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2020年1月31日 (金)

二極化の神話 またはおっさんずジョブの衰退とねえちゃんずジョブの興隆

Germanbender ソーシャル・ヨーロッパにゲルマン・ベンダー氏が「The myth of job polarisation may fuel populism」(二極化の神話がポピュリズムを掻き立てる)という短い文を寄稿しているんですが、これが大変面白い。

https://www.socialeurope.eu/the-myth-of-job-polarisation-may-fuel-populism

21世紀になってから流行し、ほとんど常識化している労働市場の二極化、ってのは実は現実の姿では無くて神話に過ぎないという話と、それがアカデミズムだけじゃなくて一般社会に大きな影響を及ぼしたために、ポピュリズムがはやってしまった、という批判なんですが、まずその二極化が神話だという話。

何が「神話」だと言っているかというと、低技能労働者と高技能労働者が増えて中間層が減っていくという認識が間違っていると言うんです。

その間違いは、経済学者がそそっかしくも賃金を技能の指標にするからであると。

確かに低賃金が増えて、中賃金が減っているけれども、それは彼らの技能水準を反映していない。

Professions with relatively low skill demands but relatively high wages—such as factory and warehouse workers, postal staff and truck drivers—have diminished. Meanwhile, others with the same or slightly higher skill demands but lower wages—nursing assistants, personal-care workers, cooks and kindergarten teachers—have increased. 

減っている中賃金労働者は工場労働者やトラックドライバーみたいなおっさんずジョブで、増えている低賃金労働者は看護、介護、調理、保育といったねえちゃんずジョブなんだが、実のところ、前者の技能水準は高めの賃金に比べてそんなに高くないのに対し、後者の技能水準は低めの賃金に比べるとかなり高いんだと。

つまりベンダー氏の言いたいことは、労働市場は賃金で見ると二極化しているけれども、技能水準で見れば決して二極化なんかしていない。

Put simply: wages are a problematic way to measure skills, since they clearly reflect the discrimination toward women prevalent in most, if not all, labour markets across the world. 

技能水準の高いねえちゃんずジョブが低い賃金に甘んじているのは女性差別の残存のためではないか。それを間違えて二極化だの、中間層の空洞化だのというものだから、勘違いしたおっさんたちが右翼ポピュリズムに走るんだ、と、まあやや単純化すると、そういう議論を展開しています。

The very notion of job polarisation can bolster an outdated view in which ‘female jobs’ are lower in status (and wage) than their male equivalents in terms of skills. Since the polarisation theory is gender-blind and only takes wages into account, the replacement of industry and transport jobs by occupations in health and childcare is understood as a hollowing out of the middle class and a reduction of medium-skilled jobs. This may fuel the populist and anti-feminist attitudes held by many men with lower education levels, who constitute a large share of the radical right’s voters, and who might feel threatened by a perceived loss of status and privilege. 

これはいうまでもなく、賃金がジョブで決まる欧米社会を前提に、そのジョブごとの賃金が性的偏見で歪んでいるんだという話なので、そもそも賃金がジョブなんぞで決まらない日本ではそのまま当てはまらない議論ではあるんですが、賃金の二極化が技能水準の二極化ではなく、技能水準と乖離した賃金の在り方の問題だという点では共通しているのかも知れません。

 

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コメント

賃金の二極化と呼ばれている現象が、女性差別残存の顕在化に起因すると証明されたのならば、たしかに興味深い指摘である。しかしベンダー氏の小論文はその証明ができていないように感じられる。

小論文の要旨は以下のようにまとめられると思う。
1. 技能水準と賃金水準には比例関係が存在すると暗黙に想定している。言い換えれば、同じ技能水準を求められる2つの職種は、異なる職種であっても賃金水準は同じはずだ。
2. おっさんずジョブの技能水準と同程度かやや高い技能水準のねえちゃんずジョブの賃金が、おっさんずジョブの賃金より低いということは、女性差別の残存を意味する(その根拠は要点1)。
3. 近年の仕事に対する需要の変化に関し、中程度の技能水準の仕事に対する需要は変わらないが、その具体的な職種がおっさんずジョブからねえちゃんずジョブにシフトしている。
4. 要点2の女性差別残存を廃絶すれば、上記のシフトは中産階級の破壊にはつながらない(その根拠は要点1)。

要点1は当たり前の前提と考えられているようで小論文中では一切言及されていないが、この要点を補完して解釈しないと論文全体の意味が通らない。そのため、この要点を暗黙の想定として要旨に加えた(なお、要点4も明確には述べていないが In terms of policy から始まるパラグラフはこの要点4が前提となっていると考えられる)。

そしてこの要点1の妥当性こそが疑問である。ミクロ経済学によればある職種の賃金は当該職種の労働市場の需給関係で決まると考えられ、技能水準が高い職種は賃金も高いとは限らない。例えば、人文系の非常勤講師とコンピューターサイエンスの技術者の技能水準が仮に同じだったとしても、後者の方が供給に比して需要が非常に大きいのでその賃金も高い(なお、小論文によると技能水準は educational requirements as classified by the International Labour Organization’s ISCO scheme なるもので測定しているそうである)。

したがって、技能水準の高いねえちゃんずジョブが低い賃金に甘んじている原因は女性差別ではなく、単に需要に対して相対的に供給が多いだけである可能性がある。

そして、賃金二極化が女性差別残存の顕在化に起因するのではなく、やはり技術革新に起因するという可能性が残る。すなわち、各職種の技能水準とは無関係に、近年の技術革新が中程度の"賃金"の職種を高"賃金"と低"賃金"の職種に置き換えてきた、ということがあり得る。

わたくしは別段ベンダー氏の味方をしなければならない義理はないのですが、彼の議論の筋道から言えば、そもそも

>1. 技能水準と賃金水準には比例関係が存在すると暗黙に想定している

のは、ベンダー氏が論駁している論敵の側の暗黙の前提であって、ベンダー氏はそれが実現していないと主張している側であるように思われます。

リンク先から引用すると、二極化理論は

The main reason is that the research, as is to be expected from studies rooted in economics, has used wages as a proxy for skills: low-paying jobs are taken to be low-skilled jobs and so on.

経済学に根差す研究から予期されるように、調査は賃金を技能の近似値として用いてきた。すなわち、低賃金のジョブは低技能のジョブであり云々と。

この、賃金を技能の近似値ないし代理変数として用いる傾向は、経済学の議論ではよく見受けられるものだけに、私はここを読んで特段違和感を覚えませんでした。正確に言うと、「いやいや現実は必ずしもそうじゃないだろう」と思いつつ、経済学者の議論の仕方の描写としては、「いやあ、まさにそういう議論しているよな」という意味において、違和感を感じなかったということです。

暇人さんのいうように、前提1の妥当性には疑問がありますが、少なくともリンク先の小文において、前提1を何の疑いもなく前提にしているのはベンダー氏ではなくむしろその論敵の側であるというのが、そこから読み取れる構図であるように思われます。

ご返答ありがとうございます。コメント欄で議論しても仕方がないのは承知してますが、小論文の論旨やその解釈に疑問を持ち、その解釈をシェアすることは社会的に意味があると考えたので、再度投稿させて頂きます。

小論文に対する私の理解では、ベンダー氏が反駁している経済学系の命題は「理論的な経済合理性の観点からも、そして現実においても、技能水準と賃金水準には比例関係が存在する。従って、賃金水準を技能水準の代理変数と見なす」というものと考えます。そして、ベンダー氏は次のように立論していると解釈しました。
A. 理論的な経済合理性を現実社会においても貫徹していれば、技能水準と賃金水準には比例関係が存在するはずである。
B. しかし職種別の技能水準を直接的に分類して賃金水準と比較すると、現実においては、ねえちゃんずジョブに関しては技能水準と賃金水準は比例関係から乖離している。
C. Aが成り立つはずなのにBの事態が生じるのは、女性差別が残存しているからである。

AとBの根拠は、
This has been misunderstood by polarisation researchers because male-dominated jobs have a higher wage premium (they bring higher wages than female-dominated jobs at the same skill level).
です。higher wage premiumの根拠として、括弧書きでねえちゃんずジョブと同技能水準のおっさんずジョブの方が賃金が高いことを挙げています。premium(割増金)という表現を使っている所から、本来あるべき労働市場の均衡状態から乖離しているというニュアンスがあり、ここからAおよびBを導きました。

そして、
Put simply: wages are a problematic way to measure skills, since they clearly reflect the discrimination toward women prevalent in most,
がCの根拠です。その理由は、since they (=wage) clearly reflect the discrimination は 一つ前のパラグラフの because male-dominated jobs have a higher wage premium...の部分を受けているからです。discrimination の具体的な内容が they bring higher wages than female-dominated jobs at the same skill level と思われます。

また、要点Aという解釈を想定しないと、以下のセンテンスの意味が通らなくなります。
For instance, if policy-makers believe that there is no future for medium-skilled jobs, they may be less inclined to invest in vocational education and training, which is still an effective way for young people and displaced workers to secure decent-paying jobs with good benefits in many countries.

なぜ、which is still an effective way for young people and displaced workers to secure decent-paying jobs ... in many countriesと言えるのか。medium-skilled jobsが経済学的に見て合理的な相応の低賃金であるならば、このようなことは言えないはずです。要点Aを補完して解釈して、ようやく意味が通ります。

また、they (=wage) clearly reflect the discrimination toward women というのは、労働経済学や社会学では常識として確立しているので、それを前提としているかもしれないとも考えましたが、少なくとも同一職種では男女の賃金格差は非常に小さく、「一般に賃金には男女差別が存在する」という学界の合意はないようでした。
https://www.gakushuin.ac.jp/univ/eco/gakkai/pdf_files/keizai_ronsyuu/contents/contents2017/5402/5402okui/5402okui.pdf
『学習院大学 経済論集』第54巻 第2号(2017年7月)
P. 89
山口(2008)は,海外の実証研究では,実証分析により同様の管理職であれば男女間賃金格差は無いという結果が得られていると指摘する。Petersen and Morgan(1995)は,アメリカの1974年から1983年までの豊富な個票データを利用し,同じ事業所同じ職種における賃金格差を分析した。その結果,同一事業所の同一職種内では男女間賃金格差は非常に小さく,平均で女
性は男性の賃金の98.3%を得ている。Berrtrand and Hallock(2001)も,アメリカの high-level executive で女性は男性よりも45%所得は低いが,これはほとんどが,規模間格差や女性のCEO が少ないことから説明されるとしている。

ベンダー氏が紹介している論文 Polariseringsmyten は英語ではないので読めていないのですが、仮に「ねえちゃんずジョブのように技能水準と賃金水準には比例関係が乖離するケースがある」ことを立証していたとしても、それは経済学者が安易に賃金水準を技能水準の代理変数と見なすことを戒めることにとどまるのではないかと思います。「技能水準の高いねえちゃんずジョブが低い賃金に甘んじているのは女性差別の残存のためではないか」とまでは主張できませんし(その低賃金は女性差別ではなくミクロ経済学的な合理性がある可能性がある)まして一番重要な技術革新による賃金二極化を否定する所までいかないと思われます。

長文失礼しました。

いや、そんなこむつかしい話じゃなく、そもそもあるべき姿としては「技能水準と賃金水準には比例関係が存在する」であるというのは、二極化論者とベンダー氏は共有していて、

違うのは、現実の認識としてもそうなっていると考えているのが、つまり賃金の高いおっさんずジョブは技能水準が高いジョブであり、賃金の低いねえちゃんずジョブは技能の低いジョブであると(ベンダー氏に言わせれば単純にも)考えているのが二極化論者(正確に言えば、技能水準の二極化論者)であるのに対して、

現実の姿はそのあるべき姿から乖離している、つまり賃金の高いおっさんずジョブは必ずしも技能水準が高くなく、賃金の低いねえちゃんずジョブは必ずしも技能水準は低くないと考えているのがベンダー氏である、そしてその乖離の原因は男女差別である

と、ベンダー氏は対立構図をとらえている、

ということでしょう。

わたくしにとってはそれで十分であって、それ以上にそもそも論の正しさについてあれこれ論ずるつもりはあまりありません。というか、実をいうと、例の第1次大戦中のイギリスのダイリューションという事態からしても、そもそも賃金がそれに基づくべきと考えられている技能とか熟練という概念自体が、社会的に賃金格差を正当化する目的をもって社会的に構築された側面「も」(もちろんそれだけでなんて馬鹿なことは言いませんが)あるのではないかという認識もあるものですから。

そういう意味では、社会的にこれくらいの賃金が支払われて当然だという意識が反映された観念的構築物としての「技能」がおっさんずジョブで高く、ねえちゃんずジョブで低いのは、これまでの長い歴史を踏まえれば特に不思議ではないともいえます。ただ、その社会的構築物としての「技能」がなにか厳密な意味での実体的な測定が可能な指標だなんて思わなければいいだけの話で。

逆に、ベンダー氏はあまりにもまっすぐな性格のため、その「本来あるべき姿」にあまりにも忠実で、「技能」というのは異なるジョブの間でも厳密に実体的な測定が可能でなければならないはずだと考え、しかもそれは当該ジョブを遂行することができる資格を得るのに必要な教育訓練期間の長さで測定されるものであると考えているために、低学歴でもできるおっさんずジョブが高賃金で、それよりも高学歴が必要なねえちゃんずジョブがそれよりも低賃金であることに対して、差別以外に合理的な説明が可能ではないと考えているのでしょう。

わたしは、上述のように両者が経済学レベルで共有する「本来あるべき姿」に対してそもそも社会学的レベルで疑問を持っているので、それ以上議論に加わる熱意はあまりないのですが、あえて説明すればまあこんなことなのかなあ、ということを。

>増えている低賃金労働者は看護、介護、調理、保育といったねえちゃんずジョブなんだが、
>技能水準の高いねえちゃんずジョブが低い賃金に甘んじているのは女性差別の残存のためではないか。

技能水準の高いねえちゃんずジョブのうち、調理以外の看護、介護、保育は福祉に関係しています。技能水準の高いねえちゃんずジョブが低い賃金に甘んじているのは女性差別の残存ではなくて福祉に関係しているからではないでしょうか?
福祉に関係する業種では、一部の富裕層向けのもの以外は、一般の人が対象なので料金を上げることができません。また公的資金の援助にも限りがあるので、従事する方の賃金を上げる事が難しいのだと思います。日本でも、介護や保育に従事する方の賃金が低くて問題になっていますが、公的に決まっている利用者からの料金や社会保険料を値上げしたり公的資金の援助を増やす事が難しいので、これらの方の賃金を上げるのは難しいようです。
調理はねえちゃんずジョブでしょうか?少なくとも料理を作る仕事はねえちゃんずジョブとは思えないのですが?


>賃金がジョブで決まる欧米社会を前提に、そのジョブごとの賃金が性的偏見で歪んでいるんだという話なので、そもそも賃金がジョブなんぞで決まらない日本ではそのまま当てはまらない議論ではあるんですが、

日本の労働環境に関して素人の初歩的な疑問ですが、日本でもここで挙げられたねえちゃんずジョブのうち、調理以外の看護、介護、保育は賃金がジョブで決まっている場合が多いのではないでしょうか?

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