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2020年2月27日 (木)

『日本労働研究雑誌』2020年2・3月号(No.716)

716_0203 『日本労働研究雑誌』2020年2・3月号(No.716)は、恒例の3年おきの学界展望-労働法理論の現在のほかに、特集として「産業としての就職活動」が組まれています。

https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2020/02-03/index.html

特集:産業としての就職活動

解題 産業としての就職活動 編集委員会

論文 大学におけるキャリア支援・教育の現在地─ビジネスによる侵蝕、あるいは大学教育の新しいかたち? 児美川孝一郎(法政大学教授)

大学就職部の役割と変遷 大島真夫(東京理科大学講師)

就職情報誌から就職情報サイトへの移行がもたらさなかったもの─大卒者の就職・採用活動における役割をめぐって 香川 めい(大東文化大学専任講師)

紹介 大学新卒採用における労働問題 佐々木亮(旬報法律事務所弁護士)

論文 新卒採用の外部化は何をもたらすのか─2020年新卒採用に関する質問票調査から 西村孝史(首都大学東京准教授)・島貫智行(一橋大学教授

このうち、やはり児美川さんの論文は目配りといい、絶妙なスタンスといい、読むに値します。

現在の大学教育をめぐる風景は、とりわけ就職支援、キャリア支援、キャリア教育をめぐって、かつてのそれとは大きく様変わりしている。本稿では、大学におけるキャリア支援・教育の拡大プロセスを、①就職支援からキャリア支援へ、②キャリア支援からキャリア教育へ、③キャリア支援・教育のユニバーサル段階へ、という三つの時期区分に即して概観し、そうした拡大プロセスへの高等教育政策や人材・教育ビジネスによる影響を跡づける。あわせて、キャリア支援・教育の拡大が、大学側の主体性に基づいてなされたというよりは、主たる要因としては、環境変化への適応と、人材・教育ビジネスが提供するサービスへの大学側の依存によって実現したことを明らかにする。そうした現状をどう見るべきか。一つの見方として、ビジネスによる大学教育への「侵蝕」という視点が成立しうることを示し、実際に、多くの問題点が生じていることを指摘する。同時に、もうひとつの見方として、いびつに発展したキャリア支援・教育のかたちは、そのままでは肯定できないものの、そこには、ユニバーサル段階の大学が、大学教育の再定義を含みつつ、「大学教育の新しいかたち」を構築していく際の「原型」が生まれている可能性があると捉える視点を提示する。 

どの辺が絶妙なスタンスかというと、最後の「Ⅳ 大学教育が抱え込んだ難問」という項で、まずは「ビジネスによる大学教育への「侵蝕」」だ、けしからんというスタンスを紹介し、「確かにいびつであり、問題点の改善への努力が求められるだろう」と言いつつも、「しかし、では、今後の大学教育は、就職支援やキャリア支援・教育には一切手を染めないこととし、人材・教育ビジネスには大学教育の現場からの退出を願えばよいのか」と問うて、その「抗いがたさ」を改めて確認し、大学教育の再定義が必要だと論じていきます。

・・・なぜ再定義が必要なのか。端的に、今日では、これまでの大学教育の定義に沿った教育をしていても事足りるのは、一握りのトップレベルの大学だけだからであり、何が「更新」されるべきかといえば、一握りのトップレベル大学以外においては、大学教育の機能(役割)の拡張が必要なのである。・・・

・・・では、この15年、日本の大学は、そうした意味での大学教育の再定義と更新に成功してきたのか。・・・全体としてみた場合、変化への動きは遅々としか進んでこなかったのではないか。そうした中で、キャリア支援・教育の領域は、極めて例外的に、改革が急ピッチで進んだジャンルであると見ることができるだろう。・・・その改革の内実は、既に述べたように、相当にいびつなかたちで、問題点を含むものではあったのだが。・・・

かつて本ブログでからかった内田樹氏に典型的なけしからん型の反応ではどうしようもないよ、大学教育自体を再定義し、それに基づいて、今の人材・教育ビジネスに引きずられすぎたいびつなキャリア支援・教育をまっとうなものにしていくしか道はないんだよ、ということを、丁寧に説明していきます。

・・・そうした取組への努力を忌み嫌い、ただただビジネスによるキャリア支援・教育への「侵蝕」を呪っているだけでは、負け犬の遠吠えといわれても仕方がないのではないか。呪いだけでは、現状の問題点はいっこうに解消していかない。・・・

この最後の「呪い」という言葉で、やはりこれを思い出しましたがな。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-b43f.html (「就活に喝」という内田樹に喝)

神戸女学院大学文学部総合文化学科教授の内田樹氏が、就活で自分のゼミに出てこない学生に呪いをかけているようですな。・・・

・・・哲学者というのは、かくも表層でのみ社会問題を論ずる人々であったのか、というのが、この呪い騒ぎで得られた唯一の知見であるのかも知れません。 

 

 

 

 

 

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コメント

> 一握りのトップレベル大学以外においては、大学教育の機能(役割)の拡張が必要なのである。

「一握りのトップレベルの大学」が供給している卒業生の数よりも
メンバーシップ雇用の新卒一括採用の数の方が、現状では圧倒的に
多い訳ですが、今後は縮小して、「一握りのトップレベルの大学」
しか、供給できなくなるよ、っていう見通しが前提なんですかね?
まあ、いつかはそうなりそうですが、それが、短期的にやってくる
ようには思えないのですが。

そして、樹が呪詛を吐いているのは、学生が「現状の新卒一括採用
市場に適応した行動」を取ることについてのように思いますしね。
何だか、論旨が捻じ曲がってるような気がします。

もっと素直な見方は、不景気で雇用全体が減ったことに
「不適切に過剰反応した大学」が人材ビジネスの浸食を
受けたという見方だと思うのですが。雇用全体が減った
訳でなくて、メンバーシップ雇用が減ってジョブ雇用が
増えただったら、「教育側の対応」が非常に重要ですが。

現状、大学は「学生(または、その親)の私的な拠出」に依存したビジネスモデルなので、
大学は現状の労働市場に適応した行動を取るのが合理的ですから、労働市場が変化しない
のに、大学だけが変化するのは不合理です。不合理が多少あるのは、普通のことであって、
その普通のことが(偶々、近年は?)人材ビジネスの侵食という形でよく見られたという
だけではないでしょうか?

ですので、ここでの疑問は、そんなに急に「労働市場が変化」することが予測されるのか、
もしくは、(私的な拠出が減って)「公的な拠出が増える」ことが予測されるんですかと
いう話になります。

「多くの大学生」にとって、大学は《兼ねてより》アカデミックな訓練を積む場ではなくて、
「レジャー」&「就活を有利に進める」場ですね。正直、《何》が変わるべきだ、と言って
いるのか?、が(少なくとも俄かには)全く読み取れませんよね。レジャー部分を消去して、
「就活を有利に進める」場に徹するべきだ、ということなんでしょうか?

想い出したんですけど。多分、児美川先生が思い描いてるものとは違って、実際のところは
  
  新入社員の研修を外部の人材ビジネス会社に外注(をしたけど意味なかった)案件
  
近いと思うんですよね。

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