新型コロナと風俗営業という象徴
今回の新型コロナウイルス感染症は、医療問題から経済問題、労働問題まで実に幅広い分野に大きなインパクトを与えていますが、その中で風俗営業というトピックが全く違う文脈で全く違う様相を呈しながら様々に語られていることが興味を引きます。それはあたかも風俗営業というそれ自体はそれほど大きくない産業分野がある意味で現代社会のある性格を象徴しているからではないかと思われるのです。
まずもって、コロナウイルスを蔓延させているのは濃厚接触している夜の街の風俗営業だという批判が登場し、警察が歌舞伎町で示威行進するてなこともありましたが、それはそういう面があるのだと思いますが、実は経済のサービス化というのは、もっともっと広い範囲で人と人との接触(どれだけ「濃厚」かは別として)それ自体を商品化することで拡大してきたのであれば、コロナショックが何よりも人と人とが接触する機会を稼ぎの元としている飲食店やサービス業といった基盤脆弱な日銭型産業分野を、当該接触機会を最大限自粛することによって直撃していることの象徴が風俗営業なのかもしれません。
一方、コロナショックを労働政策面から和らげようとして政府が繰り出した雇用助成金政策に対して、それが風俗営業従事者を排除しているのが職業差別だという批判が噴出しました。そしてその勢いに押された厚生労働省はそれまでの扱いをあっさりと放棄し、風俗営業従事者も支給対象に入れることとしたわけですが、このベクトルは風俗営業のみを卑賎視する偏見に対して、それもまた歴とした対人サービス産業であるという誇りを主張するものであったはずで、その背景にはやはり、風俗営業も他の対人サービス業も、人と人との接触それ自体を商品化する機会を稼ぎのもとにしていることに変わりはないではないか、そして現代社会はそれを経済拡大の手っ取り早い手段として使ってきているのではないかという自省的認識の広がりがあったのかもしれません。
ところが、ここにきて、某お笑い芸人がラジオ深夜番組で語ったとされる、コロナ不況で可愛い娘が風俗嬢になる云々というセリフが炎上しているらしいことを見ると、実は必ずしもそうではなかったのかもしれないなという感じもあります。そのセリフが政治的に正しいものではないことはたしかですが、本ブログのコメント欄に書き込まれたツイートにもあるように、
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/04/post-5924c7.html#comment-117951899
> 不景気になると
> 岡村隆史「かわいい人が風俗嬢やります」
> 経営者「有能な若者が安い給料で働く」
> あんまり言ってること変わんねえよなこれ
労働供給過剰によってより品質の高い労働力が低価格で供給されるという経済学的には全く同型的な市場メカニズムを語る言葉が、一方はソーシャルな立場からは全く正しいものではないにもかかわらず、多くの経済学者の口から平然と語られても全く問題にならない(どころか経済学的に正しいことを勇気をもって語ったとしてほめそやされる)のに、芸人の方は集中砲火を浴びるのは、やはりエコノミカリー・コレクトに対するポリティカリー・コレクトとソーシャリー・コレクトの存在態様の大きな格差を物語っているのかもしれません。
これら新型コロナウイルス感染症をめぐってさまざまに立ち現れた風俗営業をめぐる人々の思考のありようは、誰かがもっときちんと、そしてこれが一番大事ですが、どれか一つのアスペクトだけではなく、そのすべての側面を全部考慮に入れたうえで、突っ込んで考察してほしいなあ、と思います。そういうのがほんとの意味での社会学的考察ってやつなんじゃないのかな、なんてね。
(追記)
世の中、ちょっとした時期のずれで大きな差ができることがありますが、本日から申請を受け付け始めた経済産業省の持続化給付金は、中小法人向けの200万円コースも、個人事業主向けの100万円コースも、特定の風俗営業は対象から除外しています。
https://www.meti.go.jp/covid-19/pdf/kyufukin_chusho.pdf
https://www.meti.go.jp/covid-19/pdf/kyufukin_kojin.pdf
不給付要件(給付対象外となる者)に該当しないこと
(1)風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律に規定する「性風俗関連特殊営業」、 当該営業に係る「接客業務受託営業」を行う事業者
(2)宗教上の組織若しくは団体
(3)(1)(2)に掲げる者のほか、給付金の趣旨・目的に照らして適当でないと中小企業庁長官が判断する
雇用助成金の時には、風俗営業だからと言って排除するのは職業差別だとあれほど騒いだ人々が、岡村発言の直後にはだれも文句を言わなくなってしまっているというあたりに、その時々の空気にいかに左右される我々の社会であるのかがくっきりと浮かび上がっているかのようです。
« 日経ビジネスに登場 | トップページ | 雇用調整助成金、社労士の連帯責任解除 »
上野千鶴子さん×かがみすと
> 今ではもうセックスした相手がそのまま結婚相手だなんて誰も思わなくなった。それはすごくいいことでしょ。
> 私がセックスワークや少女売春になぜ賛成できないかというと、「そのセックス、やってて楽しいの?あなたにとって何なの?」って思っちゃうからなのよ。
https://mirror.asahi.com/article/12881008
卵子と精子の持っている資本の格差(というか、それが卵子と精子の定義ですが)から、
オスは生殖のためだけに性行為を行うのに対し、メスは対価のために“も”性行為を行う
ことができる訳です。メスが対価のために性行為を行うことを禁じる(これは、先生は、
まるでロマンティックなもののように言っていますが、究極は「匿名精子銀行」なんです
けど)と、どういう条件にある個体が利益を得ることになるか?、ということを考えたく
なります。ドーキンス的には、個体でなく、遺伝子で考えるべきなのかもしれませんが。
女性にしか性欲を感じない女性が、精神銀行を利用して、子供を産む、ということもあり
ますね。何となく、そういうのが、「フェミニズムの理想」なんじゃないかと思います。
投稿: フェミニズムの理想 | 2020年5月 1日 (金) 19時29分
>労働供給過剰によってより品質の高い労働力が低価格で供給されるという経済学的には全く同型的な市場メカニズムを語る言葉が、一方はソーシャルな立場からは全く正しいものではないにもかかわらず、多くの経済学者の口から平然と語られても全く問題にならない(どころか経済学的に正しいことを勇気をもって語ったとしてほめそやされる)のに、芸人の方は集中砲火を浴びるのは、やはりエコノミカリー・コレクトに対するポリティカリー・コレクトとソーシャリー・コレクトの存在態様の大きな格差を物語っているのかもしれません。
岡村氏は「かわいい人が風俗嬢やります」と発言したから批判されているのでしょうか?
労働供給過剰によってより品質の高い労働力が低価格で供給されるという経済学的なメカニズムを語る事自体に問題があるとは思いません。このメカニズムに基づき緊急事態宣言に伴う予想される弊害
「ブラック企業で働く人が増えます」
「かわいい人が風俗嬢やります」
を述べる事も、医学者が、
「高齢者は外出自粛で運動量が減ると体力が低下し介護が必要な人が増えます」
と述べるのと同じで問題ないと思います(弊害への対策をとるためには必要かもしれません)
岡村氏は、
3カ月の間、集中的にかわいい子がそういうところでパッと働いてパッとやめます。
その3カ月のために頑張って、今、歯を食いしばって踏ん張りましょう。
と発言しています。前半の発言は問題ないと思います。しかし後半の発言は、自分の利益(欲望)を満たしたいから人が不幸になる事を望んでいる内容ですから、批判されても仕方がないと思います。
>雇用助成金の時には、風俗営業だからと言って排除するのは職業差別だとあれほど騒いだ人々が、岡村発言の直後にはだれも文句を言わなくなってしまっているというあたりに、その時々の空気にいかに左右される我々の社会であるのかがくっきりと浮かび上がっているかのようです。
公労所の助成金での排除を問題にした人が経産省の助成金を問題にしない理由は不明ですが(厚労省で問題になって対応したから経産省も(当然)対応したと思っていた?)、望まないのに(経済的な理由で)風俗業に従事せざるを得ない人をなくすという事と望んで風俗業に従事している人を保護するという事は別だと思います。
投稿: Alberich | 2020年5月 1日 (金) 21時46分
https://blogos.com/article/454923/
で述べられている岡村発言批判への批判に対する
元々風俗を志向してない女性が止むを得ず性風俗産業に入って来るのを望むような
発言への批判が、いつの間にか「風俗(で働く女性)差別」にすり替わっている
という意見や
岡村発言の一番の問題点は「公共の電波に乗せてしまったこと」だと思います。経済的苦境に立たされ
「性風俗産業につかざるを得なくなる女性が増える」ことが「楽しみ」だと「ラジオ」で発言してしまったこと。
や
「女性観が歪んだ“かわいそうな”中年男性」なんて枠では片付けられない。そこにいるのは
「コロナによって落ちていく庶民をニヤニヤ笑いながら見ているお金持ちの49歳」なんです。
という意見に賛成です。
コロナ不況に影響を受けないお金持ちの男性が
コロナによって落ちていく女性を見ることができるのは楽しみだ
と考えるのは自由だと思いますし、それを公の場で発言する事も法律上は罪ではないと思います。しかし私はその様は発言を公の場で行う人を見たくはありません。
投稿: Alberich | 2020年5月 3日 (日) 20時28分
>本日から申請を受け付け始めた経済産業省の持続化給付金は、中小法人向けの200万円コースも、個人事業主向けの100万円コースも、特定の風俗営業は対象から除外しています。
>雇用助成金の時には、風俗営業だからと言って排除するのは職業差別だとあれほど騒いだ人々が、岡村発言の直後にはだれも文句を言わなくなってしまっているというあたりに、その時々の空気にいかに左右される我々の社会であるのかがくっきりと浮かび上がっているかのようです。
参議院議員のブログ
https://otokitashun.com/blog/daily/23256/
によると、この議員は、セーフティネット保証も持続化給付金も、性風俗事業者に対しては完全な「対象外」になっている事に対して
ある芸能人の性風俗や女性に対する蔑視発言に大きな注目が集まっておりますが、それはそれとして、現実を変えるためには制度改正に挑んでいかなければなりません。
休業補償や雇用調整助成金についても、当初は性風俗従業者を「対象外」としていた厚労省見解が、大きな議論が巻き起こったことで変更されました。こうした強い力を持つ世論は個人の発言や表現だけに向けるのではなく、制度を動かすための力としてお貸しいただければ幸いです。
と言っているので、
風俗営業だからと言って排除するのは職業差別だ
と文句を言う(問題だと認識している)人がいないわけではないと思います。
投稿: Alberich | 2020年5月 3日 (日) 23時00分