フォト
2019年10月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ

« 遠藤源樹編著『選択制 がん罹患社員用就業規則標準フォーマット』 | トップページ | 大学の学部譲渡と労働契約承継 »

2019年6月 7日 (金)

中野円佳『なぜ共働きも専業もしんどいのか』

515fsrgunyl__sx307_bo1204203200_ ちょうどカネカの話題が沸騰している時期に世に出るという幸運(?)の書です。中野円佳さんの『なぜ共働きも専業もしんどいのか 主婦がいないと回らない構造』(PHP新書)をお送りいただきました。

シンガポール在住、現在は日本とシンガポールを行き来しながら活動する著者が、日本の働き方の矛盾に斬りこんだ本書。

・仕事と家事・育児の両立にいっぱいいっぱいの共働き家庭
・家事・育児の責任を一手に背負い、逃げ場のない専業主婦
・「稼ぎ主プレッシャー」と滅私奉公的働き方を課された男性

こうした「共働きも専業もしんどい」状況は、じつは日本社会の「主婦がいないと回らない構造」が生み出していた。
長時間労働や無制限な転勤など、終身雇用・年功序列という制度で回してきた「日本のサラリーマンの働き方」。
これらの制度は、主婦の妻が夫を支える前提で作られている。
専業主婦前提の制度は、会社だけではない。
丁寧すぎる家事、保育を含む教育への予算の低さ、学校の仕組み……問題は社会の様々なところに偏在し、それぞれが絡み合って循環構造を作っている。

「女性が輝く社会」というスローガンがむなしく聞こえるのは、この構造が放置されたまま、女性に「働け、輝け」と要請しているから。
ギグ・エコノミーや働き方改革、多様化する働き方は、循環構造を変える契機になり得るのか。 日本の「主婦がいないと回らない構造」を読みとき、その変化の兆しを探る。
「東洋経済オンラインアワード2018」でジャーナリズム賞を受賞した好評連載に大幅加筆のうえ、書籍化。

わたくしもちらりと顔を出しています。ちょうどいま話題の転勤のところです。

・・・日本のサラリーマンの働き方は「時間・場所・職務が無限定」だと言われる。その「無限定性」、転勤が家族にもたらす影響についてみてみよう。

そもそも、転勤という仕組みは、家族の事情を踏まえず、また専業主婦がサポートすることを前提としている。・・・

と、ここでわたくしの東洋経済オンラインの記事を引用されます。

https://toyokeizai.net/articles/-/160635 (女性活躍阻む「日本型転勤」はなぜ生まれたか)

そして、

・・・総合職として働いていれば、いつどこに転勤命令が出ても、家族の状況がどうあれ、断れない。これが濱口氏の言う「メンバーシップ型雇用」だ。従来、家族の状況を一切考慮せずにこのような働き方を成り立たせることができたのは、妻は専業主婦であるという前提があったからだ。

ところが、この合理性はとっくに崩壊し始めている。共働きが増える中、夫か妻どちらかの転勤により、これまで二人三脚で生活を回していた夫婦ほど、子育てを中心とする生活がなり立たなくなってしまう。・・・

と論じていくのです。

それはまさにそうなんですが、せっかく本をお送りいただいたこともあり、もっと大昔は、日本型雇用システムががっちりと確立するもっと前の時代には、必ずしもそうではなかったというあんまり知られていない話をしておきましょうか。

今や全然はやらない集団的労使関係紛争を取り扱っている、今やあまり名の知られない機関である中央労働委員会というところが、終戦直後の設立以来、律儀に10年おきに座談会方式による『○○年史』というのを出しているんですが、その第2冊目、1966年に出された『労働委員会の二十年 回顧と展望』の第1章「わが国の労使関係」の中で、当時総評議長だった太田薫さんが、こういう台詞を喋っているんですね。

・・・私は今も、日本の組合は、企業労働組合じゃない。工場労働組合だと思う。たとえば今、最近の不況でたくさんのスクラップアンドビルドが始まったが、いま45歳のものが京浜地区に来いと言われたって行かれないわけです。なぜ行かれないかというと、おじいさんもおばあさんもおり、娘も嫁入りした中で、45歳で京浜地区へ社宅をもらってやってきて、55歳になれば、200万円で放り出されたらどうにもならぬ。45歳の人も、何々会社ではなく何々会社の何々工場で生活しているわけなんです。・・・

・・・いわゆる土着の昔なら、あるいは一反か二反の土地を持ってやっておるとか、病気になったときは、近くへ嫁に行っておる娘が来て世話をしてくれるという、そういう状態の中で安定しておるのですね。それを配置転換だからいいじゃないか、それは生産性向上に協力することじゃないかと言って、簡単に片付けられることがあるわけですけれども、本当のところはそういう問題ではない。そこが工場労働者であり、工場労働組合なんだ。・・・

この台詞がとても皮肉なのは、実はこの当時まではまさにそうであった日本の労働組合が、高度成長に伴うスクラップアンドビルドの中で、まさに企業のメンバーとしてよその場所で雇用がつながることを選択していったのが、まさにこの時代であったということなんですね。その意味では、日本型雇用システムが確立する前の、「おじいさんもおばあさんも」とか「娘も嫁入り」という高度成長期以前的な、古風な、プレモダンな、会社よりも家族(一族)の方が大事という雰囲気がかろうじて残っていた時代、しかしそれが滔滔たる近代化の中で古くさい発想だと抛り捨てられて、モダンな核家族イデオロギーの中で、「何々会社」のおとうさんに核家族員がくっついていくという社会に大きく変わっていくわけです。

で、最近、富山はスウェーデンだとか、福井モデルだとかもてはやされている北陸の社会構造ってのは、まさにこのプレモダンな大家族イデオロギーがそれなりに残存しているが故に、そういうのがすりつぶされた大都会と違って、たかが会社のワークよりも「近くへ嫁に行っておる娘が来て世話をしてくれる」みたいな一族のライフが大事というワークライフバランスが成り立っているんですね。60年代の若い女性たちが一生懸命そこから逃げだそうとしていた社会のありよう。

 

 

 

 

 

« 遠藤源樹編著『選択制 がん罹患社員用就業規則標準フォーマット』 | トップページ | 大学の学部譲渡と労働契約承継 »

コメント

共稼ぎ世帯の負担軽減のため、「働き方(働かせ方?)改革」の影響もありますから、無茶な異動命令は減るかも知れませんが、独身者は「1人だから動きやすいだろう。」ということで好きなように動かされる可能性が拭えません。独身者とて生活基盤が変わることはかなりの負担を伴います。生活や老後の不安も同じようにあるのですが(独身貴族なんて、とんでもない話です。)。
人事異動は必要かと思いますが、転居を伴わない転勤では難しいでのしょうか。

>45歳で京浜地区へ社宅をもらってやってきて、55歳になれば、200万円で放り出されたらどうにもならぬ。

当時の状況が全くわからないので的外れな意見かもしれませんが、ここで述べている事は
 ・45歳から55歳まで会社が雇用(と住居)を提供する
 ・55歳の退職時に退職金が200万円もらえる
という事だと思います。当時は平均寿命は今よりも短く貨幣価値も違っていましたから、現在にあてはめると(数値は正確ではありませんが)
  55歳で京浜地区へ社宅をもらってやってきて、
  70歳になれば、2000万円で放り出されたらどうにもならぬ。
という事になり、そんなにひどい条件とは思えません。
現在では夫の転勤の主な障害は
 (A) 子供の教育
 (B) 親の介護
 (C) 妻の仕事
だと思います。
(A) 当時は現在より結婚年齢は若く、また大部分の子供は高校卒業後は社会に出たと思います。このため45歳では子供の教育は終わっている人が大部分ではないかと思います。
(B) 当時はまだ家制度の考え方が残っていたので、(郷里を出て)工場に就職するのは次男以下が多いと思います。このため(長男が担当する)親の介護はやらなくてよい人が大部分ではないかと思います。
(C) 遠隔地に社宅と工場を持つというのは当時としてはかなりの大企業だと思いますが、そのような大企業の従業員でも当時は(エリート社員以外は)妻は専業主婦ではなく共働きだったという事でしょうか?
(A),(B),(C) のいずれも現在ほど大きな障害ではないような気がするのですが、当時と今とでは何が異なるのでしょうか?

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 遠藤源樹編著『選択制 がん罹患社員用就業規則標準フォーマット』 | トップページ | 大学の学部譲渡と労働契約承継 »