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2019年9月20日 (金)

EUの透明で予見可能な労働条件指令@『労基旬報』2019年9月25日号

『労基旬報』2019年9月25日号に「EUの透明で予見可能な労働条件指令」を寄稿しました。

http://www.jade.dti.ne.jp/~roki/hamaguchisensei.html

 本紙でも過去何回か制定途中で紹介してきたEUの透明で予見可能な労働条件指令が、去る2019年6月20日に正式に成立しました。正式名称は「欧州連合における透明で予見可能な労働条件に関する欧州議会と理事会の指令(2019/1152)」です。これまで本紙では、「EUの新たな労働法政策-多様な就業形態への対応」2017年6月25日号、「EUにおける新たな就業形態に対する政策の試み」2018年1月15日号で紹介し、さらに詳細は『季刊労働法』2018年春号(260号)掲載の「EUの透明で予見可能な労働条件指令案」で条文案を示しつつ解説しています。
 今回成立に至った指令は、基本的にこれらで紹介した指令案段階の文言とそれほど大きく変わっていませんが、いちばん大きな変化は指令案第2条に盛り込まれていた「労働者」、「使用者」、「雇用関係」の定義規定の削除です。これらは、類似のEU司法裁判所における判例に基づくもので、例えば「労働者」は「一定の時間において、報酬と引き替えに、他人のためにその指揮命令下で役務を遂行する自然人」と定義されていましたが、とりわけ各国労働大臣からなる理事会において批判が集中し、削除に追い込まれてしまいました。2018年6月14日付の理事会文書によると、審議の当初からEUレベルで労働者の定義規定を設けることに懸念が示され、旧書面通知指令と同様国レベルへの参照に止めるべきとの意見が出されたようです。議長国は「従属性」を追加し「役務」を「労働」に変えるという案を提示しましたが受容れられませんでした。
 一方欧州議会の方も労働者概念の拡大につながりかねない動きには警戒的でした。2018年10月26日付の同議会意見では、上記労働者の定義規定を第1条第2項に移した上で、「前者と後者の間に支配従属関係がある場合に」という要件を追加し、さらに「かかる基準を充足しない者は本指令の適用範囲にない」と規定するだけでも足らず、第1条第2a項として「本指令で定める基準を充足しない自営業者は本指令の適用範囲にない」と念を入れています。両立法体にとっては、自営業者が労働者とされてしまうリスクを削り取っておくことが重要だったのでしょう。
 結局、最終的に採択された指令では、第1条第2項の「全ての労働者」を定義する形で、「本指令は、司法裁判所の判例を考慮しつつ、各加盟国の法律、労働協約又は現行の慣習により定義された雇用契約又は雇用関係を有するEUの全ての労働者に適用される最低限の権利を規定する」という規定ぶりになっています。
 なお指令案では本文の労働者の定義規定の参照として法的拘束力のない前文第7項に、その基準を満たす限り家事労働者、オンデマンド労働者、間歇的労働者、バウチャーベースの労働者、プラットフォーム労働者、訓練生及び実習生が指令の適用範囲に含まれるという記述がありました。これらリストは前文第8項に残っていますが、そこには併せて「純粋な自営業者はこれら基準を充足しないので本指令の適用範囲にない」と追加されています。しかしこれに対しては反発も強く、結局自営業者の地位の濫用について、「偽装自営業は雇用関係の諸条件を充足しているにもかかわらず法的財務的義務を回避するために自営業と申告する場合に生ずる。かかる者は本指令の適用範囲である。雇用関係の存在判定は当事者による関係の記述ではなく労働の現実の遂行に係る事実によって判断されるべき」というやや説明的な文言が前文第8項に追加されました。いずれにせよ、EUにおいても労働者性の問題は政治的にセンシティブなものであることが窺われます。
 もう一つ理事会で修正された実体規定は適用除外です。指令案では1か月8時間以下の労働者を適用除外することができるとされていましたが、それでは狭すぎるという批判が出て、結局4連続週平均で1週間3時間以下の労働者の適用除外とされました。日本の感覚ではどちらも極めて僅少労働ですが、これも指令案が緩和された点です。
 指令案から労働者保護的な方向に規定が充実されたのはオンデマンド労働に関する規定です。指令案第9条(最低限の就業予見可能性)では、使用者は(a)事前に決定された参照時間または参照日の範囲内で労働が行われるか、(b)合理的な事前告知期間をおいて使用者が労働者に作業割当をする場合にのみ可能としていましたが、欧州議会の修正案に基づき、いくつかの規定が追加されました。指令第10条では、これら要件が満たされなかった場合には労働者が不利益を被ることなく作業割当を拒否する権利があること、また使用者が補償なく作業割当を取り消すことを認める場合でも、労働者と合意した作業割当を一定の合理的なデッドライン以後に取り消す使用者に対して補償金を支払うよう加盟国に求めています。さらに、オンデマンド労働への補完的措置が第11条として新設され、加盟国がオンデマンド契約又は類似の契約を認める場合でも、その利用と期間に制限を設けること、一定期間に就業した平均労働時間に基づき最低限の賃金支払い時間数の存在を推定すること、その他乱用を防ぐための同等の措置を求めています。
 全体としては、いわゆる雇用類似の働き方に係る労働立法の先駆け的な性格はやや後退しましたが、むしろ近年その濫用が大きな社会問題となっているオンデマンド労働やとりわけセロ時間労働といった極度に不安定な雇用形態に対する立法対応として評価されるべきものとなったように思われます。
 その観点からすると、本指令の日本へのインプリケーションはいわゆる雇用類似の働き方よりはむしろ、日雇派遣のような形で表れてきている極度に不安定な雇用形態についてより重要なのかもしれません。ここで日雇派遣に関する過去の経緯を振り返ってみましょう。今から10年以上も前の2000年代半ば、日雇派遣で働く人たちにテレビや新聞が着目し、ネットカフェに寝泊まりしている姿など彼らの窮状を集中的に報道したことが、社会に対し非常に大きな影響を与えました。グッドウィルやフルキャストといった日雇派遣会社の名前を思い出す方もいるでしょう。2007年12月の労政審中間報告では日雇派遣の一部規制強化が打ち出されました。そこでは、日雇派遣は契約期間が短く、仕事があるかどうかが前日までわからない、当日キャンセルがあるといったことや、給与からの不透明な天引きや移動時間中の賃金不払い、安全衛生措置や教育が講じられず労災が起きやすい、労働条件の明示がされていないといった問題点が指摘されていました。これらは上記オンデマンド労働と同じ性格の問題です。そこでこの時点で省令改正がされ、日雇でも派遣先責任者の選任義務や派遣先管理台帳の作成記帳義務を課し、派遣元事業主が定期的に日雇派遣労働者の就業場所を巡回し就業の状況を確認することを義務づける等しました。
 日雇派遣形態そのものの規制については、2008年7月の「今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会報告書」で、危険度が高く、安全性が確保できない業務、雇用管理責任が担い得ない業務を禁止し、専門業務など短期の雇用であっても労働者に特段の不利益が生じないような業務のみ認める方向が打ち出され、同年9月の労政審建議では「日々又は30日以内の期間を定めて雇用する労働者について、原則、労働者派遣を行ってはならない」とした上で、「日雇派遣が常態であり、かつ、労働者の保護に問題ない業務等について、政令によりポジティブリスト化して認めることが適当」としました。これを受けて同年11月に労働者派遣法改正案が国会に提出されましたが、折からのリーマンショックで、多くの派遣労働者が派遣会社の寮を追い出されて住むところを失うという状況があらわになり、同年末から2009年始にかけていわゆる「年越し派遣村」が設立され、派遣制度に対する風当たりはさらに強くなりました。
 2009年の総選挙で民主党政権が誕生すると、あらためて労働者派遣法の審議が始められ、2010年4月により規制を強化した改正案が国会に提出されましたが、日雇派遣については自公政権時の法案と変わっていませんでした。しかし、政治状況から同法案が塩漬けになり、2012年3月に野党の自公両党と合意して登録型派遣の原則禁止の削除など修正可決した際、禁止の例外としてさらに「雇用の機会の確保が特に困難であると認められる労働者の雇用の継続等を図るために必要であると認められる場合その他の場合で政令で定める場合」を加え、具体的には60歳以上の高齢者、昼間学生、労働者自身かその配偶者が年収500万円以上の者を適用除外としました。この規定は2015年9月に労働者派遣法が全面的に改正されたときにも触れられず、現在も適用されています。
 一方この間、日雇派遣の原則禁止を見越して多くの業者は日雇派遣から日々紹介への業態転換を図り、現在では実質的に同様の業務が日々紹介として行われています。有料職業紹介事業には手数料規制など派遣事業にはない規制があるとはいえ、対象者に制限がないのでやりやすいことは確かでしょう。とりわけ、日雇で働くために年収500万円以上要件をクリアしているかどうかを証明させる面倒くささを考えれば業者が日々紹介に流れていったことはよく理解できます。しかし、形態が日雇派遣から日々紹介に変わっても、指摘されていた「契約期間が短く、仕事があるかどうかが前日までわからない、当日キャンセルがある」といった問題点に変わりはありません。これは、たまたま日雇派遣という形で現れた問題を、もっぱら労働者派遣という側面に注目して派遣法の法的手段を使って対応しようとしたことの結果と言えます。
 欧米のオンデマンド労働やゼロ時間契約を見てから、あらためて日本の日雇派遣や日々紹介を見てみると、就労時間以外の待機時間に当たる部分を、日本では派遣会社や紹介会社の「登録」という曖昧な状態におくことによって、同じような効果をもたらしていることがわかります。どちらも、情報通信技術の発達のおかげで、いつどこにいても携帯電話による呼び出しが可能になったことを利用した新たな就業形態であり、その歴史的位置はほぼ同じようなものではないかと思われます。経済のデジタル化に伴う新たな就業形態が話題となる今日、日雇派遣・日々紹介についても新たな視点からの議論が求められるのではないでしょうか。
 ごく最近、2019年6月6日の規制改革推進会議の第5次答申が「政府の方針として副業の推進が挙げられている現在、日雇派遣の形態で副業を行うことについて、現行規制を見直し、より広く認められてしかるべきである。労働者が本業の勤務時間外に、その専門的能力を生かして副業を行う場合、複数の派遣事業者に登録しておき、最も都合の良い場所や時間を選択できる日雇派遣は、労働者にとって極めて利便性が高い。また、企業にとっても、イベント等に関して急に生じた臨時的・一時的な雇用ニーズを満たすことができる」と述べ、「労働者がニーズに応じて、雇用型、派遣型、自営型の副業を柔軟に選べるよう、副業の場合の日雇派遣の規制を緩和すべきである」と求めました。これを受けて、政府は6月21日に閣議決定した規制改革実施計画で、「日雇派遣に関して、労働者保護に留意しつつ、雇用機会を広げるために、「副業として行う場合」の年収要件の見直しを検討し、速やかに結論を得る」と決め、これを受けて厚生労働省はさっそく、(他の事項と併せて)同月25日から労政審労働力需給制度部会で審議を開始しています。
 しかし、EUの透明で予見可能な労働条件指令を見た上で日雇派遣問題を振り返ってみると、規制改革推進会議が指摘するような問題にとどまらず、労働法的観点から検討すべき論点が多く残されているように思われます。

 

 

 

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