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2019年8月20日 (火)

戦前のILOと北岡寿逸@北岡伸一

日本ILO協議会が刊行している『WORK & LIFE 世界の労働』の2019年第4号は、ILO100周年特集ということで、いろいろな記事を載せていますが、その中に、こういうのがありました。

https://iloj.org/book.html

■戦前の ILO と北岡寿逸  北岡伸一

うん?この名前に覚えがある?

いやもちろん、筆者の北岡伸一さんは有名な政治学者(日本政治思想史)で、国連代表部の次席公使も務められ、現在はJICA理事長ですから、大変有名な方です。

ではタイトルにある北岡寿逸は?こちらは、世の普通の方々にはほとんど知られていないでしょうが、拙著『日本の労働法政策』を通読された数少ない方々には、いくつものページで登場してきた戦前の労働官僚として記憶に残っているのではないかと思います。

この北岡という姓を共有する二人の関係は?というと、この文章の冒頭にこうあります。

・・・なお、北岡寿逸は筆者の大叔父にあたり、筆者は長年親しく交際してきた。それゆえ直接聞いた話を提供できる反面、身近に接したが故のバイアスもあると思われる。・・・

そう、この文章は、又甥の伸一が大叔父の寿逸を描くという、なかなかよくできた企画なんですね。

Kitaoka_juitsu 寿逸は東京帝大法学部から農商務省に入りましたが、同じ経歴の岸信介の2年先輩です。ただ、岸が上杉慎吉に近かったのに対し、寿逸は吉野作造のファンだったようです。農商務省に入省したのも、女工の待遇改善に関心を持ったためで、伸一は「要するに、北岡は、大正デモクラシー期の官僚的進歩主義の持ち主であって、労働問題に強い関心を持っていた」と述べています。

さて、この雑誌の性格からいって、この文章の焦点はILOとの関係に向けられています。拙著でもやや詳しく描いたILO総会への労働者代表問題のほか、彼が国際労働機関帝国代表事務所長として、国際政治に翻弄されたころのことが、政治学者としての伸一の目で描かれているところが興味深いです。

・・・その頃、ソ連代表はスタハノフ運動について大宣伝をしていた。一方、北岡はエストニア人からロシアの内情を聞き、スターリン独裁下の飢餓、餓死、大粛清について詳しい情報を得た。以後、反ソ反共の信念を固めたという。・・・

しかし、日中戦争が勃発すると、

・・・中国や中国に同情的な国々は、いろんな機会を利用して日本の侵略を非難し、他方でILO事務局は労働運動に関わらないことは取り上げないという立場をとって、日本に対する直接的な非難が拡大しないように努めた。しかし、対日批判を止めることは難しかった。一方、北岡はILOにおける日本批判拡大を阻止するよう努める一方、東京に向けては日中戦争を批判し、三国同盟を批判する文書を送り、ときに新聞にも発表していた。・・・

・・・1938年10月、日本政府はILO脱退を決定し、北岡は12月、インド洋経由で帰国することとなった。帰国すると、国際労働機関帝国事務所は廃止となり、北岡は廃官退職となることとなった。政府批判が北岡の将来にとってマイナスだったことは明らかだった。・・・

という運命がやってきます。

このあたりの経緯について、外務省の外交史料館が刊行している『外交史料館報』の第28号(2014年)に、神山晃令さんが「国際労働機関(ILO)との協力終止関係史料」というのを書かれていて、その寿逸の書いた文書も全文載っています。

https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000069462.pdf

10月20日付で寿逸が西尾村熊雄条約局長宛に出した書簡が、彼の気持ちをよく示しています。

 拝復 去る六月二十一日附の御手紙有難う御座いました その節「当局の三思発奮」を促されたので御返事を書かうと思乍ら問題か大分根本的なので躊躇して居る中 外務省の協力無用論か反映して つまらない聯盟の決議を機会に遂に労働機関と袂を分つ事となりました 小生としては近時頗る親日的で事毎に日本を弁護するか如き立場にあった労働機関殊に事務局とこんなつまらない事の巻き添へを喰って別るるに至った事誠に残念です

 貴下並に外務省の方々は是社会局―及厚生省―多年の消極的態度の結果で自業自得(?)と云ふでせう 然し小生は労働機関脱退の結果悪い影響かあるとすればそれは外務省の方面、厚生省の方面てはない 労働機関か対日悪宣伝に利用せられ日本の通商方面に悪影響のある虞はあっても日本の労働立法の進歩には何等影響ないと考ヘて居ます 貴下は是厚生省当局の消極的態度と云ふでせう その通りてす・・・

 ・・・尚最近日本の脱退論は労働運動者の中から起ったと曰はれますか彼等は従来代表又は顧問になれなかった不平組及何か問題を訴へては小遣銭を稼ぎ名を売る人にて真実労働者の生活の向上を願ふ労働運動者ではありません 日本労働運動の本流は常に国際労働支持論です・・・

・・・・・  当地では労働機関に聯盟の経済部を吸収して(労働機関の方に吸収する事に依りアメリカその他五ケ国の非聯盟国を保有するの利あり)国際経済社会機関とすべしとの意見もありますか その場合は独伊も入るべく日本も新に参加の機会もありませう

  最近欧洲の政情局外者として新聞とラヂオとで見聞きしつつ思ふままに批評して居るのも面白いが 然しやはり非常時の故国に帰って同胞と共に不自由な生活も致し度 帰朝の日を待って居ます

  先は右乍延引卑見まで 余は拝眉の上  三谷さんに宜しく 奥様にも宜しく Golf は如何ですか
   十月二十日
                     在寿府  北岡寿逸
    西村熊雄様

なお、戦後の寿逸は「國學院大学教授として、反共、憲法改正、再軍備運動に従事」し、「戦後民主主義の中では保守反動とひとくくりにされ」ましたが、又甥の伸一は今日の視点からこう評価しています。

・・・しかし、ジュネーブの経験からして、戦後民主主義の親ソ的性格は、北岡にとって認められないものであった。西側世界では、恐らく北岡の立場が主流であった。しかし、日本ではそうではなかったのである。

このあたり、「長年親しく交際してきた」大叔父と又甥の若き日の会話が滲み出ている感もあります。

 

 

 

 

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