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2019年7月19日 (金)

今野晴貴・藤田孝典編『闘わなければ社会は壊れる』

454642 今野晴貴・藤田孝典編『闘わなければ社会は壊れる 〈対決と創造〉の労働・福祉運動論』(岩波書店)をお送りいただきました。

https://www.iwanami.co.jp/book/b454642.html

多くの人々が十分な社会保障・福祉を受けることなく,日々の暮らしにも困窮している.雇用と労働をめぐる環境は悪化の一途を辿り,ブラック企業による被害は後をたたない.一人ひとりの生活を守りつつ,社会全体の変革をめざす運動を生み出すことが求められている.労働と福祉,それぞれの領域から提起する,本当の闘い方.

中身は以下の通りです。

はじめに  今野晴貴・藤田孝典
 第一部 福祉運動の実践をどう変革するか?
  1 みんなが幸せになるためのソーシャルアクション――福祉主体の連帯と再編を求めて ……………藤田孝典
  2 ソーシャルビジネスは反貧困運動のオルタナティブか?――新しい反貧困運動構築のための試論 ……………渡辺寛人
  3 不可能な努力の押しつけと闘う――個人別生活保障の創造へ …………………後藤道夫
 第二部 「新しい労働運動」の構想
  4 新しい労働運動が,社会を守り,社会を変える ……………今野晴貴
  5 年功賃金から職種別賃金・最賃制システムへの転換――新しい賃金運動をめざして ……………木下武男
 第三部 ポスト資本主義の社会運動論
  6 経済成長システムの停滞と転換――ポスト資本主義に向けて ……………宮田惟史
  7 福祉国家論の意義と限界――七〇年代西独「国家導出論争」を手がかりにして ……………佐々木隆治
おわりに  今野晴貴・藤田孝典

このメンツからわかるように、基本的にPOSSEに関わりのある活動家や研究者による本です。なので、同感するところも、同感できないところもあります。

第2部の労働に関する部分はその認識枠組みに概ね同感です。それに対して第1部の福祉の話については、恐らく湯浅誠さんらを念頭に置いているのだと思いますが、「対決を避けた運動」を批判し、「敵対性を意識した運動」を称揚する議論には、まさにその湯浅さんが自らの経験から感じたであろう陥穽が待ち構えているように思います。

この点については、本ブログでも何回か取り上げてきました。たとえば湯浅誠氏が自らの経験から語るこれなんか、百万言を費やすよりもこの問題の本質を語っています。この辺は、広い意味での「政治」をどう捉えるかということとも関わる気がします。マックス・ウェーバーのいう、堅い木の板にぐりぐりと穴を空けるような辛抱強い作業だと思えるかどうか。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-3bac.html (湯浅誠氏がさらに深めた保守と中庸の感覚)

原則的な立場は大事です。問題は、原則的なことを言っていれば原則的なことが実現するわけではない、という点にあります「ぶれずにある立場を堅持していれば、いずれ理解される」と言って、30年40年と同じことを言い続けている人がいます。しかし、言い続けてきた30年分40年分、世の中が言っていることに近づいてきているかというと、必ずしもそうでないという場合があります。世の中には、反対の立場から30年40年原則的なことを言い続けている人もいるからです。その際の問題点は「原則的な立場を堅持するかどうか」ではなく、「原則的な立場に現実を少しでも近づけるための、言い方ややり方の工夫をする必要がある」という点にあります。工夫が足りないことの結果として自分の見解が広く理解されなかったことの結果責任の自覚なく、「聞き入れないあいつらがわかってない」と言っているだけでは、さらに多くの人たちから相手にされなくなっていくだけで、その逆にはならないでしょう。

 あたりまえのことしか言っていないと思うのですが、実際にはそのあたりまえが通用しない局面があります。現実的な工夫よりは、より原則的に、より非妥協的に、より威勢よく、より先鋭的に、より思い切った主張が、社会運動内部でも世間一般でも喝采を集めることがあります。そうなると、政治的・社会的力関係総体への地道な働きかけは、見えにくく、複雑でわかりにくいという理由から批判の対象とされます。見えにくく、複雑でわかりにくいのは、世の利害関係が多様で複雑だからなのであって、単純なものを複雑に見せているわけではなく、複雑だから複雑にしか処理できないにすぎないのですが、そのことに対する社会の想像力が低下していっているのではないかと感じます

 テレビや新聞の断片的な情報と、それを受け取った際の印象で自分の判断を形成し、それがきわめて不十分な情報だけに依拠したとりあえずの判断でしかないという自覚がなく、各種の専門家の意見に謙虚に耳を傾けることもなく、自分と異なる意見に対して攻撃的に反応する。ツイッターでもブログでも、テレビのコメンテーターから中央・地方の政治家から、そして社会運動の中にも、このような態度が蔓延しており、信頼感と共感は社会化されず、不信感ばかりが急速に社会化される状態、他者をこきおろす者が、それが強ければ強いほど高く評価されるような状態、より過激なバッシングへの競争状態です

容易に転換しそうにないこの風潮をどうすれば変えることができるのか、私にはまだよくわかりません。ただ少なくとも、このような局面で社会運動が採るべき方向性は、バッシング競争で負けないためにより気の利いたワンフレーズを探すことではなく、許容量を広く取って理解と共感を広げていくために、相手に反応して自分を変化させ続けていくこと、政治的・社会的な調整と交渉に主体的にコミットすること、そして自分という存在の社会性により磨きをかけていくことではないかと思います。それが、私の考える「社会運動の立ち位置」です。

闘わなければ社会は壊れるかも知れませんが、闘い方を間違えればもっと社会は壊れるでしょう。

最近藤田さんがやらかした、(ワンフレーズ的思考停止の典型である)「年金返せデモ」への称揚など、その一つの例だと思われます。

リバタリアン的立場からすれば最も正しい「年金返せ」(=再分配的要素のある公的年金など廃止して保険料を払い戻し、全部個人の貯蓄でやれ)を、目の前の政府批判のために叫んでしまってその意味内容をこれっぽっちも考えないような愚かな「闘い方」に未来などあろうとは思えません。

まあこれはそもそものスタンスの問題なので、収斂はしがたいでしょう。

一方、認識枠組みのレベルで同意しがたいのが第3部の経済学めいた議論です。正直、こういう議論が社会を辛抱強く改善していくための作業に対してどういう意味があるのか理解できません。

経済成長と国民生活の向上とは両立しうるか? 否

経済成長と社会福祉の向上とは両立しうるか? 否

そんな両立論ではなく、資本主義を超えたアソシエーションを目指さなければならない

せっかくの福祉や労働の議論を、そういう全部資本主義が悪いんや社会主義にすれば全部解決や話に集約してしまおうという(実は戦後長いあいだけっこう有力だった)発想に未来があるとは思えないのです。

堅い木の板に辛抱強く穴を空けるのが性に合わない人にはとてもありがたい話でしょうけど。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/06/post-9979b9.html (無知がものの役に立ったためしはない)

 

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コメント

全く同じ感想です。特に第3部の必要性が分かりません。今更修正主義・改良主義批判なのでしょうか?

もしかして、JEC連合の片桐さんでしょうか?

そうです。年内で引退ですが

コメントありがとうございます。これからも時々おいでくだされば幸甚です。

>堅い木の板に辛抱強く穴を空けるのが性に合わない人にはとてもありがたい話でしょうけど

堅い木の板に辛抱強く穴を空ける努力をする事は非常に大事な事だと思います。しかし穴が空く事を待っている人にとってはいつまでにどれ位の穴が空くかが重要だと思います。穴が空くまでにあまり時間がかかるなら別のやり方が良いかもしれません。
昔、ギリシャに これを解いた者はアジアの王になる といわれた結び目があったそうです。多くの人がその結び目を解こうとしましたが誰も成功しませんでした。その後、アレキサンダー大王はその結び目を剣で断ち切ってアジアの王になりました。hamachan先生の以前の記事で、湯浅氏は 「ペイ・アズ・ユー・ゴー原則」があるので新しい事業の予算の獲得が非常に困難だ と述べていました。その後、首相になった安倍晋三氏は”リフレ派”の考えに基づき金融を大幅に緩和し、赤字国債(新たな財源)を従来より大幅に発行できるようにしました。


>社会主義にすれば全部解決や話

(グローバル)資本主義にすれば全部解決や と考えて経済成長に集約してきたが、成長した分は大企業や一部の人が全部取ってしまい我々には回ってこない(不動産や家賃が上がってかえって苦しくなっている)

と思っている人が各国に多数存在するのではないでしょうか?そのような人がイギリスではEU離脱を可決し、フランスでは黄色い服を着て暴れ、イタリアでは政権を交代させ、アメリカではトランプ氏を当選させました。
共産主義は1991年にソ連が崩壊するまで、ロシア革命からだと約75年、第2次大戦後の共産陣営成立からだと約45年続きました。ソ連が崩壊してから約30年ですが、現在の資本主義は今後15年とか45年保つのでしょうか?1991年の15年前(1976年)はベトナム戦争で北ベトナムが勝った直後で共産陣営の旗色が一番良かった時期でした。

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