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2020年1月11日 (土)

マクロ世界史の時代区分と日本

Chikuma ちくま新書と言えば、私も『日本の雇用と中高年』を出しているんですが、そこが創業80周年記念ということで『世界哲学史』全8巻を刊行するんだそうです。

http://www.chikumashobo.co.jp/special/world_philosophy/

わたくしは哲学史に口をはさむ気は全くありませんが、そのラインナップを見て思ったことがあります。全8巻は古代2巻、中世3巻、近代2巻、現代1巻という構成ですが、各巻の中に西洋、中洋、東洋、それに日本もまんべんなく配置されています。で、その日本の章なんですが、

古代2巻に日本の章はありません。第3巻の中世Ⅰに「日本密教の世界観」が初めて登場、第4巻の中世Ⅱに「鎌倉時代の仏教」がでてきます。

そして第6巻の近代Ⅰに「江戸時代の「情」の思想」、第7巻の近代Ⅱに「「文明」と近代日本」が載っています。

いや、各巻に載っている世界各地の哲学の中に置けばまさに同時代の日本の哲学なので何の違和感もないのですが、これらだけを取り出して日本の歴史の中に配置したら、

なにぃ、平安時代が中世だって!?

なにぃ、江戸時代が近代だって!?

という違和感を引き出してしまうでしょう。

グローバルな視点から見れば、当然平安時代は中世であり、江戸時代は近代なのに、日本史の感覚ではそれが奇妙に見えてしまうということは、そっちの感覚がゆがんでいるということなのでしょうね。

200803000220 という話は、知っている方は知っている通り、すでに井上章一さんが『日本に古代はあったのか』(角川選書)でるる論じています。

https://www.kadokawa.co.jp/product/200803000220/

たまたま『世界哲学史』という企画があったのでそれをネタにしましたが、これはすべての分野で日本も含めたマクロ世界史を叙述しようとしたら起こることでしょう。同時代の世界史と時代区分がことごとく食い違う日本史学というのは、やはりどこか歪んでいる感じがします。

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