焦げすーもさんの疑問に答えるトリビアシリーズ労災補償編
さて、お正月の日に焦げすーもさんがつぶやいていたこれですが、
https://twitter.com/yamachan_run/status/1212367950629335040
菅野労働法(旧版)の労基法上の労働災害補償責任(元請下請関係)の記載が明らかに誤っているように思うのだが・・・
当たり前の規定すぎて、よもや・・・と思い、Twitterで指摘するほど自信がないな。
これ、第十二版でもそのまま書かれていますね。こういう記述です。
*請負事業での労働災害の場合の使用者の特例 製造業および土木・建設業(労基法別表第1第3号の事業)が数次の請負によって行われる場合には、そこで生じる労働災害の補償については、被災者が下請負人の雇用する労働者であっても、元請負人を使用者とみなすとされている(87条1項、労基則48条の2)。・・・
もちろん、これは「製造業および」のところが間違いです。労基則48条の2は
第四十八条の二 法第八十七条第一項の厚生労働省令で定める事業は、法別表第一第三号に掲げる事業とする。
と、土木・建設業のみを定めています。その根拠規定である労基法87条はこう規定しています。
(請負事業に関する例外)
第八十七条 厚生労働省令で定める事業が数次の請負によつて行われる場合においては、災害補償については、その元請負人を使用者とみなす。
2 前項の場合、元請負人が書面による契約で下請負人に補償を引き受けさせた場合においては、その下請負人もまた使用者とする。但し、二以上の下請負人に、同一の事業について重複して補償を引き受けさせてはならない。
3 前項の場合、元請負人が補償の請求を受けた場合においては、補償を引き受けた下請負人に対して、まづ催告すべきことを請求することができる。ただし、その下請負人が破産手続開始の決定を受け、又は行方が知れない場合においては、この限りでない。
ただ、実はこの法令上の特定は1965年の労災保険法改正によって盛り込まれたもので、それまでは「省令で定める」という特定は(少なくとも労基法上には)なかったのです。
労働者災害補償保険法の一部を改正する法律(昭和四十年法律第百三十号)
附則
(労働基準法の一部改正)
第九条 労働基準法の一部を次のように改正する。
第八十七条第一項中「事業」を「命令で定める事業」に改める。
(労働基準法の一部改正に伴う経過措置)
第十条 事業が数次の請負によつて行なわれる場合における災害補償であつて、昭和四十年七月三十一日以前に生じた事故に係るものについては、前条の規定による改正前の労働基準法第八十七条の規定の例による。
これは何回も書いてきたことですが、この労基法87条は戦前の労働者災害扶助法の規定が流れ込んだもので、この法律は土木建設業のみが適用事業でした。ところが、そういう規定の存在しない戦前の工場法においても、累次の通達によって、請負人の連れてきた職工も工業主の職工として取り扱っていたのです。ところが戦後そういう経緯は忘れられ、労務下請が堂々とまかり通る建設業だけの特例と考えられるようになり、遂には労基法の規定自体も修正されるに至ったわけです。これについては、『日本労働法学会誌114号』 所収の「請負・労働者供給・労働者派遣の再検討」でちょっと触れています。ちなみに、この労働法学会は神戸大学で開かれるはずだったのが急遽中止になったため、人様の前でお話しすることができなくなってしまったものです。
菅野先生が何を参照してこの記述を書かれたのかは定かではありませんが、表面に見えるよりは結構ディープな世界が広がっているんですよ。
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