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2020年1月

2020年1月31日 (金)

二極化の神話 またはおっさんずジョブの衰退とねえちゃんずジョブの興隆

Germanbender ソーシャル・ヨーロッパにゲルマン・ベンダー氏が「The myth of job polarisation may fuel populism」(二極化の神話がポピュリズムを掻き立てる)という短い文を寄稿しているんですが、これが大変面白い。

https://www.socialeurope.eu/the-myth-of-job-polarisation-may-fuel-populism

21世紀になってから流行し、ほとんど常識化している労働市場の二極化、ってのは実は現実の姿では無くて神話に過ぎないという話と、それがアカデミズムだけじゃなくて一般社会に大きな影響を及ぼしたために、ポピュリズムがはやってしまった、という批判なんですが、まずその二極化が神話だという話。

何が「神話」だと言っているかというと、低技能労働者と高技能労働者が増えて中間層が減っていくという認識が間違っていると言うんです。

その間違いは、経済学者がそそっかしくも賃金を技能の指標にするからであると。

確かに低賃金が増えて、中賃金が減っているけれども、それは彼らの技能水準を反映していない。

Professions with relatively low skill demands but relatively high wages—such as factory and warehouse workers, postal staff and truck drivers—have diminished. Meanwhile, others with the same or slightly higher skill demands but lower wages—nursing assistants, personal-care workers, cooks and kindergarten teachers—have increased. 

減っている中賃金労働者は工場労働者やトラックドライバーみたいなおっさんずジョブで、増えている低賃金労働者は看護、介護、調理、保育といったねえちゃんずジョブなんだが、実のところ、前者の技能水準は高めの賃金に比べてそんなに高くないのに対し、後者の技能水準は低めの賃金に比べるとかなり高いんだと。

つまりベンダー氏の言いたいことは、労働市場は賃金で見ると二極化しているけれども、技能水準で見れば決して二極化なんかしていない。

Put simply: wages are a problematic way to measure skills, since they clearly reflect the discrimination toward women prevalent in most, if not all, labour markets across the world. 

技能水準の高いねえちゃんずジョブが低い賃金に甘んじているのは女性差別の残存のためではないか。それを間違えて二極化だの、中間層の空洞化だのというものだから、勘違いしたおっさんたちが右翼ポピュリズムに走るんだ、と、まあやや単純化すると、そういう議論を展開しています。

The very notion of job polarisation can bolster an outdated view in which ‘female jobs’ are lower in status (and wage) than their male equivalents in terms of skills. Since the polarisation theory is gender-blind and only takes wages into account, the replacement of industry and transport jobs by occupations in health and childcare is understood as a hollowing out of the middle class and a reduction of medium-skilled jobs. This may fuel the populist and anti-feminist attitudes held by many men with lower education levels, who constitute a large share of the radical right’s voters, and who might feel threatened by a perceived loss of status and privilege. 

これはいうまでもなく、賃金がジョブで決まる欧米社会を前提に、そのジョブごとの賃金が性的偏見で歪んでいるんだという話なので、そもそも賃金がジョブなんぞで決まらない日本ではそのまま当てはまらない議論ではあるんですが、賃金の二極化が技能水準の二極化ではなく、技能水準と乖離した賃金の在り方の問題だという点では共通しているのかも知れません。

 

2020年1月30日 (木)

益尾知佐子『中国の行動原理』 on 新型コロナウイルス

102568 武漢から世界に広がりつつある新型コロナウイルスの事態を見ながら、最近買った益尾知佐子『中国の行動原理』を読んでいると、いろいろなるほどと思うところがあります。

http://www.chuko.co.jp/shinsho/2019/11/102568.html

世界各国と軋轢を起こす中国。その特異な言動は、中華思想、米国に代わる世界覇権への野心などでは説明できない。なぜ21世紀に入り、中国は海洋問題で強硬姿勢に出たのか、経済構想「一帯一路」を始めたのか――。本書は、毛沢東・鄧小平から習近平までの指導者の動向、民族特有の家族観、社会の秩序意識、政経分離のキメラ体制など国内の潮流から、中国共産党を中心とした対外行動のルールを明らかにする。

益尾さんは国際政治学者であり、本書も基本的には中国の外交を分析した本なのですが、分析の基本概念がなんと、エマニュエル・トッドの家族システム論なんですね。例の、共産主義と相性のよいと言われる外婚制共同体家族という家族形態が中国の内政外交のすべてを規定しているという理論なんです。家父長一人にすべての権力と権威が集中し、組織は縦に連なる重層的な関係性ではなく、家父長と息子たちとの一対一の関係の束で成り立ちます。そういうところで何か問題が起きるとどうなるか。

・・・中国型の組織では、ボトムアップの解決に期待できない。同じ世代の息子同士は互いに内政不干渉だからだ。・・・上から圧力がかからない限り、うちはうちのやり方でやる。平等な組織同士は調整をしない。それが中国人のやり方だ。・・・

・・・こうした秩序の在り方は、場合によってはより深刻な問題を招く。中国の従業員たちは、善意ある人間であれば、たとえ組織の中で問題を見つけても、自分の持ち場と関係なければマナーとしてみて見ぬふりをする。もし自分の持ち場で問題が発生し、ボスがまだそれに気づいていない場合は、従業員はなんとか取り繕うか、それがどうしても無理ならボスを怒らせないように問題の所在を慎重に報告する。

・・・ボスは従業員に対するほぼ全ての権限を持つため、従業員は自分の身を守るために損害を過小報告しがちとなる。つまり、問題が深刻であればあるほど、中国ではボトムアップの問題解決の可能性が小さくなる。

・・・中国型の組織が成功し成長するには、万能で、あらゆる物事に目配りがきき、息子たちの長所短所を使い分けて、初めから問題が起きないような人材配置を行い、みんなに畏怖され尊重される強面のボスが欠かせない。ボスがしっかりしていなければ、そもそも組織が組織として機能しないのだ。・・・

いやまあ、昨年11月25日に発行された本書が、12月に発症して今年に入って急拡大した新型コロナを予知しているはずはないのですが、この一節を読んでいくと、なんだか予言の書みたいにすら思えてきます。

 

2020年1月28日 (火)

夢のお仕事?@OECD

Page_1_thumb_large OECDが「Dream Jobs? Teenagers' Career Aspirations and the Future of Work」(将来の夢:10代の若者のキャリアへの期待と仕事の未来)という報告書を出しています。

https://www.oecd.org/education/dream-jobs-teenagers-career-aspirations-and-the-future-of-work.htm

OECD東京センターが簡単な邦文の紹介をしていますが、

http://www.oecd.org/tokyo/newsroom/teenagers-career-expectations-narrowing-to-limited-range-of-jobs-oecd-pisa-report-finds-japanese-version.htm (10代の若者が将来就きたい職業はごく限られた数の職業に集中している)

調査が行われた41カ国の男子生徒の47%、女子生徒の53%が30歳で就きたい職業はわずか10種類の人気のある職業に集中していました。2019年12月に公表された最新のPISA調査とPISA2000調査の結果を比較するとこの集中度が男子生徒では8ポイント、女子生徒では4ポイント上昇していることから、将来就きたい職業の種類が狭まっていることがわかりました。
本報告書によると、職業の選択肢が限定されている要因は、恵まれない家庭の若者とPISAの読解力、数学、科学の成績があまり良くなかった生徒にあります。・・・ 

若者がますます数少ない「夢のお仕事」に夢中になって、現実社会で必要とされる仕事を希望しなくなっているのは問題だ、困ったものだ、というOECDの中の人の苦虫が噛みつぶされる音が聞こえてきます。

この手の話ではいつもことですが、例によって、褒められている国はデュアルシステムのドイツやスイスです。

本報告書から、10代の若者に強い確たる職業訓練を施している国々では、若者が就きたい職業の幅がより広いことがわかります。例えばドイツとスイスでは、10種類の職業に関心を示した若者の数は、10人に4人未満でした。それに対してインドネシアでは、女子生徒の52%、男子生徒の42%が関心を示した職業はわずか3種類-企業経営者、教員、医者(女子生徒)または軍人(男子生徒)-でした。ドイツの10代の若者は、労働市場の実際の需要をより良く反映してより幅広いキャリアに関心を示しています。 

そうじゃない、若者が実現しそうにない夢を追い続けている諸国に対する処方箋は、

本報告書では、若者が就きたいと思う職業とそれを達成するために必要な教育や資格にずれがあることを指摘しています。この問題に対処するには実際の職業と密接に関連したキャリアガイダンスを提供する実効的なシステムを確立する必要があります。 

というわけで、タイトルの「ドリーム・ジョブズ」ってのがとても皮肉を効かせていますね。

これで思い出したのが、だいぶ昔の、金子良事さんとのやりとりです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post.html (「職業教育によって生徒は自由な職業選択が可能になる」はずがない)

・・・・職業教育訓練とは、それを受ける前には「どんな職業でも(仮想的には)なれたはず」の幼児的全能感から、特定の職業しかできない方向への醒めた大人の自己限定以外の何者でもありません。
職業教育訓練は、
>この意見が人々を惹きつけるのは「選択の自由」という言葉に酔っているからです。
などという「ボクちゃんは何でも出来るはずだったのに」という幼児的全能感に充ち満ちた「選択の自由」マンセー派の感覚とは全く対極にあります。
職業教育訓練とは、今更確認するまでもなく、
>選択を強制されるのはそれはそれなりに暴力的、すなわち、権力的だということは確認しておきましょう。
幼児的全能感を特定の職業分野に限定するという暴力的行為です。
だからこそ、そういう暴力的限定が必要なのだというが、私の考えるところでは、職業教育訓練重視論の哲学的基軸であると、私は何の疑いもなく考えていたのですが、どうしてそれが、まったく180度反対の思想に描かれてしまうのか、そのあたりが大変興味があります。
まあ、正直言って、初等教育段階でそういう暴力的自己限定を押しつけることには私自身忸怩たるものはありますが、少なくとも後期中等教育段階になってまで、同世代者の圧倒的多数を、普通科教育という名の下に、(あるいは、いささか挑発的に云えば、高等教育段階においてすら、たとえば経済学部教育という名の下に)何にでもなれるはずだという幼児的全能感を膨らませておいて、いざそこを出たら、「お前は何にも出来ない無能者だ」という世間の現実に直面させるという残酷さについては、いささか再検討の余地があるだろうとは思っています。
もしかしたら、「職業教育及び職業訓練の必要を主張する議論」という言葉で想定している中身が、金子さんとわたくしとでは全然違うのかも知れませんね。・・・・ 

 

中途採用の情報公開と職業情報の提供@ WEB労政時報

WEB労政時報に「中途採用の情報公開と職業情報の提供」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers/login.php

 去る1月8日に、労働政策審議会で雇用保険法の一部を改正する法律案要綱がおおむね妥当と答申されました。これはいくつもの改正法案を束ねたもので、その中心的なものは、雇用保険法(育児休業給付の独立、高齢副業者への適用、高年齢雇用継続給付の見直し等)、高年齢者雇用安定法(70歳までの高年齢者就業確保措置)、労災保険法(複数就業者への新たな保険給付とその特例)で、いずれも法政策上重要な意味を持つ改正です。
 その合間に挟まって、やや小粒の改正が盛り込まれているのが労働施策総合推進法です。昨年、パワハラ措置義務を盛り込むのにも使われた法律ですが、今回は中途採用に関する情報提供義務という一風変わった規定が盛り込まれることになっています。・・・・

 

和田肇・緒方桂子編著『労働法・社会保障法の持続可能性』

497289 和田肇・緒方桂子編著『労働法・社会保障法の持続可能性』(旬報社)をお送りいただきました。

http://www.junposha.com/book/b497289.html

雇用社会の危機を労働法のみならず社会保障法との連続性をもつ、
総合的な生活保障体系として捉える新しい視点。
ドイツ法と比較し、高齢化・少子化社会、非正規雇用の増加といった共通点と、
ワーク・ライフ・バランスや生活主権・労働主権が定着し、
日本のモデルともなり得る法制度を構築している点に注目。
5年間行ってきた共同研究の一つの成果であると同時に、
今後の日本の労働法や社会保障法の検討課題も明らかにする

緒論も含め全18章のうち、3分の1に当たる6章分を和田さんが自ら執筆されていて、和田座長が一人何役も演ずる和田一座の興業といった風情があります。

ほとんどの章は日独の労働法学者による執筆ですが、第9章だけは遠藤公嗣さんが「ILO100号条約案に対する日本政府の公式意見書(1951年)―「同一価値労働同一賃金」理解の再考―」という短い論文を書かれていて、労働史研究者としては大変興味深いところです。

遠藤さんがILOの文書室から発掘してきた1951年の日本政府意見書は、国家公務員法の職階制を引きつつ、「日本では職務内容を客観的に評価するための科学的職務分析制度がまだ発達して居らず」云々と述べており、遠藤さん曰く「1951年前半の日本政府は、同一価値労働同一賃金原則の勘所を相当に正確に理解していた」というわけです。

いやそれはそうだろうな、と思います。政府も経営側も1960年代までは基本的に職務給推進の立場に立っていたのであって、とりわけ1951年というのは国家公務員の職階制が完成途上(正確には崩壊途中)であって、建前論は完全に職務主義であった時代ですから。

ちなみに、この国家公務員の職階制については、3月刊行予定の『季刊労働法』の2020年春号(268号)で「職階制-ジョブ型公務員制度の挑戦と挫折」という小論を書いていますので、もし万一関心があればご参考までに。

 

2020年1月27日 (月)

鼎談・解雇無効時の金銭救済制度@『ジュリスト』2月号

L20200529302 『ジュリスト』2月号は、特集は知財関係ですが、巻頭に凄いメンツが載っています。

http://www.yuhikaku.co.jp/jurist/detail/020392

[HOT issue]〔No.25〕
[鼎談]解雇無効時の金銭救済制度●森戸英幸●石井妙子●水口洋介……ⅱ

表紙を開いて目次の前に、この3人の顔のカラー写真が1ページまるごとどどんと飛び出してきます。

鼎談の中でも出てきますが、石井さんと水口さんは修習同期の隣のクラスだったそうで、いまやどちらも経営法曹、労働弁護士の中核中の中核的存在です。さしもの森戸さんもおちゃらけは封印気味ですね。

具体的な論点は是非本誌を読んでいただくこととして、鼎談の最後のあたりで、水口さんがこの制度の目的を「法律的にも解雇無効の場合には金銭解決でよいのだと、雇用の規範意識を大きく変えてしまう」ことが狙いではないかと言い、石井さんが「一括採用の時に正社員になれなかったらば非正規のままだし、いったん正社員になったけれども途中で解雇なりになってしまうと正社員のコースに戻れないというのは、労働者にとって望ましいことではない」と言うなど、労働法の射程を超えた雇用システムの議論にまで及んでいるところは立ち読みでもいいので是非。

 

2020年1月26日 (日)

稲葉振一郎氏の労働未来論

Inaba_140_190 労政時報のジンジュールに、稲葉振一郎氏が「「AIが仕事を奪う論」は新しい問題なのか」というエッセイを寄稿しています。

https://www.rosei.jp/jinjour/article.php?entry_no=77381

このタイトル自体は今はやりのやや空疎な議論みたいですが、受け狙い的なAIで仕事がなくなる(からBIや)というたぐいの話をたしなめたうえで、最後の節でとても重要なポイントを指摘しています。

・・・・ウーバーなどが代表する「ギグ・エコノミー」と呼ばれる現象は、ひょっとしたらこれまでの資本主義体制の下で支配的な労働取引方式だった「雇用」というやり方を廃れさせ、「請負」の方を主流にしてしまうかもしれない。・・・・ 

・・・・20世紀中葉までは、技術革新についていくためには、企業は一定の中核的労働者を固定的に雇い続けなければならない、と考えられていた。しかし現代の人工知能は(「汎用人工知能」のはるか手前の段階ですでに)、そのような常識を掘り崩しつつある。企業の雇用の在り方、労働の在り方を変容させる可能性があるという点では、人工知能がもたらす影響は、雇用の短期的な減少よりも「ギグ・エコノミー」に象徴されるような構造変化の推進力となっていくことの方が大きいのではないだろうか。 

これは、私が近年「ジョブからタスクへ」とか「デジタル日雇化」といってる話ですが、雇用という(終身ではなくても)一定程度長期持続する社会関係を前提に構築されてきている労働法や社会保障制度がその基盤を掘り崩されるかもしれないという危機感は、もっと持たれてもいいと思っています。

https://www.works-i.com/column/policy/detail017.html (メンバーシップ型・ジョブ型の「次」の模索が始まっている)

濱口 実は欧米でこんな議論が高まったのはこの2~3年です。つまり欧米の労働社会を根底で支えてきたジョブが崩れて、都度のタスクベースで人の活動を調達すればいいのではないか。あるいはそれを束ねるのが人間のマネジメントだと言われていたものでさえもAIがやるみたいな議論が巻き起こっているのです。・・・・ 

 

2020年1月25日 (土)

『日本労働研究雑誌』2020年特別号(715号)

715_special 『日本労働研究雑誌』2020年特別号(715号)は、昨年6月の労働政策研究会議の報告をまとめたもので、メインは外国人労働者問題です。

https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2020/special/index.html

パネルディスカッション●外国人労働者をめぐる政策課題
論文
外国人労働者をめぐる政策課題─労働法の観点から 早川智津子(佐賀大学教授)
特定技能制度の性格とその社会的影響─外国人労働者受け入れ制度の比較を手がかりとして 上林千恵子(法政大学教授)
労働需給ボトルネック発生メカニズムと国際・国内移動の経済効果の分析─労働市場と外国人労働者政策の日独比較研究から 井口泰(関西学院大学教授)
外国人労働者をめぐる政策課題 指宿昭一(暁法律事務所) 

ぱらぱら見ていくと、上林さんの報告の中に、私が10年前に書いた一節が出てきて、思わずのけぞりました。

・・・この点が、濱口桂一郎による「労使の利害関係の中で政策方向を考える労働政策という観点が否定され、もっぱら出入国管理政策という観点からのみ外国人政策が扱われてきた。言い換えれば、「外国人労働者問題は労働問題に非ず」「外国人労働者政策は労働政策に非ず」という非現実的な政策思想によって、日本の外国人労働者問題が取り扱われてきた」(濱口2010:274)という批判につながったのである。

これに対して特定技能はフロントドアからの外国人労働力導入政策なのですが、そこには早川さんや指宿さんも指摘するようにいろいろな問題があります。

実はこの特定技能の評価も含めた日本の外国人労働政策に関するわたくしの最新の認識については、今年3月に刊行予定の野川忍編著『労働法制の改革と展望――働き方改革を超えて』(日本評論社)に寄稿した第13章「日本の外国人労働者法政策――失われた30年」でやや詳しく論じております。

https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784535524224

それ以外の自由論題の中では、雨夜真規子さんの「副業・兼業労働者に係る給付基礎日額の算定基礎についての検討」が、ちょうど今国会に提出される法改正案のなかの労災保険の通算を扱っています。

この論文でも引かれていますが、多重就業者の労災保険についてはいくつか裁判例があり、そのうち国・淀川労基署長(大代興業ほか)事件につは、結局ジュリストには載せませんでしたが判例評釈したことがあり、

http://hamachan.on.coocan.jp/rohan151113.html

その時にこういう感想を述べておりました。

・・・上記1で一般論としては否定的に論じた労働時間の通算についても、空間的に同一場所において行われる類似した業務を別々の企業に請け負わせることによって通算を回避することがあり得るとすれば、むしろ通算を肯定的に解すべきではないかとも考えられる。
 本件ではA興業の業務だけで業務起因性が肯定されるほどの過重労働となっていたので、争点は主として給付基礎日額の算定にとどまったが、仮に上記さまざまな業務を細かく切り分け、別々の企業に行わせていたら、単体としては業務起因性が肯定され得ないような短時間の労働が同一場所で連続的に行われるような状況もありうるのであり、かかる状況に対しても「何ら関係のない複数の事業場において業務に従事し、何ら関係のない複数の事業主からそれぞれ賃金の支払いを受ける場合」とみなすような解釈でいいのかも考えるべきであろう。
4 現行法規を前提とする限り、本件において本判決の結論を否定することは困難であるが、従来から重層請負が通常であった建設業に限らず、近年広い業種においてアウトソーシングが盛んに行われている現在、少なくとも上記労災補償法制や安全衛生法制と類似した状況下にある者については、何らかの対応が必要であると思われる。会社をばらばらにして別々に委託すれば、まとめて行わせていれば発生したであろう使用者責任を回避しうるというようなモラルハザードは望ましいものとは言えない。  

 

2020年1月24日 (金)

『Japan Labor Issues』2010年2月号

Jli_20200124161801 『Japan Labor Issues』2020年2月号がアップされました。

https://www.jil.go.jp/english/jli/documents/2020/021-00.pdf

Trends
Key Topic: Thirty Years since JTUC-Rengo's Foundation: Challenges and Prospects for Japan's Labor Movement (PDF:273KB)
OGINO Noboru

Judgments and Orders
Legal Liability Regarding "Power Harassment" and the Scope of That Liability: The Fukuda Denshi Nagano Hanbai Case (PDF:197KB)
TAKIHARA Hiromitsu

Japan’s Employment System and Public Policy 2017-2022
Fringe Benefits (PDF:726KB)
NAKAMURA Ryoji

Book Review
Akiomi Kitagawa, Souichi Ohta, and Hiroshi Teruyama, The Changing Japanese Labor Market: Theory and Evidence (PDF:234KB)
Arthur Sakamoto (Texas A&M University

JILPTの労働法系研究員が持ち回りで執筆している「Judgments and Orders」ですが、今回は滝原さんがもともとの持ちネタであるハラスメント事案を評釈しています。事案はフクダ電子長野販売事件(東京高裁2017年10月18日)ですが、外国人向けの雑誌論文として、いくつもの裁判例を紹介しています。タイトルに「Power Harassment」が入っていますが、当然これでは外国人には通じないので、この言葉の由来もちゃんと解説しています。

また、評釈の後半では、近年のハラスメントに関する立法の動向についても詳しく紹介しています。

ほほえましい光景

513gjbua3l__sl500_sx354_bo1204203200_ 今から30年以上も前に出た本に、こういう一節がありましたが、これのおかしさが分からない人、思わずにやりとしなかった人は、ジョブ型なんていう言葉をうかつに口にしてはいけませんぞよ。

・・・どこかで経営学を勉強してきた管理職が、「もっと責任と権限を明確にしなければならない」などと一席ぶった後、まだその舌の根も乾かぬうちに、部下に向かって「諸君は常に自分の職務より一段上の仕事をこなすように心がけなければならない」などと訓示を垂れるなどのほほえましい光景は、日常茶飯に遭遇するところである。・・・・

まことに日常茶飯ですなあ。

 

 

メンバーシップ型外国人労働政策を求める経済団体

これは、昨年5月に書いたこのエントリの延長線上の話ですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/05/post-03bb33.html (ジョブ型入管政策の敗北)

これ、逆に今まではなぜ文科系大学卒業生には「技術・人文知識・国際業務」という在留資格を求めていたのかというと、そりゃ世界共通のジョブ型社会の常識から言って、大学まで行ってわざわざ何かを勉強するというのは、そこで学んだ知識や技能を活かして仕事をしたいからだろう、という日本型メンバーシップとは異なる世界の常識に合わせていたからなんですね。
ところが、残念ながら日本の企業の行動様式はそういうジョブ型社会の常識とは全く違っているので、なんとかしろと詰め寄られたら、まあこうするしかないわけです。現に日本の文科系大学の卒業生は、学んだジョブのスキルと違うなどというくだらないことは一切考えずに何でもいいから空白の石版で就職(就社)しているんだから、外国人留学生だって郷に入れば郷に従えというわけです。
ひとりジョブ型原理で孤軍奮闘していた入管政策の敗北と言いましょうか。

特定活動なんて生ぬるいものじゃだめだ、とっとと現場の単純作業を「技術・人文知識・国際業務」の在留資格で認めろ!というのが、内閣府の規制改革推進会議雇用・人づくりワーキング・グループで、経済団体が訴えていることなんですね。その団体は経団連では無くて新経済連盟、世間的には今までの日本型システムを全否定するかの如き威勢のいい議論を展開している団体ですが、ここで言っているのは、その正反対、世界標準のジョブ型労働システムに即して作られた「技術・人文知識・国際業務」の在留資格は日本の現場感覚に合わないからさっさと変えろ!という主張になっています。

https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/koyou/20200120/agenda.html

https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/koyou/20200120/200120koyou05.pdf

Kisei01_20200124115001

Kisei02
いやもちろん、日本型雇用システムを前提とすれば、正社員はみんなエリート候補生の総合職で、初めはみんな現場で単純作業から、というのはなんら不思議ではないわけですが、それをそうじゃない世界からやってきた外国人にも適用するから、制度もそっちに合わせろというのは、国内向けにはその日本型システムをさんざんに批判してきた団体が言うことなのかな、という疑問が湧いてきます。

ちなみに、同じようなトピックをテレビ報道をネタにして、川端望さんが書かれています。

https://riversidehope.blogspot.com/2020/01/blog-post_19.html (「この外国人をホワイトカラー職務に就かせる」と約束して肉体労働をさせる違法行為は,外国人労働者も日本人労働者も大学をも脅かす )

 

 

 

 

 

2020年1月23日 (木)

『月刊連合』1・2月号で神津会長がウーバーイーツユニオンにエール

Covernew_20200123211701 『月刊連合』1・2月号をお送りいただきました。巻頭で、神津会長がウーバーイーツユニオンの前葉委員長以下の組合員の方々と対談しています。

https://www.jtuc-rengo.or.jp/shuppan/teiki/gekkanrengo/backnumber/new.html

"自由な働き方"に何が起きているのか!?
ウーバーイーツ配達員の声
ウーバーイーツ ユニオン × 神津里季生 連合会長
「ウーバーイーツ(Uber-Eats)」は、マッチングプラットフォームを介した飲食宅配代行サービス。客がアプリから注文すると、登録している配達員が飲食店から品物を受け取って客に届ける仕組みだ。その配達員が2019年10月3日、労働組合・ウーバーイーツユニオンを結成し、注目を集めている。「自由な働き方」に今どんな問題が起きているのか。何を求めて行動しているのか。ウーバーイーツユニオン前葉富雄執行委員長と組合員が、神津会長と本音で語り合った 

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今話題の雇用類似の働き方のうち、実際に体を動かすフィールドタイプの労働としては、日本ではこのウーバーイーツが近年急激に拡大し、話題になっていますが、この段階でさっそくユニオンの声を月刊誌で取り上げるというのは、いいフットワークだと思います。

厚生労働省の雇用類似の論点整理検討会もそろそろ大詰めになりつつあるようですが、データのやり取りに終始するクラウドワークはなかなかとっかかりがないとしても、こういう事故の危険と隣り合わせの雇用類似の働き方は、何らかの対応が喫緊の課題であることは間違いありません。ただ、この検討会は担当局の権限の範囲からして、集団的労使関係の問題には踏み込めないので、こういう働き方にこそ労働組合が必要じゃないか、というメッセージは、それこそ連合が先頭に立って叫んでいく必要があるのでしょう。

 

 

郵便受けに本を突っ込まれても紹介はしません

51smrigfxzl_sx350_bo1204203200_ 私は原則として私宛にお送りいただいた書籍は本ブログで紹介することとしておりますが、それはあくまでも、労働研究者であるわたくしに読んでほしいというご要望に応じたいと思うからであって、見境なく郵便受けに本を突っ込まれても、そんな本は紹介しません。見もせずにそのままゴミ箱に突っ込みます。勝手に送りつけて100万部のうちに勘定しないでいただきたい。

長谷川和夫・猪熊律子『ボクはやっと認知症のことがわかった』

321906000708 長谷川和夫・猪熊律子『ボクはやっと認知症のことがわかった 自らも認知症になった専門医が、日本人に伝えたい遺言』(KADOKAWA)を、共著者である猪熊さんよりお送りいただきました。

https://www.kadokawa.co.jp/product/321906000708/

「この本は、これまで何百人、何千人もの患者さんを診てきた専門医であるボクが、また、『痴呆』から『認知症』への呼称変更に関する国の検討委員も務めたボクが、実際に認知症になって、当事者となってわかったことをお伝えしたいと思ってつくりました」――(「はじめに」より抜粋)
2017年、認知症の権威である長谷川さんは、自らも認知症であることを世間に公表しました。その理由はなぜでしょう? 研究者として接してきた「認知症」と、実際にご自身がなってわかった「認知症」とのギャップは、どこにあったのでしょうか? 
予防策、歴史的な変遷、超高齢化社会を迎える日本で医療が果たすべき役割までを網羅した、「認知症の生き字引」がどうしても日本人に遺していきたかった書。認知症のすべてが、ここにあります。 

認知症になった長谷川さんの映像は、先日NHKスペシャルで流れていましたが、その長谷川さんが読売新聞の猪熊さんの手助けを借りつつ、自らの認知症研究と自らの認知症の姿を絡ませながら描き出したのがこの本です。

第1章 認知症になったボク
第2章 認知症とは何か
第3章 認知症になってわかったこと
第4章 「長谷川式スケール」開発秘話
第5章 認知症の歴史
第6章 社会は、医療は何ができるか
第7章 日本人に伝えたい遺言 

 

『2020年版経営労働政策特別委員会報告』

4818519073 経団連より『2020年版経営労働政策特別委員会報告』をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

http://www.keidanren-jigyoservice.or.jp/public/book/index.php?mode=show&seq=569&fl=

 労働力人口の急速な減少、デジタル革新の進展など、企業を取り巻く経営環境が大きく変化する中、企業は、こうした変化をチャンスとして捉え、新たな価値創造を目指すことが必要です。企業は、働き手一人ひとりが自ら育つ環境を整備しながら、エンゲージメントを一層高めて、生産性向上を実現することで、その果実を様々な処遇改善につなげることができます。一方、世界経済の減速を受けて、足もとの企業業績はまばら模様であり、日本経済の先行きへの不透明感は高まっています。賃金については、様々な考慮要素を勘案しながら、適切な総額人件費管理の下で、自社の支払い能力を踏まえ、労働組合等との協議を経て賃金を決めるという「賃金決定の大原則」に則りながら、自社の状況に見合った賃金引上げ方法について、企業労使で徹底的に議論を行い、検討していくことが重要です。
 2020年版の「経営労働政策特別委員会報告」(経労委報告)は、今年の春季労使交渉・協議における賃金改定や総合的な処遇改善に関する経営側の基本スタンスを示すとともに、アウトプットの最大化に注力する「働き方改革フェーズⅡ」の考え方、働き手のエンゲージメントを高める施策のポイント、日本型雇用システムの課題と今後の方向性、Society 5.0時代に活躍する人材育成のあり方、直近の雇用・労働分野における法改正の内容と企業に求められる対応などについても言及しています。今次労使交渉・協議における経営側の指針書としてご活用ください。 

既にマスコミ等で大きく取り上げられていますが、今回の報告は、日本型雇用システムの見直しを正面から取り上げた点が注目されています。

戦後から長きにわたって我が国企業の発展を支えている「日本型雇用システム」は、①学校を新たに卒業した学生等の一括採用、②定年までの長期・終身雇用を前提に、企業に所属するメンバー(社員)として採用した後、職務を限定せず社内でさまざまな仕事を担当させながら成長を促す人材育成プロセス、③勤続年数や職務経験を重ねるに伴って職務遂行能力(職能)も向上するとの前提で毎年昇給する年功型賃金などを主な特徴としている。こうした雇用システムは「メンバーシップ型」と称される。特定のポストに空きが生じた際に、その職務(ジョブ)・訳医割を遂行できる能力や資格のある人材を社外から獲得あるいは社内での公募により対応する欧米型の「ジョブ型」と対比される。・・・

と、拙著でも繰り返してきた教科書的な説明の後、

そのメリットとデメリットを列挙し、今後の方向性として、「直ちに自社の制度全般や全社員を対象としてジョブ型への移行を検討することは現実的ではない」とした上で、「まずは、「メンバーシップ型社員」を中心に据えながら、「ジョブ型社員」が一層活躍できるような複線型の制度を構築・拡充していく」ことを示しています。

複線型というのは、つまり、

・・・各企業においては、自社の経営戦略にとって最適な「メンバーシップ型」と「ジョブ型」の雇用区分の組合せを検討することが基本となる。・・・

と、そういう言葉は出てきませんが、25年前の『新時代の「日本的経営」』の雇用ポートフィリオみたいなイメージですが、だとすると、25年前の「高度専門能力活用型」が不発に終わった失敗を繰り返さないように、どう手当てをしていくかという点が重要でしょう。こういう台詞は出てきますが、やや迂遠な感もあります。

・・・キャリア面では、メンバーシップ型とジョブ型社員の双方から、経営トップ層へ登用していく実績を作り、自社における複線型のキャリア発展空間を感じてもらうことで、定着率向上を図ることが考えられる。

一方で、経労委報告の半世紀近く前からの本題である春闘の賃上げ話については、「企業が社員を雇用する際に必要な費用の総額である「総額人件費」の観点が不可欠」と、メンバーシップ型を前提とした総額人件費主義に立っていて、連合の春闘方針の月例賃金引上げ偏重を批判していますが、このあたり、雇用システムの総論に対するスタンスと、具体的な賃金引上げの議論のスタンスが、ずれているように見えるのも興味深いところです。

本当にジョブ型になるんだったら、ほっといても定期昇給で上がっていくということはなくなるので、「定昇込みいくら」なんていうごまかしはきかなくなり、ガチンコの賃上げ交渉にならざるを得ないはずですが、そこまでの発想は労使双方ともないのでしょう。

 

 

 

 

 

 

残業代と有休の時効@『労基旬報』2020年1月25日号

『労基旬報』2020年1月25日号に「残業代と有休の時効」を寄稿しました。

 昨年(2019年)末の12月27日、労政審労働条件分科会はなんとか「賃金等請求権の時効の在り方について」建議にこぎ着けました。この経緯については周知のところですが、一応簡単に振り返っておきましょう。2017年5月に民法(債権法)の大改正が行われ、来る2020年4月から施行される予定ですが、その中に時効に関する規定の改正があります。これまでは原則は10年ですが、月又はこれより短い時期によって定めた使用人の給料にかかる債権は1年間行使しないときは消滅するという短期消滅時効の規定があったのですが、これが廃止され、債権者が権利を行使することができることを知ったとき(主観的起算点)から5年間行使しないとき又は権利を行使することができるとき(客観的起算点)から10年間行使しないときに時効で消滅することとなりました。
 一方、民法の特別法としての労働基準法では、短期消滅時効の1年を少し伸ばして、賃金、災害補償その他の請求権は2年間行使しないときは消滅するとされています(115条)。ところが民法改正で原則が5年に延びるのに、労働者保護のための労働基準法の保護水準が民法の一般原則よりも低くなってしまうのは問題ではないか、というのが、今回の見直しの出発点です。厚生労働省は2017年12月から「賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する検討会」(学識者8名、座長:岩村正彦)を開催し、2019年6月に報告書を取りまとめたのですが、そこでは賃金等請求権の消滅時効について将来にわたり2年のまま維持する合理性は乏しく、労働者の権利を拡充する方向で一定の見直しが必要と述べていますが、具体的な数字は挙げていません。これは使用者側の反対が強かったためです。また、後に論じますが、年次有給休暇請求権については取得率向上という政策に逆行するとして延長に否定的な見解を示しています。
 これを受けて同年7月から労政審労働条件分科会で公労使による審議が始まり、冒頭述べたように年末の12月27日にようやく建議にこぎ着けたわけです。その内容は一言で言えばまさに妥協の産物で、原則は民法に合わせて5年とするとしながらも、「賃金請求権について直ちに長期間の消滅時効期間を定めることは、労使の権利関係を不安定化するおそれがあり、紛争の早期解決・未然防止という賃金請求権の消滅時効が果たす役割への影響等も踏まえて慎重に検討する必要がある」として、当分の間3年とするというものです。3年という数字の根拠としては、現行の労基法109条の記録の保存期間に合わせたという説明ですが、やや後付けの理屈という感があります。
 実を言えば、経営側が5年への延長に強く反発したのは、これがもっとも影響するのが不払い残業代請求、それも解雇や退職をめぐるトラブルでいわば事後的に出てくる残業代請求の事案だからでしょう。本来からいえば払うべきと分かっていて不当に支払っていなかった賃金債務を免れたいというのはあまり堂々と言える話ではないはずですが、不払い残業代事案の場合、管理監督者や固定残業代といった仕組みの下で、労働者も納得して不支給だったはずなのに、辞めた後に残業代不払いだといって遡って請求してくるのはおかしいじゃないか、という気持ちがあるのだと思われます。
 しかし、この問題に対してはもう一つ別の視点からの議論がありうるのではないかと思います。それは、賃金請求権以外の請求権については、現行の2年の消滅時効期間を維持すべきだとされていることとの関係です。とりわけ年次有給休暇請求権については、「労働者の健康確保及び心身の疲労回復」という制度趣旨から、年休権が発生した年のうちに確実に取得するべきもので、消滅時効期間を延長したら却って年休取得率向上という政策の方向性に逆行するとしています。この点については労働側も同じ意見であり、5年に延ばすべきではないと言っています。
 ここで、賃金問題と労働時間問題との間に線引きがされています。賃金問題はそもそも民法の雇用契約に基づく報酬請求権であり、そちらに従うのが原則であるのに対して、労働時間問題は労働者の健康確保という政策目的に資するかどうかで判断すべきだと。この線引きには私もまったく同意します。しかしだとすると、残業代問題は単純に賃金問題と言っていいのか、これこそまさに労働者の健康確保のための政策ではないのだろうか、という疑問が湧いてきます。
 労働基準法37条は、同法第3章(賃金)ではなく第4章(労働時間、休憩、休日及び年次有給休暇)に置かれています。現実はともかく、少なくとも建前上は、同法37条による残業代・休日手当は、少ない基本給を補填するためではなく、本来あるべきでない残業や休日出勤を(使用者に対するコストを通じて)抑制するための政策手段であるということになっています。
 だとすると、賃金請求権のうち残業代・休日手当に係る部分(労基法37条によって創設された部分)については、民法の一般原則に従うのではなく、労働者の健康確保という政策立法の趣旨に従って、できるだけ早いうちに、退職後になってから遡って請求するのではなく、できれば在職中に残業や休日出勤をできるだけ抑制しうるように、5年に延長せず、短期のままにとどめるべきなのではないでしょうか。有休と同じように。
 いやもちろん、これは現実の労働者の感覚とは遥かにかけ離れた超建前論です。しかし、今回の改正の影響する最大領域である不払い残業代問題の根底には、こういう本質的な疑問を呼ぶ部分があるということは認識しておいていいのではないでしょうか。 

 

2020年1月19日 (日)

(フォーラム)「妖精さん」どう思う?@朝日新聞

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今朝の朝日新聞の7面が、一面全部充てて「(フォーラム)「妖精さん」どう思う?」という特集を組んでいます。

https://www.asahi.com/articles/DA3S14332432.html

26184472_1_20200119085401 最近バズっている「働かないおじさん」を、「妖精さん」と名付けた朝日新聞の昨年の記事の拡大版、というか、ネット上ではすでに公開されていたものが紙面に載ったものですが、立教大学の中原さんとわたくしのインタビュー記事がかなりの分量掲載されています。私のは、ご覧の通り、『日本の雇用と中高年』(ちくま新書)のエッセンスになっています。

記者は53歳。年功賃金制度の下で約30年勤めてきましたが、「働かないおじさん」に対する若者世代の冷たい視線におびえてしまいます。どう受け止めればいいのか、独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)研究所長の濱口桂一郎さんに聞きました。(浜田陽太郎)
       ◇
 確かに年功賃金によって、貢献度に比べて報酬が高過ぎる中高年社員が生まれやすい状況はある。でも「既得権にしがみつき、けしからん」と、世代間の対立をあおるのは非生産的です。
 中高年の中には、そうして高い処遇を受ける「得な人」も、リストラされ再就職もままならない「損な人」もいる。若者の間にも新卒で正社員になれた「得な人」もいれば、非正規の仕事しかない「損な人」もいる。日本は「得」と「損」の差が大きいことが問題なのです。
 日本は年功序列や終身雇用を前提とした「メンバーシップ型社会」として発展してきました。1922年、呉海軍工廠(こうしょう)の技術将校が、年齢と家族数で賃金を決める生活給を提唱したのが出発点とされています。これが戦後、「電産型賃金体系」として確立しました。
 一方、欧米は「ジョブ型社会」。まず職務があり、それをこなせる人をその都度採用する。仕事がなくなれば整理解雇されます。
 私が提案するのは「ジョブ型正社員」。これまでの正社員のようにムチャクチャに働かされることなく、職務や職場、労働時間が「限定」された「無期雇用」の労働者です。欧米の普通の労働者と同じです。職務がある限りは解雇されません。非正規社員のように、たとえ職務があっても雇用契約の更新が保証されず、常に雇い止めのプレッシャーにさらされることはなくなります。更新拒否を恐れてパワハラ、セクハラ被害に泣き寝入りすることもありません。ただし、仕事がなくなれば整理解雇されるという点で、これまでの「正社員」とは違います。
 「60歳定年で非正規化し、70歳まで継続雇用」という、これまでの延長線上の対応では難しい。60歳の前後で働き方が途切れないよう一部のエリートを除き、40歳ごろからジョブ型正社員として専門性を高めるキャリア軌道に移しておくのです。
 日本の大卒が「社長を目指せ」とエリートの期待を背負って必死に働かされ、モチベーションを維持できるのは、30代くらいまででしょう。それ以降は出世にしばられない「ホワイトなノンエリートの働き方」を考えた方が幸せでしょう。
 欧州では公的な制度が支えている子育てや教育費、住宅費などは、日本では年功賃金でまかなわれています。ジョブ型正社員の普及を目指すなら、社会保障制度の強化が必要です。雇用の改革に向けて、社会保障を含めた「システム全とっかえ」の議論を、慎重かつ大胆に行うべきでしょう。 

ちなみに、紙面の下の方には、「まさに自分が妖精さんなので何も言えないですが」という50代男性、「若い頃は頑張ったものだ、と言われて10倍近い給与をもらっていきますが、本当にそれなら当時支払われるべきでは? 世代間のモヤモヤで転職を考えることもあります」という20代女性、「中高年社員を妖精と呼ぶ若い人に言っておく。貴君らの背後にはもっと若い連中が迫っていることを忘れるなよ」という80代男性、「昔は妖精じゃなくて妖怪と言った。若い時はああなりたくはないと思ったが、年をとったら自分がそうなってしまった」という60代男性など、いろんな人のコメントが載ってて、これがなかなか面白い。

 

 

2020年1月18日 (土)

受動喫煙対策の求人明示義務

今日は超トリビアどんですが、

例によって焦げすーもさんのつぶやきにこたえて、

https://twitter.com/yamachan_run/status/1218379419175145473

受動喫煙対策、求人に明示義務 厚労省:日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO42972410X20C19A3EE8000/ …
→この前、電話質問を受けるまで知らんかったな。 

11021851_5bdc1e379a12a_20200118204701 これも、一昨年に出た拙著『日本の労働法政策』の労働安全衛生法政策の最後のところに時間切れ気味ながらこう記しておきました(p503)。

・・・また、今回の法律とは別に関係省令等により、従業員の募集を行う者に対しては、どのような受動喫煙対策を講じているかについて、募集や求人申し込みの際に明示する義務を課すことにしている。

その後、本書刊行以後の2019年5月に職業安定法施行規則が改正され、募集や求人申込みの際に明示すべき義務として、「就業の場所における受動喫煙を防止するための措置に関する事項」が追加されました。そして2019年7月、労働基準局長名で「職場における受動喫煙防止のためのガイドライン」(基発0701第1号)が発出され、労働安全衛生法の努力義務と健康増進法の措置義務等とを一体的に示しています。監督官の皆様は了知しているはずですよね。

 

 

 

 

2020年1月17日 (金)

借金肩代わりの就活サービスって・・・・

ちょっと気になる記事がビジネスインサイダーにありました。

https://www.businessinsider.jp/post-205808 (“奨学金を肩代わり”就活サービス「Crono Job」。大学生の2人に1人が「借金」している現状変える)

求職者の奨学金返済を肩代わりする求人プラットフォーム「Crono Job」は、同名の求人サイトの掲載企業に就職が決まると、借り入れ中の奨学金を企業が代わりに返済してくれるサービスだ。貸与型奨学金・民間教育ローンの利用者であれば誰でも登録でき、新卒・中途は問わない。
企業による返済は、入社後に一括で肩代わりするか勤続年数や評価に応じて段階的に行うかが、企業によって決められている。すでにDMM、ドリコム、CAMPFIRE‎など8社が契約しており、約100名の求職者が登録している。

いやちょっと待て、それって、労働契約と金銭消費貸借契約をリンクさせるって事だよね。

まえにも本ブログで紹介したことがありますが、2003年に職業安定法が改正されるまでは、こういう規定が存在していたのです。

(兼業の禁止)
第三十三条の四 料理店業、飲食店業、旅館業、古物商、質屋業、貸金業、両替業その他これらに類する営業を行う者は、職業紹介事業を行うことができない。

なぜこんな規定があったのか。

おらぁ、貸した金、利子付けて返せゃ。返せねえなら体で返してもらおうか・・・。 

という世界があったからですね。そんな野蛮な世界はもうなくなったから(ほんまかいな)という理由でこの規定は17年前に削除されたのですが、ほんまかいな。

今回のビジネスモデルはもちろんこれとは違い、この人材ビジネス自体が金貸しになるわけではありませんが、そのあっせんで当該借金を背負った学生さんを雇う会社は、単に「仕事してくれたから給料払うよ」というだけの立場ではなく、「貸した金返せや」と言える立場になるわけです。DMMとかが。

うん、確かに現行法上どこにも問題はないといえばないのですが、なんだかとても胸騒ぎがするのは心配のしすぎでしょうか。

 

飯塚健二『「職場のやっかいな人間関係」に負けない法』

51klb82a5tl 飯塚健二『「職場のやっかいな人間関係」に負けない法』(三笠書房)をお送りいただきました。

https://www.mikasashobo.co.jp/c/books/?id=100280100

こんなメソッドがあったのか! 
ベルギーで開発された、人の「行動特性」を知る画期的なツール――
「iWAM(アイワム)」をベースに提案する人間関係の戦略
“出しゃばり”人間には → 「お先にどうぞ戦略」
“猪突猛進”人間には → 「目標共有戦略」
“心配性”人間には → 「不安言語化戦略」
“頑固一徹”人間には → 「問答法戦略」
“優柔不断”人間には → 「偉い人がいっている戦略」
“歯に衣着せぬ”人間には → 「ビシッと対処する戦略」

かわす、受け流す、立ち向かう――職場の「あの人」にもう振り回されない法 

まあ、人間関係術ということでしょうか。

 

EU経団連が中国との関係見直しを提言

Unice 欧州委員会が協議を開始したEU最低賃金という案について、欧州労連はもちろん賛成してますが、経営側はどう言っているかなと思って、欧州経団連(ビジネス・ヨーロッパ)のサイトを見に行ったら、そちらへのコメントはまだ出ていませんが、昨日付で「EUは中国との関係を抜本的に見直すべき」という意見書をアップしていました。これがなかなか興味深い。

https://www.businesseurope.eu/publications/eu-should-fundamentally-rebalance-its-relationship-china

意見書本体は160ページに及ぶ大部の冊子ですが、

https://www.businesseurope.eu/sites/buseur/files/media/reports_and_studies/2020-01-16_the_eu_and_china_-_addressing_the_systemic_challenge_-_full_paper.pdf

要するに何を言っているかというと、

Systemic challenge and market-distorting practices must be addressed 

近年の中国の国家主導経済体制に対して、市場を歪めると批判しているんですね。

European business wants to build a stronger and fairer economic relationship, but systemic challenges prevent European companies from untapping this economic potential. The obstacles created by China’s state-led economy lead to market distortions in China, in the EU and in third countries. We call on the EU to reconsider how it engages with China, so that it can seize the opportunities and mitigate the distortions and challenges created by China’s state-led economy. 

近年、香港や台湾など、政治的自由の問題が話題になっていますが、中国の経済体制の問題がEUでここまで深刻になっているというのも、念頭に置いておくべきことなのでしょう。

Unicechina なお、親切なことに中国語のサマリーまで用意してあります。

https://www.businesseurope.eu/sites/buseur/files/media/reports_and_studies/2020-01-16_the_eu_and_china_-_executive_summary_chinese_translation.pdf

 

2020年1月16日 (木)

EUが最低賃金について労使団体に第一次協議

一昨日(1月14日)付けで、欧州委員会が最低賃金に関する労使団体に対する第一次協議を開始したようです。

https://ec.europa.eu/social/BlobServlet?docId=22219&langId=en (First phase consultation of Social Partners under Article 154 TFEU on a possible action addressing the challenges related to fair minimum wages)

これは、なまじEU労働法を知っている人にとっては却って驚くべき話です。なぜなら、EU運営条約は明文の規定で以て賃金をEUの権限から排除しているからです。

とはいえ、これは政治的な案件なのかも知れません。

ブレグジットで、何でも反対するイギリスはもう何も言わなくなるという状況もあるのかも。

もう少し情報を調べてみる必要がありそうです。

 

2020年1月15日 (水)

短時間勤務有期雇用教職員(最年少准教授)の懲戒解雇

例の最年少准教授(短時間勤務有期雇用教職員)に対し、雇用主である国立大学法人東京大学が懲戒解雇の処分を下したようです。

https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/z1304_00124.html

東京大学は、大学院情報学環 大澤昇平特任准教授(以下「大澤特任准教授」という。)について、以下の事実があったことを認定し、1月15日付けで、懲戒解雇の懲戒処分を行った。
<認定する事実>
 大澤特任准教授は、ツイッターの自らのアカウントにおいて、プロフィールに「東大最年少准教授」と記載し、以下の投稿を行った。
(1) 国籍又は民族を理由とする差別的な投稿
(2) 本学大学院情報学環に設置されたアジア情報社会コースが反日勢力に支配されているかのような印象を与え、社会的評価を低下させる投稿
(3) 本学東洋文化研究所が特定の国の支配下にあるかのような印象を与え、社会的評価を低下させる投稿
(4) 元本学特任教員を根拠なく誹謗・中傷する投稿
(5) 本学大学院情報学環に所属する教員の人格権を侵害する投稿
大澤特任准教授の行為は、東京大学短時間勤務有期雇用教職員就業規則第85条第1項第5号に定める「大学法人の名誉又は信用を著しく傷つけた場合」及び同項第8号に定める「その他この規則によって遵守すべき事項に違反し、又は前各号に準ずる不都合な行為があった場合」に該当することから、同規則第86条第6号に定める懲戒解雇の懲戒処分としたものである。 

その東京大学短時間勤務有期雇用教職員就業規則も添付されておりまして、

https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400130020.pdf

(懲戒の事由)
第85条 短時間勤務有期雇用教職員が次の各号の一に該当する場合には、懲戒に処する。
(5) 大学法人の名誉又は信用を著しく傷つけた場合 

(懲戒)
第86条 短時間勤務有期雇用教職員の懲戒は、戒告、減給、出勤停止、停職、諭旨解雇又 は懲戒解雇の区分によるものとする。
(6) 懲戒解雇 予告期間を設けないで即時に解雇する。  

というわけで、事業所内部における法的根拠は上記の通りですが、いうまでもなく大澤氏にはこれを不当解雇として訴える権利があります。

その場合の参照条文は労働契約法のこれですが、

(懲戒)
第十五条 使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
(解雇)
第十六条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。 

懲戒処分としても解雇としても、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められるかどうかが問題になるわけですが、

実は、大澤氏はテニュアのある常勤准教授ではなく、短時間勤務有期雇用教職員ですので、今回の解雇は労働契約法16条の解雇ではなく、次の17条の方になります。

(契約期間中の解雇等)
第十七条 使用者は、期間の定めのある労働契約(以下この章において「有期労働契約」という。)について、やむを得ない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができない。 

おそらく圧倒的に多くの方々(労働法関係者を除く)の常識に反すると思われますが、有期契約労働者の期間途中解雇は無期契約労働者の解雇よりも(理屈の上では、上だけでは)難しいのです。後者は客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性があればいいのに、前者は「やむを得ない事由」が必要なんですから。それがそうなっていないのはなぜかというのは、雇用システム論を小一時間ばかり論ずる必要があるので、ここではパスしますが。

もひとつ、労働行政関係者であればここで思いだしておかなければならない規定がありますね。労働基準法20条1項但し書きです。

(解雇の予告)
第二十条 使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない。但し、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合又は労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合においては、この限りでない。
2 前項の予告の日数は、一日について平均賃金を支払つた場合においては、その日数を短縮することができる。
3 前条第二項の規定は、第一項但書の場合にこれを準用する。 

今回の懲戒解雇は「「大学法人の名誉又は信用を著しく傷つけた場合」という「労働者の責に帰すべき事由に基いて」「予告期間を設けないで即時に解雇する」ものですから、本条3項により19条第2項が準用されます。

(解雇制限)
第十九条 使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない。ただし、使用者が、第八十一条の規定によつて打切補償を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合においては、この限りでない。
2 前項但書後段の場合においては、その事由について行政官庁の認定を受けなければならない。 

つまり、今回の懲戒解雇は、それが即時解雇であるがゆえに労働基準監督署の認定を受ける必要があります。まあ、労働法学者が何人もいる東京大学ですから、そこは抜かりはないでしょうが。

ちなみに、なぜかブログが閉鎖されている労務屋さんが、ツイッターで本件にコメントしていますが、

https://twitter.com/roumuya/status/1217346484024168448

ということで懲戒処分を行うことは正当としても、解雇は重きに失するのではないかというのが私の印象です。あくまで過去の判例などをもとにした検討であり、私の価値観は一切含まれておりませんのでどうかそのようにお願いします。 

わたしは解雇相当と思いましたが、それは当初の民族差別的発言それ自体というよりも、いったん反省したような発言をしながら、その後東大の部局や教員を誹謗中傷するような発言を繰り返したことが悪質と判断されたものと思われます。

名古屋と大阪でもやります

 

Nagoya1

 

Osaka

2020年1月14日 (火)

石井知章・及川淳子編『六四と一九八九』または「進歩的」「左派」の「歴史修正主義」

487699 石井知章・及川淳子編『六四と一九八九 習近平帝国とどう向き合うのか』(白水社)をお送りいただきました。ありがとうございます。

https://www.hakusuisha.co.jp/book/b487699.html

1989年に起きた一連の出来事が、急速に歪められ、忘却されつつある。その中心にあるのが六四・天安門事件である。
従来、「民主化の第三の波」(ハンチントン)や「国家超越的な共同社会」(M・ウォルツァー)への動きと理解されてきた〈一九八九〉は、いつのまにか「新自由主義革命」として矮小化されつつある。「民主化」ではなく「新自由主義」の確立がこの画期を特徴づけるというのだ。
果たしてそうなのだろうか――。本書はこの疑問から出発している。
「新自由主義革命」と事態を捉えた場合、30年後に緊迫化した香港情勢はどう理解すればいいのだろうか。また「紅い帝国」(李偉東)として世界に君臨しつつある習近平体制と民主化という視角なしに果たして対峙できるのか。
本書は、アンドリュー・ネイサン、胡平、王丹、張博樹、李偉東、矢吹晋、石井知章、及川淳子という、これ以上望めない世界的権威が六四と一九八九という歴史的事件に挑んだ。
その中核にあるのは、危機に瀕しているデモクラシーと市民社会の擁護である。過去のものとして暴力的に忘却されつつある両者をいかに恢復するか。その答えが六四・天安門事件にあるのだ。現代のはじまりとしての一九八九へ。 

本書もまた、あまりにも時宜に適したこの時期に世に問われる運命の本ですね。奥付の発行日2020年1月10日というのは、台湾の総統選挙で蔡英文氏が地滑り的勝利を収めた1月11日のその前日です。

本書の中身自体は、昨年6月に明治大学で開かれた国際シンポジウムの報告集ですが、まさに香港と台湾の市民がノーを突きつけている中国共産党の独裁体制を徹底して分析しているこの本ほど、今この時に読まれるべき本はほかにあり得ないという唯一の本といえましょう。

序章 「六四と一九八九」  石井知章
第一章 習近平と天安門の教訓  アンドリュー・J・ネイサン(大熊雄一郎訳)
第二章 「六四」が中国を変え、世界をも変えた  胡平(及川淳子訳)
第三章 天安門事件の歴史的意義  王丹(大熊雄一郎訳)
第四章 三十年後に見る天安門事件  張博樹(大熊雄一郎訳)
第五章 天安門事件が生んだ今日の中国  李偉東(大熊雄一郎訳)
第六章 趙紫陽と天安門事件ーー労働者を巡る民主化の挫折  石井知章
第七章 「一九八九年」の知的系譜ーー中国と東欧を繋ぐ作家たち  及川淳子
第八章 新全体主義と「逆立ち全体主義」との狭間で  矢吹晋
終章 「六四・天安門事件」を読む  及川淳子
あとがき  石井知章 

もちろん、本書の最大の読みどころは、中国から亡命して言論活動を続けている在外中国知識人による諸論考ですが、心中の炎を秘めつつ冷静な筆致を失わないそれらに比べて、序章とあとがきで編者の石井知章さんがほとんど噴出まぎわにまで至っているある種の「進歩的」「左派」に対する憤怒の思いが興味深いです。彼によれば、岩波の『思想』誌などに集うそういう「進歩的」「左派」は、習近平体制に対する「忖度」で、1989年問題に対する「沈黙」を繰り返しているというのです。その文章がどれくらい激情的かというとですね、

・・・だが、これは原因と結果の順番をまったくはき違えた深刻なる思想的倒錯であり、歴史的事実をあからさまにねじ曲げる本末転倒であるといわざるをえない。なぜなら、このポスト1989で創出された政治経済システムにおいて、まっさきに「新自由主義」体制を導入したのは、「社会主義体制」が崩壊した東欧ではなく、むしろ「血の弾圧」によって専制的権力の基礎をより盤石なものとした「現存する社会主義」、すなわち、ほかでもない一党独裁国家そのものとしての中国だったからである。・・・

・・・これらの言説は、汪暉や柄谷行人らによって推し進められた、いわば「日中間共同イデオロギー戦略の創出」とでも呼ぶべき知的作業の一環として理解できる。それは、習近平という「唯一の所有者」(マルクス)の政治的意志を密かに「忖度」しつつ、しかも「脱政治化」することに見事に成功しているという点において極めて象徴的である。これらはいずれも、「事実」を「事実」として認めることのできない、日本の歪んだ「進歩的」知識人たち、そしてシニシズムの言説に依拠してしか社会的には一言も発言できない、中国国内の「新左派」知識人たちの基本的性格をまざまざと示すものである。・・・

あとがきでは、石井さんはこういう「進歩的」「左派」をつかまえて「歴史修正主義」とまで罵倒しています。でも、それはまったく同感です。

 

 

 

 

 

2020年1月11日 (土)

OECDは団体交渉を断固お勧め

Oecdnego なぜかOECD東京センターの日本語ホームページにはまだ載ってないのですが、昨年11月OECDは「Negotiating Our Way Up : Collective Bargaining in a Changing World of Work」という報告書を発表しました。表題は何とも訳しにくいのですが、我々の前途を交渉で高めていこう、みたいな感じでしょうか。副題は文字通りで、変化する労働の世界における団体交渉、ですね。

https://www.oecd-ilibrary.org/docserver/1fd2da34-en.pdf?expires=1578720194&id=id&accname=guest&checksum=AAE2689D9E55FEBDBD5547DC25A2D2B2

OECDといえば、1990年代には新自由主義的な政策を唱道する奴らみたいに思われていましたが、その後21世紀にはどんどんソーシャル志向になっていき、遂に団体交渉をほめたたえる報告書を出すに至りました。

この270ページに及ぶ報告書は、またじっくり読んでいただくとして、ここではエグゼクティブ・サマリーだけちらりと見ておきましょう。

https://www.oecd-ilibrary.org/sites/c0bde291-en/index.html?itemId=/content/component/c0bde291-en

Co-ordination in wage bargaining is a key ingredient for good labour market performance  

Wage co-ordination across sectors and bargaining units is a particularly important dimension of collective bargaining. Bargaining systems characterised by a high degree of wage co-ordination across bargaining units are associated with higher employment and lower unemployment for all workers, compared to fully decentralised systems. This is because co-ordination helps the social partners to account for the business-cycle situation and the macroeconomic effects of wage agreements on competitiveness. ・・・

賃金交渉の調整はよき労働市場パフォーマンスの重要な要素だ

業種や交渉単位を超えた賃金調整は団体交渉のとりわけ重要な次元である。交渉単位を超えた高水準の賃金調整で特徴づけられる交渉システムは完全に分権化されたシステムに比べ、高水準の雇用と低い失業率の傾向がある。これは調整が労使団体に景気循環の状況と賃金協定の競争力に対するマクロ経済的影響を考慮することを助けるからだ。・・・

Collective bargaining systems and workers’ voice arrangements also matter for job quality 

This publication also explores the link between collective bargaining systems, workers’ voice arrangements, and the non-monetary aspects of job quality. In particular, it analyses social partners’ engagement in occupational safety and health, working time, training and re-skilling policies, management practices, and the prevention of workplace intimidation and discrimination. The quality of the working environment is higher on average in countries with well-organised social partners and a large coverage of collective agreements.  ・・・

団体交渉システムと労働者の発言のしくみは仕事の質にも重要だ

本報告書は、団体交渉システム、労働者の発言のしくみと、仕事の質の非貨幣的側面との関係も探求した。とりわけ、労働安全衛生、労働時間、職業訓練政策、経営慣行、職場のいじめや差別の防止への労使団体のかかわりを分析した。労働環境の質は、労使団体がよく組織され、労働協約の適用範囲が広い国々においてより高い。・・・

Collective bargaining and workers’ voice play an important role in preventing inequalities in a changing world of work, but they need to adapt  

As innovation, globalisation and population ageing transform the world of work, collective bargaining, when it is based on mutual trust between social partners, can provide a means to reach balanced and tailored solutions to issues of common concerns. It can ensure that all workers and companies benefit from the current transformations. ・・・・ 

団体交渉と労働者の発言は変化する労働の世界における格差の防止において重要な役割を果たすが適応する必要がある

技術革新、グローバル化、人口の高齢化が労働の世界を変える中で、団体交渉はそれが労使団体の相互信頼に基づくならば共通の関心事項に対するバランスの取れた解決策にたどり着く手段を提供しうる。それはすべての労働者と企業が今日の転換から利益を得ることを確保しうる。・・・

Making the most of collective bargaining and workers’ voice to address old and new labour market challenges  

This publication argues that, despite undeniable difficulties, collective bargaining and workers’ voice remain important and flexible instruments that should be mobilised to help workers and companies face the transition and ensure an inclusive and prosperous future of work. The need for co-ordination and negotiation mechanisms between employers and workers is heightened in the changing world of work. Whether considering key issues such as wage inequality, job quality, workplace adaptation to the use of new technologies, or support for workers displaced by shifts in industries, collective bargaining and workers’ voice can complement public policies to produce tailored and balanced solutions. The alternatives to collective bargaining are often either state regulation or no bargaining at all, since individual bargaining is not always a realistic option as many employees are not in a situation to effectively negotiate their terms of employment with their employer. ・・・ 

古くて新しい労働市場の課題に取り組むために団体交渉と労働者の発言を最大限に活用しよう

本報告書は否定しがたい困難にもかかわらず、団体交渉と労働者の発言が重要で柔軟な手段であり続け、変化に直面する労働者と企業を助け、包摂的で繁栄する労働の未来を確保するために動員されるべきだと主張する。使用者と労働者の間の調整と交渉のメカニズムの必要性は変化する労働の世界の中で高まっている。賃金格差、仕事の質、新技術の活用への職場の対応、産業転換による離職者への援助などの重要問題を考える際に、団体交渉と労働者の発言はバランスの取れた解決を生み出す上で公共政策を補完しうる。団体交渉の代替案はしばしば国家による規制か全く交渉なしになる。というのは、多くの被用者はその雇用条件について使用者と有効に交渉できるような状況にはないので、個別交渉は必ずしも現実的な選択肢ではないからだ。・・・・

 

マクロ世界史の時代区分と日本

Chikuma ちくま新書と言えば、私も『日本の雇用と中高年』を出しているんですが、そこが創業80周年記念ということで『世界哲学史』全8巻を刊行するんだそうです。

http://www.chikumashobo.co.jp/special/world_philosophy/

わたくしは哲学史に口をはさむ気は全くありませんが、そのラインナップを見て思ったことがあります。全8巻は古代2巻、中世3巻、近代2巻、現代1巻という構成ですが、各巻の中に西洋、中洋、東洋、それに日本もまんべんなく配置されています。で、その日本の章なんですが、

古代2巻に日本の章はありません。第3巻の中世Ⅰに「日本密教の世界観」が初めて登場、第4巻の中世Ⅱに「鎌倉時代の仏教」がでてきます。

そして第6巻の近代Ⅰに「江戸時代の「情」の思想」、第7巻の近代Ⅱに「「文明」と近代日本」が載っています。

いや、各巻に載っている世界各地の哲学の中に置けばまさに同時代の日本の哲学なので何の違和感もないのですが、これらだけを取り出して日本の歴史の中に配置したら、

なにぃ、平安時代が中世だって!?

なにぃ、江戸時代が近代だって!?

という違和感を引き出してしまうでしょう。

グローバルな視点から見れば、当然平安時代は中世であり、江戸時代は近代なのに、日本史の感覚ではそれが奇妙に見えてしまうということは、そっちの感覚がゆがんでいるということなのでしょうね。

200803000220 という話は、知っている方は知っている通り、すでに井上章一さんが『日本に古代はあったのか』(角川選書)でるる論じています。

https://www.kadokawa.co.jp/product/200803000220/

たまたま『世界哲学史』という企画があったのでそれをネタにしましたが、これはすべての分野で日本も含めたマクロ世界史を叙述しようとしたら起こることでしょう。同時代の世界史と時代区分がことごとく食い違う日本史学というのは、やはりどこか歪んでいる感じがします。

2020年1月 9日 (木)

梅崎修・池田心豪・藤本真編著『労働・職場調査ガイドブック』

9784502321917_240 梅崎修・池田心豪・藤本真編著『労働・職場調査ガイドブック―多様な手法で探索する働く人たちの世界』(中央経済社)をお送りいただきました。ありがとうございます。

https://www.biz-book.jp/労働・職場調査ガイドブック―多様な手法で探索する働く人たちの世界/isbn/978-4-502-32191-7

質的・数量的分析の手法をコンパクト&わかりやすく解説。手法ごとに執筆者が実際に行った調査の内容や経験談を紹介。情報の集め方や職場見学の留意点など便利な知識が満載。新しい時代の労働・職場調査の教科書。 

編著者の3人もよく存じ上げていますが、中の各章を執筆している方々の多くもいろんなところでお付き合いのある方が多く、日本の労働研究者の中堅から若手の人々が、それぞれに方法論と、それを使った研究を紹介しているという感じの本になっています。

各章の執筆者名はありませんが、大体こういう構成になっています。

序章労働・職場調査のすすめ
[第1部質的情報を使いこなす]
第1章企業の競争力や生産性を解明する:聞き取り調査(職場)
第2章制度の成り立ちを把握する:聞き取り調査(制度)
第3章職場を通じた「コミュニティ」を捉える:インタビューに基づく事例研究
第4章職場の内側から調査する:エスノグラフィー・参与観察
第5章仕事の実践を記述する:エスノメソドロジー
第6章仕事人生に耳を傾ける:ライフヒストリー
第7章労働の歴史を掘り起こす:オーラルヒストリー
第8章資料の中に人々の思いを探る:テキスト分析
第9章一緒に課題に取り組む:アクションリサーチ
第10章働く人の学びを捉える:質的データからのカテゴリー析出
[第2部数量的に把握する]
第11章制度の仕組みと機能を明らかにする:企業・従業員調査
第12章働く人々の価値観を捉える:社会意識調査
第13章働く人々の心理を捉える:心理統計・OB(Organizational Behavior)
第14章職業人生を描く:経歴・パネル調査
第15章働く人々の空間移動:人文地理学
第16章労働市場の姿を描く:マクロ労働統計の使い方
[第3部調査の道具を身につける]
文献の調べ方/歴史資料/調査倫理/職場見学(工場見学)/文化的コンテンツの利用法/白書・業界誌などの活用/海外調査/レポート・論文・報告書の作成/産学連携プロジェクトの運営/研究会を組織する/データ・アーカイブの活用法  

本ブログでよく紹介している研究の手法でいうと、南雲智映さんによる第7章のオーラルヒストリーが、何回も紹介しているゼンセンの二宮誠さんの話をまとめた経験を取り上げています。

あと、鈴木誠さんが書かれている「歴史資料」では、彼が大学院修士課程時代に、面識のない三菱電機労組の吉村俊夫氏に電話をかけて、内部の歴史資料を見せてほしいと何回も頼み込んで遂に見せてもらった話を披露しています。

1月8日の日経新聞社説

昨日(1月8日)の日経新聞の社説が「日本的な雇用管理を断ち切るとき」というタイトルで、私の名前を引き合いに出して論じています。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO53950400X21C19A2SHF000/

・・・・労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎研究所長が日本の雇用契約を「空白の石版」と言うように、一般に企業は職務をはっきり定めずに人を雇ってきた。幅広く経験を積ませるためだが、高度な専門性を備えた人材は育ちにくい。職務を明確にした「ジョブ型雇用」を積極的に取り入れるべきだ。・・・・・

この引用部分は累次の拙著で繰り返し語ってきたことなのですが、実は、冒頭の文脈とは若干齟齬があるような気がします。

このままでは日本企業は、イノベーションや価値創造の担い手が先細りになる。人工知能(AI)やビッグデータ、ロボットなどが広がる第4次産業革命に、人材育成が適合していないからだ。・・・・ 

時系列的に言うと、1980年代の製造職場のデジタル化が進んだME時代には、日本的なメンバーシップ雇用の優位性が喧伝されたのに対して、1990年代末から2000年代の事務職場のデジタル化が進んだICT時代には、そのメンバーシップ型の不適合性が強調され、欧米型のジョブ型雇用が改めて見直された(けれども、企業の人事管理はあまり変わらなかった)わけですが、2010年代半ばから世界的に注目されている第4次産業革命といわれるAI時代には、専門職のデジタル化が進んでいき、そのジョブ型自体の基盤が揺らいでいくことになるので、この議論にはずれがあるのです。

もちろん、日本独自の文脈では(今さらながら)ジョブ型への移行を強調することに意義があるわけですが、世界的な文脈とはズレがあることは意識した方がいいと思います。

 

2020年1月 8日 (水)

労働政策レポート『年金保険の労働法政策』

Nenkin JILPTから労働政策レポートNo.13として『年金保険の労働法政策』を出しました。

https://www.jil.go.jp/institute/rodo/2020/013.html

研究の目的 年金制度改正の主たる論点である短時間労働者への適用拡大や受給開始時期の選択幅拡大等について、関連事項も含めて歴史的にその経緯の詳細を跡づけ、年金法政策と労働法政策との関連性を明らかにすること。 
主な事実発見 厳密な意味での新たな事実発見はない。厚生年金保険法には元々臨時日雇労働者の適用除外は存在したが、短時間労働者は適用除外されていなかった。1980年の課長内翰でこれが適用除外されたが、その背景には日経連の要望、雇用保険法の取扱い、健康保険法における被扶養者の扱い等があった。21世紀以降、非正規労働者の均等均衡処遇が労働政策の課題となる中で、短時間労働者への厚生年金の適用拡大が繰り返し試みられ、2012年改正で実現したがなお多くの中小企業が除外されており、その拡大が目指されている。

基本的に年金政策に関わる過去の文献の中から労働政策と関わりのある適用対象者の範囲の変遷とか受給開始年齢をめぐる経緯とかを取り出してきて記述したものですので、政策当局にとっては個別的には(おそらく)既知の事実の集積でしょうが、労働政策と社会保障政策の関係を歴史的にこうした形でまとめたものは私の知る限りほとんど存在しないので、政策論議の素材として政労使その他の研究者にとってはなにがしか有用なのではないかと思います。

まえがき
第1章 前史:健康保険法等
 1 健康保険法
 2 健康保険法の適用拡大と「被扶養者」の登場
 3 船員保険法
第2章 労働者年金保険法から厚生年金保険法へ
 1 労働者年金保険法
 2 厚生年金保険法
 3 1947年改正
 4 社会保障制度審議会の設置
第3章 現行厚生年金保険法と国民年金法
 1 1953年改正
 2 1954年厚生年金保険法
 3 国民年金法の制定
第4章 被用者保険における非正規労働者の取扱い
 1 被用者保険と臨時日雇労働者
 2 1980年内翰
 3 1980年内翰の背景
 4 被扶養者の範囲
 5 複数就業者への適用
 6 非雇用就業者への適用
第5章 厚生年金基金と企業年金諸法
 1 退職金から企業年金へ
 2 厚生年金基金
 3 企業年金制度の見直しへ
 4 確定拠出年金
 5 確定給付企業年金
 6 厚生年金基金の廃止
第6章 1985年改正
 1 被用者の妻に係る議論
 2 基礎年金導入への道
 3 第3号被保険者の導入
 4 学生の取扱い
 5 厚生年金保険の適用対象
 6 老齢厚生年金の支給開始年齢
第7章 年金制度と高齢者雇用との関係
 1 1954年厚生年金保険法と60歳定年延長
 2 65歳への支給開始年齢の引上げと継続雇用政策-1989年の失敗
 3 65歳への支給開始年齢の引上げと継続雇用政策-定額部分
 4 65歳への支給開始年齢の引上げと継続雇用政策-報酬比例部分
 5 支給の繰上げ、繰下げ
 6 在職老齢年金
 7 21世紀の年金政策の動き
第8章 第3号被保険者をめぐる問題
 1 年金審議会意見
 2 女性のライフスタイルの変化等に対応した年金の在り方に関する検討会
 3 男女共同参画政策からの提起
 4 2004年改正
 5 運用3号問題
 6 その後の検討
第9章 育児期間等の配慮措置
第10章 非典型労働者への適用拡大
 1 前史
 2 2004年改正時の検討
 3 2007年改正案
 4 2012年改正
 5 2016年改正
第11章 2020年改正に向けて
 1 働き方の多様化を踏まえた社会保険の対応に関する懇談会
 2 70歳までの雇用就業機会の確保
 3 社会保障審議会年金部会
年表 

ちょうどこれから召集される通常国会で年金法改正案が審議されるので、その際に、この問題はそもそもどういう経緯でこうなっているんだろうと思ったときに、参照していただければ幸いです。今回の改正事項に入っていませんが、いろいろと話題になる第3号被保険者についても、かなり詳しくその経緯を述べています。

 

 

権丈英子『ちょっと気になる「働き方」の話』

491627 権丈英子『ちょっと気になる「働き方」の話』(勁草書房)をおおくりいただきました。ありがとうございます。

http://www.keisoshobo.co.jp/book/b491627.html

少子高齢化の進行により改革が迫られる日本の労働問題。多くの人が労働市場に参加できる働きやすい環境づくりを進めるには、どのような壁があり、いかにすれば乗り越えられるのか。これからの働き方を考える上での課題を網羅、議論の全容を見渡す。働き方と社会保障を一体のシステムとして、根本からわかりやすく学び、教えるための入門書。  

「ちょっと気になる」シリーズの4冊目ですが、こちらは権丈(夫)ではなく権丈(妻)による、社会保障ではなく労働問題の本です。

上の書影を一見するとおなじみの「へのへのもへじ」ならぬ「へめへめしこじ」がとてもカラフルにほほえんでいます。なるほど。

本書は、第1章が働き方改革の概観、第2章以下がいくつかのトピックを取り上げて論じており、第2章が高齢者雇用、第3章が女性活躍、第4章がパートタイム、第5章がオランダですが、実は「ちょっと気になる」シリーズの一冊として、いちばんおいしいところは巻末の「知識補給」にたくさん詰め込まれています。25項目、約90ページ分。

【知識補給】
 同音異義語の同一労働同一賃金──本来の意味と日本での意味
 若年の雇用と政策
 最低賃金をめぐる議論の時代的推移
 障害者の就労と政策
 なぜだか2つもある生産性,どっちが正当?──物的生産性と付加価値生産性
 日本で高齢者,女性のWork Longerを実現するためには
 高齢者の就業率が高まった原因は?
 戦後日本の出生動向
 2つの出生率指標と出産タイミング
 出生率と学歴
 小さく産まれ大きく育った均等法と「間接差別」
 セクハラ,マタハラ,そしてブラック企業の年表
 雇用保険と積極的雇用政策
 保育所利用率の推移
 公的年金保険制度と被保険者数
 国民年金保険料の産前産後期間の免除制度にみる社会保険という助けあい制度の意味
 労使の交渉上の地歩(bargaining position)のアンバランス
 適用拡大は絶対正義!!?
 賃金を上げ,適用拡大を進めるのが成長戦略になるという話
 定年制はなぜ存在するのか?
 「くるみん」を取り巻く出来事
 Esping-Andersenの福祉国家の3つの類型と日本の家族政策
 ワーク・ライフ・バランス憲章のちょっとした進化
 日本のパートタイム労働者の特殊性
 パートタイム社会オランダの育児休業制度は日本とどこが違う? 

実は、この中で思わず引き込まれてしまったのが、p247からの「セクハラ,マタハラ,そしてブラック企業の年表」。

なんとこれ、1984年から2018年までの流行語大賞受賞語で働き方に関係しそうなものを表にしたものですが、見ていくと、ああ、これこの時代にはやったんだ、という思い出が噴きだしてきますよ。

 

2020年1月 7日 (火)

ギグワーカー@日経新聞でコメント

本日の日経新聞の13面のデジタル・トレンド「単発で仕事受けるギグワーカー」という記事でちょびっとコメントしています。こちらはほぼ私のいった趣旨が書かれています。

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO54063150W0A100C2TJQ000/(柔軟な働き方、落とし穴も  単発で仕事受ける「ギグワーカー」)

スマートフォンのアプリなどを通じて、自分の都合のいい時間に単発の仕事を請け負う「ギグワーカー」と呼ばれる働き方が広がってきた。組織に縛られず柔軟に働ける一方で、トラブルや事故に巻き込まれた際の安全網が乏しいなど思わぬ落とし穴もある。働き方への意識が変わる中で今後もギグワーカーの増加が見込まれるが、自由には一定のリスクが伴うと認識しておくことが重要だ。・・・ 

私のコメントは地の文も含めて以下の通りです。

 もっとも新しい働き方は必ずしも良い面ばかりではない。忘れてはいけないのは、ギグワーカーは法律上「個人事業主」として扱われ、「労働者」とはみなされない点だ。「本来は『仕事』に結びついている労災補償や最低賃金といった保護が失われることが最大の問題」(労働政策研究・研修機構の浜口桂一郎氏)。労働者でなければ、団体交渉もままならない。業務中に事故を起こしてケガをしても自己負担で片付けられる。誤ってモノを壊してしまい多額の損害賠償を請求されるといった事態も考えられる。

 プラットフォームの運営企業から仕事の発注を突然止められたり、一方的に報酬の算定基準を引下げられたりして、泣き寝入りするのも珍しくない。・・・・

ちなみに、団体交渉について「ままならない」という表現にしているのは、「できない」というわけではないけれどもとても難しいというニュアンスを滲ませたかったからです。

なお、同じ面の記事には法的保護の動きにも触れています。

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO54063190W0A100C2TJQ000/ (法的保護の動き活発に)

Nikkei

2020年1月 6日 (月)

2020年年金法改正の論点@『労基旬報』2020年1月5日号

『労基旬報』2020年1月5日号に新春特別寄稿として「2020年年金法改正の論点」を寄稿しました。

 今年の通常国会に提出される予定の年金法改正案は、短時間労働者への適用拡大を始めとして労働法政策と関連する論点が多く、年の初めに若干整理しておきたいと思います。
 直接に法改正に向けた審議は昨年8月27日から社会保障審議会年金部会で開始され、2019年財政検証結果を確認した上で、被用者保険の適用拡大、高齢期の就労と年金受給の在り方等について議論を重ねてきました。本稿執筆時点ではまだ部会報告に至っていませんが、今後改正法案を作成して今年の通常国会に提出される予定です。ただしこのうち最重要事項である適用拡大については、2018年12月から働き方の多様化を踏まえた社会保険の対応に関する懇談会が開催され、2019年9月に議論の取りまとめがされていました。一方、高齢期の就労と年金については、2019年6月に閣議決定された『成長戦略実行計画』において70歳までの就業機会確保という政策が打ち出され、こちらも今年の通常国会に高齢者雇用安定法の改正案が提出される予定になっています。

短時間労働者への適用拡大等

 まず、適用拡大の中でも最も重要な短時間労働者の取扱いですが、そもそもの出発点は1980年6月に出された3課長内翰で、所定労働時間が通常の労働者の4分の3未満のパートタイマーには健康保険と厚生年金保険は適用しないと指示したことです(条文上には根拠なし)。この扱いがその後パート労働者対策が進展する中で見直しが求められるようになり、2007年には法改正案が国会に提出されましたが審議されることなく廃案となり、ようやく2012年改正で一定の短時間労働者にも適用されるようになりました。その適用要件は、まず本則上、①週所定労働時間20時間以上、②賃金月額88,000円以上、③雇用見込み期間1年以上、④学生は適用除外というルールを明記し、附則で当分の間の経過措置として⑤従業員規模301人以上企業という要件を加えたのです。その後、2016年改正でこの⑤の要件について、500人以下企業でも労使合意により任意に適用拡大できるようになりました。
 2012年改正法の附則第2条には、2019年9月30日までに短時間労働者に対する厚生年金保険及び健康保険の適用範囲について検討を加え、必要な措置を講ずるという検討規定が盛り込まれていました。一方、2017年3月の『働き方改革実行計画』には、兼業・副業に関して社会保険の検討が求められ、また雇用類似の働き方についても触れられていました。これらを踏まえ、2018年12月から上記検討会が開催され、2019年9月に議論の取りまとめがされたのです。そこではまず基本的な考え方として、「男性が主に働き、女性は専業主婦という特定の世帯構成や、フルタイム労働者としての終身雇用といった特定の働き方を過度に前提としない制度へと転換していくべき」と、いわゆる標準世帯を基準にすべきでないという考え方を明確に打ち出し、「ライフスタイルの多様性を前提とした上で、働き方や生き方の選択によって不公平が生じず、広く働く者にふさわしい保障が提供されるような制度を目指していく必要がある」と、多様な働き方に中立的な制度を求めています。そして、それにとどまらず、「個人の働く意欲を阻害せず、むしろ更なる活躍を後押しするような社会保険制度としていくべきであり、特に、社会保険制度上の適用基準を理由として就業調整が行われるような構造は、早急に解消していかなければならない」と、単に中立的であるよりはむしろ就業促進的な制度にすべきとの考え方を打ち出しています。
 短時間労働者への適用拡大については、「被用者として働く者については被用者保険に加入するという基本的考え方」が示される一方、「具体的な適用拡大の進め方については、人手不足や社会保険料負担を通じた企業経営への影響等に留意しつつ、丁寧な検討を行う必要性」が示されています。
 具体的な各要件のうち、見直しに積極的な姿勢が示されているのが適用拡大の対象企業の範囲です。2012年改正法附則第17条の経過措置による対象企業の限定(従業員501人以上)に対して、「企業規模の違いによって社会保険の取扱いが異なることは不合理であり、経済的中立性、経過措置としての位置づけ等にも鑑みれば、最終的には撤廃すべき」、「企業規模要件が労働者の就業先選択に歪みをもたらしている、グループ企業内での人事異動の妨げとなっている」などの意見を列挙し、結論的に「企業規模要件については、被用者にふさわしい保障の確保や経済活動への中立性の維持、法律上経過措置としての規定となっていることなどの観点から、本来的な制度のあり方としては撤廃すべきものであるとの位置づけで対象を拡大していく必要性が示された」と述べた上で、「現実的な問題として、事業者負担の大きさを考慮した上で、負担が過重なものとならないよう、施行の時期・あり方等における配慮や支援措置の必要性について指摘された」と、一定の経過措置や中小企業向け支援措置を示唆しています。なお最近の新聞報道によれば、適用拡大は2段階で、2022年10月から従業員101人以上規模企業に、2014年10月から従業員51人以上規模企業に拡大する予定とのことです。
 もう一つ見直しに積極的な姿勢が示されているのが勤務期間要件(1年以上)です。取りまとめでは「フルタイム労働者に係る2か月の基準に統一してはどうかとの意見」、「現行の雇用保険の基準に合わせ、期間を短縮する方向で見直してはどうかとの意見」、「勤務期間要件への該当の有無は雇用契約当初の時点では判断困難であるとして、要件の必要性自体を疑問視する意見」などが列挙され、結論的に「勤務期間要件については、事業主負担が過重にならないようにするという趣旨や、実務上の取扱いの現状を踏まえて、要件の見直しの必要性が共有された」と述べています。
 これらに対し、労働時間要件(20時間以上)、賃金要件(8.8万円以上)、学生除外要件については、程度の差はあれ見直しに慎重な記述となっています。たとえば労働時間要件については、「基準を引き下げれば労働時間を減らす誘因になってしまう恐れがある」とか「20時間という数字は雇用保険も同様で、被用者性の基準として分かりやすい」といった意見が列挙され、「まずは週労働時間20時間以上の者への適用拡大の検討を優先的課題とする共通認識」が示されており、今回は取り上げない方向が窺われます。
 一方賃金要件については、「賃金要件が就業調整の基準として強く意識されている」ので見直すべきといった意見と、「国民年金第1号被保険者の負担及び給付とのバランスの観点」から現行基準を維持すべきとの意見が並列され、そもそも論としてはやや両論併記的ですが、「最低賃金の推移を見ると、近いうちに週 20 時間労働で当然 月額 8.8 万円を超えてくることも想定される」ので今次改正で賃金要件の見直しを行う必要性はないという意見を示すことで、見直しの緊要性の観点から今回は取り上げないという方向性がやや滲んでいるように思われます。
 学生除外要件についても、「将来社会人になって被用者保険の適用対象とされていくべき学生を、他のパート労働者と同じ枠組みで議論すべきではない」といったこれまでの常識的な意見の一方、「学生像・学生の就労も多様化しており、本格的就労につながるインターンシップや、就職氷河期世代など比較的高齢な非正規労働者の学び直しのケースもある」との指摘、さらには「学生が安価な労働力として濫用されることを防ぐためにも、基本的には学生を適用対象に含めていくべき」との意見も示され、両論併記的です。結論部分も「近時の学生の就労状況の多様化や労働市場の情勢等も踏まえ、見直しの可否について検討する必要性が示された」と、どちらに転んでもいいような書きぶりとなっています。
 もう一つの適用拡大問題が適用事業所の問題です。実は1985年改正により法人であれば5人未満事業所でも適用されるようになりましたが、個人事業所は依然として5人以上でなければ適用されませんし、さらに厚生年金保険法第6条第1項第1号は未だに適用事業を各号列記で規定しており、各号列記事業に当てはまらない事業は、第2号の「法人」ですくわれない限り、言い換えれば個人事業であるかぎり、5人以上事業所でも適用されないという状況が続いています。
 この点について取りまとめは、「現行要件は制定後相当程度の時間が経過しており、非適用事業所に勤務するフルタイム従業員のことも斟酌すれば 、労働者の保護や老後保障の観点から、現代に合った合理的な形に見直す必要がある」、具体的には「従業員数5人以上の個人事業所は、業種ごとの状況を踏まえつつ原則強制適用とすべき」と適用拡大に前向きで、特に「いわゆる士業等が非適用となっていることの合理性」には疑問を呈し、方向性としては「適用事業所の範囲については、本来、事業形態、業種、従業員数などにかかわらず被用者にふさわしい保障を確保するのが基本」と述べています。ただ、「非適用業種には小規模事業者も多く、事務負担や保険料負担が過重となる恐れがある」との指摘も付け加え、結論的には「非適用とされた制度創設時の考え方と現状、各業種それぞれの経営・雇用環境 などを個別に踏まえつつ見直しを検討すべき」とやや慎重な姿勢を見せています。
 一方、兼業・副業の関係では、現在の運用では適用の判断は事業所ごとに行い、週所定労働時間も1事業所で判断される一方、複数事業所でそれぞれ適用要件を満たす場合には報酬を合算して標準報酬月額を決定することとされています。複数事業所の労働時間を合算して適用判断することについては、「引き続き議論」とかなり慎重な姿勢です。さらに、雇用類似の働き方への対応についても、「引き続き議論」にとどめています。
 社会保障審議会年金部会では2019年9月27日に適用拡大について議論され、大勢は適用拡大に積極的な意見でした。ただこの問題はとりわけ非正規労働者を大量に活用するビジネスモデルが確立している流通・サービス系の中小企業にとっては大きな影響を与えるものであり、2007年改正案や2012年改正の際にもその強い反発が大幅な適用除外という形になった経緯があります。今回も、大企業を代表する経団連は適用拡大に積極的ですが、中小企業を代表する日本商工会議所は消極的な姿勢を示しており、適用拡大の幅についても、従業員50人とか100人といった数字が飛び交っており、最終的にどういう形で着地するのか、まだ見えてきません。

高齢期の就労と年金受給の在り方

 かつては、高齢期の就労と年金受給の在り方といえば、年金支給開始年齢の引上げが最大の論点でした。1994年に定額部分の支給開始年齢を段階的に60歳から65歳に引き上げていくという年金法改正がなされ、これを援護射撃するべく同年に65歳までの継続雇用を努力義務とする高年齢者雇用安定法の改正がされるとともに、高年齢雇用継続給付が雇用保険法に規定されました。また2000年に報酬比例部分の支給開始年齢をやはり60歳から65歳に引き上げていくという年金法改正がなされ、労働法サイドでは2004年に65歳継続雇用の原則義務化(労使協定による例外あり)、2012年には65歳継続雇用のほぼ完全義務化がなされています。
 しかし今回は、雇用就業サイドで70歳までの就業機会確保が打ち出されているものの、年金支給開始年齢を70歳に引き上げていくという政策は否定されています。それは動かさず、制度上年金を受給できる60歳代後半層の高齢者の就業を促進するという新たな手法をとることとしたわけです。もっとも、制度上年金を受給できるからといって、受給しなければならないわけではありません。むしろ2004年改正で導入された繰下げ規定によって、就業し続ける65歳以上の高齢者が受給年齢を繰下げることによって、その年金額を増額することができるようになっており、できるだけ多くの高齢者がそちらのルートに載っていくことを期待している政策体系になっているといえます。さらに、成長戦略実行計画では年金制度について次のように記述しています。
 他方、現在60歳から70歳まで自分で選択可能となっている年金受給開始の時期については、70歳以降も選択できるよう、その範囲を拡大する。加えて、在職老齢年金制度について、公平性に留意した上で、就労意欲を阻害しない観点から、将来的な制度の廃止も展望しつつ、社会保障審議会での議論を経て、速やかに制度の見直しを行う。
 このような取組を通じ、就労を阻害するあらゆる壁を撤廃し、働く意欲を削がない仕組みへと転換する。
 支給の繰下げを70歳以後も可能にする法改正や、在職老齢年金(高在労)の見直しも打ち出されています。これを受けて、社会保障審議会年金部会では、10月9日、18日に高齢期の就労と年金受給の在り方について審議が行われました。そこでは上記計画で言及されていた在職老齢年金の見直しと繰下げ制度の柔軟化が議論されています。在職老齢年金には60歳から65歳までの低在労(月収28万を超えると年金減額)と65歳から70歳までの高在労(月収47万を超えると年金減額)があり、主として議論されているのは高在労の方です。労働収入が高いと年金額を減らされるので就労意欲を削ぐという批判です。10月9日に提示された事務局の見直し案では、基準額を62万円に引き上げるという案と完全に撤廃するという2案が示されましたが、委員からは慎重な意見も呈されたようです。また、与党から金持ち優遇との批判の声が上がり、国会で野党からも批判されるなどしたため、11月13日に提示された修正案では基準額を47万円から51万円に僅かだけ引き上げるという案になり、さらに批判を受けて現状維持となりました。
 受給の繰上げ、繰下げ制度とは、原則の支給開始年齢である65歳より早く(最大60歳から)受給し始めれば、その分支給額が少なくなり、65歳より遅く(最大70歳から)受給し始めれば、その分支給額が多くなるという制度です。何歳から受給し始めても、トータルの受給額が変わらないように設計されています。今回の改正案は、この繰下げの上限年齢を70歳から75歳に引き上げようというものです。
 ただ、70歳就業機会確保政策との関係で言えば、現在でも可能な70歳までの繰下げを選択する人をもっと増やそうというのが現時点での政策目標ということになるでしょう。実は、ここで上述の在職老齢年金(高在労)が邪魔者として登場してくるのです。本来、繰下げ支給とは、受給開始を繰下げた分だけその後の受給額が増えるはずです。ところが、繰下げ支給制度と在職老齢年金制度を掛け合わせると、在労で減らされた分は(本来受給できた分ではないので)受給開始後戻ってこないことになってしまうのです。これでは、受給を繰下げようという意欲が大幅に減殺されてしまいます。今回の制度改正の大きな柱が、支給開始年齢の引上げではなく受給の繰下げで対応という点にある以上、それが大きな課題となることは理解できます。

その他

 社会保障審議会年金部会では、この二大論点以外にもいくつか細かい論点が議論されています。細かな業務運営改善事項は別にして、適用対象の範囲という点で注目に値するのは、10月30日に提示された短期労働者の適用拡大と11月13日に提示された適用事業所の拡大です。
 前者は、2ヵ月以内の期間を定めて使用される者について、雇用開始の時点では適用せず、「2か月を超えて引続き使用されるに至った場合」に適用するとしていますが、これを「2か月を超えて使用されることが見込まれる者」については最初から適用するというやり方に変えようというものです。具体的には、雇用契約上契約更新があることが明示されている場合や、同一事業所の同一契約で更新等により2か月を超えて雇用された実績がある場合が想定されています。雇用保険法では、基準は1か月ですが雇用見込み要件となっていますし、そもそも2012年改正で導入された短時間労働者の適用要件(上記③)は、1年以上の雇用見込みを要求しており、フルタイムとパートタイムで何重にもずれが生じています。
 後者については上述の通り、検討会の取りまとめでも見直すべきとの意見が示されていましたが、事務局案では非適用業種のうち、法律、会計等に係る行政手続等を扱ういわゆる「士業」を適用業種とすることとしています。

 

 

 

焦げすーもさんの疑問に答えるトリビアシリーズ労災補償編

Tzjzychu_400x400_20200106110301 さて、お正月の日に焦げすーもさんがつぶやいていたこれですが、

https://twitter.com/yamachan_run/status/1212367950629335040

菅野労働法(旧版)の労基法上の労働災害補償責任(元請下請関係)の記載が明らかに誤っているように思うのだが・・・
当たり前の規定すぎて、よもや・・・と思い、Twitterで指摘するほど自信がないな。 

これ、第十二版でもそのまま書かれていますね。こういう記述です。

*請負事業での労働災害の場合の使用者の特例  製造業および土木・建設業(労基法別表第1第3号の事業)が数次の請負によって行われる場合には、そこで生じる労働災害の補償については、被災者が下請負人の雇用する労働者であっても、元請負人を使用者とみなすとされている(87条1項、労基則48条の2)。・・・

もちろん、これは「製造業および」のところが間違いです。労基則48条の2は

第四十八条の二 法第八十七条第一項の厚生労働省令で定める事業は、法別表第一第三号に掲げる事業とする。 

と、土木・建設業のみを定めています。その根拠規定である労基法87条はこう規定しています。

(請負事業に関する例外)
第八十七条 厚生労働省令で定める事業が数次の請負によつて行われる場合においては、災害補償については、その元請負人を使用者とみなす。
2 前項の場合、元請負人が書面による契約で下請負人に補償を引き受けさせた場合においては、その下請負人もまた使用者とする。但し、二以上の下請負人に、同一の事業について重複して補償を引き受けさせてはならない。
3 前項の場合、元請負人が補償の請求を受けた場合においては、補償を引き受けた下請負人に対して、まづ催告すべきことを請求することができる。ただし、その下請負人が破産手続開始の決定を受け、又は行方が知れない場合においては、この限りでない。 

ただ、実はこの法令上の特定は1965年の労災保険法改正によって盛り込まれたもので、それまでは「省令で定める」という特定は(少なくとも労基法上には)なかったのです。

労働者災害補償保険法の一部を改正する法律(昭和四十年法律第百三十号)

 附則
(労働基準法の一部改正)
第九条 労働基準法の一部を次のように改正する。
  第八十七条第一項中「事業」を「命令で定める事業」に改める。
(労働基準法の一部改正に伴う経過措置)
第十条 事業が数次の請負によつて行なわれる場合における災害補償であつて、昭和四十年七月三十一日以前に生じた事故に係るものについては、前条の規定による改正前の労働基準法第八十七条の規定の例による。

Isbn9784589031891_20200106110801 これは何回も書いてきたことですが、この労基法87条は戦前の労働者災害扶助法の規定が流れ込んだもので、この法律は土木建設業のみが適用事業でした。ところが、そういう規定の存在しない戦前の工場法においても、累次の通達によって、請負人の連れてきた職工も工業主の職工として取り扱っていたのです。ところが戦後そういう経緯は忘れられ、労務下請が堂々とまかり通る建設業だけの特例と考えられるようになり、遂には労基法の規定自体も修正されるに至ったわけです。これについては、『日本労働法学会誌114号』 所収の「請負・労働者供給・労働者派遣の再検討」でちょっと触れています。ちなみに、この労働法学会は神戸大学で開かれるはずだったのが急遽中止になったため、人様の前でお話しすることができなくなってしまったものです。

菅野先生が何を参照してこの記述を書かれたのかは定かではありませんが、表面に見えるよりは結構ディープな世界が広がっているんですよ。

 

 

2020年1月 5日 (日)

『日本の雇用と労働法』書評いくつか

41opqwqyq9l_sx304_bo1204203200_ なぜかAmazonの労働法部門で『日本の雇用と労働法』(日経文庫)が1位になっているので、どうしたのだろうと思ったら、ネット上にいくつか本書の書評というかコメントがアップされていたようです。

https://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%9B%87%E7%94%A8%E3%81%A8%E5%8A%B4%E5%83%8D%E6%B3%95-%EF%BC%88%E6%97%A5%E7%B5%8C%E6%96%87%E5%BA%AB%EF%BC%89-%E6%97%A5%E7%B5%8C%E6%96%87%E5%BA%AB-F-60/dp/4532112486

なかでも、ライナスさんという方の「子供の落書き帳 Renaissance」というブログに、こういうエントリがアップされてます。

https://linus-mk.hatenablog.com/entry/2020/01/04/150000

以前に読んだ「若者と労働」との違いはというと、本書の方が
労働法制のほうもかなり細かく説明している
歴史的経緯が多い(ので、昔のことはどうでも良いわという人には不向き)
判例の文章からの抜粋が多く出てくる(ので難しい言葉が使われがち)
という特徴がある。
判例に限らず、全体的に文体も硬い。もしも先に「若者と労働」を読んでなかったら、挫折していただろう。日本の労働社会についての本を初めて読もうという人には、絶対に「若者と労働」の方を勧める。

このエントリにも紹介されていますが、ところてんさんが本書の感想をツイッターに連投されています。

https://twitter.com/tokoroten/status/1213120516283719688

ここら辺の一連の流れは、「日本の雇用と労働法」という本を読みながら、ツラツラと考えた結果ですので、興味がある人はこちらをどうぞ。 

おそらくこのタイムラインで興味をひかれた方のつぶやきも

https://twitter.com/toudou_U2plus/status/1213375263725113346

 タイムラインで知ったこの本、目次だけで最高におもしろそう。採用や賃金体系だけでなく労使関係や解雇、就業規則、人事異動、男女格差と非正規労働についての法と歴史が並んでる。謎だと思っていた「身元保証」についての記述もある。

こういう流れの中で、本書に関心を持たれた方がかなりいたのでしょうね。

<追記>

と思ってたら、なんとAmazonの在庫が払底したようで、中古品が3,422円とか果ては13,414円とかクレイジーな値段がついていますな。いやいや、こういうときには絶対にAmazonでは買わないでください。書店に普通に売っていますから。

さて、上のライナスさんのエントリでこういう疑問が呈されていたのですが、

中途採用・転職活動に関しては、ガッチリ募集条件が書いてあって「ジョブ型」に近いと思うんだけど、その点はどう捉えれば良いのだろうか。 「日本の雇用と労働法」「若者と労働」のどちらにも、中途採用や転職の話はほとんど書いていないので、よく分からない。 

そもそも「中途採用」てのは日本独自の概念であって、ジョブ型社会では「仕事」に「人」を当てはめる「採用」があるだけです。ただ、日本型雇用システムではそれが周縁化されてしまっています。

Chuko_20200105155201 ではその「周縁」的な部分はどこに書かれているかというと、ライナスさんも読まれた『若者と労働』の中で、法制度の解説という形でちらりと触れています。

第1章 「就職」型社会と「入社」型社会

3 日本の法律制度はジョブ型社会が原則

職業紹介は「職業」を紹介することになっている
 以上二つに比べるとやや小さな領域ですが、労働者の失業問題に対処するために、職業紹介や職業訓練、失業保険といった労働市場に関わる法律群があり、これらに基づいてハローワークや職業訓練校などが設けられています。これらの法律が前提としている労働者や失業者は、当然のことながら会社のメンバーになろうというのではなく、上でみてきたようなジョブに基づいて働こうとしている人々です。そう、はっきりと、欧米のようなジョブ型社会を前提にした規定になっているのです。たとえば、職業安定法では「公共職業安定所及び職業紹介事業者は、求職者に対しては、その能力に適合する職業を紹介し、求人者に対しては、その雇用条件に適合する求職者を紹介するよう努めなければならない」(適格紹介の原則)と定めています。
 あまりにも当たり前に聞こえるかもしれませんが、職業紹介というのは「職業」を紹介することです。「会社」を紹介するのではないのです。田中氏の説明を思い出してください。欧米の社会では、「仕事」が厳密に、明確に決められていると同時に、それにはりつけられる「人」についても、「仕事」によってその「人」が区別できるようになっていなければなりません。私は○○という「仕事」ができます、というレッテルをすべてのサラリーマンがぶら下げており、そのレッテルによって労働市場に自分を登録し、会社などに対して売り込みを行うということでしたね。これを田中氏は「『職業』というものが社会的に確立してい」ると表現しました。そう、日本の職業安定法も、まさにそういう意味での「職業」が社会的に確立していることを前提として作られているのです。

6 周辺化されたジョブ型「就職」

ハローワークは誰のためのもの?
 さて、以上のようなメンバーシップ型の仕組みが日本社会に確立してくればくるほど、法律が本来予定していたジョブ型の仕組みは社会の周辺部に追いやられていくことになります。そのもっとも典型的な例が、職業安定法が本来その中核に据えていたはずの公共職業安定所、愛称ハローワークです。
 賃金センサスで、「標準労働者」を「学校卒業後直ちに企業に就職し、同一企業に継続勤務している労働者」と定義しているということは、そのまま定年退職するまで継続勤務すれば、その人はハローワークを直接利用する機会はないことになります。少なくともその職業紹介機能を使うことはないはずです。実際、現代日本社会では、大企業の正社員のような安定した仕事に就いている人であればあるほど、一生のうちハローワークのお世話になった経験が乏しくなると思われます。
 新規学卒採用制の展開のところでお話ししたように、終戦直後から高度成長期半ばまでの中卒就職者が多かった時代には、彼らの就職を担当するのは職安でした。もっとも、中卒者に「私は○○という『仕事』ができます」というレッテルがぶらさがっているはずもありませんから、かれらの就職は職業安定法の本来予定する適格紹介の原則とはいささか異なるものにならざるを得ませんでした。
 一九五〇年代に労働省職業安定局の協賛で刊行されていた『職業研究』という雑誌を見ると、毎号のように職業解説やとりわけ適性検査に関する記事が載っているのが目につきます。「できる仕事」というレッテルがまだ貼られていない中学生に、擬似的に「ふさわしい仕事」というレッテルを貼って、中卒用の求人と結びつけていくためのさまざまな仕組みが工夫されていたわけです。
 ところが、高度成長期以降中卒就職者は激減し、多数を占める高卒就職はほとんどもっぱら学校自身の手によって行われるようになりました。細かくいうと、労働省は一九六〇年代半ば頃、高卒就職に対しても中卒就職と同様に職安の権限を強めようと職業安定法の改正も考えていたようですが、高校側は譲りませんでした。結果として、日本型高卒就職システムの特徴とされるいわゆる「実績関係」、つまり高校と企業の間の密接なつながりにもとづく「間断のない移動」が確立していったのです。
 さらに大学進学率の上昇により、今では同世代人口の過半数が大卒者として就職するようになっています。中卒者や高卒者と異なり、就職時には既に成人に達していることからも、彼らの就職は国や学校によるパターナリズム的な保護下にはなく、基本的に個人ベースで求人と求職のマッチングが行われることになります。しかしながら、そこで行われているマッチングのための諸活動は、職業安定法が想定している「適格紹介の原則」とはまったく異なるものとなっていきます。

 

2020年1月 3日 (金)

日本の公務員法制はジョブ型だった・・・

前にも書いた記憶がありますが、最近もこういうことを言う方がいるようなので、改めて終戦直後から21世紀初頭に至るまで日本国の六法全書の上で厳然と存在し続けていた(けれども全く実施されることがなく神棚に祭り上げられていた)職階制という名のジョブ型公務員制度を紹介しておきましょう。

https://note.com/canbara/n/nbd2b9d6b7c09 (ジョブ型公務員で、生きていく )

国家公務員法

第二節 職階制
 (職階制の確立)
第二十九条 職階制は、法律でこれを定める。
人事委員会は、職階制を立案し、官職を職務の種類に応じて定めた職種別に、且つ、職務の複雑と責任の度に応じて定めた等級別に、分類整理しなければならない。
職階制においては、職種及び等級を同じくする官職については、同一の資格要件を必要とするとともに、且つ、当該官職に就いている者に対しては、同一の幅の俸給が支給されるように、官職の分類整理がなされなければならない。
前三項に関する計画は、この法律の実施前に国会に提出して、その承認を得なければならない。
 (職階制の実施)
第三十条 職階制は、職階制を実施することができるものから、逐次これを実施しなければならない。
職階制の実施につき必要な事項は、この法律に定のあるものを除いては、人事委員会規則でこれを定める。
 (官職の格付)
第三十一条 職階制を実施することとなつた場合においては、人事委員会は、人事委員会規則の定めるところにより、職階制の適用されるすべての官職をいずれかの職種及び等級に格付しなければならない。
人事委員会は、人事委員会規則の定めるところにより、随時、前項に規定する格付を 再審査し、必要と認めるときは、これを改訂しなければならない。
 (職階制によらない官職の分類の禁止)
第三十二条 職階制が適用される官職については、任用の資格要件及び俸給支給の基準としては、職階制によらない分類をすることはできない。

国家公務員の職階制に関する法律 

第一章 総則
 (この法律の目的及び効力)
第一条 この法律は、国家公務員法(昭和二十二年法律第百二十号)第二十九条の規定に基き、同法第二条に規定する一般職に属する官職(以下「官職」という。)に関する職階制を確立し、官職の分類の原則及び職階制の実施について規定し、もつて公務の民主的且つ能率的な運営を促進することを目的とする。
2 この法律の規定は、国家公務員法のいかなる条項をも廃止し、若しくは修正し、又はこれに代るものではない。この法律の規定が国家公務員法以外の従前の法律にてい触する場合には、この法律の規定が、優先する。
3 この法律は、人事院に対し、官職を新設し、変更し、又は廃止する権限を与えるものではない。
 (職階制の意義)
第二条 職階制は、官職を、職務の種類及び複雑と責任の度に応じ、この法律に定める原則及び方法に従つて分類整理する計画である。
2 職階制は、国家公務員法第六十三条に規定する給与準則の統一的且つ公正な基礎を定め、且つ、同法第三章第三節に定める試験及び任免、同法第七十三条に定める教育訓練並びにこれらに関連する各部門における人事行政の運営に資することを主要な目的とする。
 (用語の定義)
第三条 この法律中左に掲げる用語については、左の定義に従うものとする。
 一 官職 一人の職員に割り当てられる職務と責任
 二 職務 職員に遂行すべきものとして割り当てられる仕事
 三 責任 職員が職務を遂行し、又は職務の遂行を監督する義務
 四 職級 人事院によつて職務と責任が十分類似しているものとして決定された官職の群であつて、同一の職級に属する官職については、その資格要件に適合する職員の選択に当り同一の試験を行い、同一の内容の雇用条件においては同一の俸給表をひとしく適用し、及びその他人事行政において同様に取り扱うことを適当とするもの
 五 職級明細書 職級の特質を表わす職務と責任を記述した文書
 六 職種 職務の種類が類似していて、その複雑と責任の度が異なる職級の群
 七 格付 官職を職級にあてはめること。
 (人事院の権限)
第四条 人事院は、この法律の実施に関し、左に掲げる権限及び責務を有する。
 一 職階制を実施し、その責に任ずること。
 二 国家公務員法及びこの法律に従い、職階制の実施及び解釈に関し必要な人事院規則を制定し、及び人事院指令を発すること。
 三 職務の種類及び複雑と責任の度に応じて、職種及び職級を決定すること。
 四 官職を格付する基準となる職種の定義及び職級明細書を作成し、及び公表すること。
 五 官職を格付し、又は他の国の機関によつて行われた格付を承認すること。
 六 国家公務員法第十七条の規定に基き、官職の職務と責任に関する事項について調査すること。
2 人事院は、前項第三号に規定する職種を決定したときは、職種の名称及び定義を国会に提出しなければならない。
3 前項の場合において、国会が人事院の決定の全部又は一部を廃棄すべきことを議決したときは、人事院は、すみやかに、その職種の決定が効力を失うように必要な措置をとらなければならない。
   第二章 職階制の根本原則
 (職階制の根本原則)
第五条 職種及び職級の決定、職級明細書の作成及び使用、官職の格付その他職階制の実施は、この章に定める原則によらなければならない。
 (官職の分類の基礎)
第六条 官職の分類の基礎は、官職の職務と責任であつて、職員の有する資格、成績又は能力であつてはならない。
 (職級の決定)
第七条 職級は、職務の種類及び複雑と責任の度についての官職の類似性と相異性に基いて決定される。
2 職務の種類及び複雑と責任の度が類似する官職は、国のいずれの機関に属するかを問わず、一の職級を形成する。
3 職級の数は、職務の種類及び複雑と責任の度に応じて人事院が決定した数に等しくなければならない。
4 職級は、官職を分類する最小の単位である。
 (官職の格付)
第八条 官職は、職務の種類及び複雑と責任の度を表わす要素を基準として職級に格付されなければならない。
2 格付に当つては、官職の職務と責任の性質並びにその職務に対してなされる監督の性質及び程度を前項の要素としなければならない。
3 格付に当つては、官職の職務と責任に関係のない要素を考慮してはならない。又、いかなる場合においても、格付の際にその職員の受ける給与を考慮してはならない。
4 官職は、局、課、その他の組織の規模又はその監督を受ける職員の数にのみ基いて格付してはならない。これらの要素は、監督を受ける職務の種類若しくは複雑、監督的な責任の度又は監督の種類、度若しくは性質その他これらに類する要素と関連させてのみ考慮することができる。
5 同一の職級に格付される官職は、職務の種類及び複雑と責任の度において全く同一であることを要しない。
6 一の官職が二以上の職級にわたる職務と責任を有する場合において、それぞれの職務と責任に応じてその都度格付を変更することが困難なときは、格付は、勤務時間の大部分を占める職務と責任に従つて行う。但し、人事院規則の定めるところにより、最も困難な職務と責任によつて格付することができる。
 (職級明細書)
第九条 職級明細書は、各職級ごとに作成しなければならない。
2 職級明細書には、職級の名称及びその職級に共通する職務と責任の特質を記述しなければならない。
3 職級明細書には、前項に規定するものの外、その職務の遂行に必要な資格要件を記述し、及びその職級に属する代表的な官職を例示することができる。
4 職級明細書は、格付の基準となる主要な要素を明らかにするものでなければならない。
 (職級の名称)
第十条 職級には、これに属する官職の性質を明確に表わす名称を付けなければならない。
2 職級の名称は、その職級に属するすべての官職の公式の名称とする。
3 職員には、その占める官職の属する職級の名称が付与される。
4 職級の名称は、予算、給与簿、人事記録その他官職に関する公式の記録及び報告に用いられなければならない。但し、必要に応じ略称又は記号を用いることができる。
5 前三項の規定は、行政組織の運営その他公の便宜のために、組織上の名称又はその他公の名称を用いることを妨げるものではない。
 (職種)
第十一条 職種は、職務の種類が類似していて、その複雑と責任の度が異なる職級をもつて形成する。但し、職階制の実施上必要あるときは、一の職級をもつて一の職種を形成することができる。
2 職種には、これに属する職級の職務の種類を概括的に表わした定義を与えなければならない。
   第三章 職階制の実施
 (職階制の実施)
第十二条 人事院又はその指定するものは、国家公務員法、この法律、人事院規則及び人事院指令の規定並びに職級明細書により、すべての官職を、職務の種類及び複雑と責任の度に基いて職級に格付しなければならない。
2 官職の職務と責任上格付の変更を必要と認める場合には、人事院又はその指定するものは、官職の格付を変更しなければならない。
3 人事院の指定するものが官職を格付し、又はその格付の変更を行つたときは、直ちにその採つた措置について人事院に報告しなければならない。
4 人事院は、官職が第一項又は第二項の規定に従つて格付されているかどうかを確認するため、随時、格付の再審査を行い、格付が適正に行われていないことを発見したときは、これを改訂しなければならない。
5 前各項の場合において、人事院は、その採つた措置を関係機関に文書により通知し、これに従つた措置を採るように指示しなければならない。
6 人事院の指定するものが第一項若しくは第二項の規定に違反して官職を格付し、若しくは変更し、又は第三項の規定に違反して報告しなかつた場合においては、人事院は、その指定による委任の全部若しくは一部を取り消し、又はこれを一時停止することができる。
 (職種又は職級の改正)
第十三条 人事院は、必要と認める場合には、職種、職級、職級の名称又は職級明細書を新設し、変更し、若しくは廃止し、又はこれを併合し、若しくは分割することができる。但し、職種については、第四条第二項及び第三項の規定に従つてこれを行わなければならない。
2 人事院は、前項の措置を採つたときは、その旨をすみやかに各省各庁に通知しなければならない。
 (公示文書)
第十四条 人事院は、この法律、職階制に関する人事院規則及び人事院指令並びに正確且つ完全な職種職級一覧表及び職級明細書を使用に便宜な形式に編集して保管しなければならない。
2 前項の文書は、官庁執務時間中、適当な方法で公衆の閲覧に供しなければならない。
   第四章 罰則
 (罰則)
第十五条 左の各号の一に該当する者は、一年以下の懲役又は三万円以下の罰金に処する。
 一 人事院若しくはその指定する者が第四条第六号の規定に基いて行う調査に関し、人事院若しくはその指定する者から報告を求められ正当の理由がなくてこれに応じなかつた者
 二 第十二条第三項の規定に違反して同項の規定に基いて採つた措置について人事院に対し虚偽の報告をし、又は正当の理由がなくて報告をしなかつた者
 三 第十二条第五項の規定に違反して人事院の指示に従わなかつた者
   附 則
1 この法律中第十条第四項の規定は、人事院規則で定める日から、その他の規定は、公布の日から施行する。
2 この法律によつて行われる格付は、人事院の定めるところにより、逐次実施することができる。
3 国家公務員法、この法律、人事院規則及び人事院指令に従つて職階制が実施されるに伴い、この法律に基く格付は、政府職員の新給与実施に関する法律(昭和二十三年法律第四十六号)第九条に規定する級への格付に代るものとする。但し、同法による級への格付は、給与に関しては、国家公務員法第六十三条に規定する給与準則が制定実施されるまで、その効力を有するものとする。
4 職員の給与は、この法律によつて行われる官職の格付によつては、国家公務員法第六十三条に規定する給与準則の実施に際して減額されることはない。

これらの純然たる職務主義的な規定が削除されたのは、年次主義的・年功的人事管理から能力・実績主義人事管理への転換を図るための、能力等級制を中核とする新たな人事制度の構築を掲げた公務員制度改革による2007年改正によってであった、ということほど、戦後日本のねじれにねじれた皮肉な構造を物語っているものはないように思われます。

 

ジャレド・ダイヤモンド『危機と人類』(上・下)

Jared Jared2 正月の読書用に買ったジャレド・ダイヤモンド『危機と人類』(上・下)(日本経済出版社)は、正直いささか期待外れでした。いや、中身の水準はそれなりではあるんだけど、それなりではジャレド・ダイヤモンドという著者名で期待した水準には到底及ばない。

どんな感じかというと、どこかの大学が「危機と人類」という通しテーマで、10人くらいの先生にそれぞれ自分の得意分野の話を入門的に小一時間ほど喋らせた講演録といった感じでしょうか。

ソ連に攻められたフィンランド、黒船に開国させられた日本、チリの反アジェンデクーデタ、インドネシアの共産主義者虐殺、戦後ドイツ、オーストラリア、現代日本、現代アメリカ・・・というトピックの選択にはそれほど必然性はなく、著者が住んでいたり知っていたりした国だからというだけなので、全体として迫ってくるものがあんまり感じられないのは確かです。

おそらく普通の日本の読書人のレベルからすると、かなりの部分は「知ってたよ」というところが多いように思いますが、その中で割と知られていない話ではないかなと思ったのは、上巻第5章のインドネシアの話でしょうか。実は、この1965年のクーデタ失敗とそれに続く共産主義者大量虐殺事件は、以前本ブログである映画を紹介することで触れたことがあるんですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/post-26a5.html (アクト・オブ・キリング)

何を語っても空回りしそうなので、、先手を打って莫迦なことだけ言っておくと、、主人公のアンワルさんはあのニカウさんそっくりの人格円満そうな老人。相方のエルマンさんはマツコ・デラックスを男にしたような(?)風貌で、それが女装して踊るものだから笑いを誘うんだけど、彼らは実際に多くの人々を殺した英雄なんだよね。

私もそうであったように多くの日本の読書人にとってはけっこう空白地帯に属する話ではないかと思います。ナチスの蛮行については嫌というほど本が出ていますし、スターリンから毛沢東、ポルポトに至る共産主義者による大量虐殺の歴史も、クルトワ他の『共産主義黒書』(ソ連編・アジア編)などいくらでも読むものがありますが、ここはわりとすっぽり抜けている。最近出た馬場公彦『世界史の中の文化大革命』では、世界史的視野から取り上げています。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/post-6a1c.html (馬場公彦『世界史のなかの文化大革命』)

 

2020年1月 2日 (木)

逆境の資本主義@日経新聞

Https___imgixproxyn8sjp_dsxzzo5399165030 日経新聞で新年から始まった「逆境の資本主義」という連載記事の2回目「働き方縛るモノ作りの残像」に、わたくしの発言(の一部)が載っているようです。

https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/new-capitalism/272272/

・・・ただ自由な働き方を喜んでばかりもいられない。労働政策研究・研修機構の浜口桂一郎所長は「デジタル時代はスキルの陳腐化が格段に早まり、労働者の安定性が揺らぐ」と語る。

うーむ、いろんなことが省略され、話が極端に単純化されてしまっていて、言った趣旨とだいぶ違うニュアンスの言葉になってしまっていますな。スキルの陳腐化などはそれほど強調しなかったはずなんですが。

(追記)

https://twitter.com/yoheitsunemi/status/1212731242816233473

うん、濱口桂一郎先生の論調、変わったかな、ちょっといつもと違うなと思ったらそういうことか
もっとも、この件に限らず、メディアのコメントは発言のごく一部が載ったんだくらいの捉え方が健全 

日経新聞は日経新聞の文脈というかストーリーがあるのでしょうが、それに無理やり当てはめるようなコメントの使い方は、使われた側からするとかなり心外なものです。

デジタル経済の労働への影響の最大の問題は、なによりもジョブという安定した仕組みが崩れてタスクベースの取引になってしまう点にあると私は考えており、下手をすると労働法や社会保障といったこれまでの社会安定装置の基盤が崩れてしまうかもしれないのであり、それこそが今までにない点であるのに対して、スキルの陳腐化などというのは、それこそ高度成長期にも繰り返し語られ、そしてそれなりに対応されてきた中くらいの問題に過ぎません。

スキルの陳腐化にどう対応するかなどという問題設定自体が、産業革命以来何回も繰り返されてきたそれこそ陳腐なトピックであるのに対して、新も恐ろしい問題はなんであるのかを、口が酸っぱくなるほど語ったつもりだったのですが、あんまりそういうことには関心を持っていただけなかったようです。

2020年1月 1日 (水)

松下プラズマディスプレイ事件原告Xのその後

Gendi 今日、マネー現代にアップされたこの記事(前編、後編)は、かつて私も評釈したことのある松下プラズマディスプレイ(のちにパナソニックプラズマディスプレイ)事件の原告X(偽装請負の派遣労働者)のその後をルポしたもので、いろんな意味で心に沁みるものがありました。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/69546 (年越し派遣村から約10年…いま「ネトウヨ」と呼ばれる男の過酷人生)

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/69547  (パナソニックと闘った「ハケンの男」の壮絶すぎる半生)

職を失った人たちが日比谷公園に集まった「年越し派遣村」から約10年。時代は変わって令和になった。当時、怒りに震えて、失意に打ちひしがれた彼ら、彼女らはあれからどうしているのだろうか。
「いま僕はネトウヨと呼ばれています。正直、心外ですけどね」
東京・池袋の居酒屋で数年ぶりに再会した男は開口一番、こう語った。筆者は約12年前、非正規雇用の労働問題をよく取材していたのだが、その時に知り合ったのが彼だった。彼は当時、パナソニックを相手に労働争議を戦っていた。 

ちょうどマスコミが大手企業の偽装請負問題を批判するキャンペーンを張っていた時期でもあり、この松下プラズマディスプレイ事件は派遣法批判のシンボルのように持ち上げられていました。

その勢いの頂点になったのが、たまたまわたしが評釈することになった2008年4月25日の大阪高裁の判決でした。

http://hamachan.on.coocan.jp/nblhyoushaku.html (「いわゆる偽装請負と黙示の雇用契約」 ――松下プラズマディスプレイ事件)

かなり多くの人々がこの高裁判決を支持評価していましたが、私は理論的にどうしても支持し得ないと考え、批判的な評釈を書き、のちの最高裁判決はほぼ私の評釈の線に沿った逆転判決を下しています。

もちろん事案自体は明らかな偽装請負なのですが、だから労働者供給事業だ、だから違法だ、だから雇用関係がある・・・というロジックは成り立たないよ、という割と素直な解釈論です。基本的にその後の諸判決はほぼその理屈で動いていると思います。

その後、天下の松下(パナソニック)相手に裁判闘争を敢行したこの原告Xが、労働弁護士らとともに労働運動界隈で活躍している姿がちらちらと目に入っていましたが、最近はあまりその界隈では見ないなと思っていましたが、「ネトウヨ」と呼ばれるようになっていたんですね。どういう経緯があったかは、この記事からはよくわかりませんが、

「10年前の社会問題は〝派遣切り″でしたが、いまの日本が抱える社会問題は韓国や中国の横暴と、それを制止できないリベラル勢力の存在です。とくに最近は中国や韓国の問題をネット上で調べることが多くなりました」・・・・
岡田はその後、さまざまな社会問題に取り組んでいく。日本の労働運動家、人権活動家として、韓国や、イラクに招待されたりもした。
筆者が岡田に再開したのは、2013年のこと。東日本大震災後に、反原発運動に身を投じていた岡田は、経済産業省の前に陣取った「脱原発テント」のまえで、自前の「反原発バッジ」を売り歩いていた。
この運動の最中、かつて岡田の裁判や運動を支援した左派活動家たちと、イベントをめぐって激しく対立する。岡田が借金と身銭を切って準備した反原発のロックイベントの運営を巡りトラブルになったのだ。これによって岡田は大きな経済的損失を被ってしまう。これが岡田が運動から身を引くきっかけとなった。・・・・
そんな岡田は、いまもツイッターで社会問題について盛んに発言を続けている。
「根底にあるのは社会への怒り、理不尽な仕打ちへの怒りです。いま僕が『ネトウヨ』と呼ばれているし、それを批判する人もいる。でも僕はおかしいと思うものに声を上げずにはいられない」・・・・
無名とは言え岡田は2000年代の日本社会の矛盾が生み落とした労働運動家であり、社会運動家の一人だったと言えるだろう。しかしもとより、彼の奥底にあったのは「正社員になりたい」という極々ふつうの願いに過ぎなかったのだ。

この10年で間違いなく増大したのは、(古典的な左翼に対する伝統的な右翼ではなく)特定のアジア諸国に対してのみエスニックな敵愾心を掻き立てるネトウヨという特殊な心性(それこそ「反日種族主義」の鏡像としての「嫌韓種族主義」等々)でしょうが、その原動力となっているのが10年前に派遣切りに対して燃やされていた「怒り」や原発に対して燃やされていた「怒り」と同質の「怒り」(彼が言うところの「おかしいと思うものに声を上げずにはいられない」)であるというこの記事の指摘は、21世紀日本(あるいはむしろ21世紀東アジア)を覆う狭量な種族主義の蔓延の原点が奈辺にあるかをよく物語っているように思われます。

41sc00gs1jl_sx300_bo1204203200_ ていうか、これはすでに高原基彰さんが14年前に『不安型ナショナリズムの時代』で描き出していた姿ではあるんですが。

(参考)

Ⅰ 事実の概要
 Yは、松下電器と東レの共同出資により設立された子会社で、プラズマディスプレイパネル(PDP)を製造していた。Aは家庭用電気機械器具の製造請負を目的とする会社で、取引先メーカーの要望に応じて、業務委託契約の形式によりその従業員を作業に従事させていた。YとAは平成14年4月1日以降、PDPの生産業務につき業務委託基本契約を締結した。YとAの間に資本関係、人的関係、特定の取引関係はない。
 XはAの面接を受け、平成16年1月20日、契約期間2ヶ月、更新あり、賃金時給1350円、就業場所Y茨木工場内A事業所等の労働条件を定めて雇用契約を締結し、PDP製造業務封着工程に従事した。XはAの従業員からではなく、Yの従業員からの指示を受けていた。A・Y間の雇用契約は2ヶ月ごとに更新され、XはAから給与。通勤手当を支給された。
 Xは、その就業状態が労働者派遣法等に違反しているとして、平成17年4月27日、Yに対して直接雇用を申し入れた。XはYから回答が得られないため、5月11日、U労働組合に加入し、団体交渉を通じて直接雇用を申し入れた。
 Xは5月26日、大阪労働局に対して本件工場における勤務実態について、A従業員がY従業員から直接指示・監督を受けるものであり、実際には業務請負でなく労働者派遣であり、職業安定法44条、労働者派遣法に違反する行為である旨申告した。Yは、6月1日大阪労働局による調査を受け、7月4日、改善計画書を提出し、同局からAとの業務委託契約は労働者派遣に該当すると認定され、同契約を解消して労働者派遣契約に切り替えるようにとの是正指導を受けた。Aは業務請負から撤退し、YはBと労働者派遣契約を締結して7月21日から受け入れ、PDP製造を続けることとした。Aの撤退に伴い、Xは他部門への移動を打診されたが拒否し、7月20日付でAを退職した
 X・UはYとの交渉においてXの直接雇用を要求し、Yは検討の結果、契約期間を平成17年8月1日から平成18年1月31日まで(同年3月末日を限度としての更新はあり得る)などとする直接雇用の申込みをしたものの、Xは雇用期間が限定されていたことを理由に拒否した。7月28日、UはXの雇用契約を期間の定めのない直接雇用とし、業務内容をXが従事していたPDP製造業務の封着工程とするよう申し入れたがYは拒否した。これを受けて、UはY側提示の雇用契約書において、雇用期間・業務内容などにつき異議をとどめる旨の記載をしたいとの申入れを行ったが、Yは契約書にこのような記載がなされるのであれば雇用契約を締結しないとしてこれも拒否した。XとUは、契約書に雇用期間について異議をとどめることに固執していては契約締結が困難であると考え、また、XがAを退職して収入のない状況であったこともあり、契約書とは別途に異議をとどめる旨の意思表示をした上で、Y側提示の雇用契約(契約期間は平成17年8 月から平成18年1 月31日まで〔契約更新はしないが、同年3月末日を限度としての更新はあり得る〕、業務内容はPDPパネル製造――リペア作業および準備作業などの諸業務、等)を締結することとし、Xは8月19日付で署名捺印し、8月22日より就労し(これが雇用契約3)、Y工場において、以前従事していたPDP製造業務の封着工程とは異なるリペア作業(不良PDPパネルを再生利用可能なものにする作業)に従事した。UはX・Y間の契約締結以後もXの雇用契約を期間の定めのない雇用契約とすることなどを求める交渉を申し入れていたが、Yは12月28日、平成18年1月31日の満了をもってXとの雇用契約が終了する旨通告した。X・Uはこれに抗議したが、YはXとの雇用関係は終了したとしてその就業を拒否している。
 Yの通告に先立って、Xは11月11日、Yに対し期間の定めのない雇用契約上の地位を有することの確認等を求めて本件訴訟を提起した。その根拠としては、黙示の雇用契約の成立(本件雇用契約1)、労働者派遣法に基づく雇用契約の成立(本件雇用契約2)、本件雇用契約3には期間の定めがないという3つを挙げている。また、リペア作業の命令が不法行為に該当するとして損害賠償を請求している。
 
Ⅱ 判旨
1 黙示の雇用契約の成否
(1) 労働者供給契約・供給労働契約の無効
「職業安定法4条6号は「労働者供給」を「供給契約に基づいて労働者を他人の指揮命令を受けて労働に従事させることといい、労働者派遣法2条1号に規定する労働者派遣に該当するものを含まないものとする」と定義するから、労働者派遣法2条1号の「労働者派遣」の定義(自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、かつ、他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させることをいい、当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするものを含まないものとする)に該当し、同法に適合する就業形態は、職業安定法4条6項の定義する労働者供給に該当せず、同法44条に抵触しないものと解される。
 しかし、・・・Y・A間の契約の契約書上の法形式は業務委託契約とされ、PDP生産1台あたりの業務委託料が設定され、生産設備の貸借が規定されたものであるが、設備の借り受け状況、業務委託料の支払い状況等の実態は何ら明らかでなく、Aと臨時雇用契約書を作成してPDP製造業務封着工程に従事したXは、A正社員ではなくY従業員の指揮命令、指示を受けて、Y従業員と混在して共同して作業に従事するなどしていたものであり、Yにおいても上記契約が職業安定法施行規則4条1項所定の適法な派遣型請負業務足りうること若しくは労働者派遣法に適合する労働者派遣であることを何ら具体的に主張立証するものではないから、Y・A間の契約は、AがXを他人であるYの指揮命令を受けてYのために労働に従事させる労働者供給契約というべきであり、X・A間の契約は、上記目的達成のための契約と認めることができる。仮に、前者を労働者派遣契約、後者を派遣労働契約と見うるとしても、各契約がなされてXがPDP製造業務へ派遣された日である平成16年1月20日時点(平成15年改正前労働者派遣法下)においては、労働者派遣事業を、臨時的・一時的な労働力の迅速・的確な需給調整を図るための一般的なシステムとする一方、労働者に対する不当な支配や中間搾取等の危険が顕在化するおそれなどが認められる業務分野については労働者派遣事業を認めるべきではないとの労働者保護等の観点から、物の製造の業務への労働者派遣及び受入れは一律に禁止され(同法附則4項、同法4条3項)、その違反に対しては1年以下の懲役又は100万円以下の罰金(同法附則6項)との派遣元事業者に対する刑事罰が課されるなどされていたものであって、各契約はそもそも同法に適合した労働者派遣足り得ないものである。そうすると、いずれにしろ、脱法的な労働者供給契約として、職業安定法44条及び中間搾取を禁じた労働基準法6条に違反し、強度の違法性を有し、公の秩序に反するものとして民法90条により無効というべきである。
 ところで、特定製造業務への派遣事業は平成16年3月1日施行の労働者派遣法改正により禁止が解除されたから、Xが同月20日から期間2か月として改めて締結又は更新されたX・A間の契約に基づきY・A間の契約に従い稼働したことが同法上可能な労働者派遣と評価しうるとしても、派遣可能期間は1年とされ(同法40条の2第2項、附則5項)、Xの派遣は解禁後1年を経過した平成17年3月1日を超えて同年7月20日まで継続されていたから、少なくとも、Aにおいて、同法35条の2第1・2項に違反し、Yにおいて、同法40条の2第1項に加えて、大阪労働局が認定したとおり同法24条の2(派遣元事業主以外の労働者派遣事業を行う事業主からの労働者派遣の受入れの禁止)、同法26条(労働者派遣契約の内容等)に違反したほか、そもそも労働者派遣契約ないし派遣労働契約の締結に当たって遵守が求められる多くの手続規定を遵守、履践していないことが明らかである。
 そうすると、平成16年3月20日以降も、Yは上記違法状態(幾多の労働者派遣法違反)下でXを就業させることを認識していた若しくは容易に認識しうるものであったこと、平成17年4月27日にXが就業状態が労働者派遣法等に違反していると認識して直接雇用を申し入れた後もXをして就業させたこと等を考慮すれば、Y・A間、X・A間の各契約は、契約当初の違法、無効を引き継ぎ、公の秩序に反するものとして民法90条により無効というべきである。
 したがって、Y・A間、X・A間の各契約は締結当初から無効である。」
(2) 黙示の雇用契約1の成立
「労働契約も他の私法上の契約と同様に当事者間の明示の合意によって締結されるばかりでなく、黙示の合意によっても成立しうるところ、労働契約の本質は使用者が労働者を指揮命令及び監督し、労働者が賃金の支払いを受けて労務を提供することにあるから、黙示の合意により労働契約が成立したかどうかは、当該労務供給形態の具体的実態により両者間に事実上の使用従属関係、労務提供関係、賃金支払関係があるかどうか、この関係から両者間に客観的に推認される黙示の意思の合致があるかどうかによって判断するのが相当である。
 前記認定・説示によれば、Y・A間の契約、X・A間の契約がいずれも無効であるところ、Xは。期間2か月、更新あり、賃金時給1350円の前提で本件工場でPDP製造封着工程の業務に労務を提供し、Yは、これを受けて、その従業員を通じてXに本件工場での同工程の作業につき直接指示をして指揮、命令、監督して上記労務の提供を受け、Xは、Y従業員と混在して共同して作業に従事し、その更衣室、休憩室はY従業員と同じであり、同工程における就業期間が1年半に及び、その間に他の場所での就業をAから指示されたこともなく、休日出勤についてもY従業員が直接指示することがあり、本件工場にA正社員が常駐していたものの、作業についての指示をしておらず、労働時間の管理等を行っていたか不明であり、Yは、Xを直接指揮監督していたものとしてその間に事実上の使用従属関係があったと認めるのが相当であり、また、XがAから給与等として受領する金員は、YがAに業務委託料として支払った金員からAの利益等を控除した額を基礎とするものであって、YがXが給与等の名目で受領する金員の額を実質的に決定する立場にあったといえるから、Yが、Xを直接指揮、命令監督して本件工場において作業せしめ、その採用、失職、就業条件の決定、賃金支払等を実質的に行い、Xがこれに対応して上記工程での労務提供をしていたということができる。
 そうすると、無効である前記各契約にもかかわらず継続したX・Y間の上記実体関係を法的に根拠づけ得るのは、両者の使用従属関係、賃金支払関係、労務提供関係等の関係から客観的に推認されるX・Y間の労働契約のほかなく、両者の間には黙示の労働契約の成立が認められるというべきである。
 この点、Yは、Xが、Aに対して契約終了に伴う解雇予告手当等の支払を求めるなどAを使用者として認識しており、本件雇用契約3締結前にはYとの間に雇用契約がないことを前提に行動していたとして、黙示の労働契約の成立を否定する。しかし、上記Xの言動は、明示的には前記Y・A間の契約、X・A間の契約が存在する状況において、Yと対立しつつ直接の労働契約を要求して交渉中のものであり、同契約の成立を否定する直接の意思があったとはいえず、Aとの契約を解消して収入が途絶することが予想されていたXにおいて、あくまでYとの間の労働契約が明示的には成立していないことを前提として、形式的には雇用者であったAに種々の要求をしたり、形式的には雇用者ではなかったYに直接雇用の要求をしたことをもって、上記契約の成否が左右されると解することはできない。
 そして、上記労働契約の内容は、期間2か月、更新あり、賃金時給1350円等、X・A間の契約における労働条件と同様と認めるのが相当であるところ、Y従業員により上記契約成立後直ちにPDP製造封着工程業務への従事を指示され、Xがこれに応じたから、同業務が従事する業務として合意されたと解すべきである。
 したがって、X主張の期間の定めがないとの点は認められず、上記認定、説示した範囲での労働契約の成立を認めることができる。」
2 労働者派遣法に基づく雇用契約2の成否
「Y・A間の契約は労働者供給契約、X・A間の契約は同目的達成のための契約であって、労働者派遣法に適合した労働者派遣がなされていない無効のものであるから、同法40条の4の適用があることを前提にX・Yにおいて当然に同条に基づき直接雇用申込み義務が生じると解することは困難である。」
3 雇用契約3における期間の定めの有無、効力
「X・U、Yの交渉を経て、本件契約書の作成により本件雇用契約3が締結されたことによって、・・・賃金が時給1600円となるなど、前記(1)の黙示の労働契約の内容が変更されたというべきところ、・・・Xは、同代理人弁護士作成の内容証明郵便をもって有期とされる契約期間と従前従事していた封着工程ではない業務内容につきこれを不利益としてそれぞれ異議を留めた上で、本件契約書を作成したものであるから、同契約書通りの期間の定め、更新方法及び業務内容の合意が成立したとはいえず、他方、期間の定めのないこととする合意やPDP製造封着工程の業務に限ってこれを行うとの合意があったとも認められない。
 したがって、本件雇用契約3の締結後も、前記(1)の黙示の労働契約における契約期間及び業務内容がX・Y間の労働契約の内容となる」。
4 リペア作業に従事する義務の存否
「黙示の労働契約におけるXの従事する業務内容は本件工場内でのPDP製造業務封着工程であるところ、リペア作業への変更を命じられたのであるから、かかる業務命令は配
置転換命令に該当するといえる。
 Yは、リペア作業を行う真摯な必要もこれをX一人に行わせる必要も乏しかったにもかかわらず、Xの上記行為〔編注:Yが請負契約を装って労働者派遣をさせている旨の大阪労働局に対する申告〕に対する報復等の不当な動機・目的によりこれを命じたものと推認するのが相当である。
 したがって、前記業務命令は権利濫用として無効であり、Xはリペア作業に就労する義務はない。」
5 雇用契約の帰趨
(1) 解雇の有無及び効力
「両者間の雇用契約は、・・・合意以降期間2か月ごとに更新され、同年12月22日から同様に期間2か月として更新されていたから、Yが同月28日、平成18年1月31日の満了をもってXとの雇用契約が終了する旨通告し、その後その就業を拒否していることは、解雇の意思表示に当たる。
 ・・・〔解雇の意思表示の〕前提となるリペア作業への配置転換は無効であり、上記封着工程の業務作業が終了したなどの事情は見当たらないから、上記解雇の意思表示は解雇権の濫用に該当し無効というべきである。」
(2) 雇止めの成否
「仮に解雇の意思表示でなく、雇止めの意思表示としても、上記契約は、期間2か月、かつ更新できるものであり、平成16年1月以来多数回にわたって更新されていた上、Xの従事していた封着工程は現在も継続されており明らかに臨時的業務でなく、その雇用関係はある程度の継続が期待されていたところ、上記の通り、雇止めの意思表示は、解雇の場合には解雇権の濫用に相当するものであり、更新拒絶の濫用として許されないというべきである。」
6 不法行為の成否
「YがXにリペア作業への従事を命じた業務命令並びに解雇又は雇止めの意思表示は不法行為を構成」する。
 
Ⅲ 評釈
 本判決においてもっとも反響を呼んだのは黙示の雇用契約の成立を認めた点であるので、本評釈でもその点を中心に論じたい。ところが、本判決においては、業務委託契約の法形式をとりながらYがXを指揮命令していたことに基づいてこれを労働者供給契約と考え、これが無効であることを論理的前提として事実上の使用従属関係から黙示の雇用契約の成立を導き出すという理路を辿っているので、まずは労働者供給契約をめぐる論点から検討していく。
1 労働者供給契約の無効論について
(1) 業務委託(請負)と労働者派遣(労働者供給)の概念
 本判決では明確に析出されていないが、議論の第一段階としてまず、法形式として業務委託(請負)としている契約のうちいかなるものが労働者供給ないし労働者派遣と見なされるべきかという議論が必要である。これがいわゆる「偽装請負」問題の中核であって、本件が社会的な注目を浴びた所以でもある。
 本判決では、この議論が後述の労働者供給と労働者派遣の概念区分の議論と一体として論じられているため、却って問題の本質がわかりにくくなっている。ある契約が偽装請負であるか適法な請負であるかは一つの論点であり、偽装請負である契約が労働者供給であるか労働者派遣であるかは別の問題である。前者に関するかぎり、本判決と原審の事実認定はほとんど同じであると考えられるので、原審の判決を引こう。「Xは、Aの従業員から指示を受けていたわけではなく、松下電器からYに出向している従業員から指示(指揮命令)を受けていたことが認められる。これによると、Xに対する指揮命令は、Yが行っていたと認めることができる(その意味では、Xを含むA従業員の当時の就労形態は、いわゆる偽装請負の疑いが極めて強い。)。・・・上述した関係の実質は、むしろ、AとYが、Aを派遣元、Yを派遣先とする派遣契約を締結し、同契約に基づき、Aとの間で雇用契約を締結していたXが、Yに派遣されていた状態というべきである。」
 この点については、事実の概要に見たように、大阪労働局が本件業務委託契約は労働者派遣に該当するという認定を行い、これに基づいてYは業務委託契約を解消して労働者派遣契約に切り替えているので、既に決着がついているともいえるが、実務的にはいくつかの問題があり、指摘しておきたい。
 この認定の根拠は、「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準を定める告示」(昭和61年労働大臣告示37号)である。ここでは、「請負の形式による契約により行う業務に自己の雇用する労働者を従事させることを業として行う事業主」であっても、労務管理面については、①労働者に対する業務の遂行方法に関する指示その他の管理、②労働時間等に関する指示その他の管理、③企業における秩序の維持、確保等のための指示その他の管理、を自ら行う者でなければ、「労働者派遣事業を行う事業主」とされる。これらの具体的内容については業務取扱要領において敷衍されているが、これを前提とする限り、本件業務委託契約が労働者派遣と見なされるのは当然であろう。
 ところが一方で、労働安全衛生法の世界では請負関係に着目したいくつかの規制がされている。すなわち、元方事業者は請負人やその労働者が安全衛生法令に違反しないよう「必要な指導」「必要な指示」を行わなければならず、請負人やその労働者はその指示に従わなければならない(29条)。また建設業や造船業では以前から作業間の連絡調整などが義務づけられていたが(30条)、2005年改正によりその他の製造業においても「元方事業主は、その労働者及び関係請負人の労働者の作業が同一の場所において行われることによって生ずる労働災害を防止するため、作業間の連絡及び調整を行うことに関する措置その他必要な措置を講じなければならな」くなった(30条の2)。もちろん、法の建前上、労働安全衛生法が請負に要求する「指示」と労働者派遣法が請負に禁止する「指示」は別ものである。構内下請を受け入れている元方企業は、業務遂行方法や秩序維持に関わることであっても安全衛生に関わる限り法が求める適切な指示をしなければならず、安全衛生事項でない限り一切指示をしてはならない。両者は観念的には区別しうるはずである。とはいえ、現実の作業現場において両者を明確に区別して指示と不指示を使い分けることは相当程度に困難を伴うと予想できる。特に製造業のように危険有害業務が多い職場にあっては、請負人の労働者の行為のかなりの部分が直接間接に安全衛生に関わりうるからである。この意味において、上記区分基準の「指示」の有無に関わる部分について過度に厳密に解釈することは問題がある。従来から存在するいわゆる協力会社の社外工については、個々に指示があったからといって直ちに偽装請負と考えるべきではない。
 これに対し、本件では個々の指示が安全衛生法上必要なものか否かを論じうるような水準を超え、Aの従業員は全くあるいはほとんど指示をしておらず、もっぱらあるいはほとんどYの従業員の指示のもとに作業していることが認定されているので、契約形式通り業務委託ないし請負と判断することは困難であろう。
 なお、本判決は業務委託の形式をとった労働者供給契約であると判断しており、この場合の法的根拠は職業安定法施行規則4条となるが、「たとえその契約の形式が請負契約であっても」「作業に従事する労働者を、指揮監督するもの」でない限り「労働者供給の事業を行う者とする」と規定しており、基本的には同じ枠組みである。
 以上を前提として、労働者供給と労働者派遣の概念区分の議論に入ることができる。
(2) 現行法における「労働者供給」と「労働者派遣」の概念
 職業安定法における「労働者供給」の定義と、労働者派遣法における「労働者派遣」の定義は、判旨1(1)の冒頭部分にあるとおりであるが、この定義をもって直ちにそれに続く議論を展開することは実はできない。なぜならば、職業安定法が原則禁止しているのは「労働者供給」という行為ではなく「労働者供給事業」という事業形態であり、労働者派遣法が規制をしているのは「労働者派遣」という行為ではなく「労働者派遣事業」という事業形態だからである。職業安定法上「労働者供給事業」の定義規定はないが、労働者派遣法上は「労働者派遣」の定義規定とは別に「労働者派遣事業」の定義規定がある。「労働者派遣事業」とは「労働者派遣を業として行うこと」をいう(2条3号)のであるから、業として行うのではない労働者派遣は労働者派遣法上原則として規制されていないことになる。
 もっとも、さらに厳密にいうと、労働者派遣法上「派遣元事業主」や「派遣先」を対象とする規定は労働者派遣事業のみに関わるものであるが、「労働者派遣をする事業主」や「労働者派遣の役務の提供を受ける者」を対象とする規定は業として行うのではない労働者派遣にも適用される。労働者派遣法上、この二つの概念は明確に区別されており、混同することは許されない。
 職業安定法上、「労働者供給事業」ではない「労働者供給」を明示的に対象とした規定は存在しないが、44条で原則として禁止され、45条で労働組合のみに認められているのは「労働者供給事業」であって「労働者供給」ではない。これを前提として、出向は「労働者供給」に該当するが「労働者供給事業」には該当しないので規制の対象とはならないという行政解釈がされており、一般に受け入れられている。
 以上を前提とすると、職業安定法4条6号と労働者派遣法2条1号の規定によって相互補完的に定義されているのは「労働者供給」と「労働者派遣」であって、「労働者供給事業」と「労働者派遣事業」ではない。経緯的には従来の「労働者供給」概念の中から「労働者派遣」概念を取り出し、それ以外の部分を改めて「労働者供給」と定義したという形なので、その限りでは「労働者派遣」でなければ「労働者供給」に当たるといえるが、ここでいう「労働者派遣」「労働者供給」はあくまでも価値中立的な行為概念であり、それ自体に合法違法を論ずる余地はない。「違法な労働者派遣」という概念はあり得ない。あり得るのは「違法な労働者派遣事業」だけである。そして、「労働者派遣事業」は「労働者派遣」の部分集合であるから、「違法な労働者派遣事業」も「労働者派遣」であることに変わりはない。
 本判決は、「労働者派遣法に適合する労働者派遣であることを何ら具体的に主張立証するものでない」ゆえに「労働者供給契約というべき」と論じているが、ここには概念の混乱がある。労働者派遣法による労働者派遣事業の規制に適合しない労働者派遣事業であっても、それが「労働者派遣」の上述の2条1号の定義に該当すれば当然「労働者派遣」なのであり、したがって両概念の補完性からして「労働者供給」ではあり得ない。「労働者供給事業」は「労働者供給」の部分集合であるから、「違法な労働者派遣事業」が「労働者供給事業」になることはあり得ない。
(3) 労働者派遣法における業務限定の意義
 もちろん、職業安定法に違反する労働者供給事業でないとしても、労働者派遣法に違反する労働者派遣事業はすべて「強度の違法性を有し、公の秩序に反するもの」として無効であるという立論もあり得ないわけではない。しかしながら、現行労働者派遣法に規定する違反に対する罰則や行政措置からして、そこまでの結論を導くことは困難であろう。むしろ事業性の有無を問わず、「公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的」の「労働者派遣」(58条)こそが公序に反するものとして無効とするにふさわしい。労働者派遣法上のいかなる違反を契約の無効とすべきかは個別条項ごとに判断されるべきであるが、本判決においてはY・A間の契約を、当時の労働者派遣法上の業務限定(製造業への派遣・受入れの禁止)の規定に違反する脱法的な労働者供給契約であるなどとし、業務限定(製造業への派遣・受入の禁止)を公序に反するものとして無効としているので、労働者派遣法における業務限定の意義について検討する。
 同法における業務限定は、おおむね1985年法におけるポジティブリストシステム、1999年改正におけるネガティブリストシステム(製造業の特例)、2003年改正による製造業の追加という3段階を経ている。本件は第2段階から第3段階にかけて起こっている。
 第1段階のポジティブリストシステムとは、正確にはネガティブリストシステムとポジティブリストシステムの組み合わせであった。「その業務の実施の適正を確保するためには業として行う労働者派遣により派遣労働者に従事させることができるようにすることが適当でないと認められる業務」(いわゆるネガティブリスト業務)である港湾運送業務、建設業務等の派遣は、業務の性格に基づく禁止であるからより公序違反の性格が強いのに対し、業務の性格上は労働者派遣が不適当とはいえないその他の業務のうち「労働力の需要及び供給の迅速かつ的確な結合を図るためには、労働者派遣により派遣労働者に従事させることができるようにする必要がある」業務(いわゆるポジティブリスト業務)は、労働市場政策における政策的配慮に基づき指定されるものであって、ネガティブリスト業務ではないがポジティブリストには含まれない業務の派遣は公序違反とはいいがたい。
 さらに細かくいえば、当時のポジティブリスト業務の判断基準として「その業務を迅速かつ的確に遂行するために専門的な知識、技術又は経験を必要とする業務」「その業務に従事する労働者について、就業形態、雇用形態等の特殊性により、特別の雇用管理を行う必要があると認められる業務」が挙げられていたが、実際には前者に該当する業務として「ファイリング」が指定されており、これは事実上一般事務として利用されていた。この背景には、労働者派遣法の運用上の配慮として規定されている「労働者の職業生活の全期間にわたるその能力の有効な発揮及びその雇用の安定に資すると認められる雇用慣行」(25条)への配慮が、実際には男性正規労働者の常用代替のおそれには敏感であっても、一般事務に従事する女性正規労働者の常用代替には鈍感であったことが考えられる。いずれにせよ、ポジティブリストとはこのような「政策的配慮」に基づくものであって、公序違反という性格のものではない。
 1999年改正でこのポジティブリスト方式が廃止され、法本則上は港湾運送、建設等のネガティブリスト業務のみが禁止されることとなった。ただし、附則4項で物の製造の業務については「当分の間」労働者派遣事業が禁止された。これは、附則におかれていたことからも判るように、法本則上禁止すべき理由を明確に規定することができないものを「当分の間」の措置として暫定的に対処したものであり、旧ポジティブリストのような「政策的配慮」とすらも言いがたい。立法過程から見れば、労働組合の主たる組織基盤である製造業の常用代替により敏感であったことの痕跡であるが、公序違反を構成するようなものとはいえない。現実に、その4年後には「当分の間」の禁止が解除されて製造業への労働者派遣事業が可能となっている。その際、派遣可能期間が当初は1年、3年後に3年とされた。
 本判決は、この点について、当時の派遣可能期間(1年)に違反するなど「そもそも労働者派遣契約ないし派遣労働契約の締結に当たって遵守が求められる多くの手続規定を遵守、履践していない」ことから、「契約当初の違法、無効を引き継ぎ、公の秩序に反する」と論じているが、説得力に欠ける。
(4) 労働者供給事業自体の「強度の違法性」
 とはいえ、仮に本件契約を労働者供給と考えたとしても、そのことが直ちにその無効を帰結するわけではない。「強度の違法性」というが、そもそも職業安定法上禁止されていた労働者供給事業の中から労働者派遣事業が括り出されたのであり(正確にいえば、労働者供給事業が属する労働者供給の中から労働者派遣が括り出され、そのうち労働者供給事業に該当していたものが労働者派遣事業となった)、労働者供給事業それ自体の中に公の秩序に反して契約を無効にしなければならないほどの「強度の違法性」が普遍的にあるのであれば、その一部であれ合法化することは本来できないはずである。
 そもそも経緯的に見ても、労働者供給事業の禁止はGHQによる日本社会の民主化の一環として命じられたもので、港湾荷役や建設業に多く見られるいわゆる労働ボスの絶滅が目的であった。そのため、占領下にあっても戦前労務供給事業として許可を受けていた派出婦供給事業は有料職業紹介事業ということにして認め、占領終結後には上記職業安定法施行規則4条を改正して、多くの製造業における協力会社の社外工を労働者供給事業とは見なさないこととしたのである。現実の政策は、概念的には労働者供給事業に該当しうるものであっても実質的に違法性がないと判断されれば、このようないささか場当たり的な手段によって認めてきたのであり、さらには労働者派遣法によって立法的に解決を図ってきたのであって、たまたま労働者派遣法の立法技術上労働者派遣事業に当たらず労働者供給事業に該当するものであっても、直ちに強度の違法性があると言えるわけではない。
 なお労働基準法6条についていえば、ここで禁止されている「中間搾取」に該当するのは典型的には職業紹介、労働者募集、(雇用関係を伴わない)労働者供給であって、雇用関係を伴う労働者供給や労働者派遣は概念上これに当たらない。もちろん前者であっても許可制の下に認められている。AとX間の雇用関係を素直に認めれば中間搾取にならないものを、わざわざその存在を否定して中間搾取であるとするのはあまりにも技巧的な論理である。
 いずれにせよ、労働者供給事業であれ労働者派遣事業であれ、ある部分が無効とすべき「強度の違法性」を有していることは否定できないが、一般的に(労働者派遣事業が抜き取られた)労働者供給事業であるが故に直ちに強度の違法性を有し無効となるという論理は成り立ち得ないと考えられる。
2 黙示の雇用契約論について
 本判決の核心は、1の労働者供給契約の無効論に基づき、「無効である前記各契約にもかかわらず継続したX・Y間の上記実体関係を法的に根拠づけ得るのは、両者の使用従属関係、賃金支払関係、労務提供関係等の関係から客観的に推認されるX・Y間の労働契約のほかな」いとした点にある。
(1) 黙示の雇用契約が成立する可能性
 本判決が黙示の雇用契約の成立の前提として労働者供給契約の無効を必要としたのは、X・A間とX・Y間に同時に雇用契約が存在することはあり得ないと考えたからであろう。しかしながら、上記「労働者派遣」の定義からして、「自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、かつ、他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させ」るものでありつつ、「当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするもの」はありうる。この自己の雇用する労働者を他人に雇用させるものは労働者供給(の一種)であって、ここでは二重雇用契約の存在が当然の前提とされている(2003年改正により、この一部(紹介予定派遣)が労働者供給から労働者派遣に位置づけられた。)。このように二重雇用契約自体は法的に十分可能であり、問題は本件において派遣先との黙示の雇用契約が認められるか否かである。
 ここで重要な点は、本判決が黙示の雇用契約成立の判断指標とする「事実上の使用従属関係、労務提供関係、賃金支払関係があるかどうか」は、労働者派遣においては雇用関係のない労働者と派遣先の間に本来存在するものであるから、それをもって判断指標とすることができないということである。黙示の雇用契約が成立するためには、黙示であっても「当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約」することに相当する行為が必要となる。労働者派遣法上「労働者派遣の役務の提供を受けようとする者」が「労働者派遣契約の締結に際し、当該労働者派遣契約に基づく労働者派遣に係る派遣労働者を特定することを目的とする行為」(26条7項)は禁止の努力義務であるが、派遣元・派遣先が講ずべき措置に関する指針では禁止されている。その趣旨は事前面接を行えば派遣先と派遣労働者の間に雇用関係が成立すると判断される蓋然性が高くなり、労働者供給に該当するおそれが高いからであると説明されている。これは単なる事業規制上の禁止事項ではなく、「労働者派遣」の定義に関わる問題である。禁止に違反したが故に労働者供給事業になるという論理ではなく、定義上労働者供給になる危険性が高いが故に禁止しているのであり、その場合の法律関係は二重雇用契約となろう。
 そこで、本件において仮に就労開始前にXがYの事前面接を受け、YがXの「利用」を決定していたというような事実関係があれば、二重雇用契約が成立したと判断される可能性が高くなると考えられる。しかしながら、本判決においてはそのような事実は認定されておらず、二重雇用契約の成立を認めるのは困難と思われる。
(2) 黙示の雇用契約を認めた過去の裁判例について
 ここで、本件と類似の事案において黙示の雇用契約を認めた過去の裁判例を見ておく。
①新甲南鋼材工業事件(神戸地判昭47.8.1労判161号30頁)
②近畿放送事件(京都地判昭51.5.10労判252号16頁)
③青森放送事件(青森地判昭53.2.14労判292号24頁)
④サガテレビ事件(佐賀地判昭55.9.5 労判352号62頁)(控訴審(福岡高判昭58.6.7労判410号29頁)で逆転)
⑤センエイ事件(佐賀地武雄支決平9.3.28 労判719号38頁)
⑥安田病院事件(大阪高判平10.2.18 労判744号63頁)(最判平10.9.8 労判745号7頁)
⑦ナブテスコ(ナブコ西神工場)事件(神戸地明石支判平17.7.22)
 これらのうち、初期の裁判例には供給先への労務提供の事実から直ちに黙示の雇用契約締結の意思の合致を認め、供給先を「使用者」と認定したものも見られる(①、②、③)が、その後はさらに黙示の雇用契約締結の意思の合致を認めるに足る事情を要求する裁判例が多い。④では職業安定法第44条違反に着目して判断しており、本判決と共通するが、この点が控訴審で逆転しており、現在有効な裁判例とはいいがたい。
 労働者派遣法が制定され、「労働者派遣」が実定法上の概念となった後は、「使用者と労働者の間に事実上の使用従属関係が存在していたとしても、このことから直ちに両者の間に雇用契約関係が成立していると解すべきものでな」いとして、「相当強度の指揮命令関係」を認定しつつも「黙示の労働契約が成立していたということは未だできない」と判断したテレビ東京事件(東京地判平元.11.28労判552号39頁)がリーディングケースとなり、黙示の雇用契約の成立を認めたものは少ない。その中で例外的に認めた事案のうち、最高裁の判例である⑥はやや特殊で、患者と付添婦の間の雇傭契約という契約形式を認めた地裁の判断を、高裁が病院との間の黙示の雇用契約を認めて取り消したものであるが、労働基準法の適用されない家事使用人の雇傭契約であったことが影響しているように思われる。一方、⑤⑦はいずれも指揮命令を受けて労務に従事するという事実から直ちに黙示の雇用契約の成立を導いており、本判決と同様問題があると思われる。
3 その他の諸問題について
 以上、本判決の主たる論点について労働者派遣法の法構造に基づいて批判してきた。本判決がこのような無理な論理構成をとらざるを得なかったのは、現行法上労働者派遣法に基づく雇用契約2の成立を認めたり、雇用契約3における期間の定めを否定することができず、これらに基づいて解雇や雇止めの無効を導くことが不可能と考えたからであろう。雇用契約2,3についてXの主張を認めるためには、派遣期間経過後の派遣先常用雇用見なしや有期雇用契約の無期転換といった実定法上の根拠が必要となる。日本にはかかる法制はなく、立法論的課題といわざるを得ない。原審は素直にそれを認めた上で、リペア作業を命じた点についてのみ不法行為の成立を認めた。しかしながら、これは本件の全体構造からするといかにも局部的な問題に過ぎず、隔靴掻痒の感を与えるであろう。
 一つの解決の方向として、Xが労働者派遣法違反を訴えたことを実質的な理由として最終的に雇止めに至る雇用関係上の行為をとったことを全体として不法行為ととらえ、損害賠償を認める可能性があるのではないか。公益通報者保護法においては、公益通報した直用労働者の解雇を無効とするとともに、派遣労働者が公益通報したことを理由とする派遣契約の解除を無効としており(4条)、やや位相は異なるとはいえ、本件に応用することも考えられる。  

 

労働基準法女子保護規定に係る管理職

Tzjzychu_400x400 焦げすーもさんが正月早々菅野労働法を読んでいるようですが、

https://twitter.com/yamachan_run/status/1212248622701502464

元日から菅野労働法よむよむ。
女性の労働時間規制があった時代にも適用除外者はあったのね。
「指揮命令者及び一定の専門業務従事者」
「指揮命令者」は管理監督者よりもはるかに広い概念で、いわゆる「管理職」に近いのだろうか? 

正確に言うと、1985年のいわゆる努力義務法によってそれまでの女子保護規定が若干緩和されたときにできた概念ですね。1997年改正によって消滅しましたが、10数年ほど実在していた概念です。

実は、これまさに先月出た『季刊労働法』2019年冬号に掲載した「管理職の労働法政策」で一項割いて解説しています。

 さて、労働基準法上の女子保護規定は1985年の男女雇用機会均等法の制定に伴う労働基準法改正で若干緩和され、1997年の均等法改正に伴う労働基準法改正で(一定の経過措置を伴いつつ)廃止されたことは周知の通りです。それまでの女子保護規定の解釈においては、時間外・休日労働の上限規制は適用除外されるけれども、深夜業の禁止は適用除外されないという、少なくとも法政策としてはかなり奇妙な考え方が採られていたことは上述した通りです。
 しかし、1985年改正で注目すべきはむしろ、これによってある特殊な概念が作り出されたことにあります。1997年改正までの間、労働基準法の女子保護規定は、一部緩和されつつ基本的には維持されていたのですが、その一部緩和のための手段として用いられたのが、この「労働者の業務の遂行を指揮命令する職務上の地位にある者又は専門的な知識若しくは技術を必要とする業務に従事する者で、命令に定めるものに該当する者」という概念で、一般にはそれぞれ「管理職」「専門職」と呼ばれていました。彼女らは、1985年改正後の労基法第64条の2(時間外・休日労働の制限)と第64条の3(深夜業の禁止)がいずれも適用除外されます。
 この「管理職」は、明確に労働基準法第41条第2号の「管理監督者」よりも広い概念として作られたものです。なぜなら、この「管理職」に該当すると女子保護規定(時間外・休日労働の上限規制と深夜業の禁止)が適用されなくなるだけであって、法第4章の労働時間規定は成人男子と同様に適用されることになるからです。とはいえ、省令(女子労働基準規則)第3条で言うその定義(「業務を遂行するための最小単位の組織の長である者又は職務上の地位がその者より上位にある者で、労働者の業務の遂行を指揮命令するもの」)は、管理監督者と相当程度に重なっています。それまでは管理監督者といえども女子であれば深夜業は禁止であったのが、これにより「管理職」であれば深夜業が可能となったのがいちばん大きな変化だったのかも知れません。
 いずれにせよこの「管理職」とは、この時期の女子保護規定をめぐるせめぎ合いを反映したいささか中途半端な概念でしたが、1997年に男女雇用機会均等法が努力義務から差別禁止に進展したのと合わせ、女子保護規定も労働基準法から消えることとなり、この奇妙な「管理職」概念も法律上から姿を消しました。  

 

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