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2020年3月24日 (火)

学部廃止を理由とした大学教授らの整理解雇――学校法人大乗淑徳学園事件@『ジュリスト』2020年4月号(No.1543)

L20200529304 『ジュリスト』2020年4月号(No.1543)に判例評釈「学部廃止を理由とした大学教授らの整理解雇――学校法人大乗淑徳学園事件」を寄稿しました。

http://www.yuhikaku.co.jp/jurist/detail/020452

[労働判例研究]
◇学部廃止を理由とした大学教授らの整理解雇――学校法人大乗淑徳学園事件――東京地判令和元・5・23●濱口桂一郎……122 

これ、いろんな意味で面白い、突っ込みどころのある判決です。

事件の本質は、国際コミュニケーション学部の高齢で高給の教授を排除して、新たな人文学部ではより若く高給でない専任教員に代替しようという大学当局の意図だと思うんですが、この裁判官わざとその本質と外れたことばかり言うんですね。附属機関のアジア国際社会福祉研究所に回せばいいじゃないかとか。なんか他学部には配転できないけれども附属機関なら簡単にできると思い込んでいるみたいで、わけがわからない。

あと、ややおまけ的な論点ですが、大学教授を事務職員に配置転換できるかという話があって、こういう皮肉たっぷりなことを書いております。読むときにコーヒーを口に含んでおかないこと。

・・・本件で興味深いのは、大学教授の配置転換可能性として事務職員としての雇用継続という選択肢も論じられていることである。この点に関しては、Xら側が大学教授という職務への限定性を強く主張し、本判決もそれを認めている。しかしながら、そもそも「大学教員はその専門的知識及び実績に着目して採用されるもの」を強調するのであれば、およそ大学教授であれば何を教えていても配置転換可能などという議論はありえまい。例えば法学部が廃止される場合、その専任教員を事務職員にすることは絶対に不可能であるが、理学部の専任教員にすることは同じ「大学教員」だから可能だとでも主張するのであろうか(労働法の教授を人事担当者にする方がよほど専門知識に着目しているとも言えよう)。・・・

 

 

 

 

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