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2020年3月

2020年3月31日 (火)

石塚史樹他『福祉国家の転換』

507932 石塚史樹・加藤壮一郎・篠田徹・首藤若菜・西村純・森周子・山本麻由美『福祉国家の転換 連携する労働と福祉』(旬報社)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.junposha.com/book/b507932.html

労働政策と福祉政策、労使関係と社会保障、雇用と社会扶助など、
実際には重なり合う密接な関係の領域ながら、結びつけて議論されてこなかったインターフェイスに、学際的に迫る! 

本書は、生活経済研究所の比較労働運動研究会の成果ですが、若手研究者たちがドイツ、スウェーデン、デンマークといった諸国の労働と福祉周りのテーマを取り上げています。

はじめに 篠田 徹
第1章 ドイツにおける「ミニジョブ」という働き方の現状と課題 森 周子
第2章 ドイツにおける雇用社会の新展開――内需志向産業に注目して 石塚史樹
第3章 グローバル化に対して労働組合は何ができるか 首藤若菜
第4章 スウェーデン福祉国家の変化――アクティベーション政策を手がかりとして 山本麻由美
第5章 スウェーデンにおける労働移動を通じた雇用維持システム 西村 純
第6章 デンマークにおける積極的社会政策の変遷――公的扶助受給者への政策アプローチを中心に 加藤壮一郎
おわりに 篠田 徹

このうち、首藤若菜さんや西村純さんの章は、近年の彼らの著書でも取り上げているテーマで、本ブログでも何回か紹介してきましたし、他の章も多くはそれほど意外感を与えるものはなかったのですが、第2章の石塚史樹さんのところは、これまでのドイツ型人事管理、ドイツ型労使関係のイメージとは対極に位置するような、ある種ドイツ型ブラック企業論とでもいうべき論文になっていて、大変興味深いというか、をいをいほんとかよ、そうなのかよ!?という感じで、ページをめくる手ももどかしい感じでした。

第2章 ドイツにおける雇用社会の新展開――内需志向産業に注目して 石塚史樹
本章のポイント
1 従来の雇用労働に関する理解とその問題点
2 ディスカウンターの急成長
3 ディスカウンターの労働問題
4 アルディの組織構造
5 従業員構成と人事秩序
6 技能形成・雇用ルール
7 仕事管理・業績管理
8 雇用労働に関する新しい像
コラム:ディスカウンターの思わぬ効用

取り上げているのは、ディスカウンター(安売り屋)と呼ばれる大規模食品小売業で、これまでドイツ労働研究が焦点を当ててきたフォルクスワーゲン等を始めとする重厚長大型の外需型製造業とは対極に位置する内需型サービス業です。本章ではアルディという業界最大手の会社を取り上げています。

ここが凄いんだわ。大量に採用して使い潰して、勝ち残ったのを昇進させていくという、POSSEに出てくる典型的なブラック企業を彷彿とさせる人事管理なんですね。詳しくは、是非本書を手にとって読んでみてください。

これもまたドイツの一面。

 

 

JILPT『ラオスの労働・雇用・社会』

Chosa04 JILPTの海外調査シリーズの最新版『ラオスの労働・雇用・社会』が刊行されました。

https://www.jil.go.jp/publication/kaigai/chosa04.html

労働法制を中心とする規制や、労働市場、職業教育制度といったラオスに進出する企業が必要とする情報を網羅。労働・雇用・社会について多角的にわかりやすく解説。最新の労働情勢を正しく理解するための決定版。
海に接しない内陸国(ランドロック)のラオスが、タイ、ベトナム、中国、カンボジア、ミャンマーの5カ国と経済回廊を通じて連結(リンク)する。メコン地域の要衝の地を目指して動き出す。そのようなラオスに進出する日系企業が円滑な経営を行うために必要な労働・雇用・社会に関する情報を収集しました

ラオスといっても、ぴんと来る人はあんまりいないかも知れませんが、旧仏印の奥地にある内陸国で、これだけの詳細な情報が一冊にまとめられたのは初めてではないでしょうか。

ちなみに、まことにトリビアな話題ですが、ちょっと興味を惹かれたのは労使関係の中の「外国の労働組合との関係」というところで、

・・・ラオスは社会主義国であるので、ナショナル・センターであるラオス労働連盟は社会主義国の労働組合や共産党との関わりのある労働組合によって結成されている世界労連に加盟している。・・・

とあり、「えっ、まだ息してたんだ・・・」と。

一方で、市場経済化後はITUCとも関わりを持っているようです。それなんのはなしや、と思うかも知れませんが、その昔はこの路線対立でいっぱい人が死んでたんですよ。

 

2020年3月30日 (月)

社会なんてものはないのかあるのか

Boris かつてイギリス保守党のマーガレット・サッチャー首相は、「社会なんてものはない」(There is no such thing as society.)という名言(迷言)で世を感心(寒心)させましたが、その40年後の後継者であり、EU嫌いという点ではまことに共通点のあるボリス・ジョンソン首相は、「社会なんてものはあるんだ」(There is such a thing as society.)と、真逆のことを語ったようです。

https://www.theguardian.com/politics/2020/mar/29/20000-nhs-staff-return-to-service-johnson-says-from-coronavirus-isolation

Boris Johnson has stressed that “there really is such a thing as society” in a message released he is while self-isolating with Covid-19, in which he also revealed that 20,000 former NHS staff have returned to help battle the virus.

The prime minister chose to contradict his Conservative predecessor Margaret Thatcher’s endorsement of pure individualism made in 1987, when the then PM told a magazine: “There is no such thing as society.”

In his video message, Johnson said: “We are going to do it, we are going to do it together. One thing I think the coronavirus crisis has already proved is that there really is such a thing as society.” 

ボリス・ジョンソンは新型コロナで隔離されながら公開されたビデオメッセージで「社会なんてものはほんとにあるんだ」と強調し、2万人の全国医療サービス退職者たちがウイルスとの闘いのために職場に復帰したことを明かした。

同首相は彼の保守党の先輩であるマーガレット・サッチャーが1987年に行った「社会なんてものはない」という純粋な個人主義の裏書きと矛盾することを選択したのだ。

ビデオメッセージでジョンソンは「我々は打ち勝ちつつある。我々はともに打ち勝ちつつある。コロナウイルス危機がすでに証明した一つのことは、社会なんてものはほんとにあるんだということだ」

いやあ、この時にボリスがサッチャーのイデオロギーを正面から批判する役回りを演ずることになるとは、ほとんどだれも予想すらしていなかったのではないでしょうか。

『POSSE』vol.44

9784906708833_600 『POSSE』vol.44をお送りいただきました。

https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784906708833

特集は「広がる非正規、崩壊する現場」です。

公共サービスや教育・保育などのケア領域をはじめ、非正規労働者が拡大し続けている。
非正規労働者の増加は、低賃金・不安定なワーキングプアの増大に直結しているが、問題はそれだけではない。
わたしたちの日常生活を支える労働が非正規化していくことによって、サービスの質が劣化し、社会の再生産が脅かされていく。
こうした事態は、すでにかなりの規模で進行しているのだ。
本特集では、非正規労働者の拡大が社会のあり方をどのように変容させてしまうのかに焦点を当て、非正規化の行き着く先を考える。

[鼎談]分断を乗り越える労働運動へ―外国人労働問題と非正規雇用の全階層化
奥貫妃文(全国一般東京ゼネラルユニオン(東ゼン労組)執行委員長)×ルイス・カーレット(全国一般東京ゼネラルユニオン(東ゼン労組)専従オルグ)×今野晴貴(NPO法人POSSE代表)

新型コロナウイルス対応で浮き彫りになった非正規雇用の拡大と現場の崩壊
本誌編集部

公務員の非正規化がもたらす行政現場の歪み―非正規公務員の専門性が発揮できる労働運動へ
上林陽治(公益財団法人地方自治総合研究所研究員)

地方自治体における官製ワーキングプア問題と、労働組合に期待される取り組み―現場からの働き方改革を起点にした社会的労働運動の実践
川村雅則(北海学園大学教授)

私学教員ユニオンにおける非正規雇用教員への取り組み
私学教員ユニオン

この冒頭の鼎談に出ている奥貫妃文さんは、ここで名乗っている全国一般東京ゼネラルユニオン(東ゼン労組)執行委員長たる労働運動家であると同時に、相模女子大学人間社会学部社会マネジメント学科准教授たる労働法学者でもあります。活動家と密接な学者というのはそれなりにいますが、自ら一般労組の委員長となっている労働法学者は恐らくほかにいないでしょう。

実は本ブログで以前、彼女の論文を紹介したときに、こう書きましたが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/08/post-e30cca.html (『日本労働研究雑誌』2019年9月号)

その中で若干異色なのが、奥貫さんの論文で、実は本文は労働組合法の簡単な解説みたいなものですが、「むすびにかえて」で、御自分が執行委員長を務める全国一般東京ゼネラルユニオンの実践についていろいろと書かれていて、正直、(労働法学者としての立場よりも)こちらを中心において書かれれば良かったのではないかと。

今回の鼎談では、まさに労働運動家として存分に語っています。

・・・あらゆる場面で組み込まれた分断や競争にどう対抗していくかが、自分たちにとって課題だと思っています。・・・事務スタッフの日本人女性は「外国人の先生たちはいいよね。あんなさくっと授業だけやって、高い時給をもらえて。私たちはこんなに拘束されて、月20万円弱しかもらってないのに」と不満がたまってしまいます。一方で外国人講師は、「私たちは安定した雇用を求めているのに、社会保険に入りたくても入れてくれない。有給休暇すらもらえない」と、両者ともに不満はたまる状況です。

本来はどちらも同じ職場の問題として組織化して団体交渉していかなければいけないのですが、経営者はその分断をうまく使ってきます。・・・

 

 

土岐将仁『法人格を越えた労働法規制の可能性と限界』

L24334 土岐将仁さんより『法人格を越えた労働法規制の可能性と限界-個別的労働関係法を対象とした日独米比較法研究』(有斐閣)をお送りいただきました。ありがとうございます。大テーマに挑んだ大作です。

http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641243347

労働契約上の使用者以外の第三者も,資本関係・企業間契約を通して使用者に影響を与えることがある。本書では,労働法規制の名宛人は誰かという観点から,丁寧な比較法的分析を基礎として,第三者に法規制を及ぼすことの可能性と限界を探究する

第1章 序 論
 第1節 問題の所在
 第2節 日本法の分析
 第3節 日本法の特徴と外国法分析の課題
第2章 ドイツ法
 第1節 はじめに
 第2節 最低賃金に関する規制
 第3節 労働安全衛生に関する規制
 第4節 差別禁止に関する規制
 第5節 労働者派遣に関する規制
 第6節 解雇に関する規制
 第7節 その他の規制
第3章 アメリカ法
 第1節 はじめに
 第2節 最低賃金や時間外割増賃金に関する規制
 第3節 労働安全衛生に関する規制
 第4節 差別禁止に関する規制
 第5節 解雇に関する規制
 第6節 その他の規制
第4章 総 括
 第1節 ドイツ法及びアメリカ法のまとめ
 第2節 総 括 

世間では労働者性に対する「使用者性」の問題として論じられる領域ですが、それを使用者概念に拘泥するのではなく、労働法規制の名宛て人は誰かという観点から緻密に分析していきます。

この発想は、私もかつて、派遣や請負が話題になった頃、工場法以来の法政策を分析することであれこれ論じたことがありますが、その後かなり離れていたため、改めて土岐さんの分析を読んで新鮮でした。

ちなみに、本書第1章第2節の日本法の分析の制定法上の名宛人の追加・拡張の最後の政策的規制にある「高年齢者雇用安定法上の「特殊関係事業主」における継続雇用制度」は、現行法上はあくまでもごく例外的なケースに過ぎませんが、現在国会審議中の改正案が成立すると、新第10条の2第3項の純他企業における「継続雇用」もこれに含まれることになります。しかし特別の関係のない(企業間の契約は結びますが)純他企業がどこまで恒例法の「名宛人」になり得るのか、いろいろ検討すべき点がありそうです。

2020年3月29日 (日)

AdeccoのPower of Workに、インタビュー記事いくつか

AdeccoのPower of Workに、インタビュー記事がいくつか載っています。

まず、外国人労働問題で、特定技能について、

https://www.adeccogroup.jp/power-of-work/142 (特定技能による就労は徐々に拡大 外国人にとって魅力ある職場づくりが課題)

Tmb_142 2020年に日本の働き方改革は新章に突入する。2020年に注目される「外国人労働者」についてのポイントや留意点について、独立行政法人労働政策研究・研修機構の労働政策研究所長、濱口桂一郎氏に語っていただいた。
2019年4月に改正出入国管理法(入管法)が施行された。在留資格「特定技能」の新設により、初めて技能労働を目的とした外国人の受け入れが認められることとなった。
これにより外国人労働者の就労が拡大すると見られたが、今のところ大きくは増えていない。
「詳細な分析が必要ですが、理由の一つに『技能実習』との兼ね合いがあります。これまで多くを占めていたのが、働きながら技能を身につける技能実習でした。
技能実習で就労できるのは最長5年で、修了すると特定技能1号資格が与えられます。企業としては、まず技能実習生として受け入れ、5年後も働いてもらいたい場合に特定技能に移行する、という流れを想定しているのでしょう」
独立行政法人労働政策研究・研修機構の労働政策研究所長、濱口桂一郎氏はこう話す。
とはいえ今後、国内の人手不足が深刻化するのは間違いなく、技能実習から特定技能へのシフトは着実に進んでいく。
「技能実習と違い、特定技能資格を持つ人は、より良い待遇を求めて他社に自由に移ることができます。
今後、特定技能で就労する人が増えれば、単に『人件費が安く済むから』といった理由で雇用していた企業からは外国人はどんどん離れていってしまうでしょう。
2020年以降、外国人にとって魅力ある就労先となるような努力がますます求められるはずです」 

次の同一労働同一賃金は、法政大学の松浦民恵さんが登場していますが、

https://www.adeccogroup.jp/power-of-work/143 (同一労働同一賃金のポイントは均衡待遇の規制強化ー待遇差の点検と労使間の対話が重要ー)

その次の高齢者雇用就業にはまたわたくしが、

https://www.adeccogroup.jp/power-of-work/144 (70歳雇用が努力義務にー7つの働き方をどう具体化するかー)

Tmb_144 2020年に日本の働き方改革は新章に突入する。21年に法施行が予想される70歳までのシニア世代の雇用支援など、改革法案は目白押しだ。そんな2020年に注目される「シニア世代の就労拡大」についてのポイントや留意点について、独立行政法人労働政策研究・研修機構労働政策研究所長 濱口桂一郎氏に語っていただいた。
「2020年以降の雇用関連のトピックスで企業にとって最も大きな影響を与えそうなのが、70歳までの就業機会確保への努力義務を課す『高年齢者雇用安定法』の改正です」(濱口氏)
2019年6月に政府の未来投資会議が発表した成長戦略実行計画案において、議論が活発化。上記の改正法案が2020年の通常国会に提出され、成立すると早ければ21年4月から導入される見通しだ。
すでに60代前半については、「定年廃止」「定年延長」「継続雇用制度導入」のいずれかで処遇する実施義務が企業に課されてきた。70歳までについては、これらに「他企業への再就職」「個人とのフリーランス契約への資金提供」「個人の起業支援」「社会貢献活動参加への資金提供」を加えた7項目が努力義務となる(図1参照)。 

「年金制度改革と並行して進む見通しで、政府としては65歳以上の就労を後押しすることで、社会保障財政を改善させたい狙いもあるのでしょう。
ただ、フリーランスや起業を選ぶ人がどのぐらいいるのか、社会貢献活動への参加とは具体的にどのような就労なのかなど、現状では不透明な部分も多いので、国会での審議内容などをウォッチする必要があります。企業は今後1年をかけて労使での話し合いの場を設け、就業規則において70歳までの雇用機会についてどのように規定を設けるかが課題になります」 

そして新型コロナで注目を集めているテレワークやフリーランスについても、

https://www.adeccogroup.jp/power-of-work/145 (テレワーク普及には制度的課題もーフリーランスの保護がホットなテーマにー)

Tmb_145 2020年に日本の働き方改革は新章に突入する。19年に始まった外国人労働者の就労拡大、2020年に施行される同一労働同一賃金制度による正規社員・非正規社員の待遇差の解消に加え、21年に法施行が予想される70歳までのシニア世代の雇用支援など、改革法案は目白押しだ。多様化が進む個人のキャリアに対する企業側のケアも欠かせない。
2020年に注目される「テクノロジーと働き方」についてのポイントや留意点について、独立行政法人労働政策研究・研修機構労働政策研究所長 濱口桂一郎氏に語っていただいた。
2020年7月開催の東京五輪は、テレワーク普及への起爆剤になるとの見方がある。12年のロンドン五輪の際、政府の呼びかけに応じてロンドン市内の約8割の企業がテレワークを実施し、交通混乱を回避。東京五輪でも大規模な混雑が予想されることから、政府や東京都もテレワークを推進している。
「かなり以前から技術的にはテレワークでの勤務は問題なくできるにもかかわらず、日本ではなかなか普及していません。企業で勤務する大半が職務や勤務地を限定しない無限定正社員であり、職務内容や成果のみで評価されるわけではないので、テレワークに馴染まない面があります。ジョブ型雇用の導入や評価制度の見直しも含めた議論が必要でしょう」(濱口氏)
テクノロジーと雇用との関係では、シェアリングエコノミーの普及によって生まれた個人の新しい働き方への対応に注目すべきだと濱口氏は話す。
「特に2019年頃から、インターネットを通じて飲食店の宅配代行を請け負うサービスが日本でも急速に普及し、働き手である個人の配送員をどこまで保護するかが重要な政策的課題として浮上しています」
課題の一つは、労働法による保護などが受けられない点にある。働き手が法的に「個人事業主(フリーランス)」として扱われるためだが、特定の企業から仕事を継続的に請け負い、実質的に労働者に近い立場になっている人は少なくない。
「厚労省はこれらの働き方を『雇用類似』と位置づけ、仕事中のケガや病気を補償する労災保険の適用や、取引先企業と契約ルールの整備を検討しています。働き方の多様化が一層進む契機になるかもしれません」 

いずれも取材を受けたのはかなり以前なので、最近の動きは全く語られていませんが、大きな流れの話としては読むに堪えるとは思います。

2020年3月28日 (土)

イギリスでも新型コロナで史上初の雇用維持スキーム

Amase_k JILPTの天瀬副所長が、「労働市場を守れるか──欧州各国の緊急雇用対策」という緊急コラムをホームページにアップしています。

https://www.jil.go.jp/tokusyu/covid-19/column/001.html

新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めがかからない。この厄災は中世欧州で猛威を振るった黒死病と呼ばれるペスト禍を想起させるが、当時と違うのは人の移動が格段に激しくなっていることだ。感染は人の移動とともに瞬く間に世界中に広がり、すでに南極を除くすべての大陸がウイルスに汚染されている。感染拡大を食い止めるため、各国政府は人の移動を制限し始めた。感染者が多い国では国境封鎖や外出規制の措置がとられ、世界中で人の動きが止まりつつある。無観客のスタジアムにカーンという打音がこだまし、静まりかえった土俵上で力士のぶつかり合う音だけが不気味に響く。われわれはこうした光景をあまり目にしたことがない。今のところこの状況がいつ収束するかの見通しは立っていない。
人の活動の停止は感染拡大の抑止には有効だろうが、一方で経済の停滞を招く。状況が長期化すればその深刻さも度合いを増し、同時に雇用への影響も避けられない。ホテル、飲食、小売、娯楽などのサービス産業ではすでに経営破綻に追い込まれる企業も出始めており、世界中で雇用不安が広がっている。これらの産業比率の高いわが国ももちろん例外ではない(図)。労働市場が壊れると社会が崩壊する。危機に直面する労働市場を支えるため、雇用を守る対策は急務だ。先進主要7カ国(G7)首脳は3月16日、新型コロナウイルスに対処する緊急テレビ会議を開き「雇用と産業を支えるため、金融・財政政策を含むあらゆる手段を動員する」とした共同声明を発表した。感染者の急増により人の動きを全面的に制限している欧州でも、雇用対策は最優先課題と位置づけられる。ドイツは操短手当の支給要件を緩和し解雇を食い止める。イギリスも一時帰休状態にある従業員賃金を補助するスキームの導入を決めた。フランスは部分的失業制度で対応する。欧州主要国の緊急雇用対策の動きを追う。 

詳しくはリンク先を見てください。興味深いのは、日本の雇用調整助成金のもとになったドイツの操短手当やフランスの部分失業制度は既存の制度の活用ですが、今までそういうたぐいの雇用維持スキームを持ったことのなかったイギリスが、今回の新型コロナ対策として史上初の「コロナウイルス雇用維持スキーム(Coronavirus Job Retention Scheme)」を新設したことです。

 

書評:酒井正『日本のセーフティーネット格差』@『週刊東洋経済』4月4日号

12197_ext_01_0 『週刊東洋経済』4月4日号は「変わる民法&労働法」が特集ですが、

https://str.toyokeizai.net/magazine/toyo/

 4月1日に施行される改正民法では、債権法が大きく変わるほか、金融や保険ビジネスに影響を与える法定利率の変更、産業全般に関わる消滅時効の統一など、重要な改正点が多い。本特集では、ビジネスパーソンなら知っておきたいポイントを徹底解説する。
さらに、国民的な関心を集める改正相続法のほか、企業活動や私たちの日々の働き方に直結する労働法についても、わかりやすくまとめている。

Houkishu2020_20200328092401 その労基法の時効の改正も昨日参議院本会議で可決成立しました。もう4日後ですが、4月1日から施行されます。ちなみに、JILPTの『労働関係法規集 2020年版』はこの改正も収録しておりますのでよろしく。

1459289 さて、その後ろの方の書評のコーナーで、わたしが書評を書いております。酒井正さんの『日本のセーフティーネット格差 労働市場の変容と社会保険』(慶應義塾大学出版会)です。

https://premium.toyokeizai.net/articles/-/23309

 帯には「誰が『皆保険』から漏れ落ちているのか」とある。日本の社会保険は被用者保険を地域保険が補完する「皆保険」のはずなのに、そこからこぼれ落ちる人々がいるという問題意識だ。実際、第1章は社会保険料の未納問題を取り上げている。が、この惹句(じゃっく)のすぐ下には「正規雇用を前提としていた社会保険に綻びが生じている」ともある。本当に皆保険なら正規雇用が前提のはずはない。・・・

2020年3月25日 (水)

『日本労働研究雑誌』2020年4月号(No.717)

717_04 『日本労働研究雑誌』2020年4月号(No.717)は「平成の労働市場」が特集です。

https://www.jil.go.jp/institute/zassi/new/index.html

労働市場の全体的な動向 太田聰一(慶應義塾大学教授)

賃金 石田光男(同志社大学名誉教授)

賃金格差 玄田有史(東京大学教授)

正規・非正規労働 今野浩一郎(学習院大学名誉教授)

女性労働 大沢真知子(日本女子大学教授)

若者・無業者 小杉礼子(JILPT研究顧問)

高齢者労働 清家篤(日本私立学校振興・共済事業団理事長)

外国人労働 中村二朗(日本大学教授)

均等問題 浅倉むつ子(早稲田大学名誉教授)

離職・失業 八代尚宏(昭和女子大学特命教授)

ワーク・ライフ・バランス 佐藤博樹(中央大学大学院戦略経営研究科教授)

能力開発 佐藤厚(法政大学教授)

労使関係 仁田道夫(東京大学名誉教授)

労働災害 西村健一郎(京都大学名誉教授)

労働政策 菅野和夫(東京大学名誉教授) 

15人のうち、9人までが名誉教授ないし研究顧問、理事長、特命教授といったいわゆる大御所の揃い踏みで、玄田さんが一番若いんじゃないですかね。

ここはやはり菅野先生の「労働政策」が私の関心と重なっています。その最後の一節から:

・・・平成期の労働政策を以上のように素描してみると、労働研究者にとっての今後の課題は、進行中のデジタル情報革命の影響も含めて雇用システムの変化を見極めること、そして看過されている労使関係政策の役割を再考すること、と考えている。

この「看過されている労使関係政策の役割」については、「労使自治に沿った労使関係政策の後退」という項目でやや突っ込んでその問題意識が語られています。ここは特に必読です。

あと、論文Todayで鈴木恭子さんが「消えた格差─ジェンダー・バイアスが「存在すること」と「見えること」のあいだ」という興味深い紹介をしていますが、その鈴木さんが、『大原社会問題研究所雑誌』の本日刊行の4月号でも、「労働組合の存在と正規雇用の賃金との関連-かたよる属性、差のつく賃金カーブ、広がる年齢内格差」という力のこもった論文を書かれていて、大活躍です。大御所揃いの今号で数少ない若手の文章も是非。

 

2020年3月24日 (火)

学部廃止を理由とした大学教授らの整理解雇――学校法人大乗淑徳学園事件@『ジュリスト』2020年4月号(No.1543)

L20200529304 『ジュリスト』2020年4月号(No.1543)に判例評釈「学部廃止を理由とした大学教授らの整理解雇――学校法人大乗淑徳学園事件」を寄稿しました。

http://www.yuhikaku.co.jp/jurist/detail/020452

[労働判例研究]
◇学部廃止を理由とした大学教授らの整理解雇――学校法人大乗淑徳学園事件――東京地判令和元・5・23●濱口桂一郎……122 

これ、いろんな意味で面白い、突っ込みどころのある判決です。

事件の本質は、国際コミュニケーション学部の高齢で高給の教授を排除して、新たな人文学部ではより若く高給でない専任教員に代替しようという大学当局の意図だと思うんですが、この裁判官わざとその本質と外れたことばかり言うんですね。附属機関のアジア国際社会福祉研究所に回せばいいじゃないかとか。なんか他学部には配転できないけれども附属機関なら簡単にできると思い込んでいるみたいで、わけがわからない。

あと、ややおまけ的な論点ですが、大学教授を事務職員に配置転換できるかという話があって、こういう皮肉たっぷりなことを書いております。読むときにコーヒーを口に含んでおかないこと。

・・・本件で興味深いのは、大学教授の配置転換可能性として事務職員としての雇用継続という選択肢も論じられていることである。この点に関しては、Xら側が大学教授という職務への限定性を強く主張し、本判決もそれを認めている。しかしながら、そもそも「大学教員はその専門的知識及び実績に着目して採用されるもの」を強調するのであれば、およそ大学教授であれば何を教えていても配置転換可能などという議論はありえまい。例えば法学部が廃止される場合、その専任教員を事務職員にすることは絶対に不可能であるが、理学部の専任教員にすることは同じ「大学教員」だから可能だとでも主張するのであろうか(労働法の教授を人事担当者にする方がよほど専門知識に着目しているとも言えよう)。・・・

 

 

 

 

本田由紀『教育は何を評価してきたのか』

418komdsf5l 本田由紀さんの『教育は何を評価してきたのか』(岩波新書)をお送りいただきました。ありがとうございます。ところで、本田さんの岩波新書の単著って、これが初めてなんですね。もっと前に出ているように感じていましたが。

https://www.iwanami.co.jp/book/b498677.html

なぜ日本はこんなにも息苦しいのか。その原因は教育をめぐる磁場にあった。教育が私たちに求めてきたのは、学歴なのか、「生きる力」なのか、それとも「人間力」なのか――能力・資質・態度という言葉に注目し、戦前から現在までの日本の教育言説を分析することで、格差と不安に満ちた社会構造から脱却する道筋を示す。

ただこの本、本田さんがものすごく力を込めて書いていることは伝わってくるのですが、肝心の枠組がぼやけているというかいささかねじれているように感じられ、話がすとんと落ちてこない恨みがあります。

第1章 日本社会の現状――「どんな人」たちが「どんな社会」を作り上げているか
第2章 言葉の磁場――日本の教育の特徴はどのように論じられてきたか
第3章 画一化と序列化の萌芽――明治維新から敗戦まで
第4章 「能力」による支配――戦後から一九八〇年代まで
第5章 ハイパー・メリトクラシーへの道―― 一九八〇~九〇年代
第6章 復活する教化――二〇〇〇年代以降
終 章 出口を探す――水平的な多様性を求めて 

あとがきにもあるように、多くのデータをたくさん盛り込んで主張を立証しようとしているのですが、肝心の理屈立てが頑健に構築されておらず、やや気分めいたもので説得しようとしているきらいもあります。

いや、言いたいことは第1章に「筆者の答をあらかじめ掲げておこう」にまとめられています。日本社会の問題点、とりわけ教育に露呈されるその問題点とは、垂直的序列化と水平的画一化である、と。この議論は本田さん自身むかしから繰り返してきたものですし、私も職業教育訓練政策の推移を分析する中で指摘してきたことです。

そして、それが戦後日本社会で確立するプロセスについても、本書第4章で手際よくまとめられています。

1950年代から1960年代にかけて、(「能力主義」という名の下に)水平的多様化を進めようとしたのは政府や経済界であり、それを目の敵にしたのが進歩派、とりわけ教育学者たちであり、その水平的多様化を敵視する水平的画一化の帰結が単線的な垂直的序列化であった・・・というのは、本書でも引用されているように、かつて乾彰夫さんが鮮烈に指摘したことでした。

その後、政府や経済界は水平的多様化路線をあきらめ、いわば進歩派の掲げる水平的画一化に寄り添うように(これまた「能力主義」の名の下に)単線的な垂直的序列化を進めていきます。高度成長期までの(欧米型社会を目指す)近代化路線が撤回され、1970年代から80年代にかけての日本型システムを高く評価し、「近代を超えて」が高唱される時代になるわけです。ロジックとしては、それは進歩派の勝利なんですよ。皮肉だけど。

ところが本書では、この高度成長期に進歩派が高唱した水平的画一化とは別に、戦前来の「教化」のロジックでもって水平的画一化を描き出します。そしてそれが21世紀以降強まっていると危機感を露わにします。ところが、こちらはイデオロギー的な批判が先に立って、いちばん肝心の、ではそれは高度成長期に進歩派が固執したあの水平的画一化と同じなのか、違うのか、違うとしたらどこが違うのか、というところがぼやけています。私は両者は共通の根を持っていると思いますが、そこをきちんと追及せずに、単に保守派への悪口で済まされているところが、本書のいちばん弱いところだと思います。

この論点は、昨年苅谷剛彦さんが出した『追いついた近代 消えた近代』でも隠れた一つの論点だったと思いますが、とにかく、1963年の経済審議会答申こそが戦後日本の教育訓練政策を考える上での最大エポックであることは間違いありません。

(追記)

著者ご本人によるコメント:

https://twitter.com/hahaguma/status/1242278584468664320

本書における「水平的画一化」とは、全員に「こうであれ」と上位下達的に強制するもので、ここでいわれている「進歩派、とりわけ教育学者たち」がそうしたことを強力に提唱していたかは慎重に検討する必要がある。少なくとも「無限の発達可能性」といった理念とは抵触する。

いや、本田さんがこれまでの「水平的均質化」という用語をあえてやめて、「水平的画一化」という言葉に代えたのは、単に「読者にとってよりイメージしやすい」からだけではなく、(進歩派のいういい意味のコノテーションのある)「均質化」ではなく、(保守派による悪いものというインプリケーションを醸し出す)「画一化」に代えたという面があるのでしょう。そういうイメージ戦略は分かった上で、でもそれって本質的には同じたぐいのものに白っぽいラベルを貼るのと黒っぽいラベルを貼るのの違いに過ぎないんじゃないのかな、と首をかしげているわけです。

https://twitter.com/hahaguma/status/1242280796385247233

このブログで「進歩派、とりわけ教育学者たち」が強力に提唱していた「水平的画一化」として何を念頭に置いているのかを明示してもらえれば、より生産的な議論ができる。「職業学科でなく普通科の高校を」ということだろうか?それも「水平的画一化」とみなしうるとしても、徳目の強要とは性格が違う 

この本のコンテクストで言えばまさに「職業学科でなく普通科の高校を」でしょう。そして、それは少なくとも現象次元では教育勅語の強制といったこととは違うのでしょう。でも、これまでわざわざ「垂直的多様化」と「水平的均質化」というより抽象度の高い概念を使うことで、右翼だの左翼だのといった現象レベルの対立の奥底に潜む日本社会における共通性を摘出しうる論理が、わざとそれを嫌がって放擲されてしまったようにも見えます。世間に通りのよい表層的な対立図式に素直に乗って、下らない敵味方意識に満ちた人々に問い直すような認知的不協和をわざと起こさないようにうまく書き上げてしまったという感が否めません。

 

新型コロナウイルスで瓢箪から駒のフリーランス休業手当@WEB労政時報

WEB労政時報に「新型コロナウイルスで瓢箪から駒のフリーランス休業手当」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers/login.php

2019年末に中国の武漢で発生した新型コロナウイルスは、2020年2月には日本でも感染が拡大し、3月には欧米にも広がってパンデミックと呼ばれる事態になっています。この中で労働政策においてもさまざまな対策が講じられつつあり、・・・・ 

2020年3月23日 (月)

コロナ危機はMMTの出番?

Peterbofinger1250x250 今や中国以上にコロナウイルスがはびこり始めたヨーロッパですが、そのソーシャル・ヨーロッパから、ビュルツブルク大学のボフィンガー教授の「Coronavirus crisis: now is the hour of Modern Monetary Theory」(コロナウイルス危機:今こそMMTの出番)というエッセイを。

https://www.socialeurope.eu/coronavirus-crisis-now-is-the-hour-of-modern-monetary-theory

コロナ危機でとにかく衛生政策が最重要なんだが、その結果経済に大きな影響を与える。

・・・Yet the effects of the safety measures are comparable to an artificial coma of the entire economic system. Economic policy is therefore faced with the task of artificially feeding and ventilating the ‘patient’ as comprehensively as possible during this phase, so that it suffers the least possible long-term damage.・・・

しかし、安全のための措置の影響は全経済システムの人工的な仮死状態に比せられる。経済政策はそれゆえ、この段階において可能な限り全面的に「患者」に人工的に栄養を補給し通気するという課題に直面する。

というわけで、労働者への操短手当から始まって、企業や自営業者に対する莫大な移転が必要になるわけですが、ではそれをどうやって賄うのか?という難問が。

ここで、答はMMTだと。

・・・The answer to this is Modern Monetary Theory. Its main message is that in principle there are no financing restrictions for large countries. A historical example is the financing of wars.

これに対する答は現代貨幣理論だ。その主たるメッセージは、原則として大国には財政制約はないというものだ。歴史的実例は戦争の賄いである。

いろいろ批判はあって、それらはそれなりに正しい面もあるのでしょうが、要は経済政策とは使えるか否かであって、平時には有害な理論であったとしても、有事に、ここぞという出番に使えればいいのでしょう。経済学者のサークル内のねたみそねみの議論でない限り。

 

 

 

大内伸哉『最新重要判例200[労働法] <第6版>』

498613 大内伸哉さんの劇団ひとり判例集の第6版です。これもほぼ2年おきに改訂されていて、とにかく大内さんの本は労働法コーナーで溢れています。

https://www.koubundou.co.jp/book/b498613.html

膨大な判例の中から新しいものを中心に一貫した視点で重要判例を選び、すべてを1人で解説することにより統一的に理解できる判例ガイド。1頁に1判例、判旨の要点がひと目でわかるよう2色刷りにし、読者の学習に配慮した判例解説の決定版です。
 2018年の「働き方改革関連法」により多くの法改正がなされ、注目すべき判例が登場しました。第6版では、それらの判例も収録しつつ、必要かつ十分な判例を読者に届けるという目標を念頭に厳選した結果、7判例を削除、新規判例7件を追加し、全面的に記述を見直した200判例を収録しています。
 法学部生をはじめ、各種国家試験受験生、社労士、企業の人事・労務担当者に最適の1冊。

長澤とハマキョウを最高裁に入れ替えたのは当然として、さらにイビデンと日本郵便を追加、高齢者で九州総菜、パワハラでさいたま市環境センターなど。

 

 

博報堂雇止め事件判決

先週火曜日に出たばかりの博報堂九州支社雇い止め事件の福岡地裁判決が、早速裁判所HPにアップされています。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/333/089333_hanrei.pdf

これはやはり世間の注目度が格段に高いことを示しているのでしょう。判旨の中で最も重要な部分は以下の通りです。

2 争点(1)(労働契約終了の合意の有無)について

⑵ ところで,約30年にわたり本件雇用契約を更新してきた原告にとって,被告との有期雇用契約を終了させることは,その生活面のみならず,社会的な立場等にも大きな変化をもたらすものであり,その負担も少なくないものと考えられるから,原告と被告との間で本件雇用契約を終了させる合意を認定するには慎重を期す必要があり,これを肯定するには,原告の明確な意思が認められなければならないものというべきである。
 しかるに,不更新条項が記載された雇用契約書への署名押印を拒否することは,原告にとって,本件雇用契約が更新できないことを意味するのであるから,このような条項のある雇用契約書に署名押印をしていたからといって,直ちに,原告が雇用契約を終了させる旨の明確な意思を表明したものとみることは相当ではない。
 また,平成29年5月17日に転職支援会社であるキャプコに氏名等の登録をした事実は認められるものの,平成30年3月31日をもって雇止めになるという不安から,やむなく登録をしたとも考えられるところであり,このような事情があるからといって,本件雇用契約を終了させる旨の原告の意思が明らかであったとまでいうことはできない。むしろ,原告は,平成29年5月にはεに対して雇止めは困ると述べ,同年6月には福岡労働局へ相談して,被告に対して契約が更新されないことの理由書を求めた上,被告の社長に対して雇用継続を求める手紙を送付するなどの行動をとっており,これらは,原告が労働契約の終了に同意したことと相反する事情であるということができる。
 そして,他に,被告の上記主張を裏付けるに足る的確な証拠はない。
⑶ 以上からすれば,本件雇用契約が合意によって終了したものと認めることはできず,平成25年の契約書から5年間継続して記載された平成30年3月31日以降は更新しない旨の記載は,雇止めの予告とみるべきであるから,被告は,契約期間満了日である平成30年3月31日に原告を雇止めしたものというべきである。

で、以下雇い止めの正当性を吟味していくのですが、その入口で本件が雇い止めであり、その濫用法理の対象になるのだといっている上記部分がコアになります。

倉重さんの実践塾でわたしや労務屋さんが喋ったこと

Kurashige 弁護士の倉重公太朗さんは八面六臂くらいでは済まないその猛活躍ぶりで世間を震撼させていますが、昨年12月7日の実践塾では、わたしや労務屋さんも参加して「これからの『はたらく』を考えよう」をテーマにしたトークイベントが開催されました。その様子が、「ポストコロナ時代の「働く」を考えよう」というタイトルでヤフーニュースに載っていますので、紹介しておきます。

https://news.yahoo.co.jp/byline/kurashigekotaro/20200323-00169144/ (前編)

https://news.yahoo.co.jp/byline/kurashigekotaro/20200323-00169147/ (中編)

https://news.yahoo.co.jp/byline/kurashigekotaro/20200323-00169150/ (後編)

私が主催している2019年12月7日の実践塾では、『雇用改革のファンファーレ』の出版を記念すして、5人の有識者をお招きし、「これからの『はたらく』を考えよう」をテーマにしたトークイベントを開催しました。新型コロナウィルスによる自粛ムードが漂ういまだからこそ、敢えて「大きな」視点で、価値観が大きくアップデートされるであろうポストコロナ時代の「はたらく」を考えてみたいと思います。 

Profile1522398932 最初に倉重さんがいきなり「私は日本の労働法は変えるべきだと強く思っています」とぶちかまして始まります。

私の喋りは、こういうしょもなさそうなぼやきから始まりますが、

濱口:私の書いた本は新書で5冊ほどありますが、そのうち一番売れていないのが、『日本の雇用と中高年』という本です。他の本はそれなりに売れていますが、これだけが初版のままで増刷されていません。『若者と労働』という本は、若者の興味を引くのでしょう。『働く女子の運命』というのは、たぶん女性が読みたくなります。でも『日本の雇用と中高年』という本は、嫌なことを書いているから中高年の人は読みたくないのだと思います。
 この本には「あなたたち中高年は、能力があると思って高い給料をもらっているけども、本当はそうじゃないでしょ?」という内容がオブラートに包まれています。実はこれがいろいろな問題につながっていくのです。・・・

これに対して、続く労務屋さん曰く:

・・・濱口先生が、『日本の雇用と中高年』があまり売れなかったとおっしゃられていました。あの本に関して、私は意見が違うのです。「日本の中高年は能力がない」というのは多くの場合間違いです。日本の中高年は能力があります。足りないのは何かというと、中高年の能力が生きる仕事とポストです。 ・・・・

その後、これまで倉重さんとの対談に出てきた田代英治さん、森本千賀子さん、澤円さん、豊田圭一さんといったかたがたのスピーチが続き、最後の壇上対話のコーナーで、この二人が再度こういう台詞を語っております。

濱口:実はこの話は、最初にお話しした『日本の雇用と中高年』にも書いたのですが、日本で管理職とは何かというと、社内の地位なのですよ。日本の標準産業分類表にはきちんと「管理的職業」というのが、「事務的職業」や「製造の職業」「建設の職業」と並んで、職種の欄にあります。でも日本で、「管理職は職種だ」と思っている人は、多分管理職自身でも一人もいません。では誰が管理しているのかというと、みんなが管理しているのです。管理職でない人たちも、プレーイングマネジャーならぬマネジングプレーヤーをしています。これは、日本型システムの特徴です。
 逆に言うとこの手の議論をするときに、ハイエンドの話をしているのか、普通の話をしているのかというのがぐちゃぐちゃになると、訳が分からなくなるのです。欧米では普通の労働者はマネンジメントしません。管理職が全部しなくてはなりません。それをするのは職種としての管理職です。つまり管理職が全部管理して、その下の人は管理などしないのです。ところが日本では、部下に対して課長が「おまえが課長になったつもりでやれ」と命じます。課長に対しては部長が、「おまえが部長になったつもりでやれ」と、部長に対しては、「おまえが社長になったつもりでやれ」と、ジョークみたいな感じでやっています。
それがうまく回らないがゆえに、マネジングプレーヤーとして若い頃からやってきた人の中から、本当のマネジャーを選択するというときに、「こぼれ落ちた人は何をするのだ」という話になるのです。
 普通の労働者としての働き方の余地がなくなっているというのが、今の私たち中高年問題だと思っているし、その延長線上に今の高齢者問題があります。定年後にいったいどういう働かせ方をするか、みんなが頭を悩ませなくてはいけません。「70歳の給料、困ったな」と悩むのは普通の働き方がないからなのです。それが悪いと言っているわけではないのですよ。それなりに今までは、多くの人にマネジングプレーヤーとしてのハッピーな職業人生を与えていたものです。
でもそれがなくなったときにどうするか。逆に言うと、マネジメントプレーヤーであった人たちをどうするか。普通のハイエンドでない人たちをどう扱うのかについて、私は考えています。

荻野:ほぼ濱口先生がおっしゃられるとおりで、少しだけ補足させていただきたいと思います。
日本企業では、経営方針が各部署の方針や計画、予算などに落とし込まれています。さらにそれが、正社員の場合には各個人の業務計画、目標などとして一人ひとりに割り当てられます。それをもとに、みんなが自分のPDCAを回している、濱口先生が言われるように業務を管理しているわけです。それを一生懸命やっていると、だんだんマネジメント能力や専門能力がついてきますし、本当のマネジャーになったり、中にはゼネラルマネジャーになったり執行役員になったりする人も出てきます。
 ただ、高度成長期のようにどんどん会社や組織が大きくなっていく時期ならともかく、今は組織も拡大しませんしポストも限られてしまいます。それなのに、減ったとはいえまだ6割が正社員ですから、どうしてもマネジャーになれない人や、力量に応じた職務を付与されない人が出てきてしまうというのが、最初に私が申し上げた話であり、今、濱口先生がおっしゃられたことですね。
もちろん、欧米でも経営方針に基づく管理をしている人はいますが、それはぜいぜい全体の1割くらいのエリート、幹部候補だけなんです。残りの9割はマネジメントをしません。 契約で決められた仕事を決められたように決められた時間やって決められた賃金を受け取ります。給料もわずかしか上がらなくて、平均的には60歳過ぎまで働いても、トップエリートの初任給にも達しないというような社会です。むしろそちらのほうが国際的に見れば普通です。だから彼らは年間1,400時間とか1,600時間とかしか働かないのです。もっと働いたところで昇進できませんし、人事評価もありませんから。
今の日本のやり方が持続可能とは思えませんが、欧米型が国民の支持を集めるかといえばあまり楽観できないようにも思います。どのように変わっていくにせよ、ゆっくり進んでいくことが大事だと思います。
 

2020年3月22日 (日)

哲学や社会学の難しい本を読んできた人ほど消費税史観にはまる

Czd_wmjb_400x400 tomoyuki_7542さんのつぶやき:

https://twitter.com/tomoyuki_7542/status/1241474737819095041

 ネット上で跋扈している消費税史観の問題は、「消費増税が貧困や低成長の根本原因なんだから、労働、雇用、財政、社会保障の制度や実態については小さな問題に過ぎない」という態度を蔓延させてしまったことにある。哲学や社会学の難しい本を読んできた人ほど消費税史観にはまる。

これは消費税という形で表れていますが、より一般化して言えば、やたらにでかいマクロの話とやたらにみみっちいミクロの話だけに関心を肥大化させ、その中間レベルの話、上でいえば、「労働、雇用、財政、社会保障の制度や実態」に対する関心を極小化させるというのが、この手の「哲学や社会学の難しい本を読んできた人」の弊害なのかもしれません。おそらく、その心理を推測すると、マクロの話こそが唯一重要なのであり、ある特定のミクロの話はそのマクロの精髄が顕現する場所であるがゆえに特権的地位を占めるのだが、それ以外の中間レベルのあれやこれやはすべて大した意味のない、どっちでもいいようなガラクタごとに掃きまとめられてしまうのでしょう。

しかしいうまでもなく、この世に生きるほとんどの人々にとって、大事なのはその中間レベルのあれやこれやがどうなるかなんです。人は細部に顕現する神のみにて生きるものではないのですから。

(追記)

いわずもがなですが、上記引用ツイートにおける哲学や社会学に対するdisりをわたくしは共有しているわけではありません。哲学はよく知りませんが、少なくとも社会学には上記中間レベルのことどもに多大な関心を寄せるハイフン社会学(産業社会学等々)が多く存在しており、わたくしは彼ら彼女らの研究に多くの敬意をもっております。

なおまた、上記引用ツイートにおける哲学や社会学を経済学に置き換えても同様のことがいえるようにも思われますが、これまた同じように、経済学にも上記中間レベルのことどもに多大な関心を寄せる(必ずしもハイフン付ではない)経済学(労働経済学等々)が存在しており、わたくしは(以下同文)

2020年3月21日 (土)

バカとアホが喧嘩するとワルが得する(再掲)

なんだか最近、新型コロナウイルスにことよせて、またぞろ消費税減税とか言い出す輩が湧いてきているようなので、毎度の繰り返しで恐縮ですが、昨年1月のエントリを再掲しておきます。昨年1月のエントリなので、冒頭で「昨年末」と言っているのは一昨年末のことです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/01/post-02b2.html (バカとアホが喧嘩するとワルが得する)

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昨年末、松尾匡さんからメールで、反緊縮マニフェストに名を連ねてほしいというご依頼があったのですが、そのマニフェストの冒頭に「1 消費税を上げて不況が戻ってもいいのですか? 消費税を5%に戻して、景気を確かなものに。」という項目があり、それがこのマニフェストの主張の筆頭代表的存在である限り、それは無理ですという旨をお伝えしました。

https://economicpolicy.jp/wp-content/uploads/2018/10/manifesto2017new.pdf

このマニフェスト、そのあとを読んでいくと、「2 働きたい人が誰でもまっとうな職で働ける世の中に! 雇用創出・最低賃金引き上げ・労働基準強化」といった賛成できる項目もあるのですが(もっとも、ベーシック・インカムは賛成できない)、世間的にはまず何よりも反消費税という主張に集約されるであろうことは間違いありません。

ただ、それだけではやや説明が不足かなという気もしてきたので、反緊縮を増税反対という旗印に集約させると何が起こるのかという観点からもう少しコメントしておきたいと思います。

結論から言うと、社会保障費に充てるために消費税を上げるという触れ込みで始まったはずの政策が、「増税しないと財政破綻」論のバカ軍団と「増税すると経済崩壊」論のアホ軍団の仁義なき戦いのさなかに放り込まれると、「社会保障なんか無駄遣いやからやめてまえ」論という一番あってはならないワル軍団お好みの結論に導かれてしまうからです。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO38744460Q8A211C1EE8000/ (軽減税率、財源にメド 社会保障から1000億円 )

あえて表にすればこういうことになります。

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おそらく松尾さんたちはこの表の左下の欄、つまり増税反対だけど再分配賛成というところに属しているのでしょう。ところが、その主張がもっぱら増税反対というところに集約され、もっぱら右上の「増税しないと財政破綻」論を仮想敵国として戦っていくと、現在の政治的配置状況の下では、それは右下の社会保障なんか無駄やからやめてまえ論との共闘になり、本来の政策だったはずの「増税して社会保障に」というのは冥王星の彼方に吹き飛ばされてしまいます。

そんなに増税が嫌なら、これくらい面倒見てやろうかという軽減税率の財源にそもそもの目標であったはずの社会保障費があてられるというのが今の姿ですが、この先、米中対決その他の影響で経済情勢波高しということになって「めでたく」(皮肉です)増税が回避されたら、結局得をしたのは社会保障を目の敵にするワル軍団でしたということになりかねません。正直、その可能性は結構高いように思います。そうでなくても、今ではそもそも何のために消費税を上げるという話になったのか、だれも覚えていないという状況ですから、その目論見は達せられたというべきかもしれません。

バカとアホが喧嘩するとワルが得するという教訓噺でした。

 

2020年3月20日 (金)

EU個人情報保護指令が労働組合活動を阻害している!?

35440117101_2acdb1a905_o EUの個人情報保護指令(GDPR)は包括的な個人情報保護法制として日本でも高く評価されているようですが、昨日欧州労連(ETUC)が出した声明によると、これを言い訳にして必要な情報を労働組合に提供しようとしない使用者が続出するなど、問題が出てきているようです。

https://www.etuc.org/en/pressrelease/gdpr-being-misused-employers-hinder-trade-unions (GDPR being misused by employers to hinder trade unions)

Efforts to raise wages and improve working conditions across Europe are being set back by the deliberate misuse of European data protection legislation to deny trade union rights.
An ETUC survey of affiliates about the implementation of GDPR in member states found a worrying new trend of employers abusing the law to deny trade unions their right to contact workers at work.
It’s part of a wider assault on trade union rights in Europe which is limiting the level of collective bargaining, the best way of achieving fair wages and working conditions.
The ETUC is calling on the European Commission to protect trade union rights, including digital access to workplaces, as part of its initiative on fair minimum wages. 

欧州全域で賃金と労働条件を引き上げようとする努力が、労働組合権を否定するためにEUデータ保護法制をわざと悪用することによって阻害されつつある。

欧州労連による調査では、職場の労働者に接触する労働組合の権利を否定するために使用者がこの法を悪用するという新たな傾向が見いだされた。

これは、公平な賃金と労働条件を達成する最良の方法である団体交渉の水準を限定しようとするEUの労働組合権に対する広範な攻撃の一環である。

欧州労連は欧州委員会に対し、公平な最低賃金をに向けたイニシアティブの一環として、職場へのデジタル・アクセスを含む労働組合の権利を保護するよう求める。

記事の後ろの方には、具体的な各国の実例がいくつか上がっています。

 

 

 

2020年3月19日 (木)

『労働関係法規集 2020年版』

Houkishu2020 JILPTが毎年刊行している『労働関係法規集』の2020年度版が、来週3月25日に刊行されます。

https://www.jil.go.jp/publication/ippan/houkishu.html

社会生活に必携の労働関係法規を持ち運べるコンパクトサイズに収めました。

基本的な法令のほか、必要な告示や指針等も収録し、労働法の学習だけでなく実務にも役立つよう編集しています。企業の人事担当者、労働組合の方はもちろん、広く一般の皆様にもご活用いただけます。

今回の版では、もちろん6月に施行される労働施策総合推進法のパワハラ関係規定やパワハラ指針をはじめとする新たな法令が盛り込まれていますが、現時点でなお国会を通過成立していない(一昨日衆議院を通過し、本日参議院厚生労働委員会で審議)の労働基準法改正案、例の消滅時効を本則5年、附則3年にする改正案による改正後の条文も、労働基準法の条文の一番最後に載せています。実際にこの法規集が使われることになる来月以降では、ほぼ間違いなくその条文の方を使うことになるからです。

その他、いくつかの新たな工夫を盛り込んでいます。

 

EU最低賃金がやってくる?@『労基旬報』2020年3月25日号

『労基旬報』2020年3月25日号 に「EU最低賃金がやってくる?」を寄稿しました。ここにも書いたように、そもそもEUレベルで最低賃金をどうにかしようという議論が出ること自体が、玄人筋的には結構凄い話なんです。

 去る1月14日、欧州委員会は「公正な最低賃金に関わる課題に対処する可能な行動」(a possible action addressing the challenges related to fair minimum wages)に関してEU運営条約第154条に基づく労使団体への第1次協議を開始しました(C(2020)83)。この仕組みについては今までいろんな指令や指令案について論じてきましたので詳しくは述べませんが、労働政策について新たな立法をしようとする際には、必ずEUレベルの労使団体に二段階の協議を行い、労使の側が自分たちで交渉するといえばボールはそちらに移り、その結果労働協約が締結されれば、それがそのままEU指令になる、という仕組みです。
 しかし、今回の最低賃金というトピックは、これまでの30年近くの歴史の中で非常に異例な点があります。それはほかならぬ最低賃金そのものが協議の対象となっていることです。現在のEU運営条約の社会政策条項の前身は1991年のマーストリヒト条約付属社会政策協定ですが、そのとき以来、条文上明確に適用を排除されている分野があります。それは「賃金、団結権、ストライキ権、ロックアウト権」です。この規定は現在のEU運営条約第153条第5項に全く変更なく維持され続けています。要するに、EUは労働時間指令は作れるが賃金指令は作れないのです。というと、男女同一賃金とか、雇用形態による賃金差別はどうなんだと思うかもしれませんが、雇用平等という政策目的が賃金にも関わるのであればいいのです。上記条文を見ればわかるように、賃金が適用除外されているのは、それが労使交渉による賃金決定に関わるものだからで、つまり加盟国間で多様な集団的労使関係システムにはEUは介入しませんよ、という宣言なわけです。
 という観点からすると、今回の最低賃金に関する第1次協議はやはり問題をはらんでいます。もちろん、一面からすると最低賃金というのは最低所得保障という社会政策であって、貧困対策の一環とみることもできますが、他面から見るとまさに賃金額をめぐって労使間で団体交渉を行い、場合によってはストライキやロックアウトといった争議行為を繰り広げつつ決定していくべきことでもあるからです。そうすると、EU最低賃金などという発想は、各国で発展してきた労使自治システムへの挑戦に他ならないということになります。実際、今回の協議開始に対して、一番猛反発したのは、スウェーデンやデンマークといった北欧諸国の労働組合でした。8割という高い組織率を誇る彼ら北欧の労働組合にとって、最低賃金というのは自分たちがその実力で勝ち取った労働協約で定め、自分たちがその実力で遵守させるものなのであって、弱い組合が政府に泣きついて作ってもらい、守ってもらう法定最低賃金などという代物の入る余地はないのです。この皮肉な構図を生み出した経緯を若干詳しく見ていきましょう。
 最近の日本の労働政策はほとんどもっぱら官邸主導となり、官邸で決まった政策が厚生労働省に降りてきて立法化されることが多いのですが、EUもその傾向が強まったようで、今回の第1次協議も昨年末に欧州委員会トップに就任したウルスラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長のイニシアティブによるものです。就任前の2019年7月に発表した「私の欧州アジェンダ」(My agenda for Europe)の「人々のために働く経済」中で、このように述べていました。
「労働の尊厳は神聖である。任期の最初の100日間の間に、私はEUのすべての労働者に公正な最低賃金を確保する法的な措置を提案する。これはどこで働こうがまっとうな生活ができるものであるべきである。最低賃金は各国の伝統に従い、労働協約又は法令の規定によって設定されるべきである。私は、業界や地域を最もよく分かっている人々である使用者や労働組合の間の労使対話の価値を固く信じるものである。」
 読んでわかるように、前段で打ち出したEU最低賃金立法についての懸念を後段で必死に打ち消そうとしています。この時から、北欧諸国の労使から反発が来ることは予想されていたわけです。彼女が昨年12月1日に欧州委員長に就任してわずか1月半でそそくさと発出されたこの第1次協議文書は、それゆえ経緯の説明が終わるとすぐに言い訳に入ります。曰く、「最低賃金の分野におけるいかなる可能なEUの行動も、EU全域にわたる最低賃金の水準を直接に調和化させようとするものではない。それは各国の伝統、労使団体の自治及び団体交渉の自由をも尊重する。それは最低賃金を設定する斉一的な機構を確立しようとするものでもないし、各国の労使団体の協約自由と加盟国の権限の範囲内にある賃金水準を設定しようとするもない。それゆえ、最低賃金は引き続き、各国権限と労使団体の協約自由を十全に尊重しつつ、労働協約又は法令規定を通じて設定される。とりわけ、EUの行動は、団体交渉適用率が高く、賃金設定がもっぱら団体交渉を通じて行われている諸国への法定最低賃金の導入を目指すものではない。」
 では一体この協議は何を目指そうとしているのでしょうか。協議文書は、最低賃金が重要である理由を縷々挙げていきます。それはまず、低賃金労働者やワーキングプアが増加し、賃金格差が拡大しているからです。それは特に教育水準が低く、非典型的な就業形態の労働者に顕著です。彼らを守る手段が最低賃金であり、また経済的には、適切な最低賃金の上昇が生産性の向上や内需の拡大に資する面があります。北欧のような法定最低賃金がなく団体交渉で全部やる国では低賃金労働者は少ないのですが、EU全体の組織率はどんどん低下し、十分な最低賃金によって守られない労働者が増えているという問題意識です。
 協議文書は、EUが雇用平等などで賃金についても取り組んできたことを縷々述べて正当化しようとしますが、実はいささか皮肉なことに、リーマンショック以後の経済政策において、逆向きの方向ながらEUが加盟国の賃金設定や労使関係そのものに嘴を挟んだことがあるのです。金融危機に対処するために膨らんだ財政支出に対して、IMF、欧州中銀及び欧州委員会のいわゆる「トロイカ」が赤字の削減を強く要求し、そのためにとりわけ南欧諸国に対して賃金の引下げや団体交渉の縮小を要求するといった事態になったのです。EU社会政策における賃金や労使関係の適用除外は、EU経済政策における賃金や労使関係への介入には何の防波堤にもならなかったのです。今回、条約の明文の規定にもかかわらず平然と最低賃金に関する労使協議をやれているのも、先行する10年間に既にタブーは破られていたからということもできるかもしれません。
 この協議に対し、欧州労連は即日コメントし、その意図を歓迎するとともに、具体性に欠けると批判し、法定最低賃金を賃金中央値の60%以上とすべきと主張しました。一方欧州経団連も即日「賃金設定は国内の労使団体間で行われるべき」とコメントし、EUの最低賃金立法には反対しました。ここまではいつもの定型行事ですが、今回やはり注目すべきは北欧諸国の労働組合の反応です。
 協議前日の1月13日付のEUObserver(ネット)に、スウェーデン専門職連合のテレーゼ・スヴァンストローム会長が「なぜEU最低賃金は労働者にとって悪いアイディアなのか?」を寄稿しています(https://euobserver.com/opinion/147050)。彼女は、EUに低賃金で不安定な雇用が多すぎると述べ、全加盟国に適切な労働条件と賃金を確保する必要性を肯定します。「しかしながらこれは、その宣明された目的が賞賛に値するからといって、EUレベルのすべての労働市場規制案を我々が受け入れなければならないということを意味するわけではない。労働市場機構に関しては加盟国の間で甚だしく異なる領域があるのだ。」「ある国で最重要な規制が別の国にはまったく存在しないこともありうる。」要するに、労働者の大部分が組合に組織されているような北欧諸国に、組合が弱いので国が面倒を見てあげなければいけない国向けの最低賃金などという代物を持ち込むな、と言いたいのです。下手に持ち込むとどうなるか。彼女はOECDが最近出した報告書を持ち出して、「労働市場政策のマイナーチェンジですら、団体行動や労使関係システムにおける大きなそしてしばしば意図せざるシフトをもたらしうる」と批判します。
 具体的には、加盟国に一定水準ないし一定の算式に基づく最低賃金を義務付けることによって、全EU諸国に法定最低賃金か又は労働協約の拡張適用制度を強制することになりうるのです。デンマークやスウェーデンのような国には法定最低賃金や拡張適用制度を適用除外する可能性も疑わしいといいます。その根拠は、スウェーデンの労働組合にとっては未だに恨みの残るラヴァル事件です。法定最低賃金も拡張適用もないスウェーデンの特殊性は、欧州司法裁判所によって一顧だにされなかったではないかというわけです。
 それだけではなく、そもそもEUに賃金についての権限を与えることは危険だといいます。「今回は賃金の最低水準を引き上げるために使われる。次回は、景気後退や金融危機に際し、賃金を引き下げるために使われうる。その後、団結権やストライキ権が攻撃されるのだ。それゆえ、この分野で立法しようといういかなる企てにも抵抗しなければならない」と。この不信感は相当なものです。
 とはいえ、北欧のような立派な組合のない諸国から見ると、これはこれでエリートの論理に見える面もあります。現にワーキングプアが拡大し、法定最低賃金が低水準すぎて役に立っていないような諸国の低賃金労働者から見れば、理屈はいいから最低賃金の引上げを邪魔するなといいたくなるでしょう。ブリュッセル自由大学のアマンディン・クレプシー准教授は、2月20日付のSocialEuropeへの寄稿で、「広く賞賛される平等主義的福祉国家の代表として、北欧の社会民主主義者は防御的な立ち位置にとどまり、他のすべての諸国にとっての実質的な進歩になりうるものをブロックすることはできまい」と予測しています。いずれにしても今回の労使への協議は、毎度おなじみの労使対立というよりも、EU加盟国間の労使関係システムの間の亀裂を浮き彫りにしてしまったのかもしれません。  

 

オワハラは日本型雇用の産物?

01 京都大学のホームページに研究成果として「就職活動終われハラスメントが日本的雇用に起因することを解明 -内資・年功序列・古い設立年の企業がオワハラをしやすい-」というのが載っています。

http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2019/200316_1.html

 太郎丸博 文学研究科教授、水野幸輝 文学部生は、就職活動終われハラスメント(以下、オワハラ)の一因が、日本的雇用にあることを明らかにしました。
 オワハラとは、企業が就職活動中の学生等に対して他社の選考を受けないよう要求することですが、職業選択の自由を脅かす行為として、政府、経団連、大学から批判されています。また、オワハラをしても学生は嘘をついて就職活動を続けることができるため、学生を自社に就職させる効果があるかも疑わしいものです。
 本研究グループが、2019年に就職活動をした学生へのアンケート調査を通して、どのような企業がオワハラをしやすいのか調べたところ、外資系ではなく内資、年功序列があると思われ、昔に設立された歴史のある企業ほどオワハラをしやすい傾向があることがわかりました。この背景には、いわゆる日本的雇用があると考えられます。日本的雇用では企業を家族や地域共同体になぞらえ、長期的で親密な関係を求める傾向が強いと言われています。このような企業にとっては、自社以外の企業への就職を考えることは、そのような共同体の秩序を破壊するに等しい反逆行為といえます。そのため、オワハラは自社への忠誠を求める正当な行為と考えられているのではないか、と考えられます。
 本研究成果は、2020年3月16日、17日に開催予定であった「第69回数理社会学会大会」に受理されました。

より詳しい論文はこれ:

http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2019/documents/200316_1/01.pdf

これ、中身ももちろん興味深いのですが、実質的には文学部生の研究発表を、指導教授がここまでリキ入れて宣伝しているというのが凄いです。ちなみに、太郎丸さんのコメントに曰く:

水野くんにやらせてみたら意外と面白い結果が出たので、記者のみなさんのご意見も伺ってみたいと思い、記者発表いたしました。就職活動は学生のその後の人生に大きな影響をおよぼす出会いの場ですし、企業にとっても自社と相性の良い優秀な人材を確保する上でとても重要ですが、それゆえにというべきか、各社がどのような採用活動を行っているのか、比較・検討した研究は少なく残念に思っておりました。 

このネタ、ジャーナリスティックにも興味深いと思うのですが、取り上げたのは産経だけのようです。

https://special.sankei.com/a/society/article/20200306/0001.html

 

 

2020年3月18日 (水)

日本版O-netは明日開設

ようやく厚生労働省のホームページに、日本版O-NETが明日開設されるというプレスリリースがアップされました。新型コロナで省内騒然とする中ですが、まあなんとか開設にこぎ着けたようです。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_10257.html

厚生労働省は、3月19日(木)に「職業情報提供サイト(日本版O-NET)」を開設し(午前9時運用開始予定)、労働市場の「見える化」を目指します。
 このサイトでは、動画コンテンツを含む約500の職業の解説、求められる知識やスキルなどの「数値データ」を盛り込んだ、総合的な職業情報を提供します。
 この職業情報が「見える化」されたサイトにより、求職者は自分に最適な職業を選択することができ、これから必要となる「学び」は何かを知ることができます。また、企業は、求める人材を獲得するために必要な労働市場情報を正確に把握することができます。さらに、キャリアコンサルタントなどの専門家は、求職者や企業に対し、より的確に支援を行うことができます。 

まだメンテナンス中のサイト自体はこちらから:

https://shigoto.mhlw.go.jp/

Kamakura で、その開設を目前にして、JILPTが開発したインプットデータの研究が取りまとめられています。

https://www.jil.go.jp/institute/siryo/2020/227.html

本研究は平成29年3月28日に働き方改革実現会議で決定された「働き方改革実行計画」に盛り込まれ、厚生労働省が令和2年3月に公開する「職業情報提供サイト(日本版O-NET)」(以下「日本版O-NET」という。)」に関わる研究である。
職業情報の提供は、労働市場にある様々な職業や新しい仕事を「見える化」することにより、学生、求職者の進路選択や就職活動、在職者、人事担当者にとっては人事異動、人事配置、教育訓練プランの作成等に資するものである。さらに、ハローワーク、民間職業紹介事業者等のキャリアコンサルタントの方々に汎く活用いただくことで、個別の企業のみならず労働市場全体の中で、ミスマッチをなくし、人材配置の最適化、労働移動の円滑化等の効率的な実現をめざすものである。
この日本版O-NETの構築にあたって、サイトで提供する職業情報のデータ(以下「インプットデータ」という。)を開発するため、平成30年度、および令和元年度の2か年にわたり当機構はこれまで培ってきた職業情報や職業適性に関する研究、過去の情報資産等を活かした調査研究等を実施した。

 

新型コロナ休校による雇用類似「支援金」

先週10日にごく大枠が公表された雇用労働者に対する「助成金」とフリーランスに対する「支援金」の詳細が示され、その申請受付が始まったようです。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_10259.html

注目されていたフリーランス向けは「支援金」という名称で、具体的な支給要件はこちらにありますが、

https://www.mhlw.go.jp/content/11909000/000609247.pdf

そこでは、こう書かれています。

(2) 上記(1)の①については臨時休業の前に、上記(1)の②については子どもの世話を行う前に、次の①から③のいずれにも該当する契約を発注者と締結していること。
① 業務委託契約等に基づく業務遂行等に対して報酬が支払われていること。
② 発注者が存在し、業務従事・業務遂行の態様、業務の場所・日時等について、当該発注者から一定の指定を受けていること。
③ 報酬が時間を基礎として計算されるなど、業務遂行に要する時間や業務遂行の結果に個人差が少ないことを前提とした報酬形態となっていること。 

いやこれ、労働基準法上の労働者性の判断基準における指揮監督関係を肯定する方向の要素なんですよね。まさに「雇用類似の働き方」。

 

『ジュリスト』4月号掲載予定の評釈予告

1369_p 来週発売予定の『ジュリスト』4月号の書影が出たようなので、それに掲載予定の私の判例評釈を予告しておきますね。

[労働判例研究]

◇学部廃止を理由とした大学教授らの整理解雇――学校法人大乗淑徳学園事件――東京地判令和元・5・23・濱口桂一郎

 

 

2020年3月17日 (火)

『情報労連REPORT』3月号

2003_cover 『情報労連REPORT』3月号は「労働組合は、だから必要だ!」が特集です。

http://ictj-report.joho.or.jp/2003/

水町勇一郎さんの労働法、山田久さんの経済論、呉学殊さんの労使関係論などが並んでいますが、実はこの特集でいちばん興味深かったのは、ユニオニオンくん(非公式)が登場していることです。

http://ictj-report.joho.or.jp/2003/sp06-1.html

Al7ss4dk_400x400 ユニオニオンくんは、労働関係のネット界隈では恐らく知らない人はいない有名人ですが、

https://twitter.com/renngou1989

でも、

「中の人」は、連合の専従スタッフではない。連合構成組織の組合員ではあるものの、組合役員でもない。有期契約労働者として民間企業で働く、一人の若い組合員だ。 

その人がどういう経緯でこのアカウントを立ち上げたのか。

ユニオニオンくん(非公式)さんは、大学卒業後、1年間のアルバイトを経て中小企業に正社員として就職。苦労して正社員になったが、そこで長時間労働やパワハラ、労災隠しなどで苦しんだ。
業種が近い産業別労働組合に電話で労働相談したが、「業種が違うからわからない」と言われ、「労働組合の当初の印象は最悪」。就職した会社には労働組合はなく、テレビで春闘のニュースが流れても、「自分には関係ない。中小企業はそんなもの。大手企業は違うな」と思っていた。
だが、今度は連合の労働相談ホットライン「0120-154-052」に相談。すると丁寧に対応してくれ、電話をしたその日に面談で話を聞いてくれた。「法律のことも含め、具体的な解決策を教えてくれて、いざというときに頼れる存在だと印象が変わった」と振り返る。その後、地方連合会の個人加盟ユニオンに加入した。

そのユニオニオンくん(非公式)が、 

発信する際に気を付けていることがある。それは政治課題ではなく、労働問題を中心に取り上げること。労組の政治活動の重要性は理解しているが、賃金や長時間労働といった労働問題は、誰にとっても共感しやすいテーマだと考えているからだ。
「私たちの世代の労働組合の印象は最悪です。無関心層がほとんどですが、関心を持っている人の労働組合のイメージは、『御用組合』や『政治活動しかやっていない』というものばかり。労働問題にテーマを絞った方が共感してもらえる」と訴える。

これ、さらりと書いてますが、わりと最近、ユニオニオンくん(非公式)がこうつぶやいたのを機にツイッター上で議論になったトピックですね。

https://twitter.com/renngou1989/status/1226107333274521600

怒られるのを覚悟で言う雑感なんですが、
なんで、労組や関係者のアカって、反政権の投稿が目立つのだろう。
反政権のために、労組があるわけではないのに。
私自身、安倍政権は支持してないし、組合が政治活動する意義はわかるが。
それが疑問で、このアカでは、政治とは距離を置いた発信をしています 

いやこれ面白い。編集の対馬さん、いいところに目を付けた感じです。

2003_sp062_main もう一つも、ツイッターアカウントからアプローチした記事。

http://ictj-report.joho.or.jp/2003/sp06-2.html

一人の派遣社員がツイッターで呼び掛けて始まった「派遣かふぇ」。これまで5回、開催されてきた。「派遣かふぇ」には、情報労連組織内の石橋みちひろ参議院議員も参加。主催者の「yurara@派遣社員」さんに労働組合について聞いた。

 

 

滝原啓允ディスカッションペーパー『イギリス労働法政策におけるGood Work Plan』

JILPT研究員滝原啓允さんのディスカッションペーパー『イギリス労働法政策におけるGood Work Plan』が公開されました。

https://www.jil.go.jp/institute/discussion/2020/20-02.html

プラットフォームを介在させた働き方の出現、人工知能などによる技術革新、非典型雇用の増加といった社会的変容を経験する中、各国は様々な労働法政策を展開させつつある。そうした中にあって、本研究は、イギリス政府による政策文書であるGood Work Plan(2018年12月)を素材とし、同国における労働(雇用)法政策につき紹介をなすものである。すなわち、本研究は、当該文書が如何なる背景のもと、どのようなことを念頭に策定されたものなのか明らかにしつつ、また同文書が提案する具体的な労働法政策について紹介することを、主な目的とする。

ドイツの労働4.0のイギリス版でしょうか。

上記目的のもと、本研究は、① EU離脱、② プラットフォーム・エコノミーの進展とクラウドワークの登場、③ 雇用上の法的地位と税制・社会保障、④ ゼロ時間契約・派遣労働といった諸課題を主な背景として、それら全部またはその一部を念頭とし解決を図ろうとする政策文書が複数積み重なる中、それら諸課題に対する一定の解決策を示したものとして、Good Work Planを位置付けた。

また、Good Work Planが提案する具体的な法政策は多岐にわたるが、それを例示するに、予見可能かつ安定的な契約を要請する権利、派遣労働者へのスウェーデン型適用除外の廃止、2004年被用者への情報提供・協議規則の改正、雇用上の地位に係る立法、雇用審判所の改革といったところとなる。しかし、それらの一部は、未だ青写真の段階にある

この分野は日進月歩でどんどん動いていますので、こういうもので常に知識補給をしていく必要があります。

 

 

2020年3月16日 (月)

ウーバーイーツ配達員の労組法上の労働者性

Safe_image 本日、ウーバーイーツユニオンが都労委に救済を申し立てたとのことです。団体交渉拒否の不当労働行為の訴えですが、事実上、ウーバーイーツ配達員の労組法上の労働者性が中心的論点です。

https://www.bengo4.com/c_5/n_10926/

いま世界中で労使関係と労働法上の大きなトピックになっているプラットフォーム労働者の労働者性が、いよいよ日本でも労働委員会で審理されることになります。世界で一番問題になっているタクシー型のウーバーは日本ではまだほとんど解禁されていないので、その次に問題になっている食品デリバリー型のウーバーイーツが先に出たわけです。

実は、去る3月13日に欧州委員会が取りまとめた「Study to gather evidence on the working conditions of platform workers」(プラットフォーム労働者の労働条件に関するエビデンスを集めた研究)というかなり分厚い報告書の中に、EU加盟国における裁判例の動向も詳細に載っていて、いろいろと参考になります。

https://ec.europa.eu/social/BlobServlet?docId=22450&langId=en

これには、プラットフォーム労働者の労働組合を結成する動きも紹介されています。いろんな意味で役に立つ資料です。

 

今野晴貴『ストライキ2.0』

9784087211153_600 今野晴貴さんより『ストライキ2.0 ブラック企業と闘う武器』(集英社新書)をお送りいただきました。

佐野サービスエリアのスト、保育士の一斉退職、東京駅の自販機補充スト……。
1970年代をピークに減少した日本のストだが、2010年代後半から再び盛り上がりを見せている。
しかも、かつての「国鉄スト」などと違い、これらにはネット世論も好意的だ。
実は産業構造の転換により、日本でもストが起きやすい土壌が生まれていたのである。
現代日本でストが普通に行われるようになれば、ブラック企業への有効な圧力となることは間違いない。
一方、海外では現在まで一貫してストが起きている。
特にアメリカでは、「2018年はストの年」といってよいほど頻発した。
しかも【教師が貧困家庭への公的支出増額を訴える】、【AI・アルゴリズムの透明化を求める】、【性暴力を防ぐ職場環境を要求する】など「社会問題の解決」を訴える「新しいストライキ」が海外では行われ始めている。
このように、ストはアップデートし、もはや賃上げ要求だけを求めるものではなくなっている。
こうした新しい潮流を紹介し、日本社会を変える道筋を示す。

ここ数年、雑誌『POSSE』で繰り返し取り上げてられてきた新たな労働争議の姿を描きつつ、労働運動の歴史をその間にちらちらとはめ込み、近年極めて数少なくなっている集団的労使関係についての入門書にもなっています。歴史からいえば、ここに描かれている今のは「2.0」じゃなくって、産業革命以前の職人組合から考えれば「4.0」くらいになるはずですが、それはともかく、今野さんらしい読みやすい筆致で、さらりと読めます。

メッセージ的に重要なのは、第4章の最後のあたりで打ち出されている「自由に働かせろ」「自由・自律的な働き方」の要求でしょうか。この台詞を目にすると、なまじ近年の労働問題に詳しい人ほど、裁量制や高度プロフェッショナルやフリーランスといったことが想起され、否定的な反応をしがちなのですが、今野さんは必ずしもそちらにのみ与しません。

・・・ここで、ストライキの戦術は二つに分かれることになる。ひとつは、「自由な労働は現実には虚構だ。本当は会社に従属しているのだ」と主張し、今までの労使関係の諸制度を適用するように主張するものだ。このような主張は、多くの裁量労働制やクラウドワークの労働実態を考えれば、まったく正論である。

だが、労働者が求めているものは、そうした「従属の証明」によって労働法の保護を受けることだとは、必ずしも限らない。むしろ、「本当の裁量労働を実現してほしい」「ウーバーのアルゴリズムに対抗したい」という労働者が増えているのではないだろうか。・・・

こうした主張を受けて、裁量労働制ユニオンでは今後、違法な裁量労働制に対して、ただ残業代を請求するだけではなく、「本当の裁量を求めるストライキ」を実施することを計画している。・・・

裁量なき裁量制に対して、現に裁量がないじゃないかといって残業代を要求する道と、本来あるはずの労働の裁量を奪い返す道と、ここで今野さんは大変重要な問題提起をしているのです。

 

 

2020年3月14日 (土)

EU新産業戦略にプラットフォーム労働者対策を予告

欧州委員会が去る3月10日に新産業戦略(A New Industrial Strategy for Europe)を公表しましたが、

https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX:52020DC0102

その中で、プラットフォーム労働者の労働条件改善のためのイニシアティブをとると予告しています。

Initiative on improving the working conditions for platform workers. 

いや、これだけなので、具体的にどういう措置を取るつもりなのかさっぱりわかりませんが、ここまでくると何かやらないといけないということだけは確かなようです。

 

公立学校非常勤講師に対する労働基準法適用(α+再掲)

Nhk こんなニュースを見て、あれ不思議だな。公立学校の先生は残業代が出ないもんだし、文句を言いたくても労働基準監督署の管轄じゃないはずだったんじゃなかったけ、と思ったあなた。そう、八合目、九合目くらいまではそれで正しいんだけど、最後の詰めのところでそうじゃなくなるんですよ。

https://www3.nhk.or.jp/tokai-news/20200314/3000009512.html (非常勤残業代 市教委に是正勧告)

名古屋市の公立中学校で働く非常勤講師が残業代の支払いを求めていた問題で、名古屋市教育委員会は講師の労働時間を適正に把握していないとして労働基準監督署から是正勧告を受けるとともに、必要であれば残業代を支払うよう指導されていたことがわかりました。
名古屋市では、去年、市内の中学校で働く4人の非常勤講師がテストや成績の作成で残業を行っているのに、契約時間以外は勤務とされず、残業代が支払われていないとして、労働基準監督署に申告していました。 ・・・・

公立学校の正規の教師は残業代も出ないし、監督官も助けてくれないのに、この差別はなんだと、日ごろの非常勤講師への差別的取り扱いを棚に上げて怒り始める人もいるかもしれませんが、これを理解するには、やたら複雑怪奇な法律の条文を解きほぐしていく必要があります。めんどくさいなと思っていたら、実は一昨年に、まったく同じネタでエントリを書いていました。というわけで、以下はその再掲です。

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http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/post-484e.html (公立学校非常勤講師に対する労働基準法適用)

毎日新聞にこういう記事がありまして、

https://mainichi.jp/articles/20180705/ddl/k27/040/358000c (是正勧告 授業準備時間にも報酬を 東大阪労基署、府教委に3度)


東大阪市にある府立高校の男性非常勤講師に賃金の未払いがあったとして、東大阪労働基準監督署が2017年~18年、府教委に3度の是正勧告を出していたことが分かった。府教委は非常勤講師について、準備などに要した時間に関係なく授業1コマ当たりの報酬を2860円に固定する制度(通称・コマ給)を採用しているが、労基署は労働時間に応じて対価を支払うよう求めた。府教委は勧告に従って、約20万円の支払いに応じた。

 授業教材作成などに従事した時間の対価が支払われないのは労働基準法違反だとして、非常勤講師が労基署に申告。府教委は「準備や成績評価などまで含めた対価として、コマ当たりの報酬は高めに設定している」と主張したが、労基署は認めなかった。府教委は勧告に従う一方、府立学校に2700人以上いる非常勤講師のコマ給の仕組みは維持。担当者は「管理職がすべての非常勤講師の勤務時間を管理、把握するのは難しい」と説明する。
 コマ給による未払い賃金は学習塾のアルバイト講師を巡っても問題になり、厚生労働省は学習塾業界などに改善を求めた。

これを見て、あれ?と思った方、そう、公立学校の先生にも労働基準法はちゃんと適用されているのです。しかし本題はそこではない。

ボーッと生きてんじゃねんよ!!地方公務員にも労働基準法が適用されているということすら知らない日本国民のなんと多いことか!!と慨嘆したいわけでもない。

ただ、公立病院のお医者さんセンセイの場合、単に労働基準法が適用されているだけではなく、それを行使する権限は労働基準監督署にあり、だから監督官が公立病院にやってきて、宿直と称して監視断続労働とは言えないようなことをやっているのを見つけては是正勧告をしたりするわけです。

ところが、同じセンセイと呼ばれる地方公務員である公立学校の先生の場合、労働基準法の規定は適用されているとは言いながら、それを監督するのは人事委員会、あるいは首長自身という、いささか奇妙な形になっていて、実質的に法律を適用する体制になっていないのですね。

学校の先生の労働時間問題のかなりの部分は、この法施行の権限のずれでもって説明できる面もあるのではないかとすら思っていますが、それはともかく、ここではじめの記事に戻ると、おや?労働基準監督署が是正勧告していますね。どうしてなんでしょうか。

ということで、ここから法制局的な説明に入ります。まず、労働基準法の大原則から。


(国及び公共団体についての適用)
第百十二条 この法律及びこの法律に基いて発する命令は、国、都道府県、市町村その他これに準ずべきものについても適用あるものとする。

この大原則をねじけさせている地方公務員法の規定です。


(他の法律の適用除外等)
第五十八条 ・・・
3 労働基準法第二条、第十四条第二項及び第三項、第二十四条第一項、第三十二条の三から第三十二条の五まで、第三十八条の二第二項及び第三項、第三十八条の三、第三十八条の四、第三十九条第六項、第七十五条から第九十三条まで並びに第百二条の規定、労働安全衛生法第九十二条の規定、船員法(昭和二十二年法律第百号)第六条中労働基準法第二条に関する部分、第三十条、第三十七条中勤務条件に関する部分、第五十三条第一項、第八十九条から第百条まで、第百二条及び第百八条中勤務条件に関する部分の規定並びに船員災害防止活動の促進に関する法律第六十二条の規定並びにこれらの規定に基づく命令の規定は、職員に関して適用しない。ただし、労働基準法第百二条の規定、労働安全衛生法第九十二条の規定、船員法第三十七条及び第百八条中勤務条件に関する部分の規定並びに船員災害防止活動の促進に関する法律第六十二条の規定並びにこれらの規定に基づく命令の規定は、地方公共団体の行う労働基準法別表第一第一号から第十号まで及び第十三号から第十五号までに掲げる事業に従事する職員に、同法第七十五条から第八十八条まで及び船員法第八十九条から第九十六条までの規定は、地方公務員災害補償法(昭和四十二年法律第百二十一号)第二条第一項に規定する者以外の職員に関しては適用する。

ごちゃごちゃしていますが、労働時間の原則を定めている労働基準法32条は「職員」にも適用されます。しかし、


5 労働基準法、労働安全衛生法、船員法及び船員災害防止活動の促進に関する法律の規定並びにこれらの規定に基づく命令の規定中第三項の規定により職員に関して適用されるものを適用する場合における職員の勤務条件に関する労働基準監督機関の職権は、地方公共団体の行う労働基準法別表第一第一号から第十号まで及び第十三号から第十五号までに掲げる事業に従事する職員の場合を除き、人事委員会又はその委任を受けた人事委員会の委員(人事委員会を置かない地方公共団体においては、地方公共団体の長)が行うものとする。

というわけで、「病者又は虚弱者の治療、看護その他保健衛生の事業」は労働基準監督著の管轄なのに「教育、研究又は調査の事業」はその管轄外で、自分で自分を監督するという形になっているのです。


別表第一(第三十三条、第四十条、第四十一条、第五十六条、第六十一条関係)
一 物の製造、改造、加工、修理、洗浄、選別、包装、装飾、仕上げ、販売のためにする仕立て、破壊若しくは解体又は材料の変造の事業(電気、ガス又は各種動力の発生、変更若しくは伝導の事業及び水道の事業を含む。)
二 鉱業、石切り業その他土石又は鉱物採取の事業
三 土木、建築その他工作物の建設、改造、保存、修理、変更、破壊、解体又はその準備の事業
四 道路、鉄道、軌道、索道、船舶又は航空機による旅客又は貨物の運送の事業
五 ドック、船舶、岸壁、波止場、停車場又は倉庫における貨物の取扱いの事業
六 土地の耕作若しくは開墾又は植物の栽植、栽培、採取若しくは伐採の事業その他農林の事業
七 動物の飼育又は水産動植物の採捕若しくは養殖の事業その他の畜産、養蚕又は水産の事業
八 物品の販売、配給、保管若しくは賃貸又は理容の事業
九 金融、保険、媒介、周旋、集金、案内又は広告の事業
十 映画の製作又は映写、演劇その他興行の事業
十一 郵便、信書便又は電気通信の事業
十二 教育、研究又は調査の事業
十三 病者又は虚弱者の治療、看護その他保健衛生の事業

十四 旅館、料理店、飲食店、接客業又は娯楽場の事業
十五 焼却、清掃又はと畜場の事業

ところが、もう一遍話がひっくり返って、学校の非常勤講師は労働基準監督署がやってくる、と。なぜかというと、地方公務員法の初めの方を見ていくと


(この法律の適用を受ける地方公務員)
第四条 この法律の規定は、一般職に属するすべての地方公務員(以下「職員」という。)に適用する。
2 この法律の規定は、法律に特別の定がある場合を除く外、特別職に属する地方公務員には適用しない。

第58条でごちゃごちゃ適用関係が複雑になっている「職員」というのは一般職だけだと。ではその一般職というのは何かというと、


(一般職に属する地方公務員及び特別職に属する地方公務員)
第三条 地方公務員(地方公共団体及び特定地方独立行政法人(地方独立行政法人法(平成十五年法律第百十八号)第二条第二項に規定する特定地方独立行政法人をいう。以下同じ。)のすべての公務員をいう。以下同じ。)の職は、一般職と特別職とに分ける。
2 一般職は、特別職に属する職以外の一切の職とする。
3 特別職は、次に掲げる職とする。
一 就任について公選又は地方公共団体の議会の選挙、議決若しくは同意によることを必要とする職
一の二 地方公営企業の管理者及び企業団の企業長の職
二 法令又は条例、地方公共団体の規則若しくは地方公共団体の機関の定める規程により設けられた委員及び委員会(審議会その他これに準ずるものを含む。)の構成員の職で臨時又は非常勤のもの
二の二 都道府県労働委員会の委員の職で常勤のもの
三 臨時又は非常勤の顧問、参与、調査員、嘱託員及びこれらの者に準ずる者の職
四 地方公共団体の長、議会の議長その他地方公共団体の機関の長の秘書の職で条例で指定するもの
五 非常勤の消防団員及び水防団員の職
六 特定地方独立行政法人の役員

ふむ、どうも公立学校の非常勤講師というのはこの第3号の「臨時又は非常勤の顧問、参与、調査員、嘱託員及びこれらの者に準ずる者の職」に相当し、それゆえ適用関係も労働基準法の大原則に素直に戻って、労働基準法がそのまま適用されるし、それを監督するのは人事委員会や首長さん自身ではなく、労働基準監督署がやってくるということになるというわけなんですね。

本日の法制執務中級編でした。

 

 

2020年3月13日 (金)

職階制-ジョブ型公務員制度の挑戦と挫折@『季刊労働法』2020年春号(268号)

268_h1hp725x1024_20200313134301 というわけで、『季刊労働法』2020年春号(268号) が刊行されました。中身のラインナップは既に9日に紹介していますのでそちらを御覧頂くとして、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/03/post-3c7f27.html

ここでは、私が書いた「職階制-ジョブ型公務員制度の挑戦と挫折」の冒頭の部分と小見出しをチラ見せしておきます。

はじめに
 日本の公務員制度についての労働法からのアプローチは、長らく集団的労使関係制度の特殊性(労働基本権の制約)とその是正に集中してきました。それが国政の重要課題から消え去った後は、非常勤職員という非正規形態の公務員が議論の焦点となってきています。しかし、正規の公務員については、終身雇用で年功序列という日本型雇用システムのもっとも典型的な在り方を体現しているというのが一般的な認識でしょう。最近話題となった小熊英二『日本社会のしくみ』(講談社現代新書)では、日本型雇用の起源を明治期の官庁制度に求め、その任官補職原則が戦後日本の職能資格制度という形に残ったと指摘しています。日本社会の大きな流れとしては、この認識は全く正しいと言えます。ただ、まことに皮肉なことですが、立法政策史の観点からすると、それとは正反対の徹頭徹尾ジョブに基づく人事管理システムを法令上に書き込んだのが、戦後日本の公務員法制であったのです。「職階制」と呼ばれたこの制度は、驚くべきことに、1947年の国家公務員法制定時から2007年の同法改正(2009年施行)に至るまで、60年間も戦後日本の公務員制度の基本的オペレーティングシステムとして六法全書に存在し続けてきました。しかし、それが現実の公務員制度として動かされたことは一度もなかったのです。今回は、究極のジョブ型公務員制度というべきこの職階制の歴史をたどります。

1 1947年国家公務員法

2 1948年改正国家公務員法

3 職階法

4 S-1試験

5 職種・職級の設定

6 格付作業

7 間に合わせの任用制度

8 間に合わせの給与制度

9 職階制の挫折

10 その後の推移

11 職階制の廃止

・・・・ 徹底したジョブ型の制度を法律上に規定していながら、それをまったく実施せず、完全にメンバーシップ型の運用を半世紀以上にわたって続けてきた挙げ句に、それが生み出した問題の責任を(実施されてこなかった)職階制に押しつけてそれを廃止しようという、まことに意味不明の「改革」ですが、そもそも公務員制度改革を人事労務管理のマクロ的観点から考えるような見識のある人々は、21世紀には完全に姿を消してしまっていたのかもしれません。
 今日、非正規公務員問題を始めとして、公務員制度をめぐる諸問題の根源には、さまざまな公務需要に対応すべき公務員のモデルとして、徹底的にメンバーシップ型の「何でもできるが、何もできない」総合職モデルしか用意されていないことがありますが、それを見直す際の基盤となり得るはずであった徹底的にジョブ型に立脚した職階制を、半世紀間の脳死状態の挙げ句に21世紀になってからわざわざ成仏させてしまった日本政府の公務員制度改革には、二重三重四重くらいの皮肉が渦巻いているようです。

 

両角道代・森戸英幸・小西康之・梶川敦子・水町勇一郎『Legal Quest労働法』第4版

L17944 両角道代・森戸英幸・小西康之・梶川敦子・水町勇一郎『Legal Quest労働法』第4版をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641179448

初版、第2版、第3版の時にも言いましたが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-88bc.html(リーガルクエスト労働法)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-1ed5.html(両角道代・森戸英幸・梶川敦子・水町勇一郎『Legal Quest労働法』第2版)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/03/legal-quest3-83.html (両角道代・森戸英幸・梶川敦子・水町勇一郎『Legal Quest労働法』第3版)

学部生向けのスタンダードなテキストです。

著者の中には、必ずしもスタンダードでは「ない」(いろんな意味で)テキストブックを書かれている方もおられますので、そういうのじゃないスタンダードでいくとこうなりますよ、という典型的なテキストということでしょうか。

ただ今まで違うのは、新たに著者として小西康之さんが加わっていることです。

 

2020年3月12日 (木)

退職者による会社サイトへの不正アクセス

世界中が新型コロナで大炎上しているさなかに、「残業代なんか出すわけない」という求人広告がプチ炎上したDrストレッチ事件について、退職した元従業員による改竄であったというプレスリリースが出ています。

https://doctorstretch.com/pdf/20200311.pdf

これ、書いてる中身も労働法のネタですが、やったこと自体もIT社会における人事労務管理という観点から論じるべきネタがいっぱいありそうです。

本件の場合、

・・・・同社の元従業員は、同社に在籍中、同社の本件求人サイトにおけるアカウント管理を担当していたが、元従業員の退職後も同社はパスワード変更の措置を講じていなかったため、元従業員は退職後も数回の不正アクセスを行った。

というところに問題があったわけですが、ではさて、従業員が辞めるたびにリスク管理の観点からパスワードを変更しているかといえば、そんな丁寧なコトしている企業はあんまりないのではないかと思います。

しかしそれって、外部からの不正アクセスをする危険性のある人を外部に放り出しているのと同じことでもあるんですね。

 

 

 

EU諸国における自営業者への失業給付

昨日のエントリの続きで、昨年11月の勧告の元になった労使団体への第2次協議の付属文書でEU諸国における自営業者への社会保障の適用状況を取りまとめているんですが、その中の失業給付に関する部分をちょっと見ておきますと:

http://ec.europa.eu/social/BlobServlet?docId=18596&langId=en

Regarding the formal coverage of unemployment benefits for the self-employed, Member States can be classified into three groups.

The first group is made up of eleven countries where the self-employed are compulsorily insured against unemployment (Czech Republic, Greece, Croatia, Hungary, Finland, Luxembourg, Poland, Portugal, Sweden, Slovenia, and Slovakia). In Finland, compulsory insurance covers entitlements to flat rate basic benefits, i.e. basic unemployment daily allowance, and labour market subsidy. Insurance for income-related benefit is voluntary, as it is also for employees. Likewise, Sweden has a two-tier unemployment insurance system: a universal flat-rate benefit, combined with voluntary state-subsidised, earnings-related compensation. Moreover, in three other countries, Estonia, Ireland and the UK, they have access only to means-tested unemployment benefits.

The second group is made up of four countries where the self-employed can join unemployment insurance schemes on a voluntary basis (Austria, Denmark, Spain, and Romania). For instance, in Spain, the self-employed have a specific unemployment protection scheme which they can join voluntarily: cessation of business activity benefit. In Denmark, the state finances the marginal risk of unemployment in voluntary unemployment insurance funds regardless of the employment status of the person (salaried employees, self-employed etc.). There is, however, no general definition of self-employment, and the benefits are granted by a discretionary decision based on a complex set of rules.

The third group is formed of ten countries where the self-employed are not covered in case of unemployment (Belgium, Bulgaria, Cyprus, Germany, France, Italy, Latvia, Lithuania, Malta, and the Netherlands). In this group of countries, certain categories of self-employed may be compulsorily covered. This is the case of dependent self-employed and liberal professions in Italy, or employees of micro-enterprises in Latvia. It should be noted that the Belgian situation is rather specific: while there is no possibility to be covered by an unemployment insurance, there is a compulsory social insurance in the case of bankruptcy, the amount of which may be higher than the unemployment benefit paid to former salaried workers.

自営業者も失業保険に強制加入の国が11か国、任意加入の国が4か国、自営業者は加入できない国が10か国と、見事に分かれていますね。

ただ、有名どころのドイツとフランスや、イタリア、ベルギー、オランダといったところが加入できない国で、イギリスは資産調査つきの失業給付という事実上社会扶助みたいなものだけなので、加入できる国がこれだけ多いことがあんまり伝わっていないのかも知れません。

このあたり、労働法でも社会保障法でもちゃんと研究している人はほとんどいないように思うのですが、これから間違いなく売れ筋になる研究テーマだと思うので、是非若い人々に取り組んでもらいたいところです。

 

2020年3月11日 (水)

自営業者にも失業給付@EUの社会保障勧告

新型コロナの関係で突如としてフリーランスの休業補償という政策が即席で作られつつありますが、額が高いだの低いだのという話の前に、まずもって注文を受けて仕事をする自営業者における「休業」とは何を指すのかということを明確にする必要があります。日本では今までそういうことをまともに考えてこなかったのでドタバタになっているわけですが、その連続線上に自営業者における「失業」とは何を指すのか、という議論も出てくるはずです。

実は、情報通信技術の発展でかつてなら雇用でやっていた仕事がどんどん自営業者ということにされるという傾向は世界中で見られ、それにどう対応するかが大きな問題になりつつあるのですが、EUでは政策対応の一環として労働者と自営業者双方をカバーする社会保障制度という方向性があります。

昨年2019年11月8日に、「労働者と自営業者のための社会保障へのアクセスに関する理事会勧告」(Council Recommendation of 8 November 2019 on access to social protection for workers and the self-employed)が制定されています。あくまでも勧告なので直接法的拘束力はありませんが、政策の方向性は窺えます。

https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=uriserv:OJ.C_.2019.387.01.0001.01.ENG&toc=OJ:C:2019:387:TOC

その中で、労働者と自営業者に失業給付を確保すべしという条項もあり、自営業者の失業認定ってどこをどう判断してやるんだろうとか、いろいろと研究すべき点が多そうです。

3.This Recommendation applies to:

3.1.workers and the self-employed, including people transitioning from one status to the other or having both statuses, as well as people whose work is interrupted due to the occurrence of one of the risks covered by social protection;

3.2.the following branches of social protection, insofar as they are provided in the Member States:

(a)unemployment benefits;

(b)sickness and healthcare benefits;

(c)maternity and equivalent paternity benefits;

(d)invalidity benefits;

(e)old-age benefits and survivors’ benefits;

(f)benefits in respect of accidents at work and occupational diseases. 

労働者と自営業者双方(両方を行ったり来たりする人や同時に両方である人も含め)に6種類の社会保障を提供すべしといっている中に先頭に失業給付が上がっています。

今回のフリーランスの休業補償の話というのは、おそらく言い出した人はそこまで意識しているかどうかはわかりませんが、こういう社会保障制度全体に及ぶ話のとっかかりになるのかもしれません。

 

 

フリーランスの休業補償未だ詳細不明

ということで、官邸から下りてきた指令に従い、厚生労働省が大慌てで作った「小学校等の臨時休業に対応する保護者支援の創設(委託を受けて個人で仕事をする方向け)について」がこれです。

https://www.mhlw.go.jp/content/11909000/000606357.pdf

新型コロナウイルスの影響による小学校等の臨時休業等に伴い、子どもの世話を行うため、契約した仕事ができなくなっている子育て世代を支援し、子どもたちの健康、安全を確保するための対策を講じるもの。
※雇用者の保護者向けには、別途、休暇取得支援を創設している。

●対象者
①又は②の子どもの世話を行うことが必要となった保護者であって、一定の要件を満たす方。
①新型コロナウイルス感染症に関する対応として臨時休業等した小学校等( (※※)に通う子ども
※小学校等:小学校、義務教育学校(小学校課程のみ)、特別支援学校(高校まで)、放課後児童クラブ、幼稚園、保育所、認定こども園等
②新型コロナウイルスに感染した又は風邪症状など新型コロナウイルスに感染したおそれのある、小学校等に通う子ども
●一定の要件
・個人で就業する予定であった場合
・業務委託契約等に 基づく業務遂行等に対して報酬が支払われており、発注者から一定の指定を受けているなどの場合
●支援額:就業できなかった日について、
1 日当たり 4,100円(定額)
●適用日:令和2年2月27日~3月31日
※春休み等、学校が開校する予定のなかった日等は除く。
※制度の詳細については、追って公表

いやいや、この「一定の要件」が、具体的にどういうものになるのかがこれではよく分からないのですが、まあしかし今までまったく何もないところにいきなりフリーランスの休業補償を作れと言われたら、とりあえずこう書いておくしかないのでしょう。

でも逆に言うと、平時であればこの「一定の要件」について山のような議論がされ、各方面からさんざんぱら突っ込まれるはずのところが、今回はこういうのを作るという結論先にありきですから、ここで決めてしまえば、それが今後の雇用類似就業者対策の事実上のデフォルトフレームワークになっちゃう可能性が強いですね。

それに比べれば、金額が雇用労働者の半分だとか腰だめだとかいうのは、その通りではありますが、批判としてはやや本質を外している感があります。

たとえば最近あんまり仕事の注文が来てなかったけど、私はずっとフリーランスで生きてて、今回のコロナウイルスがなければそろそろ仕事の注文が来るはずだったんだ、とか、いろんなパターンがありそうです。

 

 

2020年3月10日 (火)

別役実さん死去

Https___imgixproxyn8sjp_dsxmzo5661401010 劇作家の別役実さんが死去されました。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO56614030Q0A310C2CZ8000/

お前と何の関係があるんだと思われたかもしれませんが、いや昨年8月までは同じ棟の借家の住人同士だったんです。

既に高齢でご病気がちだったので、お引っ越しも大変だったようですが、お亡くなりになられたんですね。

新型コロナウイルス感染症による小学校休業等対応助成金とフリーランスの休業補償

新型コロナウイルス感染症による小学校休業等対応助成金について、まだ制度はできていませんが、こういう助成金を作るよ、というのが厚労省HPに載っています。

https://www.mhlw.go.jp/content/11911000/000605806.pdf

(1)新型コロナウイルス感染症に関する対応として臨時休業等をした小学校等に通う子ども
(2)新型コロナウイルスに 感染した又は風邪症状など新型コロナウイルスに感染したおそれのある 、 小学校等に通う子ども
の世話を保護者として行うことが必要となった労働者に対し、 労働基準法上の年次有給休暇とは別途 、 有給 賃金全額支給 の休暇を取得させた 事業主に対する助成金制度 を創設します

【助成内容 】
令和2年2月 27 日から3月 31 日にお いて、有給休暇を取得した対象労働者に支払った賃金 相当 額 × 10/10
*1日1人当たり 8,330 円 を助成の上限とします。 (大企業、中小企業ともに同様

上限があるとはいえ、10/10と全額出すというのは、平時ならなかなか難しかったでしょう。対象も考え得る限り極めて広く取られており、有事のどさくさだからここまでできたという感じがあります。

とはいえ、この制度、本質的には今までの雇用関係助成金の枠内であって、それを踏み越えるものではありません。労働行政としてやれといわれれば当然ここまでやるだろうという中身になっています。雇用保険の財源を使う説明がつく限界まで面倒を見ようと。

これに対して、今日決定するらしいフリーランスの休業補償というのは、少なくとも現在まではまったく存在しなかった新たな政策分野を、新型コロナのどさくさで一気に作ってしまうような性格になっているようで、これは注目する必要があります。

https://www.yomiuri.co.jp/politics/20200310-OYT1T50024/ (【独自】緊急策第2弾きょう決定…フリーランスには1日4100円休業補償)

政府は10日、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた緊急対応策の第2弾を決定する。売り上げが急減した中小企業や小規模事業者への特別貸付制度の創設や、学校の一斉休校に伴って休業したフリーランスらの支援が柱となる。 ・・・

・・・学校の一斉休校で、子供の世話のために休業に追い込まれたフリーランスについては、1人当たり1日4100円を補償する方向だ。また、都道府県の社会福祉協議会が無利子で生活費を貸し付ける「生活福祉資金貸付制度」も、通常10万円の貸し付け上限額を20万円に引き上げる。・・・

いやこれ実際どう作るんだろう。被用者と異なるフリーランスの「休業」概念をどう設計するのか、まだ正直イメージが明確になりません。というか、今回ドタバタで作ったものが、今後雇用類似就業者への保護政策として考える出発点に事実上なっていくということなのかも。

(追記)

本日出された新型コロナウイルス感染症に関する緊急対応策第2弾がこれですが、

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/novel_coronavirus/th_siryou/kinkyutaiou2_corona.pdf (本文)

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/novel_coronavirus/th_siryou/kinkyutaiou2_gaiyou_corona.pdf (概要)

そのフリーランスの休業関係のところは、これだけで、まだ詳細は詰まっていないようです。

このため、正規雇用・非正規雇用を問わず、今回の政府の要請を踏ま え、小学校等が臨時休業した場合等に、その小学校等に通う子の保護者 である労働者の休職に伴う所得の減少に対応するため、労働基準法上 の年次有給休暇とは別途、有給(賃金全額支給)の休暇を取得させた企 業に対する助成金(助成割合は 10/10。ただし、日額上限 8,330 円。) を創設する。個人で就業する予定であった方にも、業務委託契約等に基 づく業務遂行等に対して報酬が支払われており、発注者から一定の指 定を受けているなどの要件を満たす場合に支援を実施することとし、 臨時休業した小学校等の子の保護者がこのために就業できなかった日 数に応じて定額(4,100 円/日)を支援することとする。  

とはいえ、政府中枢がやるといってるんだから、とにかくそういう制度を作るんでしょうね。

それにしても「業務遂行等に対して報酬」とか「発注者から一定の指定」とか一字違うと労働者性にかかわる大問題につながりかねない要件(みたいなもの)がさりげに入っていたりするところが興味深いです。

平時であれば雇用労働とフリーランスの壁を超えるのは大変なはずですが、こういう有事であれば四の五の言うやつはいないのでとっととできるんでしょう。

 

 

 

2020年3月 9日 (月)

『季刊労働法』2020年春号

268_h1hp725x1024 今週末に刊行予定の『季刊労働法』2020年春号(268号)の目次が労働開発研究会のサイトにアップされています。

https://www.roudou-kk.co.jp/books/quarterly/8046/

まず、特集は「新しいハラスメント規制の論点」です。

●新しい規制が加わる「ハラスメント」を特集します。ハラスメント規制法をどう評価するか、ILOのハラスメント条約の意義とは、紛争の司法救済の限界と立法の必要性、顧客等第三者からのハラスメントをどう防ぐかなど、多角的な視点で検討します。フリー就労者のハラスメント被害の実態にも言及します。

包括的で実効的なハラスメント規制の原点とは 滋賀大学名誉教授 大和田 敢太

鼎談・ハラスメント新法とその今後 労働政策研究・研修機構副主任研究員(司会) 内藤 忍 弁護士 圷 由美子 成蹊大学教授 原 昌登

ILO条約第190号「仕事の世界における暴力とハラスメントの根絶に関する条約」の意義 日本労働組合総連合会 総合政策推進局長 井上 久美枝

セクシュアル・ハラスメント被害者の司法的救済の限界 弁護士 角田 由紀子

顧客・利用者等によるハラスメントと法的課題 関西大学大学院教授 川口 美貴

フリーランスへのハラスメント実態と防止対策 出版ネッツ 杉村 和美

次の第2特集は、施行が目前に迫った日本版「同一労働同一賃金」のパート有期法です。

◎第2特集 パート有期法の課題
パート有期法8条の射程をめぐる一考察 立教大学准教授 神吉 知郁子
労働者側からみたパート・有期雇用労働法の今後の課題 弁護士 水口 洋介
使用者側からみたパート・有期法における実務上の課題 弁護士 高仲 幸雄
日本型「同一労働同一賃金」の行政解釈等と企業実務対応上の現状と課題 社会保険労務士 北岡 大介 

ということで、残りの論文類をざっとみていきますと、

◎■論説■
改正労働者派遣法による派遣労働者の均等・均衡待遇 法政大学教授 浜村 彰
規範的効力法理の再検討 ―平尾事件最高裁判決を契機として 明治大学法科大学院教授 野川 忍
個別労働紛争を内容とする団体交渉拒否事件における不当労働行為審査手続上の課題 同志社大学教授 土田 道夫 京都府労働委員会 武内 匡

◎■イギリス労働法研究会 第33回■
イギリスの差別禁止法におけるハラスメント規制の展開 ―法規制によるハラスメント予防の可能性と展望― 早稲田大学大学院 浅野 毅彦

◎■アジアの労働法と労働問題 第40回■
イラン労働運動へのアプローチ 法政大学大学院連帯インスティテュート客員教授 鈴木 則之

◎■労働法の立法学 第57回■
職階制-ジョブ型公務員制度の挑戦と挫折 労働政策研究・研修機構労働政策研究所長 濱口 桂一郎

◎■判例研究■
通常の労働時間の賃金と割増賃金の「判別可能性」と「対価性」 洛陽交運事件(大阪高判平成31・4・11労経速2384号3頁) 上智大学教授 富永 晃一
タイムカードがない場合の労働時間の認定と定額残業代特約の有効性 結婚式場運営会社A事件(東京高判平成31年3月28日労判1204号31頁、水戸地土浦支判平成29年4月13日労判1204号51頁) 小樽商科大学教授 國武 英生

◎■キャリア法学への誘い 第20回■
退職・解雇とキャリア意識 法政大学名誉教授 諏訪 康雄

◎■重要労働判例解説■
部門廃止に伴う解雇の効力 大乗淑徳学園事件・東京地判令元・5・23労判1202号21頁 専修大学教授 石田 信平
独身女性に対する広域転勤命令の不法行為該当性 一般財団法人あんしん財団事件・東京高判平31・3・14労判1205号28頁 専修大学法学研究所客員所員 小宮 文人

私の連載は、今回は今や誰からも忘れられた存在である職階制を取り上げました。最近、ネット上で「ジョブ型公務員を目指す」とかなんとかいう文章をちらりと見た記憶がありますが、いやいや終戦直後の日本政府は本気の本気でジョブ型公務員制度を確立しようとしていたんですよ。

あと、このラインナップの中で早く読みたいのが、石田信平さんの判例評釈です。というのは、私もこの大乗淑徳学園事件の評釈を『ジュリスト』4月号に書いているんです。こちらは今月25日に発売ですので、関心のある方は読み比べてみられるといいのではないでしょうか。ちなみに私の評釈には、「ここ笑うところ」というネタが仕込んであります。

 

 

 

 

大橋弘編『EBPMの経済学』

491810 大橋弘編『EBPMの経済学 エビデンスを重視した政策立案』(東京大学出版会)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.utp.or.jp/book/b491810.html

EBPM(客観的な証拠を重視する政策立案)に対する関心が国内外で高まっている.経済学者と現役の政策立案者が,EBPMに求められる取り組みを6つの政策分野において論じる.現状を踏まえた,EBPMに関する議論を活性化するための材料を提供する.

ちょうどまさに今、新型コロナウイルスでエビデンスがどうとかこうとかという話が盛り上がっていますが、本書はそういう医学的エビデンスあるいはより広く自然科学的エビデンスの話というよりも、経済学的エビデンスの話が中心です。第3章がちょうど「医療・介護政策におけるEBPM」ですが、その副題が「医療費適正化政策の施策効果を検証する」ですから。

詳しい目次は上記リンク先にありますが、本ブログの観点から見て見落とせないのは、第2章です。

第2章 労働政策におけるEBPM――労働政策決定の正統性との関連から(神林 龍)
 1.はじめに
 2.旧来型労働政策決定の仕組み
 3.労働政策決定におけるEvidenced Based Policy Making
 4.おわりに

【コメント】労働政策におけるEBPMの可能性(中井雅之)
 1.はじめに
 2.労働政策審議会の三者構成原則とEBPMとの関係
 3.実効ある労働政策の実施のためのEBPMの実装
 4.おわりに
 補論 労働政策の財源について 

そう、神林龍さんはここで、例の三者構成原則との絡みで労働政策におけるEBPMを論じているんですね。

・・・現実的には、EBPMの実装を考えると、労使自治や民主主義的意思決定など日本の労働社会の根幹にある考え方とEBPM的発想との距離を測るのが難しく、どの場面でどのようにEBPMを用いるべきかの判断は定かではない。現状のデータ整備の貧弱さを考えると、一足飛びにEBPM的発想に基づく事前評価を導入するよりも、PDCA的発想に基づく事後的検証を着実に積み重ねるという方向も捨てるべきではないだろう。・・・・

思いつきでぶち上げた政策がその後知らんぷりという傾向の役所もあるだけに、事後的検証の重要性は強調する必要があると思います。

ちなみに、恐らく本書執筆者が想定している経済学的な意味でのエビデンスとはちょっと性格が違うかも知れませんが、6年前にエビデンスなる言葉をタイトルに入れたエッセイを書いたことがありますので、ご参考までに。

https://www.jil.go.jp/researcheye/bn/001_140609.html (エビデンスに基づいた解雇規制論議)

・・・・なお、個々の事案の内容は大変興味深いものがあるのだが、紙幅の関係でここでは触れられない。是非上記報告書に目を通していただきたいと思う。判例集から想像される姿とはまったく異なる日本の職場の実相が、エビデンスと共に伝わってくるはずである。


 

 

2020年3月 6日 (金)

フランス破棄院のUber判決

フランスの破棄院(最高裁)がUber運転手の労働者性を認めたと話題になっていますが、

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO56464250W0A300C2000000/

フランス最高裁(破棄院)は4日、米ウーバーテクノロジーズと同社の運転手に雇用関係があるとの判断を下した。ウーバー側の運転手が自由に働き雇用関係は無いとする主張を退けた。運転手の保護につながる一方、同社の負担増となる可能性がある。世界で広がる同様のビジネスモデルにも影響を与えそうだ。 

世界でいちばん注目されているタクシー型のUber運転手については初の判決なんでしょうが、実はフランス破棄院は一昨年11月に食品のデリバリーのTake Eat Easyの配達人について労働者性を認める判決をしているので、その延長線上の判決だと思われます。

日本でも最近、やたらにUber Eatsのサックを背負って自転車を走らせる人が目につくようになりましたが、そっちに近いのはこのTake Eat Easyですね。

興味深いのは、フランスのマクロン政権は去る2019年11月にモビリティ法という法律を作り、プラットフォーム事業者が憲章と呼ばれる契約のひな形をつくって適切なルールを設定すれば、労働者としての性質決定をしないということにしたにもかかわらず、平然とそれを踏みにじって(?)淡々とこれまで通りの労働者性判断をやったという点が興味深い点だと思いますね。

 

 

家事使用人の適用除外(お蔵出し)

弁護士ドットコムニュースに、「なぜ「家政婦」は労基法の対象外なのか? 国を相手に、前例のない裁判始まる」という興味深い記事が出ています。

https://www.bengo4.com/c_5/n_10885/

家政婦はなぜ労働基準法の適用対象外なのかーー。東京都で家政婦と訪問介護ヘルパーとして働いていた女性(当時68歳)が亡くなったのは長時間労働が原因だとして、女性の夫が3月5日、国を相手に労災認定を求めて東京地裁に提訴した。
住み込みの家政婦など「家事使用人」については、労働基準法が適用されない。そのため、労災を請求したものの、遺族補償給付を支給しないという判断がされていた。
提訴後、東京・霞が関の司法記者クラブで会見を開いた女性の夫は、「国は、高齢者の介護を仕事としていた亡き妻に、労働者ではないと決定を下しました。人間としての扱いをしてもらいたいと思います」と訴えた。・・・・

家事使用人はもちろん、れっきとした労働者ではありますが、労働基準法が適用されないたった二つのカテゴリーの一つです。

実はこの問題については、今から6年前に、入管法改正のからみでちょびっと論じたことがあります。

まず一つは、2014年8月8日のWEB労政時報に寄稿した「家事使用人の適用除外」という文章です。やや文脈は違いますが、問題になっている事柄の本質は変わりませんので、参考までにお蔵出ししておきたいと思います。

 長らく労働法の関心事項から外れ、ほとんど忘れ去られていたある問題が、昨今いくつかの動きをきっかけにして注目を集め始めています。それは、「家事使用人」への労働基準法適用除外の問題です。

 この問題を今日真剣に考えなければならなくなっている理由の一つが、今年6月に成立した改正出入国管理及び難民認定法において、高度専門職という在留資格を新設し、この高度人材外国人が外国人の家事使用人を帯同することを認めることとしたからです。帯同を認めること自体は出入国管理政策の問題ですが、こうして日本で就労することとなる家事使用人は、労働基準法が適用されないことになってしまいます。労働法の隙間をそのままにして外国人労働者を導入してよいのかという問題です。

 さらに、今年6月に閣議決定された「『日本再興戦略』改訂2014」においては、「女性の活躍促進、家事支援ニーズへの対応のための外国人家事支援人材の活用」というタイトルの下、「日本人の家事支援を目的とする場合も含め、家事支援サービスを提供する企業に雇用される外国人家事支援人材の入国・在留が可能となるよう、検討を進め、速やかに所用の措置を講ずる」という政策が示されており、家事使用人雇用の拡大が打ち出されているのです。

 一方、2011年のILO(国際労働機関)第100回総会で、家事労働者のディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)に関する第189号条約が採択されているという状況もあります。全世界的に家事使用人の労働条件をめぐる問題が政策課題として意識されつつあるのです。

 周知の通り、現行労働基準法116条2項は「この法律は、同居の親族のみを使用する事業及び家事使用人については、適用しない」と規定しています。これは、制定当時は適用事業の範囲を定める8条の柱書きのただし書きでした。当時は17号に及ぶ「各号の一に該当する事業又は事務所について適用する」とした上で、従って事業や事務所に該当しない個人家庭は対象外であることを前提としつつ、適用事業であっても家事使用人には適用しないという立法でした。1998年改正で8条は削除されたので、現在は単純に家事使用人という就労形態に着目した適用除外です。

 厚生労働省のコンメンタール(逐条解説)は、この規定に関して、次のような通達を示しています。

「法人に雇われ、その役職員の家庭において、その家族の指揮命令の下で家事一般に従事している者は、家事使用人である」(昭63.3.14基発第150号 婦発第47号)
「個人家庭における家事を事業として請け負う者に雇われて、その指揮命令の下に当該家事を行う者は家事使用人に該当しない」(前掲通達)

 おそらく、上記「『日本再興戦略』改訂2014」における記述(「家事支援サービスを提供する企業に雇用される外国人家事支援人材」)は、この通達を根拠として、労働基準法が適用除外される家事使用人には当たらないようにすればいいのだ、と考えているのでしょう。しかし、それは本当に大丈夫なのでしょうか。

 この通達の文言をよく読むと、「請け負う者に雇われて、その指揮命令の下に」と書いてあります。雇用されるだけではダメなのです。指揮命令を受けなければなりません。それはそうですよね。請負と称していながら請負業者ではなく派出された先の家庭の家族の指揮命令を受けていたのでは、まさに偽装請負になってしまいます。

 しかし、考えてください。家庭の家事一般を、その家庭の家族の指揮命令を受けないでやってのけるというのは、どういう状況なのでしょうか。掃除とか調理とかの、あらかじめ限定された特定の家事行為のみを、あらかじめ定められたマニュアルに従って、派出先の家族の指揮命令は受けないで行うということはあり得るかも知れません。しかし、その家庭の家事一般について、家族の指揮命令を受けないでやるというのは、なかなか想像がつきません。

 この問題はいい加減に誤魔化(ごまか)して進めていくと、どこかで大問題として破裂するように思われます。今からきちんと問題意識を持って取り組んでいく必要があるのではないでしょうか。  

もう一つ、『労基旬報』の同年8月25日号では、同じトピックを少し異なる視点から取り上げています。

 長らく労働法の関心事項から外れ、ほとんど忘れ去られていたある問題が、昨今いくつかの動きから注目を集め始めています。それは、「家事使用人」への労働基準法適用除外の問題です。

 周知の通り、現行労働基準法第116条第2項は「この法律は、同居の親族のみを使用する事業及び家事使用人については、適用しない。」と規定しています。これは、制定当時は適用事業の範囲を定める第8条の柱書きの但し書きでした。当時は17号に及ぶ「各号の一に該当する事業又は事務所について適用する」とした上で、従って事業や事務所に該当しない個人家庭は対象外であることを前提としつつ、適用事業であっても家事使用人には適用しないという立法でした。1998年改正で第8条は削除されたので、現在は単純に家事使用人という就労形態に着目した適用除外です。

 この規定の解釈が争われた珍しい事件の判決が昨年ありました。医療法人衣明会事件(東京地判平25.9.11労判1085-60)です。ベビーシッターを家事使用人ではないとしたその判断には法解釈的には大いに疑問がありますが、むしろ家事使用人であれば労働基準法を適用しなくてもよいという67年前の立法政策を今日なお維持し続ける理由があるのか?という法政策的な課題を突きつけていると考えるべきではないかと思われます。

 この問題を今日真剣に考えなければならなくなっている理由の一つが、今年6月に成立した改正出入国管理及び難民認定法において、高度専門職という在留資格を新設し、この高度人材外国人が外国人の家事使用人を帯同することを認めることとしたからです。帯同を認めること自体は出入国管理政策の問題ですが、こうして日本で就労することとなる家事使用人は、労働基準法が適用されないことになってしまいます。労働法の隙間をそのままにして外国人労働者を導入してよいのかという問題です。

 さらに、今年6月に閣議決定された「日本再興戦略改訂2014」においては、「女性の活躍促進、家事支援ニーズへの対応のための外国人家事支援人材の活用」というタイトルの下、「日本人の家事支援を目的とする場合も含め、家事支援サービスを提供する企業に雇用される外国人家事支援人材の入国・在留が可能となるよう、検討を進め、速やかに所用の措置を講ずる」という政策が示されており、家事使用人雇用の拡大が打ち出されているのです。

 一方、2011年のILO第100回総会で、家事労働者のディーセントワークに関する第189号条約が採択されているという状況もあります。全世界的に家事使用人の労働条件をめぐる問題が政策課題として意識されつつあるのです。

 この問題に対する関心は一般にはなお高くありませんが、東海ジェンダー研究所が出している『ジェンダー研究』第16号(2014年2月刊行)に掲載されている坂井博美氏の「労働基準法制定過程にみる戦後初期の『家事使用人』観」という論文は、『日本立法資料全集』(51-54)を利用して、家事使用人の適用除外規定がいかに、そしてなぜ設けられたのかを綿密に検証しています。これを見ると、労務法制審議会では労働側委員だけでなく学識経験者の末弘厳太郞や桂皋も「家事使用人に適用しないこと反対、別の保護規定を設けよ」と主張していますし、国会でも荒畑寒村が「日本の女中というものは、ほとんど自分の時間が無い。朝でも昼でも晩でも、夜中でも、命じられれば仕事をしなければならぬ。・・・これこそ私は本法によって人たるに値する生活を多少ともできるように、保護してやらなければならぬだろうと思うのであります」と質問するなど、問題意識はかなりあったようです。

 同論文で興味深いのは、米軍駐留家庭の日本人メイドをめぐる問題です。占領初期には他の占領軍労働者と同様日本政府が雇用して米軍が使用するという間接雇用でしたが、1951年にメイドは直接雇用となったのです。そうすると突然国家公務員から労働法の適用もない存在になってしまいました。彼女らは全駐労に加入して運動しましたが、適用除外を変えることはできませんでした。

 一方職業安定行政においては、1959年に神田橋女子公共職業安定所が「女中憲章」を作成し、次のような7項目の求人条件のガイドラインを示したそうです。

①労働時間は1日12時間を超えない。
②休日は月2日以上。このほか年間7日以上の有給休暇。・・・

 裏返せば、こうした最低基準すら保障されていないということです。

 一点余計なことを付け加えておきますと、労働基準法とともに施行された労働基準法施行規則第1条には、法第8条の「その他命令で定める事業又は事務所」として、「派出婦会、速記士会、筆耕者会その他派出の事業」というのがありました。派出婦というのは家政婦のことですから、家事使用人に該当します。派出婦会が適用事業であっても、派出婦が家事使用人である限り適用されないことになるので、わざわざ派出婦会を規定していた意味はよく理解できませんが、1998年に法第8条が各号列記でなくなったため、この規定も削除されました。それにしても、労働者派遣法が成立するはるか以前からその成立後もしばらくの間、「派出」という他の労働法令には存在しない用語が生き続けていたのも興味深いところです。この「派出」と職業安定法でいう「労働者供給」との関係はどのように整理されていたのでしょうか。  

 

2020年3月 5日 (木)

内田良他『迷走する教員の働き方改革』

498531 内田良・広田照幸・高橋哲・嶋崎量・斉藤ひでみ『迷走する教員の働き方改革 変形労働時間制を考える』(岩波ブックレット)をお送りいただきました。

https://www.iwanami.co.jp/book/b498531.html

2021年度より公立学校教員への導入が可能になった「1年単位の変形労働時間制」。この制度は教員の多忙化解消につながらないどころか、さらに多忙化を進展させる可能性すら含んでいる。本書では、学校がおかれている実情や法制度を踏まえつつ、この制度の持つ問題点について、現場教員を含む様々な視点から論じる。・・・

学校教師、正確に言えば地方公務員たる公立学校教員の労働時間制度の問題については、私も関心を持ち、本ブログでも何回か取り上げてきました。その意味では、まことに時宜に適した書と褒めるべきなのかも知れません。

でも、正直言うと、問題の本質が何よりも給特法に、より正確に言えば、超勤4項目以外の残業は教師が好き勝手にやってんだから時間外労働に非ずなどという、公立学校の世界を一歩出たら絶対に通用しない訳の分からない理屈が堂々とまかり通っている点にこそあるのであって、昨年の改正で導入された1年単位の変形労働時間制が諸悪の根源みたいな本の作りはいかがなものかと思わざるを得ません。だって、(労使協定じゃないとかいくつか問題点はあるとはいえ)変形労働時間制自体は公立学校という特殊空間以外の普通の労働者の世界でも普通に行われているものですからね。

世間に出たら絶対に通用しない代物と、世間でもわりと普通に通用している代物を、前者は公立学校では今まで常識であったけれども、後者は今まで存在していなかったからなどという特殊空間的感覚で、そっちばかり叩いているような本の作りをしているようでは、正直あまり評価できません。きついようだけど、それが正直な感想です。

とはいえ、この本なかなか有用です。特に、第2章の広田さんの給特法の起源を解説したところと、第3章の髙橋さんの給特法の矛盾を摘出しているところは、この問題を端的に分かりやすく解説していて、是非世に広めたいですね。

第2章 なぜ、このような働き方になってしまったのか――給特法の起源と改革の迷走 広田照幸
1 給特法の成立過程――ボタンの掛けちがい
2 三十年以上にわたる教育改革疲れ――業務の水膨れ
3 広がる教員の業務範囲
4 上に弱く、下に強い文科省の構造
5 学び続ける教員であるために

第3章 給特法という法制度とその矛盾 髙橋哲
はじめに
1 勤務時間管理の基本ルール
2 給特法の法的特徴
3 文科省の示す労働時間概念の問題
4 給特法下での三六協定の可能性
おわりに:給特法問題のあるべき「出口」 

972 せっかくなので、ついでに広田さんが最近編著で出された本についても言及しておきますね。

それは、広田照幸編『歴史としての日教組』(上巻)(下巻)(名古屋大学出版会)です。

https://www.unp.or.jp/ISBN/ISBN978-4-8158-0972-0.html

973 これも、正直言って大変失望しました。なぜって、この上下2巻を通じて、日教組という団体はほとんどもっぱら路線対立に明け暮れる政治団体みたいに描かれていて、それこそ、このブックレットで取り上げている学校教師の超勤問題への取組みや、あるいは『働く女子の運命』で取り上げた女性教師の育児休業問題といった、まさに労働者としての教師の労働組合たる所以の活動領域がすっぽりと抜け落ちてしまっているからです。いやいや、日教組って、ちゃんと教師は労働者であると主張して、その労働条件を守るべく(法律の制約の中で)闘ってきた労働組合なんですよ。そんじょそこらの政治スローガンをわめいているだけのイデオロギー団体ではないのです。

上巻の最後に、広田さんが「「日教組=共産党支配」像の誤り」を論じているんですが、いやそんな「ニッキョーソ!、ニッキョーソ!」みたいな噺じゃなくって、もっと大事な話があるんじゃないかと、読みながら何遍も思いましたよ。

なんだか話が散乱してしまいましたが、給特法の問題をざっと頭に入れるには手ごろな本であるのは確かなので、本屋さんで見かけたら是非。

いずれにしてもファシストでいらっしゃいますよね

https://twitter.com/sociologbook/status/1235364009609768965

いやしかしこれすごいな。爆笑するわ。「いずれにしてもファシストでいらっしゃいますよね」って、・・・・ 

なんとなくデジャビュ感があったので、本ブログを検索してみたらこんなのがありました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-c8ad.html (『情況 思想理論編』第1号)

1106227836 ・・・ここでもまた、論者たちの善意は疑いをいれない。しかし、濱口の自覚的にファシスト的な提言に明らかなように、その「全員参加」の「民主主義」は、既存の社会分業体制を前提とし、その体制の中で合意形成を図り、冨の再分配を実現しようとするもので、既存の分業体制・生産関係そのものを改編するつもりはハナからないことは確認しておくべきだろう。・・・ 

日本版O-NETが3月19日に開始されます

先日、日本版O-NETがまもなくスタートするというプレスリリースがありましたが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/02/post-3e5388.html (日本版O-NET、間もなくスタート)

一昨日、開始するのが3月19日(木)だというプレスリリースが流れました。

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000003.000054375.html

未来投資戦略(2018.6.15閣議決定)に掲げられ、労働市場の「見える化」をめざして開発が進められてきた「職業情報提供サイト」(日本版O-NET)が、3月19日(木)よりオープン致します。  

本サイトには、①職業検索、②キャリア分析、③人材採用支援、④人材活用シミュレーションなどの機能が搭載されています。
また、「学生」、「求職者・在職者」、「キャリアコンサルタント」、「企業の人事担当者」と、幅広い方を対象としており、多くの場面で当サイトの活用が期待されています。

というわけで、リンク先にはいくつかの画面のスクショが載っています。

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2020年3月 4日 (水)

『労働六法2020』

506339 えーと、わたくしは立場上、旬報社のこちらよりも、JILPTで出している『労働関係法規集』を買って下さい、と言わなくてはいけないんですけどね。大きさや厚さも、JILPT版の方が携帯用には手頃ですし。そっちも今月末に刊行されます。

なんですが、実はこちらの旬報社版にはなぜか創刊当時からEU法のコーナーがあって、条約のほかいくつもの指令を収録しております。で、今年の版では、育児休業指令がワークライフバランス指令に入れ替えたほか、新たに透明で予見可能な労働条件指令と、EU法違反通報者保護指令を収録しております。やや玄人向けかも知れませんが、もし関心のある方がいれば、ご利用いただければ幸いです。

 

年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律案

新型コロナが猛威を振るう真っ最中ですが、昨日「年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律案」が閣議決定され、国会に提出されたようです。

一読まったく理解不可能なカギカギ改める条文はこれですが、

https://www.mhlw.go.jp/content/000601828.pdf

少し読みやすい法案要綱はこちら。

https://www.mhlw.go.jp/content/000601827.pdf

とりあえず大まかに全体像を理解したい方はこちら。

https://www.mhlw.go.jp/content/000601826.pdf

さて、このように今回の改正は、短時間労働者へ被用者保険の適用拡大を中心とし、受給開始時期や在労も含まれるなど、労働政策との関係がとても深いものになっています。

Nenkin_20200304085201 そこで、去る1月に、これまでの年金法政策の歴史を労働法政策と関わる部分に焦点を絞って簡単に取りまとめたのが、この労働政策レポートです。

https://www.jil.go.jp/institute/rodo/2020/013.html

厳密な意味での新たな事実発見はない。厚生年金保険法には元々臨時日雇労働者の適用除外は存在したが、短時間労働者は適用除外されていなかった。1980年の課長内翰でこれが適用除外されたが、その背景には日経連の要望、雇用保険法の取扱い、健康保険法における被扶養者の扱い等があった。21世紀以降、非正規労働者の均等均衡処遇が労働政策の課題となる中で、短時間労働者への厚生年金の適用拡大が繰り返し試みられ、2012年改正で実現したがなお多くの中小企業が除外されており、その拡大が目指されている。

本文はここからダウンロードできます。

https://www.jil.go.jp/institute/rodo/2020/documents/013.pdf

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2020年3月 3日 (火)

中東欧の過疎化

Img_month_20200303204401 『生活経済政策』3月号は、「ヨーロッパ左翼の現在—台頭する左派ポピュリズム」が特集で、一昨日送っていただいた水島治郎編著『ポピュリズムという挑戦』と合わせ読むとまたなかなか面白いものもあるのですが、

http://www.seikatsuken.or.jp/monthly/index.html

特集 ヨーロッパ左翼の現在—台頭する左派ポピュリズム
冷戦後ヨーロッパの左翼政党—ルーク・マーチによる比較分析/中北浩爾
ドイツ左翼党—政党政治再編成の中での新たな役割/小野一
スウェーデンの左派政党—社民党・左翼党・環境党の関係を中心に/渡辺博明
フランス左翼の危機—変革へのオルタナティブは存在するのか?/畑山敏夫
イタリア左翼政党の現在/池谷知明
スペインとポルトガルの左翼政党—危機の中での再生?/武藤祥 

でも今回は巻頭言を紹介。

明日への視角
中・東欧諸国の過疎化/木村陽子 

木村さんがブルガリアを訪れた際、ガイドは「100万人が国を出ていきました」と語ったそう。1989年の900万人から現在は700万人にまで人口が減ったそうな。

何が起こったのか。かつて東北地方で起こったのと同じ過疎です。

EU統合の光と影といったとき、我々はつい、その「影」をたとえばブレグジットに突っ走ったイギリスなどのような先進国の目で見がちです。中東欧からどやどやと貧しい奴らがやってきて俺たちの仕事を奪う、というように、イギリスの影の反対側では中東欧ではそれが光であるようについ思いがちですが、いやそれもある面からは影なんですね。

EU統合で人の移動が自由になるということは、つまりEU全体がまるでかつての日本と同じで、東北地方から人がどやどやとやってくるように、中東欧から先進国へ人がやってくるということです。それは東北地方や中東欧に過疎をもたらします。

この先一体どうなるのか。

・・・・EUが形成された最大の目的は欧州に平和と安定をもたらすというのである。しかし、ドイツが栄え、中東欧諸国が過疎化し、仕送り国家になりかねない政策の行く末は、やがて安全保障にも響いてくるのではないだろうか。

つい、見落としがちな視点だけに、これがちゃんと頭に置いておかねばなりますまい。

 

2020年3月 2日 (月)

新型コロナウイルス感染症に係る小学校等の臨時休業等に伴う保護者の休暇取得支援(新たな助成金制度)

最近はいきなり上から降ってくる仕事をとにかく何が何でもがむしゃらにこなすという仕草がすっかり板についてきた厚生労働省が、恐らく週末に頭を絞って作った「新たな助成金」の枠組み。

育児休業の応用編ということで、担当は雇用環境・均等局の職業生活両立課です。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_09869.html

https://www.mhlw.go.jp/content/12600000/000601848.pdf

●事業主
①又は②の子の世話を行うことが必要となった労働者に対し、労働基準法上の年次有給休暇とは別途、有給(賃金全額支給(※))の休暇を取得させた事業主

① 新型コロナウイルス感染拡大防止策として、臨時休業した小学校等(※)に通う子
※小学校等:小学校、義務教育学校(小学校課程のみ)、特別支援学校(高校まで)、放課後児童クラブ、幼稚園、保育所、認定こども園等
② 風邪症状など新型コロナウイルスに感染したおそれのある、小学校等に通う子

●支給額:休暇中に支払った賃金相当額× 10/10
※ 支給額は8,330円を日額上限とする。
※ 大企業、中小企業ともに同様。

●適用日:令和2年2月27日~3月31日の間に取得した休暇
※雇用保険被保険者に対しては、労働保険特会から支給、それ以外は一般会計から支給

学校が休みなので親が子供の面倒を見なければならないのは原則として小学校6年生までという整理ですね。

 

 

水町勇一郎『労働法第8版』

L24336 昨年、超絶ぶっとい『詳解労働法』(東大出版会)を出したばっかりの水町さんが、そんなことはなかったかのように平然と2年おきのルール通り、有斐閣版のテキスト『労働法』の第8版目です。

http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641243361

大きく変容しつつある労働法の理論と動態を描出。法令改正や判例の最新の動きをフォローし内容の充実を図るとともに,細かな記述を整理して,労働法の全体像とエッセンスを明快に提示することに意を用いた。スリムアップしてさらに読みやすくなった,最新第8版。

いや、さすがに超絶ぶっとい本との差別化を図るためか、2年前の第7版から約1割ほど減量しています。

第1編 労働法の歴史と機能
 第1章 労働法の歴史
 第2章 労働法の機能
第2編 労働法総論
 第1章 労働法の基本構造
 第2章 労働法上の当事者
 第3章 労働法の法源
第3編 雇用関係法
 第1章 雇用関係の変遷
 第2章 雇用関係の内容
 第3章 非正規労働者に関する法
第4編 労使関係法
 第1章 労使関係の基本的枠組み
 第2章 団体交渉促進のためのルール
第5編 労働市場法
 第1章 雇用仲介事業の規制
 第2章 雇用政策法
第6編 労働紛争解決法
 第1章 日本の労働紛争の特徴
 第2章 労働紛争解決システム

 

2020年3月 1日 (日)

水島治郎編『ポピュリズムという挑戦』

496853 水島治郎編『ポピュリズムという挑戦 岐路に立つ現代デモクラシー』(岩波書店)をお送りいただきました。ありがとうございます。

https://www.iwanami.co.jp/book/b496853.html

かつて周辺的な位置にあったポピュリスト勢力は、今日世界各国で議会政治に参入し、存在感を増している。ヨーロッパ、アメリカ、そして日本で民主主義への挑戦を続けるポピュリスト勢力の現在を詳細に分析し、政治の行方を展望する。 

水島さんの『ポピュリズムとは何か』は世界各地のポピュリズムの見取り図を与えてくれる本でしたが、それをそれぞれの諸国の専門家がより詳しく解説してくれる本と言えます。

はじめに……………水島治郎
第Ⅰ部 ポピュリズムとは何か
 第1章 「主流化」するポピュリズム?――西欧の右翼ポピュリズムを中心に……………古賀光生
 第2章 中間団体の衰退とメディアの変容――「中抜き」時代のポピュリズム ……………水島治郎
 第3章 遅れてきたポピュリズムの衝撃――政党政治のポピュリズム抑制機能とその瓦解?……………今井貴子
第Ⅱ部 揺れるヨーロッパ
 第4章 「ドイツのための選択肢(AfD)」の台頭 ……………野田昌吾
 第5章 フランス選挙政治――エマニュエル・マクロンとマリーヌ・ルペンの対決 ……………土倉莞爾
 第6章 イタリアにおける同盟の挑戦――「主流化」をめぐるジレンマへの対応 ………………伊藤武
 第7章 オーストリアにおけるクルツ政権の誕生――主流政党のポピュリズム化とポピュリスト政党の主流化 ……………古賀光生
第Ⅲ部 民主主義への挑戦――ローカルからグローバルへ
 第8章 地方選挙での苦悩―― 二〇一八年オランダ自治体議会選挙で自由党はなぜ負けたのか ……………作内由子
 第9章 直接民主主義(国民投票)とポピュリズム――スイスの事例で考える ……………田口 晃
 第10章 革命と焦土――二〇一七年フランス大統領・下院選挙の衝撃 ……………中山洋平
 第11章 トランプ時代のアメリカにおけるポピュリズム ……………西山隆行
 第12章 地域からのポピュリズム――橋下維新、小池ファーストと日本政治 ……………中北浩爾
おわりに……………水島治郎 

こうしてみると、やはり欧米風のポピュリズムが大阪維新や都民ファーストという地域レベルにとどまっている日本の特殊性が目立ちます。いや、国政レベルも実はすごくポピュリスティックではあるんですが、その現われ方がなぜ異なるのか。

・・・このようなトレード・オフは、保守系首長を党首とする新党である以上、自民党が大きく分裂し、例えば安倍や石破など有力議員を取り込むことができた場合には、弱まったはずである。しかし、そうした切り崩しは実現しなかった。・・・結局のところ、農村部に安定した支持基盤を持ち、公明党と緊密に連携する自民党の優位は、国政では堅固であった。大阪、東京という大都市から生じた新自由主義ポピュリズムは、その分厚い壁に跳ね返されたのである。

 

『月刊経団連』3月号

202003_coverthumb140xauto10726 『月刊経団連』3月号は、「エンゲージメントと価値創造力の向上 ―2020年春季労使交渉・協議に向けて」が特集ですが、

http://www.keidanren.or.jp/journal/monthly/2020/03/

座談会:Society 5.0時代を切り拓くエンゲージメントと価値創造力の向上
大橋 徹二 (経団連副会長、経営労働政策特別委員長/コマツ会長)
岡本 毅 (経団連副会長、雇用政策委員長、教育・大学改革推進委員長/東京ガス相談役)
畑中 好彦 (経団連審議員会副議長、イノベーション委員長/アステラス製薬会長)
武石 恵美子 (法政大学キャリアデザイン学部教授) 

ワーク・エンゲイジメントの向上に向けて 加藤勝信(厚生労働大臣) 

「経済の自律的成長」「社会の持続性」実現のために、分配構造の転換につながり得る賃上げに取り組む ―2020春季生活闘争の意義と役割 神津里季生(日本労働組合総連合会会長) 

持続可能な社会に向けて徳島の挑戦 林 香与子(徳島県経営者協会会長/マルハ物産会長) 

日本型雇用システムの今後 濱口桂一郎(労働政策研究・研修機構(JILPT)労働政策研究所長) 

アウトプット重視の働き方改革 大橋智加(パナソニックコネクティッドソリューションズ社人事・総務担当常務) 

トヨタ生産方式で全業務を見直せ―良き伝統をさらに磨き、悪しき習慣を断絶せよ 瀧 康洋(水明館代表取締役) 

日吉の働き方改革に見るダイバーシティ―中小企業だからこそできる不断のイノベーション 大角浩子(日吉総務課課長) 

2020年版経営労働政策特別委員会報告―Society 5.0時代を切り拓くエンゲージメントと価値創造力の向上 (経団連労働政策本部) 

というわけで、わたくしも「日本型雇用システムの今後」というタイトルで寄稿しております。

http://www.keidanren.or.jp/journal/monthly/2020/03/p28.pdf

日本型雇用に対する評価の変遷
日本型雇用の本質的な課題~メンバーシップ型とジョブ型
専門能力を活用するジョブ型正社員の中核化 

歴史を概観した前半に続き、後半でこう述べて、25年前のアイディアをもう一度思い出してみたら?と問いかけております。 

・・・・日本型雇用システムに対する改革論の本丸は、職務無限定のメンバーシップ型正社員でも家計補助的非正規労働者でもない、欧米やアジア諸国では一般的なジョブ型正社員をいかに広げていくかである。しかし、それが非正規労働者の救済策として持ち出されたことも影響してか、旧来の正社員モデルに固執し、ジョブ型正社員をメンバーシップ型正社員よりも格落ちであるかのようにみなす発想が牢固として根強く、なかなか広がっていく気配がない。会社への帰属よりも専門的な職務で職業人生をわたっていくという本来のジョブ型のモデルが、日本社会では今なお周縁化されているのである。

 改めて振り返ってみると、今から25年前の『新時代の「日本的経営」』は功罪含めて示唆するところが大きい。そこでは「長期蓄積能力活用型」と「雇用柔軟型」の間に「高度専門能力活用型」の創設が提起されていた。これが両者の中間におかれているのは、その定着性(裏返せば流動性)の観点からであって、その社会的地位がメンバーシップ型正社員とパート・アルバイトの中間という意味ではなかったはずである。ところがこの四半世紀、「契約社員」という名の新たな非正規労働者は明らかにメンバーシップ型正社員の下に位置付けられ、パート・アルバイトと大して変わらないような存在となってきた。高給の「働かないおじさん」の隣で、薄給の非正規労働者たちが主戦力化しているという、現代日本のあちこちで見られる光景は、日本社会がやるべきであったのにやってこなかったことがなんであるのかを雄弁に物語っている。メンバーシップ型正社員をそのままにして、その下に申し訳程度にジョブ型正社員をくっつけるというような解法はもはや通用しがたい。

 今日喫緊の課題となっている日本型雇用システム改革の切り口として、この25年前の「高度専門能力活用型」を中核に位置付ける形で改めて見直してみてはどうか。必ずしも「高度」でなくても、専門能力を活かし、専門分野で生きていく職業人生の在り方を、(あえて別様に定めない限り)労働者の基本モデルとして中核化するのである。その場合、具体的な専門能力を欠く抽象的な長期蓄積能力などというものは一切認められないこととなろう。

 もっとも人事の現場にとっては、現に新卒一括採用で入「社」しているメンバーシップ型正社員をいかにして専門能力活用型のジョブ型正社員に移行させていくかが、最大の課題にならざるを得ない。人口の高齢化に対応して、65歳を超えて70歳まで就業する社会が求められる中では、例えば30代のような職業人生の早い段階で自分のライフワークとなるべき専門職を見いだし、ジョブ型のトラックに乗り換えることが必要になるだろう。それを会社がどこまで支援できるのか、それとも邪魔をするのか、が問われることになろう。

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