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2019年12月20日 (金)

ノーベル平和賞を受賞した労働組合運動家

これは恐らく圧倒的に多くの方々にはトリビアな話題だと取られるかも知れませんが、必ずしもそういうわけでもありません。

電機連合の機関誌『電機連合NAVI』の2019年Ⅳ号(72号)が届きました。特集は「広がる働き方改革」ですが、そちらは特にコメントしません。この号の後ろの方に、石原康則さんの「ノーベル賞を受賞した労働組合指導者 自主管理労組「連帯」のレフ・ワレサ委員長の滞日記」という記事があり、その冒頭にこう書かれていたのです。

労働組合指導者でノーベル賞を受賞したのは、この人のほかに私は知らない。その人は、ポーランドの自主管理労組「連帯」を結成したレフ・ワレサ氏である。・・・・

いや、ワレサ氏については、本ブログでも何回か取り上げたことがありますし、共産圏の崩壊につながる動きの出発点になったという意味において、現代史上非常に重要な人物であることは間違いないのですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-e274.html (ヤルゼルスキ宅でお茶するワレサ)

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http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-365f.html (ワレサ 連帯の男)

 

しかし、「労働組合指導者でノーベル賞を受賞したのは」ワレサ氏が最初ではありません。1951年という時期に、フランスのレオン・ジュオーがノーベル平和賞を受賞しているのです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%82%AA%E3%83%BC (レオン・ジュオー)

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パリ近郊のパンタン出身。父はオーベルヴィリエの工場で働いていたが、ストライキのために給料の支給が停止され、ジュオーは学校を退学しなければならなかった。16歳の時から工場で働き始め、すぐに労働組合の中心的な存在になった。1900年に父が失明、退職に追いやった白燐弾の使用に抗議するストライキに加わった。
1906年、フランスのナショナルセンターであるフランス労働総同盟の地域代表に選出される。1909年に会計係になり、その後すぐに事務局長に就任して1947年まで務めた。労働組合長としての目標は初期の労働運動に近いもので、1日8時間労働、団結権、団体交渉権の確認、休日出勤の賃金の支払いといったものだった。人民戦線が活動する間にも、1936年にマティニョン協定の締結を果たすなど、労働環境の向上に多大な貢献をしてきた。
第二次世界大戦の開戦前には、戦争に反対する組織をいくつも立ち上げている。しかし戦争が始まると、ナチス・ドイツが勝利すればヨーロッパの民主主義が破壊されると信じ、フランスを支援した。そして戦争中はナチスのブーヘンヴァルト強制収容所に収監されている。
戦後はフランス労働総同盟を離れ、社会民主主義的な新しい組織を作った。そして1951年にノーベル平和賞を受賞している
国際的に見ると、彼の活動は後の国際労働機関や世界労働組合連盟の設立につながったと言える。
1954年に死去。亡骸はパリのペール・ラシェーズ墓地に葬られた。

ちなみに、拙著『日本の労働法政策』の39ページには、ILO創設に尽力した労働界の大立て者として、サミュエル・ゴンパーズと並んでレオン・ジュオーが登場しています。

 

 

 

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