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2019年12月13日 (金)

桜井英治『贈与の歴史学』

102139 一見、労働問題とは関係がなさそうな本に見えますが、なかなか興味深い一節があります。

http://www.chuko.co.jp/shinsho/2011/11/102139.html

贈与は人間の営む社会・文化で常に見られるものだが、とりわけ日本は先進諸国の中でも贈答儀礼をよく保存している社会として研究者から注目を集めてきた。その歴史は中世までさかのぼり、同時に、この時代の贈与慣行は世界的にも類を見ない極端に功利的な性質を帯びる。損得の釣り合いを重視し、一年中贈り物が飛び交う中世人の精神を探り、義理や虚礼、賄賂といった負のイメージを纏い続ける贈与の源泉を繙く。角川財団学芸賞受賞。 

日本中世史としても、モースの流れを汲む社会学としても、大変面白い本ですが、実は最後の「第4章 儀礼のコスモロジー」に、労働力価格の硬直性に関わるこういう記述があり、いろいろと考えさせられました。

・・・労働と贈与の関係に関連してもう一つ注目されるのが労働力価格の問題である。中世には、物の価格と労働力・サービス価格とではその決定メカニズムが根本的に異なっていたことが明らかになってきている。物の価格は基本的に需要・供給バランスによって決定されており、その点では現代とあまり変わらないのに対し、労働力・サービス価格は硬直的で需要・供給バランスの影響をほとんど受けなかったのである。・・・

・・・このような現象は短期的にも現れ、例えば建築職人の一日の労働時間は、昼夜の長さに規定されて夏に長く、冬に短くなるが、賃金は一年を通じて常に一定だった。同じ賃金を払っているのに、夏は冬よりも長時間職人を働かせることができたわけだから、中世には実質的な労働力価格は夏に下落したのである。従って雇い主にとっては、建築工事を行うなら夏が断然有利だったことにもなる。

私たち現代人の常識からすれば、建築工事が集中すれば労働力需要が増加するから、賃金も上昇してよさそうなものだが、中世にはそういうことは起こらなかった。労働力価格は需要・供給バランスの影響を受けなかったからである。ところが、建築資材の方は工事の集中に伴って、夏になると価格が上昇した。物の価格は労働力価格とは違って、需要・供給バランスの影響を受けたからである。・・・

・・・ではなぜ中世の賃金は需要・供給バランスの影響を受けなかったのだろうか。私は、中世における賃金支給がしばしば「酒直」「禄」といった贈与名目で行われていたことに注目している。つまり、中世段階では労働力が未だ完全な商品化を遂げておらず、それゆえに賃金も厳密な労働時間を考慮せず、一種の贈与(若しくは労働という贈与に対する返礼)として支払われるにとどまったのではないかということである。・・・

なるほど、と思うと同時に、いやいや「私たち現代人の常識」も、それほど完全に労働力が商品化されていないぞ、という気もします。

大の月も小の月も、28日の2月も、一定の月給制というのは、実は時間給レベルの労働力価格が上下しているってことですし。

そもそも、サービス残業を始めとする日本労働者の時間給意識の乏しさには、なにがしか「給与」の「贈与」的性格が影を投げかけているようにも思えます。

さらに、次の一節は、近代的な古代と前近代的な中世という世界史的なテーマに触れていますね。

・・・ただし、労働力の商品化という現象は未開から文明への過程でただ一度起こった跳躍というわけではなかった。なぜなら、中世人の知らなかった時間給を古代人は知っていたからである。少なくとも律令法では昼の長さに応じて、夏は「長功」、春と秋は「中功」、冬は「短功」というように、季節ごとに異なる賃金を支給するよう規定しており、古代にはーたとえそれが中国からの直輸入だったとしてもー中世とは違って時間給の発想があった。それが中世に入るとなぜ消えてしまったのか、そしていつどのように復活して現在に至るのか、そこに刻まれているのは決して単線的ではない、よりダイナミックな、そしてときに“繰り返される”歴史であろう。

中世イエ型社会の延長線上の我々は、もしかするとチャイナ式律令体制下の古代人よりも時間給意識が乏しいのかも知れません。

 

 

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