EUとイギリスとリベラルとソーシャルと(再掲)
イギリスの総選挙で保守党が大勝し、労働党のコービンが批判されているようですが、ここに至るイギリス政治のねじれのそのまたねじれの構造について、コービンが党首になったときのエントリが依然として通用するように思われますので、再掲しておきます。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-0183.html (EUとイギリスとリベラルとソーシャルと)
イギリス労働党の党首に左派のコービン氏が選ばれたというニュースが話題になっています。いやもちろん、ヨーロッパで。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM12H3R_S5A910C1FF8000/?dg=1
同氏は反緊縮や格差是正を訴え、党員らの6割近い支持を得た。1990年代以来中道路線を取ってきた同党の大きな転換となる。キャメロン首相率いる保守党の市場経済を重んじる経済政策や欧州連合(EU)離脱の是非を巡る交渉にも影響は及びそうだ。
・・・労働党はこれまで親EU路線を党是としてきたが、コービン氏は「ギリシャ支援などを巡りEUに改革が必要なのは明らかだ」と独自の見解を見せる。最近では、EUの前身である欧州共同体(EC)を巡る1975年の英国民投票で加盟継続に反対票を投じたことを明らかにした。コービン氏のEUに対する懐疑的な姿勢が、労働党支持者のEU離脱への姿勢を強めるのではないかと懸念する向きも出ている。
イギリス政治とEUとの関係はなかなかに複雑ですが、リベラルとソーシャルという軸で見ると、大きくこのように描けると思います。
かつて、創設当時のEECは名前の通り市場統合のみを目指す経済共同体であり、その頃は保守党がEECに入りたがって、労働党はイギリス流の福祉国家に悪影響があるのではないかと疑って批判的でした。ソーシャルなイギリスとリベラルなヨーロッパという構図。
ところがサッチャー政権下で労働運動が徹底的に叩かれ、福祉が大幅に切り下げられるようになると、イギリスの左派はEC,EUを頼るようになります。逆に、保守党からすると、EC、EUがやたらにソーシャルな政策を押しつけてくるのが気にくわない。リベラルなイギリスとソーシャルなヨーロッパの時代。イギリス保守党の反EUは、これを受け継いでいる。今でもキャメロン首相は、EUの社会条項からの脱退を訴えていたりする。
ところが経済危機以降のEUは、むしろギリシャをはじめとする加盟国に緊縮を押しつけてくるリベラルの側面が強くなり、、欧州全体として反EU感情が高まってきている。今回の労働党の党首選もそれの現れで、リベラルなEUに対する左派の反発といえます。
複雑なのは、ソーシャルなヨーロッパに反発する保守党とリベラルなヨーロッパに反発する労働党の異なる反EU政策が国内政治的に同期化している点で、それぞれの党内の「そうはいっても」というリアリズムとのせめぎ合いが興味深いところです。
も一つ、EU離脱国民投票時のこのエントリも。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/06/post-e515.html (EUはリベラルかソーシャルか?)
今日(もう昨日ですが)はイギリスのEU離脱国民投票で世界中大騒ぎでしたが、EU労働法政策などというタイトルを掲げている本ブログからすると、いろいろと感じるところがありました。
もともとEEC(欧州経済共同体)は名前の通り市場統合を目指すもので、ほとんどソーシャルな面のないリベラルなもの。
かつて労働組合がえらく強かった頃のイギリスは、保守党政権時代に勝手にECに加入したのはおかしいといって、1975年に労働党政権が国民投票をやり、離脱票が少なかったので残った経緯があります。ソーシャルなイギリスがリベラルなECを嫌がってた時代。ちなみに、いまのコービン労働党首はこのときの離脱派。
ところが、サッチャーが政権について、労働組合は徹底的にたたきつぶす、最低賃金から何から労働法護法は廃止する、福祉も住宅も教育も片っ端から叩く。ぼこぼこにぶん殴られた労働組合は泣きながらEUに駆け込んで、助けてくれと言い出す。「社会なんて存在しない」というサッチャーにとって、市場統合以上の余計なことにくちばしを入れたがるソーシャルなEUは邪魔者。いわゆる「ソーシャル・ヨーロッパ」の時代。
その後労働党政権になり、EUのソーシャルな労働法も持ち込まれる。これがイヤだという、反ソーシャル・ヨーロッパのリベラルUKという文脈も、一応細々とあって、日経新聞あたりに載る離脱派のEUの規制がどうのこうのというのはこの話。でもそれはメインじゃない。
むしろ21世紀になってから、EUは再び市場統合を旗印に自由市場主義を各国に強制する傾向が強まる。具体的には下記『社会政策』学会誌に書いた一節を参照のこと。
・・・ところが皮肉にも、これがEU全体の緊縮財政志向をもたらし、とりわけ南欧諸国における労働法、労使関係の空洞化をもたらしている。
危機がもっぱら金融危機であった2009年頃までは、破綻した金融機関の救済や企業や労働者への支援、そして大量に排出された失業者へのセーフティネットなどのために多額の公的支出が行われ、それが加盟各国の財政赤字を拡大させた。ところが、その不況期には当然の財政赤字が、金融バブルの拡大と崩壊に重大な責任があるはずの格付け機関によって、公債の信用度の引下げという形で、あたかも悪いことであるかのように見なされるようになった。
しかも、ここにヨーロッパ独自の特殊な事情が絡む。いうまでもなく、共通通貨ユーロの導入によって、「安定成長協定」という形で加盟国の財政赤字にたががはめられてしまっていることである。本来景気と反対の方向に動かなければならない財政規模が、景気と同じ方向に動くことによって、経済の回復を阻害する機能を果たしてしまうこのメカニズムは、自由市場経済ではなく協調的市場経済の代表格であるドイツの強い主張で導入され、結果的に市場原理主義の復活を制度面から援護射撃する皮肉な形になってしまっている。そしてドイツ主導で進められた財政規律強化のための財政協定が2013年1月に発効し、各国の財政赤字はGDPの0.5%を超えない旨を各国の憲法等で規定し、これを逸脱した場合には自動修正メカニズムが作動するようにしなければならず、これに従った法制を導入しない国にはGDPの0.1%の制裁金を課するという仕組みが導入された。
このように事態がドイツ主導で進められる背景には、経済危機に対してドイツ経済が極めて強靱な回復力を示し、ドイツ式のやり方に他の諸国が文句を言いにくいことがある。しかしながら、ドイツの「成功」をもたらしたのは、危機からの脱却のために政労使がその利益を譲り合うコーポラティズムである。労働側は短時間労働スキーム(いわゆる緊急避難型ワークシェアリング)により雇用を維持するとともに、さまざまな既得権を放棄することで、ドイツ経済における労働コストの顕著な低下に貢献した。これにより、他の諸国と対照的に、ドイツの失業率はむしろ低下傾向を示した。
このドイツ型コーポラティズムの「成果」がEUレベルでは緊縮財政を強要する権威主義的レジームを支え、ドイツにおける協調的市場経済の「成功」が結果的に他国におけるその基盤となるべき雇用と社会的包摂への資源配分を削り取っているというのが、現代ヨーロッパの最大の皮肉である。もっとも典型的なギリシャを見よう。債務不履行を回避するための借款と引き替えに強制されたのは、個別解雇や集団解雇の容易化だけでなく、労使関係システムの全面見直しであった。2010年の法律で有利原則を破棄し、下位レベル協約による労働条件引下げを可能にするとともに、賃金増額仲裁裁定の効力を奪い、2011年には従業員の5分の3が「団体」を形成すれば企業協約締結資格を与えることとした。これにはさすがにILOが懸念を表明するに至った。 ・・・
ギリシャのシリザとか、スペインのポデモスとか、南欧諸国の反EU運動は基本的にこれに対する対抗運動。リベラルなEUに対して各国のソーシャルな仕組みを守ろうというリアクション。そして、イギリスの反EUの気持ちの中にも結構これが大きい。イギリスはユーロ圏じゃないので直接関係ないのだが、労働党支持層の中でもEU残留に熱心になれないひとつの背景。
そして、どの国にもあるけれども特にイギリスに強い「ヨーロッパはドーバー海峡の向こう側、俺たちはヨーロッパじゃない」ナショナリズムがこれら錯綜するリベラルとソーシャルのぐちゃぐちゃとない交ぜになったのが今日(昨日)の結果なのでしょう。
(追記)
欧州労連のコメントを紹介しておきます。
https://www.etuc.org/press/brexit-vote-eu-must-take-action-improve-workers-lives
“This is a dark day for Europe, for the UK and for workers. It must be a wake-up call for the EU to offer a better deal for workers.
“There is deep disillusionment across Europe, not only in the UK. Austerity, cuts in public spending, unemployment, the failure of Government’s to meet people’s needs, the failure of the EU to act together are turning people against the EU. Workers want an EU that takes action to improve their lives.
“The EU needs to act decisively to ensure this is not the start of the break-up of the European Union, and does not damage jobs and workers’ rights.
“The European Union must start to benefit workers again, to create a fairer and more equal society, to invest in quality jobs, good public services and real opportunities for young people.
“The ETUC stands with the British TUC in saying that British workers should not pay the price for Brexit.
“The ETUC will continue and strengthen its fight for a fairer and more social Europe.”
今日は闇の日だ、欧州にとっても英国にとっても労働者にとっても。これはEUが労働者にもっと良い条件を提示せよという警鐘だ。
イギリスだけじゃなくヨーロッパじゅうに深い幻滅が広がっている。緊縮財政、公共支出の削減、失業、人々の必要に応えられない政府、これら全てがEUへの反発に転化している。労働者はEUが彼らの生活を改善するための行動を起こすことを求めている。
EUはこれが欧州連合の解体の出発点ではなく、雇用や労働者の権利を損なうことのないよう断固として行動する必要がある。
EUは再び労働者の利益のために、より公正で平等な社会を作りだし、質の高い仕事、良い公共サービス、若い者の真の機会に投資すべきだ。
ETUCはイギリスのTUCとともに英国労働者は英国離脱の代償を払うべきではないと主張する。
ETUCはより公正でよりソーシャルなヨーロッパへの闘いを続け強める。
(参考)
ちなみに、頭の中が80年代のサッチャー対ドロール時代のまま化石化してしまった人の「初歩的な事実誤認」の実例:
https://twitter.com/ikedanob/status/746734748702146560
初歩的な事実誤認が多い。そもそもEUが各国に「緊縮財政」を求める権限はない。ましてEUを「新自由主義」などという人はいない。その逆の過剰規制が問題だったのだ。
最近20年間のヨーロッパはまったくわかりません、と正直に言えばいいのに。
(おまけ)
なんだか労務屋さんの感想も、EUの規制がががが・・・・という話に集中してますね。
http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20160627#p1
報道などをみると英国人にとってはこうした規制を強要されることがかなり耐え難いことだったということのようです。・・・
保守党の一部ではそこを強調する議論が多かったのは確かですが、国民の選択の決め手としてはどうでしょうか。基本的には上で書いたように「メインじゃない」と思われます。
今回の結果は上の本文で書いたように、自由な統合市場という面で残留派である保守党の中に(大英帝国の残影を追う)ナショナリズムの側面が強く、他方EU規制を求め守るという面で残留派である労働党の中に(コービン党首を始めとする)そもそも市場主義的なEUへの懐疑派が根強いことなどが、二重三重に絡まり合った結果というべきでしょう。
なんにせよ、これを持ち出して
・・・そこでEU出羽出羽とEUがきわめて素晴らしいように語ることのヤバさというのが今回のbrexitの教訓かなあと、まあそんなことを考えたわけです。
というのは、いささか・・・・・・。
« 鈴木孝嗣・長谷川崇『あなたの会社に「ドラマクイーン」はいませんか?』 | トップページ | 退職代行、法的にグレー@『日経新聞』 »
コメント
« 鈴木孝嗣・長谷川崇『あなたの会社に「ドラマクイーン」はいませんか?』 | トップページ | 退職代行、法的にグレー@『日経新聞』 »
本文の内容について一点だけ異論があるので投稿させて頂きます。
筆者が「メインじゃない」と主張する過剰規制論は、市民の間でも幅広く議論されている主要な論点です。
GDPR規則一つ取っても、膨大で難解な実現可能性すら怪しい規則をあらゆる企業や組織が順守しなければならず、これらの厄介な実務に携わる市民の負担は少なくありません。
そして何よりも、EU機関の意思決定の不透明さ、政策決定者の説明責任の欠如、民意との乖離、「民主主義の赤字」とも呼べる民主的正統性の欠落によるEUへの不信感が、各種政策への不満に繋がっている点を過小評価するべきではないと思います。
こうしたEUに対する理性的な批判意識や拒否感が、党派や階級を問わず広く社会で共有されている事実を無視するべきではありません。
筆者の分析は、EUがもたらした結果(アウトプット)のみに着目していますが、EUの政治的正統性(インプット)の観点を過小評価していると考えます。
「イングランドナショナリズム」と呼ばれる物の正体は、自国の民主的な統治システムへの信頼と自負なのかも知れません。
投稿: 元英国滞在者 | 2019年12月14日 (土) 16時59分
言わずもがなではありますが、上でわたくしが「でもそれはメインじゃない」と申し上げたのは、いうまでもなく「EUのソーシャルな労働法」が「イヤだという、反ソーシャル・ヨーロッパのリベラルUKという文脈」における労働規制に対する反発であって、いわゆる民主主義の赤字といわれるブリュッセル官僚による過剰規制に対する反発一般の話ではありません。そういう反発はイギリスに限らず加盟国に広く存在します。それが離脱論にまで亢進するのはイギリスくらいでしょうが。
でも、ここで論じているのは、あくまでもイギリスとEUのどちらがソーシャルで、どちらがリベラルかという軸にかかわる問題です。お読みいただければわかると思いますが。
投稿: hamachan | 2019年12月14日 (土) 21時48分