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2019年11月26日 (火)

統計的差別と中国人

例の自称最年少准教授氏が、「中国人は採用しないのは統計的差別だ」という耳を疑うような言い訳をしているようです。

https://twitter.com/Ohsaworks/status/1198801312407621633

 ④今回の採用方針が統計的差別にあたると認定されたところで、「では、私企業が業績を向上する目的で、統計的差別をすることは許されないのか」という点には大いに議論の余地があります。

人物属性を考慮に入れることが不当なのであれば、企業の書類選考はすべて不当ということになります。

いや、統計的差別に関する議論はそれだけで膨大な紙数を要する結構深刻な問題ではあるのですが、そして、それが元々アメリカにおける黒人差別の文脈で出てきた概念であることからしても、人種・民族差別と密接な関連を有する論点であるのも確かなんですが、なんぼなんでも民族的チャイニーズを差別するのが統計的差別だなんていう言い訳がこれぽっちでも通用すると思っていたんでしょうか。

拙著で女性差別を論ずる文脈でごく簡単に説明したように、

・・・実は、アメリカで統計的差別理論を作りだしたケネス・アローやエドマンド・フェルプス(いずれもノーベル経済学賞受賞者)のもとの論文を見ても、こんなことは書いてないのです。
 どちらも主として人種差別を念頭に置いて理論を組み立てているのですが、労働者の能力(日本的な「能力」ではなく、端的にそのジョブを遂行する能力のことです)は外部からは見分けにくいので、その外見的な属性でもって雇用上の判断をしてしまうという現象を指しています。わかりやすくいえば、黒人には能力の低い者が多いので(あるいは平均値は変わらなくても、分散が大きい=とんでもない食わせ物に当たる可能性があるので)、いちいち個別に能力を確認するコストをかけずに黒人だというだけで採用対象から排除してしまう、ということですね。しかし、いうまでもなくこれは社会全体としては非効率な意思決定です。ミクロな能力測定コストの節約のために、マクロには優秀な人材を浪費してしまうわけですから。アメリカの統計的差別論には、それゆえそれを「市場の失敗」として公共政策の介入によって是正しなければならないという含意があります。この点を強調するのが遠藤公嗣氏の「日本化した奇妙な統計的差別論」(『ポリティーク』第3号)です。・・・

黒人は能力が低い者が多いので、いちいち個別に能力を確認するコストをかけずに黒人というだけで採用対象から排除するのが合理的な統計的差別である、ということからすると、現状では、中国人は能力が高い者が多いので、いちいち個別に能力をかけずに中国人というだけで採用対象とするのが合理的な統計的差別ということになりますね。

実際には、とりわけ教育システムにおいては、ほっとくと中国人ばかりが合格してしまうので、わざわざそうならないように(黒人に対するポジティブアクションの反射として)ネガティブアクション(?)で一生懸命減らしているのが実情なわけですが。

まあ、このへんも、AIに入力し忘れた雑学なのかもしれません。

 

 

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