海老原嗣生『年金不安の正体』
昨日の朝、日暮里駅前で権丈善一さんとばったり出会いました。いやいやばったりじゃないです。二人ともその日、全国中小企業団体連合会(全中連)での講演を、会長の峰崎直樹さんから依頼されていたのですから。この名前記憶にありますか?5日のエントリ(ラッサールの呪縛@佐藤優)で、佐藤優さんと連合の神津会長の対談を紹介した時に出てきた方です。
佐藤 峰崎さんは一橋大学出身ですよね。社会主義協会でも将来を嘱望されて、いずれは大学で教鞭を執り、理論的主柱になってほしいと思われていた。ところが現場に行きたいと労働組合の職員になる。そこで現実を見て、やはりソ連の体制はおかしいと思って、ケインジアンに転向したそうです。
なんでこういう話になったかというと、昨夜家に帰ると、雇用のカリスマこと海老原嗣生さんから『年金不安の正体』(ちくま新書)が届いていたからです。実はこの本、権丈節の海老原ヴァージョンという趣の本なんですね。
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480072658/
いわゆる「老後資金2000万円問題」や「マクロ経済スライド」とは何か。消費税と年金の関係は。賦課方式と積立方式はどこがどう違うのか。一部で期待されるベーシック・インカムの現実度は……。国民の不平不満につけこみ、世代間の違いを不公平だと騒ぎ立て、少子高齢化で年金制度が崩壊するなどと危機感を煽る。それらのほとんどは誤解や無理解から起こっているのだが、なかには明らかなフェイクも含まれている。不安を利益に変える政治家や評論家、メディアのウソを暴き、問題の本質を明らかにしよう。
権丈節と海老原ヴァージョンは、問題意識において全く共通していますが、あえて言えば揶揄攻撃する相手にややずれがあるといえます。権丈さんはやっぱり学者なので、経済学者でございという看板を掲げながら嘘や大げさで危機を煽り立てた学者たちに主として照準を合わせます。「焼け太り」ならぬ「負け太り」という皮肉なフレーズもありましたっけ。
それに対して、海老原ヴァージョンの方は、もちろん学者も標的に挙げられていますが、一番叩かれているのは無責任な政治家たち、とりわけ旧民主党系の政治家たちです。その舌鋒の鋭さは例えばこんな感じです。第4章「ウソや大げさで危機を煽った戦犯たち」から。
「とにかくデタラメ」の一語に尽きる。2009年に政権の座に上り詰めた旧民主党が、年金制度に対して示した方針が、だ。そのあまりの酷さについて振り返ることにしておく。・・・
・・・2017年9月の解散総選挙では、当初よりマニフェストに疑問を抱いていた前原氏が敵役に転落し、遅きに失した感はあるが非を認めた野田氏と岡田氏は無所属で不遇をかこつこととなった。対照的に、終始一貫いい加減なことを言い放ち、その発言を訂正も謝罪もしなかった枝野氏が、民進党などと合流した希望の党の”排除の論理”を覆したヒーローとしてもてはやされた。・・・かつての政治的不見識・不誠実など忘れてしまう人の好さに呆れかえるばかりだ。
気になるのは、自他ともに認める「ミスター年金」長妻昭氏の言動だ。・・・・彼は、年金の制度や理論に関して全く言及したことがないだけだ。ミスター年金と言われながら、その実やっていたのは年金記録の消失いわゆる「消えた年金問題」に対して追及をしていただけなのだ。この問題も決して捨て置くべき話ではないが、年金財政にとって九牛の一毛ほどの微額にとどまる。そこに食らいついただけで、制度や理論には何の言及もせず、政権奪取後は論功行賞で厚労大臣の座を射止める。
こんな政治がまかり通るはずなどない。その後に民主党は衰亡の道を歩んだのも当然の結果だろう。
ここまで舌鋒鋭く旧民主党の政治家を糾弾する姿を見ると、別段そんな政党を弁護する義理などありませんが、いやいや旧民主党にもちゃんと物の分かった政治家はいたんですよと一言申し上げたくもなります。ただ、残念なことに、この党においては、一番上で出てきた峰崎さんをはじめとするそういうものの分かった方ほどさっさと政治家を引退されてしまい、どうにもこうにも始末に負えないタイプの空疎なポピュリスト的傾向の方ほど政界に居残って、後継政党の年金政策を歪め続けているんですね。
そういう人々はたぶん間違っても、権丈さんや海老原さんを呼んで一から年金制度を勉強しなおし、かつての過ちを悔い改めるなどということはしないのでしょう。
というわけで、本書はいつもの海老原さんの本とは一風違っていますが、権丈さんの本でもなかなか難しくてとっつきにくいというような方々には、とてもいい入門書になっていると思います。
ただ、やや細かいことですが、事実関係で一点だけ指摘しておきたいことが。
76ページに、「1986年までは30人未満の中小企業は厚生年金加入義務はなかった」と書かれていますが、いやいや1985年改正は、それまで適用対象外だった5人未満事業所を対象に入れたんです。30人規模で線引きしたら、それ以下は労働者数の約3分の1ですからね。基礎年金の導入など大改正のついでにやれるほどの生やさしいものではないでしょう。
なお玄人向けに正確に言えば、この改正は厚生年金保険法第6条第1項の各号列記の本文には5人以上の要件を残しながら、第2項の「法人」に当たれば5人未満でも適用になるという、いささか技巧的なやり方をしています。そのため現在でも厚生年金の適用事業所は説明のつきにくいねじれが存在しており、今回も懇談会での検討課題に挙がっていたはずです。
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