団体の職員との間に権衡を失しないように適当な考慮が払われなければならない。
4 前三項の規定は、臨時的に任用される職員その他の法律により任期を定めて任用される職員及び非常勤職員には適用しない。
 (定年による退職の特例)
第二十八条の三 任命権者は、定年に達した職員が前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において、その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは、同項の規定にかかわらず、条例で定めるところにより、その職員に係る同項の規定に基づく条例で定める日の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を定め、その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる。
2 任命権者は、前項の期限又はこの項の規定により延長された期限が到来する場合において、前項の事由が引き続き存すると認められる十分な理由があるときは、条例で定めるところにより、一年を超えない範囲内で期限を延長することができる。ただし、その期限は、その職員に係る前条第一項の規定に基づく条例で定める日の翌日から起算して三年を超えることができない。
 (定年退職者の再任用)
第二十八条の四 任命権者は、第二十八条の二第一項の規定により地方公共団体を退職した者又は前条の規定により勤務した後地方公共団体を退職した者について、その者の能力及び経験を考慮し、公務の能率的運営を確保するため特に必要があると認めるときは、条例で定めるところにより、一年を超えない範囲内で任期を定め、その者を当該地方公共団体の常時勤務を要する職に採用することができる。
2 前項の任期又はこの項の規定により更新された任期は、条例で定めるところにより、一年を超えない範囲内で更新することができる。
3 前二項の規定による任期については、その末日は、その者に係る第二十八条の二第一項の規定に基づく条例で定める日の翌日から起算して三年を超えることができない。
   附 則
 (施行期日)
第一条 この法律は、昭和六十年三月三十一日から施行する。ただし、次条の規定は、公布の日から施行する。 

 

268_h1hp725x1024_20200313134301_20200518095501 信じがたいかもしれませんが、でも、私が最近書いた「職階制-ジョブ型公務員制度の挑戦と挫折」を読まれた方は、それが国家公務員法制定時の超ジョブ型の設計と整合的であることがお判りだと思います。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/03/post-14393e.html(職階制-ジョブ型公務員制度の挑戦と挫折@『季刊労働法』2020年春号(268号))

はじめに
 日本の公務員制度についての労働法からのアプローチは、長らく集団的労使関係制度の特殊性(労働基本権の制約)とその是正に集中してきました。それが国政の重要課題から消え去った後は、非常勤職員という非正規形態の公務員が議論の焦点となってきています。しかし、正規の公務員については、終身雇用で年功序列という日本型雇用システムのもっとも典型的な在り方を体現しているというのが一般的な認識でしょう。最近話題となった小熊英二『日本社会のしくみ』(講談社現代新書)では、日本型雇用の起源を明治期の官庁制度に求め、その任官補職原則が戦後日本の職能資格制度という形に残ったと指摘しています。日本社会の大きな流れとしては、この認識は全く正しいと言えます。ただ、まことに皮肉なことですが、立法政策史の観点からすると、それとは正反対の徹頭徹尾ジョブに基づく人事管理システムを法令上に書き込んだのが、戦後日本の公務員法制であったのです。「職階制」と呼ばれたこの制度は、驚くべきことに、1947年の国家公務員法制定時から2007年の同法改正(2009年施行)に至るまで、60年間も戦後日本の公務員制度の基本的オペレーティングシステムとして六法全書に存在し続けてきました。しかし、それが現実の公務員制度として動かされたことは一度もなかったのです。今回は、究極のジョブ型公務員制度というべきこの職階制の歴史をたどります。
1 1947年国家公務員法
2 1948年改正国家公務員法
3 職階法
4 S-1試験
5 職種・職級の設定
6 格付作業
7 間に合わせの任用制度
8 間に合わせの給与制度
9 職階制の挫折
10 その後の推移
11 職階制の廃止
・・・・ 徹底したジョブ型の制度を法律上に規定していながら、それをまったく実施せず、完全にメンバーシップ型の運用を半世紀以上にわたって続けてきた挙げ句に、それが生み出した問題の責任を(実施されてこなかった)職階制に押しつけてそれを廃止しようという、まことに意味不明の「改革」ですが、そもそも公務員制度改革を人事労務管理のマクロ的観点から考えるような見識のある人々は、21世紀には完全に姿を消してしまっていたのかもしれません。
 今日、非正規公務員問題を始めとして、公務員制度をめぐる諸問題の根源には、さまざまな公務需要に対応すべき公務員のモデルとして、徹底的にメンバーシップ型の「何でもできるが、何もできない」総合職モデルしか用意されていないことがありますが、それを見直す際の基盤となり得るはずであった徹底的にジョブ型に立脚した職階制を、半世紀間の脳死状態の挙げ句に21世紀になってからわざわざ成仏させてしまった日本政府の公務員制度改革には、二重三重四重くらいの皮肉が渦巻いているようです。 

まず、具体的な(公務たる)ジョブがあり、そのジョブに相応しい人間を採用してそのジョブに充てる、給与はそのジョブごとに定められる、という極めてジョブ型に徹した公務員制度を前提とすれば、メンバーシップ型人事管理から必然的にもたらされる定年制というような制度はそもそも想定されていなかったのですね。とはいえ、上記論文に書いたように、職階制は法律条文上には長らく明記されながら実際に運用されることのないまま祭り上げられたままであり、それゆえどこかでやめてもらわなければならないがゆえに勧奨退職でもってやってきたのを、ようやく1980年代という日本社会が企業主義一辺倒になった時代になって、公務員にも法律上定年制が適用されるようになったというわけです。

役職定年だの、60歳で7割に引き下げるだの、いかにもメンバーシップ型全開の制度を入れ込みながらなんとか65歳定年にこぎつけた今回の法改正案それ自体が、70年以上前に作られた法律のその時の思想とは似ても似つかぬものになってしまった国家公務員法の歴史の悲しみを問わず語りに物語っているようではあります。

いや、そんなこと知っている人は、当の人事院の役人たちも含めて、もはやほとんど絶え果ててしまっているのでしょうけど。

 

 

ウーバー運転手は「労働者」@朝日新聞

Hosokawa 今朝の朝日新聞に、「ウーバー運転手は「労働者」 フランス最高裁判決の意味」という記事が載っていますが、そこに昨年JILPTから青山学院大学に移った細川良さんの顔写真が・・・。聞き手は澤路さん。

https://www.asahi.com/articles/ASN5G56B3N4SULZU008.html

ネットを通じて仕事を仲介するプラットフォーム事業が広がる中、そこで働く人々をどう保護していくかが各国で課題になっています。今年3月、フランスの最高裁(破毀(はき)院)が、配車アプリ「ウーバー」の運転手は独立した事業主ではなく「労働者」であるとの判決を出しました。判決の特徴とフランスの政策について、現地の事情に詳しい細川良・青山学院大学教授(労働法)に聞きました。(編集委員・沢路毅彦) 

Jinteki_20200518081001 このあたり、そろそろ出るはずだった雇用類似の国際比較報告書でも細川さんが詳しく解説していますが、今公開されているものとしては、昨年3月に出た『資料シリーズ No.214 労働法の人的適用対象の比較法的考察』でも、そのフランスの部で書かれていますので、参考までに。

https://www.jil.go.jp/institute/siryo/2019/214.html

 

 

 

2020年5月17日 (日)

もはや@hamachanじゃない一般概念かな?

Hke_y9fa_400x400 はやっとさん曰く:

https://twitter.com/al_hayat/status/1261285950333661188

ジョブ型とメンバーシップ型という概念はかなり浸透したよね。hamachan先生の著作を読んでない人も使ってるでしょ。偉大な仕事だな。 

いやぁ、むしろ、私の本を読んで、そこでの文脈に即してこの概念をきちんと使っている人よりも、自分の脳内の(本来の雇用システム論としてのものとは)やや異なる概念に「ジョブ型」を当てはめて、あれこれ論じている人の方が多い印象ですね。

まぁ、だからといって、それを誤用だと糾弾する気も特にありませんが。

おそらく、もはや@hamachanではないある種の一般概念になりつつあるのかもしれません。

(追記)

ちなみに、私がこしらえた言葉は、なかなか作った当人の意図通りに世人が使ってくれないという法則(?)みたいなのがあるようです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2015/08/post-71bb.html(言葉の運命)

面白いことに、わたくしがこねて作った言葉のうち、「りふれは」(≠「リフレ派」)は、わりと私が意図した意味で使われることが多くなったようです。もちろんそれは、ネット上での著名な「りふれは」(≠「リフレ派」)諸氏の様々な言動のしからしむるところであって、それら言動を目の当たりにした人々がその印象を言い表すのに「りふれは」(≠「リフレ派」)という用語がぴったりしたということなのでしょう。

これと対照的なのが、それ以前から結構気の利いた言葉だと思ってこねて作ったつもりの「リベサヨ」が、

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%EA%A5%D9%A5%B5%A5%E8

リベラル左派。左派を自任しながら国家権力の介入を嫌悪するあまり新自由主義(ネオリベラリズム)に近づく層。濱口桂一郎の造語。

現実のネット界では、99.5%以上全く違う意味で使われてしまっていて、「リベサヨ」の「リベ」が「ネオリベ」ないしヨーロッパ諸語でいうところの「ソーシャル」の反対語としての「リベラル」の「リベ」であると正しく認識して使っている方はほとんど見当たらない(「ふくろうおやじ」さんくらいか)、という状況です。 

2020年5月15日 (金)

緊急コラム「新型コロナ休業への公的直接給付をめぐって」

JILPTの緊急コラムとして、「新型コロナ休業への公的直接給付をめぐって」をアップしました。

https://www.jil.go.jp/tokusyu/covid-19/column/010.html

 2020年初めから世界的に急速に蔓延しパンデミックとなった新型コロナウイルス感染症への雇用対策として最も注目され期待されたのは、休業時に企業から支払われる休業手当の相当部分を国の雇用保険事業から補助する雇用調整助成金であった。4月14日付の本コラム「新型コロナウイルス感染症と労働政策の未来」において、それまでに実施された要件緩和や助成率の引き上げ、雇用保険被保険者であることや被保険者期間6か月以上といった支給要件の撤廃などを紹介したが、その後も世論に背中を押される形で、知事の休業要請を受けた場合には助成率を10割とし、そうでなくても休業手当について60%を超えて支給する場合には、その部分に係る助成率を100%にするとか、煩雑だと批判の多かった申請手続きを簡素化するなど、受給の拡大に努めている。
 しかしながら、今回のコロナショックで打撃を受けている業種が、飲食店や対人サービス業など、最も自粛を求められている「人と人との接触」それ自体を価値創出の源泉としている業種であり、かつてのオイルショックやリーマンショックで主たる打撃を受けた製造業と異なり、小規模零細企業が多く、人事労務管理のしくみがあまり整っておらず、経営者自身がすべてをこなす傾向が強く、人事部や社会保険労務士といった労務専門家の関与も乏しいこともあり、その受給手続きはなお遅々として進んでいない。そこで、関係者や政治家から批判の声が上がるとともに、雇用調整助成金に代わるより迅速な給付として、企業を通さず直接休業労働者に公的な休業給付を支給する制度が求められるようになった。
 たとえば、日本弁護士連合会は5月7日付で、激甚災害時に適用される「激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律」第25条の「雇用保険法による求職者給付の支給に関する特例」にならって、今回の緊急事態宣言に伴う事業の休止等にも同様の措置をとり、感染症収束までの間、実際に離職していなくても労働者が失業給付を受給できるよう措置を講じ、事業再開を目指す事業主による雇用の維持を図るべきだと要求した。また「生存のためのコロナ対策ネットワーク」が4月24日に公表した「生存する権利を保障するための31の緊急提案」の中でも、「東日本大震災の際にも使われた災害時の「みなし失業」を適用し、離職していないが事業所の休業・業務縮小によって賃金も休業補償ももらえない労働者を、雇用保険の失業給付で救済すべきである」と、この制度の活用を求めている。
 国会でもこの問題が取り上げられ、5月11日の衆議院予算委員会集中審議では、安倍首相が「与野党の意見を参考に雇用されているひとの立場に立ち早急に具体化する」と述べた。また翌5月12日には加藤厚労相が記者会見で「雇用されている方の立場を踏まえて早急に具体化したい」と述べている。もっとも、その後の報道によると、「企業が雇用の維持に責任を持たなくなる」といった懸念や、「雇用保険の財源に余裕がない」などと慎重な意見もあり、与党内で、国の予算で新たな給付制度をつくり、申請があった人に給付金を支払う方向で調整が進んでいるとのことである。5月14日の報道では、雇用調整助成金を申請していない中小企業の従業員を対象として、休業者に月額賃金の8割程度を直接給付する制度を、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた雇用保険の特例制度として設けることとし、関連法案を今国会に提出し、成立次第、給付を始める予定と報じられた。
 現時点ではなお制度の具体的な詳細は明らかではないが、本稿では要望されていたみなし失業制度をはじめ、類似の問題意識に基づき過去に実施されてきた休業に対する公的直接給付の試みを概観し、いくつかの論点を指摘しておきたい。・・・・・
 

 

2020年5月13日 (水)

EU各国の雇調金的制度の利用状況

欧州労連のシンクタンクである欧州労研が「Ensuring fair Short-Time Work - a European overview」というブリーフを公表していて、日本の雇用調整助成金に当たる操業短縮制度の各国の制度をあれこれと評価、批判していますが、その中に、4月末時点までの各国の制度の利用状況(申請中も含めた労働者数)のグラフが載っていて、短期間にかなりの数に上っていることが窺われます。アメリカは失業給付の申請件数が3000万件を超える状況になっていますが、ヨーロッパでは雇調金的制度の利用者数が5000万人を超えたようです。

https://www.etui.org/Publications2/Policy-Briefs/European-Economic-Employment-and-Social-Policy/Ensuring-fair-Short-Time-Work-a-European-overview

Etui

フランスが1100万人、ドイツが1000万人、イタリアが800万人、今回新たにこういう制度を作ったイギリスも630万人に上っているようです。

 

国による休業給付?

K10012427641_2005130120_2005130505_01_02 本ブログでその動向を追ってきたいわゆるみなし失業給付ですが、今朝のNHK報道によると、少し方向が変わって、国が休業労働者に直接給付を行う方向で検討が進んでいるようです。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200513/k10012427641000.html(新型コロナ影響の休業者へ 新たな給付制度で調整)

新型コロナウイルスの影響で休業を余儀なくされているものの、勤め先から十分な休業手当を受け取れていない人への支援策として、与党内で、国が直接、給付金を支払う新たな制度をつくる方向で調整が進んでいます。
従業員に休業手当を支払うなどして雇用を維持している企業に対して助成を行う「雇用調整助成金」の申請が伸びていないことを受けて、政府・与党内では、勤め先から十分な手当を受け取っていない人に、国が直接支援する仕組みの検討が進められています。
政府内では当初、こうした人たちを失業状態にあると見なして、雇用保険の失業手当を特例として給付する案が検討されましたが、「企業が雇用の維持に責任を持たなくなる」といった懸念や、「雇用保険の財源に余裕がない」などと慎重な意見が出ていました。
こうした中、与党内で、国の予算で新たな給付制度をつくり、申請があった人に給付金を支払う方向で調整が進んでいることがわかりました。

これだけではいまいち制度の詳細はよく分かりませんが、とにかく雇用関係が終了せずに休業中でかつ休業手当が支払われていない労働者に対して、国が直接休業給付を支給するという新たな仕組みを作る模様です。

休業手当が支払われているかいないかをどう判断するのか、それと民法上、労働基準法上の義務があるかどうかとの関係をどう処理するのかなど、いくつか疑問点が浮かんできますが、しばらくその行方を見ていきたいと思います。

 

2020年5月12日 (火)

韓国が個人請負に雇用保険適用

先日、JILPTの緊急コラムに「自営業者への失業給付?─EUの試み」を書いたところですが、

https://www.jil.go.jp/tokusyu/covid-19/column/005.html

・・・現在の日本ではなお、自営業者の失業給付という議論はほぼ全く存在していないが、新型コロナウイルス感染症を契機に沸き起こったフリーランスを含む自営業者への休業補償を求める声を、理論的に突き詰めて考えていくと、昨年末に成立したばかりのEU勧告の方向性と重なり合う部分もあるように思われる。

別にこのコラムを見たからじゃないでしょうが、韓国政府が特定の個人請負就労者に雇用保険を適用するというニュースが流れてきました。

https://jp.yna.co.kr/view/AJP20200511002200882(特殊雇用職従事者やアーティストに雇用保険適用 来年から=韓国閣僚)

Pyh2020051103840001300_p4 【ソウル聯合ニュース】韓国の李載甲(イ・ジェガプ)雇用労働部長官は11日、全ての就業者が雇用保険の恩恵を受ける「全国民雇用保険時代」の基礎を築くため、まずは特殊雇用職従事者やアーティストに対する雇用保険の適用を速やかに推進すると明らかにした。雇用労働危機への対応を話し合うタスクフォース(TF、作業部会)の会議で語った。特殊雇用職とは労働契約ではなく委任契約や請負契約に基づいて働く個人事業者の形態の労働で、学習誌が派遣する家庭教師やゴルフ場のキャディーなどが該当する。

李氏は「年内に関連法の改正を終え、特殊雇用職、(インターネットで仕事を請け負う)プラットフォームワーカー、アーティストたちが来年から雇用保険の恩恵を受けられるようにしたい」と強調した。

 文在寅(ムン・ジェイン)大統領は就任から3年を迎え10日に行った特別演説で、全国民雇用保険制度の実現に向け、段階的に取り組む姿勢を表明していた。

来年からという話なので、今回のコロナ対策というよりはもっと長期的な話のようですが、現下のコロナで鮮烈に出てきている雇用労働と非雇用労働のセーフティネット格差の問題に、一足早く対応しようとしているようです。

 

 

 

 

殴る相手

政治家ってのはお互いに殴り合うのが商売だから大いにやればいい。それが民主主義。

でも、たまたまその時政敵の下に仕えているからといって、役人を同じくらい激しく殴ると、その恨みは残る。もっとも、君、君たらざるも臣、臣たるべしという吏道が身についた者であれば、いかに殴られた相手であろうが新たなご主人様に同じように真摯に仕えるかも知れない。スレイブ道。

でも、たまたまその時政敵に三顧の礼で迎えられたからといって、学識者まで同じくらい激しく殴ったりすると、そんな者から三顧どころか百顧の礼を尽くされても、うんとは言ってくれないでしょうね。

たぶん、自分が将来その学識者に三顧の礼でお願いに上がる立場になることなんか絶対にないと割り切っているからできるのかも知れませんが。

 

2020年5月11日 (月)

イギリスとドイツのコロナ雇用対策

Kim_hoque JILPTのHPに、イギリスとドイツのコロナウイルスにかかる雇用対策に関するレポートがアップされました。

まずイギリスは、ウォリック大学ビジネススクール教授のキム・ホークさんによる「賃金の8割を助成する解雇防止策を導入」です。

https://www.jil.go.jp/foreign/labor_system/2020/05/uk.html

 政府は、企業による従業員の一時解雇を防ぐ試みとして、新型コロナウイルスの流行が原因で事業の継続に困難が生じた雇用主に対し、月額2,500ポンドを上限として賃金の80%を助成すると発表した。助成を受けるには、従業員を「一時帰休」(furlough-一定期間の正式な休暇の付与)としたことを歳入関税庁に届け出る必要がある。賃金助成は、ウイルスが原因で従業員を一時解雇した企業が、従業員をいったん復職させた後に一時帰休とする場合にも適用される。 

日本の雇用調整助成金、ドイツの操業短縮手当のような仕組みがようやくイギリスに登場したわけです。

大企業中心のCBIは歓迎していますが、

 経営側はこの発表を歓迎している。英国産業連盟(CBI)は、イギリス経済の反攻開始を示す「ランドマークとなる対策パッケージ」と評して、経済が最小の損害で危機から浮上する一助となるだろう、と述べている。シンクタンクResolution Foundationも、この対策は特に失業リスクが高い低所得労働者に手を差し伸べるものであり、大いに歓迎する、としている。 

ホスピタリティ産業、小企業はこういう不満を漏らしているようで、

 しかしながら、企業が助成金を受け取るまでに時間を要する点を不満とする経営者団体もある。ホスピタリティ産業の業界団体であるUK Hospitalityのケイト・ニコルズCEOは、多くの企業では助成金の受け取りまでに賃貸料の支払に直面する点を強調し、この時間的ギャップを企業が克服するには、さらなる支援が必要だと指摘している。
 また、小企業連盟(Federation of Small Businesses)も、文字通り一夜にして収入が激減した多くの中小企業にとって、4月末までともみられる助成金受け取りの遅れは、依然として致命的になりかねない資金不足の危機に直面し続けることを意味する、と警告を発している。 

このあたり、日本のサービス産業や中小企業から雇用調整助成金に不満が出ているのとよく似た状況のようです。さらに、自営業者に対する対策をめぐっても

 国内の500万人あまりの自営業者に、支援の手が差し伸べられていないことも、懸念されている。リサ・ナンディ労働党議員は、経済的な余裕がないために自己隔離できないケースが多発することを防ぐには、法定傷病手当の支給対象を自営業者にも拡大する必要がある、としている。自営業者への支援については、財務大臣に幾度も要望が提出され、大臣は近日中に支援策を発表すると回答してきた。
 しかし、財務大臣は、公平な自営業者の支援制度の策定には、複雑な問題がある点を強調している。公平性を確保するための方法の一つは、前年の確定申告に基づく補償だが、この場合、パンデミックが原因で収入が減少している層を特定することは不可能である。従って、ほんとうに支援を必要としている人々を助けるような制度の設計が課題である。
 スティーブ・バークレイ財務副大臣も、実際に給付を請求する自営業者は500万人を大きく下回ると予想される点を強調している。うち100万人は、納税申告額が2,000ポンドに満たず、従って主として本業の収入を補う副収入源とみられる。また、このほかにも100万人前後が、すでにユニバーサル・クレジットを受給している。それでも多くの議員は、制度を不完全な形で導入する結果として支援を必要としない人も給付対象になるとしても、あえて迅速に行動するよう政府に強く求めている。 

というのも、日本と同様、というか今や世界各国同様の問題状況に迫られているということですね。

Hartmut_seifert 続いてドイツについては、こちらはお馴染みのハルトムート・ザイフェルトさんです。

https://www.jil.go.jp/foreign/labor_system/2020/05/germany.html(異例な時期には、異例な対策が必要)

 新型コロナ危機の長期化とともに、政府のさらなる支援策への要求も高まっている。その要求には、労働組合から求められる、操業短縮手当を実質所得の60%(子がいる場合は67%)から、80%(子がいる場合は87%)に引き上げる要求が含まれる。連立与党は4月22日、段階的および時限的な引き上げに同意した。さらに失業手当の受給期間が延長された。飲食業は税負担が軽減される。これらの対策の費用は100億ユーロと見積もられている。自動車業界からは、新車購入に対するプレミアムの形での国家支援を求める声が上がっている。
 ドイツ経済にとって非常に重要な自動車業界は、生産を再開し始めている。国際的な分業に基づくサプライチェーンが機能するかどうかは定かではない。欧州の主要な供給国であるフランス、スペイン、イタリアでは、まだ生産が大幅にダウンしたままである。EU圏内の、通常であれば自由な貨物輸送が阻害されており、交易が停滞している。さらにドイツでも、同様に経済危機に苦しむ主要な産業国でも、需要の喪失が懸念される。しかし、経済が上向くために決定的な鍵を握るのは、感染者の数を抑えることに成功し、接触制限を緩和、または幅広く廃止することができるどうかである。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

税法上の労働者性と事業者性

今回のコロナ危機は、雇用労働者と非雇用労働者のはざまをめぐる様々な問題を表舞台に引きずり出す効果を果たしていますが、その中でも特に、これまであまり注目されてこなかった税法上の労働者性と事業者性の判断基準が労働法や社会保障法上の判断基準と食い違っていることの問題点が露呈しつつあるようです。

これはしんぶん赤旗の記事ですが、

https://www.jcp.or.jp/akahata/aik20/2020-05-09/2020050902_02_1.html

 新型コロナウイルス感染拡大や政府の自粛要請により収入が大幅に減少したフリーランスや中小企業を支援する持続化給付金をめぐり、税務署の指導に従って主たる収入を「雑所得」「給与所得」として申告してきた人たちが対象外とされる事態が起きています。日本共産党の宮本徹議員が8日の衆院厚生労働委員会で改善を求めたのに対し、政府は“審査の簡素化”を理由に後ろ向きの姿勢に終始しました。
 宮本氏は、同給付金の対象が「事業所得」の5割以上減少となっていることで、対象から漏れるフリーランスが多数おり、インターネット上で改善を求める署名活動が行われていると指摘。「あるミュージシャンは最初に税務署に相談した際、『雑所得』として申告してほしいと言われた」などと確定申告の実態を示し、対象の線引きを早急に改善するよう求めました。
 牧原秀樹経済産業副大臣は、そうした事例が自身にも寄せられていると認める一方、「極力簡素な仕組みとし迅速に給付するのが制度の趣旨」「背景を一つひとつ把握することは困難だ」と、改善に慎重な姿勢を崩しませんでした。
 宮本氏は「迅速な給付が必要なのは、それほど窮しているからであり、切り捨てることなど許されない」と批判。議場で与党席からも同様の事例を「聞いた」との声が出たとして、与野党を超えて改善へ動くべきだと強調しました。

労働者性の問題を論じる人々も、今までは労働法や社会保障法の枠内での議論に限られ、所得税法における給与所得、事業所得、雑所得の判断基準と絡めた議論というのはほとんどなされてこなかったのですが、それは、労働法や社会保障法では労働者性を認めるほうが得になるケースが多いのに対して、税法上では逆のケースが多く、税務署の方が給与所得にしたがる傾向があったからなのでしょう。そして両者の関係はほとんどの人の脳裏からは消えていたのでしょう。

コロナ危機は、雇用と非雇用をまたぐ形でのセーフティネットの必要性が高まり、それを既存の制度の延長線上でつぎはぎでやらざるを得ない状況なわけですが、そうすると、上の記事にあるように、事業者だと思って持続化給付金を請求しようとすると、税法上は給与所得になっているから労働者だ、事業者じゃないから持続化給付金はもらえないとなり、では労働者だと思って雇用調整助成金を請求しようとすると、労働法上は指揮命令が無いから労働者じゃないということになり、両者のはざまに落っこちてしまうわけです。

これは役所を超えた判断が求められる問題なので、こういうことこそ高度な政治判断が必要なのでしょう。

 

 

 

2020年5月10日 (日)

メンバーシップ型公務員制度をそのままにした弥縫策としての改正案

コロナ禍のさなか、なぜか検察官の定年ばかりに政治的注目が集まる国家公務員法改正案ですが、本ブログの観点からすれば、これこそ、もともと純粋ジョブ型の職階制で作られながら、それを完璧に放り捨ててメンバーシップ型でもって長年運用してきてしまった公務員制度を、そこのところはそのままにしながら、とにかく定年を60歳から65歳に引き上げなければならないからといって、ますます筋の通らない仕組みでもって何とか弥縫策としようという、まあそういう改正案であるわけです。ところが、残念ながら、そういう批判の声はこれっぽちも聞こえてこない。まあ、コロナ禍の真っ最中なので仕方がないとも言えますが、検察官の定年というしっぽが犬を振り回しているかの如き状況は、なんともはやではありますな。

https://www.cas.go.jp/jp/houan/200313/siryou1.pdf

1 現行60歳の定年を段階的に引き上げて65歳とする。
(ただし、職務と責任の特殊性・欠員補充の困難性を有する医師等については、66歳から70歳の間で人事院規則により定年を定める)

2.役職定年制(管理監督職勤務上限年齢制)の導入
① 組織活力を維持するため、管理監督職(指定職及び俸給の特別調整額適用官職等)の職員は、60歳(事務次官等は62歳)の誕生日から同日以後の最初の4月1日までの間に、管理監督職以外の官職に異動させる。
② 役職定年による異動により公務の運営に著しい支障が生ずる場合に限り、引き続き管理監督職として勤務させることができる特例を設ける。

3.60歳に達した職員の給与
 人事院の「意見の申出」に基づき、当分の間、職員の俸給月額は、職員が60歳に達した日後の最初の4月1日(特定日)以後、その者に適用される俸給表の職務の級及び号俸に応じた額に7割を乗じて得た額とする。
(役職定年により降任、降給を伴う異動をした職員の俸給月額は、異動前の俸給月額の7割水準)

いや、民間企業でやっていることと考え方の方向性としては同じじゃん、といえばその通り。メンバーシップ型人事管理を大筋で維持しつつ定年を延長しようとすればこういうやり方にならざるを得ない。

でもね、国家公務員法という法律は今から70年以上も昔、純粋ジョブ型公務員制度として出発していたということを知っている人からすれば、ここまでジョブ型原理に反する年齢差別的な仕組みを持ち込まないと動きが取れないほどに、メンバーシップ型の制度になり果ててしまったんだなあ、と思い半ばに過ぎるものがあるかもしれませんね。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/03/post-14393e.html(職階制-ジョブ型公務員制度の挑戦と挫折@『季刊労働法』2020年春号(268号))

はじめに
 日本の公務員制度についての労働法からのアプローチは、長らく集団的労使関係制度の特殊性(労働基本権の制約)とその是正に集中してきました。それが国政の重要課題から消え去った後は、非常勤職員という非正規形態の公務員が議論の焦点となってきています。しかし、正規の公務員については、終身雇用で年功序列という日本型雇用システムのもっとも典型的な在り方を体現しているというのが一般的な認識でしょう。最近話題となった小熊英二『日本社会のしくみ』(講談社現代新書)では、日本型雇用の起源を明治期の官庁制度に求め、その任官補職原則が戦後日本の職能資格制度という形に残ったと指摘しています。日本社会の大きな流れとしては、この認識は全く正しいと言えます。ただ、まことに皮肉なことですが、立法政策史の観点からすると、それとは正反対の徹頭徹尾ジョブに基づく人事管理システムを法令上に書き込んだのが、戦後日本の公務員法制であったのです。「職階制」と呼ばれたこの制度は、驚くべきことに、1947年の国家公務員法制定時から2007年の同法改正(2009年施行)に至るまで、60年間も戦後日本の公務員制度の基本的オペレーティングシステムとして六法全書に存在し続けてきました。しかし、それが現実の公務員制度として動かされたことは一度もなかったのです。今回は、究極のジョブ型公務員制度というべきこの職階制の歴史をたどります。
1 1947年国家公務員法

2 1948年改正国家公務員法

3 職階法

4 S-1試験

5 職種・職級の設定

6 格付作業

7 間に合わせの任用制度

8 間に合わせの給与制度

9 職階制の挫折

10 その後の推移

11 職階制の廃止

・・・・ 徹底したジョブ型の制度を法律上に規定していながら、それをまったく実施せず、完全にメンバーシップ型の運用を半世紀以上にわたって続けてきた挙げ句に、それが生み出した問題の責任を(実施されてこなかった)職階制に押しつけてそれを廃止しようという、まことに意味不明の「改革」ですが、そもそも公務員制度改革を人事労務管理のマクロ的観点から考えるような見識のある人々は、21世紀には完全に姿を消してしまっていたのかもしれません。
 今日、非正規公務員問題を始めとして、公務員制度をめぐる諸問題の根源には、さまざまな公務需要に対応すべき公務員のモデルとして、徹底的にメンバーシップ型の「何でもできるが、何もできない」総合職モデルしか用意されていないことがありますが、それを見直す際の基盤となり得るはずであった徹底的にジョブ型に立脚した職階制を、半世紀間の脳死状態の挙げ句に21世紀になってからわざわざ成仏させてしまった日本政府の公務員制度改革には、二重三重四重くらいの皮肉が渦巻いているようです。

2020年5月 9日 (土)

コロナと支援とやりがい搾取

Hirataoriza03 なんだか演劇家の平田オリザ氏の発言がネット上で批判を浴びて炎上しているらしく、平田氏自身の反論にその発言が載っていますが、

http://oriza.seinendan.org/hirata-oriza/messages/2020/05/08/7987/

Q:政府の支援策などが出ていますが?
非常に難しいと聞いています。フリーランスへの支援に行政が慣れていないということが露呈してしまったかなと思います。1つには、小さな会社でも「融資を受けなさい」と言われているのですが、まず法人格がないところが多いと。それから、ぜひちょっとお考えいただきたいのは、製造業の場合は、景気が回復してきたら増産してたくさん作ってたくさん売ればいいですよね。でも私たちはそうはいかないんです。客席には数が限られてますから。製造業の場合は、景気が良くなったらたくさんものを作って売ればある程度損失は回復できる。でも私たちはそうはいかない。製造業の支援とは違うスタイルの支援が必要になってきている。観光業も同じですよね。部屋数が決まっているから、コロナ危機から回復したら儲ければいいじゃないかというわけにはいかないんです。批判をするつもりはないですけれども、そういった形のないもの、ソフトを扱う産業に対する支援というのは、まだちょっと行政が慣れていないなと感じます。 

他のもろもろのことを抜きにして言えば、これはある意味その通り。これまでのオイルショックやリーマンショックが重厚長大型の製造業中心に打撃を与えたのに対し、今回のコロナショックが飲食店や対人サービス業などの、まさに自粛せよと言われている人と人との接触そのものを価値創出の源泉にしている産業分野に最も激しく打撃を与えているのであり、それがたとえば雇用調整助成金のような仕組みがうまく回らない一つの原因でもあるわけで、言っていることそれ自体は、客観的な記述としてはそれなりに正しいところがあります。

ただ、そういうことを言っている平田氏の当該事業運営の在り方はというと、これはこういう芸術風味の産業分野ではどこもなにがしかそうなんでしょうが、労働社会学でいうところの「やりがい搾取」の典型みたいなところがあり、演劇やりたいとばかりに薄給無給でアルバイトしながら当該演劇労働力を活用している事業主である平田氏が、そういうところには口を拭って堂々とこういう発言をすることには、自分が活用している労働力に対してはもう少し手厚い扱いをしている製造業をはじめとする他産業の人々がカチンとくるのは、まあ、ある意味こちらもむべなるかなというところもありますな。

https://www.wonderlands.jp/interview/010hirata/3/

-食べていけるというのはどれぐらいの収入を指しているんですか。
平田 最低限です。手取り月収15万円ぐらい。いまはフルタイムで働いて13万円ぐらいですかね。あとは他で、アルバイトもしてもらう。
-劇団の出演料は時間給制度になっていますよね。これも個人差があるんですか。
平田 それほど細かな区別はしていませんが、新人だけ少し低めになっています。
劇団の全体収入と必要経費は決まっているので、それ以外は全部ギャラに回しますよ、というのがうちの基本的な考え方です。おおざっぱに言うとそれを総労働時間数で割ると、時給500円ぐらいになります。 

基本給は、年齢ではなくて、出演舞台数で4段階に分かれて、新人は時給300円、これはホントに見習い期間の時給ですね。あとは400円、450円、500円と分かれている。劇団員の大部分は、時給500円です。あとは職種別に、標準がA、特殊がB、ふじみ勤務がF、いまS指定といって超特殊技能や拘束時間が長い勤務もあります。

パイは決まっているわけですから、あとは配分の仕方を、みんなの意見を聞いて、私が裁断するという流れですね。
-平田さんはアゴラ劇場の支配人、青年団の作・演出家で主宰、(有)アゴラ企画の少し前まで代表取締役でいま役員。すべてを平田さんが決めるのですね。
平田 そうです。天皇制社会主義ですね(笑)。万民の意見を聞きつつ、ですね。 

天皇制社会主義ですか・・・。名前が「アゴラ」ってのも、なんとも尻がむずがゆくなりますが、まあそれはともかく、「パイは決まっている」といって最低賃金を下回ると、製造業等他のまっとうな産業分野では当然労働基準監督官がやってきて是正勧告を切るわけですが、さいわい自分たちで労働者じゃないといってくれる演劇労働力なので、「万民の意見を聞きつつ」「すべて平田さんが決める」というミクロ独裁体制でやれるわけです。

そのうち、劇団員の労働者性というテーマに取り組んでみるのも一興かもしれません。。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-dc7b.html (タカラジェンヌの労働者性)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-8a7f.html (ゆうこりんの労働者性)

その他、本ブログの人気番組「〇〇の労働者性」シリーズの目録はこちらにずらっと並んでいますので、お暇な方はぜひ。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/1765-9678.html (17歳アイドル 異性交際規約違反で65万賠償命令)

 

ジョブなきメンバーシップ型公務員制度運用の帰結としてのスレイブ厚労省とポエム経産省

最近の本ブログのエントリで比較的バズったのが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/04/post-692577.html (若手官僚二題:スレイブ厚労省vsポエム経産省)

と、つい先日の

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/05/post-978e1a.html (ジョブなき社会の公務員減らしの帰結)

ですが、実はこの二つのトピックは論理的に密接につながっているんですね。

日本の公務員法制は、終戦直後にGHQの命令でできたときは、職階制というもっとも純粋かつ極端なジョブ型公務員制度として作られたにもかかわらず、その後の運用は民間企業以上に徹底したメンバーシップ型でもって運用されてきたということについては、去る3月に刊行された『季刊労働法』2020年春号に掲載した「職階制-ジョブ型公務員制度の挑戦と挫折」で詳しく論じたところですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/03/post-14393e.html(職階制-ジョブ型公務員制度の挑戦と挫折@『季刊労働法』2020年春号(268号))

この、ジョブなきメンバーシップ型公務員制度運用の世界に、全省庁一律の定員削減という平等主義的負荷がかかると、何が起こるのかという社会的実験を、見事に示してくれているのが、片や「生きながら人生の墓場に入ったと ずっと思っている」スレイブの館厚生労働省であり、もう一方では「半年かけて、若手100人で30年後の未来を議論」できるポエムの館経済産業省であるわけです。

もともと法律上は徹底したジョブ型で作られたはずなので、それぞれの定員は本来その行政需要に応じたジョブの数に対応して設定されていたはずです。

つまり、戦後復興から経済成長の時代、社会の求めるものが何よりも産業、企業の発展であった時代には、鉄鋼業の振興、造船業の振興、自動車産業の振興、電機産業の振興等等々と、旧通商産業省に求められる行政需要は莫大で、それに応じてジョブの数も多く、そのジョブを遂行するべき通産官僚の数もたくさん必要でした。

一方、労働省や厚生省の業務は相対的に量的にも質的にも社会的地位はそれほど高くなく、はっきりいえば経済産業政策の後始末、しりぬぐいだけやってればいいという、どちらかといえば二の次三の次的な位置づけであったため、相対的にジョブの数も少なく、そのジョブを遂行すべき旧厚生・労働官僚の数もそれほど割り当てられませんでした。

始まりの時点ではこれはそれなりに合理的であったといえるでしょう。そして、その後数十年の時代の推移の中で、かつては重要性が高かった産業振興行政の意義が低下し、それに必要なジョブの数が縮小し、他方かつてはそれほど社会的需要が高くなかった厚生・労働関係に必要なジョブの数は、年金、医療、介護、子育て、雇用、労働基準等々と格段に増大したわけですが、その時にはもはや終戦直後に公務員制度が作られたときのジョブ型の理念はきれいに忘れさられており、各省庁は最早その所管する行政需要の総量や必要とされるジョブの数などとは全く関係なく、もっぱらそれら組織を構成するメンバーシップ型構成員の塊とみなされ、総定員法というきわめて平等主義的な拘束のみが課せられるという時代になっていたわけです。

ジョブ型公務員制度がもしその趣旨通りに運用されていたならば、当然社会的に必要性が乏しくなった旧通産省のジョブはバッサリと切られ、その分が社会的に需要の高まった旧厚生・労働省に配分されてしかるべきだったのでしょうが、そういうジョブ型理念は最早誰の脳みその中からもきれいに消え失せていたのでしょう。まさしく、ジョブなきメンバーシップ型官僚制ゆえに、かつての少なかったジョブに対応した人員で膨大なジョブをこなす役所と、かつての膨大なジョブに対応した人員で縮小したジョブをこなす役所という不均衡状態が永続化してしまったわけです。

もひとつ、これはやや言いにくいことですが、かつて旧通産省の行政需要が高くそのジョブが膨大であった時代には、より優秀な学生がそこに入ろうとし、かならずしもそうではない旧厚生・労働省にはかならずしもそうではない学生が行くという傾向がありました。これ自体は自然な現象ですが、その後、前者の行政需要が縮小し、こなさなければならないジョブの数が減った時代になっても、ジョブなきメンバーシップが社会全員の常識となった時代には、通産省、経産省が具体的にどういう行政実務をやっているかやっていないかなどという枝葉末節なことよりも、それこそ世界に関たるノトーリアスMITIという組織の一員となること、そしてそこで天下国家を論じ、未来のビジョンなる美辞麗句に満ちた作文をでっちあげることそれ自体が何よりも自慢であり誇りであるという(本来の公務員法制からすれば)著しく倒錯した発想が誰もに共有され、依然として優秀な学生が(今や必要なジョブは激減した)通産省、経産省に入りたがるという事態がすっと継続したわけです。

かくして、依然として相対的により優秀な学生が経産省のメンバーシップを得て、しかし社会が「さあ、今すぐこれやれあれやれ、何やってんだ」と殴りつけるようなジョブはあまりなく、暇を持て余した優秀な頭脳はポエムに満ちた未来ビジョンの作文にいそしむことになる一方、より実直とはいえかならずしもそれほど優秀とはいえない厚労省のメンバーシップを得た若者は、年々、いや日々増大する社会が求める需要をこなすべき膨大なジョブを少ない人数でやらねばならず、まさに「生きながら人生の墓場に入ったと ずっと思っている」ような状態が恒常化するに至ったわけです。

言うまでもないことながら、これは誰が悪いという話ではありません。誰もかれもがみんな、公務員制度創設時のジョブ型の発想を完璧に忘れ去り、誰もかれもがみんな経産省も厚労省もその他の役所も民間企業も何もかもがメンバーシップ型の組織であり、その組織の風土文化に合った者をメンバーとして受け入れ、当該組織の中でいろんなジョブにぐるぐる回しながらやっていくのであると、何の疑いもなく考えるようになってしまったことの帰結なのです。

 

野川忍編『労働法制の改革と展望』

刊行が延び延びになっていた野川忍編『労働法制の改革と展望』(日本評論社)ですが、ようやく版元のホームページに刊行予告が載ったようです。5月中旬の刊行予定です。

https://www.nippyo.co.jp/shop/book/8223.html

働き方改革関連法に代表される労働法制の動きを総合的に評価し、今後実効性のある、有意義な労働法制の構想を広く展望する。 

わたくしも1章担当させていただいておりますが、面白そうなタイトルの章が結構並んでいます。

第1章 労働法制の展開ーー現状と動向………野川 忍
第2章 労働時間規制の手法ーー長時間労働規制と労働時間法制のあり方………長谷川 聡
第3章 年次有給休暇制度における付与義務構成の再評価ーー労基法上の義務としての休暇制度………奥田香子
第4章 裁量労働制の意義と課題ーー時間計算の仕組みと適用除外制度のあいだ………石田信平
第5章 派遣労働法制と均衡処遇の課題………國武英生
第6章 パートタイム・有期雇用労働法の制定と同一労働同一賃金理念………川田知子
第7章 企業変動に対応する労働法制の可能性………中井智子
第8章 労働安全衛生法の新たな機能………小畑史子
第9章 正社員の法的位置ーー合意型正社員の可能性………野川 忍
第10章 多様な労働者・就労者像の実態と法的位置づけ………岡田俊宏
第11章 労働市場活性化への法政策 大木正俊
第12章 マイノリティのための労働法制へ向けてーー立法政策のための基礎理論的考察………有田謙司
第13章 日本の外国人労働者法政策ーー失われた30年………濱口桂一郎
第14章 労働法の規律のあり方についてーー隣接企業法との交錯テーマに即して………土田道夫
第15章 労働者代表制の構築に向けて 皆川宏之
第16章 使用者側からみたハラスメント法制の現状と課題に関する一考察………町田悠生子
第17章 「働き方改革」の到達点とこれからの労働法の可能性………水町勇一郎 

 

 

 

2020年5月 8日 (金)

JILPTレポート「新型コロナウイルス感染症の影響を受けた日本と各国の雇用動向と雇用・労働対策」

JILPTのホームページに、天瀬副所長、中井総務部長、下島統計解析担当部長3名の共著で、「新型コロナウイルス感染症の影響を受けた日本と各国の雇用動向と雇用・労働対策」というレポートがアップされました。

https://www.jil.go.jp/tokusyu/covid-19/pt/docs/200508pt-report.pdf

日本と主要諸外国の情勢分析と対策の解説です。

状況は日々刻々変わっていく中ですが、現時点の取りまとめとしては有用だと思います。

 

緊急コラム「9月入学と就職」@堀有喜衣

Hori_y JILPTの堀有喜衣さんが、新型コロナの緊急コラムとして、ここにきて急速に持ち上がってきた学校の9月入学論に対して、若者雇用の専門家の立場から冷静な議論を示しています。

https://www.jil.go.jp/tokusyu/covid-19/column/009.html

9月入学が注目を集めている。9月入学の社会的影響は多岐にわたるが、学校教育についての議論が中心となっており、就職との関連については現在のところあまり考察されていないように見受けられる。これまで9月入学によって就職が変わるかのような報道も見られているが、筆者は9月入学それ自体によって現在の新卒採用の基本的なあり方は変わらず、雇用が悪化する時期においては課題が大きくなる可能性が高いと推測する。以下では、9月入学と就職に絞って考えてみたい。・・・・・ 

コロナでみなし失業実現へ?

月曜日に、今野晴貴さんの記事を受けて書いたエントリの中身が、さっそく実現に向けて動き出したのでしょうか?今のところ日経新聞のこの記事だけですが。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58819930X00C20A5MM8000/

厚生労働省は新型コロナウイルスの影響で休業を余儀なくされている人を対象に、失業した場合と同じ手当を支給する特例措置の検討に入った。企業が従業員に休業手当を払うために申請する雇用調整助成金は、複雑な手続きが壁となり利用が伸びていない。企業が雇用調整助成金を申請するよりも早く手当が届くようにし、生活費が不足する事態を防ぐ。
東日本大震災の際に被災地を対象に導入した「みなし失業」と呼ばれる仕組みを使う。失業手当は通常、事業再開後に再び働く予定の人は受け取れないが、特例として受給を認める。失業手当に関連する法律の改正案を早期に国会に提出し、法案が成立すれば5~6月にも支給を始める見通し。失業手当の財源には5兆円規模の残高があるとみられる雇用保険の積立金を活用する。
失業手当の額は収入や雇用保険を払っていた年数などで異なり、上限は1日当たり8330円。厚労省は上限額などの引き上げも検討する。

月曜日のエントリでは、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/05/post-0d96ad.html (雇用保険のみなし失業はコロナに適用可能か?)

激甚災害法でやるのは無理だから法改正が必要だと法制的なことを言っていたら、本当に法改正をやるみたいです。記事からすると、雇用保険法に見なし失業を書き込んでしまうようですね。

この仕組み、拙著『日本の労働法政策』にも今から66年前に一時帰休労働者への給付として記述されていることを、覚えている人もいるかもしれません。

(追記)

本エントリアップ時には日経の記事だけでしたが、その後、産経の安倍首相インタビューで検討すると明言しているので、もうこれは既定路線になっているようです。

https://www.sankei.com/politics/news/200507/plt2005070026-n1.html

・・・従業員1人当たり日額8330円の雇用調整助成金の上限引き上げや、休業中も失業とみなして失業手当を受給できる雇用保険の特例措置「みなし失業」についても「検討したい」とし、「大切なのは必要なところにしっかりと手元資金が届くことだ」と強調した。 

2020年5月 7日 (木)

緊急コラム「労働政策対象としての学生アルバイト」

JILPTの緊急コラムとして「労働政策対象としての学生アルバイト」をアップしました。

https://www.jil.go.jp/tokusyu/covid-19/column/008.html

去る5月4日、安倍晋三首相は新型コロナウイルス感染症対策本部を開催し、4月7日に宣言した緊急事態措置の実施期間を5月31日まで延長することを宣言した。その後の記者会見においては、中小企業や自営業者への持続化給付金の入金が始まる旨を告げるとともに、「加えて、飲食店などの皆さんの家賃負担の軽減、雇用調整助成金の更なる拡充、厳しい状況にあるアルバイト学生への支援についても、与党における検討を踏まえ、速やかに追加的な対策を講じていきます」と3つの政策を予告した。・・・・・ 

これに対し、安倍首相発言に出てきた三つ目の「追加的な対策」である「厳しい状況にあるアルバイト学生への支援」というのは、おそらくこれまで政策論議の中で正面から論じられたことのない新たなトピックではないかと思われる。学生アルバイトといえども、労働法上は主婦パートやフリーターと何ら変わらない短時間非正規労働者であるが、少なくともこれまでの労働政策においては、主婦パートやフリーターとは異なり、そもそも労働政策上対処すべき人々ではないという整理が(意識的にか無意識的にか)なされていて、少なくとも経済危機における労働市場のセーフティネットからは排除されていたのである。それはかつての日本社会の社会学的ありようを反映したものであったが、今回のコロナショックは、その前提がもはや大きく変容し、学生アルバイトをセーフティネットから排除することが必ずしも正当化しがたい状況が広がっていたことを露呈したということもできる。今回は、主婦パートやフリーターといった既に労働政策の対象として取り上げられてきた人々との比較を念頭に置きつつ、労働政策対象として浮かび上がってきた学生アルバイトについて、その歴史的推移を踏まえて概括的に論じておきたい。・・・・ 

2020年5月 5日 (火)

ジョブなき社会の公務員減らしの帰結

Ji これを読んで、

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72275 (コロナでわかった、やっぱり日本は公務員を「減らしすぎ」だ)

・・・たとえば、新型コロナウィルスに関して、なくてはならない働きをしている保健所や公的医療機関。感染者の把握や感染拡大防止で後手に回ったとして批判を受けているが、もともと「平時」を基準に体制が構築されており、緊急時においては明らかに人手不足であることが今回わかった。
国の各省庁の職員も、時々刻々と状況が変化する中で、国会議員の動きに振り回されるなど、普段の激務に輪をかけた混乱状況に忙殺されている。
・・・・いま挙げた例はあくまでごく一部にすぎないが、なぜ行政の現場はこれほど疲弊してしまっているのか。
主な理由は、ここ20年以上にわたり、国も地方自治体も、行財政改革により職員を軒並み削減してきたこと、その一方で行政が対処しなければいけない仕事は減っておらず、むしろ増えていることにある。・・・・

言われていることはそのとおりなれど、なぜ日本が今のような状態になってしまうのかを理解するためには、やはり公務員法制はじめとする制度設計は万国共通のジョブ型でできているにもかかわらず、それを実際に運用する側は日本独特のメンバーシップ型でなんとかかんとかやりくりしてしまうという、もう何万回も繰り返してきたこの宿痾から説き起こす必要があるように思います。

公務員を減らせ減らせという議論自体は世界共通にどの国にもあります。いわゆるネオリベ系の論者は多かれ少なかれそういう主張をします。

でも、日本以外のジョブ型社会のネオリベ論者は、公務員減らしとは即ち公務員が従事するジョブ減らしであり、すなわち公共サービス減らしであるということをちゃんとわかって、というか、それを大前提として主張しているのです。彼らの主張は極めて明快であって、そんな公共サービスは要らないんだ、民間でやればいいんだ、だから当該サービスを行うジョブは要らないんだ、だから当該ジョブに充てられる公務員は要らないんだ、というまことに筋の通った議論であって、それゆえ、それに賛成する人も反対する人も、当該公共サービスの必要性という本丸の議論を戦わすことができます。まずジョブがあり、そのジョブを遂行するために人が雇い入れられるという点では、民間企業も公共部門も何の違いもないのですから当然です。

そういうまっとうな議論があらかじめ不可能となっているのが民間企業も公共部門もメンバーシップ型で運営されてしまっている日本です。

日本では、公務員減らしを主張する人が、少なくとも筋金入りの一部の立派な欧米風のネオリベを除けば、それによって当該公務員の遂行するジョブが減るのであり、即ちあんたが享受しえた公共サービスがその分だけ減らされるのだよという、ジョブ型社会であればあまりにも当たり前の事実が脳みそから完全に消え失せてしまって、その極限まで減らされた公務員が、なぜかもっといっぱいいた時と同じくらいの、あるいはむしろそれ以上のサービスを提供してくれるのが当たり前だと、悪意などこれっぽっちもなく、ほんとに素直に、それのどこがおかしいの?と稚気愛すべきほど無邪気に、思い込んでいるんですね。

それはもちろん、かれら特殊日本的いんちきネオリベが、自分では欧米のネオリベと同じことを言っているつもりで、その実は冥王星ほどかけ離れた発想で、日本的なメンバーシップ感覚にずぶずぶに漬かり切った発想で、人を減らすことはいかなる意味でもジョブの減少を意味せず、むしろサービスの拡大ですらあり得るという感覚に対して、これっぽっちも疑いを抱いてみることもないからなのでしょう。まず人が雇い入れられ、それからおもむろにその人にジョブがあてがわれるわけですから、ジョブの総量が少なければ暇になり、ジョブの総量が多ければ少ない人数のみんなでそれを必死でこなすのが当たり前。もちろん日本だけの当り前ですが。

そういう社会では、素直にメンバーシップ感覚にどっぷり漬かった善良な国民諸氏が、政治家やマスコミがはやし立てる公務員減らしに「それいけ、やれいけ」と調子に乗って騒ぎ立てても、それがいざというときに自分が享受できる公共サービスを減らすことだなどということは、ほんとにかけらすらも考えていないというのは、あまりにも当たり前のことなのかもしれません。

本ブログで何回も繰り返してきた気がしますが、わたしは、筋の通ったネオリベは好きです。筋の通ったというのは、公務員減らせということは、自分が享受できる公共サービスをその分減らせと言っているということをきちんと理解して言っているということです。そういう人は尊敬します。

しかし、残念ながらこの日本では、論壇で活躍する評論家にしても、居丈高な政治家にしても、みんなずぶずぶメンバーシップ型のいんちきネオリベでしかないのです。居丈高に公務員を減らしておいた上で、いざというときに公共サービスが足りないと、赤ん坊のようにわめきたてるのです。いや、それお前のやったことだろ。

(追記)

ちなみに、最近やたらに「ジョブ型」がはやり言葉になって、猫も杓子もみんなうわごとのようにジョブジョブ言ってますが、そいつらが本当に口に出している「ジョブ」なる概念が分かって言っているのか、それとも全然分かりもしないでただ世間で流行っているからもっともらしくくっちゃべっているだけなのかを、即座にかつ的確に判定するのに一番有用なのが、本ブログで書いた「公務員を減らして公共サービスを増やせ」という(ジョブ型社会からすれば)奇天烈な議論を、ちゃんとおかしな議論だと言えるのか、それともそっちも世間で流行っているからとそうやそうやそうやったれ!と平気で言えるのか、という判定道具でしょうね。

 

2020年5月 4日 (月)

雇用保険のみなし失業はコロナに適用可能か?

Profile1392802212 POSSEの今野晴貴さんが、ヤフー個人で「休業補償の「次の一手」が見えてきた! 震災時に発動した「みなし失業」制度とは」という記事を書いています。

https://news.yahoo.co.jp/byline/konnoharuki/20200504-00176788/

その言うところは、雇用調整助成金はしょせん企業の善意を前提にしたものなので、労働者個人への給付という形が望ましい。そのための道具立ては、東日本大震災等で使われたみなし失業があるではないか、というものです。

実はその趣旨にはかなり同感するところがあります。雇用調整助成金はもともと1970年代のオイルショックに対して、その打撃を受けた輸出産業の鉄鋼とか造船といった重厚長大産業の救済を主たる目的として作られたもので、今批判されているやたらに手続きが煩雑だとか、手続きに時間がかかるとかも、そういうことがあまり問題ではない重厚長大の大企業に、その規模に応じた莫大な額を支払うような制度設計だったからなんですね。リーマンショックの時も、打撃を受けたのはやはり輸出型産業でしたが、今回のコロナショックはその正反対、人と人との接触それ自体を飯の種にするような第三次産業の中小零細企業が一番打撃を受けている。なので、雇用調整助成金の効きが悪いのは、そもそもそういう産業を想定して作られていなかったからなんでしょう。そこを、今懸命につぎはぎ細工で手当てしようとしているわけですが、どうしても元のそもそもの作り付けが、とりあえず目先の金がなくって困っている人を何とかするという発想になっていないので、なかなか期待するようにはならないわけです。

で、今野さんは、それなら企業経由の雇用調整助成金じゃなく、直接仕事がなくなって休業している労働者を失業者とみなして給付すればいいじゃないか、現にそういう制度があるんだから、というわけです。

いや確かに、そういう制度はあるんですが、それは雇用保険法上の制度ではなく、激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律という法律における雇用保険法の特例措置として規定されているんです。

激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律

(雇用保険法による求職者給付の支給に関する特例)
第二十五条 激甚災害を受けた政令で定める地域にある雇用保険法(昭和四十九年法律第百十六号)第五条第一項に規定する適用事業に雇用されている労働者(同法第三十七条の二第一項に規定する高年齢被保険者、同法第三十八条第一項に規定する短期雇用特例被保険者及び同法第四十三条第一項に規定する日雇労働被保険者(第五項及び第七項において「高年齢被保険者等」という。)を除く。)が、当該事業の事業所が災害を受けたため、やむを得ず、事業を休止し、又は廃止したことにより休業するに至り、労働の意思及び能力を有するにもかかわらず、就労することができず、かつ、賃金を受けることができない状態にあるときは、同法の規定の適用については、失業しているものとみなして基本手当を支給することができる。ただし、災害の状況を考慮して、地域ごとに政令で定める日(以下この条において「指定期日」という。)までの間に限る。
2 前項の規定による基本手当の支給を受けるには、当該休業について厚生労働省令の定めるところにより厚生労働大臣の確認を受けなければならない。
3 前項の確認があつた場合における雇用保険法(第七条を除く。)の規定の適用については、その者は、当該休業の最初の日の前日において離職したものとみなす。この場合において、同法第十三条第二項中「該当する者(」とあるのは「該当する者又は激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律第二十五条第三項の規定により離職したものとみなされた者(いずれも」と、同法第二十三条第二項中「受給資格者(」とあるのは「受給資格者又は激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律第二十五条第三項の規定により離職したものとみなされた者で第十三条第一項(同条第二項において読み替えて適用する場合を含む。)の規定により基本手当の支給を受けることができる資格を有するもの(いずれも」とする。
4 第一項の規定による基本手当の支給については、雇用保険法第十条の三、第十五条、第二十一条、第三十条及び第三十一条の規定の適用について厚生労働省令で特別の定めをすることができる。
5 第一項に規定する政令で定める地域にある雇用保険法第五条第一項に規定する適用事業に雇用されている労働者で、同法第三十七条の二第一項に規定する高年齢被保険者又は同法第三十八条第一項に規定する短期雇用特例被保険者に該当するものについては、その者を高年齢被保険者等以外の被保険者とみなして、前各項の規定により基本手当を支給するものとする。この場合において、第一項の規定において適用される同法第十七条第四項第二号ニ中「三十歳未満」とあるのは「三十歳未満又は六十五歳以上」と、同法第二十二条第二項第一号中「四十五歳以上六十五歳未満」とあるのは「四十五歳以上」と、同法第二十三条第一項第一号中「六十歳以上六十五歳未満」とあるのは「六十歳以上」とする。
6 第二項の確認を受けた者(指定期日までの間において従前の事業主との雇用関係が終了した者を除く。)は、雇用保険法の規定の適用については、指定期日の翌日に従前の事業所に雇用されたものとみなす。ただし、指定期日までに従前の事業所に再び就業し、又は従前の事業主の他の事業所に就業するに至つた者は、就業の最初の日に雇用されたものとみなす。
7 第五項の規定により高年齢被保険者等以外の被保険者とみなされた者と従前の事業主との雇用関係が終了した場合(新たに雇用保険法の規定による受給資格、高年齢受給資格又は特例受給資格を取得した場合を除く。)には、その雇用関係が終了した日後におけるその者に関する同法第三章の規定の適用については、厚生労働省令で特別の定めをすることができる。
8 第二項の確認に関する処分については、雇用保険法第六章及び第八十一条の規定を準用する。 

コロナによる休業をこの法律でいう激甚災害と解釈するのは相当に無理があるので、やるとすればこれは緊急事態宣言の根拠法である新型インフルエンザ等対策特別措置法に、上記激甚災害法と同じような雇用保険の特例規定を設ける必要があると思います。

逆に言えば、立法府がさっさとそういう法改正をするのであれば、今野さんの言うことが実現可能ですが、行政府が勝手にコロナは激甚災害だといって

・・・コロナ危機が過去の大災害に匹敵する事態だということに疑いはない。激甚災害に指定するなどし、災害時と同様の措置を適用することによって、この危機的状況に対応していく必要があるのではないだろうか。 

というわけにはいかないと思います。

(追記)

念のため、法律条文上の定義規定を示しておきます。

激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律 

(趣旨)
第一条 この法律は、災害対策基本法(昭和三十六年法律第二百二十三号)に規定する著しく激甚である災害が発生した場合における国の地方公共団体に対する特別の財政援助又は被災者に対する特別の助成措置について規定するものとする。 

災害対策基本法 

(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
一 災害 暴風、竜巻、豪雨、豪雪、洪水、崖崩れ、土石流、高潮、地震、津波、噴火、地滑りその他の異常な自然現象又は大規模な火事若しくは爆発その他その及ぼす被害の程度においてこれらに類する政令で定める原因により生ずる被害をいう。 

(激甚災害の応急措置及び災害復旧に関する経費の負担区分等)
第九十七条 政府は、著しく激甚である災害(以下「激甚災害」という。)が発生したときは、別に法律で定めるところにより、応急措置及び災害復旧が迅速かつ適切に行なわれるよう措置するとともに、激甚災害を受けた地方公共団体等の経費の負担の適正を図るため、又は被災者の災害復興の意欲を振作するため、必要な施策を講ずるものとする。 

災害対策基本法施行令 

(政令で定める原因)
第一条 災害対策基本法(以下「法」という。)第二条第一号の政令で定める原因は、放射性物質の大量の放出、多数の者の遭難を伴う船舶の沈没その他の大規模な事故とする。 

うーむ、適切であるか否かを別にして言えば、この災害対策基本法施行令第1条に新型コロナウイルス感染症を書き加えれば、国会を経ずに閣議だけでやれないわけでもないかもしれませんね。ただ、法律政令に並んでいる事象がすべていかにもいわゆる「災害」であるのと、かなり性格が異なることは確かですが、まあそこは内閣法制局に無理を通していただくのかな。

2020年5月 3日 (日)

ネット世論駆動型政策形成の時代の言説戦略と無戦略

今回のコロナ危機に対する様々な政策形成の動向を見ていて痛感するのは、これまでであれば現場で発生している様々な苦情が様々な社会組織を経て政治家の元へ行き、そこから行政に行って実現するまでに相当のプロセスを要したであろうようなことが、当事者がネット上に書き込み、それが拡大(場合によっては炎上)して与野党の政治家に認知され、そしてそれが直ちに行政に指示されて実施されるという形で、その意味では今までにないスピード感で政策形成が行われていることです。これは私が主に見ている雇用労働関係の政策、とりわけ雇用調整助成金の要件緩和やら助成率引き上げやら手続き簡素化やら社労士の連帯責任解除やらによく示されています。今日(5月3日)にも、先日助成率引き上げを公表した時にも維持されていた日額上限を引き上げると西村大臣が述べたそうですが、ここ数日のネット上における批判がこうしてすぐさま政治的に引き上げられていく様は、確かにネット世論駆動型政策形成の時代が到来しつつあることを実感させます。

https://www.asahi.com/articles/ASN534GM3N53ULFA007.html

 西村康稔経済再生相は3日、新型コロナウイルス対応の一環で、企業が雇っている働き手に払う休業手当を支援する雇用調整助成金の日額上限を引き上げる方針を明らかにした。テレビ番組で、安倍晋三首相から引き上げ検討の指示が厚生労働省に出ていることを明らかにし、「その方向でします」と述べた。
 現在の日額上限は働き手1人当たり8330円。西村氏はフジテレビとNHKの番組に出演し、「首相も強い問題意識をもっており、『もっとできないのか』という検討の指示をいただいている」とした。引き上げる場合、雇用保険の財源でまかないきれず、一般会計のお金が必要になるとされる。今年度の補正予算は4月30日に成立したばかりだが、2次補正予算案の編成を含めて「できるだけ早く結論を出す」とした。引き上げる場合には「さかのぼって支給ができるように考えていきたい」とも述べた。・・・ 

私はこういう動きを必ずしも悪いものだとは考えていません。現実社会の、しかし上からは目につきにくいところにある様々な苦情を政策決定の場に迅速にもたらすためのメカニズムとして、少なくとも例えば雇用助成金の細かな支給要件といったようなレベルにおいてはマイナスよりもプラスの効果が勝っているのは確かだろうと思うからです。その意味では、私はこのネット世論駆動型政策形成メカニズムに対して少なくとも部分的には肯定的です。

とはいえ、ネット世論駆動型政策形成の基盤であるネット世論というものが、いかに風にそよぐふわふわしたものであるかは、そのネット上におられる諸氏はよく理解されておられるところのはずで、その危うさが露呈したのが、雇用助成金において先行的に適用除外の撤廃が先行しながら、経産省所管の持続化給付金が始まる直前に猛烈な急ブレーキがかかった、例の性風俗営業関係の適用除外問題だったと思います。

雇用助成金における風俗営業の適用除外に対して、職業差別だという批判の嵐が巻き起こったのもネット世論であったわけですが、今回その勢いに水をぶっかける形になったのも、深夜ラジオ番組における芸人の発言に対するネット世論における猛烈な批判であったというのは、やはりこのネット世論駆動型政策形成の本質的な危うさを浮き彫りにする事態であったように思います。

注意すべきは、前者の雇用助成金における風俗営業の適用除外を批判するネット世論は、明確に当該制度の変更を求めるネット言説戦略としてなされ、そういう意図に即した形で政治家から行政に迅速に伝えられて実現に至ったわけですが、後者はそうではなく、むしろその芸人発言批判の言説が現下の政策形成プロセスにどのような影響を与えるのかについての認識を欠如した形で、その意味では言説戦略の欠如(無戦略)としてなされてしまい、結果的に想定していなかった政策効果をもたらしてしまったらしいところです。

上述したように、私は今回かなり全面的に回転しているこのネット世論駆動型政策形成プロセスに対して必ずしも否定的ではありませんが、こういうある種のバタフライ効果が発生しうるという点は、とりわけネット上で活躍されている方々は改めて認識しなおす必要はあるのだろうと思います。

この問題、もう少し視野を広げていろいろと考えたいテーマですが、とりあえず、この記事を見て思ったことをメモ代わりに書いてみました。

https://note.com/kanameyukiko/n/n6deb27eae9ea (岡村叩きにみる正義を語る悪魔 by 要友紀子)

Profile_174a8c87554cc839372ff33fe3581c06 ・・・・私がこのたび筆をとったのは、経済産業省がいま持続化給付金のことで、本当に風俗業従事者を給付対象にするのか否か、流動的な微妙な空気が流れているからだ。
どういうことかというと、官僚というのは、風俗店がこの先も存続すべきものかどうかを見据えて法律や制度を作るらしい。・・・
 この背景を藤田氏は知らない。私がとても懸念しているのは、経済産業省の官僚たちがまさに今、「世の人々は風俗は本来あってはいけない産業だと思っている、他の労働と同じ労働としては捉えてないらしい」というSNSでの世論をどこまで参照にしているかだ。
 政治家にとって、政治・政局・選挙という3大状況判断を藤田氏はご存じだろうか。この3つの状況判断のいずれか1つを間違えても命取りになり、うまくいくはずのこともダメになってしまうという意味だ。だから、岡村発言を炎上させるのを、この持続化給付金のことが落ち着くあと数週間待ってほしかった。岡村発言は確かに問題で世間で騒がれて当然の話ではあるが、今はやめてほしかった。いま私たちは経済産業省をなんとか説得しようと必死で動いている喫緊のところだ。今からでも、藤田氏には、自身がまき散らした風俗利用叩き、風俗嬢は本来風俗ではなく福祉へ大合唱の禍根について急いで原状回復をお願いしたい。さしあたり、風俗が労働として否定されることがないよう追加アナウンスすべきだ。そのための草稿づくりであればいくらでも協力する。 ・・・・

 

(追記)

いかにも表層的な世間受けしそうな「正義」に、軽々しく、そう、その「正義」の論理的帰結がどのようなものであるかというところまできちんと深く考えることなく、表層的な世間受けしそうな「正義」に軽々しく乗っかりたがるという、藤田さんの傾向に対しては、かつて「年金返せ」騒ぎの際に、本ブログでも指摘したことがありますが、その時も、そもそも何を批判されているのかを自省しようという姿勢はほとんど見られませんでしたね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/06/post-9979b9.html (無知がものの役に立ったためしはない)

例の「年金返せ」デモについて、藤田孝典さんがこういうことをつぶやいていたようですが、
https://twitter.com/fujitatakanori/status/1141039413918437377
年金について勉強してから発言したり、行動するべきだ、という議論もあるみたい。しかし、そんなことは政治家、官僚、研究者、専門家の仕事。一般市民や大衆は、怒りを感じたらみんなで集まり、デモや示威行動で表現すればいい。何も行動しないよりはるかにマシ。
いやこれは全然駄目。
細かいところまで勉強せよとは言わない。しかし、公的年金とはそもそも如何なるものであるか、そして公的年金制度において「年金返せ」なるスローガンが如何なる、どちら向きのベクトルを持った台詞であるかという、基礎の基礎のそのまた基礎に当たるようなことを全く理解しないほどの不勉強な、方向性を全く間違えた「怒り」なるものを、それが無知な大衆の怒りであるという理由で賞賛するような議論は、良く言って愚かの極みであり、悪く言えば利敵行為以外の何物でもないでしょう。
保険料の拠出という形で個人の権利性を確保しつつ、公的社会保障制度全体で貧富間の再分配を図るという仕組みの根源を破壊する方向の論理だからです。
公的年金をつかまえて、あたかも私的な取引に基づく積立貯金であるかの如く「返せ」などという言語を発すること自体が、脳内主観では敵対していることになっているホリエモンと全く寸分違わない立場に自らをおいているという基礎の基礎すら理解できていないような人間は、やはり最小限のことを勉強してから発言したり行動すべきなのです。
同じ社会保障制度で例を取れば、健康保険で医者にかかって本人負担分の高さに逆上して、「健康保険料返せ」とわめき散らして、公的健康保険を破壊し、市場ベースの医療保険だけの、ムーア監督の「シッコ」の世界を求めるかの如き無知な「庶民の怒り」を、褒め称えるようなことを言ってはいけないのです。 

 

 

 

ジョブ型とメンバーシップ型の文明史的起源

なんだかネット上には、ジョブ型だのメンバーシップ型だのという言葉が、言葉ばかりがやたらにあふれているけれど、どれもこれも、特定の側面のみしか目に入っていない「ぼくのかんがえたさいきょうの」議論になっていて、自分としてはもう少し深みのある概念として作ったつもりの私としては、あんまりコメントする気が失せる一方ではあります。

ではありますが、まあせっかくのコロナウイルス下のゴールデンウィークでもあり、世に溢れる議論には出てこないジョブ型とメンバーシップ型の文明史的起源について、かつて海老原嗣生さんの『HRmics』に寄稿した文章をお蔵出ししてみたいと思います。21号の「雇用問題は先祖返り」最終回 「労務賃貸借と奉公の間」です。まあ、こんなものを読んだところで、威勢よく論ずる人々には大して影響はないでしょうけど。

http://www.nitchmo.biz/hrmics_21/_SWF_Window.html

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 9回にわたって本誌に連載してきた「雇用問題は先祖返り」も、めでたく今回で最終回を迎えることになりました。いや実を言うと、いい加減ネタが切れてきただけなんですが。今日的政策的話題にはもうめぼしいネタがないもので、今回は苦し紛れに先祖返りも大先祖返り、古代ローマから中世ゲルマン社会にさかのぼるやたら大風呂敷なお話を展開することになります。有終の美を飾ることになるのか、見苦しい最後っ屁をご披露することになるのか、それは最後までお読みいただいた上でご判断いただければ、と。
 
日本民法の源泉
 
 さて今回の話は、拙著『日本の雇用と労働法』(日経文庫)の37ページにあるコラムを膨らませたものです。この前後で私はおおむねこのように説明しています。日本型雇用システムの本質は、雇用契約が職務の限定のない企業のメンバーになるための契約(空白の石版)であることにあります。しかしながら日本国の法制度上は他の国々と同様に、雇用契約は労働と報酬の交換という債権契約と定義しています。この現実社会の姿と法律の建前との隙間を埋めてきたのが裁判所の判決で確立してきた判例法理です。
 と、大筋はこうなのですが、ややトリビア的な知識ながらこれは付け加えておかないと、と思って書いたのが次のコラムです。

労務賃貸借と「奉公」
 雇用関係を債権契約の一種とするのはローマ法の伝統です。ローマ法では、物の賃貸借(locatio conductio rei)と雇用(locatio conductio operarum)と請負(locatio conductio operaris)をすべて賃貸借という概念に一括し、これを受け継いだヨーロッパ諸国の民法では雇用を労務の賃貸借と位置づけてきました。一方、古代ゲルマン社会では主君と家臣の軍事及び宮廷における奉仕を定める身分契約としての忠勤契約(Treudienstvertrag)があり、やがて身分の上下を保ちつつ貴族だけでなく平民にも広がっていき、これが雇用契約の源流となりました。近代ドイツ法では、あくまでローマ法の発想に立って雇用契約を債権契約と位置づけつつも、ゲルマン的伝統から身分契約的性格を強調する学説が唱えられてきました。ちなみにイギリスのコモンローはローマ法の影響を受けず、雇用関係を主従関係(master and servant)と捉えていました。
 中国法でもローマ法と同様、賃貸借、雇用、請負はすべて「賃約」と呼ばれましたし、日本法の「奉公」も武家の「御恩と奉公」という主従関係から広がって、商人や職人の使用人も「奉公人」と呼ばれるようになるなど、東西で並行現象が見られます。
 日本では近代化とともに法伝統が断ち切られ、民法の最初の原案でもフランス流に「使役の賃貸」としていましたが、その後ドイツ法の発想を入れて債権契約の一種として「雇傭」を規定しました。
 労働者保護の問題意識から雇用関係の身分的性格を強調したのは日本労働法の元祖である末弘厳太郎です。戦後労働法学はその影響下で、雇用を債権契約として捉えることに対してあまり積極的ではありませんでした。これが戦後メンバーシップ型の判例法理が発達していった一つの原因かも知れません

 いろんなことを短い中に詰め込みすぎた文章なので、少しずつ解きほぐしていきましょう。まず現代日本の民法ですが、もちろん、債権の中の契約の一種として、雇用契約が規定されています。2004年に口語化される前は「雇傭」という字面でしたが、労務と報酬の交換契約という本質は何ら変わっていません。この現行民法が制定されたのは1896年(明治29年)ですが、その前に制定はされたけれども施行されなかった旧民法というのがありました。その規定上は現行民法と同じ「雇傭」でしたが、その原案を見ると「雇使の賃貸」という表現になっていました。この表現はフランス民法(ナポレオン法典)の直訳です。
 いま市ヶ谷の法政大学にはボワソナードタワーという高い塔が立っていますが、このタワーに名を残しているボワソナードというフランス人が、明治日本のお雇い外国人として民法の制定に力を尽くしたことはご存じの方も多いでしょう。旧民法の原案を見ると、ほんとにフランス民法の丸写しという感じです。フランス民法はフランス革命後の1804年に制定され「ナポレオン法典」と呼ばれています。この法典では、現在でも物の賃貸借と労務の賃貸借が同じ概念の下に規定されています。第3篇第8章「賃貸借」冒頭の第1708条はこう述べます。
賃貸借契約に2種類ある。物の賃貸借と労務の賃貸借である。
Il y a deux sortes de contrats de louage :
Celui des choses,
Et celui d'ouvrage.
 同法典にはもう一つ「家畜の賃貸借」というのもありますが、これは「物」の一種でしょう。そして労務の賃貸借をさらに役務の賃貸借(Du louage de service)、陸上水上運送、見積請負に分け、この役務の賃貸借が雇用契約に当たります。要するに、日本民法の源泉であるフランス民法は現在でも雇傭を労務サービスの賃貸借契約と位置づけているのです。
 
古代ローマ法における労務賃貸借
 
 このフランス民法の発想は、古代ローマ法の発想を受け継いだものです。上のコラムで述べたように、ローマ法では物の賃貸借(locatio conductio rei)と雇用(locatio conductio operarum)と請負(locatio conductio operaris)をすべて賃貸借(locatio conductio)という概念に一括していました。しかし、そもそもなんでローマ人は「労務の賃貸借」なんておかしなことを思いついたのでしょうか。
 それを理解するためには、古代ローマ社会でもっとも重要な労働力利用形態は奴隷制であったということを思い出す必要があります。奴隷は生物学的には人間ですが、法的には「物」であって法的人格を有しません。通常は自由人によって「所有」され、その指揮命令下で労務に服しますが、それは法的関係ではありません。ちょうど、馬や牛のような家畜を指揮命令して働かせるのと同じで、煮て食おうが焼いて食おうが勝手です。ところが、フランス民法に家畜の賃貸借というのがありましたね。それと同じ発想で、奴隷の賃貸借というのも可能です。法律的にはあくまでも物の賃貸借です。ただ、借りた物ですから煮て食おうが焼いて食おうが勝手ではありません。大事に使って傷をつけずに持ち主に返さなければなりません。
 さあ、ここがロードスです、ここで跳びましょう。奴隷を貸し出す主人と貸し出される奴隷が同じ人間だったら?主人としての人間が奴隷としての自分を賃料と引き替えに貸し出すという形になります。この人はもちろん自由人ですから、この貸し出す契約は対等の人格同士の契約です。しかし貸し出された人が実際にやる作業は、奴隷がやるのと同じような借り主の指揮命令下での作業になります。貧富の差が拡大して自由人が生活のために自分自身を貸し出すようになったことと、もう一つは解放された奴隷が引き続き同じ旧主人の下で働き続けることが多かったことから、この法形式が次第に増えていったということです。今日の雇用契約には、この古代ローマの労務賃貸借以来の二面性が脈々と受け継がれています。二面性とはすなわち、法形式上は全く対等な自由人同士の賃貸借契約であるという面と、実態的には主人が家畜や奴隷を使役するのと同じような支配従属関係の下に置かれるという面です。この二面性を矛盾なく統一しているのは、人間の労務をあたかも「物」であるかのように切り出して賃貸借契約の対象にするという法的手法であるわけです。
 ちなみに、こうしたローマ法的発想と全く同じ発想をしているのが中国です。ローマ法が「locatio conductio」と呼んでいるものを、中国では「賃約」と呼びます。「賃」と引き替えに有形無形の何かを貸す契約です。そして、日本語には中国語が一杯入ってきていますから、我々もあまり意識しないままその発想の言葉を使っています。たとえば、家を貸したら家「賃」をもらう、請負作業をしたら工「賃」をもらう、雇われ仕事をしたら労「賃」をもらう。ほら、みんな「賃」でしょ。そういえば、子供がお手伝いしたらお駄「賃」をもらいますね。
 
中世ゲルマン法における忠勤契約
 
 こういうローマ法的発想と全く異なる労働の法的とらえ方が、中世ゲルマン社会で発達した忠勤契約(Treudienstvertrag)です。これは、8~9世紀頃に出現した主君と家来との間の身分法上の契約であって、主君は家来を扶養し保護すべき義務を負うとともに家臣は主君の命令に従って働く義務を負います。その意味では「御恩」と「奉公」が交換関係にある双務契約ですが、ローマ法的な債権契約ではなく、主君と家来という身分を設定する契約であるという点が大きな違いです。主君は主君として守るべき義務があり、家来は家来として守るべき義務があり、手と口をもって厳かに行われる儀式によってかかる身分関係に入ることで双方にそういう義務が生ずるという構成です。重要なのは、主君と家来は対等ではなく身分的支配従属関係にありますが、しかしどちらも自由人であって奴隷すなわち「物」ではない、言い換えれば人間と人間の関係であるという点です。
 中世初期には主として軍事的役務に従軍することと土地を封地として与えることとの交換関係でしたが、やがて一般民衆の間にも広がっていき、主人と召使いの間の関係を規律する僕婢契約(Gesindevertrag)が生み出されていきます。召使いは主人の権力に服し、忠実に労務に従う義務を負う一方、主人は召使いに衣食住を与え、その身辺を保護する義務を負いました。こういう話を聞くと、それって日本の中世の歴史と同じじゃないかと思いませんか。中世の日本でも、主君から封地を賜り「いざ鎌倉」と軍役に従事する武士たちは「御恩」と「奉公」の身分的双務関係にありました。もともとそういう武士の間の関係を指す言葉だった「奉公」が、近世になると年季奉公など町人同士の間の労務供給関係にそのまま使われるようになったことも、ドイツの歴史と相似的です。この僕婢契約こそが雇用契約の原点であるというのが、19世紀末から20世紀初めに活躍したドイツの法学者オットー・ギールケでした。彼はナポレオン法典に代表されるローマ法的発想でドイツ民法が作られようとしていることを批判し、ゲルマン法の伝統に則った雇用契約の規定を設けるよう主張したのです。彼のような主張をする人をゲルマニストといい、その反対側の人々をロマニストといいます。この対立を戦前マルクス主義法学者の平野義太郎は『民法におけるローマ思想とゲルマン思想』(有斐閣)という本にまとめました。
 少し話がさかのぼりますが、中世後期の14~16世紀にかけて、ローマ法がドイツに盛んに取り入れられました。封建社会から市場経済に移行しつつあった当時のドイツ社会にとって、所有権と契約を基本とするローマ法が有用であったからです。そこで、かつては身分契約的色彩が色濃くあったギルドの親方と職人の間の労務契約(Arbeitsvertrag)も次第に独立性を強め、自由労務契約になっていきました。18世紀末から19世紀初めにかけてドイツ各国では民法典が続々と制定されていきますが、1794年のプロイセン、1811年のオーストリア、1865年のザクセンなど、いずれもフランス民法と同様、身分契約ではなく債権契約として雇用契約を位置づけています。ドイツ統一後のドイツ民法もそういう流れで作られようとしていたことに対する批判が、上記ギールケのものでした。
もっとも家事使用人についてはかなり後まで身分契約とされ、僕婢条例が廃止されたのは第一次大戦後の1918年です。
 このギールケの議論を日本で紹介したのが末川博です。第一次大戦後の1921年、『法学論叢』という雑誌に書いた「雇用契約発展の史的考察」という論文は、ギールケの議論を、個人主義的なローマ法思想から集団主義的なゲルマン法思想へという、いわば進歩的な考え方として紹介しました。それは、まだ労働法がほとんど発展していなかった日本としては、不思議ではない反応だったと言えましょう。戦後日本共産党のイデオローグとした活躍した平野義太郎が戦前ゲルマン法思想を褒め称えたのも、この文脈で理解できます。
 ところが、本家のドイツではその後大変皮肉な事態が展開します。権力を握ったナチス政権は、1934年の国民労働秩序法によって、雇用関係を民法の規定する労務と報酬の交換ではなく、経営共同体における指導者と従者の関係と規定したのです。注目すべきはその理屈づけに、ギールケ流の忠勤契約論が使われたことです。正確に言えば、資本主義社会に対する改良の手段として古来の忠勤契約を持ち出して、使用者の労働者に対する保護義務を説こうとしたギールケの意図とはかけ離れて、主君と家来の身分関係(のまがいもの)をグロテスクに復活させるのに使われたと言うべきでしょう。この反省もあって、戦後西ドイツではギールケ流の人格的共同体関係理論は流行らなくなります。
 
メンバーシップ型思想の復活
 
 戦時下日本にも同盟国ドイツからナチス思想が流入し、戦前進歩的労働法学を作り上げてきた末弘厳太郞も、日本主義法学というプロジェクトに参加したりしています。しかし世の中に大きな影響を与えたのは皇国勤労観という名で打ち出された賃金思想でしょう。並木製作所(現パイロット万年筆)の渡部旭は1940年、「賃金制より観たる月給制度」(東京地方産業報国聯合会)でこう述べています。
 家族生活の安定を主眼とするには、欧米流の契約賃金説や労働商品説に由来する賃金制度、まして請負制度のごとき資本主義むき出しの賃金制度は、宜しく之を海の彼方に吹き放って、日本本来の『お給金制』に立ち戻るべきである。
 お給金制とは即ち月給制度のことである。月給制度こそは安業楽土の境地に於て家族制度の美俗を長養し、事業一家、労資一体の姿に於て産業報国の実を挙げ得ると同時に、真に産業を繁栄ならしむる最善の制度なのである。大死一番賃金と能率の関係を切り離せ。
 ようやくここで、本連載の第1回「同一労働同一賃金はどいつの台詞だ?」に繋がってきました。そう、ここから戦後占領下で労働組合主導によって生活給体系が再確立し、政府やとりわけ経営側が同一労働同一賃金原則に基づく職務給への移行を主張したにもかかわらずそれが実現せず、やがて1960年代末から職能資格制度が確立していくことは、繰り返し述べてきたとおりです。
 その際それはもちろん、ナチスドイツや戦時下日本のようにむき出しの主従関係論、忠勤契約論で語られることはほとんどなく、むしろある種社会主義的な労働者保護を前面に出す形で進められたことは間違いありません。しかし、にもかかわらず、それが暗黙のうちに企業を人格共同体関係とする考え方を前提として発展していったこともまた否定することのできない事実でしょう。職務、時間、空間が無限定の就労義務を果たす代わりに、定年退職まで年功昇給により家族も含めた生活の安定を保障するというこの社会的交換は、どうみても中世の「御恩」と「奉公」の交換契約の現代版という匂いがします。
 法律自体はローマ法の伝統を引き継ぎ、労務という無形の物を賃貸借する契約として雇用を位置づけながら、現実社会は本家のドイツともかけ離れたほどに「会社」と「社員」が人格的に結合した構造が確立した戦後日本という社会を生み出したものは何なのか?古代ローマや中世ドイツを遍歴することで、そのヒントが得られるかもしれないということで、連載の最終回を締めさせていただきます。長らくのご愛読ありがとうございました。

ちなみに、ほぼ同じネタを、ヨニウム氏とイケノブ氏のそれぞれ過剰に情緒的な議論を素材にしながら論じたのがこのエントリです。こっちのほうが読みやすいかもしれません。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/post-53fc.html (ジョブとメンバーシップと奴隷制)

世の中には、ジョブ型雇用を奴隷制だと言って非難する「世に倦む日々」氏(以下「ヨニウム」氏)のような人もいれば、

https://twitter.com/yoniumuhibi/status/283122128201609216

本田由紀とか湯浅誠とか、その亜流の連中が、そもそも正規労働を日本型雇用だと言ってバッシングし、正規雇用を非正規雇用の待遇に合わせる濱口桂一郎的な悪平準化を唱導している時代だからね。左派が自ら労働基準法の権利を破壊している。雇用の改善は純経済的論理では決まらない。政治で決まる問題。

https://twitter.com/yoniumuhibi/status/290737267151077376

資本制の資本-賃労働という生産関係は、どうしても古代の奴隷制の型を引き摺っている。本田由紀らが理想視する「ジョブ型」だが。70年代後半の日本経済は、今と較べればずいぶん民主的で、個々人や小集団の創意工夫が発揮されるKaizenの世界だった。創意工夫が生かされるほど経済は発展する。

それとは正反対に、メンバーシップ型雇用を奴隷制だと言って罵倒する池田信夫氏(以下「イケノブ」氏)のような人もいます。

http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51870815.html(「正社員」という奴隷制)

非正社員を5年雇ったら正社員(無期雇用)にしなければならないという厚労省の規制は、大学の非常勤講師などに差別と混乱をもたらしているが、厚労省(の天下り)はこれを「ジョブ型正社員」と呼んで推奨している

・・・つまりフーコーが指摘したように、欧米の企業は規律=訓練で統合された擬似的な軍隊であるのに対して、日本の正社員はメンバーシップ=長期的関係という「見えない鎖」でつながれた擬似的な奴隷制なのだ。

もちろん、奴隷制とは奴隷にいかなる法的人格も認めず取引の客体でしかないシステムですから、ジョブ型雇用にしろメンバーシップ型雇用にしろ、奴隷制そのものでないのは明らかですが、とはいえ、それぞれが奴隷制という情緒的な非難語でもって形容されることには、法制史的に見て一定の理由がないわけではありません。

著書では専門的すぎてあまりきちんと論じていない基礎法学的な問題を、せっかくですから少し解説しておきましょう。

近代的雇用契約の源流は、ローマ法における労務賃貸借(ロカティオ・オペラルム)とゲルマン法における忠勤契約(トロイエディーンストフェアトラーク)にあるといわれています。

労務賃貸借とは、奴隷所有者がその奴隷を「使って下さい」と貸し出すように、自己労務所有者がそれを「使って下さい」と貸し出すという法的構成で、その意味では奴隷制と連続的な面があります。しかし、いうまでもなく最大の違いは、奴隷制においては奴隷主と奴隷は全く分離しているのに対し、労務賃貸借においては同一人物の中に存在しているという点です。つまり、労働者は労務賃貸人という立場においては労務賃借人と全く対等の法的人格であって、取引主体としては(奴隷主)と同様、自由人であるわけです。

この発想が近代民法の原点であるナポレオン法典に盛り込まれ、近代日本民法も基本的にはその流れにあることは、拙著でも述べたとおりです。

このように労務賃貸借としての雇用契約は、法的形式としては奴隷制の正反対ですが、その実態は奴隷のやることとあまりかわらないこともありうるわけですが、少なくとも近代労働法は、その集団的労使関係法制においては、取引主体としての主体性を集団的に確保することを目指してきました。「労働は商品ではない」という言葉は、アメリカにおける労働組合法制の歴史を学べばわかるように、特別な商品だと主張しているのであって、商品性そのものを否定するような含意はなかったのです。

労務賃貸借を賃金奴隷制と非難していた人々が作り出した体制が、アジア的専制国家の総体的奴隷制に近いものになったことも、示唆的です。

一方、ゲルマンの忠勤契約は日本の中世、近世の奉公契約とよく似ていて、オットー・ブルンナー言うところの「大いなる家」のメンバーとして血縁はなくても家長に忠節を尽くす奉公人の世界です。家長の命じることは、どんな時でも(時間無限定)、どんなことでも(職務無限定)やる義務がありますが、その代わり「大いなる家」の一員として守られる。

その意味ではこれもやはり、取引の客体でしかないローマ的奴隷制とは正反対であって、人間扱いしているわけですが、労務賃貸借において最も重要であるところの取引主体としての主体性が、身分法的な形で制約されている。妻や子が家長の指揮監督下にある不完全な自由人であるのと同様に、不完全な自由人であるわけです。

ドイツでも近代民法はローマ法の発想が中核として作られましたが、ゲルマン的法思想が繰り返し主張されたことも周知の通りです。ただ、ナチス時代に指導者原理という名の下に過度に変形されたゲルマン的雇用関係が強制されたこともあり、戦後ドイツでは契約原理が強調されるのが一般的なようです。

日本の場合、近世以来の「奉公」の理念もありますが、むしろ戦時中の国家総動員体制と終戦直後のマルクス主義的労働運動の影響下で、「家長」よりもむしろ「家それ自体」の対等なメンバーシップを強調する雇用システムが大企業中心に発達しました。その意味では、中小零細企業の「家長ワンマン」型とはある意味で似ていながらかなり違うものでもあります。

以上を頭に置いた上で、上記ヨニウム氏とイケノブ氏の情緒的非難を見ると、それぞれにそう言いたくなる側面があるのは確かですが、そこだけ捕まえてひたすらに主張するとなるとバランスを欠いたものとなるということが理解されるでしょう。

ただ、ローマ法、西洋法制史、日本法制史といった基礎法学の教養をすべての人に要求するのもいかがなものかという気もしますし、こうして説明できる機会を与えてくれたという意味では、一定の意味も認められないわけではありません。

ただ、ヨニウム氏にせよ、イケノブ氏にせよ、いささか不思議なのは、理屈の上では主敵であるはずのそれぞれジョブ型そのものやメンバシップ型そのものではなく、その間の「ほどほどのメンバーシップとほどほどのジョブ」(@本田由紀氏)からなる「ジョブ型正社員」に異常なまでの憎悪と敵愾心をみなぎらせているらしいことです。

そのメカニズムをあえて憶測すればこういうことでしょうか。

ヨニウム氏にとっては、(イケノブ氏が奴隷と見なす)メンバーシップ型こそが理想。

イケノブ氏にとっては、(ヨニウム氏が奴隷と見なす)ジョブ型こそが理想。

つまり、どちらも相手にとっての奴隷像こそが自分の理想像。

その理想の奴隷像を不完全化するような中途半端な「ジョブ型正社員」こそが、そのどちらにとっても最大の敵。

本田由紀さんや私が、一方からはジョブ型を理想化していると糾弾され、もう一方からはメンバーシップ型を美化していると糾弾されるのは、もちろん人の議論の理路を理解できない糾弾者のおつむの程度の指標でもありますが、それとともに理解することを受け付けようとしないイデオロギー的な認知的不協和のしからしむるところなのでもありましょう。

あらぬ流れ弾が飛んでこないように(いや、既に飛んできていますが)せいぜい気をつけましょうね。

 

2020年5月 1日 (金)

緊急コラム「韓国の新型コロナ問題への対応」@呉学殊

Oh_h_20200501121001 JILPTの呉学殊さんが、新型コロナの緊急コラムとして、いま世界的に成功モデルとして注目を集めている韓国の対策について書いています。もちろん、その医療対策にも触れていますが、ここでの焦点は雇用労働対策です。

https://www.jil.go.jp/tokusyu/covid-19/column/007.html

・・・・新型コロナウイルス問題が世界的に広がる中、韓国は世界の関心を集めている。上記の総選挙についても多くの海外マスコミが取り上げたが、コロナ防疫についても同様である。韓国は、中国に次いで2番目に感染爆発が起きた国である。しかし、開放性、透明性、民主性という原則の下、感染爆発が起きた地域を封鎖せず、また、武漢などの一部の地域を除き、国家間の移動の制限を行わない形で、感染爆発を乗り切って被害の最小化を図ることができている。最も重要な対処は徹底的な検査であり、そのための診断キット(PCR検査キット)の大量生産およびドライブスルーやウォークスルーの考案やスピーディーな検査と検査の無料化を行うとともに、感染者に対しては、症状に応じた分離・治療である。それにより、感染爆発の時に1日900人以上の感染者が出たが、3月12日からは100人前後、さらに4月19日以降は10人前後に減り[注1]、世界的にもコロナ感染防疫に「成功した国」と言われている。
防疫には「成功した国」と言われるが、社会・経済的な影響は深刻であり、それへの対応が急がれている。ここでは、全世界的に感染が広がり、いつそれが終息するかわからない新型コロナウイルス問題に韓国がどのように対応したのかについて雇用・労働政策を中心に考察する。 

1.韓国の新型コロナ問題とそれへの対応 

2.雇用・労働政策 

 (1)現職労働者への支援

 (2)失業者・求職者(無給休業者を含む)への支援

 (3)脆弱階層への支援

 (4)雇用創出策

終わりに──大胆で迅速な対応の必要性 

・・・・雇用・労働対策において「大胆で迅速な対応」の内容について要約してみると次のとおりである。第1に、休業手当の9割支援は前例がなく、また、企業の休業手当支給に向けた融資制度の創設や有給休業経由なしの無給休業容認である。第2に、自治体とのコラボレーション政策である。無給休業者の生活費支援制度や個人事業主とフリーランスへの生活支援策である「生活安定資金」は、支援対象者の状況をよりよく把握している自治体に支援の対象や内容を柔軟に決めるようにし、中央政府は財政的にサポートした。第3に、危機顕在対象者優先支援である。コロナ影響を最も早くまた深刻な影響を受けたフリーランスを優先的に支援対象とし、また、その支援対象者を広げた。第4に、自営業者か労働者かまたは雇用形態や雇用保険加入・非加入の区分にこだわらず、コロナ影響により生活が危機にさらされた人々を一括して雇用・労働政策の対象とした。以上の大胆で迅速な対応は、従来の政策とは一段異なるものであり、また、単発的なものではなく連続的である。 

興味深い政策が紹介されていますが、やはり特に「脆弱階層への支援」のところが、日本へのインプリケーションという意味でも注目されます。

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