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2019年11月21日 (木)

G型L型と英語4技能と「身の丈」

「東大はグローバルに活躍する人材を輩出するところなんだろう、英語で発信する能力が絶対に必要じゃないか、だったらしっかりと英語4技能を測る試験をするべきではないか」というのは全く正しい。ただし、「東大独自の二次試験でな」と付け加えておく必要がある。

東大だけではなく、同様にグローバル人材を目指すG型大学にも同じことを言っていいし、言うべきだろう。国際会議で黙りこくるような「受験エリート」は要らないんだ、と。

とはいえ、そんなたいそうなことは考えず、ローカルに活躍する人材を育てようと思っているようなL型大学にまで、同じことを要求するのは無理無体というもの。

そう、求められる英語の技能水準も当然「身の丈に合った」ものである必要がある。

問題の根源は、「身の丈」を無視して、全国一律に、G型もL型もひっくるめて、大学共通テストといういわば最低要件的な性格の試験に、4技能を測ることを求めようとしたことにあるはず。

ところが、悪しき平等主義が、その技能が求められるべき者と求められるわけではない者とを無差別に扱うことを要求したために、中途半端な民間試験を活用せざるを得なくなり、その不完全さが露呈するという事態になった。

なのに、それが国民レベルでの問題となったのは、「身の丈」発言によって平等主義に反するものと受けとられてしまったからだというのが、今回の経緯の最大の皮肉。

政治家も官僚もマスコミも国民もみんな、どういう技能がどういう人に必要で、どういう人に必要ではないのかという次元に立ち戻った議論が全然できなくなっている。

まあ、そもそも日本社会における英語教育というのはいかなる意味でも「職業技能」ではなかったということの論理的帰結かもしれない。

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コメント

ただ、「国立大学」である東大で「エリート教育」を行うことについて、国民的な合意が得られているようには思えないですけどね。

身の丈云々が問題になったのも、「税金」を使って「格差を拡大」するような教育を行うことに対する反発でしょうし。

> そもそも日本社会における英語教育というのはいかなる意味でも「職業技能」ではなかったということの論理的帰結かもしれない。

こちらですが

「そもそも日本社会における教育というのはいかなる意味でも「職業技能」ではなかったということの論理的帰結かもしれない。」

と削ってもそのまま通りそうですね。

> 欧米との違いは量的な違いに過ぎません。1割と9割だと比べようと思わないけれども、6割と4割だと比べたくなる
> 日本では、本当は一部のエリートだけに適用されるべき、エリートだけに正当性のあるロジックを、本来はそこには含まれない、広範な労働者全員に及ぼしています
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/11/post-dd76d0.html

この辺りとも関係すると思いますが、そんな「選り抜きのグローバルエリート」を育てる学校としては、東大は規模が大きすぎる(学生が多すぎる)でしょうね。そこそこの大衆でも入れてしまう中途半端なエリート校だから、同類たる大衆の妬みも買いやすいってものです

 皆さん、今晩は。

 私は、大学入試で英語4技能全てを測る必要はないと思います。G型大学でも、4技能のうち、話しを測定する必要はないと思いますし、聞きも入試から外してもよいと思います。

 グローバル人材を目指すといっても、いわゆる語学屋を求めているわけではないと思います。
 グローバル人材を目指すのなら、入学試験の段階では基礎を問うだけで足り、英語で発信する能力は学部入学後、場合によっては大学院入学後でも遅くないように思えます。

 何よりも語学は奥が深いものです。高校終了の段階で4技能全てを習得するのは無理だと思います。語学以外にもやることはたくさんあります。
 端的に言えば、我が国における外国語習得は、読み(文法)が最優先、次に書き、3番目に聞き、話しは最も後回しにせざるを得ないように思えます。インターネットと電子メールの普及は、読み書きの重要性を今まで以上に増すことになっています。読み書きを確立しなければ外国語の基礎を確立したことにはならず、聞き話しもまともにできないでしょう。書きができれば話しも何とかなります(流ちょうな発音は、グローバル人材の必要条件ではありません。)。

 我が国の国民に求められる語学の技能の比重、優先順位は同じではありません。

>ただ、「国立大学」である東大で「エリート教育」を行うことについて、国民的な合意が得られているようには思えないですけどね。
身の丈云々が問題になったのも、「税金」を使って「格差を拡大」するような教育を行うことに対する反発でしょうし。

公共的なインフラと考えるべきエリートの育成が、単なる個人的な利得を求める投資に矮小化してしか理解されないところに、現代日本の困難がよくあらわれてますねえ。エリート育成こそ国費を投入すべき重要な公共事業です。

エリート育成の規模をどれくらいにすべきかは難しい問題ですが、東大よりも先に上位私大の学生数が多すぎるという問題をどうにかすべきでしょう。今般の改革ではAO入試でも学力を問うべきとされているが、それならそもそもAOや推薦入試を全廃して、その分学生数を減らすべきでしょうな。高度成長期に技術者養成のために理系学部を増やそうと文部省が学部設置規準を緩和したのに乗じて、私大は文系学部を急拡大し、結果的にマスプロ授業などの教育環境の悪化が学生の不満を高めて学生運動の高揚を招いた。それにも懲りずに私大は肥大化しつづけ、日本型雇用システムに学生を丸投げしている。しかしそれも限界でしょう。90年代以降に新設した学部は廃止し、スタッフは教養教育に回すべきでしょう(これは国立もだが)。まあ、それ以上に大学院の徹底的な縮小が必要だが。

経団連が全学生に数学を必修化するよう求めているが、これの本当の意図は従来の上位私大卒業者をもはやエリート扱いはできないというメッセージだと私は見ています。

英語4技能というのも本当にくだらないですね。日本人が英語を6年間学んでもしゃべれないのは、ほとんどの日本人は英語をしゃべる必要がないという単純な事実ゆえです。必要な状況に追い込まれれば、いやでも習得するでしょうし、自動翻訳もどんどん発達してゆくでしょう。英語に精通した人材が必要なら、専門職を育成してしかるべき待遇を与えればよい。みんながカタコトの英語をしゃべれる発展途上国のような状況に日本をすることにはなんの意味もない。

現在の日本に本当に必要なのは無責任なグローバルエリートではない。責任あるナショナルエリートです。このことを政治家も官僚もマスコミも国民も自覚しなければ、教育論議は迷走しつづけるでしょう。

>国際会議で黙りこくるような「受験エリート」は要らないんだ、

国際会議で「受験エリート」氏が黙りこくるのは英語が原因でしょうか?(国際会議の公用語が日本語だったら「受験エリート」氏は自己の主張を発信できるのでしょうか?)


>東大はグローバルに活躍する人材を輩出するところなんだろう、英語で発信する能力が絶対に必要じゃないか、
>ローカルに活躍する人材を育てようと思っているようなL型大学にまで、同じことを要求するのは無理無体というもの。
>そう、求められる英語の技能水準も当然「身の丈に合った」ものである必要がある。

求められる英語の技能水準は対象とする人材の活躍範囲(身の丈)に比例するのでしょうか?
今後の日本はグローバル化への対応やインバウンドの取込等のため、ローカルに活躍する人でも(大卒でなくても)英語の能力が求められる事が多くなると思います。例えば町の食堂の従業員というのは典型的なローカル人材だと思いますが、外国人に人気のある北海道のスキー場の食堂では、客のほとんどが外国人なので、日本人の従業員は(英語がしゃべれないため)雇えないそうです。


大学をグローバルに活躍する人材を育てるG型大学とローカルに活躍する人材を育てるL型大学に分けて、教える内容に差をつける(L型大学はレベルを落とす)べきだ という主張がありますが、私にはよく理解できません。
ローカルに活躍する人材を育てるL型大学では、教える対象を制限すべき(その地方に関係ない分野は教えない)という事であれば理解できます。例えば、北海道の大学でサトウキビの栽培技術の研究はしなくてよいと思いますし、沖縄の大学で吹雪に強い送電線の研究はしなくてよいと思います。しかし教える対象の内容(レベル)はG型大学とL型大学で変えるのはおかしいと思います。
例えばG型とL型を提唱した方は、G型で教えるべき(L型では教えなくてよい)分野として流体力学を挙げていたと思います。しかしある県立大学では、地元の沖の流速の早い海流を発電に利用するためにタービンの設計をしているそうです。タービンの設計には流体力学の知識が必要です。

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