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« 経団連は厚生年金保険の適用拡大に賛成 | トップページ | 日本の賃金・人事評価の仕組みはどうなっている?@『情報労連REPORT』11月号 »

2019年11月19日 (火)

児童手当の雇用システム的意味

財務省が誤ったデータをもとに児童手当の削減を主張していたということで、そのデータ元の厚生労働省もろとも批判されています。データミスが批判されるのは当然ですが、むしろ、この件の背後には、会社がそのぶんまで年功賃金を支払ってくれているんだから、国の児童手当なんてそもそもまともに役立っているはずないだろうという、ある時期までの日本社会ではかなり一般的であったであろう発想が濃厚にあるように思われます。だからこそ、財務省の担当者はデータは間違いだったとしても見直しの議論は進めるといっているわけで、そこのところの問題の根っこを議論せずにデータミスの問題だけにしてしまうのは、むしろもったいない論点であるように思われます。

https://www.huffingtonpost.jp/entry/child-allowance_jp_5dce036ce4b0294748146e14

26184472_1 この問題については、『日本の雇用と中高年』の最後の章でやや詳しく論じていますので、そこのところを部分的に引用しておきます。

・・・1960年代までは経営側も政府も日本型雇用システムに対しては批判的で、職務給への移行を唱道していました。労働側が程度の差はあれそれにためらいがちであった最大の理由は、それが「特に中高年齢層の賃金を引き下げ」るものだったからです。年功制による中高年の高賃金を引き下げて困るのはなぜでしょうか。子供の養育費や教育費、住宅費など家族生活を営む上で必要なコストをまかなえなくなるからです。しかし、考えてみれば、欧米諸国でもそうした費用は同じようにかかるはずです。職務給の国では、いったいそれらをどのようにまかなっているのでしょうか。・・・・・ 

 この年齢別賃金と生計費とのギャップはどのようにして埋められているのでしょうか?白書は当時のフランスの児童手当についてやや詳しく説明しています。・・・・・ 

 このほか住宅費用についても詳しく説明していますが、これらを裏返していえば、欧州諸国では公的な制度が支えている子供の養育費、教育費、住宅費などを、日本では賃金でまかなわなければならず、そのために生計費構造に対応した年功賃金制をやめられなくなっているということが窺われます。
 こうしたことは、実は1960年代には政労使ともにほぼ共通の認識でした。それゆえに、ジョブ型社会を目指した1960年代の政府の政策文書では、それにふさわしい社会保障政策が高らかに謳いあげられていたのです。
 例えば、1960年の国民所得倍増計画では、「年功序列型賃金制度の是正を促進し、これによって労働生産性を高めるためには、すべての世帯に一律に児童手当を支給する制度の確立を検討する要があろう」と書かれていますし、1963年の人的能力開発に関する経済審議会答申でも、「中高年齢者は家族をもっているのが通常であり、したがって扶養手当等の関係からその移動が妨げられるという事情もある。児童手当制度が設けられ賃金が児童の数に関係なく支払われるということになれば、この面から中高年齢者の移動が促進されるということにもなろう」とされていました。
 しかし、ようやく1971年に児童手当法が成立したころには時代の雰囲気は変わりつつあり、その後は日本型雇用システムを望ましいものと評価する思想が強くなる一方でした。その中で児童手当は、「企業に家族手当があるのにそんなものいらない」という批判の中で細々と縮んでいくこととなります。高度成長期の問題意識も失われ、教育費や住宅費は賃金でまかなうのが当たり前という社会が強化されていったのです。

 ところが、1970年代以降の年功賃金への高評価は、それがそもそも立脚していた生計費をまかなうための生活給であるという原点を隠蔽する形で進んでいったのです。
 かつて政府や経営側が職務給を唱道していたときには、労働側の反論は「それでは中高年は生活できない」というものでした。そうであればこそ、それなら中高年の家庭生活を維持できるような社会保障制度を確立しなければならないという議論につながり得たわけです。
 ところが、1970年代以降に労働経済学で主流となっていった知的熟練論では、そもそも中高年が高賃金となっているのは生計費をまかなうためなどという外在的な理由ではなく、労働力そのものが高度化し、高い価値のものになっているからだと、正当化理由が入れ替わってしまっていたのです。その意味では、労働の価値自体にはあまり差はないのに、生活のために高い賃金をよこせと言わざるを得ない後ろめたさを感じていた中高年労働者にとっては、大変心地よいロジックを提供してくれるものだったと言えるかも知れません。しかし、好況期にはそのロジックを信じている振りをしている企業であっても、いざ不況期になれば、「変化や異常に対処する知的熟練という面倒な技能を身につけ」たはずの中高年労働者が真っ先にリストラの矛先になるのが現実でした。
 まことに皮肉なことに、生計費ゆえのかさ上げではなく労働力の価値が高いから高い賃金をもらっているはずだったのに、企業からそれだけの値打ちがないと放擲されてしまった中高年労働者は、本人の能力が低かったからそういう目に遭うのだという形で問題が個人化されてしまい、生計費がかかる中高年労働者の共通の問題としてそれを訴える道筋が奪われてしまうという結果になってしまうのです。中高年に心地よいロジックの裏側には罠が仕掛けられていたというべきでしょうか。
 そしてその罠のマクロ的帰結は、1960年代まではあれほど熱心に論じられていた中高年労働者の生計費をまかなうための社会保障制度という領域が、その後はほとんど議論されなくなってしまったことでしょう。

・児童手当の迷走

 1960年代には年功賃金制を是正するための切り札として、国民所得倍増計画をはじめとする累次の政府の政策文書で、児童手当に対して熱いまなざしが注がれていました。ところが、ようやく1971年に児童手当法が成立する頃には、世の中の雰囲気は変わりつつあったのです。
 児童手当は被用者については使用者拠出を主とする社会保険制度として設計されました。ですから制定当時は第5の社会保険と呼ばれたのです。医療、年金、労災、失業に続く第5の社会保険です。しかし、財政当局の姿勢が厳しく、所得制限が付けられた上、第3子以降にのみ月3000円(1975年以降は月5000円)支給されるという形での出発でした。当時は「小さく産んで大きく育てる」と言われたようですが、その後の推移は小さく産まれた子供をさらに収縮させていったのです。対象年齢が義務教育終了までとなった1974年は、日本の雇用政策の方向性が企業主義に大きく転換する潮目でもありました。その後は財政当局や経営側から、児童手当の廃止論が繰り返し叫ばれるようになります。
 たとえば、1979年の財政制度審議会報告は、日本では養育費の社会的負担という考え方はなじみにくい上に、賃金体系が家族手当を含む年功序列型の場合が多く、生活給の色彩が強いので、児童手当の意義と目的には疑問があると述べています。年功賃金をなくすために児童手当が必要と謳っていた60年代とは打って変わり、年功賃金があるから児童手当なんか要らないという議論が大手を振ってまかり通るようになっていたわけです。
 その後の児童手当は、少子化対策の一環として出産奨励的な色彩を強めつつ、対象年齢が引き下げられていきました。1986年からは第2子から、1991年からは第1子から支給されるようになる一方、支給対象年齢は9歳、5歳、4歳、3歳と引き下げられていったのです。子供の養育や教育にお金がかかる時期を公的に支援しようという発想は、もはやなくなっていたと言えましょう。象徴的なのは、1997年に介護保険法が制定されたとき、当時の厚生省はこれを第5の社会保険と呼んだのです。30年近く前に作られた児童手当は、このときにはもはや社会保険の座から失脚していたということなのでしょう。
 2000年代に入ると、再び支給対象年齢が引き上げられていきます。6歳まで、9歳まで、12歳までと徐々に引き上げられていくとともに、2007年には3歳までは月1万円となりました。そして、2009年に政権についた民主党は、そのマニフェストで「中学卒業までの子ども1人当たり年31万2000円(月額2万6000円)の「子ども手当」を創設する」と訴え、2010年にはその半額の1万3000円で中学卒業まで所得制限のない制度となりました。
 当時私は、民主党政権の課題を論じた文章(「労働政策:民主党政権の課題」『現代の理論』21号)の中で、こう述べました。

 まずは、一見労働政策とは関係なさそうに見えるマニフェストの第2「子育て・教育」である。選挙戦でもっとも華々しく論じられた子ども手当の創設は、育児や教育にかかる費用は個別正社員の生活給でまかなうのではなく、公的な給付として社会全体で支えていくという正しい方向性を示している。実はこの方向性は50年近く前の国民所得倍増計画で明確に示されていたものであり、それを受けて1971年に児童手当が創設されていた。ところがその後「企業に家族手当があるのにそんなもの要るのか」という批判の中で細々と縮んでいき、ようやく最近になって拡大の方向に転換したところである。半世紀前に提起されていた課題に、今ようやくスポットライトが当たり始めたというべきであろう。

 ところが、この制度に対して野党の自民党やマスコミからバラマキ政策だという批判が投げかけられると、民主党政権はあっさりと子ども手当を廃止し、2012年からもとの児童手当に戻してしまいました。彼ら自身も、これを選挙目当てのバラマキ政策だとしか考えていなかったことが露呈したわけです。私が「正しい方向性」などと褒めたのは、とんだ見当外れだったようです。

 

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