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2020年3月19日 (木)

EU最低賃金がやってくる?@『労基旬報』2020年3月25日号

『労基旬報』2020年3月25日号 に「EU最低賃金がやってくる?」を寄稿しました。ここにも書いたように、そもそもEUレベルで最低賃金をどうにかしようという議論が出ること自体が、玄人筋的には結構凄い話なんです。

 去る1月14日、欧州委員会は「公正な最低賃金に関わる課題に対処する可能な行動」(a possible action addressing the challenges related to fair minimum wages)に関してEU運営条約第154条に基づく労使団体への第1次協議を開始しました(C(2020)83)。この仕組みについては今までいろんな指令や指令案について論じてきましたので詳しくは述べませんが、労働政策について新たな立法をしようとする際には、必ずEUレベルの労使団体に二段階の協議を行い、労使の側が自分たちで交渉するといえばボールはそちらに移り、その結果労働協約が締結されれば、それがそのままEU指令になる、という仕組みです。
 しかし、今回の最低賃金というトピックは、これまでの30年近くの歴史の中で非常に異例な点があります。それはほかならぬ最低賃金そのものが協議の対象となっていることです。現在のEU運営条約の社会政策条項の前身は1991年のマーストリヒト条約付属社会政策協定ですが、そのとき以来、条文上明確に適用を排除されている分野があります。それは「賃金、団結権、ストライキ権、ロックアウト権」です。この規定は現在のEU運営条約第153条第5項に全く変更なく維持され続けています。要するに、EUは労働時間指令は作れるが賃金指令は作れないのです。というと、男女同一賃金とか、雇用形態による賃金差別はどうなんだと思うかもしれませんが、雇用平等という政策目的が賃金にも関わるのであればいいのです。上記条文を見ればわかるように、賃金が適用除外されているのは、それが労使交渉による賃金決定に関わるものだからで、つまり加盟国間で多様な集団的労使関係システムにはEUは介入しませんよ、という宣言なわけです。
 という観点からすると、今回の最低賃金に関する第1次協議はやはり問題をはらんでいます。もちろん、一面からすると最低賃金というのは最低所得保障という社会政策であって、貧困対策の一環とみることもできますが、他面から見るとまさに賃金額をめぐって労使間で団体交渉を行い、場合によってはストライキやロックアウトといった争議行為を繰り広げつつ決定していくべきことでもあるからです。そうすると、EU最低賃金などという発想は、各国で発展してきた労使自治システムへの挑戦に他ならないということになります。実際、今回の協議開始に対して、一番猛反発したのは、スウェーデンやデンマークといった北欧諸国の労働組合でした。8割という高い組織率を誇る彼ら北欧の労働組合にとって、最低賃金というのは自分たちがその実力で勝ち取った労働協約で定め、自分たちがその実力で遵守させるものなのであって、弱い組合が政府に泣きついて作ってもらい、守ってもらう法定最低賃金などという代物の入る余地はないのです。この皮肉な構図を生み出した経緯を若干詳しく見ていきましょう。
 最近の日本の労働政策はほとんどもっぱら官邸主導となり、官邸で決まった政策が厚生労働省に降りてきて立法化されることが多いのですが、EUもその傾向が強まったようで、今回の第1次協議も昨年末に欧州委員会トップに就任したウルスラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長のイニシアティブによるものです。就任前の2019年7月に発表した「私の欧州アジェンダ」(My agenda for Europe)の「人々のために働く経済」中で、このように述べていました。
「労働の尊厳は神聖である。任期の最初の100日間の間に、私はEUのすべての労働者に公正な最低賃金を確保する法的な措置を提案する。これはどこで働こうがまっとうな生活ができるものであるべきである。最低賃金は各国の伝統に従い、労働協約又は法令の規定によって設定されるべきである。私は、業界や地域を最もよく分かっている人々である使用者や労働組合の間の労使対話の価値を固く信じるものである。」
 読んでわかるように、前段で打ち出したEU最低賃金立法についての懸念を後段で必死に打ち消そうとしています。この時から、北欧諸国の労使から反発が来ることは予想されていたわけです。彼女が昨年12月1日に欧州委員長に就任してわずか1月半でそそくさと発出されたこの第1次協議文書は、それゆえ経緯の説明が終わるとすぐに言い訳に入ります。曰く、「最低賃金の分野におけるいかなる可能なEUの行動も、EU全域にわたる最低賃金の水準を直接に調和化させようとするものではない。それは各国の伝統、労使団体の自治及び団体交渉の自由をも尊重する。それは最低賃金を設定する斉一的な機構を確立しようとするものでもないし、各国の労使団体の協約自由と加盟国の権限の範囲内にある賃金水準を設定しようとするもない。それゆえ、最低賃金は引き続き、各国権限と労使団体の協約自由を十全に尊重しつつ、労働協約又は法令規定を通じて設定される。とりわけ、EUの行動は、団体交渉適用率が高く、賃金設定がもっぱら団体交渉を通じて行われている諸国への法定最低賃金の導入を目指すものではない。」
 では一体この協議は何を目指そうとしているのでしょうか。協議文書は、最低賃金が重要である理由を縷々挙げていきます。それはまず、低賃金労働者やワーキングプアが増加し、賃金格差が拡大しているからです。それは特に教育水準が低く、非典型的な就業形態の労働者に顕著です。彼らを守る手段が最低賃金であり、また経済的には、適切な最低賃金の上昇が生産性の向上や内需の拡大に資する面があります。北欧のような法定最低賃金がなく団体交渉で全部やる国では低賃金労働者は少ないのですが、EU全体の組織率はどんどん低下し、十分な最低賃金によって守られない労働者が増えているという問題意識です。
 協議文書は、EUが雇用平等などで賃金についても取り組んできたことを縷々述べて正当化しようとしますが、実はいささか皮肉なことに、リーマンショック以後の経済政策において、逆向きの方向ながらEUが加盟国の賃金設定や労使関係そのものに嘴を挟んだことがあるのです。金融危機に対処するために膨らんだ財政支出に対して、IMF、欧州中銀及び欧州委員会のいわゆる「トロイカ」が赤字の削減を強く要求し、そのためにとりわけ南欧諸国に対して賃金の引下げや団体交渉の縮小を要求するといった事態になったのです。EU社会政策における賃金や労使関係の適用除外は、EU経済政策における賃金や労使関係への介入には何の防波堤にもならなかったのです。今回、条約の明文の規定にもかかわらず平然と最低賃金に関する労使協議をやれているのも、先行する10年間に既にタブーは破られていたからということもできるかもしれません。
 この協議に対し、欧州労連は即日コメントし、その意図を歓迎するとともに、具体性に欠けると批判し、法定最低賃金を賃金中央値の60%以上とすべきと主張しました。一方欧州経団連も即日「賃金設定は国内の労使団体間で行われるべき」とコメントし、EUの最低賃金立法には反対しました。ここまではいつもの定型行事ですが、今回やはり注目すべきは北欧諸国の労働組合の反応です。
 協議前日の1月13日付のEUObserver(ネット)に、スウェーデン専門職連合のテレーゼ・スヴァンストローム会長が「なぜEU最低賃金は労働者にとって悪いアイディアなのか?」を寄稿しています(https://euobserver.com/opinion/147050)。彼女は、EUに低賃金で不安定な雇用が多すぎると述べ、全加盟国に適切な労働条件と賃金を確保する必要性を肯定します。「しかしながらこれは、その宣明された目的が賞賛に値するからといって、EUレベルのすべての労働市場規制案を我々が受け入れなければならないということを意味するわけではない。労働市場機構に関しては加盟国の間で甚だしく異なる領域があるのだ。」「ある国で最重要な規制が別の国にはまったく存在しないこともありうる。」要するに、労働者の大部分が組合に組織されているような北欧諸国に、組合が弱いので国が面倒を見てあげなければいけない国向けの最低賃金などという代物を持ち込むな、と言いたいのです。下手に持ち込むとどうなるか。彼女はOECDが最近出した報告書を持ち出して、「労働市場政策のマイナーチェンジですら、団体行動や労使関係システムにおける大きなそしてしばしば意図せざるシフトをもたらしうる」と批判します。
 具体的には、加盟国に一定水準ないし一定の算式に基づく最低賃金を義務付けることによって、全EU諸国に法定最低賃金か又は労働協約の拡張適用制度を強制することになりうるのです。デンマークやスウェーデンのような国には法定最低賃金や拡張適用制度を適用除外する可能性も疑わしいといいます。その根拠は、スウェーデンの労働組合にとっては未だに恨みの残るラヴァル事件です。法定最低賃金も拡張適用もないスウェーデンの特殊性は、欧州司法裁判所によって一顧だにされなかったではないかというわけです。
 それだけではなく、そもそもEUに賃金についての権限を与えることは危険だといいます。「今回は賃金の最低水準を引き上げるために使われる。次回は、景気後退や金融危機に際し、賃金を引き下げるために使われうる。その後、団結権やストライキ権が攻撃されるのだ。それゆえ、この分野で立法しようといういかなる企てにも抵抗しなければならない」と。この不信感は相当なものです。
 とはいえ、北欧のような立派な組合のない諸国から見ると、これはこれでエリートの論理に見える面もあります。現にワーキングプアが拡大し、法定最低賃金が低水準すぎて役に立っていないような諸国の低賃金労働者から見れば、理屈はいいから最低賃金の引上げを邪魔するなといいたくなるでしょう。ブリュッセル自由大学のアマンディン・クレプシー准教授は、2月20日付のSocialEuropeへの寄稿で、「広く賞賛される平等主義的福祉国家の代表として、北欧の社会民主主義者は防御的な立ち位置にとどまり、他のすべての諸国にとっての実質的な進歩になりうるものをブロックすることはできまい」と予測しています。いずれにしても今回の労使への協議は、毎度おなじみの労使対立というよりも、EU加盟国間の労使関係システムの間の亀裂を浮き彫りにしてしまったのかもしれません。  

 

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コメント

日本の労働組合(+野党)は政府に最低賃金を上げさせよう!と運動していますが、北欧の労働組合に言わせるとそれは「弱い組合」なんですね。

そうですが、それを言えば、北欧の労働組合みたいなことがいえる組合は世界中にほとんどありません。
10年前までは、ドイツの組合も最低賃金なんか要らないと虚勢を張っていられましたが、組織率の減少でそうも言っていられず、法定最低賃金に舵を切りました(正確には産別によって温度差があるのですが、ざっくりいうとそういうことです)。

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