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2020年2月25日 (火)

『ビジネス・レーバー・トレンド』3月号

202003 『ビジネス・レーバー・トレンド』3月号は「女性の活躍促進」が特集です。

https://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2020/03/index.html

巻頭には、昨年11月5日の労働政策フォーラムの報告とディスカッションの記録が載っています。

労働政策フォーラム 女性のキャリア形成を考える――就業形態・継続就業をめぐる課題と展望
【基調講演】女性活用「短時間正社員」の重要性
脇坂 明学習院大学経済学部 教授
【研究報告】育児期女性の職業中断――子育て世帯全国調査から
周燕飛JILPT主任研究員
【事例報告1】女性のキャリア形成を考える
斉之平 伸一三州製菓株式会社 代表取締役社長
【事例報告2】女性の活躍支援に向けた当社の取り組み
村上 治也明治安田生命保険相互会社 人事部ダイバーシティ推進室主席スタッフ
【事例報告3】
女性のためのスマートキャリアプログラム――女性の仕事復帰・キャリアアップを支援
小川 智由明治大学商学部教授
【パネルディスカッション】
コーディネータ濱口 桂一郎 JILPT研究所長  

Blt03

これの読みどころは、パネルディスカッションで、司会の私が明治安田生命の村上さんにこう聞いて、

村上さんには、明治安田生命の女性管理職比率について伺いたいと思います。多くの日本企業は遅い選抜を行っていて、それは女性管理職比率を上げたくても、仕込んでから大分時間がかかることを意味します。他方、明治安田生命ではシート1(P46・当社の女性管理職比率推移および目標)にあるように、非常に早いスピードで女性管理職の比率が上がっています。これは、どのように実現されたのですか。

これに答えた村上さんの発言がなかなかすごいものでした。

社内FA制度について、女性の応募者について分析したところ、子どもの年齢が18歳もしくは22歳の女性の応募者が非常に多いという共通点があることに気付きました。子どもが手離れしてから管理職になろうと思った人がとても多かったのです。

この「遅い昇進」ならぬ「超遅い昇進」には、聴衆の皆さんもびっくりされていました。労務屋さんも、御自分のブログにこう書かれています。

https://roumuya.hatenablog.com/entry/2019/11/06/171533 (JILPT労働政策フォーラム「女性のキャリア形成を考える」 )

 

 

 

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コメント

> 賃金は相対的に高くなくても働きやすさが優れていれば総合的な労働条件としては魅力的になりうる
https://roumuya.hatenablog.com/entry/2019/11/06/171533

これは、良い意味でのノンエリート的働き方です。
そして、「多くの女性」に適した働き方でしょう。
女性をエリートの仲間に入れるべき、などと言う、
フェミニズム(の主流派)は何の役にも立たないと
思いますね。

女性活躍社会殿

>> 賃金は相対的に高くなくても働きやすさが優れていれば総合的な労働条件としては魅力的になりうる
> https://roumuya.hatenablog.com/entry/2019/11/06/171533
>これは、良い意味でのノンエリート的働き方です。
>そして、「多くの女性」に適した働き方でしょう。

女性活躍社会殿は、このような働き方は「多くの男性」には適していない とお考えでしょうか?


>女性をエリートの仲間に入れるべき、などと言う、フェミニズム(の主流派)は何の役にも立たないと思いますね。

私はフェミニズムに関しては素人ですが、フェミニズム(の主流派)は 全ての女性をエリートの仲間に入れるべき と主張しているのではなく、(エリートとしての)能力のある女性はエリートの仲間に入れるべき と主張しているのではないでしょうか?
もちろん、(エリートとしての)能力のある女性はごく一部の女性だと思いますが、(エリートとしての)能力のある男性もごく一部の男性だと思います。

横から、失礼します。

「多くの男性」もエリート的な働き方は不向きでしょう。
それ以上に、「多くの女性」は不向きでしょう。

ただ、これを正確に理解するには「エリート的働き方」と
いう言葉で、どんなことを言っているのか?、をまず理解
する必要がありますが、今の場合、賃金は相対的に高いが
「無制限的な働き方」と理解すれば良いでしょう。そこで、
「無制限的な働き方に向いてる」=「優秀」という論理に
無自覚に嵌まっているのが、フェミニズム(の主流派)と
いうことでないでしょうか?

> 賃金は相対的に高くなくても働きやすさが優れていれば総合的な労働条件としては魅力的になりうるという話だろうと思います。それを求める優秀な人材を集めようとするなら十分有効な戦略だ
https://roumuya.hatenablog.com/entry/2019/11/06/171533

「優秀」=「無制限的な働き方に向いてる」という論理は
「日本限定」で広く共有されている「常識」なのですが、
この日本限定の常識を(無自覚に)前提として、(男性と
同様に?)女性は優秀であると主張をすることは、(その
論理的必然として、女性は無制限的な働き方に向いてると
いうトンデモない主張を結果的に含意してしまうので、)
社会悪にしかならないということでしょう

無制限的な働き方殿

>「多くの男性」もエリート的な働き方は不向きでしょう。
>それ以上に、「多くの女性」は不向きでしょう。

無制限的な働き方殿は、なぜ男性よりも女性のほうがエリート的な働き方に不向きな人が多いとお考えなのでしょうか?


>ただ、これを正確に理解するには「エリート的働き方」という言葉で、どんなことを言っているのか?、をまず理解する必要がありますが、今の場合、賃金は相対的に高いが「無制限的な働き方」と理解すれば良いでしょう。
>そこで、「無制限的な働き方に向いてる」=「優秀」という論理に無自覚に嵌まっているのが、フェミニズム(の主流派)ということでないでしょうか?

フェミニズム(の主流派)が、女性をエリートの仲間に入れるべき と主張するのは、フェミニズム(の主流派)が、「無制限的な働き方に向いてる」=「優秀」という論理に無自覚に嵌まって、「女性は無制限的な働き方に向いてる」=「女性は優秀」と考えているからでしょうか?
医師がエリートかは分かりませんが、少し前に医学部入試の合否判定で男性の受験者を女性の受験者よりも優遇していた事がありました。
男性を優遇する理由として、
  医師は無制限的な働き方が必要で、女性は男性より無制限的な働き方に向いていない
という事を挙げた人がいました。フェミニズム(の主流派)の方も男性優遇に抗議していたと思いますが、その理由は 
  女性も男性のように無制限的な働き方に向いてる 
という事ではなく
  無制限的な働き方に向いてるという事を判断基準にすること自体がおかしい
  (無制限的な働き方をしなくてもよいようにすべきだ)
という事だったと思います。

「何が主流派か?、論争」は(水掛け論にしかならないので)今回限りとしたいですが、例えば
   
 日本では●✖は無制限的働き方が普通なので、女性が少ないのは止むを得ないとも言えるが
 それは、裏を返せば、無制限的な働き方が普通であることが、そもそも問題なのだ
   
なんてことを言う者は、フェミニズムの中では少数派だ、と思いますよ。因みに、そうでなくて
多数派なら、私のような発言は、「フェミニズムの多数派」の目標を何ら阻害しないはずです。
「何が多数派か?」という点で認識が違っているだけで、目標自体は同じ、という訳ですから。

> 賃金は相対的に高くなくても働きやすさが優れていれば総合的な労働条件としては魅力的になりうる
https://roumuya.hatenablog.com/entry/2019/11/06/171533

医者や通常の(特に大企業の)正社員もそうですが、議員なんかも該当しそうですね。
フェミニストは議員の女性比率が低いことを問題だと言いますが、じゃあ、その原因は
何だと考えているんでしょうか?女性差別によって、女性が排除されているからだ、と
言いたいようですが、それは「主な原因ではない」でしょうね。女性にとって魅力的な
職業ではないからでしょう。議員の女性比率を上げるについて、最も効果的であるのは
      
   議員の数を増やして、議員一人当たりの「負担」を減らす
      
ことですね。

祝辞では、東大に女子学生が少ないのは選抜において女性が差別されているからだ、という認識に誘導したいようでしたが、
実際には、その原因は「東大の女子学生になること」にあまり魅力がないからですね。魅力がないのは、東大自身に問題が
あるからか?というと一部、そういう部分もありましょうが、様々な大学がある訳ですから、「個々の大学の特色」として
捉えるべきでしょう。但し、そういった特色が「国立大学」として許容されるものか、どうか?、という問題はあるように
思います。例えば、学園祭、サークル活動や体育会への「支援」といったことは国立大学の活動として妥当なのか、という
問題です。国立大学は、授業料を大幅に減らす一方で、そのような活動からは、一切、手を引くべきではないでしょうか?

無制限的ということで言うと、「時間」的な無制限性も問題ですが、
「仕事内容」の無制限性も大きな問題でしょうね。
   
例えば、タレントであれば、容姿で(職業上の)差別を受けるのは、
当然です。無制限社員ならば、自社の商品の宣伝ポスターのモデルに
なって貰うなんてこともあるかもしれない訳です。制限されていれば
その「職業固有の能力」によって差別することに自然になりますが、
無制限であれば、ただ単に「世間的な価値観」(≒偏見?)によって
差別されることになるでしょう。それが、正に日本の就活な訳です。
   
「世間的な価値観」の中に容姿(可愛い子が好きだ、など)が入って
いることに何ら問題はありません。問題なのは(職業固有の能力では
なく)「世間的な価値観」によって(職業上の)差別が行われること
です。

偶々、とある「教育社会学者」を名乗っている方のツイッターで目に入ったのですが

> 東京大学の学部生に占める女性の割合は、これまで一度も2割を超えたことがない。
> 最近では、東大男子と他大女子が入る「東大女子お断り」のインカレサークルが、学内外から批判を浴びた。
https://www.asahi.com/articles/ASN2X4V2QN2NUTIL047.html

「教育社会学者」には、“充実したサークル活動ができる環境が整っています”なんてことが「国立大学」の重要なセールスポイントであって良いとでも思っているのでしょうか?
そうだとしたら「教育社会学」なんてものに一体、どんな意味がある、というのでしょうか?

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