小田勇樹『国家公務員の中途採用』
小田勇樹さんより『国家公務員の中途採用 日英韓の人的資源管理システム』(慶應義塾大学出版会)をお送りいただきました。
http://www.keio-up.co.jp/np/isbn/9784766426328/
独自に収集した海外の職歴データを基に、キャリアパスの実態や組織業績への影響を分析。民間任用者の有効活用策を国際比較から探り、「働き方改革」時代の公務員の人材登用に示唆を与える。
内部育成か、中途採用か――。
日本を含め、各国で導入が進んでいる民間出身者の中途採用。
では、彼らはどのような仕事を、どのポストで行っているのだろうか。組織の業績を高めているのだろうか。
職務基準による採用・育成の問題点を指摘し、「成功する民間登用」へのカギを探る。
先日本ブログで紹介した小熊英二さんの『日本社会のしくみ』は概ね現段階の日本型雇用システム論のもっとも良い概説書になっていますが、その中で(本人もいうように)他の論者があまり言及しない公的部門の人事管理をかなり詳しく取り上げ、その影響を論じている点が一つの特色でした。
その公的部門の人事管理に焦点を絞って、キャリアシステムとポジションシステムというモデルを使って分析しているのが本書です。キャリアシステムとは、キャリア早期に採用した職員を内部育成し、上級職の職位を内部昇進者で閉鎖的に充足する公務員制度であり、ポジションシステムとは、組織に空位が生じると組織内外での公募を通じて任用を行い、上級職の職位に対して外部からの中途採用もあり得る公務員制度です。
というとわかるように、これは雇用システム論でいうメンバーシップ型とジョブ型に対応した概念ですね。
本書はこの枠組みを用いて、建前上はポジションシステムである韓国とイギリスの実態を調べ、韓国が現実には開放型職位のほとんどを政府内出身者を充て手織り、キャリアシステムと変わらない運用実態であることを示します。
我々のような労働問題に関心を持つ立場からすると、近年日本でも拡大しつつあるとされる国家公務員の中途採用を含む働き方改革をめぐって論じられている第9章が興味深い部分です。
第9章 日本の国家公務員制度の変化と働き方改革の動向
1 日本の国家公務員制度に対する分析視角
2 中途採用経路の増加
(1) 人事院規則1-24に基づく中途採用
(2) 任期付職員法に基づく中途採用
(3) 任期付研究員法による採用
(4) 経験者採用試験
(5) 官民人事交流
(6) イギリスにおける中途採用との比較
3 昇進管理の変化
4 給与システムの変化
5 職務区分のあり方
6 近年の公務員制度改革の影響
7 日本型雇用と働き方改革
8 働き方改革の方向性
9 霞が関における働き方改革
10 働き方改革と最大動員システムの行く末
このうち、とりわけ「9 霞が関における働き方改革」は、ここだけでも是非立ち読みする値打ちがあります。
近年の公務員制度に関する諸改革は、外観上さまざまな試みがなされているようにも捉えられるが、その基盤には日本型雇用システムの働き方が根幹の大前提として存在しており、枝葉の部分に手が加えられてきた。・・・・
・・・また、取組み事項の中の「機動的人員配置による業務負荷集中の回避」は注目に値する。柔軟な人員配置による生産性の向上は、職務の定めがない日本型雇用システムの特色を活かしたもんである。余裕のある職員を負担の大きな業務の応援に充てることで、組織全体の業務負担の平準化がなされており、最大動員システムの特徴が存分に発揮されている。日本型雇用システムを脱却する働き方改革の一環でありながら、日本型雇用システムを基盤とした取組みであるといえる。本取組みの成果は短期的視点から見れば大変評価すべきものである。ただし、長期的視点から見た場合、このような形で執務形態の日本型雇用システムへの最適化が強化され、最大動員による生産性が極限まで高められると、システムからの脱却がさらに困難となることは間違いない。・・・・
・・・日本型雇用システムの延長線上の改革という特徴がより顕著に表れている事例としては、総務省行政管理局によるオフィス改革が挙げられる。・・・・本事例はフリーアドレスの実現により、職場のフロアー全体を大部屋化しており、究極の大部屋主義ともいえる環境を構築している。・・・・大部屋主義化による業務の効率化は、日本型雇用システムの「あいまいな職務区分」をベースとした最大動員システムの進化形である。
このパラドックスはなかなかしんどいものがありますね。
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コメント
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フリーアドレス化で、それまでセクションあてに電話をしたら誰かが対応してくれたのが、個人を特定しないと電話ができなくなりましたね。
投稿: ちょ | 2019年10月12日 (土) 23時26分
著者の小田と申します。この度はこのような形で突然著書を送り付け、大変失礼いたしました。
実を申し上げますと、まだ大学院生であった10年ほど前に本ブログと出会って以来、労働分野の文献や研究動向を学ぶ上で、濱口先生の著作と本ブログから多くを学ばせて頂きました。勝手ながらその御礼の意味も込めて拙著をお送りした次第です。今も週1ペースでブログを拝読させて頂いておりまして、紹介に加え過分なお言葉まで頂戴し恐縮しております。
私のバックグラウンドは行政学ですが、日本の行政学は法学部系の学部に設置されることが多く、政治学の一分野として扱われることがほとんどです。研究を始めた当初の私は、経営学やHRM、労働経済学には土地勘がございませんでしたので、濱口先生の論考は非常に頼りになりました。特に、日本型雇用、知的熟練論などの適切な研究書・論文を探し出し、先行研究における議論、現代的な評価を理解する上で大変助けられました。
また、拙著の日本の働き方改革に関する章の執筆に際しては、濱口先生の著作から多くを学ばせて頂いております。本来、あとがきで御礼を申し上げるべきところなのですが、「ブログの愛読者です!」と書くのもどうかと思いましたので自重した次第です。私にとって研究の入口段階で、濱口先生の著作と本ブログに巡り合えたのは大変な幸運でした。重ねて御礼申し上げます。
投稿: oda | 2019年10月15日 (火) 16時15分
小田様、わざわざおいでいただきありがとうございます。
また、本ブログをいつもお読みいただいているとのこと、恐縮至極です。
実は公的部門の雇用システムは、きちんと取り組むべき課題だとは思っているのですが、終戦直後に職階制という形できわめてポジション型(ジョブ型)の制度を法律上に明記しながら、それとは正反対の運用でやってきたその経緯をきちんと分析するのはなかなか難しいと思い、そのままになっていました。
今後とも、鋭い研究を見せていただければと願っております。
投稿: hamachan | 2019年10月15日 (火) 17時06分